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グランプリシリーズ中国大会が終わって、失敗ジャンプに与えられる点数のルール上の問題点を指摘しようとしたのだが、あまりにアベック優勝した小塚選手・安藤選手の演技が素晴らしかったので、そちらについての感想を少し。
Mizumizuにとって、今季ここまでで最も感動的な演技を見せてくれたのが小塚崇彦になった。もともと好きなタイプのスケーターだが、2008/2009のシーズン初めに調子がよかったときに書いた感想は、「和製トッド・エルドリッジ」。徹底した基礎訓練を背景に、クリーンでシャープなエッジ遣いで見せるタイプ。
だが、今年はもうトッド・エルドリッジの再来とは言わない。小塚崇彦は小塚崇彦。彼にしかできない表現領域に達してきていると思う。
「表現力」にはさまざまな意味があり、強いカリスマ性や巧みな演技性で観客を魅了するスケーターも多い。そうした選手のほうが一般的なファンの受けはいいように思う。もちろんそれはそれで素晴らしいのだが、やはりアマチュア競技としてのフィギュアスケートという原点を考えたとき、そしてもともとは「ヨーロッパ貴族の遊び」だったルーツを考えたとき、選手のもつ清潔さと気品は非常に重要な要素になると思う。
評価される演技には「トレンド」もあり、かつては、悲劇的で重厚なロシア的芸術性こそフィギュアで最も重要視される表現だった。今は北米流のショー的な要素や「セクシーさ」が変にもてはやされているが、選手個人のカリスマ性に頼るのではなく、徹底的にスケートの技術を積み上げて花開かせる品位のある表現こそ、アマチュア競技としてのフィギュアスケートの理想ではないかとも思う。
今季のプログラムをみると、奇をてらわず、品行方正でありながら魅せるというアマチュアスポーツとしてのフィギュアの王道を行っている選手は、小塚選手とアボット選手のように思う。いずれも「佐藤家」のコーチに指導を受けている選手で、こうしたフィギュアスケートの1つの伝統的価値観を受け継いで次世代に伝えているのが日本人であることに感動を覚える。
小塚選手のスケート技術が並外れていることは、ストイコやブラウニングといった一流のスケーターが絶賛していることを見ても明らかだろう。
「深い膝遣いのスケーティング、マーベラスなスピン、大きなジャンプ」――ブラウニングの短い言葉が小塚選手の長所すべてを伝えている。
基礎訓練が大事だということはどんな分野でも共通している。今日本の人材の競争力が国際的に見て低下しているのは、おそらく基礎学習の時間を削ってしまったことと関係がある。基礎訓練ばかり繰り返すと独創性のある人間が育ちにくいという誤った観念にとりつかれ、小さな子どもに「自由」を与えることに重きを置いてしまった。
だが、それが学問であれ、スポーツであれ、自由で独創的な表現ができる人は、徹底した基礎訓練を受けているのだ。繰り返しが大事な初歩的な学習で手を抜くと、その差は大人になって取り返しがつかないほど大きくなる。
中国大会で見た小塚選手の圧倒的な演技は、「徹底した基礎学習と長きにわたる地道な訓練」のうえに花咲いたものに違いなく、日本を世界の一等国に押し上げた先輩日本人がかつてもっていたゆるぎない価値観を、若く才能のある人材に伝達した結果のように見えた。徹底した反復練習の成果を感じさせるという意味では、キム・ヨナ選手も特筆すべきものがあったが、スケートの技術の巧みさでは、突き抜けたものは感じにくかった。
高橋大輔選手も日本の生んだ世界トップレベルのスケーターだが、彼には「天才性」を強く感じる。こうした人材もたまに出る。もちろん初めからちゃんとした指導者について練習できたのだろうし、その意味では日本の名も知られていないスケートのインストラクターは幅広くレベルが高いのだろう。もとより、それも日本の強さだった。どんな分野の習い事でも、たとえ田舎であっても、教えてくれる先生がちゃんといて、基礎的な学習ができる環境がある。それがなければ、いくら高橋選手が天才的に「氷と仲良し」な人でも、世界トップにはなれない。
高難度なジャンプ構成が仇になって、なかなか結果が出ず、昨シーズン、最後の大きな試合で大自爆を演じてしまった小塚選手にとって、今季の最初の公式戦はとてつもなく大事なものだった。
4回転と2つのトリプルアクセルを決め、他のジャンプも大きなミスなくまとめる。この壁がいかに高いかは、ほとんどのトップ男子選手ができていないことを見れば明らか。何年もそれを繰り返して、どうしてもノーミスで滑ることができず、どんどん調子を崩してしまう選手も多い。現世界王者の高橋選手ですら、怪我後はその壁を超えられずにいる。
今回小塚選手は4回転で片手をつき、ジャンプの着氷が若干詰まり気味になったり、軸が傾いたりといったことはあったものの、転倒もなくすべてのジャンプをまとめきったと言える。加えて、見ほれるほどのエッジワーク。ときに深く、ときに滑らかなブレードの動きの一瞬に、はっと胸をつかれるような感動を覚える。
そして、風のような加速感をまとったスケーティング。テレビで見ているときは、リンクの右端手前から左端向こうに向かって小塚選手が滑っていくときに特にご注目。この瞬間は実にわくわくする。やや息苦しさを感じるチャン選手の演技に対し、小塚選手の演技はまるで呼吸するように自然で気持ちがよく、見ている方もカタルシスを得る。
今回のテレビ放送は、田村岳斗氏の解説だったが、こちらも素晴らしかった。
小塚選手の
1)成長した点・・・・・・上半身の動きに力強さが加わり、格段の上達を見せた
2)プログラムの工夫点・・・・・・重心をはずした状態で滑るChSt(コレオステップ)
3)足りない点・・・・・・・セカンドに3回転が入っていない
などについて、端的にわかりやすく説明していた。4回転がお手つきになったときも、「回りきっているかどうか」をスローで見て、「回っていると思う」と解説。今季のルールでも「回りきったかどうか」はやはり非常に重要なのだ。
1)から3)はそれぞれもっともなのだが、付け加えるとすると小塚選手は身体ができてきたという点もいえるかもしれない。アスリートとしての身体の成熟が、無理のない上半身、下半身の動きを作っている。
セカンドに3回転が入っていないのは、確かに物足りない部分もあるかもしれないが、優先順位からすれば、4回転+トリプルアクセル2つ、なのだ。この部分を小塚選手はずっとできないでいた。ルールが去年のままであれば、もっとジャンプ構成を下げて完成度で一度勝負するという方向性もあったが、今季のルール改正は男子の4回転挑戦を後押ししている。今になって安全策に舵を切るのは間違っている。
中国大会の小塚選手のフリー演技は、彼のこれまでの競技生活の中でも最高の出来だった。さらに言えば、連鎖自爆になってしまった世界選手権フリーの後の最初の大きな試合で、同じ自爆を繰り返さず、課題を克服したという意義は非常に大きい。
大自爆のあとまた自爆を重ね、いつの間にか世界の檜舞台からいなくなってしまう選手も多いのだ。あるいは、(そうならないために)4回転は捨てて完成度で勝負することに方向転換せざるを得なくなる選手もいる。ベルネル選手は今季そちらを選んだ。だが、今季ジャンプ構成を落とすということは、自力での世界王者獲得のチャンスを捨てたということでもある。
採点の問題点、つまり「抑えられた演技構成点」についてはすでに予測したとおり。今回の74.70点には個人的には脱力してしまった。従来の点をスライドさせたような点ではないか。他の選手には「圧倒的な点差で勝った」とアナウンサーが興奮していたが、点差にはあまり意味はない。選手の出来以外に注目すべきは演技構成点での「仕分け」。
ここまでの注目選手の演技構成点を見ると、
高橋 83.58点
チャン 84.14点
アボット 76.42点
リッポン 75.16点
織田 74.28点
小塚 74.70点
ジュベール 72.50点
アモーディオ(フランス) 70.02点
とまあ、笑ってしまうほどあからさまだ。金メダル仕分けはチャン、高橋。この2人は初めから「別格扱い」なのだ。メダル候補は、アメリカ選手が有力で、アボットとリッポンのどちらになるかは、まだ未定。織田選手と小塚選手は同評価。ここから誰がメダル候補に仕分けされるか、これはワールドの「ショート先着1名様」になるかもしれない。ジュベールはジャンプを失敗すれば、点は出ないことに決まった。若いアモーディオがいくらジャンプを決めても、観客を沸かせるエキサイティングな演技をしても、これではメダルには届かない。
金メダル仕分けの2選手と他の選手との点差をもう少し縮めてくれれば、それだけでまだましな採点に、(少なくとも)見えると思うのだが。しかし、これは本当は「ジャッジの好み」で片付けられる問題ではない。むしろジャッジは、差をつけろという指導をされているのだから。
この「仕分け」はもちろん選手も口にしないだけで自覚はしているだろう。だが、特に格上に仕分けされた選手と競う試合になったとき、力みすぎたり、威圧感に押されたり、緊張しすぎたりしないことが大事だ。仕分けされていること自体は、選手にはどうしようもない。小塚選手は今回のような演技をコンスタントに続けること。その自分自身の課題をクリアしていけば、「フィギュアスケートの理想」を具現化した選手のような小塚崇彦には、大きな怪我さえなければ、世界王者のタイトルはいずれ向こうからやってくる。
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