幾つかの病院、薬局を回って帰社した土門は、仕事の整理も順調に進み同僚たちとの会話を楽しんでいた。すると一本の電話が入った。どうせ苦情の電話だろうと思いながら丁重な口調で電話に出た。
「土門さん私よ。何よかしこまちゃって。相変わらずまじめそうね」
聞き覚えのある声だった。一瞬何人かの女性の顔が浮かんだ。
「私よ、久子です。忘れたの? 」
「何だ君か、しばらくだね」
「今、東武ホテルにいるのよ。仕事はまだ終わらないの。仕事が済んだらホテルへ来てちょうだい。久しぶりに顔を見たいの」
予期しない電話であった。あいにくレストランでの先約があり、しばし思案を巡らせた。そしてレストランの方を一時間で済ませれば、何とか十時には久子に逢えると計算した。
「ちょっと遅くなるけどいいかい」
久子は少々不満そうだったが『まだ仕事が残っている』と弁解すると渋々納得した。
鈴木久子。二十四歳、独身である。現在は船橋市の総合病院の看護婦である。土門と久子は三ヶ月前から男と女の関係にあったが、そろそろ関係を清算しようと考えていた矢先の電話であった。
知り合った頃の久子は、現在勤める病院の系列である我孫子総合病院の主任看護婦であった。同じ病院に勤める検査技師と同棲していた。相手のの彼は船橋の総合病院に転勤が決まりすでに現地へ赴いている。一方、久子は我孫子に残って自立するか船橋で彼と暮らしを始めるか迷っていた。
土門と久子の出逢いは我孫子総合病院前の酒店であった。土門が病院への付け届けを調達するためによく利用する店である。
ある日、医局への手土産のウイスキーを買うため立ち寄ったところ、久子が女主人と何やら話し込んでいた。土門はこの店に顔を出すたびに『飲みに行こう』と女主人に誘われていた。その都度やんわり断っていたが、大阪支社への転勤の噂が出ていた土門は『お世話になったから一度くらい我慢出来るか』と自ら女主人を誘った。
「三年越しの片思いの男性にやっと誘ってもらった」
女主人は顔を紅潮させながら、かたわらにいた久子にはしゃいで見せた。
約束の夜、厚化粧の女主人が店頭でウロウロしていた。年齢は五十二歳。歳の割にはセンスのいいドレスを着こなしている。『馬子にも衣装』とはよく言ったものだ。ふだんとはまるで別人で適当に色気もあった。
「土門さん、一人おまけがいるんだけどいいかしら。名前は鈴木久子。二十四歳の独身バリバリよ」
女主人と土門の約束を聞き付けた久子が、一緒に行きたいと懇願したらしい。土門の久子に対する第一印象は『美人だが生意気そう』であった。
十二月半ばと言うのにスナックは意外と空いていた。忘年会も一段落してクリスマスまでの中休みなのだろう。
「今夜は土門さんたちの貸し切りかな。他の客もいないからカラオケも思い切り出来そうね。それに今夜は珍しく両手に花、持てる男はつらい」
スナックのママが満面に笑みを浮かべ三人を迎えた。土門は苦手なカラオケの話が出るとは思わなかった。会社の上司に『人前で歌えないと商売出来ない』と常々指導されていた土門であったが、生来の照れ屋には人前で歌うのは苦手であった。しかし今夜は自分が誘った手前、二曲くらいは覚悟していた。
一時間が過ぎた頃、久子が突然土門の手を取りダンスしようと誘って来た。楽しい酒のせいか怪しい照明のせいか、ピンク色に染まった久子の端正な顔が妖艶に見える。土門は店内の照明を目一杯暗くするよう頼んだ。静かなムードたっぷりの曲が流れた。土門と久子は見つめ合っていた。今夜初めて出逢ったのに、ずっと前から知っていたような何とも言えない気持ちが二人の胸中を去来した。
土門の両手が背中と腰をしっかり抱きしめている。久子は全身の力を抜き、すべてを委ねるかのようにしなやかな肢体を密着させて来た。土門と久子は唇を重ねた。それは何の抵抗もなく自然の成り行きであった。『なぜだろう。酒のせいかも知れない』と土門は自問自答した。
土門は人を愛するまでには幾多の紆余曲折を経ながらじっくり相手を確かめるタイプであった。しかし久子を愛するまでの時間は性急であった。心と体のフィーリングがぴったりと合ったのだろう。
無事スナックでの接待を終え女主人を自宅まで送った土門は、久子もアパートまで送り届けると言って車をスタートさせた。アパートの前に着くと久子は下を向いたまま車から降りようとしない。しばらく沈黙の時が過ぎた。
「帰りたくない、私を抱いて欲しい …… 私を一人にしないで」
土門の下半身に顔を埋め、蚊の鳴くような声で久子は哀願した。髪の毛がかすかに震えている。両手で久子を抱き起こすと土門を求める涙顔があった。なんて愛しい女だろうと土門は思った。
「思い出を作ろう」
喜びを素直に表現する久子を見ていると、一度でいい鈴木久子という直線的な女の心と体のすべてを確かめたいと思った。土門は迷うことなく車をUターンさせモーテルへ向かった。
部屋に入るなり久子は土門に抱き付いた。必死に引き離そうとするが、渾身の力で巻き付けた両腕は土門を放そうとしない。仕方なく久子を抱き上げベッドへ倒れ込んだ。
激しく唇と舌が絡み合い久子はたまらずのけ反った。土門の右手が白いブラウスの上から乳房をまさぐった。そして胸のボタンを一つ一つ外すと豊満な白い肉の塊が弾き出て、大きく揺れながら躍動した。土門は舌で乳首を優しくもてあそぶ。久子は悲鳴にも似た声を上げ歓喜に震えた。
土門の右手がスカートの奥深くへ滑り込んだ。久子の泉は土門を迎え入れるのに充分過ぎるほど濡れていた。土門の指が泉の周囲を徘徊すると腰を浮かせて再び大きくのけ反った。一糸まとわぬ久子の全身はピンク色に染まり小刻みに震えている。
「死ぬほど好きよ、愛してる、好きよ …… 」
絞り出すような声で久子が言った。土門は久子の泉に侵入した。そして両手で腰を抱え深淵めがけて突進した。久子は愛する人と一体になった喜びに燃え上がった。
二人は心と体の確認を終えた。久子は全身を軽いケイレンに襲われながら、いまだかつて経験したことのない歓喜の余韻に浸っている。それは久子の女としての開花であった。
それからの三ヶ月間、土門は激情に押し潰されそうになりながら、久子特有の激しい愛を必死に受け止めた。