おいしい 千葉 ~ponの食べある記~

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2006.10.22
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カテゴリ: 蒼緑の新ページ
(まち) の高校の音楽科に入っていた。

生活全部がきれいに音楽一色となった。朝起きるとすぐにピアノに向かった。常に楽器を弾くか、歌うか、楽譜と向きあうかしていた。自分だけがそうなのではなく、周りじゅうがそういう連中ばかりだった。

私は、どうしても作曲のほうをやりたかった。授業だけではまかないきれないので、作曲のF先生につくことになった。そこはほとんどの生徒がピアノで来ていた。それが終わってから、一人だけ時間無制限にみてくれた。特待扱いでレッスン料は要らないという。音楽理論・対位法・和声法。それぞれ課題が出され、答案の添削をする形ですすめていく。その合間に自作曲を見てもらった。

単なる思いつきとアドリブは違う。またアドリブとそれを明確に音符化していくことも、かなり異なる行為である。ショパンはアドリブの天才だったと思うが。彼がすごいのはそれらをきちんとした形式で整え、音楽化していることだろう。ゼロから適当な即興を創出することは簡単だ。鍵盤の上を猫がいたずら歩きしてもそれはかなう。難しいのは、その地平から明確な音楽を創出することなのである。

自分の場合、アイデアに詰まるようなことはなかった。それらをまとめ、人に聴いてもらえるだけの実質に形式化するのが大変な作業なのだった。

あるとき、F先生の元に理論を習う子がひとり入ってきた。(○○美和子です)私と同じ時間に入るらしく、向こうから自己紹介してきた。駅の反対側にある女子高生で同学年だった。レッスンが長引き、9時すぎになることもざらだった。彼女をガードするようにして別れ道のポイントまで一緒に帰るようになった。彼女の自転車が見えなくなるまで、そこで見送った。

作品がたまって来ていた。吹奏楽が4曲・アンサンブル9曲・ピアノ作品30曲・歌曲・合唱組曲など。私はどうしても、これらを何らかの形で発表しようと思った。全部はとても無理なので、候補を絞りこんでみる。

自校の音楽ホールなら借りられそうだった。学校側に相談してみると、ジョイント形式ならOKだという。一人だけ目立つのがNGらしい。ソロをしたい連中をさがすのは難しくなかった。4ヵ月後のその日をめざして動きだした。

合唱曲は別の場で発表できそうだった。結局、バンド作品2曲とピアノ作品6曲をそこで披露することにした。ピアノ曲の演奏者をだれにしようか迷ったとき、私はふと彼女のことが思い浮かんだ。先生宅でその腕を見ていた。面白いセンスをしていた。帰り道でその話をすると、彼女はすんなり承諾してくれた。ただし条件がついて、そのレッスンを私が見てくれるならという。

それから毎週、彼女の家に出向くようになった。合間にケーキとお茶が出された。そのうちに、夕飯を食べていきなさいと、家の人から言われるようになった。彼女の家族と一緒に食べるときもあるし、彼女の部屋に持ってきてくれて、二人で向かいあって食べるようなときもあった。おわったあと、喫茶店に行ったりもした。

コンサートまであと一月半というとき。先生の所にいくと、いつもいるはずの彼女の姿が見えない。浮かない顔で先生がいう。(あの子、もう音楽のほうはやめたいって)寝耳に水だった。そんな話は聞いていなかった。とにかく電話だけして、翌夜にあう約束をした。

「リヴィエール」というティールームが、その待ち合わせ場所だった。1階が花屋で、その中央に階段がついている。上りきった先に、その階段スペースをガラスで囲むようにして、テーブルが配されている。明かりが全面に灯りだすと、そこは本当に小さなガラスの宮殿のように映った。

紅茶とクラブハウスサンドを注文する。話を聞いてみると、それは前々から考えていたことだという。
「音楽的な才能の問題だと思うの」
「才能?」
「そう。この先ずっとやっていたとしても、明るい未来があるように思えなくて」
サンドイッチに刺さっていた楊枝をスッと抜く。
「才能はじゅうぶんにあると思うよ」
彼女は首をふった。
「いいの。自分の中ではもう整理がついたことだから」
大事なことに触れなければならなかった。
「コンサートのピアノの件は…もう無理だよね」
ごめんなさいとリピートが来た。
「でも、そういうつもりはなかったのよ。今だって…」
その演奏については別個に考えて、やってもいいと思える自分がいるという。しかし、それが本心だとしても、実際モチベーションが落ちてしまったのは否めない事実だろう。腹をくくるしかなかった。幸いピアニストの人選には困らない。直前だとさすがにまずいが、まだ時間的な余裕があった。

サンドイッチを残したまま、私たちは席を立った。中央の階段を肩をならべて降りていく。街灯に沿ってすすむと、その先に公園があった。コンクリートで出来た築山のほうにゆっくりと歩いていく。

私は妙にさみしかった。彼女の家に行っていた時間があまりに楽しすぎたからだろうか。それが突然なくなってしまう。このあとの自分をどうやって保持していけばよいのか。自分にとっても、モチベーションがすっかり下がっていた。

もうこれで最後なのかも知れない。いや最後ではないが、最後に近いかも知れない。言うべきことははっきり言っておくべきではないのか。それとも、あるいは。何も語らないまま、何も表さないまま終わっても、それはそれで自分らしいのではないか。しかし…。

「美和子さん」
彼女の名前を呼んでから、きちっと正対した。彼女の肩口に手をやるように、両腕をやさしく伸ばす。指先が触れないように注意する。目の中をグンと見据えた。
「よかったらだけど。ボクと…一緒になってほしいんだ」
もっとシンプルに(付きあってください)か、あるいは(好きです)で良かったのではないか。分かりきっているのに。しかしこの場では恥ずかしくて、とても口にできそうになかった。

(あなたと一緒にいる時間が欲しい)(あなたのことをもっと知りたい)(もっと分かり合いたい)(もっともっと自分のことやあなたのことをたくさん話したい)(もっと)が膨張して(ずっと)になり(ずっと)が膨張して(一生)になる。思いの丈のすべてと、すべての実質を内包させたい。独立できてない、ただの学生が使うべき言葉でないのは承知していながら。一切をきっぱりと簡便に含みこんだこれは、そのときの自分には、一番すんなりと吐露しやすい言葉であることには間違いなかった。言葉のほうが先走ってしまい、それに感情が追いついていなかった。

「エ…どうして」
彼女の瞳が細かく揺らめいていた。
「そんなこと…言われるなんて。思ってもみなかったから」
口もとが少しゆるんだ。もう一度視線を強くむける。
「ボクを信じて、ついてきて欲しいんだ」
一度発した言葉は、それ自体すでに自立している。流れに沿うしかなかった。とにかく(好き)という気持ちは、伝えられただろう。

彼女がすべり台のほうに行った。かくれんぼのつもりなのか、斜台のむこうで悪戯っぽい顔をのぞかせる。(フフ)と小声がもれる。梯子のほうに行くと、その場ですぐに振りかえった。一瞬息でも止めるように、ゆるやかな笑顔で見つめあった。強烈な一言でも、言ってしばらくするとなじんで来るのか。すこし安心する。瞳が潤っている。光がきらめいた。

二人して、ブランコのほうに近寄っていく。片手を添えてサポートした。彼女が踏板にすわる。私は背後について、彼女が握っているその少し上のほうを固く握りしめた。あわい石鹸の香りがやってくる。

ほんのわずかに揺らしてみた。惰力で振幅が広がっていく。なるべく左右平行になるようにして、これ以上大切な存在はないかのように揺らした。形はブランコだったが、実質それは揺りかごなのだった。彼女の重みが、その鉄の細い棒を通してストレートに伝わってくる。私の手の動きをそのまま素直に受けて、私のすぐそばで美和子がゆんわり揺れていた。抱きしめようと思えば抱きしめられる至近で、揺らされるままに揺れていた。今まで感じなかった(いのち)を感じた。人という密度の濃い命。彼女がとても小さく感じられた。本当に、愛おしくてたまらない存在に思えた。

ショーウインド

何日かして、彼女から手紙がやってきた。

私、あれから一生懸命いろいろと考えましたが、未だよくわかりません。はっきり言って私は○○君のこと、あまりそういう感情を持って接していなかったのです。持たなかったというより、持たないべきだと思っていたし、あなたもそう思っているだろうと考えていたから。

音楽的な面においても、あなたの方がはるかに大きな情熱を傾けているし。私はこれから勉強、それも英語と国語と日本史に向けなければならないので、恋愛問題にはふれずにそーっとしておきたい気持ちです。だからもっと、カジュアルな気持ちで付きあえたらいいなと思ってみたのです。そうすれば、私も音楽的な事から無関係になることもないし、(実は無関係になることが、非常に恐ろしく感じられるのです)あなたの方も、ごく一般的な高校生を知ることができるから(といっても私は非一般的かも知れませんが)一挙両得のような気がしたのです。

私は今までにあなたのような恋らしきものを一度もしたことがないので、まだまだ単純で幼くて、ここではっきり決めてしまうと、世の中の荒波にめげてしまいそうです。それにまだ17才(私は11月17日生まれです)だから、うまくいっても大学を卒業する22才までに別の恋愛をしてしまうかも知れないし…。あなただってこれからいろんな作曲家の思想を体内にしみこませていくうちに、あなた自身も成長して、もっと高い人を求めるかも知れません。25才くらいになったら、今のことがばからしく思えるようになるかも知れません。私たちはまだまだ「井の内の蛙」ですから。

私は○○君を好きか嫌いか、はかりにかければ好きな方です。でもそれは、恋には直接結びつかなくて、むしろそれより先生に対する尊敬の念みたいなものです。それは、音楽的な面しか計りにかけていなかったからです。あなただってわかってくれるでしょう。あなたが私に見せてくれたスコアや楽譜の数々。それを見る度に、私がどれだけ驚いたことか。同じ音楽に接しながらも、私とは全く世界を異にして頑張っている人がいたことについて。だから、そういうことの方に夢中になって、興味を持ってあなたに接していたとも言えます。

改めて「あなたのことを信じられない」なんて言いません。でもやっぱりはっきり言えません。だから、もっと肩の力を抜いて付きあってほしいのです。(実際、頻繁には会えないでしょうし)それであなたの気持ちを少しでも汲み取れるようになって、インスピレーションが通じあって、一緒になりたいなぁって思える時がきたら、思い切ってあなたについていこう!

そうなるためには、私がもっと独立性のある人間にならなければと思います。そう、あなたを逆に養ってあげられるくらいの。そのためにも、もっと勉強しなくちゃ。あなたの学校の問題はよくわからないけど。一生をどこで過ごすかにもよると思います。私はやっぱり○○大のほうがいいと思います。

母には演奏会のことを言ってしまいました。そうしたら母は、何だか半分ホッとしたようでした。もともと私も母も、あまり執着心というものを持たない人間のようです。だから、あなたもあまり心配しないでください。

こうやって手紙を書いていると、なかなかすてきな言葉が浮かばなくて、本を読まずに育ったことを後悔しています。汚い字で読みにくかったでしょうね。それではきょうはこの辺で終わりにしましょう。=finish=                美和子





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Last updated  2007.01.02 04:40:12
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