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ここのところフジテレビは「北の国から」一色だ。番宣CMはもちろん、ワイドショーにもキャストがゲスト出演。同じような質問を繰り返し聞かれる彼らもかわいそうだ。昨日のとんねるずの番組では、昔の「北の国から」パロディーが再放送されていたし、そりゃそうだよね、20年ものロングランドラマがとうとう終焉を迎えるのだ。ここぞとばかりに視聴率アップを狙うのは当然だ。「北の国から」が終わる理由は、スタッフが定年などで徐々に抜けていってしまうことに寄るところが大きいらしい。俳優が廃れていくほうが先だと思っていたから、これはちょっと意外。…廃れるっていっていいのかどうかわからないけど、あれでしかお目にかかれない人だっていやしないか?吉岡くんもちょこっと映画に出ていたけれどドラマには出ないし、そもそも田中邦衛自体がもう黒板五郎以外の何者でもなくなっている。かつて何かの番組で見かけた彼は、上から下まで黒ずくめで、ピッタリとした短めのパンツが独特でしかも似合っていた。スタイリッシュとはいえないまでも、綿入りドカジャンに特長(「とくなが」と読みます。北海道では膝近くまである長靴のことをこう呼びます)がこうも板についてしまった今となっては、スリムパンツが似合っていた田中邦衛はもう誰も知らないどこかへ行ってしまったような気にさえなってしまうから役者って大変だ。今は亡き渥美清がトラさんのまま永遠にいなくなったのを思うと、田中邦衛にとっても、もうここらへんで黒板五郎を卒業して、田中邦衛に戻っておいたほうがいいのかもしれない。またスタッフ連中それぞれにとっても、俳優ほどの危機感があるはずないけれど、20年も携わっていれば「あの人じゃなきゃ!」なライフワーク的年中行事になってきていたんだろうし、そうそう後釜にバトンタッチできるもんでもないんだろう。ここは俺が!、これはあいつが!な固有すぎる適材適所が形成されているに違いない。「あの人じゃなきゃ!」で思うんだけど、一般的にサラリーマンの仕事なんぞは、その人じゃなくっちゃダメだってことなんてないと思っている人が多い気がする。「その仕事は他の人でもできるでけど、この子の父親はあなたしかいないのよっ!」なんていう、その男のハートをググっと抉って改心させるシーンの決め台詞に見られる「仕事は他の人でもできる」という発想は、はっきりいって間違っている。強いていえば仕事の内容に寄るってところもあるけれど、人がロボットじゃない限り、まったく同じように仕事をすることなどできないのだ。そもそも替わりの人間を使ったとしても、前任者の歴史に並ぶまでにそれなりの時間がかかる。同じMacを与えたとしたって、上がりがミリ単位で同じなんてことはありえない。後任者がずば抜けた才能の持ち主で、前任者を遥かに凌ぐパフォーマンスを見せましたって場合はもうこの際置いといて、「この子の父親はあなたしかいない」っていう紛れもないんであろう事実は除けておいて、そうした上で、仕事にも癖とか慣れとか、場合によっては熟練とかいっちゃうその人ならではの仕事のいたし方があるってことを声を大にしていいたいわけだ。そういったドラマで自己満足としか思えない妙ちきりんな決め台詞を書く脚本家とか、仕事漬けでちっとも子供のことをかまっていない夫に愚痴る専業主婦とかに。であるが故に、Mac仕事でさえ人によってデキが違うんだから、「北の国から」のスタッフが欠けていくことによってあのドラマが終わってしまうっていうのは、田中邦衛の俳優品質云々は別としてなるほどねなわけだ。ちょっと屁理屈っすかね、今日のネタは。
2002.09.06
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最近日産リバティのCMで、イメージキャラである村上里佳子が目から炎を出して子供を叱るシーンがある。ワンパク盛りの息子2人を抱えているのだ。いつもニコニコの優しいママじゃいられない。「ここがヘンだよ日本人」での頬杖付き付きしかめっ面を見ても、気の強さは筋金入りだ。…って別にあそこに出てくる子供たちが実の子かどうかも知らなきゃ、怒っているのも芝居だってことくらいわかりきっている。わかりきっているのにだ、ドラマはもちろん、CMの演出が一事が万事作りものであるってことはわかっているのに、やっぱりその絵から受ける印象やら衝撃やらを、視聴者は現実の世界に引っ張り込んであーだこーだと連想してしまう。まさにCM主の思うつぼ。作ってる方に近い仕事をしているにもかかわらず、ご多分に漏れず私までもがツボに落ちているから情けない。で、村上里佳子。日本人離れしたナイスバディを武器に、その生意気さ加減で干されかけながらもタレントに転向。当時はだ~れも知らなかった渡部篤郎とゴールイン。彼の今の活躍を思えば、里佳子は紛れもないあげまんなのだ。なもんだから、彼女が登場するCMはすべてが和気藹々ファミリー感てんこ盛り。カルピス、ミノルタ、ケンタッキー…。化粧品やアパレルでも充分イケるはずなのに、ここまで利かせたメリハリに、彼女のイメージ戦略の強烈さを感じる。昔あれだけ総すかんを喰らった世の中の女性達からだって、最近は強い指示を受けている。結婚→出産→まだまだタレント、でさらにあげまん、アパレルプロデュース→崩れないカラダ→なんかカッコイイ→理想の女性像…ってなフローにでもなるのだろうか。さらに人気を煽っているのは、昔は生意気としか取られなかったけれど、歳を重ねたことによって「ポリシー」として受け止めとめてもらえるようになった彼女の発言、態度、雰囲気だろう。一般との距離を敢えて跨いでくるような、公開番組での客への「問いかけ」とか、いつでもラフないでたちとか、まるでカメラを意識していないかのような無表情とか嫌味顔とか…。ちょっと前、台所洗剤のCMで「いんだよね、これ」って、まるで視聴者を友達かなんかかと想定しているようなカメラ目線タメぐちをやってのけた設楽りさ子の馴れ馴れしさに、あのナンシー関をして「おめーにタメぐちたたかれる筋合いはない」と言わしめたことがあったけど、実際に客を目の前にしたとき、設楽りさ子が照れも緊張もなく呼びかけられるとは思えない。里佳子だけだ。村上里佳子はまさにあれを地でいっちゃえるキャラに違いない。そうしてまたファンが増えるのだ。「すごい気さく~ぅ」「親近感あるよねー」とかいいつつ。たかがCM。されどCM。たった15秒の映像が、私の想像をここまで駆り立てるんだからな。
2002.09.05
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