Laub🍃

Laub🍃

2012.01.29
XML
カテゴリ: .1次題
「さてあなたはアンラッキーな方です!」




 そう声がして俺は突然異世界に放り出された。

「あなたは魔王召喚の生贄となるのです」

 そう言う綺麗な茶緑色の髪をしたお姉さん。

「いいよ、早く殺してくれ」

 むしろ大歓迎だ。だって異世界に来る寸前は誰からも疎まれて、世界か自分が消えればいいと思っていたのだから。しかし言葉を発した瞬間お姉さんは顔をゆがめた。

「なんと、いやはや元世界から離れたいと思っている人間を選んだつもりだったのに…別の世界で勇者になりたいとかそういうお馬鹿さんを召喚する実験のつもりだったのに…ここまで自己崩壊の意思を持っているとなれば、召喚に悪影響が出ます。仕方がない、あなたを私の弟子とします」
「そんな面倒なことはいい、生贄にできないとしても普通に殺せばいいだろ」
「ふふふ、私はあまのじゃくなのです。そうまで言われると俄然燃えてきました、絶対にあなたを生きたく、生贄から逃げたくさせて差し上げます!」



 曰く、痩せ細った肉なんて食べてもうまくないから、同じように精神的に痩せ細っている魂など無価値に近いから、まず肥やすことから始めるのだとか。

 しかし色々な祭りよりも色欲を刺激するような遊びよりも、魔法の使い方に新たな知識、人間界との歴史や自らの苦い経験、魔王召喚に至るまでの道のりなどなど知識欲を刺激するそれが一番楽しかった。
「よく疲れませんね」
「他人の失敗体験や愚痴を聞くのは案外楽しいものだ」

 そう言うと暗いですね、まあいいでしょうと言われる。
 失敗体験は世界を豊かにするし、話している相手に親近感を持てるから俺は好きなんだが。
 ーまあ、弱みを晒すことにもなるから俺は話さないが。
 元の世界でもそうだった。唯一俺を大事にしてくれた叔父が遺産相続先に俺だけを選んだことで、俺は生きている全ての親族から呪詛と粗探しをされ続ける日々だった。しかし特定のー安全圏から自分を攻撃してくるー誰かにギブアップをすることは、俺のプライドが許さなかったのだ。
 ギブアップしていい、殺されていいと思える相手ならいつだって命も金も捧げられたのに、そういう相手すら居なかった。対して彼女の態度は心地よかった。彼女はいつだって体当たりだったから。
 それは、彼女が誰かにそれをずっと話したがっていたーつまり俺と同様信頼できる相手などいなかったーということが分かったせいもあるだろう。
 彼女を恐れるのも敬うのも楽しむのも全て俺がはじめに体験する。


 俺が死んでも彼女が死んでも後には何も残らない。だけどそれでいいのだ。
 体当たりは、リアルタイムだからこそ意味がある。
 俺が死んだ後に彼女が死んだ後に世界が滅んでもどうでもいい。

 願わくば、今がずっと続きますように。

2016年12月20日 02時12分25秒





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2017.10.07 22:16:08
コメントを書く
[.1次題] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: