<市場関係者のはやり言葉>
ただパソコンを「個人向け電子的半導体による演算機」と呼んだり、ハイブリッド車を「内燃機関と電動機関の複合自動車」などと呼んだりするのは現実的ではありません。また限られた時間内で言いたいことを全部伝えようとすると、どうしても勢いカタカナの多い専門用語をとても早口で喋ってしまう傾向があるというのはいつも終わってから猛省するところではあります。
ただそんな私でも市場関係者と言われる人達、すなわちアナリストやファンドマネジャーの方と話をすると「???」と困惑してしまうことがよくあります。それが市場関係者の“はやり言葉”でもあるのですが、外資系証券会社や運用会社の方が多いからか、或いは海外赴任経験者が多いからなのか、時々英単語を日本語の助詞と助動詞で繋いだだけみたいな話し方を得意気にされる方にお会いします。正直私でも「どん引き」してしまうのですが、ただ気がつくと自分も同じ言葉を使ってしまったりして情けない限りです。
<“カタリスト”って触媒という意味の はず>
以前にも触れたことがあると思いますが「この先、この銘柄を市場が見直すカタリストとしては…」などという言い方をよく耳にします。また「市場がこの先上昇するにはどんなカタリストが必要ですか?」などと聞かれたりするのですが、“カタリスト”と辞書を引いたらそこには「触媒」と出てくるはずであり、決して「きっかけ」とは出てこないように思います。でもちょっと注意をして聞いてみてください、案外と前述のような語感で市場関係者の間では使われていることが多いですから。
もしかすると好きな異性に気持ちを告白することを最近の若い人たちが「告る(こくる)」と言うようになったのと同じこと、或いは「buffet(日本語的発音では“ビュッフェ”)」のことを「バイキング」と言うような和製カタカナ英語の一種なのかも知れませんが、この業界には不思議なはやり言葉多いように思います。
<地政学的なリスク>
リビア情勢が混沌とし始めた頃から、また再び「地政学的リスク」という言葉がよく使われるようになってきました。ただ振り返ってみると、90年湾岸戦争の頃、アジア通貨危機の頃、或いは911同時テロの頃までさかのぼってもまだあまりこの言葉は市場関係者の間では使われていません。
実は2005年に、当時FRB(米連邦準備制度理事会)の議長であったグリーンスパン氏が議会証言で「Geopolitical Risk(地政学的リスク)」という言い方で、米国のイラク攻撃により世界的規模で景気が悪化する可能性について言及した頃から頻繁にメディアなどでも使われるようになり、以来世界のどこかで治安が乱れたり、何か地域的な問題が発生したりすると「地政学的なリスク」というような言い方を多くの人がするようになりました。
確かに最近各地で起こるこうした問題について語る時にはとても便利な言葉ですが、ある意味では極めて定義が曖昧なはやり言葉のような気もします。
<地政学とは?>
本来地政学とは「地理的な環境が国家に与える政治的、軍事的、経済的な影響を巨視的な視点で研究するもの」という意味ですから、決して地域紛争が総てイコール「地政学的なリスク」ということにはなりません。
確かに今回のリビア問題などは中東という宗教的にも、政治的にも極めて複雑な地域で起こった内紛、それもチュニジアのジャスミン革命に始まった流れがエジプトに飛んでムバラク体制が崩壊し、そのチュニジアとエジプトの両方に国境が接していた国で起きたという意味では正に地理的な環境がなした結果とも言えるのですが、何でもかんでも「地政学的なリスク」という言い方をするのはやや逸脱しているような気がしてなりません。
その意味では、先頃起きた北朝鮮問題をそう呼ぶのはややおかしな気もしますが、市場関係者にとっては充分それで意が伝わったという代表的な例かも知れません。
<リビア、中東情勢をどう見るか?>
と、ここまで長い振りになりましたが本題は市場関係者として現下のリビアや中東情勢をどう見るかということが重要です。ただ結論から言えば「よう解らん」というのが本音です。「何と無責任な!」と叱責を受けそうでもありますが、リビアはおろか、中東界隈には一度も行ったことがない私としては正直何が起きているのかは解りません。
もちろん、この問題が市場の大きな話題となり始めた時から、メディアやインターネットを通じて意識的に情報収集はしていますから、カダフィー大佐がどうやって独裁体制を築くに至ったかというようなことや、フセイン元大統領率いるイラク軍が米軍に負けて以来のリビアと英国を中心とした欧州各国との結びつきなどは知り得ましたが、それを部族的な歴史的対立問題や、中東全般に言えるスンニ派とシーア派といった宗教的な背景までを踏まえて解き明かすまでには至りません。
例えば911同時テロの後、同年の9月、11月そして12月に米国を企業調査で訪れた時は、現地で取材した企業関係者(主としてIR担当者やCFOの人達)との会話の中で米国人の怒りを感じ取り、当時のブッシュ大統領は国内のガス抜きをするためにもイラク空爆は不可避なのだろうなと想像できたりもしましたが、残念ながら中東には知人さえいません。故に責任持ったコメントもできませんし、この先どうなるのかという予測をすることはできません。
<資本市場が教えてくれるもの>
ただ資本市場というのは便利なもので、世の中の情勢変化を何らかの形で予見してくれることが多々あります。例えば一昨年末頃から何度も蒸し返されているPIIGS諸国の問題は、株式市場はその都度振り回されていますが、CDS市場の動きを見ていると大体のことが解ります。株式市場が「もう解決!」と楽観しても、CDS市場がまだ緊張したままであれば、この問題はまたいつか蒸し返されるだろうというような読みができるということです。
その意味において、今回はエジプト問題がムバラク体制の終焉で幕引きかと思われましたが、原油価格がまだ問題が終わっていないことを示唆していました。つまりWTI原油先物価格は落ち着きましたが、欧州の原油価格に影響がある北海ブレント原油やドバイ原油の価格は下がっていませんでした。つまりそこに近い地域で、経済的にも多くの影響があるものの価格は緊張状態を保ったままだったということです。そしてやはりリビア問題にまで発展しました。
<当面は原油価格に注目するしかない>
リビア問題が今後どうなるのか、そしてもしそれが仮に終息したように見えたらそれで終わるのか、といったことは当面は原油価格に注目しているしかないと思っています。それも恐らく北海ブレント原油の価格です。WTI原油先物は取引量としては世界最大ですが、NYマーカンタイル取引所で売買されているということは、やはり或る面においては私と同じ立場であるからです。
すなわち地理的に遠いということです。北海ブレント原油もドンピシャリの場所ではありませんが、少なくとも欧州という近い地域に根付いているという“地政学”的な問題があります。この原稿執筆時点(3月8日)ではやや値下がりの傾向が見えました。これが良いシグナルであることを願いますが、感覚的にはややまだ長引きそうだと感じています。