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2011年05月01日
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カテゴリ: 70-80年代

ちょっと前の話になりますが、田中好子さんがあまりに早くこの世を去りました。

田中好子さんといえば、キャンディーズのスーちゃんですよね。

キャンディーズの活動時期は1972年から1978年の6年間で、解散してから30年以上たつわけですが、やはり私にはキャンディーズなのです。

この時期は私にとっては小学生から中学生の時期で、後にミーハーとなる準備段階といえる時期(^^)なのですが、印象に残っています。

全員集合によく出ていましたから、それで覚えているのかもしれません。

最後のシングルになった(この後にも1曲出ていますが、それは置いといて)『微笑がえし』は、特に記憶に残っているものです。

キャンディーズの集大成ともいえる曲で、それまでの歌のタイトルがちりばめてあるうえに振り付けにもそれまでの歌の振り付けが入っています。

明るいお別れの曲で、「おかしくって涙が出そう」というところがなんともいえません。このあたりは、当時ではなく自分がおとなになってはじめてわかった感じがします。


「私たち、普通の女の子に戻りたい」というセリフは有名です。解散後、メンバーがソロで芸能界に復帰したときには、「なんや、普通の女の子に戻りたいってゆうてたのに」と不満に思ったものですが、今になればその気持ちもわかる気がします。

お年頃の女の子なのに、アイドルということでプライベートもなく、休みもなく、ヒット曲が義務付けられ、それは大変な毎日だったのだと思います。

解散を表明してから実際の解散までは半年以上あったわけですが、その間もカウントダウンになり、解散コンサートもありました。結局最後までプロモートだったわけですね。


スーちゃんはソロシンガーで復帰したあと、女優として活躍します。キャンディーズは6年間でしたがそのあとの活躍のほうが長かったですね。

私はスーちゃん派で、途中でセンターがランちゃんに変わったときには大変残念に思ったものです。

そのスーちゃんが一番早くさよならというのは本当に残念でした。これからもどんどん活躍できたはずなのに・・・


告別式で流された音声は、本当に立派なものでした。皆への感謝と大震災の被害者の力になりたいとのことば、本当に感動しました。覚悟を決め、落ち着いて語る言葉の数々、すばらしいことでした。自分もこうありたいと思いました。






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最終更新日  2011年05月01日 21時18分45秒 コメントを書く
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