第2章

戦争の裏表







 正直、西に帰ろうと思うと、足が重くなる。シューマは、死んだ。変わりようもない、変えようもない、変えることなど出来るわけもない不変の事実。
 その事実が、ゼロを悩ませていた。自分は、シューマを助けることが出来なかった。処罰を受けるだろう、普通ならば。だが、ゼロは北に帰ろうとしていない。自分の隊を、剣士としての居場所の一つを、棄てたのだ。
今思えば、北のアイアンナイツは、然程強いということはなかったが、隊員皆に、“統一するんだ”という様子が伺えた。それは、居心地の良いものだった。
 対して、西の虎狼騎士団には野心を持つ者が少ない。実力において実際の戦いでは南の魔法騎士団に劣ると予想されているが、虎狼騎士団の隊員の3分の1は、魔法騎士である。戦術魔法と接近戦に特化した、最強の戦士。南の魔法騎士団は、小隊員全員で攻撃魔法を使う戦法を多く用いるが、魔法騎士は個人での戦いが主である。正確に言うと、一人一人、個々の戦術が異なるため、共闘出来ない、というのが正しい。総合的に見れば南の魔法騎士団が最強かもしれないが、実は西の虎狼騎士団がエルフ最強騎士団である、というのも、嘘にはならない。数の面で劣る、ということはあるが。
 ちなみに、ゼロはエルフ族指折りの剣士であるのだが、魔法騎士ではない。血筋が魔法と関係ないため、魔力の欠片もないのだ。
 通常、魔法は意識層の中で魔道式を組み立て、その魔道式に魔力を注ぎ込み、声でもアクションでも自由に、魔法を“発動させた”と思い込むことにより発動する。種類は、〈直槍系(ストレートタイプ)〉〈空間系(フィールドタイプ)〉〈網状系(ネットタイプ)〉〈干渉系(インターフィアタイプ)〉があり、〈直槍系〉は、一直線上に効果を発揮し、〈空間系〉は指定した空間に魔力によって作り上げた条件を生み出し、〈網状系〉は対象の頭上から網状に発動し、〈干渉系〉は対象の存在、能力、姿に干渉し、ありとあらゆる変化をもたらす。
 使用した際の疲労度は上級魔法であればあるほど大きく、反対に下級魔法であればあるほど少ない。だが、南の魔法貴族である、ナターシャ家、フィートフォト家、モックルベラ家の三家を魔法三家と呼ばせる由縁があるのはこのへんである。フィートフォト家は〈網状系〉魔法のプロフェッショナルであり、モックルベラ家は〈直槍系〉のプロフェッショナルである。そして、魔法三家の長であるナターシャ家は全ての魔法を完璧に使いこなすことができるのだ。普通なら意識層の容量オーバーで植物人間化してしまう二つのタイプの同時発動や、合成魔法さえもこなしてしまうほどだ。ただ、ナターシャ家に欲はなく、今の身分を相応に思う傾向があるので南の一方的な統一がなってないのも事実である。
 話を戻そう。
 正直、ゼロは虎狼騎士団が嫌いではなかった。実際、幾度もの戦いで、ゼロが元同胞の虎狼騎士団員を殺したことはない。全て致命傷も避け、急所を狙い、気を失わせていただけなのだ。こんな芸当は、ゼロ以外の誰にも、北の軍勢では出来なかったし、それ以前にしなかっただろう。
 つまり、ゼロの心は北にいても西を思っていた、ということである。シューマと過ごした時は楽しかったのだが。
 そろそろ、ゼロが西の自分の家に着くようである。少し、落ち着いたような、緊張している感じがある。久しぶりだからだろうか。
 ゼロが、家の呼び鈴を鳴らした。聞き慣れた、少しとぼけたような音が鳴る。懐かしい、ゼロはそう思った。
「……えっと……ゼロです……。帰って……きました」
 ゼロがおずおずと口を開いた。
 暫しの間を置いて、玄関の扉が開いた。これだけ立派な家なのだから、執事やメイドの一人や二人が現れそうなものだが、現れたのは年の頃13歳程度の美少女だった。
「……」
「……」
 沈黙が流れる。さらにちょっとしてから、今度は年の頃15歳くらいの美少年が姿を現した。二人ともどことなく容姿がゼロと似通った部分がある。少女は内側にクルッと髪がいくようなショートカットで、少年は貴族のお坊ちゃまといった感じの前髪から何から切りそろえられた丁寧な感じである。
「……」
 少年も無言。なんとも言えない雰囲気が三人に流れる。
 少女はセシリア・アリオーシュ、12歳。ゼロの妹で、ヒュームたちの国から取り寄せた、希少な銃火器類を扱う戦闘技術を教えられた見習いガンナーである。さすがゼロの妹というべきか、潜在能力は高く、近い将来にはスパイや密偵なども行う予定である。あくまで予定だが。可愛い顔してなんとやら、といった感じである。
 少年はリフェクト・アリオーシュ、15歳。ゼロの弟でエルフ剣術を学んだのだが、悲運にも才能がなく文才、文学、政治的な全ての面でアリオーシュ家を支える少年である。剣術のことでいろいろと天才の兄ゼロと比較されて育ったため、何かと性格が悪いのが難点だ。だが、尊敬する人はゼロ、嫌いな人は父ウォービルと、不思議な点もある。仲良し兄弟妹で多少は隣近所に有名であった。
「ア……アニキぃぃぃ♪♪♪」
 ついに沈黙に耐えかねたか、セシリアが飛びついてきた。抑えきれない再会の喜びを、身体全体で表現しました、という感じである。と同時にセシリアが抱えていた仔猫がゼロの頭の上に移動した。そして座り込み、みゃ~、と鳴いた。
「セシリア……心配かけたな。悪かった。ちゃんとクローバーの世話してくれてアリガトな?」
 クローバーとは、前にゼロが拾ってきた捨て猫で、幸せになるよう四葉のクローバーと意を重ねてつけたのである。美しい純白の毛ではなく、どこにでもいる黒猫だが、愛嬌のある顔立ちをしている。いつもゼロの頭の上で丸くなるかゼロの肩の上にいることが多い。
「兄上、お元気そうで……なによりです」
 リフェクトがゼロに言った。ゼロはセシリアを抱きかかえてリフェクトを見た。ウォービルは戦場か城詰めの方が多かったはずなので、実質的にアリオーシュ家の男として家を守っていたのがリフェクトなのである。
「お前も元気そうだな」
「兄上……」
 やはり兄こそが最高の人だ、と言わんばかりの羨望の眼差しをリフェクトがゼロに見せている。
「母さんは……元気か?父さんは?」
「母さんは部屋で寝てるよ。最近具合よくならないんだ……。アニキが北に行くよりも前からだから、もう5ヶ月も経つのにね」
「父上は、戦場です。ここしばらく帰ってません」
 リフェクトが冷たく言った。ゼロは神妙に頷いた。
―――やっぱり、指揮してたのは親父だな……。してやられたな……っても、決着はどうなのかわかんねぇんだよな……。ナフト司令と、親父。どっちが勝ったかな……。
 人知れず、ゼロは考えた。 
ゼロたちの母、ゼリレアはエルフ内の流行り病を患い、寝ていることが多い。一流の剣士としてウォービルと共に戦場で戦うことも昔はしていたそうだが、ゼリレアの剣を振う姿をゼロたちは見たことがない。
 ひとまず、ゼロたちは家の中に入って行った。

「ちゃんと掃除してるな?えらいえらい」
 掃除の行き届いた綺麗な家の中を見て、ゼロがセシリアの頭を撫でた。ゼロは弟、妹から好かれ、信頼され、と兄として鏡のような人物なのだ。ゼロが今までリフェクトとセシリアの希望に沿わない結果を出したことは一度たりともない。
 ゼロがふと足を止めた。そこは、ゼロの母、ゼリレアの部屋の前だった。懐かしく、暖かい雰囲気がゼロに伝わった。
「……ちょっと、一人で母さんに会ってもいいか?」
 ゼロがリフェクト、セシリアの二人に告げた。リフェクトもセシリアも肯いた。クローバーをゼロから受け取る。クローバーも場を察してか素直にセシリアの腕のなかに移動した。

 ゼロがゆっくり扉を開ける。ベッドの上に、半身を起こして外の風景を眺めている女性がいた。ゼロは、開けたときのようにゆっくり扉を閉めた。緊張しているのが、自分自身のことながら、手に取るように分かる。見ているほうもゼロが緊張しているとすぐに分かるだろう。
ベッドの横に移動し、ゼロは中腰になり、視線を母と合わせた。
「母さん……?ゼロです、今……帰りました」
 女性がゆっくりと振り向いた。薄い顔色が、嬉しそうに少し、本当に少し赤くなった。病的なまでに――実際病気なのだが――身体の線が細く、弱々しくなっている。ゼロが北にいた3ヶ月間ずっと寝たきりというのは嘘ではないのだろう。
「ゼロ……?あらあら、よく無事に帰ったねぇ……。父さんが、お前を連れ戻すために虎狼騎士のファル君を出したって言ってたから……。ほら、ファル君って少し気が短いじゃない?だから戦うことになってゼロが死ぬんじゃないか?って心配したんだよ……」
 そう言ってゼリレアはゼロを抱きしめた。親子の久しぶりの対面、感動の抱擁といっても構わないだろう。
「母さん……。色々迷惑かけたけど、俺……虎狼騎士団に戻るよ……」
 ゼロが静かに、ゆっくりと、そしてはっきりそう告げた。決断の言葉である。
「シューマがさ、死んだんだ。戦いの中だから、誰が死ぬとかは日常茶飯事だけど、やっぱり……哀しかった。俺……北にはあいつしか頼れるやついなくてさ……。あいつが死んじゃったから、俺、もうあそこいれなくなったんだよ。それに、あいつ、自分の死に際にさ,西に戻れって言ったんだ、俺に。俺……間違ったかな?逃げたことに、なるのかなぁ……?」
 ゼロは目をしっかりと開き、泣いていた。先刻を思い出し、今は家族の温かさに触れ、今まで張り詰めていたものが切れたのだ。涙は止まらない。
「ゼロ……お前は……立派な剣士だよ。父さんの血は、確実に受け継がれてる。だからお前の行動に間違いはないよ。お前は次期虎狼騎士団団長だろう?しっかりしなきゃ?ね?」
 母親は優しく、息子はその愛に応え立派に育つ。完璧な母子関係が、ここにあった。

「兄上。これが現在の戦況です。僕なりにまとめてみたのですが……どうでしょうか?」
 リフェクトがゼロに数枚の紙を渡した。そこには、東西南北の細かな情勢や、軍状、内政面などが端的にそして事細かに記載されていた。
「流石だな。これ位出来れば、十分西の軍師になれるぞ、リフェクト」
 ゼロが茶化すようにリフェクトに言った。半分冗談、半分は本気である。だが、リフェクトは本気で受け取り照れていた。
「あ、兄上……?本当でしょうか?」
 リフェクトの、真剣で、輝きに満ちた表情に、ゼロは微笑んだ。そして、リフェクトの頭をぽんぽん叩いた。
「俺がお前に嘘言ったことがあるか?ないだろ?」
 リフェクトが嬉しそうになる。
「でも……もう少し真実を見ろ。今一番の勢力は南だろ?なのに、西が一番強そうに書くな。欠点を見つけろ。小さな欠点でも、統治するものには許されないんだ。だから、その欠点を発見し、その芽を摘み取るのも、軍師の仕事だぞ?まぁ、強いところが統治するって決まったわけじゃないがな」
 ゼロの雄弁な語りを、リフェクトはポォーっと眺めていた。やはり、兄こそ尊敬の対象。この世の誰より素晴らしいといった表情である。少し、オーバーではあるが。
「リフェクト……?どうした?熱でもあるか?」
 得てして、人気者、尊敬される者は例外なくほとんどが鈍感で鈍い。ましてや、弟にそのように思われているとはゼロ以外でも気付かないだろう。
「え?い、いえ!で、では兄上はどこが統一を果たすとお思いでしょうか?」
 リフェクトは、見とれていたわりに、話をしっかり聞いていたらしい。見事に、ゼロの予想していた質問をした。
「そうだな……。このまま情勢が変わらなきゃ……北かな?いたからこそ分かるが、兵士から国民に至るまで、全員の統一を目指す姿勢がすごいんだ。南みたいに、私利私欲がなく、うちみたいに指導者不在でもないから、しっかりと導いていけるんだろうな」
 ゼロの予想に、リフェクトは驚きを隠せなかった。
―――勝者は……強いだけじゃ駄目なのか。流石兄上……。僕の予想を一蹴してしまった……。まだまだ僕なんかじゃ兄上の足元にも及ばない……か。もっといろいろ学ばなきゃな!……真実を見る……か。
 ゼロは、真剣に考える弟を見て、まだまだ西の未来は明るいな、と安心感を抱いた。
 北から戻ってきた勇者は、来るべき時、北と東に死神の刃を振りかざすことになるその時まで、束の間の休息を取ることにした。



 時刻的には、ゼロが西へ着いたあたり。
 東では、革命的事件が起きた。国王ヴィレッジ・クールフォルトの暗殺というものだ。
 それに加え、その首謀者はヴィレッジの娘、ムーン・クールフォルトだという。まだ17歳だが彼女は確かにどこか独特な、得体の知れない雰囲気を持っている美女で、それもエルフ一の美女と呼ばれていた。頭脳明晰な軍略家としても有望と噂され、武芸にも長け、統合的な個人能力、戦闘力、政治力、カリスマ、決断力などを総合的に見たのではエルフナンバーワンでは、とも噂されていた程でもある。美貌、が高く認められ親衛隊も存在するらしい。言ってしまえば非の打ち所がない。
 妖艶な姿から“愛の化身”と呼ばれることもある。
 だが、重要なのはその後だ。事後一時間内に彼女は東を統一。ただの北の属国が、完全武力主義となったのだ。それも彼女の側には南随一の魔術師と称されていたウェルド・ユール、元虎狼騎士団副団長で忽然と姿を消した剣士スフライ・ジューヴァン、北の策謀家であり史上最強最悪の戦士と呼ばれ、あまりの危険性から抹殺されたと言われていた、ベル・チェインなどがいたというのだ。彼らの共通点は、一度行方を眩まし、表舞台から去っている、ということだ。
ムーンは、軍団をまとめ、瞬く間に完璧な軍団を作ってしまったのだ。
 それはもう“奇跡”としか言い表せない。
 そして、彼女の所属する東の存在がエルフに嵐を巻き起こし、さらなる混沌、混乱を呼び、悲劇の引き金となることに、まだ誰一人として気付いていなかった。
 ムーンの真価、恐ろしさがエルフを襲うまで、あと少しというところである。



 ゼロが帰ってきてから5日ほどが過ぎた。戦況は大して変わらない。ただ、東の動きがゼロの不安の種ではあったが。
―――ムーン・クールフォルトか……。父親暗殺を企てておいて国王は兄であるライトに任せている。ライトは確か有能じゃなかった。いや、はっきり言って武才も政才にも優れちゃいない。……何を考えている?
 最近のゼロはこのこと多く考えていた。シューマが死に、本格的に統一するための画略を考え始めたのだ。ちなみに、彼女も貴族学校の同窓生だ。
―――統一が目標の北より、実力はおろか考えも読めない東のほうが現状では怖いな。
 そして今日も朝食を終え、席に座ったままゼロはそのことを考えていた。そんな時。
「兄上、一度南のシスカ新国王に謁見してみてはどうですか?」
 リフェクトがふと思い出したようにゼロに告げた。シスカとは、南の先代であったクルゲル・コライテッドの孫で15歳の少年だという。東のムーンは有名だが、シスカははっきり言ってほとんどが無名、ノーマークの人物なのだ。
「う~ん……。そうだな……。そいつの器量を測るためにも……謁見してみるか」
「アニキ!私も行っていい?!」
 セシリアが好奇心旺盛にゼロに尋ねた。セシリアはウォービルの計らいで西のエージェント登録されているものの任務がこなくて退屈なのだ。まして他の地方に行く機会など戦争以外はまず無い。
「リフェクト、南って安全か?」
 ゼロが何気なく聞いた。聞かなくてもゼロは分かっていただろう。南と西は友好関係にあり、共に北に当たるほどの仲なのだ。危険性があるとは考えにくい。
 だが、ゼロの不安はそうではない。数日前までゼロが北にいて南の魔法騎士団と戦っていたことが不安なのだ。自分は身を護ることは出来るが、セシリアは別だ。銃術に打ち込むあまり、魔法耐性の訓練は全くしていない。ゼロが護りきれるかどうか分からないのだ。それに、ゼロは魔法騎士団の者を殺してしまっている。虎狼騎士団員は一人として重症も負っていないのだが。
「兄上。心配は無用ですよ。なんと言ったって、向こうの方、シスカ様が自ら兄上の謁見を希望しているのですから」
 リフェクトに満面の笑みがあった。
―――だったら来いよ、と思うのは野暮ってもんか?



(アニキ、緊張するね♪)
(そうだな……。くれぐれも粗相のないように気をつけろよ?)
(は~い♪)
 緊張するとか言っている割にセシリアは楽しそうだった。兄、ゼロと一緒いられるだけでも嬉しいセシリアがゼロと外出できているのだから、至福の時である。
「はじめまして。ボクが南の国王シスカ・コライテッドだよ」
 ゼロたちの視線が固定された。扉の向こうから入ってきたシスカは、一見して美少女だった。ゼロには、不思議なオーラがシスカから感じられた。
 柔らかな銀髪が風もないのになびいているように見える。
―――まるで御伽噺の絵本から出てきたような奴だな……。
 ゼロの正直な感想である。妖精、と称したほうが分かりやすいか。
「そう固くならないでよ。ボクのほうがゼロ、君より年下なんだから」
―――そういやぁ、リフェクトと同い年か……。
―――リフェ兄とは、全然感じが違う。
 セシリアはゼロより鋭い勘の持ち主である。特に、人を見抜く才能にはずば抜けたものがある。
 シスカがゼロたちの正面の席に腰をかけた。
「じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」
「だからぁ、敬語も要らないってば。公的じゃなく、私的な招待なんだしね?」
 ゼロには、シスカの真意が見えなかった。が。
(アニキ……この人、私たちを試してるよ)
 セシリアがゼロにこっそり、表情も変えずに告げた。シスカは、その道を通っていないからか、全く気付いていないようだ。
(そうか。しかし……嫌な感じはしないな)
「――分かった。で、国王様の用件はなんなんだ?まさか、オレが殺した魔法騎士団の奴らを供養しろとでも?あるいは、罪を償わせるために死刑か?」
 ゼロは逆にシスカを試そうとした。この返答如何で南に見切りをつけるつもりだった。だが、シスカの返答はゼロの予想範囲外だった。
「君に会うため、って言っても信じちゃくれないだろうね。君に何かしようって思わなかったわけじゃないし、君が大した人物じゃなかったら南の兵たちが浮かばれないもの。その点では予想以上の人物のようだけどね」
 シスカがくすくすと笑う。
「まぁそれが半分の理由さ。で、本題は西と南で本格的な同盟を結びたいんだ」
 シスカの表情が変わった。
「本当に極秘で、他言無用なんだけど……」
 シスカが話そうとしたのをゼロは一旦止めた。
「セシリア。いいか?」
「ん。分かってる。じゃあ外で待ってるから、早めにしてね」
 ゼロの目の合図でセシリアは退室した。
「へぇ……。出来た妹さんだね」
 シスカは退出するゼロの妹をまじまじと見つめていた。
「自慢の妹さ」
 また二人の雰囲気、空気が変わった。
「で、続けるけど、同盟を結ぶにはそれなりの形を作らなきゃいけないだろ?そのための架け橋の片側をゼロ、君にやってほしいんだ。表向きは西と南のさらなる発展のため。裏向きは」
「東のムーンを警戒して、か」
「流石、鋭いね」
 シスカが微笑んだ。ゼロは正直困惑している。自分一人の一存では決めかねることなのだ。第一西は他の地域とは違い、国王制ではない。アリオーシュ家、グレムディア家、コールグレイ家、ウェブモート家の四家が西を東西南北に分け統治しているのだ。他の三家を無視して、独断で勝手に同盟を結ぶわけにはいかない。
「あ、心配いらないよ。もうアリオーシュ家以外の三家は“買収”したから♪アリオーシュ家が王位じゃないけど西の最高権力者と認められてるよ。君の父上、ウォービルさんは相当人望の厚い人なんだね。アリオーシュ家のウォービル殿なら安心だ、ってみんな言うんだもの」
 シスカはとんでもないことをさらっと言った。笑顔の彼と対称に、ゼロは愕然とした。
 まだ15歳なのにこれほど頭が切れ、あまつさえ金で西を操ったのだ。
―――後々のため、ここで芽を摘むべきか、この賭けに乗るべきか、どうしたものか。
 机の上に置いていた手が自然と膝の方へと移動する。
「ボクを殺すかい?別に構わないけど君の可愛い妹の無事は、保障しないよ?」
 ゼロは一杯食わされたと実感した。まるで彼の手の内で演技していたようだ。
―――謀略は向こうが上、か……。東に、ムーンにどこまで対抗出来るか……見ものではあるな……。
「で?具体的に俺はどうすればいい?」
「話を分かってくれて嬉しいよ♪君に、ある女性を紹介したいんだ。16歳の、南では一番の美女だよ♪君にお似合いの、立派な女性さ。聞いたことあるかい?“戦場の華”って」
 ゼロは驚きを隠せなかった。ゼロの予想だと知らない筈がない。なんと言ったって彼女は貴族学校時代の一年後輩にあたり、ゼロを最もよく知る女性だ。確かに美女なのはゼロも認める。彼女の桃色の髪ややや薄い蒼色の瞳に、形の整った、ガラス細工で作られたような精巧な顔立ち、美しく華奢な四肢など、あらゆる条件の揃った彼女は、ゼロの美的感覚の中で一番の美女である。
「それは……もしかしてナターシャ家の……か?」
 落胆した感じでゼロが聞いた。一厘でも違うという答えに賭けたが、違うわけがなかった。
「知ってるようだね。そうナターシャ家のユフィさ」
「シスカ……お前」
 ゼロの怒りの視線がシスカに突き刺さる。シスカは平然と楽しそうに笑顔だ。
 どうやらゼロは指示に従うしかないようだ。口論では敗北が見えている。
「ふふふ♪さぁ、隣の部屋に彼女を待たせているから。行ってあげて」
 シスカに促されるままゼロは退室した。
―――いつか……絶対に泣かす!!




「ふふふ♪ゼロ・アリオーシュか……。予想以上に面白いじゃないか。でも、君にはもう少し道化を演じてもらうよ……。死神の役はまだいらない。ムーンを油断させて、一瞬の僅かな隙を打つために、今はまだ操らせてもらう。ボクの、統一の野望のためにね……」
シスカの黒い笑みは、この世のものとは思えないほど、美しかった。



ゼロがシスカといた部屋から出、隣室へと向かった。
 扉の前に立つ。嫌な予感がした。第一、ユフィとゼロは遠からず浅からずの仲だった。いや、仲である。前に会ったのが北に行く寸前だから、3ヶ月ぶりである。
―――あぁ、なんでこんなことに……プライベートなら会いたいけど……。
 だが会わないわけにはいかない。意を決し、ゼロは扉を開けた。中には、セシリアと天使のような美女、ユフィ・ナターシャがいた。
「ユフィ!単刀直入に聞くが、お前はシスカの考えをどう思うんだ?」
 ゼロが少し声を大きくしてキョトンとしているユフィに尋ねた。せっかく久しぶりに会ったのに、再会の第一声がそれなんだ、という感じの表情である。
 ゼロは正直困惑したままだ。簡潔に言うと、シスカの提案はゼロにユフィを娶らせる、婚約である。西で最高の権威を持つアリオーシュ家の嫡子と、南の有力大貴族であるナターシャ家の娘を結ばせ、西と南の更なる友好、同盟へと発展させる見積もりなのだ。
「私?私は……えっと……反対はしないよ?知らない相手じゃないし、ましてやゼロなら構わない、ってとこかな?」
 美しい、凛としているが、どこか柔らかい美声がゼロの耳を突いた。セシリアが話を掴めずゼロとユフィの顔を行ったりきたりしながらキョロキョロしていた。
「簡単に考えてないか?その……なんだ、つまりアレだろ?ほら……な?」
「さっぱり解んないよぉ」
 ゼロが文法のない言葉を言う。ユフィは笑っていた。
「アニキ変なの♪」
 セシリアもユフィと顔を見合わせ笑った。ゼロは困った。真剣に考える気のない者の相手をするのは疲れるのだ。精神的に。
「いや……ほら」
 ゼロが何とか言おうと試みる。だが上手くいかないようだ。
「あはは♪ゴメンゴメン♪ちょっと久々の再会を楽しもうとしただけだから……。セシリアちゃん、ちょっとゼロと大事なお話するから廊下で待っててくれる?」
 ユフィが少し真剣に、声も真面目になった。能ある鷹は爪を隠す、というやつだろう。
「ん♪でも早めにね」
 セシリアがまた部屋から出て行く。それを見届けると、ゼロも真面目な顔になった。唐突な上に、まだ確かな確証も得てないので事実かは疑わしいものがあるのだが、シスカにアリオーシュ家が西の指導者と言われたのでそれらしく務めようとしているようだ。
「ユフィはシスカをどう思う?」
 ゼロがさっきまでと違う話題に変えた。だが、ユフィはその質問を予想していたようだ。
「シスカ様は、不思議な方よ。戦術的なレベルは高くないのだけれど、内政的なレベルではクルゲル様に引けは取らないはず。ううん、意外性の発想を含めればクルゲル様以上ね。でも……本気で統一しようという熱意が見えないの。その点は東のムーンと一緒ね。まぁ、私の知る限り二人とも貴族学校時代から変わった人だったけど。話を戻して、シスカ様なんだけど、もしかしたらこのままの情勢を、よく言えば互い互いに高めあってる今を、悪く言えば戦乱の今を、維持しようとしているんじゃないか、ってうちの諜報部が言ってた。そんな感じが否めないところが曲者なのよね……。それで私に聞いたってことはゼロも何か感じたんでしょ?」
 正直、ゼロの考えや感じはユフィとほぼ同じだった。
「ほぼ同感だ……。ただ、なんか遊び心のあるやつだな。戦争を命のやり取りと思ってないんじゃないのか?誰が前線で戦っているのかに気付かなきゃ、あいつはそこまでだな」
「辛口ね?それとも……期待かな?」
 ユフィがゼロに微笑んだ。伊達にゼロの“彼女”ではない。確かにユフィといるときのゼロは安心感のような、いつもとは違った顔をしている。心の拠り所がユフィなのであろう。
「……普通の、期待さ」
 ゼロが一瞬哀しい顔をしたのにユフィは気付いたが、気にしなかった。この二人は相性が良すぎる、息がぴったり、互い互いに理解し合っているのだ。
「で、話を変えるけど、ゼロは同盟の件どうお考えで?私は……正直にゼロの奥さんならなってもいい……かな♪あ、他ならぬゼロだからだよ?」
 ユフィが照れて、可愛らしく笑った。ゼロも安心する。彼女はいつもゼロに元気を分けてくれる感じがしていた。
「婚約は、一生ものだぞ?」
 呆れた表情でゼロが問い返す。それでも彼女はニコニコしていた。
 本音で夫婦になれといきなり言われてもすぐには了解できず、戸惑うのは仕方のないことだろう、いや、戸惑わない方がおかしいというものだ。それに、ゼロもまだ17歳。未来を共に歩む相手は慎重にならざるを得ないというものだろう。ユフィなら構わない、という気持ちがないわけでもないが。ゼロは、ため息をついた。
「俺は……」





「ゼロ!よく戻ってきてくれたね!みんな、君の帰還を心待ちにしてたんだよ?」
 西の虎狼騎士団の集合場所に、虎狼騎士団でも第一から第九小隊の小隊長の虎狼騎士、通称“虎狼九騎将”の9名が一同している。そこに今はゼロもいる。ゼロの父、ウォービルの姿はそこにはなかったが。
「……いろいろ、すまなかったな。ベイト」
 ベイトは第五小隊長で、ゼロと同い年の17歳。貴族学校以来、7歳からの親友である。
 ちなみにゼロは、虎狼騎士団第一小隊長である。父ウォービルは全ての虎狼騎士を統べる存在なので、小隊には属してはいない。
「しっかし、アリオーシュ家はどんな魔法を使ったんだい?」
 ひょうきんな感じの男がゼロに尋ねた。生真面目そうなベイトとは、反りの合いそうにない男である。
「どういうことだ?フェイト」
 フェイトは第八小隊長である。あまりやる気のあるタイプではないが、実力は年の功か上位に当たる31歳。
「何故グレムディア、コールグレイ、ウェブモートの三家が西の全権威をアリオーシュ家に譲ったのか?ということですよ」
「どうにもこうにも、俺も知らない間の出来事だったのさ?リエル」
 リエルは女性の虎狼騎士で第四小隊長である。その実力から特例で、規定の15歳以下だが虎狼騎士に任命された、最年少の14歳だ。過程を問わず、任務の成功を手にする技術は虎狼騎士でも一、二を争うほどだ。可愛らしい容姿からは想像もつかない。
「それで、納得いくと思うか?」
 一人の青年がゼロを一瞥した。
「……クウェイラートは知らないのか?」
「父さんが勝手にやったことだし、俺には教えないだとさ」
 クウェイラート・ウェブモート、22歳。第六小隊長で、ウェブモート家の嫡子でもある。実力は虎狼騎士でもトップクラスだが、性格がやや弱気なため第六小隊長に留まっている。
「まぁ……ボクは悪くない判断だと思うけどね」
「ファル……」
 ファル・ヘルティム、16歳。シューマと壮絶な戦いを繰り広げ、一撃を受けたもののシューマを殺した少年である。その事実をゼロは知らないが。
「死に掛けのガキが何を言うかと思えば……政治に口だせるほど人生積んじゃいねぇだろうが」
 中年なのだが、年齢を感じさせないほどがっしりした体格の男が言った。言葉の中に皮肉が混ざっているようだ。酒を飲んだのか、顔が赤みを帯びている。
「おいぼれが何を言うんだい?酒に溺れた名前だけの虎狼騎士が!」
「あん?やる気か?クソガキが」
「望むところだよ」
 一触即発、そんな雰囲気がある。
「ジエルト!ファル!仲間内の揉め事は後法度のはずだ。それ以上は、騎士団の規律を乱す行為として、団長の代わりに俺が処罰をする」
二人ゼロの顔色を見て、渋々互いに反対に向き直った。
 ジエルト・ヴァジル、47歳。この中で最年長の騎士で第九小隊長である。昔は“栄光の騎士”と賞され、ウォービルと互角の猛者だったのだが、今では毎日酒びたりの男である。
「ファル……お前はまだ傷も癒えてないだろ?安静にしとけよ?」
「ゼロが言うなら、仕方ないな……」
 その場の雰囲気が変わった。ゼロのリーダーシップ、指揮能力はかなりのもののようだ。いや、人望かもしれない。
「流石、ウォービル様のご子息。血は争えないようね?」
 騎士、というより貴族の令嬢のような女性虎狼騎士、ミリエラ・スフェリアが微笑みながらそう言った。リエルの姉に当たる人物で、美人騎士姉妹は有名である。第三小隊長でもあり、その実力はかなりのものがある。17歳で、ゼロと同い年。ベイトと同じく貴族学校来の親友だ。
「親父は……もっと凄いさ」
 ゼロの今の気持ち。父親を越えたいという気持ちの一言。
「それで、今回の召集の理由は何なんだ?まさか久しぶりだからと言って顔合わせだけではないだろ?」
 壁に寄りかかり、話の輪から外れている男、第二小隊長のグレイ・アルウェイが静かに言い放った。彼はゼロとほぼ互角の実力者であるのだが、ゼロの方が若く、有名であるため第二小隊長なのである。19歳で、かなり大人びた二枚目の容姿が彼の方が指揮官に適役のように思わせる。寡黙な美男子である。
「そうそう。顔合わせのためだけにわたしたちを召集したって言ったら、いくらゼロさんでも許しませんよ?わたしもお姉ちゃんも、ヒマじゃあないんですから」
 笑顔のまま、リエルがゼロを見た。何を考えているか分からないが、それを愛嬌のようにゼロは感じている。美少女なのだが、それを感じさせないそれ以上の雰囲気があるのだ。
「これは……極秘の内容で、まだ他言無用のことだ」
 ゼロが声のトーンを落とし、部屋の空気、雰囲気が引き締まった。
「ちょっと待って。まだ、っていうのはそのうちエルフ全域の人に知られる内容ってことなのかい?それとも一部の人々に知られることとなる内容なのかい?」
 ベイトが思ったことをそのまま口にしたようだ。こういう場では発言者に視線が集まるようなものなのだが誰もベイトを見向きもしない。興味ないことにはとことん興味を持たないような連中のようだ。
「西と南の者には知られる内容だが、漏れないように一部の貴族にしか知らせないかもしれない。悪いが、そんなところだ」
 ゼロが端的に、説明だけで感情もなく言った。
「は?ゼロっち、お前さんの考えじゃない話なのかい?」
 フェイトがにやけた顔で聞いた。あまりカッコいいような男ではない。
「ああ、この前、一週間くらい前に俺が南に行ってきたことは知ってるだろ?その時にシスカに言われた提案だ」
「シスカ国王の提案……。西に有益なものなのか?」
「いいなぁ……。わたしもゼロさんについて行けばよかった」
「しっかし、集まらせるまでになんでこんな時間がかかったんだい?」
「それはウォービル様も知ってる情報なの?」
 皆が口々にゼロに質問する。順に、クウェイラート、リエル、ジエルト、ファルである。流石にゼロも訳が分からなくなった。
「黙れ。聞けば全て分かるだろう」
 グレイが皆をまとめた。威厳、威圧感などの、プレッシャーはグレイのほうが相手に与えやすいようだ。グレイが身長187cmと大きいからもあるだろう。
「ん。サンキュー、グレイ。
 それで、だ。シスカの提案、それは西と南の本格的な同盟だ。表向きはさらなる友好、両区の発展のため。裏向きは……皆も知っているだろうが、東に、ムーンに対抗するためだ」
 ゼロは一端言葉を区切った。質問があれば出るはずだからだ。ミリエラの口が開いた。
「ハイ、そのための……えっと……形?って言うか……生贄、は言い方が悪いし。代償?そんな感じみたいなのはないの?まず第一にお互いの誠意とか、形を作るものでしょ?」
 ゼロが言いにくそうに俯いた。
「ええっと……その、ナターシャ家のユフィは分かるよな?そのユフィと俺の婚約、がそれだ。でも形だけ、上辺だけの婚約だけどな」
 ゼロは“形だけ”や“上辺だけ”をやたら強調した。
 ミリエラの表情がピクッと動いたが、誰も気付かなかった。リエルがちらっと見たようだが。
 この前のゼロとユフィの対談の結論が、形上の婚約。同棲などをするわけではなく、紙面上、戸籍上と夫婦となることだった。ユフィは不満のようだったが。
『どうせならはっきりするべきだと思うけどなぁ?まぁ、実際に夫婦なんだからいつでも寂しかったら呼んでね♪会いに行ってあげるから』
 ゼロに向かって言ったユフィの言葉である。
「ユフィさんてエルフでムーンと争って一、二の美女って呼ばれてる美女ですよね?ゼロさんって美味しいとこ取りですか?」
 リエルが無邪気に尋ねた。ゼロには困る質問である。
「ノーコメントだな」
「それで、その同盟での俺たちの役割はなんだ?」
 グレイが静かにゼロに尋ねる。
 ゼロたちはグレイの笑っているところを見たことが無い。いつも無表情で、感情は表に出すことがまずないのだ。
「じつは……」
 ゼロは一旦言葉を切った。
「まだ指示がないんだよな」
 意外や困難な内容の言葉を期待した一部の者がガクッと肩を落とした。
「だから、俺はムーンの暗殺を企てようと思うんだ」
 だがいたって真面目な表情で、ゼロは思い切って自分の考えを提案した。口々に皆が驚きや楽しそうな言葉を発した。
 難しい内容のほうが燃える連中なのだ。ゼロは安心感を抱いた。無謀だとか、無理だとか、馬鹿にされやしないか少し不安だったのだ。
「あの……ゼロさん。不謹慎なことかもしれないんですが、その……結婚式はないんですか?」
 今度は、一同唖然とした。数名、笑う者もいるが。
「リエル……。言ったろ?“上辺だけだ”って」
「でも変ですよ。多くの人は知らないのにいきなり西と南ですっごく仲良くなっちゃったら。いっそのこと公にしたほうがいいですよ。北や東にも怪しまれないだろうし」
 ゼロが黙り込んだ。リエルの頭の回転にはいつも舌を巻くが、怪しまれないため、というにはベストの考えなのだ。
「そりゃ名案だぜ♪ゼロ、そうしろ。もうお前個人の問題じゃなくて、西全体の問題だぜ?宴といこうじゃねえか!!!」
 ジエルトが笑って言った。彼は宴会騒ぎしたいだけなのだろうが。
 ゼロは皆を見回した。誰も何も言わない。失笑、苦笑しているだけだ。
 ゼロはため息をついた。
 もう自分の意見は言っても無駄だろう。
「明日、南に行って提案してくるよ……。あと、ムーンの暗殺計画についても一応考えておいてくれよ?これも大事なんだから……」
 一同がニヤついていた。
 こうして、ゼロが開いた虎狼九騎将の集会は一先ず幕を閉じた。西と南のため、ゼロが忙しくなる。
 にわかの統一への細道が、少し、見えた気がする。





 ゼロが虎狼九騎将を集めてから10日ほどがたった。情勢に変動はなく、ゼロの(リエルの)提案によるゼロとユフィの結婚式の、西、南への公表はもう翌日と、目の前に迫っていた。
この10日間でゼロは虎狼騎士団に改革を行った。団員約90名を戦力、統率能力、行動力、知略などから分け、30個の“小隊”と、10個の小隊からなる“中隊”を設置したのだ。第一中隊にはリーダーにグレイを置き、最強の戦力を持つグレイの小隊含む9個の小隊を配置、第二中隊にはジエルトを置き、戦略、知略、謀略に長けた比較的頭脳派の10個の小隊を配置した。第三中隊にはミリエラを置き、年の若い、あるいは女性虎狼騎士、工作攻撃を得意とする者の多い10個の小隊を配置した。そしてゼロの小隊にはベイトとリエルを置き、30個の小隊からなる3個の中隊を統べる位置としている。
 また虎狼騎士ではないが実力のある国民や、魔法を使える者を取り立てそういった者たちを自由軍と称し戦力の一部としたのである。さらにこれは民間の防衛を主とするところの為、民の受け入れも良かった。
 さらにゼロは西四家のアリオーシュ家以外の現当主を集めアリオーシュ家が西の統治権を持つこと、緊急の際は元々の領地は自分たちで守ること、南とは友好状態を維持し、争わないこと、私兵の30%を自由軍に回すこと、そして何より民を大事にすることなどを誓わせ、アリオーシュ家がこれから西の王位を持つということを同意の上で決定した。
 普通ならば反論するのであろうが、西は皆なかなかの民想いの領主のため“何より民を大事にする”という条件を出されては反論のしようもなかった。この点は安心の二文字に限った、というのは後々のゼロの言葉である。 そしてゼロは西の王、西王を名乗り長年の西の統治制度はここに崩壊し、新たな時代の象徴として西唯一の、名も無き城をホールヴァインズ城と命名し、補修改築を行った。
 ゼロの今の不安は、20日ほど前の、ゼロがまだ北に居て、シューマが戦死したときのあの日以来父ウォービル・アリオーシュが今だ戻ってこない、ということと母ゼリレアの体調が良くならないこと。何よりユフィとの婚約が控えている、ということである。
 父ウォービルこそが国王になるべきだと自分では思うのだが、不在のためゼロが王位に就いてしまっているのである。父の存在は西の士気に関わる。
 それでも、ゼロの国王としての能力、内政能力が少しずつ開花されてきている。



 ゼロが西王の即位式を終える3日前、北のアイアンウルフ城にムーンがたった一人で現れた。
「ご機嫌麗しく、祝着至極に存じます、オーゲルド・ラックライ陛下。今宵の突然の訪問、ご容赦願います♪」
 風に乗るかのように、軽さを感じ、花のような美しさで存在感を表しているような女性、それが“月影の巫女”ムーンであった。“月影の巫女”とは彼女の兄ライトが彼女のために名付けた別名である。ここだけの話、ムーンは極度のブラコンとも噂されている。
「ほぉ、そなたが東の……。噂に違わぬ、いや噂以上の美女であるな」
「お褒めのお言葉、誠有難く存じます♪」
 ムーンが恭しく礼をした。その姿さえも、美しい。
「今宵の用件……お聞きいただけますか?」
 ムーンがやや上目遣いにオーゲルドを見つめた。妖艶なる容姿の中の幼さが見える。男ならば彼女の頼みは断れないであろう。
「ふむ……。申して見よ」
 オーゲルドが威厳を持って尋ねた。ムーンは不敵に笑った。
「簡単なことにございます♪陛下に死んでいただきたいのです♪」
 ムーンが後ろに軽く飛び退き、礼服を一瞬にして脱ぎ捨てた。肩が見え、細い腕が露わになり、ヘソも見えるようになった。また細い太ももも半分以上が見受けられる形となった。国王の御前にしては無礼千万な服装で、さながら踊り子のような服装である。何人かの若い兵士は一瞬見とれてしまった。
「我求めるは汝の終焉   幾度の転生も許されない   永遠の破滅   その魂を許すことなく   常世の闇を彷徨わせたまえ   ターゲットデリート♪」
 笑い声のように、楽しくて堪らないといってように、ムーンが干渉系の魔法でも最難度の、禁忌の魔法とされている消滅魔法を唱えた。いや、歌った。
 その名の通り、今ムーンが唱えた魔法は対象を消滅させるのだ。その対象は、言葉通りに、当然オーゲルドであった。人の死がここまで呆気なく、簡単でいいのだろうか?それほどまでに簡単にムーンは彼に終焉を呼びこんだ。
 一同、北の重鎮たちが呆然としていた。
「ではまた会いましょう♪あっ、北と東の同盟は白紙ということでん♪」
 ムーンが転移魔法を使い、姿を消した。
 その後の北は、しばらく立ち直れなかった。
 そしてこの事実を南はすぐに掴んだが、西は、ゼロはかなり後に知ることとなる。





 エルフの婚礼の儀は、かなり小規模なものが普通である。家族や血縁者を集め、静かに執り行なわれ、第二の披露の儀でたくさんの知人友人に挨拶をするのが常識である。
 だが、ゼロとユフィの婚礼の儀にはかなりの大人数が参列していた。参加者は虎狼騎士の仲間や、南のシスカ以下重鎮、西の有力貴族にゼロの貴族学校来の友人など、である。だが、やはりそこにウォービルの姿はなかった。
 そんな頃、式の一角が騒がしくなった。新郎新婦の入場らしい。ゼロは貴族服、胸元に金糸銀糸で西の象徴である百獣の王ライオンが刺繍されている高価な服装の、ピリッとした立派な格好である。彼の正装は、なかなか珍しいものだ。
 ユフィは華やかな、髪の色と同じような淡い桃色のドレスに身を纏っている。その姿は、神話や御伽話にでてきたりする妖精のようであった。
 そして形式的で伝統的な誓いの儀も終わった。
新郎、ゼロが口を開いた。一同の視線がゼロに集まった。
「正直、国王としても、夫となるにしても全然自信がないのが現状なんだ。だが、俺は精一杯に、一生懸命に統一を目指す……いや、統一する!だから、これからも俺を信じて付いて来て欲しい。そのための渇として今日は大いに笑い、楽しみ、これからの糧としてくれ!」
 ゼロがグラスを掲げた。合わせて皆もグラスを掲げる。
「これからの俺とユフィの幸せと、エルフの繁栄、そして西と南の友好を祈って、乾杯!!」
 ゼロがグラスをさらに高々と上げた。その表情は幸せそのものである。
 皆が無礼講だと騒ぎ始めた。ゼロとユフィも何だかんだ式前に言っていた割に至福の表情である。やはり貴族学校来の腐れ縁、いや相思相愛の関係のようである。
 しばらく楽しそうに話してから、友達のほうにユフィが挨拶に行きゼロは一人残された。そこに、一人の女性が近づいてきた。
「ご機嫌麗しく、嬉しそうね?ゼロ」
 その女性はミリエラであった。
「他人行儀はよしてくれ。俺は国王になりはしたが、虎狼騎士の一員であることには変わりないんだ」
 ゼロが親しい友に話すような口調でミリエラに言った。
「そう。じゃあさ、少し夜風に当たらない?見栄張ってお酒飲み過ぎたみたいで、少しフラフラするの。いいかな?」
 苦笑してミリエラがゼロに首を傾げる。
「OK。分かった」
 ゼロは首を縦に振り、ミリエラと二人でバルコニーへ出て行った。その姿には誰も気付かなかった。

「なんでジエルトはあんなにお酒が飲めるのかしら……?気持ち悪くなるだけじゃない」
 ゼロがミリエラの背中を擦った。どうやら完璧に酔っているようだ。ゼロは小さい頃から父の晩酌に何度か付き合っているせいか多少酒に強いようである。けっこうな量を付き合いで飲んだのだが少し顔が赤くなっているだけのようだ。
「ねぇゼロ。……貴方にとって私って何?」
 ミリエラが唐突に、真剣に聞いた。彼女の黒髪が靡き、酒の香りと髪の匂いがゼロの鼻腔をくすぐった。正直、返答に困る質問だ。
「そうだな……。大切な仲間かな」
 ゼロは、しっかりとミリエラを見据えて答えた。一瞬、ミリエラが不敵に笑って、ミステリアスに見えた気がした。それは錯覚だったのだろうか、すぐにそんな感じは消えたが。ミリエラは、今度は頷いた。
「やっぱりね……そんな答えだと思った。でも、今はその答えだけで十分♪国王様の信頼する者になれたんだからね。……あ、ゼロ、あのさっ!!あっ、その……ね、私、魔法騎士でしょ?魔法も、西では一番だったじゃない?それで、虎狼騎士第三小隊長になれた気がしてたんだよね……。でもさ、ユフィ王妃は私以上の魔法使いでしょ?だからもう戦力外かなって思っちゃったの。アハハ……変だよね。何言ってんだろ、私。今まではこんなこと思わなかったのに、あのユフィ王妃とゼロが一緒にいるの見たら、突然そう思っちゃったの。なんで……かな?」
―――なんでも何も……ないじゃないの。バカだなぁ……私。
 ゼロが困った表情になった。ミリエラは今にも泣き出しそうである。普段のミリエラは人前ではポーカーフェイスを飾り、弱さを見せない女性なのだ。その彼女が悩み、苦しんでいる。ミリエラは物心ついた時から兵士としての訓練もさせられ、一流の戦士となった古参の兵士なのだ。ゼロも幼き頃から剣術を学んだ。故に彼女の苦しみ、戦力外と言われた時の苦しみも分かってしまう気がした。
「ミリエラは、大切な仲間だよ。西にたった一人しかいない大切な仲間さ。でも、どうしてもダメだったら言ってくれよ。お前を虎狼騎士からはずして、王室近衛兵に転属させるから」
「ゼロ……」
 ミリエラが子犬のような表情でゼロを見上げた。とても女性のなかでは西最強と謳われた女騎士には見えない。いや、これが彼女の本当の姿なのかもしれないが。
「でもさ、ミリエラが前線を離れたら、勝てる戦いも勝てなくなっちまうから、やっぱ頑張ってもらわなきゃダメかな」
 ゼロが笑ってみせた。その笑顔が、輝いているように見える。
 ミリエラはキョトンとした表情をして、そして笑った。
「アハハ♪やっぱり国王になってもゼロはゼロだね。安心した。これで、私は命懸けて西に尽くせる。もう大丈夫。ゼロは、会場に戻りなよ?そろそろバレちゃうんじゃない?主役不在だって。私はもう少し風に当たってから行くから、心配しないで」
 ミリエラが笑顔でそう言ったので、ゼロは安心して会場に戻って行った。
 その後姿をミリエラは見つめていた。
「馬鹿みたい……。意地張っちゃってさ。でも、ゼロの為だから……頑張ろっかな?私って……つくづく馬鹿な女」
 ミリエラが一人そう呟いた。
 空には、無数の輝ける星々が、消えることなく瞬き、その輝きが、ミリエラにはゼロとユフィを祝福しているように見えた。
「死神ゼロと……聖女ユフィ……かぁ。組み合わせは……どうなんだろ?」
 ミリエラが空を仰いだ。その問いに答えてくれる者は、いない。







 その夜、式場の和やかで、騒がしい至福のムードは、絶えることがなかった。
 しかし、戦火はもう、すぐそくまで迫ってきている。
 ゼロはその戦火を防ぎきることが出来るのか。
 はたまた戦火に呑まれて堕ち行くのか。
 大きな戦いが、迫っている。










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