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題名に「陶作の日々」と書いてみたがこれはあくまで願望、I wish I were...の世界のことなのである。この婆さん、日常の些事に追われてなかなか自分のやりたい趣味に没頭できないのが悩みなのである。童人形陶芸を始めて、3年が経過しているが、腰を落ち着けて作陶出来ないでいる。週1回あるサークルもお休みが多い。細々と続けている。2月末日に素焼き、3月に本焼きの窯の予定があり、4月初めには作品展があるので、そのための作品を作らねばいけないとのことで、このところ大慌てで作陶を試みている。毎年、人形と犬を作ることにしているので、今年もそれに取組始めた。陶土を練って、粘土遊びよろしく作り上げた陶人形。孫のことちゃん、2歳のときをモデルにしている。幼い子供のあどけなさ、素朴さを目指して作ってみたがさて、、、この1年間は、人体画のデッサンを勉強してきたが、その成果がこの人形には生かされた気がする。幼い子の骨格がスムーズにイメージ出来て、今までの中では、もっとも速やかにうまく出来上がった。しかし、これからが大変、素焼き、絵付け、本焼きという工程があり、その間に、この女の子が無事この世に帰還できるかは、なんとも保証しがたい。ある意味で、火まかせ。高温が土を鍛え、味わい深い冴えた色を出させてくれる。今年の作陶目標は、更にもう一つ、コーヒーカップ。ロクロで挑戦中。ここに掲載した女の子無事誕生できるかどうか、楽しみでもあり、心配でもある。
2013.01.30
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70の手習い3年前に絵手紙から始めた絵を描くこと、益々面白さや興味感じて今年からは水彩画を始めようと目標を立てた。その挑戦の第1号、静物画中学の時以来水彩画は一度も描いたことはなく、このように画用紙に絵を描いたのは優に半世紀ぶり、絵を描くことがこのように楽しいことであるとは人生で今初めて気づいた。(中学の時は美術にはあまり興味がなかったと思う。高校では書道をしていて、一度も絵を描いた記憶はない。)とりあえず家にある物を並べて描いてみた。とりわけ手前のBethanyの名入りの白いカップは息子がBethanyという大学に在学していた時、水泳部に属していた。その大学を去る時、息子の名入りで記念にもらったもの。息子が悶々として出口なき青春の只中にいたとき、初めて学ぶことの意義に目覚め、猛烈に勉強した日々。必死にあがいていた時に水泳の能力は彼の人生を切り拓く大きな力となった。大学も彼に多大なサポートをしてくださった。親子ともども暗闇の中で希望を見いだせないでいた時に、光りを見出すことを可能にし、その後の人生の道筋を照らし出してくれた。このBethany大学時代のことをこれからの人生の中で、息子が忘れないようにすること願って描いてみた。私も残りの人生で老いと真正面から対峙して、挑戦し続けていく気概を見失ったとき、彼のBethany時代のことを思い出そう。この時代は親にとっても、子育ての核心となるべき多くのことを学んだ時期であったから。人生の宝物である。初めての水彩画1号に記念すべきカップ。老いてなお目標を持ち続け挑戦し続けるスタートとしたい絵である。
2013.01.28
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「脱成長」経済の典型コッツウォルズの豊かな田舎暮らし。「イギリスの秋」をアップして6回目。5回連載してきた記事はすべて「経済成長」は停滞したままのイギリスだけれどゆっくりした時間が流れる田舎の風景が現代に生きる人々の心豊かにしている。中世の面影をそのままにとどめて、現代に生きるコッツウォルズはその典型。コッツウォルズの最南端に位置していて、イギリスで最も古い家並みを残している村カッスル・クーム(Castle Combe)コッツウォルズではお馴染みの蜂蜜色した石の家が続く町並み。17世紀には羊毛の集散地として栄え、イギリスの羊毛産業を支配した時代もあったが、羊毛産業の衰退とともに、産業革命の「経済成長」から疎外され、中世のまま封印されて、時が止まってしまった村。往時の繁栄をそのままとどめて、ゆたりと静かに時間が流れている。ウイリアム・モリス(William Morris)(1834-1896)(ウィリアム・モリスの看板を掲げた民宿のようなレストラン。中に入れば、モリス風のインテリアになっているのだろうか?)ウイリアム・モリスの生きた19世紀後半は、世界の先陣をきって、産業革命が遂行され、その成果を享受していたイギリス。工場で大量生産された商品が溢れていた時代にウイリアム・モリスはモリス商会を設立して、中世の職人技を範とした織物を自らで制作しようとした。織物を昔の方法で染色し、手織りのできる職人に織らせようとした。キャベツとブドウのタペストリー1879年の夏、コッツウォルズのケルムスコット(モリスが住んだ村)の家でモリスが初めて制作したタペストリー。モリスのデザインした壁紙やプリント織物は「パターン・デザイニング」と呼ばれ、モダンデザインの父と呼ばれているという。彼のデザインのモチーフは、コッツウオルズの豊かな自然、美しい風景の中から生まれた。イチゴを啄ばむ小鳥(Strawberry Thief 1883年・Indigo-discharged and block-printed cotton)当時、イギリスのプリント織物は「安物」の大量生産とフランスの流行を模倣した「高級品」に二極分解していた。このような時代にモリスの中世の職人技を駆使した織物は時代錯誤と揶揄されていた。(現代ではウイリアムモリスのテキストタイルは、家具、壁紙、カーテンや絨毯などのデザインとして、現代の人々の人気を得ている)カッスル・クームの秋を彩っていたたわわに実る紅い実。来たるべき厳しい冬が急ぎやって来る前に秋色に光る実は小鳥さんたちのご馳走になっていることでしょう。その紅の鮮やかさ、葉っぱのグリーンの深さモリスのテキストタイル(textile)にそのままでもなりそうな秋の色チューリップとヤナギ(Indigo-discharge wood-block printed fabric)無駄のないとても洗練された線で描かれた都会的なデザイン。このようなデザインで布張りされた家具は素敵ですね。モリスはこのようにデザインを自ら生み出し、染めや織も自分で創り出した。モリスは資本主義、機械工業が生み出した大量生産、大量消費に「アーツ・アンド・クラフツ(芸術と手仕事・工芸)」の運動を通して異議を唱えた。更にモリスは産業革命が社会にもたらしている非人間的な現実にも激しく抗議して、当時勢いを増し始めていた社会主義運動に傾倒し、社会主義連盟に加入し活動した。このように芸術家であり社会主義思想家でもあるモリスの著作や活動は、日本にも大きな影響を与えている。芥川龍之介の東京帝国大学の卒業論文は「ウイリアムモリス研究」であったし、宮沢賢治が岩手国民高等学校で講義した「農民芸術概要綱要」はモリスの影響を強く受けている。又、自然が無作為に破壊されていくことに警鐘を鳴らし、その思想は、後にナショナルトラストの運動へと繋がっていった。コッツウォルズの鄙びた田舎とは全く異なる優雅で洗練された都会的な南コッツウォルズの街バース(Bath)(ローマ人が築いた浴場跡)バースは「温泉」の町その歴史はローマ帝国の支配下にあった2千年前にさかのぼる。ローマ人がこの地の「鉱泉」に目をつけ、温泉を開いたのが始まりである。「風呂」の語源・bathはこの町の名前に由来するという。18世紀になって、当時の貴族たちは、この地を一大社交場にした。イギリスの上流階級の人々が集う場所として、贅を尽くした建物が次々に建てられた。その往時そのままに、ロンドンに劣らぬ華麗な街並みが今もそのままにあるバースその歴史ある街角に集う人々奏でている調べは?街角の馬車も川に行き交うナローボートも今も変わらぬ景色エイヴォン川に架かる美しい橋橋の向こう広がる秋色の街並と丘その町の郊外に建つロイヤル・クレセント 三日月型の優雅な曲線を描く建物、王宮のような建築物。何とこれはテラスハウス様式の集合住宅だという。1767年~1774年にかけて建てられた住宅現在もこの建物には人が住み生活しているというから驚き。もちろん庶民には縁のない高級住宅ではあるが。一部ほホテルになっている。コッツウォルズの村々の家々も、都会的なバースの建造物も100年~200年の歳月を経てもなお人々がそこで生活している。現役の建造物として活躍している。(博物館ではない)このモノに対する態度考え方は日本人としては考えさせられる。現在、日本では、経済成長のためのインフレターゲット、2パーセントを掲げて夢よもう一度借金をどんどんして、国がグローバル経済の競争に勝つべき旗振りの先頭に立とうとしている。(経済成長しないと日本国の将来は絶望的とさえ言っている)大量消費をすることが経済成長であると消費をあおる社会が文化を壊し、人の心を荒廃させる。グローバル経済とは、その最たるもの。イギリスの田舎の豊かさは、経済の脱成長、脱グローバル化にある。そして、古いものを受け継ぎ、現代に再生させる技の巧みさモノそのものが「使い捨て」を目的に作られていない。そのようなモノだけが時空を超えて生き続けている。ヨーロッパは全体的に政治家は「経済成長」を目指しているが、市民たちはそれとは次元を異にしたところで文化を作り、低成長の社会でも、健全に心豊かに生きようとしているのではないだろうか。世界で最も早く資本主義経済に突入した欧州、その意味で来るべき社会はどうあるべきかのもっとも先頭を走っている。社会の底流では「経済成長」には幸せを感じない人々が着実に増え、着実に心豊かに生活を築こうとしているように見える。(イギリス寸描は今回で最終回)
2013.01.18
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2013年明けましておめでとうございますこのブログの主催者たちも70歳代となり、スピーディーに行動できず、ブログアップも遅々として思うに任せませんが、今年も細々と発信していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。最近描いた鉛筆画でもって新年のご挨拶にしたいと思います。白梅春を呼ぶ梅の花寒風に耐えて凛と咲く茶の花茶の花はうつむきかげんに咲く。寒風を避けるかのようにうつむいて咲く。何百という雄蕊の葯は弱々しい冬の陽光に黄金に揺らめく。若いふたりこの絵は私の息子とその彼女の大学時代のふたりである。アメリカのカリフォルニア時代のふたりである。これは嫁の小雪さんの誕生日に贈った鉛筆画である。現在はふたりとも30歳代である。人生の方向がやっと見えてきて、仕事が面白く楽しくなってきた最近の息子。お正月には、我が家に帰ってきた二人。久々に若者から、色々な刺激受け、考えること多かった。親としては、このふたりにこのあたりで、家族の単位を一回り大きくして、更なる人間としての成長を望みたいのだが。子どもを産み育てることは、大変だがとても深い意味がある。 最近の人体画デッサン人体画デッサンを初めて、ちょうど1年が経過した。裸婦をモデルに描くことは緊張感があり、とても楽しい。 モデルさんもプロ意識の高い年配のモデルさんのほうが、(若い娘さんより)私にはよい作品に仕上がる気がする。これらの2枚は同じモデルさんを描いたもの。ポーズのなかにその人格がにじみ出てくる。このデッサンがを指導して下さっている先生がまたすごい。画家でもあるのですが、ご高齢(80歳代)にもかかわらず、元気はつらつ。今なお外国へもスケッチにしばしば出かけられ、現役で活躍しておられる。しかも左手は義手なのである。今年はこの先生の絵のグループに入り、水彩画に挑戦しようと思う。私自身もこの先生に励まされ、更なる飛躍を遂げたいと思う。更に、私の所に勉強に来ている子供たちとも色々な困難一つ一つ解決して、子どもたちが前に向かって進める勉強を一緒にしよう。生涯現役。この生き方を最期まで続けられたら私にとって、この上ない上等な人生だ。これが私の年頭にあたっての決意である。
2013.01.06
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