第4章

眠れる獅子始動








東、クールフォルト家。家というよりも、城、といったほうが適切なのであるが。
そこのある一室に、ゼロの父、ウォービルがいた。窶れ、貧相な姿に見えるが、凄愴な眼は依然として鋭い。今ならば眼で人を殺すことが出来るかもしれない。
だが、過去の英華の姿は無かった。
「ご機嫌いかがですか?ウォービル様」
ゆったりと、妖艶にムーンが現れた。天使のようないでたちである。
ウォービルは無言のまま、下を向いていた。
「……貴方のご子息、ゼロちゃんが西王となって、西を国王制にして、言いたいこと、手伝いたい事、たくさんあるでしょうねん♪そこで提案なのです。ウォービル様、今度、東は南に攻め込む予定なのですけど、その際の指揮を取っていただけませんか?たった一度でいいのです♪そうすれば貴方を西に帰します♪どうです、悪い話ではないでしょう?」
ムーンが微笑み、首を傾げた。
普通の男なら、掛け値無しにOKというだろう。
「……確かに……悪い話ではない……が、それで貴様に何の利益があるのだ……?」
ウォービルが静かに、低く尋ねた。空気が、冷たくなった感じがする。
ムーンは、笑ったまま、ウォービルの眼を見た。
「別に、統一などに興味はないんです♪誰が治めようと、根本的な改革などないんですものん♪だから、私は戦争を、現状を楽しめればいいんです。ふふふ♪……秘密ですよ?ウォービル様♪」
ムーンの言葉にウォービルは眼を丸くした。
―――どうでも……いいだと……!?
気付くとムーンの姿はもうなかった
―――………………。
ウォービルは様々な事を思い、考え、苦悩した。





ホールヴァインズ家の謁見室、そこでゼロ、アノン、リフェクトの三人が小規模な軍事会議を開いていた。
セシリアは、というと最近は南に情報通信役として滞在し、ナターシャ家に寝泊りしている。シスカにも気に入られたようだ。
議題は、現状の軍事、各国の軍備などについてらしいが、なかなか良い意見は出ないらしい。
コンコン
部屋をノックする乾いた音が響いた。
「ゼロ様、お取り込み中失礼します。北より“ローファサニ国王からの伝言を持ってきた”という者がいらっしゃっておいでですが……」
 セミロングの茶髪で、全体的に鋭い感じを受ける美人が扉の向こうから姿を現した。
城詰めの執事、メイド、コックなどは多く居るが、彼女、マリメルは、家事全般はもちろんのこと、戦闘も一級品、西王となる以前からアリオーシュ家に住み込みだった長い付き合いのメイドで、ゼロもかなり信頼していた。
古くから伝わる伝統と格式を持ったメイド服は、一見動きにくそうだが、彼女のその服の中には暗器の類が豊富に隠されている。
何より彼女には、任務とあらば私情を一切挟まない有能さもある。
綺麗な薔薇には棘がある、というやつだろう。
ユフィももう少し彼女のように家事全般が出来ればなぁ、と彼が思っているのは極秘であるが。
「ローファサニ?北の国王はオーゲルドだろ?」
リフェクトが怪訝そうに尋ねた。
「まぁ、会えば分かるさ。丁度息詰まってたところだ。その者を案内してきてくれ。マリメル」
「は。かしこまりました」
ゼロの言葉に彼女は去っていった。アノンとリフェクトが不思議そうな顔をしている。
「どういうことでしょうか?」
アノンが小首を傾げる。微笑ましい感じである。
「隠居には、まだ早いですよね?」
リフェクトが神妙に考え始める。
「まぁ、会えば分かるさ」
ゼロはまた、同じ言葉を言った。

「お目通し頂き、誠ありがとうございます。此度は我が主、ローファサニ様からの言伝でして、どうかお耳を拝借しとう存ずるところに御座います」
北から来た男は、物腰静かな初老の男だった。
「いきなり不仕付けな質問で申し訳ありませんが、オーゲルド閣下はいかが致したのですか?」
ゼロが玉座に位置するところで発言した。多少なり、立派なマントが風格を醸し出してくれている。
「オーゲルド前国王閣下は、先日お亡くなりになられたのです。東のムーンの手に掛かり……。その際同盟も白紙だ、と」
リフェクトは驚きを表情に表したが、ゼロは堪えた。アノンは、無表情である。
「……そう……ですか。それは、お悔やみ申し上げます。……それで此度の用件とは?ご不幸中の北に出来ることならば、我ら西は損得を気には致しません」
男は、つい先日即位したばかりだというゼロの態度に驚愕した。あまりにも様になっていたのだ。
「我が主、ローファサニ様が明後日ここを訪れたいとのことなのです。詳しい話はそのときにお聞きくださいませ。私は、来訪を告げるための文のようなものですので。では、失礼させていただきます。突然の訪問、申し訳ございませんでした」
そう言い残し、男は帰っていった。
ゼロは、少し考えた。
―――“文”ではなく“人”を送るか……。
そして口を開いた。
「リフェクト。南のシスカに、明後日ここに来い、と使いを出してくれ。ユフィと、セシリアと、噂のフィールディア・フィートフォトも連れてくるように、ってのもな」
ゼロは一拍置いた。
「マリメル。グレイと、スフェリア家と、ベイトに明後日ここに来るようにという使いを出してくれ」
また、一拍。
「俺は、ちょっとやることがあるんでな」
ゼロはひらひらと手を振り、部屋を出て行った。





城を出たゼロは、虎狼騎士の訓練場へと足を運んだ。
既にジエルトと、フェイトが死んだことは東に偵察に行ったベイトから聞いていた。
涙は、堪えた。統一を果たした時に、みんなまとめて一緒くたに涙しようと誓ったのである。
遺体のない二人の葬儀は、ひっそりと行われ、暗く重い雰囲気となっていたが、一日明けると少しは明るさを取り戻したようである。
―――クウェイラートとジエルトと、フェイトの、虎狼九騎将の補充要員は、必要なんだろうか?って……ここに来たってのに今更何いってんだか……。
大して設備も良くなく、暑苦しく、強いて言うならシャワー完備が良いところ。それがここの訓練場であった。このちょっとした昼過ぎは、暑さも増していてあまり人はいないようだ。午前中に訓練していた者はきっと遅めの昼食を摂っているのだろう。昔はゼロもよく来たものだが、最近はめっきり来なくなった。それ依然に、ここに来るには立派になりすぎたと思う。
その中で、一人、ゼロは見覚えのある女性騎士を見つけた。彼女は極々スタンダートなフルーレを使い、極々普通な革鎧を纏い、極々普通な鉄網のブーツを履いていた。童顔だが、容姿はミリエラほどではないが整っていて、真っ黒の美しい髪は真っ直ぐに胸の辺りまで伸ばしている、そんな女性だった。動きからして、かなりの実力はあるだろう。
ゼロは、その女性の記憶を引っ張り出した。
―――……ジャニス叔父さんの娘の……テュルティだったかな……?いつから虎狼騎士に……?いや、あの格好は虎狼騎士の制服じゃないな……。
ゼロはゆっくり近付いた。熱心に訓練しているのか、気付く気配はない。
「テュルティ・アリオーシュか?」
ゼロが静かな声音で尋ねた。彼女は驚いた様子もなく、普通に振り返った。
「ハイ、そうですけど?……って……あ、貴方は……あぁぁぁ!!!」
甲高い声がゼロの耳に届いた。元気のよさはセシリアに勝るとも劣らないはずだ。前に会ったのは3年前のジャニスの葬儀のとき以来だろう。
「静かに。お前、確か虎狼騎士じゃないよな?まだ15だから、近衛兵部隊か?」
ゼロは旧友に会ったように、馴れ馴れしく話しかけた。テュルティも笑顔を見せる。一層幼く見えるが、それが彼女の可愛らしさでもある。
「ん。そだよ。でも、虎狼騎士選抜試験は受けたから、来週の発表待ちなんだ。まぁ……えへへ♪合格は揺るぎ無いだろうから、ここ使わせてもらってんだけどね♪」
彼女はそう笑って言って、今度はゼロをじっと見つめた。
「……どうした?」
身長差からだが、上目遣いに見つめられるとどうにも恥ずかしく感じる。
素直なままのゼロの表情の理由は、彼女が親族なのだからだろう。親近感から安堵感が来るのは言うまでもない。
「うん、ゼロが国王なんだと思うとさ、なんか不思議な感じだね。昔はゼロ、テュルで呼び合ってたのに。今はゼロ国王陛下と呼ぶべきかな?」
「堅苦しくなくていいさ。まぁ、実際は呼ぶ気もないんだろうけどな」
 ゼロはからかうように彼女に言った。彼女も一緒に笑う。
「……そうだ、テュルテ……テュル。合格確実の自信があるならそれなりに、いや、かなり実力があると見ていいんだよな?……知っているかもしれないが、虎狼九騎将のうち三名が今欠員でな、誰かいないか探していたんだよ。どうだ?自信があればなってみないか?」
ゼロの質問に彼女は。
「ん。いいよ」
と軽く答えた。ゼロは彼女が日常会話で悩むところを見たことがないことに気がついた。思考が早いのだ。
ゼロは思わず微笑んだ。その笑みは、極々親しい者にしか見せないような、無防備な笑みだった。
「そうか、なら近いうち俺の家に来てくれ。制服を渡すよう手配しておくから」
「ん。おっけ~♪まっかせときなさいって♪ミリエラさんと同等に戦って見せちゃうもんね♪」
テュルティの笑顔にゼロは安心した。
「じゃあ、頼んだぞ」
ゼロはテュルティの頭をぽんと叩き、訓練場を後にした。
―――思いもよらない収穫だったな……でも、これから楽しみだ……。
しかしあと二人、ゼロは探さねばならない。





西の最古の書物を保管している図書館へと、ゼロは足を運んだ。
魔術師の一人でもいないものかと思ったのだ。
―――ここで収穫がなくても、借りたい本があるからな……。
これもここに来た理由の一つである。なんだか横着な気もするが。
「あら……もしかして、ゼロ国王陛下でしょうか?」
厳正な雰囲気に適する、凛としているが、穏やかで聞くものの心を安らがせるような声がゼロの耳に入った。振り返るとそこには亜麻色の髪を緩やかに伸ばしている、おしとやかな女性が立っていた。顔立ちも整っていて、かなりの美人である。
「…………えっと……ミュー・グレムディア嬢ですか?」
ゼロは貴族学校の際、何気に7年間の全て同じクラスだった女性、グレムディア家の令嬢を思い出した。
「ええ。覚えていていただき、光栄です。国王陛下」
ミューがにっこり微笑んだ。まさに貴族の令嬢、という感じである。
彼女が西でも屈指の刀使い、俗にいう“侍”だと気付く者はまずいない。ゼロ自身今の今まで忘れていた。
「そんな堅苦しくしないでくれ。って、ミューもこの前の婚礼の儀に来ていただろう?」
「そういえば……そうでしたね」
ミューがにっこりと、また微笑んだ。微笑んだように見えた。常に微笑んでいるようだから、どの表情が微笑みなのか分からないのがゼロの本音だが。
「……そうだ!ミューは、まだ侍の道を極めようとしているのかい?」
ゼロは彼女の実力を重々承知している。貴族学校時代、まだ9歳だったのだが、彼女の戦いの型が分からず敗北を喫したことがあるのだ。7歳から14歳までの8年間の戦闘訓練で唯一の負けがそれである。
それをゼロはずっと覚えていたのだ。少し未練がましいかもしれないが。
「え……ええと、その、お恥ずかしいのですけど、まだ修行中の身ですが、その通りです」
ミューが照れたように俯いた。その一挙一動が清楚で可愛らしい。
「なら、虎狼九騎将の一員にならないか?君なら、十分な実力もあるし、歓迎するよ」
人のスカウトはゼロのあまり得意とする所ではないのだが、何とか引き込もうとしているようだ。
「え、ええと、そのお話、真でしょうか?」
「嘘でこんなこと言うもんか。君には実力がある。そしてこの荒れた森には平和を作るための力が必要なんだ。優しさも力も、ミューは持っているだろう?」
「……じ、実は、私、虎狼騎士のグレイ様に憧れているのです。あぁ、お恥ずかしい……!ですが、グレイ様にお近づきになれるのでしたら、よろこんで虎狼騎士にならせていただきますわ」
ミューが力強く、微笑んだ。ゼロは正直呆気に取られた。
―――まぁ……そういう動機も、たまにはありだよな……。しかし、グレイを尊敬、か。あいつも、人気あるもんだ……。
「じゃあ、よろし――」
ゼロの言葉は、スッと入り込んできた男によって阻止された。
「お嬢様!そのような危険な任に就いては、天国の旦那様が何と哀しまれることでしょう?!今一度御考えください!!」
その男は、二十歳は越えているだろう。苦労人なのか、若いのに髪は白く、細い感じがした。柔らかい輪郭に細い目、普段は穏和な人柄なのだろう。
「カイ!声を上げてはなりません……。場をわきまえなさい……。ゼロ、一先ず外でお茶にでもいたしませんか?」
ミューの笑顔の勢いに圧され、ゼロは頷いた。



「先ほどは失礼致しました!私は、グレムディア家の私兵騎士の一人で、お嬢様の目付け役のカイ・ピーセイアでございます。国王陛下に対して有るまじき態度、この通りでございます!」
カイ、という男性が頭を深く下げた。一直線な性格なのだろう。ゼロは好意を持った。
「いや、気にしなくていいですよ。俺も、グレムディア家のことを考慮していなかったですし」
ゼロはカイという男については全く知らなかったが、かなりの猛者だと分かった。
隙がなく、気配も薄い。
戦場なら躊躇いもなく敵兵を殺せるような男だろう。
「……この際ですから、ミューが心配ならカイさんも虎狼騎士九騎将の一翼を担いませんか?今は力が必要なんです。そうすれば、カイさんもミューを見ていられるし、安心でしょう?どうですか?」
ゼロはもうどうにでもなれ、といった風に口早に言った。少し、功を焦っているときと同じような雰囲気である。投げやり、ともとれるが。
いや、実際に時間はもうほとんどない。東がいつ戦いを吹っ掛けてきても文句言えないのだ。国王とは、かくも辛く、大変な激務である。
カイは、一考した。
「甲冑騎士(アーマーナイト)が必要ならば、その話お受けさせていただきます。しかし、甲冑騎士はエルフ剣術とは異なる流派の、平たく言えば護るための剣術ですが、よろしいでしょうか?」
甲冑騎士はその名の通り、戦場で甲冑に身を包み、仲間の盾となり戦う戦士である。その格好に合うようにと武器は大型の戦斧か大剣が相場である。また、その甲冑はほとんどの物理攻撃、中級魔法ならば防ぐ特殊合金を原材料とし生産、加工されているため、相当の重さがある。総重量は軽く150キロはいくだろう。とてもカイが、そんな大男も動くのも精一杯な甲冑を着込み、戦うような男とは思えないが、それくらいでなくては多少自己犠牲精神の強いミューの目付け役など出来ないだろうと思い、納得した。
「言ったでしょう?少しの戦力でも惜しいんです。それに、ミューは入隊する気マンマンでしょう?断ることはしませんよ」
ゼロは右手を差し出した。カイが、その手を取り、頭を垂れた。
「よろしく、御願い致します」
補充要員の虎狼九騎将の穴はこれでふさがった。ゼロは軽く安堵した。
「じゃあミュー、後日ホールヴァインズ城に来てくれ。虎狼騎士の説明や、現状はその時に話すことにしよう」
ゼロはそう言い、自身はホールヴァインズ城へと戻って行った。





翌日。ホールヴァインズ城の大きな会議室。そこにゼロは早くも陣取って座っている、いや、眠っているようだ。いつからそこに座っているのかは分からないが、どうやら熟睡しているようだ。アノンとリフェクトが今入ってきたのだが、起きる気配はない。
いや、頭の片隅で無意識に理解はしているだろう。彼の実力は半端ではない。背後を取られないどころか、眠っていても隙を一分も見せない鋭さを身に着けている。
ただ、アノンとリフェクトを信頼しているからこその熟睡なのだろう。
「兄上は……眠っていらっしゃるのか……。どこに座ればよいのだろう……?」
リフェクトが少し考えるとアノンが席に置かれた記名済みの紙を見つけた。ゼロの右隣にリフェクト、左の左にアノンと書いた紙が置いてある。左はセシリアのようだ。
「ここで……よろしいのですよね……?」
アノンはゆっくりと自分の席――であろう――に腰を下ろした。
リフェクトも、アノンも正装である。ゼロも、婚礼の儀と少し似ている、金糸銀糸の細工のある優雅絢爛な服装だった。ゼロの、最も嫌う服装である。
曰く“機能的じゃない”らしい。そこら辺の感覚はリフェクトには分からなかったが、セシリアは同感だったらしい。
リフェクトはちらっとアノンを見た。優雅で繊細な施しのある美しい純白のドレスに身を包んでいる。ゼリレアが仕立てたようだが、完璧であった。
兄妹でなかったならば、思わず名前を尋ねてしまったかもしれない。
「アノン……」
「はい?何でしょうか?」
無意識のうちにリフェクトはアノンの名前を呟いた。返事をされても、何も考えていなく、リフェクトは慌てた。
「え?!……あ、いっ、いや、その……綺麗だなぁ……と思って……。うん。ホントだよ。セシリアにも、見習わせたいくらいさ」
リフェクトは必死に言葉を繕った。
「ありがとうございます。でも、セシリアちゃんは、私以上に綺麗ですよ」
アノンはニコっと微笑んだ。どうやら、完全な多重人格者なのかもしれない。いや、別のアノンなのかもしれない。それくらい、ユフィやゼロと二人になったときとは雰囲気が違う。
そんなころ、グレイとベイトが入ってきた。グレイは虎狼騎士の戦闘服である蒼黒い服である。ベイトは、貴族服、ゼロのより若干見劣りするが高価な正装であった。
「おや……?珍しいね、ゼロが正装なんて」
ベイトがおどけた表情で言った。貴族学校の、7歳以来の付き合いを持った少年である。茶髪の髪を丁寧に切りそろえ、どこか中世的な美少年で、ゼロの最も信頼する大親友の一人だ。もしかしたら家族以外でゼロのことを最も知る者かもしれない。
振り返れば、ゼロは制服を正しく着たことさえ少なかった。それ以前にあまり授業に出なかったのだが。ベイトもよく付き合わされ、共に先生の説教2時間と罰掃除をやらされたこともある。ゼロはほとんどきちんと謝らなかったが、ベイトは一つも不平を言わなかった。ゼロもベイトの気持ちを理解していたようだった。今ではそれも楽しかった思い出である。
「今日ぐらいは……だろう」
グレイが自分の席を探し座った。リフェクトの隣の隣、ベイトは二人の間だった。

次は、ミリエラとリエルが入ってきた。リエルは簡易なドレス、簡易と言ってもとても庶民などが手に出来る物ではないが。ミリエラはグレイと同じ虎狼騎士の正装であった。ミリエラとグレイでは若干サイズが違い、違う服に見えるが。要所要所を守るべく、鉄板が仕込まれているが身体の動きを一切邪魔しないような、機能的な服である。
「わぁ~……微妙な顔ぶれ……。あっ!!アノンちゃん可愛い~♪」
リエルが部屋の中を一望しアノンを見つけると一目散に駆け寄ってきた。とても封印されていた切り札や、西でも屈指の戦士とは見えない、年相応の美少女である。
アノンは照れているのか困惑した表情をした。
「これで、全員なのかしら?」
ミリエラが自分の名前の書いてあった席に座った。アノンの隣がリエルである。
リエルもアノンにいろいろ言ってから席についた。
「そう……だろうね。リフェ君、ゼロを起こしてくれるかい?」
ベイトが答えた。
「あっ、はい。……兄上、西の出席者の方が全員いらっしゃいましたよ。起きてください」
リフェクトがゼロの肩を揺さぶる。
ゼロがゆっくり起き上がり、目を擦った。
「ん~……リフェクト……今何時だ?」
眠たげに、だるそうにゼロが言った。国王の威厳などそこには微塵もない。だが、その姿こそがゼロなのだ。
「えっと……会議開始の30分前、10時半くらいですね」
リフェクトが丁寧に答えた。誰と話すときよりも、落ち着いた、安心した声で。
「ふ~ん……半日くらい寝てたのか……」
その場の一同全員がその台詞にガクッとした。昨日の午後10時半くらいからここで眠っていたというのである。
「ゼロ、頭は起きてるかい?今日は寝ぼけられたら困るんだよ」
ベイトが苦笑しながら言った。気だるげなゼロの姿は昼下がりの野良猫のようである。
「ゼロ、どうやらお客が来たようだ」
グレイが扉の方を見た。ホールヴァインズ城詰めのメイドが扉を開け、5名のエルフが見えた。その内3名は見たことがある。昨日やってきた初老の男と、北の護衛団長である、たしかミーシャ・フェブリル。それと、忘れもしない北一の作戦司令官、ナフト・ユーフォールであった。そして中央に金髪をオールバックにした精悍な彫りの深い顔立ちの男と、水色の髪を素直に垂らしている目の細い、動きの速い優男がその隣にいた。
「はじめまして、西王ゼロ・アリオーシュ。自分が、北王ローファサニ・ラックライだ。此度は、我が申し出を受けていただき誠感謝している」
顔の彫りの深い男が、その顔とベストマッチした威厳ある声でそう言った。ゼロは立ち上がり彼の正面へと移動した。
「こちらこそ、ご多忙中でしょうにわざわざお越しいただき、ありがとうございます、北王ローファサニ・ラックライ」
二人は握手を交わした。次に、ゼロは優男のほうを向いた。ローファサニはゼロと同じような正装だが、彼は魔術師のローブに身を包んでいた。
「貴方が……もしやかの高名なセティ・ユールですか?貴方の噂は、西にまで聞き及んでおります」
ゼロは握手を求めた。セティは、その手を握り返した。
「そんな……ゼロ国王陛下にそう言って頂けるとは、身に余る光栄です。このセティ・ユール、感銘です」
セティが恭しく頭を下げた。
「ゼロくん、いや、今はゼロ国王陛下ですな。お久しぶりであります」
ナフトが微笑み、右手を差し出した。
ゼロは少し俯いた。
「ナフト司令……シューマの件……謝っても悔やんでも、全然足りません……。本当に、すいませんでした。俺の実力が及ばなかった所為で……」
シューマのことはベイトも聞いていた。ベイトにとっても良き友であった彼を思い出し、少し俯いた。
「お気になさらず。酷な言い方かもしれませぬが、あの頃の北で最強だったのは紛れもなく貴方でした。その貴方をもってしても彼を救えなかったのならば酷ですが、これが彼の運命だったのでしょう」
ゼロは、ナフトの穏やかな表情を見た。
「ナフト司令……ありがとうございます……」
ゼロはようやくナフトの手を握った。
「ゼロ・アリオーシュ国王陛下、お久しぶりにございますね。お覚えでありましょうか?ミーシャ・フェブリルであります」
「ああ、覚えている。君の棒術とは、一度手合わせしたいと思っていたんだ」
彼女は、貴族学校の出ではない。丁寧に結われていないが美しい緑色の髪、身のこなし一つ一つ、礼服の着こなしもあまり上手くないことから、庶民の出なのだろうとゼロは思った。
服の中に三つ折りの三節棍を仕込んでいるはずである。
「そんな……私では国王陛下の足元にも及びませんわ」
そう言ってミーシャが手を差し出しゼロは握手を交わした。
次は、一昨日の使いの老人と向き合った。
「先日もお会いいたしましたな……。ジョバン・グスタル、ローファサニ陛下の筆頭家老でございます」
ジョバンと名乗ったその男は黒い礼服に身を包み、恭しくゼロに頭を下げた。
そして、握手を交わした。
北の重鎮たちが総出で西に来ているということに、ゼロは感極まる気持ちになった。
「どうぞ、お座りください」
ゼロが席を指し示し、ローファサニたちはそれに従い席に付いた。
「ゼロ様、シスカ様ご一行がご到着いたしました」
マリメルが扉を開け、シスカと、セシリア、ユフィ、そして紅い髪に、紅い魔術師のローブに身を包んだ美しい女性が現れた。
そしてゼロと眼が合うやすぐさまセシリアが駆け出してゼロの胸に飛び込んできた。
「ア……アニキィィィィィ!!!」
ゼロは大事に、飛来するセシリアを抱きとめた。
「久しぶりだね♪会いたかった!!」
セシリアが眼を輝かせ喋ってくる。ゼロは、周りの人たちが失笑やら苦笑、微笑みを見せていることが少し気になったので、そっとセシリアに席を告げた。
「まぁ……積もる話は後でな。アノンの右の席が空いているだろう?そこに座ってくれ」
「うん♪」
セシリアはさっそくその席に座った。アノンと楽しそうに話始めた。
「今日は、ご招待いただきありがとう♪ゼロ」
シスカが美少年然とした天使の如く微笑んで握手を求めた。
ゼロは一瞬間を置きその手を握り返した。いまいちまだ彼が信用ならない。
「席はあそこだ、紙に名前が書いている。そこに座ってくれ」
シスカが言われたまま席に向かう。ゼロより立派な細工の服装が、見事に似合っていた。
ユフィは簡易ドレス姿であったが、華やかな、一流の職人仕立てのドレスを着ているような、着こなしであった。いや、彼女自身の魅力、美しさにドレスが負けているのかもしれない。
「……後で話があるの……。アリオーシュ家に立ち寄るね」
ユフィはゼロとすれ違う際に、誰にも聞こえないくらい小さい声でそう呟いた。いつもとは雰囲気の違う、幻想的な声だった。
「やっと、私の番か。久しぶりだね。ゼロ。貴族学校以来か、まぁ、そんなことどうでもいいけどね。あっ、あんたに敬語使う気はないから」
「フィー……」
 ゼロは思わず苦笑した。
フィールディア・フィートフォト。フィートフォト家の神童と呼ばれる彼女の天武の才は、かなりのものがある。美しき堕天使、彼女は捻くれた性格からこう呼ばれていた。その性格が、野心の多い性格が南では人気だったのだが。普段から大した野心のない者たちの中で、異彩を放ったのが彼女だった。
フィーとは、フィールディアの略称である。貴族学校の時の、10歳と11歳の時、同じクラスだった時にゼロが呼んでいた呼び方である。
「はっ。あんただけだよ、私を恐れないでフィーって呼ぶのは、陰でフィアって方がよく聞いてたんじゃないのかい?まぁ、私もフィーって呼ばれる方が好きだったけどね、呼んだのはあんたとシューマ、ムーンくらいか……」
フィールディアはそう言ってベイトを一瞥した。それに気付き、彼は視線から逃げるように下を向いた。ベイトも、彼女を怖がっていた一人である。何度もゼロに彼女と離れるように言ったのだ。
『フィアとは、あまり付き合っていいことはないよ』
と。だがゼロは。
『そう言ってるだけじゃ、あいつは変わんないだろ?誰かがなんかしなきゃいけない気がするんだよ』
 そう答えたはずだ。それにはシューマも同意見だった。
「あんたが、ゼロが国王陛下、か……。出世したもんだね。アリオーシュ家も統一を夢見ているなら、いっちょ一勝負しようじゃないか。まぁ。コライテッド対アリオーシュじゃなく、フィートフォト対アリオーシュみたいなもんだけどね」
そう言いフィールディアは細身の剣を抜刀した。銀色の刃が美しく見えた。ちゃんと手入れしている証拠である。彼女自身の鋭さも剣のような鋭さを放っているのだが。
―――やれやれ……変わらないな、フィー。
唐突な展開にも彼は慌てていない。ゼロは心の中で落ち着いてそう思った。
「マリメル、刀」
ゼロがそう言うと、マリメルは遠慮なくゼロの愛刀を投げてよこした。それを難なくキャッチし、ゼロも抜刀した。







広い会議室で、西南北の重鎮のいるなか、二人の戦いが火蓋を切った。
周りで見ている者には、この戦いの意味が分からなかったが。
そして、不穏な気配も近付いていることに、気付く者はまだいなかった……。








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