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小説ばらえてぃ。
キミとの約束(3)
「見ろ!志乃ちゃん達だ」
「志乃!」
その声に気づき、志乃は振り返る。
「蒼介!」
蒼介は志乃たちの元へ駆け寄ると、そこには悲鳴のような泣き声をあげる拓弥がいた。
「なにがあったんだ」
そのとたん、志乃はぽろぽろと涙を零した。
「あげはさんが・・・殺された」
「え?!」
拓弥の腕にきつく抱かれているのは、血で濡れたあげはだった。
彼女は眠るように目を閉じ、今にもあの無邪気な笑顔を見せるんじゃないか、そう思わせるような顔をしているのだ。
蒼介は、ただ呆然とそこに立っているしかなかった。気づくと、隣で泣いている志乃の手が蒼介の袖を掴んでいた。
あげはは死んだ。
この事実を突きつけられ、一番心を抉られたのはやはり拓弥だろう。ずっとあげはの名前を叫び続けている。
どんなに抱きしめても、名前を呼んでも、泣いたとしても腕の中の少女は息を吹き返すことはない。頭ではわかっているのだが、どうしても涙が止まらないのだ。
「拓弥さん」
俊平が最初に口を開いた。拓弥は反応を示さない。
「拓弥さん、いつもでもそのままじゃあげはさんが可哀想です」
「・・・・」
耳を傾けようとしない拓弥に向かって志乃が悲しさで震える声で叫んだ。
「あげはさんは!・・・もう戻らないんです」
「・・・・うるせえよ」
蒼介も黙っていることができなかった。
「お前、あげはさんのことあんなに冷たくしてただろ!今さらになって・・・。なんで!なんで、ちゃんと生きてるあげはさんに伝えなかったんだ」
「・・・今となっちゃ全部が遅いんだよ・・・」
拓弥は灰色の空を見上げた。空から降り始めた雨が涙も全て流してしまいそうだ。
『拓ちゃん』
もう、聴くことのできない声が脳裏で響くのを誰もが静かに、静かに聴いている。
「なんで・・・なんでこうなっちゃったんだよ」
「蒼介・・・」
「だってそう思わないか!?こんな得体の知れない未来なんかに連れてこられて、一方的に殺されなきゃならないんだよ!!おかしいだろ!」
だが、誰一人として口を開かなかった。いや、言葉が見つからなかったのだ。
「くそっ・・・ちきしょうっ!!!」
蒼介は思いっきり地面を蹴った。
そのときだった。
『みなさん、元気ですかー?』
久しぶりに「神」の声が一面に響いた。突然のことに、一同は思わず飛び上がった。
『これからみなさんにルール変更と注意をお知らせしますよー』
あげはの死で嘆いていた一同は、この能天気な「神」の声を聞いて、思わず殺気が立った。こいつには血も涙もないのか!
『えーと、ゲームは120時間逃げ切るってルールでしたが、あと5時間もしたらきっとあなたたち全滅してると思うんでぇ、変更して生存者が4人になった時点でゲーム終了とします』
その瞬間、みんな絶句した。
「・・・・・あ?」
「て事は、あと2人死ぬまでってことかよ・・・ふざけんな!」
「あなた、命を一体なんだと思ってるの!?」
コウと志乃の怒声が一面に響いた。だが、神は冷たい声で言った。
『人間を生み出したのは私。生かすのも殺すのも私だ』
「・・・くっ」
「・・・最低ですね」
『ちなみに言い忘れてましたが、敵は不死身なんで!じゃあ健闘を祈りまーす』
そして神の声はぷっつりと切れた。
一同は、ただただ怒りに震えていた。
「・・・ありえねえよな」
「夏華ちゃんもあげはさんも殺されたのに、なんであいつ平然としてんだよ」
「あいつ、今のこの僕たちの苦しむ顔を見て楽しんでるんですよ、きっと」
「あんなの絶対神なんかじゃねえよ!」
蒼介、俊平、コウ、キョウが様々に愚痴をこぼしているのとは反対に、志乃はただおし黙っている。
「許さない」
そのとき突然静かにそう呟いたのは、拓弥だった。
「人を簡単に殺していいと思ってるのかよ。本当に許さない・・・絶対、絶対復讐してやる。絶対、ブッ殺してやる__!!!!」
拓弥は何処にいるかもわからない相手に、大きく吼えた。
「ねえ」
しばらくして、志乃がゆっくり口を開いた。
「私たち、これから一緒に行動しない方がいいと思う」
思いがけない志乃の言葉に、一番早く反応したのは蒼介だった。
「お前、何言ってるんだよ」
「だって、あと2人死ななきゃ元の世界には戻れないんだよ?」
全員の視線が志乃に集まる。
「私、絶対に死にたくない。残りの4人になって、絶対に元の世界に帰りたいの。
・・・みんなだってそうでしょ?自分が残りの4人になりたいでしょ?」
誰も口を開こうとしなかった。
「だったら、私たちは一緒にいない方がいい。
もう仲間じゃない、敵同士だもん」
「おい、志乃」
蒼介が志乃の腕を掴もうとした瞬間、志乃は手に持っていたナイフを蒼介に向けた。
「蒼介だって、もう敵だよ・・・」
震える声で志乃が言った。
蒼介は返す言葉が見つからず、ただ呆然と志乃を見つめた。
「みんな、私の敵・・・」
「そうですね、僕たちは敵です」
俊平も無表情に言い放った。拓弥が何も言わずに銃を構える。
「行け」
納得のいかない蒼介は拓弥に掴みかかった。
「なんのマネだよ?!やっと会えたのに・・・敵ってなんだよ!おれたちは殺し合わなくちゃならないのかよ」
銃口は蒼介の胸を狙う。拓弥の目に光などない。深い悲しみと憎悪で濁るような暗い瞳を見せた。
「そうだ、おれたちは殺し合うんだ。この手を離せ。じゃないと、今ここでお前の心臓を打ち抜くぞ」
「そーくん、仕方ないよ」
キョウが淡々と言う。コウは黙っているが、蒼介を見る目は冷たいものになっていた。
“殺らなきゃ殺られる”
もう、誰もが自分の未来を最優先に考え始めているのだ。志乃にしろ、拓弥にしろ、俊平にキョウにコウ・・・。
蒼介は強く掴んでいた拓弥の襟元から手を離した。
「おれは生きる。次に会った時は容赦しねえ」
拓弥は薄暗い雨の中に消えていった。
「コウ、じゃあな」
「うん。キョウ、お前とは・・・正直会いたくないな。じゃあ」
二人は悲しそうな笑顔を見せた。最期に腕をがっちりと組むと、笑って逆の方向を行く。
志乃は俯いたままの蒼介を見ずに、そっと歩き出す。そして、小さな声で囁くようにこう言った。
「ばいばい、蒼介」
その頬に少女が涙を流していたことは降りしきる雨のせいで蒼介も俊平も知ることはない。
「では、僕も行きますね」
俊平が歩き出そうとしたとき、蒼介が顔を上げた。
「あんたも行くのかよ?!自分が生きるためか?それとも、記憶のためか?」
「蒼介さん」
「なあ、教えてくれよ!なんで殺しあわなくちゃならないんだ?なんでこんなところに来たんだよ?なんでおれたちだったんだよ?!おれだって生きたい!でも、誰かの命の上で成り立った未来なんておかしいだろ?!ただ生きたいだけなのにどうして嫌な思いしなくちゃならないんだよ?!」
二人だけの空間に叫んだ声が響く。蒼介の肩は上下していた。俊平は何も言わずにじっと蒼介の悲痛な叫びを聞いていただけだ。
そのうち、俊平は寂しさの混じる笑顔でこう言い残していった。
「蒼介さん、あなたの言ったことは正しいことです。僕たちのもとの世界ではね。でも、今では間違っています。殺す理由も、殺される理由も僕らにはちゃんとあります。いい加減に前を見てください。誰も、生きるために必死です」
「・・・・・」
「でも蒼介さんが正しいのは事実。だからこそ生きて証明してください。なにが正しくて、なにが誤りなのかを。僕はそのためになら死んでも構いません。その時は迷わず殺してください」
「俊平さ・・・」
「生きてください」
雨は一層冷たさと強さを増した。それぞれの戦いを祝福するように。
3分後には、みんなそれぞれの道を行き、誰ひとりとしてその場に残っているものはいなくなった。
志乃は、ふらついた足取りで雨の中荒れ果てた荒野を彷徨っていた。
「敵・・・敵はどこ・・・」
彼女の頬を伝うのは、雨なのか涙なのかもうわからなくなっていた。
ごつごつとしたビルの欠片が、一歩踏み出すたびに足に当たる。
次の瞬間、志乃は看板の残骸のようなものにつまずき、力なく倒れた。
精神的にも限界がきているせいか、立ち上がる気力すら湧き上がってこない。
「もう・・・だめ。・・・愁悟ぉ」
ふいに、涙が滝のように溢れだした。独りになった寂しさと、仲間を失った辛さが一気に心に不安となって押し寄せてくる。
志乃は手に持っていたナイフを思いっきり地面に突き立てた。
「頑張らなきゃ・・・私が生き残らないと、愁悟が生き返れなくなっちゃうっ・・・!」
志乃は再び決意し、ナイフをたよりに立ち上がった。
顔をあげると、そこには砂埃で固められてしまっている古ぼけた廃虚がぽつんとあった。
「雨宿り・・・しよう」
志乃はまだ少しふらついた足取りで廃虚へ向かった。
廃虚は2階建てで、中は薄暗いがまだ柱がしっかりとしている所もあって、なんとか雨はしのげそうだった。どうやらここは元何かの事務所のようだ。
「ずっとここに隠れていよっかな・・・」
志乃は部屋の角へ向かい、そこに小さくうずくまった。
「・・・愁悟・・・」
私は生き残って、絶対愁悟を生き返らすんだ。
こんなとこでへばって泣いてちゃいけない。
愁悟にもう一度出会うまでは、みんな敵だと思わなきゃいけないんだ。
志乃はただそれを呪文のようにつぶやき、拳を強く握った。
そのとき、誰かが階段を上ってくる音が響いた。
「・・・誰!?」
音のする方向へとっさにナイフを向ける。
階段を上ってきたのは、コウだった。
「あれ・・・志乃ちゃん?」
「コウくん・・・?」
志乃は思わず気のぬけた声を出してしまった。だが、彼も敵。油断は出来ない。
志乃は再びナイフをコウのほうに向ける。
突然の動作に、コウは思わず動転してしまった。
「え、え、志乃ちゃん?何それ!・・・大丈夫、俺女のコには手あげない主義だから!殺さない!マジで!」
証拠に、と手に持っていたマシンガンをその場に投げ捨てる。
志乃はそれを見て、ナイフをゆっくりと降ろした。
「志乃ちゃんも、俺のこと殺さない・・・よね?」
不安そうな顔でこちらを見つめているコウに、志乃は黙って背を向け
そしてゆっくりと歩き出した。
「待ってよ、志乃ちゃん」
とっさにコウは志乃の腕を掴んだ。
志乃はその手を振り払おうとしたが、コウは志乃の腕を強く掴んでいた。
「さっき言ったことって、本音じゃないよね?みんな敵ってやつ」
志乃の顔を覗き込むようにして、コウが言った。
「・・・本音だよ?」
「嘘だ」
「嘘なんかじゃない。みんな、私の敵なの。コウくんもキョウくんも俊平さんも拓弥さんも、」
「そーくんも?」
志乃が言う前に、コウがその名前を言った。
薄暗い闇の中を、拓弥は一人で歩いていた。
「俺は絶対に、生きて帰る」
さっきから呟いている彼の言葉は、この空間では何かの呪文のように聞こえてくる。
しばらく歩いていると、遠くの方に二つの人影が見えた。
目を凝らしよく見てみると、それはさっきまで仲間だった少女と少年で。
「あの二人を殺せば」
拓弥は静かに笑いながら、銃を構えた。
「もうすぐゲームは終わる」
銃は志乃の頭を狙う。
「あげは・・・」
コウが暗闇に銃を構える拓弥を見つけた。
「志乃ちゃん!危ない!」
とっさにコウは志乃を突き飛ばす。と、同時に拓弥が引き金を引いた。
パンッ
「コウくん!」
コウの左腕が貫かれ、血が染み出す。コウはその場にうずくまった。
拓弥は少しずつ、少しずつ志乃とコウの近くに寄る。冷たい目でこう呟いた。
「お前ら二人を殺せば、こんな馬鹿げたゲームも終わる」
志乃はナイフを取り出した。ゆっくりと乾いた光を放つ刃を拓弥に向ける。
「そうです。こんな馬鹿げたゲーム早く終わりにしましょう。でも、わたしは死なない!大切な人の為に。そのためなら・・・」
志乃は走り出した。その手にはしっかりとナイフを握っている。拓弥は怯むことなく、銃弾を放つ。一つは志乃の足に、二つは志乃の右わき腹をかすめ、三つ目は志乃のスピードに追いつかずに逸れてしまった。
二つの弾を受けても怯むことなく間合いを詰める。
「うああああああああ!」
「志乃ちゃん!」
「志乃」
ナイフは柔らかな胸に突き立っている。ちょうど、第四肋骨と第五肋骨の間。志乃は震える手をナイフの柄から離した。恐る恐る顔を見上げる。
そこには見慣れた顔があった。あどけなさがまだ残る、自分と限りなく似た顔。昔から一緒だった、全てを共有してきた片割れ。さっきまで、子供のように泣いていたはずの大事な弟。
「蒼・・・介」
蒼介だった。学ランを深く抉り、刀身は三分の二も刺さってしまっていた。口から血が音もなく溢れる。
拓弥もコウも唖然としている。志乃は崩れる蒼介を受け止めて叫んだ。
「蒼介?!なんで、こんなこと・・・ねえ、蒼介!」
「志乃・・・ダメだよ」
消え入りそうな声。息は絶え絶え、目にはうっすら涙が浮かんでいる。
「え?」
「おれ、考えたんだ・・・。やっぱり間違ってる。人の死の上の未来なんて、きっと暗くて寂しいよ・・・。少なくとも、おれは・・・嫌だ・・」
わき腹を抑える蒼介の手はもう真っ赤で、血はおびただしい。恐らく、もう助からないだろう。
志乃の涙も止まらない。自分がしたことをいくら後悔してもダメなことをわかっている。
「嫌だよ、蒼介え・・・。死なないで・・・」
「生きて、志乃・・・」
蒼介はゆっくりと目を閉じた
崩れていく。
何もかも。
「そう・・・そ・・・うす・・・け」
志乃は言葉にならない言葉を洩らした。
やがて、蒼介の身体は力なくその場に崩れ倒れた。
「嘘・・・嘘。これは夢だよね。ねえ、そうでしょう・・・?」
だが拓弥もコウも呆然として、慰めや嘆きの一言も出てこない。
「なんか言ってよ、ねえ・・・うぅっ、うっ、くっ、蒼介ぇえーーーーー!!!」
志乃は血に塗れた蒼介を抱いて、叫び声に似た泣き声をあげることしか出来なかった。
そのときだった。
コウが何かを決意したような口調で、2人には聞こえないくらいの声で小さく言った。
「俺が死んだら、全て終わるんだよな」
だが、それを2人は聞き逃さなかった。
「え・・・」
深く呼吸したあと、コウははっきりと言い切った。
「俺、死ぬよ」
「コウ・・・くん?何言ってるの・・・?」
「決めてたんだ。もしこのゲーム中に自分が大きな怪我したら、潔く消えようって。だってこのままじゃ、確実に拓弥さんか敵に殺されるじゃん。俺そんな格好悪い死に方したくないし。それにあと一人死んだら、このゲーム終わるんだろ?だったらこのまま俺が消えたほうがいいんだよ。だから・・・」
「で、でも」
「拓弥さんも志乃ちゃんも恋人生き返らせたいがために、今まで生き残ってきたんでしょ。だったら引き止めないで」
コウは傍らに落ちていた蒼介の銃を拾った。
「でもそうしたらコウくんがっ!」
「大丈夫。俺はキョウを信じてる。絶対あいつが助けてくれる」
コウは銃口を口にくわえ、そっと引き金に手をかけた。
「じゃあー・・・また、会おうね」
パン、と乾いた音が響いた。
次の瞬間、志乃と拓弥の前に悲惨な光景が広がった。
そして、『ゲーム』は意外な形で幕を下ろしたのだった。
それから数十分後、俊平とキョウが志乃達のもとへやってきた。
目の前に横たわる血だらけの兄の姿に、キョウは力なくその場に座り込んだ。俊平もただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
その空間には、風の音と志乃の小さな泣き声だけが聞こえていた。
『皆さん、お疲れ様です』
突然、声がした。
空から聞こえる、あの低くて恐ろしい神の声。
『生存者が4人になったので、ゲーム終了です。約束通り、みなさんを元の世界に返してあげましょう。
そして、願いを一つだけ叶えてあげましょう』
4人はただ黙っていた。
『あれ?皆さん、嬉しくないんですか?あなた達の仲間が死んだおかげで、元の世界に帰れるんですよ?もっと嬉しそうな顔してくださいよ』
「教えろよ」
独り言のような小さな声で拓弥が言った。
「俺達がここに来た意味、教えろよ」
小さかった拓弥の声が、叫び声のようなものに変わっていた。
『・・・そんなの、もうわかっているはずです』
「は?」
『あなた達がここに来た意味は、あなた達自信が知っています。だから私は何も言いません。
では、約束通り皆さんの願い事を一つだけ叶えてあげましょう』
遠くの方で雷の音がした。
「あげはを生き返らせてくれ」
「コウを生き返らせてください」
俊平とキョウが同時に言った。
『わかりました。
残りの方々の願いは?』
「・・・僕の記憶を、戻してください」
小さな声で俊平が言った。
『わかりました。
では、あなたの願い事は?』
全員の視線が志乃に集まった。
「私は・・・蒼介と愁悟を生き返らせてほしい」
『それは無理です』
間をおくことなく、神が言った。
『願い事は一つだけです。二人の人を生き返らしてほしいと言うことは、願い事が二つと言うことになります。
どちらか、一人を選んでください』
「そんなっ・・・私、どっちかなんて選べない」
『約束は約束です』
冷たい声がその空間に響き渡った。
「約束・・・」
志乃は涙が零れるまま、ここへ来る前のことを思い出した。
『試合なんだ』
『絶対に応援行くからね』
そんな会話が志乃の耳に聞こえてきた。これは愁悟との最期の会話。そして、愁悟と交わした約束でもあった。
『さあ、どうするんですか』
次に聞こえてきたのは蒼介の声。蒼介の無邪気に笑う声と笑顔。彼が死んだ、拭いたくても拭うことのできない映像。
『生きて』
これもまた、志乃が交わした約束なのだ。一方的な約束だが、絶対に守りぬかなければいけないもの。
「私・・・一つになんか選べない。だって、そうでしょ?愁悟も蒼介も、私の大切な人だからっ・・・。約束したからっ・・・」
誰もが複雑な表情を浮かべている。その下には寂しさを濁らせていた。
「ここは・・・?」
蒼介は右も左も、まして下さえもわからない暗闇にいた。その中で、自分がそこにいる理由を思い出す。
「おれ、死んだんだっけ・・・。志乃は・・・どうしたろう。生き残れたかな」
『ねえ』
ふと前を見る。そこには、いつか夢で見たつばの広い帽子をかぶった少女が立っていた。
「君はあの時の」
『生き返りたい?』
「え?」
つばで表情は見えないが少女が笑ったような気がした。
『生きたい?また、元の日常へ還りたい?』
蒼介は黙ってしまった。しばらくして、こう答える。
「そうしたら、志乃が帰れなくなるだろ。おれは志乃が生きてくれればそれでいいんだ」
『志乃のこと好きなんだね』
蒼介は顔を赤くさせた。
「そんなんじゃ・・・」
『好きなんでしょ?』
少女はからかうように言った。くすくすと笑い出す。
「・・・・っ、好きだよ」
『そっか。ありがとう』
「え?」
少女が顔を覗かせる。間違いない。その顔は幼い日の志乃だった。
「志乃」
『一緒に帰ろう』
幼い志乃が差し出した手を蒼介はためらいながら強く握った。
『選べない・・・そうですか。ならば仕方ありません。あなたの願いは・・・』
「待ってください!」
俊平が志乃の肩を抱く。
「志乃さん!あなたには約束があるんでしょう?大切な人との約束が。だったら願ってください。志乃さんが望む未来を」
「私が望む未来・・・?」
私が望む未来
『決まりましたか』
志乃は立ち上がった。涙をもう乾いた。さあ、約束を守りに行こう。
「私の願いは、」
「拓ちゃーん!」
あげはは白いスカートを揺らしながら、拓弥の元へ駆け寄る。
「待ったあ?」
「いや、大丈夫だよ。それよりお前、試験の結果は」
彼女はカバンの中から白い紙を取り出した。
「じゃーん!合格だよ!あげはも4月から看護婦さんになれるんだよっ」
「よかったな。看護婦、がんばれよ」
「うん!・・・あれ?何見てるの?」
「志乃からだ」
拓弥は携帯の画面を見た。
【こんにちは。
拓弥さん、新人賞受賞おめでとうございます。
私も新曲買いましたよ。素敵な歌ですね!あげはさんは幸せだなあ。】
「うるせ」
「?なんか言った?」
「いや、なにも」
【今日は愁悟のチームの試合なんです。相手チームにコウくんとキョウくんがいてなかなか苦戦してるみたいです。
拓弥は思わず吹き出す。
「今度はなあに?気持ち悪いよ、いきなり笑い出して」
【そういえば、俊平さんが今度映画に出るらしいですね!主演なんてすごいですよね。愁悟と見に行かないと!
あげはが頭上にある大きなパネルを見上げて微笑んだ。そこには、
《鹿倉俊平主演!『約束』絶賛公開中!!》
【そして・・・
「キョウ、そろそろきついな」
「うん。でも、大丈夫。もうすぐエースが出てくる」
笛が鳴る。交代のようだ。
「強いのが出てきたな、志乃」
愁悟が苦笑いして言った。志乃は明るい笑顔で手を振る。
「蒼介!」
これからも守り続けるから。
キミとの約束。
終
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