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いろんな感想をもつなぁ~と、SNS関係を見まわって思う今日この頃です。ブログ全盛のころより、簡単に感想が発信できるのですね。「展開が読める」=・・・そんなこと、いつもそうじゃん?!(笑)わたし、いつも思うんだけど、この「先が読める」っていう人って、なんでいうんだろう。ま、発言は自由なんだけどね。「おれの想像力を超えてくれ!」っていう気持ちなの?それとも、「展開が読める、おれすげぇ!」の強調してるの?!って穿った取り方をしてしまうのはわたしだけ、だろうね・・・「チケット代が高い」=お安いところに行けばいいんじゃん?(苦笑)とも思ったりする。確かに高い。1福沢オーバだもんね。でも、光熱費等もリアルライフで高騰してるからそれがチケット代に及ぶのもいたしかたないよね。まぁ、高い・・高いよねぇ・・・バブリーな天井知らずだ。あの芝居で5,000円にして、小さい劇場でやってほしいと思ったりもするけど・・もっとおじいさん&おばあさんになったらそうしてください(汗)劇場をあそこにする、セット等をあのレベルにする、と、福沢さんは超えるよね。チケット代に合わない芝居だった!っていうのは、それぞれの主観だからね、どうしようもない。1,000円でもくっそつまんない芝居を見せられるのは嫌ですもの。「古田をいのうえ歌舞伎の主役にするなら、違うやつがみたかった」えぇ~~、これが一番のえぇぇ~だった、snsの書き込み。もしかして、古田で、蛮とか朧とか観たかった?それとも髑髏みたいなやつ??実際、私としては、かずき先生の「国盗り物語」系は、お腹いっぱいなんだよね。GVGで五右衛門は目いっぱい頂戴したし。それ系の主役で演舞場のセンターなんて絶対にないしさ。あり得ない。古田やりたがらないし。10数年ファンをやっておりますと、なかなか新しい顔を観ることなんてないんですよ。でも今回の鶯は、今まで観たことない、なかなかに新しい「古田新太」であり、オンステージ。髑髏は一人二役だけど、今回は一人一役なのに二つの顔、っていう美味しさ。髑髏の時の一人二役はヤツへの罰ゲーム。タバコ吸って出落ちしたことへの罰ゲーム。なのに、鶯は罰ゲームでもないのに、終始、出ずっぱり。笑ったり、怒ったり、泣いたり、叫んだり、凄んだり、怯んだり、恋したり、思われたり、などなど可愛いわ、かっこいいわ、で、ファン感謝祭です。←なんのこっちゃ。「いつもの新感線と違って・・・」だからブラックだと言っているじゃないか!ww同じことをやれば「いつも同じだ」と言われ、そうじゃなければ「新感線じゃない」と言われ、とかくこの世は住みにくいWSNSで発信するのは自由だからね。私の感想も受け流してくださいね♪そんな芝居自体には全くの文句など持てない。というか、始まる前まで公式さんのいうことを信じない私な文句など言ってはいけない。ただ、文句があるとすると・・・もう、松竹さんだよね・・。もうさ、お芝居をのんびり優雅な一日のイベント!として考えたコンセプト止めようと!! こっちはさ、大阪小劇場上がりの劇団なんだよ。確かに、松竹さんにはお世話になってるし、いのうえさんは本家の歌舞伎も演出しちゃったりして、もう「小劇場あがりの劇団」枠じゃないかもしれない。ある程度集客も見込めるところかもしれない。でもさ、客層はいつも歌舞伎をご覧になられるような、優雅層じゃないんだよ。幕間30分もあってお弁当をどうぞ!じゃないんだよ!wその幕間の30分を15分にしてくれれば開演時間6時半にできませんか?終演時間って9時半までって決まってるんですか?平日公演が昼公演ばかりって、どーうかんがえても客層間違えてませんか?そんなにお弁当売りたいですか?!美味しかったですけど、うぐいす弁当。でもすんげぇ、小さいの!どこの優雅層の胃袋だ!!!何が言いたいかっていうと、「夜の部、少なすぎ!!!」 です
March 24, 2016
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結局毎週行ってんじゃねぇかよ、新橋演舞場。おいおい、何処のどいつだい、初日のチケット一枚しか持ってなかった野郎はっ!やいやい、公式様に向かって「古田が『超絶かっこいい』だ?! ふざけんなあの人はいつだって超絶カッコイイんだよ」とかいって、1mmも信じてなかったやつがこのざまかっ!・・・・はい、言い返す言葉も見当たりません、とはこのことです・・・ええ・・しかも三連休の2連チャンですし、しかも特の上の良席でした、両日とも。苦しいぐらいの良席。役者の表情も、しぐさも、視線の先も、手に取るようにわかるような席でした。50のおじさんがね、すごいのですよ。ま、初日がね、ユルユルなのはいつものことです。そんなの承知でチケット取ってますから、文句は言いません。初日からちゃんと作れ!とは思いますよ、思いますけど、仕方ないんです、新感線ですからね、しょうがない。『看板役者』って、伊達や酔狂で名乗っていいものではないですね。いや、伊達や酔狂で呼ばれている訳ではないですね、が正しいかな?十三郎であるときの空気感・緊張感と、源三郎であるときの空気感・緊張感の佇まいが見事です。丹下屋からあの人が帰ってくると、本当にホッとします。貧しいけどやさしい人たちがいる場所で笑っているあの人を見るとホッとします。源三郎でいてくれるあの人を見ているとホッとします。その後の哀しみを知っているから、余計にホッとします。そしてそのホッとしながらも、この人はもう表情一つ変えずに嘘をつけてしまう世界の人間なんだなぁと思います。お加代さんがいうように、「嘘をよし」としているのか、それとも「嘘や偽り、騙し騙されの世界にいすぎたのか」まっすぐに目をみて嘘がつける。そうあってほしいと思っているのだろうけどね・・、なんとも切ない。最初の頃よりも、居酒屋のシーンの笑いが多くなりました。新感線臭のする笑いではなくて、台本どおりなんだろうけど、やっているほうの方の力が抜けて馴染んだのか、ほんわりとした空気になり穏やかで、暖かくて、大切な時間が流れている場所になりました。その、穏やかで、大切な場所に、土足で入り込んできた奴等の存在を知った、そして、自分の過ちに気づいたときに走り出すまでの細かな表情がとてもよいのです。余計なことを話しすぎてしまったお加代を責めることはせずに、困惑と動揺と、後悔と焦りと、不安と過ちと、がどんどんと積み重なっていってしまうあの数分間の源三郎の表情が好きです。花道を50のおじさんが全速力です。そりゃ若者や美しい役者さんたちに比べたら見苦しい(苦笑)ドタドタしてるしね、足は細いけど最近痩せてるけど、でかいものはでないし、美形でもない。そんなおじさんが、全速力で走ることに意味があるんです。7年も足を洗って堅気として生きてきた男が、自分の行いを悔いるために、間に合え!と思いをこめて老体に鞭打って走るんです。そこに意味があるんです。殺陣も速さなんて必要ないんです。だって7年ぶりに刀振り回してるんですよ。そうじゃなくても十三郎は剣豪でも、侍でもない盗賊だ。しかも義賊を名乗って人を殺めない盗賊だ。そいつが、刀をもっていう「おめぇなぁ・・・。簡単に振り回していいもんじゃねんだぞ、こいつは!」になるんです。川ちゃんの殺陣付けが戯曲にしっかりあっているので、あの十三郎が斬れば斬るほどに切ない。一太刀、一太刀に、哀しみと後悔と懺悔と、怒りと憎しみが含まれている。何度でも言っちゃうよ♪「殺陣もアクションも、演技です」みんなに復唱してほしいわ、マジで。「殺陣もアクションも、演技の一部です」速けりゃいいってもんじゃねぇの、意味が必要なの、人を殺める意味を、血を浴びる意味を、屍をつくる訳が。古田にはいつも観えるのです、その沢山の訳が、理由が、彼の周りにある屍の山が。悪いほう、いいほう、どちら側だとしても、きちんと自分が斬り捨ててきたものたちの山を乗り越えてきてしまったという過去がきちんと観える。だから、凄い、だから好き。あ、ちなみに、一幕目の立ち回りのシーン。黒田様が現れるあの広間のシーンまで、役人でさえあの人は殺めておりません。あんな多勢に無勢な状況でさえ、自分のポリシーは曲げない。そんな男なんです。汚い手を使って腕をおり、足を刺し、目をくらませ、でも殺さない。そういう殺陣をつけてくださった川ちゃん、本当にありがとう。勝之助様を助けられずに、おりつちゃんが泣き叫ぶ中、花道を去るときの表情もものすごいです。ボロボロになった体に、さらに重い荷物を背負った顔。いままで、いのうえさんの演出でこういう感じの表情だけで終わらせるってないなって。かずき先生は何かを言わせますからねw ま、それがかずき先生なんだけども。その「何も言わない」「何も語らない」は、あの最期に一番出ているのだと思うけど。あの受け取り方は人それぞれ、しかも、その時々でいいんじゃないかなぁと思うのです。勘助さんが「あとはお前の好きにしなっ」と姿を消したように、あとはご覧になった方の好きなように想像すればよいのだと。なぜに呑気に黒田さまはいらしたのか、そういうことはこちら側の想像をもって完結させればいい。十三郎さんの表情になってましたけどね、哀しいけど。あの大好きな鶴田屋で、あんな険しい十三郎さんになってた。その刹那さだけでおなかいっぱいです。で、まぁ・・・その終幕の絵が綺麗なのよねぇ~♪ 気持ち悪いファンだから、居酒屋の壁にうつる影さえも綺麗とか思っちまいますが。おっと、すんげぇ、長文。次回は「忘れないうちに大好きな台詞を残しておこう」をお届けしますw
March 21, 2016
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毎日毎日、新橋に思いをはせてる、つららです。 そんなことになるんて思いもよらず、だったので手持ちのチケットは初日しかなかったので、大変です。 幕間で某サイトでチケットを確認して連絡をとり、終演後に返信に連絡をいれる。なんだこのデジャブ感。…いつぞやのコマ劇場の思い出。まだマチソワやってないだけ。それは体力的な問題と、所用があっただけっていう^^; あの時も信じてなかった頃だから(笑) ちょうど新感線の私の中での低迷期。特撮やら賢太郎やらに、うつつを抜かしていた時期。『てめぇの本妻はここだろがっ!』と頭をひっぱたかれた感じ。 今回は、あらすじにもピンとこなくて、去年のGVGが楽しすぎて、ブラックってどうなの?て思ってて、動かなかった。 去年のGVGが売れそうなメロディラインのA面だとしたら、今回の鶯は、アーティスト色が強く出てるB面。 (レコード世代じゃない人、ごめんなさい) 全身全霊で、アホで、小学生で、バカで派手なA面の、the新感線の後に、 全身全霊で、ヘビーで、大人で、まっとうな時代劇をかましてきた。 かつては、ラスボスは重鎮大御所俳優さんをご招待してきたけど、よくよく考えたら、もう充分劇団員で、まかなえる。 A面で、ブラにパンツをつけていた変態とオカマ野郎が、B面では、刃物の切っ先突きつけあって、己の生きざまかけて戦っている。 なんとまぁー、な劇団。 『いい声で鳴いてやらぁっ!』と、立ち回る、ほどほど苦みばしった老鶯は、枯れたわけではなく、技術をあげてヨロシイ声で鳴くのです。 歳をとったらできないことが増えてくるけど、こうやって歳をとったからこそ、魅せられることもある。
March 13, 2016
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もう今日は、カテゴリーはあえての 【古田新太】です *************** うわぁーーーー!!!!! うわぁーーーーーー!!! やろぅ、ぅめっ………絶命 あの盗賊は盗んでいきましたよ、 貴女のハートを! 的な!てーきーーなぁーー!!! 十三郎の登場シーン。 追っ手を振り切り、後ろを振り返ったその時の、 色シケ越しに見えた目がっ! 盗賊のお頭の男前なのったらありゃしない。 ひぃ!!と、悲鳴を発しそうになるのを小指を握りしめて激しく我慢! そして、鶴田屋でのお客との会話とかが、可愛さったらないよ。きっぷの良さ、がらっぱちな感じ、女将さんに頭が上がらない感じ、なんとも可愛い。 ゴロンゴロンしちゃうよぉ。 これからの悲劇を知っているから辛くもあるけど、やっと掴んだ、小さな幸せだったのに。 太刀持って、重いと言った顔がね。 守りきれなくて悔しそうに花道を去る顔がね。 ぁぁぁ、書ききれない。 まさかの、ここにきて、古田にキュンとさせられたり、胸を締め付けられたり、そんなことを思うなんてっ!
March 12, 2016
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いまどき、テレビでも時代劇をやらない時代に、こんなにきっちりと時代物をやれるところも少ない。人情喜劇じゃない時代物をやれるような劇団になるなんてねぇ~と思わざるをえないのです。新感線の風味を残しながら、その先の表現に年齢共に進化した。そんな【黒】ネタバレしまーす、注意ですネタバレしまーすよぉ~ 警告ですそして、若干ひどいことを言っています(汗)***************************ネタバレしてます*********「おれの周りの人の笑顔を増やすため」というようなセリフがありました。← お願いなので、脚本を売ってください。すっごいうる覚えなんだけど(汗) ← なので、本当に脚本を売ってください。それが今回の倉持脚本とかずき脚本の大きな違い。「ジャンプのように主人公は窮地に間に合って、皆を救う」なんてことはそんな簡単に起らないという、当たり前のことをちゃんと描いている。それがビター、【黒】いつもの新感線であるのなら、あの場面、使用人を刺す場面。あの布団の中は人形になっている。主人公が間に合って、悪人相手に大立ち回りして、ボスキャラ殺して、ボスキャラがなんかが「おれが消えても悪事は消えない」みたいなことを言い残して舞台の向こう側へと落ちていく。それがハッピーエンドで、少年ジャンプで、大活劇で、ザッツ劇団☆新感線 だ。でも、今回は間に合わない。悪い方はさらに上手で闇が深く、どす黒い。自分だけは綺麗な道を歩いているけど、その周りは血まみれで、死体の山だ。それを飴を舐めながらその道を歩いている、綺麗な着物を着て歩いているのだ。現実だってそうだもの。リアルのこの世界だってそうだもの。だから、劇場ぐらいはザッツ新感線のヒーローが欲しいっていう部分もある。でも、もう、やっている劇団員はオール40超え。看板俳優たちは50代。ザッツ新感線は客演の主役の若者たちに任せておけばいいのだ。番頭さんのように、劇団員が脇を固めることはあるけれど、劇団員が主軸となるときは、年齢相応のこんな新感線をやればいい。それに新感線が切り開いてきた「刀を振り回して、かっこいい芝居」のジャンルはいまは掃いて捨てるほどある(笑) それの最高峰で、最高級ではあるけれどね。その手のものは、そっちに任せればいいじゃんw 最高峰であることは重要だけど、それだけの老舗になっては面白味がない。と、わたしは思う。今回のあのラストの、背中を見て、そういう世代になったのね。とうっとりするばかりなのです
March 11, 2016
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なにから書き出したらいいのかわからないけど、終演後友人を感想を言い出した途端に涙が勝手に噴出した、なんてことはいまだかつてない。上演中泣いたことはある。ダダ泣きだって、号泣鼻水だらりだってある。でも、なんだかわからない感情を抱えて劇場を出たら、その感情を言葉にしようとした途端に勝手にぶわーっと涙が勝手に流れ出すなんていう現象はない。とりあえず、全方向に向かっての感謝と謝罪を(笑)こんな派手な劇団の新しいステージへの脚本を書き上げてくれた倉持先生。日頃の作風とは違うのに、よくぞ引き受けてくださって。本当にありがとうございました。そして、「大丈夫なんですか?」なんて疑って申し訳ありませんでした。他者から見たから・外部からだからこそできること。劇団員たちの使われ方。いつもこうだからこれ、こういう役が多いからこれ、ではなく、この役が必要だから、こう演技する。という至極当たり前のことなんだけど、役者としての技術がきちんとないとできないことをなんとなーく新感線はやってない。出来る人たちなのに、そういう風に役者を使ってない部分がある。【劇団】というシステムの名残りなのか。十八番的な役をずっとやらされる傾向がある。かずきさんが書くと余計にね、それは仕方ない。座付き作家だもの。そして、あんなにきれいで丁寧なセリフたちを紡いでくれてありがとうございます。伏線、描写、心の機微、移り変わり、悲喜こもごも、人物背景、生い立ち等々それを壮大に歌い上げるのが、劇団新感線の烏骨鶏、いや真骨頂!(BY ばってん不知火)だから長い、だから国家規模の話ばかり(笑)悪いものにも背負う何かがあり、あちら側にもあちら側の義があったりする。それを最後に主人公と対峙するときに謳いあげる。それがいのうえ歌舞伎。の通常の流れ。それが今回は全くない。何故に盗賊になったのか、なぜに殺生しない盗賊なのか、なぜに助けたのか、何故に甘いものが好きなのか、なぜに彼だけに見える存在なのか、なぜに・・なぜに・・その「なぜに」は観客が察するのです。役者たちの演技から、演出から、照明、音楽、効果舞台上にあるすべてのモノから観客が想像する。推測する。思いをはせる。これまたお芝居ならば至極当たり前のことなんだけど、新感線はそういう系じゃなかった。よく、いのうえさんが我慢したなぁって、頑張ったなぁって思いますよ。長いので、一旦・・
March 7, 2016
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おいおい、どんだけ放置だよ・・・その間にいろいろあった、ありすぎた。その【いろいろ】の部分は別の方で書いているので、ここでは、なし。今までどおり、ツイッターやFBで書ききれない、お芝居のことを残しておこうと思う。・・・と思わせる、乱鶯だったので。
March 7, 2016
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