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バリアートとビガプール、黄金の小麦畑亭の姉妹店をつなぐ地下の転移装置をくぐり、外に出た後も連理は何も言わずに一心に歩を進めている。比翼は訳も分からず、とにかくはぐれない様に慌てて後ろを追かけた。
街の南東の出入り口近くにある裏町に差し掛かったときある変化に気付いた。貴族が流れ者のために住むところを用意し、食べ物を配っていた場所。以前は賑わっていたそこには誰もいなかった。
「やっぱりね・・・。」
周囲を見回し、連理はぼそりと呟いた。
「もうそろそろ説明しろ。なにがやっぱりなんだよ。」
イライラしながら聞いた。テイムされて以来いつも一緒に行動しているが、相方のこういうところが気に食わない。自分ひとりがなんでも知ったような顔をして、こちらには何一つ教えようともしない。教える必要がないということか?俺は相棒じゃないのか?
しかし連理はそれに答えず顎の下をしきりに触りながら一点を凝視してぶつぶつと何かを呟きながら考え事を続けていた。
「おい、こら!聞いてんのかよっ!!いい加減にしないと俺は降りるぜ!てめぇ一人でなんでも出来るんなら勝手にしろよ!」
連理ははっとした表情でこちらを振り向き、苦しげな表情でふたたび俯いた。
「悪い・・・ちょっと先走りすぎた。なんて言ったらいいのか、難しくて手がつけられなかったパズルのピースが急にパタパタとはまり出したというか・・・。一気に見えただけに、早く自分の推理の裏づけをしないとそれが消えてしまうような気がしたんだ。・・・ごめん。」
驚いた・・・珍しく、というか初めて連理が素直に謝るのを見た。
「べっ・・・別に分かればいいんだよ。分かれば。」
「ありがとう。」
少しはにかんだ笑顔。なんだ、つんと澄ましてるだけじゃなくて、こんな顔も出来んじゃないかよ。
「ま、とにかくさ、その・・・推理とやらを聞かせてくれよ。訳も分からず振り回されるんじゃこっちは迷惑するんだからよ。」
コンビ解消だなんて口走って悪かったと思いつつも、向こうが素直になると何故か素直になれなくなり、わざとつっけんどんな言い方をしてしまった。それでも連理はほっとした表情でこう言った。
「分かった。これはあくまでも僕の推論だ。これからその裏をとっていく。それを承知の上で聞いてくれ。」
比翼は黙って頷いた。
「セラチアは16のときにビガプールに来た。そしてここでフィロウィに出会ったと言っていた。つまりここは彼女とフィロウィにとって非常に縁の深い場所だ。」
「そうだが、でもそれだけじゃ・・・。」
「比翼、前にビガプールで調査をしたとき街の人間からこんな事を聞いた事を覚えてないか?
『何年か前にこのビガプールの南東部に小麦畑が出来て、当時は本当に驚きました。一瞬で歩道の石畳が全部消えて肥えた土地が現れたからです。』
『新興王国だからいろんな方面で心細いけど、それでもこんなに豊かな土地があるから安心です。しかし、歩道の石畳で覆われていた土地がこんなに肥えているとは、奇妙ではありますね。』
『ここに来てよ、農業の仕事を始めてから何年になったっけなぁ。本当に不思議なことはよ、害虫がただの一匹も見たことがないということだよ。こんなに肥えた土地がなぁ、なんで最近になってから開発されたのか分からんよ。』
一晩で現れた小麦畑と肥えた土、害虫のいない畑、どこかと同じだと思わないか?」
「・・・フィロウィの薬を使っている人間がここにもいるということか?」
「それだけじゃない。セラチアは月に牛や馬を10頭、人間を2~3人の人間を差し出していたと言った。牛や馬はともかくとして、あんな田舎の村でそんなに頻繁に人が消えたらどうなると思う?村人はセラチアが怪しげな術を使っているという事はうすうす知っていた。そんなことをすれば疑いは間違いなく彼女に向かうだろう。いくら土地を肥やす魔法薬が欲しくても村の人間が犠牲になるというなら話は別のはずだ。しかしそんな話は全く聞かなかった。ということは、セラチアは別の場所から人間を調達していたことになる。
ビガプールは大きな街だ。そして何よりここには失踪しても誰も気に留めない流れ者が多い・・・。」
「つまりここでセラチアと手を組んだ誰かが、流れ者をフィロウィに渡していたということか?」
「前に来たときここで食べ物を配っていた貴族がいたのを覚えているか?流れ者のために家を建て、仕事や食べ物やお金を与えるその篤志家のおかげでますますこの街には流れ者が集まるようになった。そして今、その裏町は閑散としている。」
「フィロウィに人間を渡す必要が無くなった、だから流れ者を世話するのをやめた・・・。」
「そうだ。『困っている方々を助けるのは、我が一族の義務であり、同時に喜びでもあるのですわ。』そう言っていた人間が急にそれを止める理由が他にあると思うか?」
「その貴族の名前は・・・。」
「ブルボン公爵だ。」
ビガプールを治めるストラウス国王一族と並んで権勢を誇るトルゲレフ家、ミルベル家、ブルボン家、パトリキー家、アリストイ家、パトリキー家。5公爵の一つであるブルボン家は豪奢な邸宅が並ぶビガプールでも一際目を引く城のような建物を王城の近くに構えていた。一部の隙もなくきれいに刈り込まれた庭園は美しいというよりは何か人を寄せ付けない、あまりに人工的な創作物でかえって気持ちが悪い。
扉の前に向かうと屈強な体をした門番が立ちはだかり、
「アナート様に会いに来たのですか?申し訳ないですが、今は忙しいためお会いすることができないです。お話があれば伝えてあげますから、私におっしゃってください。」
と丁寧な口調で、しかし断固とした調子で追い払われた。
「取り付くしまもないって感じだね。公爵がどこの誰とも分からない奴とそうそう会うわけもないか、やっぱり。」
「だよな、どうやって乗り込むか・・・。」
考え込んだとき、胸当ての下からきゅうっという音が聞こえた。
「・・・こんなときになんだけどさ・・・腹、減らね?」
「こんなときに・・・って言いたいところだけど、朝から何も食べてないもんな。糖が不足した頭で何を考えても仕方がない。中央の広場に屋台がいくつか出ていたから、そこで何か食べようか。」
暖かな日差しに誘われ、広場にはたくさんの人が来ていた。とうもろこしの粉の生地を薄く延ばして香ばしく焼いたものに、千切りレタスとスライストマト、薄く削ぎ切られた羊肉のローストをはさんだオープンサンドのような食べ物を買い込み、ベンチに座ってかぶりついた。スパイシーなソースと癖の強い羊肉の風味がよく合ってる。プッチニアにも食べさせてやりたいな、でもあいつ辛いの苦手だから思いっきり顔しかめるんだろうな、などと思って比翼は少し笑った。
空腹のため勢いよく口に押し込んでいると反対側から肉が少しこぼれ、それに犬が寄ってきた。茶色の短い毛、ビー玉のような褐色の瞳の可愛らしい子犬だ。
「あ、てめ、俺の肉!」
「落ちたものくらいやれよ。意地汚いな、比翼は・・・。」
「でもそれ結構大きい塊――あ、こら俺が食べてるほうに・・・あーあ・・・。」
膝の上によじ登ってきた子犬が腕に飛びつき、手に持っていた方を舐めてしまった。
「ちっくしょ・・・おれの昼飯・・・。」
「もう一個買ってやるからそれはもう諦めろ、比翼。」
立ち上がってちゃっかり自分の分を守りながらくすくす笑って連理が言った。
「あははは、災難だったね。この街の犬はたくましいぞ!」
一部始終を見ていた屋台のおじさんが新しいサンドを奢ってくれた。
「ありがとうございます。」
「いやいや。この街は野良犬が多くて、慣れてない旅行者は結構やられるんだ。富裕層が多いこの街はいいゴミが捨てられるから食べ物には困らないし、温暖で暮らしやすいんだろう。ただ・・・この頃おかしいと思うのだが、このビガプールには子犬が多いんだ。」
「たくさん子犬を産めるような環境だからじゃないですか?」
「いや・・・わしも完全に犬の見分けがつくという自信はないんだが、広場でこうやって商売してるとそこそこ見慣れてくる。変な事をいうようだがその子犬・・・わしがここで屋台を始めてもう三年になるが、ずっと子犬のままなんだ・・・。」
あらためて子犬を見た。新たなおこぼれにあずかれないかと期待に満ちた目をして茶色のしっぽを千切れんばかりに振っている。
「大きくならない犬種なのかもしれませんよ。」
「その犬だけならそう思えたかもしれない。だが、この広場に来る子犬という子犬がそうなんだ。」
公園を見渡すと確かにそこには子犬がたくさんいた。しかし子犬ばかりで成犬がまったくいない。果たしてそんな事がありえるのだろうか。
おじさんが屋台に戻ると再び連理は推理を始めた。
「セラチアがフィロウィに作らせていた若さを保つ薬。つまりそれは成長を止める作用を持つということだ。昔この街のどこかでフィロウィが犬相手に実験をしていたんじゃないか?」
「何十年も前の話だってのに、なんで犬はまだあのままなんだ?セラチアの様子から言ってずっと飲んでなきゃだめな薬だろ?」
「そこがフィロウィの汚いところだよ。おそらく一度で永続的な効果の得られる薬があるのに、継続して飲む必要のある弱い方の薬を渡す。薬が欲しければ一生奴に頭が上がらないというわけだ。女にとって自分の若さと美しさを保つことは至上命題だからね。美貌の女であればなおさらだ。」
「なるほどね。・・・待てよ・・・。」
「うん?」
「ブルボン公爵夫人に会えるかもしれないぜ。ちょっと俺にまかせてくれないか?」
比翼は自信ありげににやりと笑って残りのサンドを全て口の中に押し込んだ。
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つづき
ネタがないから小説第七弾~翼の行方編そ… August 21, 2009
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