第24章

開放








 自分に似て、非なるもの。
 何となく闘っている内に予想がついてきた。
 おそらくこの敵が、闘神アリオーシュ。
 元アノンの主。
 そして、自分が越えなければならない障壁。
―――超えて、みせる!!





「アノンちゃん、私ちょっと自分の家に行ってくるね」
 レイの家でゼロとレイを待っていたミュアンとアノンだったが、ふと何かを思ったようにミュアンがそう切り出した。
「わかった」
 別段疑問も持たず、アノンはミュアンを見送る。もしかしたら、彼女にとってゼロ以外の存在にさほど関心がないのかもしれない。





―――神の力を得る……果たしてそれは本当に許されたものなのでしょうか……。
 シーナとゼロの戦いを、フィエルが見守る。今のゼロは一時的にアリオーシュの力を受け入れても大丈夫なように潜在能力が解放、すなわち120%の力を解放している状態なのだ。さしものシーナも、防戦一方のようだ。
 単純な力量では、イシュタルはアリオーシュには及ばない。確かにアリオーシュはイシュタルが自分の配下として創造した神であり、総合的な力ではイシュタルが上だ。しかし、アリオーシュは闘神として呼ばれるほどの存在、単純な戦闘能力でいけばイシュタルを超えるほどの力を与えられたはずだ。
 つまり、ゼロが“神々の直系にのみ許された第二の扉”を開けることが出来たならば、それは即ち、シーナの敗北に繋がる可能性は大である。
―――神の力……。エルフの創造した神……。ヴォルクツォイクはエルフの創造した神々の子孫……。本当は、神などいないのかもしれない……。
 ゼロの攻撃を防ぎ続けるが、徐々にシーナの身体に傷が増えていく。
―――エルフも、世界の創造主により分かたれた一つ。本当は、誰もかれもが創造物であり、神なのかもしれない……。
 フィエルの表情には、暗いものが浮かぶ。
―――私は転生を繰り返し、記憶を継承しながら生きてきた。しかし、直系とされるヴォルクツォイクでさえ記憶を継承してはいない……。エルフとは、一体なんなのでしょう? 血の因果とは、呪いなのでしょうか?エルフにより生み出されし創造物たちが生み出した……ヴォルクツォイクたちの生み出した呪い……?
 記憶してきた二万年。一体、この二万年は何だったのだろうか。自分が創り出したイシュタル、アシモフ、ミカヅキ、ジャスティは、正しかったのだろうか。
―――私の子どもたちが争っている……。
 フィエルの瞳が、虚ろになっていく。
―――あの時も、互いに争っていた……。
―――何故繰り返す……?
―――滅ぼし合うように、創ったのではないはず……。
―――こんな子どもたちならば……。
―――こんな子どもたちなど……。
「創り直さなければ……!」
 顔を上げたフィエルの表情に、色は無かった。
 エルフが、目覚めた。





「面白い! 我が名を継ぎし者よ! お前の実力、確かに限りなく俺に近い!」
 ゼロの刀と自分の長騎剣を競り合わせながら、アリオーシュが獰猛な笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「あんたの生きた時代は終わったんだ、さっさと俺の力になれ」
 自分の先祖の予想外の熱さに、ゼロは対照的なほど冷たくそう言い放つ。
「本当なら神の力なんざどうでもいいが、アノンを助けるためには、どうもあんたの力が必要らしい。アノンを思うなら――」
「――アノンを本当に思うなら、あいつを殺せ。あいつは長く生き過ぎた。この森で不死が許されるのは、エルフのみ。このまま生かせば、どのような末路を辿るか分からんぞ。そうなるくらいなら、アノンの愛するお前の手で、殺せ」
「冗談じゃない!」
 アリオーシュの言葉に噛み付く。そんなこと、出来るわけがない。彼女は大事なゼロの家族だ。殺すことなど出来るはずがない。
「あいつを俺達と同じエルフにして、俺達と同じように生活させる。そして、俺達と同じように年を取り、俺たちと同じように最期を迎えさせる。それが俺がアノンにしてやるべきことなんだ!」
 刀に力を込め、アリオーシュを押す。若干だが、アリオーシュの剣が押されていく。
「アノンはお前に依存している存在だ! お前を失えばおそらく暴走するだろう! いずれシェジェンナの末裔が必ずお前を殺す。その時にアノンがお前の側にいることは“森の意志”に反することなんだ!」
 “森の意志”またしてもその言葉が現われる。ゼロは独創者だが、やはりアリオーシュは森、エルフに近すぎる存在。その束縛からは逃れられないのか。
「運命は、“自分の意志”で変えられる! “森の意志”なんか関係ない! 神が支配する時代はとうの昔に終わったんだ! 何故エルフに独り立ちをさせてくれない?!」
「ヴォルクツォイクは神々により創り出されし創造物! 親が子を見守るのは当然のこと!」
「それを親馬鹿って言うんだよ、この馬鹿!」
 アリオーシュの言葉が出る前に、圧倒する。
「確かに親が子を心配するのは当然だろうさ! だけど、いつまでも親の庇護を受けてちゃ、進歩も出来やしない……それこそいずれ滅びゆく種族となるだろうさ! 俺とアノンが神の呪縛をものともしない最初の例になってやる! だから!」
 ゼロの力に、アリオーシュが圧倒されていく。ゼロが一旦少し後退し、突撃を仕掛ける。
「だから、手を貸せアリオーシュ!!」
 渾身の一撃を受け、アリオーシュの長騎剣が砕け散る。呆然と砕けた武器を見つめるアリオーシュ。
「くっく……ふっ……はーはっはっはっ!」
 突如、壊れたかのようにアリオーシュが笑いだす。意味が分からないも、油断は出来ない。
「貴様の想いは十分分かった」
 アリオーシュが犬歯をむき出しにして笑う。
 いつの間にか、彼の手には通常サイズの一振りの剣が握られていた。
「全力で戦おう。俺を倒せたら、俺の力はお前の物だ!」
 アリオーシュがゼロに仕掛けようと突っ込んでくる。
「ちょっと待て」
 唐突な静止に調子が狂ったのか、アリオーシュが理解不能という顔でつんのめった。
「具体的に説明しろ。お前の力を得るとどうなる?」
「あ?」
「文献限りではお前は単純な戦闘能力が圧倒的なだけで、特殊な能力を持っているわけじゃない。お前の力を得て何になる?」
「お前さっき俺に手を貸せと言わなかったか……?」
 呆れ顔でアリオーシュがゼロに問いかける。確かに、彼の言葉も最もと言えるだろう。
「あぁ言ったさ、“森の意志”から俺達が独立されるために、って意味でな。別に俺個人に手を貸せって言ったわけじゃないさ」
「……俺の子孫の割にはよく口が回るもんだ」
 アリオーシュが一度剣を消す。やはり実世界ではないためか、剣自体も実物ではないようだ。
「神の力を得たところで、神にはなれない。なりたいとも、思わない。俺はいつまでたってもゼロ・アリオーシュ以上でも以下でもない。アノンを助けるのに手を貸してくれたらそれだけで十分だ」
 不敵に笑いながら話を進める。
「親の庇護は受けないんじゃないのか?」
「あんたの力っつー遺産を放棄しようってんだ。代わりにそれくらいおいてけ」
「つくづく俺の子孫とは思えんな……」
 肩をすくめるアリオーシュ。圧倒的肉体派のアリオーシュから見て、あれこれと頭を使って話すのは不得手のようだ。
「あんたの子孫ったって、あんたじゃないんだ。俺には俺の生き方がある。それにな」
 ゼロがくっくと喉を鳴らして笑う。理解できずにアリオーシュが首をかしげる。
「最近めっきり忘れていたが、俺は本来面倒くさがりなんだ。というわけで俺に楽させてくれないか?」
 しばしの、沈黙。
「くっく……あーはっはっはっはっはっ!!」
 そして、アリオーシュの爆笑。しばらく止まない笑い声を、ゼロは呆れながらも聞き続けた。
「お前ホントに面白いな! やっぱナターシャの血も混ざったからなのかねぇ……。いや、どことなくシェジャンナに似てなくもないが……。もう俺の負けだ、俺の戦闘能力、特殊能力、全部受け継げ! 使い方は……あぁなんか俺も面倒臭くなってきた。自分で見つけろ!」
「おい」
 ゼロの頭をバシバシと叩きながら、アリオーシュがそう述べる。兄と弟の構図に、見えなくもない。
「ん?!」
「む!!」
―――いかん!!
「ゼロ、落ち着いて聞け……」
 突如アリオーシュの雰囲気が変容する。何か非常に緊迫したような、重たく冷たい空気。
「これほどの波動を発生させられるのは、おそらく、あのお方しかいない……!」
 あのお方、と言われ、思いつく対象は一人しかいない。
やれやれ、と言った風にゼロがかぶりを振る。その表情には、諦めに似た色が浮かぶが、どこか猛禽類のそれを思わせるものがあった。
「こんな親じゃあ、庇護も期待出来ないんじゃないのかね」
―――こいつは、やはり……。
 そんなゼロを見て、アリオーシュは確信する。ゼロ・アリオーシュは、アリオーシュの名に恥じない、相手が強敵であれば強敵であるほど燃え上がる男なのだ。
「エルフ、我らが種族の神よ……そろそろ俺らも反抗期だぜ?」
 いつの間にか現れた白く輝く扉が、ゼロの前で開かれた。





―――ちっ、そろそろキツイな……。
 一度大きく間合いを取り、ゼロから逃げる。既にかなりの体力を失った。
 ゼロが戻ってきたとて、満足のいく戦いは出来ないだろう。
―――実際、倒すどころの相手じゃなかったようだな……。
 悔しいが、イシュタルの血はアリオーシュの血には及ばないようだ。シーナ・ロードが、イシュタルの血族が中央で最強を名乗っていた理由の一つに、アビリティ“魔王”がある。彼の前ではあらゆる超常現象、アビリティが封じられるのだ。しかし、アリオーシュの血は絶対的に、単純な戦闘能力を劇的に上げるらしい。そんな力の前では、彼のアビリティなど欠片も役に立ちはしない。
 再びゼロが迫る。そのスピードの前に、何とか攻撃も止めるも、余波までは抑えきれなかった。
「ぐはっ!」
 そのまま激しく吹き飛ばされる。
 よろよろと立ちあがり、口を拭う。吐き捨てた唾が赤い。致命傷はないが、満身創痍とも取れる状態だ。
「そろそろ戻って来てくれないかねぇ……」
―――この状態でイシュタルを解放すれば、俺も意識が危うい……。作戦ミスだな、情けない。
 創造と破壊の神イシュタルの力を得ているシーナだ、その力を解放すれば今のゼロを止められたかもしれない。しかし、神の力の行使には相応の力が必要となる。予想以上に負傷した今その力を解放すれば、シーナ・ロードという人格がどうなるか危うい。
 そんな迷いの時だった。
「む?!」
 すぐ側から、突如信じられないほどの波動を感じた。フィエルの気配が、同時に消える。
―――まさか?!
 想像出来ないことはない事態だが、信じたくはなかった。
 今まで一緒にいた存在が、消えてしまったことに対する苛立ちと、あり得ないと断言しても構わなかった事態の発生に対する驚きとが相まって、どうすることも出来ない自分に気がついた。
「ボロボロだな」
 余裕のある声が響く。いつだか、自分も彼にそう言った記憶があるような。
「流石の俺もリアルに神と戦うことになるとは思わなかったよ」
 そう言えば、ゼロからの追撃がなかったことに今気がつく。
「待たせて悪かったな。さ、あの困った神様を懲らしめるとするか」
 戻ってきたゼロから感じる、不思議な信頼感。これが、アリオーシュの力なのだろうか。そんな思いがシーナに浮かぶ。
「待たせすぎだ。……だがよく戻った」
 東西南北最強と中央最強の、夢の共闘が始まった。





「はぁ、はぁ、はぁ……」
 当てもなく走り回ったせいか、ついに体力が尽きる。足がもつれ、ミュアンは手近な木に寄りかかった。
「どこに、いったのよ、あの馬鹿……」
 自分やアノンを置き去りにして、唐突に姿を消したゼロを探すも、全く手掛かりすら掴めない。だが、胸のざわめきが消えないのだ。じっとしては、いられない。
 そんな、時だった。
 森の中心部の方で、何か劇的な爆発を感じた。
 爆発したかのような錯覚を覚えるような、得体の知れない波動を感じる。
「な、何なの……?」
 だが、その直後同じ方向から、探し求めているような気配を感じた。
「……ゼロが、あそこにいるっていうの……?」
 誰も答えてくれる者はいないが、呆然としたミュアンには、そうつぶやくしかできなかった。



「む、これは?!」
 “平和の後継者”の砦で、話し合いを進めていたウォーとレリムが何か得体のしれない事態に気がついた。今まで感じたこともないような、オーラの奔流。
 思わず屈伏したくなるような、圧力を覚える。
「……シーナ?!」
 突如訪れた感情のままに、レリムが部屋を飛び出して行く。
「おい!」
 静止するも甲斐なく、ウォーはため息をついた。
「何が起こってるのか知らんが、やはり気持ちは残ってるってことか」
 彼女の反応は露骨だった。ウォーは父親のような気持ちで、レリムの無事を祈るだけだった。



「……なんやこの空気は……」
 感じたことのないプレッシャーを受け、レイはその源であろう方向を眺めた。既に日は落ち、月が森の大樹を照らしている。
「死んだらあかん、死んだらあかんで、ゼロ……」
 ゼロが向かった方とは正反対の方向へと歩き出し、レイは暗闇へと消えていった。



「“森の意志”が、消えた……」
 森の中央にそびえ立つ大樹の麓で、翁は異変を察知していた。
「独創者ゼロ・アリオーシュ、彼にすべてを委ねるしかないのか……」
 老賢人には見届けることしか出来ず、監視者ビーナは、語らずただ翁の側にいるだけだった。



「?!……エル、フ……?……我が主?!」
 最初に感じた波動は、自信はないが、おそらくそうであろうと思われる強力なプレッシャーだった。そして、その直後に感じた波動は、信じがたいが、とても懐かしい波動。自分を包み込んでくれるような、優しい激しさだ。
「我が主、アリオーシュ……」
 ベッドに寝転がり、暗い部屋の中で、天井に手を伸ばす。
「あの時も、今も、アリオーシュにはナターシャが共にいるのだな……」
 叶わぬ恋。叶えたくても、どうすることも出来ない想い。自分が、ナターシャよりも早くアリオーシュに出会っていたら。ユフィよりも早くゼロと出会えていたならば。
「……私の使命は、ゼロを助ける、それだけだ……!」
 拳を握り、迷いを払拭する。ゼロがかつてムーンへ言っていた。『今回はこういう人生だったと思って』、そう割り切ろう。今回の人生で、出来る限りで、自らが消滅するまで、愛するゼロを助けよう。
「私はアリオーシュの矛、アノン・アリオーシュ、それ以上でも、以下でもない……!」
 身体を起こし、あの場所へと向かう。
 愛する人を、護るために。






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