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Stone Cat 50mile奮闘記
Stone Cat 50mile奮闘記(2004年11月13日7:00am)
by Ryutaro Hirai from New York
まずはこの大会の関連WebのURLをお知らせしておきます。 ==>
STONE CAT 50 MILES
Race results =>
here!!
所属チームのHPは ==>
ここ!
photo:4-Miles Race in Central Park on Nov.21st,2004
今シーズンの締めくくりは50-mile(80km)レース。
ニューイングランド(米国東北部)の北の港町、Bostonから更に北に数十キロ。レース会場のIpswichはわが家から北東に400km、車で約5時間の距離にある。
今シーズンの最終レースに最も長い距離を走る、それも大好きなトレイルで締め括るのだから、自分自身納得出来るレースにしたい。残念なことに高尾山の様な手頃な山が自宅周辺にないので、所謂トレイル・コースでのトレーニングは出来なかったが、それでも長い距離を踏むことは出来る。10月は仕事も一段落し、カレンダー通り休める日が多かったので、走りこみにあてた。
平日のマンハッタンからの帰宅ラン(40km)や自宅周辺の50km走、10月中旬には近隣で6時間走のレースにも参加した。すべてこのStone-Catを走るためのものだ。
6時間走では40kmまではほぼイーブンペースで走れたが、コースがトレイルでそれなりに上りもあったためか、後半ペースダウンしてしまった。ただ最後の30分はもう一度スピードアップ出来たのが、明るい材料だった。そんなこんなで月間走行距離は久し振りに400kmを超えた。おかげでNY赴任以来、増える一方だった体重が激減、サブスリー時代のベスト体重だった62kgまでになった。(実力は戻りきれてないですけど)
レース直前の1週間は練習量を落とし、疲労回復に専念、風邪をひかないよう気をつけた。
(レース前日)
レースが土曜日なので、前日は休暇をとった。7月に50kmのレースに出て以来、赴任後2度目の「レース休暇」だ。毎回遠隔地のレースは車で行くことになるが、週末は息子の塾の送り迎え等で車は必需品であるため、同じ塾に子供を通わせている近所の日本人に前広に根回しし、代替送迎を御願いした。やはり車は2台あったほうが便利なのだが。
買い物など、車を必要とする用事を金曜日午前に集中して家内にやってもらい、午後1時に自宅を出る。
米国では州を跨る主要な高速道路を例えば95号線ならInter-States95、略してI-95と呼ぶ。今回は会場まで、I-95、I-91、I-84、I-90、I-95というルートで400kmを走る。最初と最後がI-95ということはI-95を走り続けても着くのだけれど、東海岸沿いを走るため、最短距離ではなく、Map-Questで検索すると上記のルートが出てくるので、それに素直に従う次第。
IpswichはNYよりもかなり北にあるので、レース当日の天候がかなり気になっていた。
週間予報によれば今週後半から天気は下り坂で気温も下がるとのこと。
大陸の天気は極めて安定しており、予報がはずれることはまずない。前日お昼の時点でレース日の気温は摂氏マイナス、悪いことに今晩から雨が雪に変わるとのこと。
実際にI-84までは冷たい雨だったが、いつの間にやら、フロントガラスの雨粒が消え、白い雪がワイパーに蹴散らされ始めた。現地までは5時間の道のりのハズだったが、雪のせいか、はたまた金曜夜のラッシュアウワーのせいか、Bostonの郊外で大渋滞に巻き込まれる。都合7時間半を要した。いつもレースで出かける場所は初めて行くところばかりなので、現地で迷うことも間々ある。よって日の高いうちに現地入りした上で、レース会場を下見し、宿泊先を決める様にしているのだが、今回だけはそううまくいかなかった。
ただホテルだけはレース主催者の指定で事前に予約を入れておいたので、まだ良かった。
午後9時まで、ホテル近隣のレストランで前日受付とカーボパーティーをやっているのでとにかくそれまでには着かなければ。当日朝でも受付は可能だが、何となく気忙しいので今日中にすべて終えておきたい。勿論、夕ご飯にもありつきたいし。(10ドル先払い)
2回目のI-95をおりて、多少一般道を走らねばならなかったのだが、看板が雪に覆われて読めない箇所もあり、目指すホテルの方向がどうもよく分からない。
ホテルに電話を2度かけたり、ガソリンスタンドでも教えて貰いながら、なんとか、午後8時半に到着。本当に時間ギリギリにレストランに駆け込んだ。
アメリカに来てすぐの頃は、この手のパーティーは当然、知らない人ばかりだし、米人の中にポツンと日本人1人で輪の中には入り難いということもあって、申し込みこまなかったのだが、レースは大抵田舎であるため、宿泊地周辺に適当なレストランが無いことが多く、あっても不味いことこの上ない。必ず美味しいとは言わないが、ランナーに必要な食べ物が確実に用意されているし、実際に出てみると一人で参加している人も多くいるので、アメリカ人か日本人かの違いはあっても、初対面の居心地の悪さはお互い様。
ということで何時の頃からか気にせず、参加するようになった。
基本的にアメリカ人はオープンだし、ランニングという共通の趣味があるのだから、会話のネタには困らない。今回も同じテーブルの男性二人組と喋りながら、食べた。このレースは初めて参加するが、先日も100mileのレースに出たとのこと。ツワモノ達である。
後から入ってきた男性が僕の右隣に座る。やはり途中で渋滞に出遭い、遅れたとの事。今回が初マラソン(!)だそうで、我々3人は内心(もう少し楽な都市部のレースを選べば良いのに。。)と思いながらも種々アドバイスをした。
食事をとりながら、バドワイザーの小瓶を一本飲む。レストランを引き上げる頃には顔が真っ赤だ。本当は飲めないのだが、レース前夜は必ずビールを飲むようにしている。下戸の自分には最高の睡眠薬である。笑われてしまいそうだが、レース前夜の熟睡のための儀式はこのビールから始まる。部屋に入ってから、まずシャワーを浴びて、マッサージオイルを使って、明日酷使される脚を十分にマッサージする。オイルの香りは何となく気持ちをリラックスさせてくれる。あとは眠るだけだが、布団にもぐって、モチベーションを高めるために、とんでもない超ウルトラ・レースの完走記(スパルタスロンなど)を少し読む。これに比べれば、明日のレースなんて近所の散歩程度、と自分に暗示をかけるのだ。仕上げは耳栓。外の音を遮断し、よく眠れる。明朝4時には起きねばならないので、逆算して夜の10時には眠りにつく。今回も完璧に6時間熟睡した。
(当日朝スタートまで)
wake-upコールで目覚める。睡眠は十分だが、何故か頭が痛い。部屋が暖房のせいでものすごく乾燥している。水分を補給すれば治ると思い、ゲータレードを飲む。徐々に痛みはひいてきた。
カーテンの隙間から外を恐る恐る眺める。あちゃー。あの時と同じだ。そう去年の4月、富士五湖での100kmレース。富士吉田市一帯が20cmの積雪のため、47kmで中止になってしまったあのレースだ。雪の降り方は今回の方が強烈だが、まあ似たような感じだろうか。TVでは今冬一番の冷え込みと言う。寒冷対応はそれなりにしてきたので、あまり慌てず、ロビーに用意されたコーヒーに珍しくミルクと砂糖をたっぷり入れて飲んだ。朝食は家から持ってきた巻寿司とバナナロール、バナナ1本、ゼリーを1つ。トイレにいくが、出ない。これはいつものことなのであまり気にしない。
レース会場までは20kmの距離。スタートは午前6時なので、5時には出発したい。
スタート地点の環境が分からないので、レースウェアは部屋で身に着ける。
下から順にシューズはトレイル用のニューバランス。去年の富士登山競争でも使った。
底の一部が少し減り気味だが、替えはない。履きつぶした後が心配だ。もう1足ニューバランスの新しいモデルは持っているが、別のトレイルレースではしっくり来なかった。シューズのモデルチェンジには本当に閉口する。ミズノの5本指ソックスとタイツはいつものワコールのCWX。上は風をshut-outするKappaの長袖シャツの上にアシックスの襟付きハーフ・ジッパーの長袖シャツ。2002年のハセツネはこれ1枚で走った。日本の冬のレースならこの組み合わせで十分。ただ吹雪のレースなので薄手のウィンドブレーカーをはおる。もしかしたらレース途中で暑くなり、ブレーカーを脱ぐ可能性もあるので、上着ではなく帽子にゼッケンをつける。更に身体には冬季レース用のオイルを塗る。これはいつも重宝している。ユーカリ油に唐辛子の成分入り。塗ると10分ほどでホカホカしてくる。これらのスタイルは前述の雪の富士五湖の時と全く同じだ。ちなみに仕入先はウェアもオイルもすべてアートスポーツ渋谷店。鈴木君有難うね。
これだけの装備なら大丈夫。ということで荷物を肩に駐車場に向かう。
外に出た途端、「寒い…」実際の温度はマイナス2、3度くらいだろうが、ただ風が強く、横殴りの雪、なので体感温度はもっと低い。車を止めてあるところまで、たかだか1,2分歩いただけだが、手袋をつけてなかったのですぐに手指の感覚がなくなる。
エンジンをかけるが、雪の重さでワイパーが動かない。フロントガラスの雪をどかすのにまずは一苦労。雪を瞬時に溶かすスプレーを使ってみたが、雪が硬くてそれも効かない。なんとか前方が見える状態にして、出発。ありゃりゃ後ろが見えない。まあいいか。
駐車場から出るのに思いのほか時間がかかってしまい、焦って出発するが、早速、道を間違える。中央分離帯があるため、反対側の車線になかなか行けない。苦労して現地近くまで着いたのがスタート15分前。こりゃトイレの時間もないわい。
会場まであと少しのところでパトカーが道を封鎖している。何でも前方で事故があり、迂回する必要があると。この辺詳しいのか?と聞かれたので全然分からないと答えると、前の乗用車に着いて行けとのこと。この車を見逃すと会場まで絶対に行きつけないと思い、必死に前の車を追う。スタート地点の地元の中学校に着いたのはスタート時刻の6時を少し回っていた。駐車場の係りの人がスタート時刻を繰り下げたからと言ってくれたので一安心。周りを見回すと迂回させられたり雪のために遅れた多くの車が駐車場に入って来ていた。昨日といい、今朝といい、雪のおかげで散々な目に遭うが、まあこれも良い思い出になるのだろう。暖房のきいた体育館で出発までの時間を過ごす。
昨晩出会った本日デビューの人にまた出くわす。「少し緊張している。雪も降っているし。」と言うので、「まあ確かにハードだけど、これを完走出来たら、次からのレースは多分楽勝だよ」と勇気づける。(これって逆効果?)コットンのシャツで良いか尋ねられたので後半スピードが落ちた時に汗で冷える。ポリエステルのシャツにしたら、と言ったら素直に着替えていた。どんなコースか分からないのだから1周目をとにかくゆっくりめに入ること。10kmやハーフのタイムから、普通の条件下なら3:30前後の実力の持ち主だと思ったので、1周目の目安を2時間程度ともアドバイスした。
ゴール後、その人が4時間少しでゴールしていたことを知り、とても嬉しかった。
他人のことはさておき、スタート時間が迫ってきた。1時間遅れの午前7時が変更後のスタート時刻だ。夜はすっかり明けて、見通しはきく。用意していたヘッドライトは不要になったが、雪はまだ降り続いている。実際に外に立ってみると着ていた薄手のウィンドブレーカーでは寒い。慌てて、上着代わりに着ていた厚手のブレーカーに着替える。
レースでこれを着るのは初めてだ。さすがにこれだと全く寒さを感じない。
問題は頭と手だ。昨日スキーショップで顔以外、耳も首もすっぽり隠れる、銀行強盗の被り物みたいな帽子(?)を買っておいたのでこれを被る。その上にNIKEのcapだ。ひどい格好だが、見てくれは二の次、機能最優先である。
序盤から飛ばしたくないので、集団の前から3分の1あたりに立ち、スタート時刻を待つ。
フルの部130名、50-mileの部90名、合計220名程度の参加者だろうか。
(1st-Leg)
出発の合図と共にゆっくり走り始める。とにかく初めてのコースだ。
前から30番目くらいをkeepする。このpositionだと誰からも抜かれない。前とは多少詰まるが、横に拡がれるほど道も広くなく、最初からとばす積もりも無いので、とにかく前のランナーの後をつける。4、5km走ると、身体も温まり始め、厚手のブレーカーを着たことを少し後悔する。「まあ1周目が終わったところで着替えればいいか。」と思い直す。
レース前は細心の注意を、レースが始まればひたすらプラス思考でありたい。
変な被り物のほかにもう1つ秘密兵器。練習用に買っておいた二本指のラン用グラブ。
幼児用の手袋でよく見るヤツだ。5本の指がバラバラだと外気に触れる箇所が多いため、指同士がくっついている方が暖かいんだそうだ。コットン製の手袋の上にこのグラブをつけているので、手が悴まない。血行が悪い方なので、手袋2枚重ね作戦は功を奏した。とにかく装備は完璧に近く、ただ吹雪もそれなりの威力なので、今のところ、この重装備で調度良い感じだが、天候が良くなると果たしてどうだろうか。
雪に覆われているため、どこからどこまでがトレイルコースなのかよく分からないが、アップダウンはそれほど厳しくなく、1周20kmのコースでどうしても歩かなければならない箇所はほんの一部の様だ。山岳レースでは歩きと走りで使う筋肉が微妙に違うので、負荷がかかる部位とそうでない部位をうまく使い分けつつ、後半に脚を残しながらのレース運びとなるが、今日のコースだと大部分を走らざるを得ないので、むしろしんどいかも知れない。周回コースを4周するので、2周目以降は記憶を辿りつつ走ることになる。
なるべく前のランナー達の踏んだ箇所に足を置くようにするが、それでもズボズボと足が雪に埋まってしまう。砂浜ランみたいなもので一歩一歩足を雪から引き上げる感じ。これは後半脚にくるんだろうなと思いながらも身体は元気なのでゆっくりペースで楽に進む。
スタート直後から、若い女性を先頭に一列縦隊で7、8人の集団で走る。昨日までの腹積もりでは1周目を2時間少々でカバー、疲れた後半は2時間40分程度とし、計9時間台を目標に設定していたが、雪のおかげで(?)下方修正は避けられない様だ。途中で想像しても仕方ないので1周目のタイム次第ということにしよう。
スタート前はトイレに行く余裕はなかったので、10km手前のところでちょいと失礼。大体走り始めて30分程で腸が活発に動き始めるようだ。タイムロスはどうでも良いが、少々面倒。お尻が雪でチベタイ。パックに一旦置いていかれたが2kmほどでまた追いつく。
ちなみにコース上のエイド・ステーションは8km周辺(距離表示がないので感覚ですが)、17km周辺の2箇所。ゴール地点にもあるので1周毎に3箇所ということになるが、どこに立ち寄っても、明るいことこの上ない。気合の入ったステーションでは走ってくるランナーに何が欲しい?と大きな声で聞いてくる。こちらも大声でスープとコーラなんて答えると着く頃にはちゃんと用意されている。
食べている間もこのサンドイッチも美味しいよ。水は飲まないのか?などと声をかけられる。調子はどうだい?という問いが最も多い。勿論、絶好調、最高だ、極めて前向きに答える。足が痛いとか疲れたなんて誰も言わない。あと眺めが最高だよ。このコースはgreatだ。何でもよい。最初の内はエートって感じだったが、最近は自然と口に出る。確かにどうせ走り続けるのだから、気持ちを前に向かせることが一番。
走ることを楽しみ、そして多分そのしんどさをよく分かっている人たちのサポートの仕方なんだと思う。(頑張って下さい、という日本スタイルも勿論好きですが。)
エイドを離れるときに全員に聞こえる声で有難う皆んな!と必ず言ってゆく。
全部周りの選手の受け売りですけどね…
1周目のラップはエイドでの休憩も全部込みで2時間22分43秒。雪のトレイル・ランとしてはこんなものなのだろう。後半のペースダウンを考えるとやっぱり「10時間切り」は難しい様だ。取り敢えず、10時間半を目標にするか。
(2nd-Leg)
トイレに入ったり、エイドで飲み食いしている間に7人パックは分散する。ただ実力が多分近いのと複数で走った方が辛くないと各々が思っているのか、何となく2周目の途中で同じメンバーが5人まで自然に集まった。残りの2人も前か後ろにいるんだろう。
縦隊の中の順位は時々入れ替わるが先頭は30歳代前半と思しき女性。後ろに何人ついていようが無頓着。まったくのマイペース。強いランナーなのだろう(レース結果を見ると、20分ほど先着していた。完敗。)自分のすぐ前のランナーも若い女性。20歳代後半か。エイドでお顔を拝見したが金髪の美人でした。(喜)
男性ランナーに目を向けるとまあタフそうなランナーばかり。よくよく考えれば、好き好んでこの雪のトレイルを80km走ろうというのだから、素人や冷やかしは居る訳が無い。皆さん、マイペースで淡々と走っている。マンハッタンなど都市部での5キロや10キロ・レースには一目シリアスランナーという細身の選手が居並ぶが、トレイルの場合はまた趣が異なる。どう見ても10km程度のレースなら負けっこ無い様なおじさんやおばちゃんランナー達も散見されるが、侮る莫れ。この種のトレイルレースでは非常に強い。早いのではなく、強いのだ。近隣の住民で日々トレイルを走っておられるのだろう、ご当地ランナーの強さは生活の一部にトレイルランが組み込まれていることなのだと思う。
自分はといえば、サラブレッドではなく、さりとてそういった強いランナーでもなく、何だか中途半端な場所に居るような気がする。
ゆっくりペースでの集団走のお陰で呼吸も楽だし、足もまったく疲れが無い。30キロ手前ののぼりで前が詰まり、よほどパックから抜けだそうかと思うが、やはり自重する。勝負は後半だ。自分に言い聞かせる。
後ろから早いランナー来たので道を譲る。2周目の前半まで我々のパックを引っ張っていた女性がトイレ休憩か何かで知らない内に後ろを走っていたらしい。彼女は僕を抜いた後もスピードを緩めず、全員を抜いてそのまま見えなくなった。代わりに例の金髪の美人ランナーが4人の集団を引っ張る。何だか男として申し訳なく思い、上り坂が少し苦手そうだったので、急登の箇所で先頭を変わる。代わりに引っ張るね、といったら、軽くお礼を言われるが、すこし自分のペースが速すぎたのか、3人をそのまま置き去りにしてしまった。次のエイドで飲み食いをしている間にその美人ランナーにまた抜かれる。後ろの引っ付き虫男性ランナー群も一緒だ。何だか追っかけみたい。確かに安定した良いペースなので一緒に行きたくなる気持ちも分かる。こちらも食べ物もそこそこに後を追う。結局、またそのパックの最後尾を走る。2周目の後半まで同じ展開が続いた。2つめのエイドに着く少し前にその女性がパックから離れる。普通の様子なのでトラブルではなさそうだが。何となく、残りの男どもは目標を失い、ペースがバラバラになる。一人で走り始めた途端、少し疲れを感じる。ウルトラは精神的なものに左右されるもんですね。(苦笑)
前の人の脚を見ながら走ることが多かったので顔を上げて、風景を眺める。吹雪は止んでいる。木々に雪が積もり本当に綺麗だ。Vermont州での50k(今年9月開催)の時みたいな雄大さはないが、1周20キロのトレイルコースは本当に自然が一ぱい。国中の至る所にこのような森林、トレイルコースがある。アメリカに居る間に1つでも多くのレースに出てみたいと思う。
コースの横で老婦人が林の中に向かって、人の名前(?)を大声で呼んでいる。どうしたんだろう、子供とかくれんぼでもしているのだろうか。気にしながらも前に進んでいるとコースの真ん中に首輪をつけた黒い犬がポツンと立っている。ピンと来たので、さっきの老婦人に向かって、貴方のワンちゃんがここにいるから、早く早く!老婦人が転がる様にこちらに向かって走って来た。良かったね、おばあちゃん。でもリードを離しちゃ駄目ですよ。
そうこうする内に2周目が終了。2時間28分52秒。1周目に比べ、6分ペースダウンだが十分なペースだ。パック走のおかげで疲れもあまり感じない。
通算4時間51分35秒/40kmを単純に2倍すれば、ゴールタイムは9時間台ということになるが、まあそんなことは有り得ないだろう。
(3rd-Leg)
いよいよ3周目。後半戦突入である。
お腹が空きやすく、ガス欠になると全く走れなくなるので、エイドでは必ず何か口に入れる。1周目はバナナとゲータレード程度。2周目からピーナツバターのサンドイッチやチーズサンド、チキンヌードルスープなど腹もちのするカロリーの高いものを選んで食する。おにぎりやうどんなどは当然アリマセン。自分が唯一ウルトラ向きかなと思うのは胃腸の強さ。今まで走っていて食欲が無くなったことは皆無である。いつも腹が減る。
よって、すべてのエイドでたくさん飲み食いし、それもしっかり立ち止まって食べるので、大抵は周りのランナーに遅れることになるが、これを怠ると却って大幅なペースダウンになるので仕方ない。燃費の悪いランナーの宿命なのだろうか。
エイドで遅れても慌ててペースをあげることはせず、じっくり前を追う。無駄な脚は使わない。夫々のランナーのペースはほぼ一定なので、多少走っている内に抜ける人は抜けるし、抜かれる人には必ず抜かれる。ウルトラを始めた頃は見栄をはって、目の前のランナーを必ず抜きながら走っていたが、結局、自分より強い人には必ず後で抜き返される。最近は他人との競争や順位を考えるのはレースの終盤だけにしている。それまでの過程は自分のペースの維持を最優先すること。目先のペースの上げ下げは結局後半脚に来るだけで、何の意味も無いことを学んだ。
3周目も1つめのエイドを過ぎ、50km地点に差し掛かる。距離表示は一切ないので、自分の時計と距離感覚だけが頼りだ。前半は良いが後半にスピードが落ちてくると、経過時間で距離を見当づけ難くなり、自分がどの辺にいるのか分からなくなる。時計を見るとスタートから既に6時間が過ぎている。
このペースだと4周目は3時間台になってしまう。そうなると10時間半なんて絶対無理だ。精神的なものも含め、疲労感が3周目の後半あたりに来るのかなと思っていたら、やはり来た。脚が重くなり、ペースも落ちてきた。ガス欠に近い状態。多分、血糖値が下がっているのだろう。ここで非常用ゼリーを出す。自分にとって「宝物」とも言えるこの代物。単にウィダーインゼリーのアップル味なのだが、1つで180kcalあり、腹持ちが良い。
自分の場合、これ1つで1時間は凌げる。当地では手に入らないものだが、たまたま日本食材店で見つけたので3つ買っておいた。(1個3ドル!!)
レース前に1つ飲んだので、2つをもって走る。その内の1つを取り出す。いくらエイドで食べても徐々にガス欠傾向になっているのだろう。身体に沁みるような感覚。ポパイのほうれん草みたいなものか。(喩えが陳腐でスミマセン。)
10分もするうちに少し身体が動き始める。前半ほどのスピードではないが、まあなんとか走れている。第二エイドで更に腹ごしらえ。コーラもたくさん飲む。折り返しまでの3キロをとにかく必死で走る。
3周目のラップは2時間45分21秒(通算7時間36分56秒/60km)。2周目に比べ17分遅くなるが、大崩れまではいかず、中崩れで食い止めたというところか。
エイドでチキンヌードルを所望。無茶苦茶熱い!水で薄めて一気に流し込む。作ってくれた人、無作法で御免なさい。あと1周何とかもってくれ!僕の脚たち…
(Last-Leg)
いよいよ最終周だ。
周回コースだが毎回スタート時点まで戻って、そこで折り返すので、2kmほどランナー同士がすれ違う区間がある。4周目に入るところで、後続のランナー達との差を確認、5人ほどとすれ違うが、3分、8分、10分、15分くらいだったか。単に折り返し後の自分のタイムを2倍しただけだが…
順位は正式には分からないが見物客がこのまま頑張ったら20位以内だよ、と言ってくれた気がする。参加者は100人にも満たないが、何となくベスト20には入りたい。
(本音はベスト10なんだけど力不足…)
そうなると後ろの人たちに抜かれる訳にはいかない。ただ、そんな気持ちはあっても、60km走ってきたもの同士だ。お互いに尊敬の念を抱きながら、すれ違う。ハイタッチする、声をかける、微笑む、表現の形は違うけれど何がしかのエールを都度、交換する。
すれ違い区間を過ぎ、いよいよ一人のレースに戻る。残り18キロだが、そう考えると辛過ぎる。とにかく1つめのエイドを目標にする。目の前の5キロに集中するのだ。
脚が重い。トレイルレースの後半は膝や太ももの前側にはりが出てくるが、雪や泥がクッションになっているのか今日は特に問題ない。が、アキレス腱と足の甲、あと膝の左右の腱(名前が分からない)と膝の裏側が辛い。雪や泥に埋まった足を一歩一歩引き抜いていくような感覚で走ってきたので、そこで使う筋肉が疲れているのだろう。前半はあまり気にならなかったが、後半は相当に辛くなってきた。
天候の方だが、雪は完全に上がった。3周目には陽が射す時もあった。一体、今は何時だろう。時計を見ると8時間が経過している、ということは午後の3時過ぎか。気温は1日で一番高いのだろう。たぶんプラス2、3度くらいか。日当たりの良い場所では少し雪が溶けている。水溜りや沼地の上に雪が積もり、そこに多数のランナーが足を突っ込む。
当然、泥沼状態になる。僕も2度ほど、泥に靴をとられかけた。足首から下はドロドロでどんな靴を履いているかも分からない。こんな泥んこレース初めてだ。奥さんに怒られるので(?)帰宅して自分でソックスを手洗いしたが、汚れはどうしても落ちませんでした。(涙)
3周も走れば、おおよその地形は頭に入る。極端な傾斜のきつい坂はない。せいぜい5,6分歩けば、平坦か下りになる。疲れてくると上り坂なら歩けるので、むしろほっとする。歩くか歩かないかは坂の傾斜次第だが、前半なら走っていた場所も後半は「歩き」の箇所になってしまう。
タイムが落ちるのはある意味当然か。ただ妥協ばかりしているとペースは止め処もなく落ちる。明らかに歩くスピードも遅くなってきた。再度、腰につけたバッグからウィダーインゼリーを取り出す。泣いても笑ってもこれ限りの補給だ。一気に飲み干す。本当に体中に染み渡るようだ。血糖値が少し下がり気味のところにまるで、fuel-meterの針がぐんぐんあがってゆくような感じだ。疲れていても脚が前に出だす。とにかく最初のエイドまで30分ほどで走れるはずだ。後ろからも誰か追ってくるぞ。頑張れ、頑張れ。
4周目に入って1時間が過ぎたが、見覚えのある場所にはなかなか辿り着かない。コースのすべてを覚えている訳ではないが、エイドの近くはなんとなく覚えている。更に10分走ってようやく1つ目のエイドだ。確か3周目はここまで1時間5分くらいだった。同じ区間を5分遅れなら、上出来だ。まだまだいける、と自分に言い聞かせる。
日が傾き始めたエイドではストーブで暖をとりながらサポーター達が、一生懸命に応援してくれる。ハイカロリーなチーズサンドとヌードルスープを所望する。熱いので吹きながら食べる。サポーターの一人が歩きながら食べろという。ただ紙コップをその辺に捨てるわけにはいかないので躊躇っていると一緒に歩くという。食べ終わったら、紙コップを自分に渡せというのだ。嬉しかった。別に優勝争いをしているわけでもないし、ここの1分が何かを左右する訳でもない。後方のランナーの影も形も無い。
でもそういって少しでも早くゴールに向かわせてくれようとする気持ちが嬉しいのだ。
紙コップを持って突っ立っている自分を置いて、サポーターが歩き始める。つられて自分も歩き出す。冷えこみ始めた中をあまり遠くまで歩かせるわけにはいかない。天をあおぎ、コップから落ちてくるヌードルを嚥下する。100mほど一緒に歩いたところで紙コップを渡し、サポーターと堅い握手する。「有難う。来年も必ず来るよ!」
さあ残るは半周だ。サポーターの気持ちが疲れた脚を動かしてくれる。
日も翳ってきたし、早くゴールに辿り着きたい。
エイドでの給食とその前のゼリーのおかげでエネルギーは十分だ。気温が急激に下がってきたが、厚着の(?)おかげで寒さは感じない。さすがにハイテク繊維のウェア達。10時間分の汗をすっても大して重くないし、寒くも無い。ダブルグラブのおかげで指も大丈夫。
ただ足はほとんど感覚が無い。凍傷になったら嫌だな、なんて少し思う。(本当にしもやけになってしまいました。トホホ)
見通しの良いところで後ろを振り返る。誰も来ない。抜かれるのは勿論嫌だけど、人恋しくもある。考えたら折り返しですれ違う以外、もう2時間近く、他のランナーの誰とも出会っていない。これは自分が極端にペースダウンしていない証なのだろうが、それにしても前のランナーにも追いつかないのは何故だ…
梢の上の空が夕焼けに赤くそまっているが、足元にはもう暗闇が迫ってきた。気温低下でアイスバーン状態に変わりつつある雪の上をガシガシ走る。静かな山中にシャーベットを引っかく様な音だけが響く。
あと1時間と少しで座ることが出来る。考えたら、1周目トイレの時にしゃがんだだけだ。
とにかく腕を振る。脚が上がらなくても腕を振れば、多少は脚もついてくる。
3周目で歩いた区間も今回は「走り」だ。感覚的には1周目よりも早く走れているつもり。(後でタイムを見たら、そんなことは決してなく、それなりのスピードでしか走っていないのだが…)坂を1つ越え、2つ越え、走っても、走っても続くのは雪道ばかり。
次のエイドまで絶対に歩かないぞ。肝に銘じて走る。何だかこんなことをいつかも思っていたな。そうそう3年前のハセツネの後半戦、大岳山の上りで身体に火がつき、最後の岩場の下までひたすら走った。本当に走れた。五日市のゴールまでエンジン全開だった。
あの感覚だ。疲れた頭にそんなことが浮かぶ。
脚が前に出ている。この辺は少し走りこみの成果が出ているのかしらん。でも次のエイドまで本当に遠い。そろそろ着いてくれよ…(涙)
身体がポカポカしてきた。ラストスパートで体温が上昇しているのだろう。
ようやく目印の白いお化けの人形を過ぎる。あと数百メートルで最終エイドだ。
最後のエイドではもうエネルギー補給は不要だ。コーラを一杯飲み、エイド全員に丁重に謝意を表し、来年も是非参加したい旨を伝え、エイドを出発する。
さあゴールまでいよいよ3キロ余りだ!
ペンライトをつけて走る。ライト無しでもかろうじて前は見えるのだが、最後の最後でコースアウトは避けねばならない。確実に怪我せずゴールしたい。
コース上には目印としてピンクのテープがところどころ貼られてあるが、それも段々見え難くなってきた。途中テープの無い箇所があり、不安になるが、分岐を見落としたとも思えず、覚悟を決めて前進する。ようやくテープを見つけ、安堵。最後の急登ではさすがに疲労もピークでスピード・ダウン。多少フラついているようで、走路から足を踏み外し、深い雪の中に突っ込んでしまう。20分過ぎたが、ゴールは見えない。
25分経ち、ようやく中学校の校庭の端っこに出てくる。あと300mの直線だ。
すっかり日が暮れ、ゴール付近のライトが遠くに見える。
嬉しくてペンライトをくるくる回す。胸に熱いものがこみ上げてくる。
ゴール手前100mほどで皆がこちらに気づき、口笛や声援で急に賑やかになる。ゴール付近には数名の人が立っている。10m手前でナンバーを確認されたので57番!と答える。
ゴールの瞬間は主催者のおじさんとがっちり握手。Mr.ハイライ(ヒライとは読めないらしい)おめでとう!周りの人たちからも心から祝福される。
急に立ち止まったら一瞬クラッとなって、握手した力強い右腕に引き戻された。
タイムは10時間29分37秒。最終ラップは2時間52分40秒。3周目から7分ダウンは上出来だ。4周目に頑張れたことが一番嬉しい。今日の最大の収穫かも知れない。
おじさんが記録を控えていたので、覗いてみたが18位のところまで人の名前があったようだ。今の自分の力をすべて出し尽くせたと思うので順位は二の次だが、20位以内ということならなお嬉しい。後日のレース結果によれば総合19位、年代別4位の結果だった。
80kmの部の完走率は50%を割る、過酷なレースだった。
(ゴールして)
オレンジソーダのボトルと完走賞をもって、体育館に入る。靴を洗える場所がないので、ドロドロの靴のままでは入り難い。躊躇していると近くの女性から大丈夫だと手招きされる。先にゴールした選手や選手のゴールを待つ家族達におめでとう、よくやったねと言われ本当に嬉しい。座れる場所を見つけ、腰を下ろす。
やれやれよくもまあこれだけ続けて走ったもんだ。夜明けから日暮れまでよくやるよ。自分のやったことだけど、振り返るとそら恐ろしい。もう1歩も走れない。目を瞑ると白い走路がチラチラする。10時間も睨み続けていたためだ。
ジムの中に置いたバッグには着替えがないことに気づく。汚れた靴を入れる袋もないので、車に一度、取りに戻ることにする。
暖かい部屋に一旦入ってしまうと外はとてつもなく寒い。レース後の脱水症状のため、ひどい震えが始まった。車に早く入りたいのだが、とにかく体が動かない。
エンジンをかけ、ヒーターをまわす。情けないことに自力で靴が脱げない。悪戦苦闘の末、何とか靴を履き替え、ウェアを着替える。往路で着てきた一番厚手のブレーカーをレースで使ってしまったので、使わなかった薄手のブレーカーを羽織るが震えがとまらない。
脱水のせいであることは明らかなので、コーラをもらって飲む。
後続のランナーがゴールしてきた。今度はこちらが祝福する番だ。「完走おめでとう!」、お互い、ドロドロでボロボロだけど、固い固い握手を交わす。会心の笑顔が眩しい。
家内に報告の電話を入れる。今日のレースでの消耗具合から家内はもう一泊しろという。
正直そうしたい気持ちもあったが今日は息子の誕生日。最初から親父抜きで近隣の友人を招き、誕生パーティーをすることになってはいたが、息子の14歳の誕生日に全く居なかったでは話しにならない。(そんな日にレースに参加すること自体が問題だろう!)
とにかくコーラを飲み干し、トイレに行き、顔も洗わずに車に飛び乗る。
思考能力が落ち気味なので来た道をそのまま帰る自信は無い。ひたすらI-95を走ろう。
夜だから道路も混んでいないはずだ。
今の時間ならぎりぎり今日中には家に辿りつけるはず。夕食には間に合わなかったがせめて一緒にケーキでも食べよう。とっぷり暮れた会場を出て、遠い遠い家路についた。
(了)
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