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オークションで落札した服が送られてきた。ユーザーはなるべく早く開けて、中身を確認しないといけない。モタモタしていると、出品者に迷惑をかける。そこで早く開けて、中身を確認して、ファッションショーをしたい。だが、袋を開け始めると、猫達がその音を聞き付けて、集合する。うっかりすると、袋の上に『おたんこ』する。『おたんこ』とは、どっかり座り込んで、お香を作る事である。「ちょっと、退いてよ」と言って、「はいはい、解りました。」な~んて素直に退く奴らではない。我が家の【掟】『早い者勝ち』で鍛われた猫達である。ここは【掟】が優先される。仕方ない。紐で猫じゃらしをして、遊びながら退いてもらう。しめた袋をゲットしたぞ猫達の手の届かない所で袋を開けて、急いで試着してみる。紐に夢中だった猫達が、遊びを止めて、一斉に私を見た。普段、着付けない服を着ているのが、そんなに珍しいのか試着を終えると、私はソソクサと袋に戻した。昨日は袋を取られまいと、袋を抱いて寝た。でもパシャパシャ音がする。ふと目が覚めたら、みんな、袋の上に乗って遊んでいたひえー出品者様に申し訳ないではないか朦朧としながら、また、紐で猫じゃらしをして遊び、その隙に袋を取り返した。そして、猫達がチョイチョイできない場所を探して、隠した。まだ、試着してない服がある。今はちょうど活動期だ。みんな、ウロウロしていて、危険な時間帯だ。まるで野生の草原か、サファリパークみたいだ。みんなが熟睡する昼間まで待とう。出品者様。受け取り確認が遅くなり、誠に申し訳ありません。今しばらくお待ち下さいませ m(_ _)m
2010.08.29
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最近、ブログが途切れがちになっているが、実は私はオークションにはまっている。極度の寝不足になり、ブログどころではなくなった。いきなりだが、私はデブだ。それもそんじょそこらのデブではない。大デブである。かつては細かったが、「あらよ、あらよ」と太り出し、一旦太ったら、元の体型に戻らなくなってしまった。よく『聞くは一瞬、聞かぬは一生の恥』と言うが、私の場合は『太るは一瞬、痩せるは一生の夢』だ。何が困るかと言うと、服が着れなくなる。一時期、春に買った服が秋には着れず、秋に買った服が次の春には着れなくなった事がある。私は何でも「もったいない」と物を大切にするが、物理的に着れなくなった服はどうあがいても着れない。でも『いつか痩せて、また着るぞ』と心に誓い、全部保管してある。いわゆる『捨てられない人』だ。そんな贅沢??な生活も終わりが来た。うちに猫達が来てからは、『ニャンゲル係数』が異様に高い猫達のご飯、トイレ、猫砂、医療費など、お金に羽が生えて飛んで行く。おまけに外の野良ちゃん達の世話をすると、一気に貧乏になる。というのも、野良ちゃん達にご飯をあげる人達は沢山いるので、私は怪我や病気でふらふらの子達を病院に連れて行ったり、症状によっては入院させたり、薬を買って看病をする。この医療費がやたらと高い自由診療だから、目が飛び出る程に高いお外の野良ちゃん達には私の貯金を使っているので、あっという間に貯金が底をついた。私の貯金もさることながら、家計がどんどん苦しくなる。すると人間の衣食住を削るしかない。といっても住居費は削れないから、食費、衣料費や生活衛生用品などを削るしかない。そこで服は買わない、生活衛生用品と食べ物は安く済ませる。『見切り品』や『赤札』は、我が家の為にある。毎日、慎ましやかな禁欲生活を過ごしているが、たまには贅沢をしてみたくなる。ごく最近、オークションサイトを見つけた。長年遠ざかっていた服が安く出品されているしかも1円から勝負できるいかに安く落札するか?、私はついついはまってしまった。一日中、オークションサイトにかじりつき、「これは」と思う服をなるべく安く落札する。成功した時には、得した気分になる。オークションサイトは便利だ。わざわざ交通費をかけてアウトレット会場に行かなくてもいいし、長い行列に並ばなくてもいいし、ブランド品でなくてもいい。家に居て、『ライオン家族』になりながら、寝転んで安くて良い物が買える。今は良い時代になった。しかし私が余りにも熱中し過ぎるので、我が家の猫達に変化が出てきた。いつも、私が何かを行っていると、我が家の猫達は、お昼寝返上で「何何何」「今日は何して遊んでいるの」と、チャチャを入れに来る。仕事をしている時はメチャクチャ、ド悲惨だ。パソコンを出すと、おおはしゃぎする画面にチョイチョイする、キーボードにはどっかり座り込む。本や書類を読み始めると、ドタッと本や書類の上に乗る。何かを探すと、ふらふら付いて来る。もう全く仕事にならないそれが、オークションサイトは全部、携帯電話で行っている。だからクンクン遊びに来ても、携帯電話を遊び道具にはできない。「チェッつまんないなぁ~」と思ったのかもしれない。さらに普段と違う“勝負師”の私に、ストレスを感じたのかもしれない。ストレスに弱い子は途端に食欲が落ちた。ご飯を食べた後、ゲロゲロ吐く子が続出した。これはヤバいそろそろオークションを卒業しないといけないかもしれない。
2010.08.27
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私にとってブログはPCと同様、ブラックボックスだ。何がどうなっているのか、さっぱり解らない。不思議と一行置きに表示できる様になったが、特別な事を何もしていない。本当に不思議だ。でも写真添付の場合はまだ上手くいかない。『まだら三匹組』と呼んでいる三匹のタヌキ模様の写真を載せた文章を送信したが、いくら待っても掲載されない。そこで手を変え品を変え、合計3通、送信した。『三度目の正直』で、やっと三度目の写真が掲載された。やれやれとホッとした。しばらくして、ガビ~ン何故だか失敗した二通まで掲載されているではないか何故だ何故だ何故だ原因を考えたが、さっぱり解らない我が家の猫達は、私が焦るのも知らん顔。平和な顔して、お腹を突き出し爆睡している。いびきをかく子達もいる。いいなぁ~~、うちの猫達はいつも平和で。よく連れ合いが「今度、生まれ変わったら、絶対にうちのになりたい」と口癖の様に言っている。狭い部屋とベランダしか自由に歩き回れないが、その代わりにやりたい放題だ。私は余程の事がない限り、叱らない。自由気ままにさせている。猫の習性には逆らわない。だから人間の方が猫達に合わせている部分がある。というのも、我が家の【掟】の一つに『早い者勝ち』がある。すると大体、何でも猫の方が勝つ。負けた人間は我慢する。先日、書いた『食べる順番』もそうだが、我が家の猫達は布団を先に取る。仕方ないので、私は布団から外にはじき出される。布団に堂々と寝れる事はめったに無い。これは話すと長くなるので、改めていつか書きたいと思っている。そうそう、ブラックボックスの話だった。ブログも忍耐の連続だが、PCも忍耐の連続だ。最初にコンピューターに触ったのは、まだパソコンが無い時代だった。FORTRANのコマンドに従い、何十枚も何百枚ものパンチカードに一枚一枚、穴をあけていく。全部あけ終わったら、大型計算機にカードを差し込む。すると計算機が動き出す。しかし、たった一箇所でも穴の場所を間違えたら、即座に計算機は止まる。膨大なパンチカードから、どこを間違えたかを探して、もう一度やり直し。その繰り返しだ。私はケアレスミスが多いので、一度として一発で成功した事がない。もう、やけのやんぱちで、すっかりコンピューターが嫌いになった。今はその苦労が無い。その代わりにポップアップメニューになったので、裏側のプログラムが解らない。トラブルが起きたり、ましてやフリーズしたら、もうお手上げだ。SEのプロは裏側が解るのだろうが、私にとってはブラックボックスだ。コマンドが読めないと、どうにもできない。ブログもそうだ。私には最終産物しか見えないので、中で何が起こっているのか、解らない。でも、ま、いいや。平和な猫達に囲まれているから。その一方で、今日も命を絶った子達が沢山居る。理由は様々だが、ともかく悲しい現実がある。とかく悲しい現実に目を背けたくなるが、元をただせば全部と言っていい程、人間が関与している。私達、人間は実に罪深い生き物だ。だから悲しい現実から目を背けず、何か一つでもできる事を実践していかなくてはと強く思う。どんどん話が脱線した。そろそろ「ねこ」が部屋に入る時間なので、おしまいにする。
2010.08.25
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◆写真の解説◆(写真1)「ねこ」が部屋に入ってた途端、同じ模様の子供達(血縁上では孫娘達)が駆け寄った。何故か、私の布団の上でダマダマになって再会を喜び合う。(写真2)三匹は次第に円陣を組んで、ダマダマになりながら熱くなめ合う。これがしばらく続く。(写真3)次第に円陣が崩れていく。毛の色といい、柄といい、まるでタヌキの親子みたいだ。(写真4)円陣は完全に崩れ、三匹仲良く並ぶ。左側の子だけが頭の位置が逆になっている。まだなめ足りないのだろう。この後、しばらくなめ合ってから、三匹一緒にご飯を食べに行く。
2010.08.25
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【前書き】このブログを書いて送ったのが午前11時半前。送った瞬間、爆睡してしまった。ふと目が覚めたのが午後1時半過ぎ。ブログを確認したら、文章が無い写真だけが別にあり、文章がそこに入っている。しかも途中で切れている。そこで、文章編と写真編を分ける事にした。----------------------「ねこ」は夏が大好きだ。真夏日だろうが、猛暑日だろうが、お構いなし。昼間、灼熱のベランダで一日中過ごす。これが満月の夜になると昼間だけでは満足しない。勿論、夏は毎晩ベランダに出たがるが、満月になる頃は、一段とベランダに出たがる。何故だか解らないが、血が騒ぐらしい。「ウワ~オウワ~オ」(訳すると、「出せ出せ」)のオンパレード。窓をこじ開けようともがいたり、窓の枠で爪研ぎしたり、窓をドンドンと叩く。どうにもならない事が解ると、癇癪を起こして、部屋中を走り回り、あちこちの段ボールを引っ掻く段々エスカレートして、子供達に八つ当たりしたり、破れかぶれになる。そして少し落ち着くと、また窓をこじ開けようともがいたり、窓枠で爪研ぎしたり、窓をドンドンと叩く。この繰り返しだ。TVの音も掻き消される様に騒がしい。余りにもうるさいので、仕方なく外(ベランダ)に出す。するとピョンピョン、軽やかに跳んで出て行く。そしてベランダでのんびり寛いでいる。お月見をしているのか、外の猫達と交信しているのか、私にはサッパリ解らない。でも以前、近所の野良猫達の「夜の集会」に私も参加した時、月が煌々と照り輝いていた。私達、人間はすっかり退化してしまったが、満月には何か不思議な力があり、様々な生き物は不思議な力を感知するらしい。今は暑いので、「ねこ」だけで済んでいるが、涼しくなると他の子達も「出せ出せ」と騒ぎ出す。涼しいので、窓は開けっ放し。真冬は「ねこ」以外の子達が外に繰り出し、寛いでいる。満月が照り輝く凍てつく夜は、寒くてたまったものではない。もったいないので暖房は一切しない。光熱費は助かるが、人間達は分厚いセーターやチャンチャンコを着込んで、ぶるぶる振るえている。真夜中はしんしんと冷えるので、私は布団の中にもぐっている。さて、夏の満月辺りだが、「ねこ」は外に出たまま真夜中になっても入りたがらない。防犯の事もあるので、私も部屋で起きている。刻々と月が移動するのを眺めながら。そのうち満足すると、小声で「アオ~ン」(訳すると「そろそろ入るよ」)と鳴くか、窓をコンコンと叩く。「はあ~、やっと入る気になってくれたか~。」と安心して、部屋の中に入れる。すると、それまで熟睡していた子供達(血縁上では孫達)がゾロゾロと起きてきて、「ママ~」とやって来る。特に「ねこ」とそっくりの柄の二匹は駆けて来て、三匹でダマダマになってなめ合う(→写真編を参照)。初めは円陣を組んでなめ合う。ダマダマで誰が誰をなめているのか、解らない程に熱くなめ合う。そのうち次第に円陣が崩れていく。段々、冷静になっていくのか、三匹並ぶ。毎回、三匹はダマダマになる。不思議と他の子達は円陣に加わらない。この熱い抱擁?の儀式が終わると、三匹連れ沿って、ご飯を食べに行く。ご飯を食べ終わると、銘々、好みの場所に行き、何事も無かったかの様に、眠りにつく。私もやっと眠れる。満月だけでなく、新月辺りも同じ事が繰り広げられる。その度に私は寝不足になる。今も眠い。この行事には、さらにいろいろあるが、眠いので、また後日にする。
2010.08.25
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一昨日と昨日は、我が家の猫達と『ライオン家族』になっていた。『ライオン家族』とは、野生のライオンの家族が、付かず離れずの距離で固まり、寛いだり寝ていたりする光景の様に、我が家の猫達と付かず離れずの距離で寛いだり寝たりする事である。大部屋では「ねこ」以外の6匹の猫達と付かず離れずでまったりし、小部屋では2匹の猫達と同じくまったりした。ねこは「部屋の中で『ライオン家族』をするよりも、ベランダの方が良い」と主張したので、灼熱のベランダで、唯我独尊で寛いでいた。毎日、熱中症の報道があり、今年は多数の死者が出ている。飼い主の居ない猫(野良猫)達にとっても、この暑さはこたえる。体の弱っている子は夏が越せない。「ねこ」も熱中症にならないか、私は毎日ハラハラしているが、当の「ねこ」はこの猛暑を全く意に介さない。気持ち良さそうに、ベランダに這いつくばっている。私がベランダに様子を見に来ると、喜んでゴロタンゴロタンする。ついでに私にも「一緒にバカンスしようよ」と誘うが、私は毎回、丁重にお断りしている。さて、最初はみんなで、まったりと寛いでいるが、そのうち全員、爆睡する。2時間位爆睡すると、誰ともなく起きて、活動を開始する。小部屋は2匹なので、同じ布団でゴロゴロ寝ていても何とかなるが、6匹だとそうはいかない。私は身体の半分を布団の外に出し、布団の半分は2匹程度が占領する。これも我が家の【掟】の『早い者勝ち』の結果だが、これは後日、紹介する。そういえば、昨日やっとプロフィールがとりあえず、完成した。とりあえず、と付けたのは、まだ十分ではないからである。写真は横向き、好きな■■も『好きな言葉』しか載せられなかった。四苦八苦したが、上手くいかなかった。そうそう、この文章も、今までの文章も改行して一行空けるが、確認画面ではいつも詰まってしまう。何度も試行錯誤するが、上手くいかない。「PCではなく、携帯だからかなぁ~?」と思うが、原因は解らない。きっとどこかで凡ミスをしているのだろう。ブログと縁の無かった私がブログを始められただけでも驚異である。「ま、一歩一歩、前進できればいいか」と、長い目で見る事にした。どなたか携帯使用者で上手くできた方は、方法をご伝授下さると、大変嬉しいです。
2010.08.23
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昨日、「我が家の生活は、人間達と猫達との境界がボーダレスな事が沢山ある」と書いたが、その典型例は、我が家の「掟」である。「掟」には幾つかあるが、その一つが「早い者勝ち」である。普通の家庭では人間は人間。猫は猫。きちんと峻別しているのだろうが、我が家では「人間も猫も異なる種の生物だが、その存在と、命の重みは等しい」という精神に基づき、生活している。だから食べる順番は、人間も猫も関係無く、「早い者勝ち」である。食べる順番といっても、人間の方が圧倒的に不利だ。まず数が違う。猫の方が圧倒的に多い。しかも猫の方が俊敏に動く。そこでご飯を食べる順番では人間の方が負ける。また、猫達のご飯を食べる時間が微妙にズレる。その為、猫達が一通り食べ終わる迄、人間はおあずけを喰らう。これは猫を甘やかしているわけではなく、単純に「早い者勝ち」の結果である。我が家では、猫達のご飯を一匹一匹、異なる容器に入れている。ご飯を食べに猫が来ると、その子の容器だけを開けてご飯をあげる。食べ終わると容器を閉じる。というのも、一匹一匹、好みも年齢も体質も異なるからである。しかし毎回、それのみでは私が参ってしまうので、一応、大皿幾つかに、最少公倍数の種類のご飯を入れて、飢え死しない様にはしている。しかし、うちの猫達は大皿よりも自分の容器からご飯をもらう方が好きだ。まぁ、当たり前の事だ。そこでご飯の時間になると、みんな、ゾロゾロやって来る。大部屋では7匹居るが、同時に7匹来る事はまず無い。猫同士の間でも「早い者勝ち」の論理が働いている。たいてい、2~3匹が一緒にやって来る。食べ終わると、次に他の1~2匹が一緒に来る。その後、他の1~2匹が来る。「はあ~。やっと一巡したか~」と思うと、今度は1匹単独でやって来る。それが延々と繰り返される。しかも何故か、人間がお腹が空いている時に、猫達もお腹が空くらしい。人間がまさにご飯を食べようとする頃に、彼らはご飯を食べにやって来る。人間はお皿に盛り付けをしたりと、時間がかかる。するとご飯の場所に来るのは猫達の方が先になる。当然、猫達の優先順位が高くなる。猫達が美味しそうにご飯を食べている間、人間はご飯をおあずけ。ダラダラと絶え間無く来られると、おあずけの時間が長くなる。これはかなり辛い。私は空腹に耐えられなくなると、猫達にご飯をあげながら、自分のご飯をチョイとつまみ食いする。チョイとのつもりが、どんどん..になってしまう事もしばしばある。他人様から見たら、奇妙な光景だろう。猫達がご飯を食べている目の前で、私もお座りしてご飯を食べているのだから。以前、母がその光景を見て、激怒した事がある。母は「猫は所詮、猫人間様に食べさせてもらっているんだから、まずは人間が先猫は人間の後猫達を甘やかすんじゃないあんたは狂ってる」と言った。確かに一般常識から見て、我が家は普通の家庭から、かなり逸脱している。人間と猫とが同格なんて、普通の人が聞いたら「」と思うだろう。母が激怒するのも解る。我が子をそんな人間に育てたつもりはないだろうから。しかし、他人様に迷惑をかけているわけではない。我が家の中だけの「掟」で、玄関を一歩出れば、普通の社会人として行動している。それに、当たり前過ぎて全く威張れないが、人間と猫達とは全く異なる食事内容である。猫達はキャットフードを食べているし、人間は人間の食べ物を食べている。我が家では、人間の食べ物を猫達に一切与えていないよく猫にねだられると、カニカマや蒲鉾、ホタテの缶詰などを猫にあげている人がいる。しかし塩分は猫にとって命取りになる。猫の健康を考えたら、猫には猫専用の食事をあげるべきである。また、猫は食事のえり好みが激しいからといって、コロコロとご飯の種類を変えて、猫におもねる人がいる。猫の健康に問題なければ、それでも良いかもしれない。しかし、もし病気になり、特別療法食をあげなければいけなくなった時、猫の嗜好だけを優先していたら、いずれ困る事態になる。猫は本来、鼠や鳥や魚など、自然の生き物を食べている生物である。それができない現代では、猫の体調管理は猫と同居する人間が行う責務である我が家の「掟」は一般常識から確かに外れているが、猫の健康を損なう行為はしていないついつい熱くなり、話が逸れてしまった。一般常識からは逸脱しているかもしれないが、私は常に「猫と人間という異なる種の生物が、共存して共に暮らすとはどういう事か?」を考えながら、共に生きている。この考え方は、我が家の猫達だけに当てはまる話ではない。同じ地球上に住む生物との共存問題に発展する。それはいずれ、書きたいと思う。
2010.08.20
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私はブログを始めてから日が浅い。だからよく失敗する。写真を添付すれば、逆さまになる。何故だか一向に解らない。文章を送信した後、自分のブログを確認してみるが、一向に表示されない。そこで文言を少し変えて、また送信してみる。すると前に送信した物と後から送信した物の両方が表示される。片方を消したいが、削除の仕方が解らない。さっきブログに書いた「連れション」もそうだ。殆ど同じ物が二通も表示されている。おバカ丸出しだ。でも表示されると、とりあえず安心する。「連れション」が表示されて安心したら、「ボタッボタッ」という鈍い音がした。「あっ、みけが来たな」と直ぐに解った。みけは高い場所が大好きで、箪笥の上を根城にしている。箪笥の上から降りる時は、まずはTV(ブラウン管)の上に降り、TVから低めの本棚の上に移動し、本棚から下に降りる。しかし、みけは重たく、動作が鈍くさい。だから「ボタッボタッ」になる。TVが壊れるのは時間の問題だ。しかし動作は極めて鈍くさいが、勘はめちゃくちゃ鋭い。私がブログにみけの事を書いたのを察して、尻尾をフリフリさせて来た。「ねえ、ねえ、私の何を書いたのよ?」と聞きに来たのである。おそらく読者の皆さんは、私の思い過ごしだと思われるだろう。しかしみけは、いつも私の心の中をお見通しである。みけの事を考えていると、いつも何処からともなく現れて、尻尾をフリフリさせる。一番鋭い瞬間は、みけに薬を飲ませる、みけを病院に連れて行く時である。全くみけと顔を合わせず、別の部屋で「そろそろ薬を飲ませないといけないな~。」とか「病院に連れて行かないといけないな~。」と思った瞬間、ササササササ-と不穏な音がする。「まさか」と思うと、その「まさか」である。みけはどんなに爆睡していても、私が思った瞬間、素早く逃げてしまう。まだ薬の袋にも触っていない、病院に行く支度をしていなくても、鋭く察知して逃げる。「またやられた」と思って、みけの顔を見ると、みけはただならぬ緊張した面持ちをして、いつでも手の届かない場所に逃げれる体勢を取っている。私は声を出さずに心の中で思っただけなのに、直ぐにバレテしまう。こんなに勘の鋭い猫は珍しい。間抜けな私は、ただただ不思議に思うだけである。
2010.08.19
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我が家の生活は、人間達と猫達との境界がボーダレスな事が沢山ある。 私が猫達をペットと思っておらず、完全な家族と思って接しているからかもしれない。例えば私が誰かに話しかける時も、人間に対してと、猫に対してと、全く同じ口調で話す。その為、人間の家族は自分が話しかけられたと思って返事をするが、私は猫に話しかけている。その為、とんちんかんになる事が多い。 でも猫達はそういうボーダレスな環境に慣れてしまっているので、全く違和感が無い様だ。時には人間がする様な事を行う。その一例が「連れション」だ。 我が家は猫の数が多いので、猫のトイレの数も多い。掃除が楽な様に、人間のトイレの近くに猫のトイレを集中して置いている。人間のトイレのスペースも勿体ないので、猫のトイレを一つ置いている。恥ずかしい話だが、トイレは常に全開にしている。猫達が、人間のトイレの中にある猫のトイレに常時入れる様にする為だ。私がトイレをする時も全開のまま。でもさすがに全開のままにしているのは私だけで、他の人間はドアを閉めている。 そんな或る日、「みけ」(三毛猫)が一緒にトイレに付いて来て、トイレに入った。私が人間のトイレで用を足す時に、みけは猫のトイレで用を足した。私は内心驚いたが、知らん顔をした。すると、みけは味をしめたのか?、私がトイレに行く度に、走って付いて来て、一緒に用を足す。まるで女子学生達がトイレに行く時に「私も!」「私も!」と一緒にトイレに行く様な光景だ。そして私とみけは、同時に用を足す。私は人間のトイレで、みけは猫のトイレで。まさに「連れション」である!! 誰が教えたわけでもない。ましてや私がみけを誘ったわけでもない。でも何故か?、毎日の恒例行事というか、日常のごく自然な風景である。 人間と猫との「連れション」は珍しいので、この光景を写真に収めたいが、私はトイレの真っ最中で忙しい。しかも私の位置からは写真を撮れない。そこで人間の家族に頼んでみたが、一瞬の事なので、なかなか写真が撮れない。仮にもし写真や動画が撮れたとしても、風紀上ちょっと公開できないだろう。 そこで、みけの写真は普通の写真を添付する。
2010.08.19
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我が家の生活は、人間達と猫達との境界がボーダレスな事が沢山ある。 私が猫達をペットと思っておらず、完全な家族と思って接しているからかもしれない。例えば私が誰かに話しかける時も、人間に対してと、猫に対してと、全く同じ口調で話す。その為、人間の家族は自分が話しかけられたと思って返事をするが、私は猫に話しかけている。その為、とんちんかんになる事が多い。 でも猫達はそういうボーダレスな環境に慣れてしまっているので、全く違和感が無い様だ。時には人間がする様な事を行う。その一例が「連れション」だ。 我が家は猫の数が多いので、猫のトイレの数も多い。掃除が楽な様に、人間のトイレの近くに猫のトイレを集中して置いている。人間のトイレのスペースも勿体ないので、猫のトイレを一つ置いている。恥ずかしい話だが、トイレは常に全開にしている。猫達が、人間のトイレの中にある猫のトイレに常時入れる様にする為だ。私がトイレをする時も全開のまま。でもさすがに全開のままにしているのは私だけで、他の人間はドアを閉めている。 そんな或る日、「みけ」(三毛猫)が一緒にトイレに付いて来て、トイレに入った。私が人間のトイレで用を足す時に、みけは猫のトイレで用を足した。私は内心驚いたが、知らん顔をした。すると、みけは味をしめたのか?、私がトイレに行く度に、走って付いて来て、一緒に用を足す。まるで女子学生達がトイレに行く時に「私も!」「私も!」と一緒にトイレに行く様な光景だ。そして私とみけは、同時に用を足す。私は人間のトイレで、みけは猫のトイレで。まさに「連れション」である!! 誰が教えたわけでもない。ましてや私がみけを誘ったわけでもない。でも何故か?、毎日の恒例行事というか、日常のごく自然な風景である。 人間と猫との「連れション」は珍しいので、この光景を写真に収めたいが、私はトイレの真っ最中で忙しい。しかも私の位置からは写真を撮れない。そこで人間の家族に頼んでみたが、一瞬の事なので、なかなか写真が撮れない。仮にもし写真や動画が撮れたとしても、アダルトビデオと動物ビデオの合作版になり、風紀上ちょっと公開できないだろう。 そこで、みけの写真は普通の写真を添付する。
2010.08.19
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トロピカルな夏が大好きな猫の「ねこ」を画像で紹介します。 最近は猛暑続き。私の方がバテ気味で、写真を余り撮っていません。夏冬、様々な写真が混ざっていますが、タヌキみたいな猫の姿は相変わらずです。
2010.08.18
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我が家には猫が9匹いる。既にこの世を去った猫を入れると10匹である。全員、かつて生死をさ迷った野良猫達。9匹の中、8匹は血縁関係にある一族だ。おばあちゃん→娘(姉)、息子(弟)→孫娘達(娘の子供達)、娘の夫。こんなにワサワサ一族が居る家は少ないだろう。うちはブリーダーではないので、全員、この世に産まれてきてから、拠無い事情で我が家の家族になった。最初は6匹が我が家の家族になった。おばあちゃんと、息子1匹と、孫娘達4匹。息子は目が開いたばかり、孫娘達はまだ目が開いていなかった。今はおばあちゃんはシルバー、息子と孫娘達は中年だ。でもこの6匹は最初からずっと一緒に居るので、とても仲が良い。その後、血縁関係の無い猫達、娘の夫、娘と次第に増えて、今では9匹だ。しかし9匹も居ると、仲の良し悪しが出てくる。残念な事に、血縁関係の無い猫は、他の猫達と共存できない。ケージを買ったり、いろいろ試してみたが、ダメだった。娘は孫娘達(我が子達)と弟の顔を覚えていない。孫娘達も産みの母の顔を知らないし、弟も姉の顔を知らない。その為、娘と、娘の子供達や娘の弟とは折り合いが悪い。仕方ないので、部屋を二分割した。最初からいる6匹と孫娘達の父親の7匹を大部屋に入れた。娘と血縁関係の無い猫の2匹を小部屋に入れた。部屋が二分割された事で、とても大変になった。どちらかの部屋に長く滞在すると、もう片方の子達がむくれて暴れる。ともかく両方の部屋を行ったり来たりと、忙しい。私が全員を連れて来たから、一応は飼い主だが、私は飼い主というよりも、猫達の「親分」だ。猫達も私を飼い主とは思っておらず、「親分」と思っている様だ。親分はみんなに平等でなくてはいけない。えこ贔屓はご法度だ。親分は両方の部屋を平等に行ったり来たりしなくてはいけない。これが何よりも疲れる。親分は今日も北に南と、行ったり来たりで忙しい。
2010.08.17
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今日も暑い一歩外に出ると、「ウオ~~ン」と音がする様に暑いしかし、我が家にはこの暑い外が大好きな酔狂者がいる。それは我が家の猫。名前は「ねこ」。色と模様はタヌキそっくり。よっぽど名前を「たぬき」にしようかと思ったが、そうしたら確実にタヌキに間違えられる。そこで「私はタヌキではない!猫である!」という意味を込めて、「ねこ」と命名した。元は野良猫。正確な歳は解らないが、推定10歳以上。既にシルバーの仲間入りしている。しかし、めっぽう暑さに強いいや、強いというより、トロピカルな暑さが大好きだ。この猛暑・酷暑の中、一日中ベランダに居るのが大好き冬はベランダに出たがらないから、部屋が嫌いという訳ではない。ただただ暑い場所が好きなのだ。一日中、ベランダに出て何をしているかというと、ただボケ~~と寛ぎ、まどろんでいる。その時、その時で場所を変え、ベタ~~と地に這い付くばっている。「ベランダでそんなに伸びているなら、部屋に入ればいいのに」と思うが、それでもトロピカルな夏を満喫したいらしい。そよ風(いや、ウッ!とする様な熱風)が吹く時は、エアコンの室外機の上で誇らしげに寛いでいる。時には「あぉ~ん。あぉ~ん。」と鳴いて、私やねこの子供達(子供達といっても、もう中年だが..)を盛んに誘う。だが誰もねこの誘いには乗らない。このクソ暑い中、誰がベランダで一緒にゴロゴロするものか熱中症になるのがオチである。ねこは、歳を取ってボケたから暑さが平気になったわけではない。我が家に来てから、毎年夏は早朝から夜までベランダに居る。我が家に来た最初の頃は、“お猫様達さまさま”の生活を送っていた。夏も冬も24時間、窓を開けっ放し。部屋とベランダとを出入り自由にしていた。人間が“お猫様達”に生活を合わせていた。夏は蚊取り線香を炊いて「暑い暑い」と人間達は転がり回っていた。冬は凍てつく夜に、輝く月や星を見ながら、布団を何枚もかけて震えて寝ていた。元気なのは“お猫様達”だけ。暑さ寒さに関係無く、部屋とベランダを行き来していた。でもここ毎年、年々夏が暑くなる。我慢も限界を超えてきていた。そんな或る日、掛かり付けの獣医さんから「夏は猫ちゃん達が熱中症にならない様に気をつけて下さいね。」と言われた。その頃、暑さにめげないのは「ねこ」だけで、ねこの子供達は少々バテ気味になっていた。でもねこはベランダが大好き。仕方ないから、窓を開けていた。すると私が熱中症で倒れて気絶してしまった。部屋の中には猫はゾロゾロ居たが、人間は私一人。今思えば、危なかった。それ以来、夏はエアコンをかける事にして、ねこだけ、ベランダに出す事にした。夜が明けると同時にベランダに飛び出す。そして昼に一度部屋に入り、ご飯を食べて水を飲み、トイレを済ます。するとまたベランダに出る。夕方過ぎにやっと部屋に入る。夜も出たがるが、さすがにお願いして部屋に居てもらう。でも毎日こんな生活では、ねこに振り回されっ放しになる。もう、さすがに疲れた。そこで、最近は一日中、部屋に居る日も設けている。するとお気に入りの場所で寝ている。「なぁ~んだ。部屋に居られるじゃん。」と思った。しかし、ねこはねこで我慢しているらしい。何日か経つと、癇癪を起こす。その癇癪の起こし方が激しいダンボール箱はボロボロにする、大切な書類はブリブリにする、子供達に八つ当たりする。破れかぶれに暴れる。余りストレスを与えるのもよくないので、なるべくベランダに出す様にしている。今日も一日中、ベランダに居た。今もベランダに出たそうにしているが、エアコンを弱冷房にしたり、細めに切ったりして、折り合いをつけている。
2010.08.17
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たまたま大学時代に大好きだった先輩を、ネットで検索した。先輩は私の高校の3年上。部活も違ったから高校時代は重ならなかったし、存在すら知らなかった。でもある事がきっかけで、私が大学1年生の夏に知った。人並み外れた頭の良さ、人並み外れた体力と気力、しっかりとしているが端正な顔立ち、遠い目をして海を見る姿、寡黙で素っ気ないがとても優しい人柄。私は一辺に夢中になった。でもなかなか自分の気持ちを伝えられず、ずっと先輩の横顔や後ろ姿を目で追っていた。本当はず~っと見ていたかったが、恥ずかしくて、目が合うと目を逸らした。そんな超奥手の私が、何を血迷ったのか?、大学3年生の時に告白した。「付き合って下さい」と言ったら、いともあっさりとOKしてくれた。天にも昇る心地だった。でも付き合い始めたはずなのに、一向にお誘いがかからない。私から連絡すると、いつも「忙しくて....。こちらから連絡します。」の答えしか返って来ない。連絡を待つが、一向に連絡が来ない。また私から連絡すると同じ答えが返って来る。他に好きな女性がいるのだろうか?、何度も疑心暗鬼になった。当時、先輩は昼間は医学生、夜はアイスホッケー部で練習と試合の毎日だった。これはいくら待っても埓があかない。こうなったらアイスホッケーの練習場や試合場に行くしかない!当時、スケート場はなかなか無くて、アイスホッケーの練習は夜遅くや早朝ばかりだった。私は慣れない手でレモンの蜂蜜漬けを作り、朝一番の電車に乗ったり、深夜の電車で帰ったりした。本当は一緒に居たかったが、先輩は部活の友達と一緒に行動していた。だから会えるのは練習や試合中とその直後だけだった。付き合い始めた頃、先輩はアイスホッケー部の主将だった。今思えば、忙しいはずだ。部活の友達と一緒に行動するのも解る。でも当時は独りで行き帰りするのが寂しかった。そのうち先輩は主将を引退した。「さあ、時間ができたぞ!これで少しは会えるぞ!」と思った。ところが今度は医師の国家試験の勉強をしなくてはいけないとの事で、やはり会えない日々が続いた。しかも主将は引退しても、相変わらずアイスホッケーに明け暮れていた。元々寡黙な上に全く会えないとなると、何を考えているのか、私をどう思っているのか、全く解らなくなる。ともかく寂しいし苦しい。疑心暗鬼にもなる。ひたすら我慢、我慢、我慢....と思っていたが、遂に我慢の緒が切れた。いくら憧れの先輩でも「私を一体、どう思っているんだ!!」と叫びたくなる。もう、苦しくて苦しくて気が狂いそうになる。遠距離でもないのに遠距離恋愛より悲惨だ。「こんなに苦しい思いをする位ならば」と思った末に、自ら、先輩との糸を裁ち切った。25枚を越える長い手紙を書いて送り、気持ちを吹っ切る様に海外に出かけた。あれから何年経つだろう。先輩は当時、余り聞き慣れない「リハビリテーション」を専門にしたいと夢を語っていた。ネットで見たら、先輩はリハビリの専門医になっていた。立派な病院の院長兼理事長をしており、24時間態勢で応じている。往診もしている。大学時代の夢をちゃんと叶えている。しかもアイスホッケーは相変わらず続けている。歳から考えたら、アイスホッケーは相当にキツイはずだ。というか、無理だ。氷上の格闘技は若いからこそ、続けられる。でも大学のOB戦で、何点も点を入れている。「ワークライフバランス」--ふと、その言葉が浮かんだ。先輩は地域医療の診療医として、また医学の研究者として、病院の経営者として、リハビリ医学会の役員として、超多忙な日々を過ごしている。その一方で、アイスホッケーも続けている。仕事だけでなく、趣味も両立させている。一体、どうやったら、そんなスーパースターみたいな事ができるのだろう??先輩は大学時代から、人並み外れた能力を沢山持っていた。「努力すれば何とかなる」というレベルを越えていた。だから私は夢中になった。他の先輩達も一目も二目も置いていて、「あれは人間じゃない。ヘラクレスだ。」と言っていた。そのヘラクレス振りは歳を取った今も健在である。ふと、先輩に会いたくなった。お互い、歳を取り、私の方はしょぼくれてしまった。でもふと、暑くて甘酸っぱい夏を想い出したくなった。
2010.08.17
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たまたま大学時代に大好きだった先輩を、ネットで検索した。 先輩は私の高校の3年上。部活も違ったから高校時代は重ならなかったし、存在すら知らなかった。でもある事がきっかけで、私が大学1年生の夏に知った。人並み外れた頭の良さ、人並み外れた体力と気力、しっかりとしているが端正な顔立ち、遠い目をして海を見る姿、寡黙で素っ気ないがとても優しい人柄。私は一辺に夢中になった。でもなかなか自分の気持ちを伝えられず、ずっと先輩の横顔や後ろ姿を目で追っていた。本当はず~っと見ていたかったが、恥ずかしくて、目が合うと目を逸らした。 そんな超奥手の私が、何を血迷ったのか?、大学3年生の時に告白した。「付き合って下さい」と言ったら、いともあっさりとOKしてくれた。天にも昇る心地だった。 でも付き合い始めたはずなのに、一向にお誘いがかからない。私から連絡すると、いつも「忙しくて....。こちらから連絡します。」の答えしか返って来ない。連絡を待つが、一向に連絡が来ない。また私から連絡すると同じ答えが返って来る。他に好きな女性がいるのだろうか?、何度も疑心暗鬼になった。 当時、先輩は昼間は医学生、夜はアイスホッケー部で練習と試合の毎日だった。これはいくら待っても埓があかない。こうなったらアイスホッケーの練習場や試合場に行くしかない! 当時、スケート場はなかなか無くて、アイスホッケーの練習は夜遅くや早朝ばかりだった。私は慣れない手でレモンの蜂蜜漬けを作り、朝一番の電車に乗ったり、深夜の電車で帰ったりした。本当は一緒に居たかったが、先輩は部活の友達と一緒に行動していた。だから会えるのは練習や試合中とその直後だけだった。 付き合い始めた頃、先輩はアイスホッケー部の主将だった。今思えば、忙しいはずだ。部活の友達と一緒に行動するのも解る。でも当時は独りで行き帰りするのが寂しかった。 そのうち先輩は主将を引退した。「さあ、時間ができたぞ!これで少しは会えるぞ!」と思った。ところが今度は医師の国家試験の勉強をしなくてはいけないとの事で、やはり会えない日々が続いた。しかも主将は引退しても、相変わらずアイスホッケーに明け暮れていた。 元々寡黙な上に全く会えないとなると、何を考えているのか、私をどう思っているのか、全く解らなくなる。ともかく寂しいし苦しい。疑心暗鬼にもなる。 ひたすら我慢、我慢、我慢....と思っていたが、遂に我慢の緒が切れた。いくら憧れの先輩でも「私を一体、どう思っているんだ!!」と叫びたくなる。もう、苦しくて苦しくて気が狂いそうになる。遠距離でもないのに遠距離恋愛より悲惨だ。「こんなに苦しい思いをするならば」と思った末に、自ら、先輩との糸を裁ち切った。25枚を越える長い手紙を書いて送り、気持ちを吹っ切る様に海外に出掛けた。 あれから何年経つだろう。先輩は当時、余り聞き慣れないリハビリテーションを専門にしたいと夢を語っていた。ネットで見たら、先輩はリハビリの専門医になっていた。立派な病院の院長兼理事長をしており、24時間態勢で応じている。往診もしている。大学時代の夢をちゃんと叶えている。しかもアイスホッケーは相変わらず続けている。歳から考えたら、アイスホッケーは相当にキツイはずだ。というか、無理だ。氷上の格闘技は若いからこそ、続けられる。でも大学のOB戦で、何点も点を入れている。 「ワークライフバランス」--ふと、その言葉が浮かんだ。先輩は地域医療の診療医として、また研究者として、病院の経営者として、リハビリ医学会の役員として、超多忙な日々を過ごしている。その一方で、アイスホッケーも続けている。仕事だけでなく、趣味も両立させている。一体、どうやったら、そんなスーパースターみたいな事ができるのだろう?? 先輩は大学時代から、人並み外れた能力を沢山持っていた。努力すれば何とかなるというレベルを越えていた。だから私は夢中になった。他の先輩達も一目も二目も置いていて、「あれは人間じゃない。ヘラクレスだ。」と言っていた。そのヘラクレス振りは歳を取った今も健在である。 ふと、先輩に会いたくなった。お互い、歳を取って、私の方はしょぼくれてしまったが、ふと、暑くて甘酸っぱい夏を想い出したくなった。
2010.08.16
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8月15日。終戦から65年経った。次第に戦争を知らない世代が増えていく。私もその一人だ。祖父母や母から戦前・戦中・戦後の話を聞くが、戦争は人の心を亡くす。いや、人の心を亡くさないと戦えない。勝つか負けるか、殺すか殺されるかの二者択一だ。相手の事を思っていたら、殺されてしまう。言うまでもないが、戦争は起こさないに越した事はない。でも戦争は相手あっての事である。どんなに誠意を持っても、社会常識が全く通用しない人がいる様に、世界の常識が全く通用しない国もある。いくら話し合いを重ねても、どうしても理解し合えない国もある。その様な国に蹂躙され続けても、黙っていられる人も国もないだろう。でも戦争は普通に暮らしている多くの人達を巻き添えにする酷さがある。どうしても戦争は避けたい。戦争を避ける為には「外交」が大切だ。外交というと聞こえは良いが、『飴と鞭との両輪』で、相手と対等に折り合いを付けていく事だ。『飴と鞭』の両方を使い分けるには、相手の事を知るのが最も大切だ。端的に言えば、相手の弱みと強みを知る事だ。それには諜報活動も必要で、時には汚い手も使わざるを得ない。理想を語ればきりがないが、現実はドロドロしており、単純ではない。第二次世界大戦では、日本は外交も下手だったし、相手国への情報量も少なかった。真珠湾攻撃もアメリカに事前にバレテいた事も知らず、また物量的に圧倒的に不利な事も知らずに、日本軍は戦争に邁進した。もし、様々な情報を得ていたら、ひたすらまっしぐらに戦争に突入しただろうか?また仮に戦争をしたとしても、悲惨な末路を辿る迄、戦争を続けただろうか?おそらく、戦争回避の方向へ進んだのではないだろうか?また、戦争をしていたら、どこかで終結をはかったのではないだろうか?祖父は戦後、アメリカに行った。かつて敵として戦った将校達と会いに行った。帰国後、「日本は余りにも無知だった。情報も物量も無い中で、精神論だけで多くの部下と国民を犠牲にした。」と、日本軍の過ちを語った。その祖父は今はもうこの世にいない。祖父がいたら、もっと当時の話を聞きたいと思う。
2010.08.15
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8月15日。終戦から65年経った。次第に戦争を知らない世代が増えていく。私もその一人だ。 祖父母や母から戦前・戦中・戦後の話を聞くが、戦争は人の心を亡くす。いや、人の心を亡くさないと戦えない。勝つか負けるか、殺すか殺されるかの二者択一だ。相手の事を思っていたら、殺されてしまう。 言うまでもないが、戦争は起こさないに越した事はない。でも戦争は相手あっての事である。どんなに誠意を持っても、社会常識が全く通用しない人がいる様に、世界の常識が全く通用しない国もある。いくら話し合いを重ねても、どうしても理解し合えない国もある。その様な国に蹂躙され続けても、黙っていられる人も国もないだろう。 でも戦争は普通に暮らしている多くの人達を巻き添えにする酷さがある。どうしても戦争は避けたい。 戦争を避ける為には「外交」が大切だ。外交というと聞こえは良いが、飴と鞭との両輪で、相手と対等に折り合いを付けていく事だ。飴と鞭の両方を使い分けるには、相手の事を知るのが最も大切だ。端的に言えば、相手の弱みと強みを知る事だ。それには諜報活動も必要で、時には汚い手も使わざるを得ない。理想を語ればきりがないが、現実はドロドロしており、単純ではない。 第二次世界大戦では、日本は外交も下手だったし、相手国への情報量も少なかった。真珠湾攻撃もアメリカに事前にバレテいた事も知らず、また物量的に圧倒的に不利な事も知らずに、日本軍は戦争に邁進した。もし、様々な情報を得ていたら、ひたすらまっしぐらに戦争に突入しただろうか?また仮に戦争をしたとしても、悲惨な末路を辿る迄、戦争を続けただろうか?おそらく、戦争回避の方向へ進んだのではないだろうか?また、戦争をしていたら、どこかで終結をはかったのではないだろうか? 祖父は戦後、アメリカに行った。かつて敵として戦った将校達と会いに行った。帰国後、「日本は余りにも無知だった。情報も物量も無い中で、精神論だけで多くの部下と国民を犠牲にした。」と、日本軍の過ちを語った。 その祖父は今はもうこの世にいない。祖父がいたら、もっと当時の話を聞きたいと思う。
2010.08.15
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今年の夏は暑い。ともかく暑い。ちょっと昔は30゜Cを越えると、ビックリ仰天した。それが今では30゜Cを越えるのが当たり前になった。こんな暑い夏は、無理して外に出ず、家でまったり寛ぐのが良い。TVを見たり、DVDを見たり。昨日、「ねこタクシー」のDVDを見た。何ともほんわかしている。冴えない40歳のタクシー運転手がたまたま「御子神」さまという三毛猫に出会う。そこから人生が少しずつ変わっていく。周りの登場人物も始めはとっつきにくかったり、変な人が多い。でも御子神さまを前にすると、皆、優しい人達だと解る。様々な事情を抱えていて、一生懸命、鎧を被っていたんだなぁ~と思う。いつも自然体の御子神さまを抱くと、鎧を被る必要が無くなるのだろう。最終話は大変受け入れ難い内容で、「こんなのおかしい!」と騒ぎながら見ていたが、全体的にはほんわかした気持ちになれる。久々にまったりとした一日だった。
2010.08.14
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