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神子様がご自分の世界にお帰りになって、私、決して泣くまいと思っておりましたのに、涙が勝手に後から後からあふれていたのです。 それを優しく拭ってくださったのが、あの方。 私もう、あの方なしでは生きていけません……。「また来ておるぞ。」 深苑が、苦虫をかみつぶしたような顔で告げに来た。紫姫の顔がぱっと明るくなった。それを見た深苑の顔は更に渋くなった。「いったい、あれは何をしに来るのだ。八葉の務めはもう終わった。そもそもあれが八葉に選ばれること自体、私は歓迎していなかったのだ。人の身でどうのこうのと言えることではないのはわかっているが、龍の宝玉はどうしてあれを八葉に選んだのかと……」「どなたのことをおっしゃっておいでなのです? 兄様。」「あの海賊のことに決まっておる! なぜあれはいつまでもこの屋敷に来るのだ。」 紫姫の顔が困ったようにゆがんだ。翡翠が紫姫を訪ねてきていることは、深苑には極秘中の極秘だった。表向きはおばあさまのご機嫌伺いに、しかしその実は、紫姫に逢いに……。 翡翠が貴族の血を引くものであることを、紫姫は神子から聞かされていた。「深苑くんには内緒だよ。何だか翡翠さん、知られたくないみたいだったから……」「はい、お任せ下さいませ。」 こっくりと頷いたあの日のことを、紫姫ははっきりと覚えていた。「おや、深苑殿。私がこの屋敷を訪ねるのがそんなにご不満かな?」 女房が案内したのだろう、廂から翡翠の声がした。紫姫の顔がぱっと明るくなるから、深苑は大きく舌打ちして部屋を出ていった。「兄さま……?」「放っておきなさい。君が私を歓迎する以上、彼も私の訪問を遮ることはしないだろうからね。君の泣き顔を見たくはないだろうから。私と同じでね。」「まあ……。」 今日も、伊予の海のお話をお聞かせくださいましと、紫姫は翡翠の前に座った。もっと近くでと、翡翠は紫姫を抱き上げ、膝に乗せた。甘えるようにもたれかかる柔らかい頬をそっとなで、翡翠は伊予の波音のように寄せては返す低い甘い声で紫姫に囁き始めた。
2009年10月16日
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