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今日で『懐かしのフォークソング』と言うテーマで日記を書き始めて20回目になります。その殆どがさださんの曲で占められているのですが、少々行き詰まりの感があります。と言うのも、まず一番目に『懐かしのフォークソング』と言うテーマなのでその主旨に従えばさださんの曲にしても限定されてくる。二番目に著作権の問題で歌詞の一部でも引用できないので表現方法が限定される。三番目に持っていた書籍など処分した為、古い歌の背景などが判り難くなっている。以上の事と本サイトの目的『レトロ』を取り上げる主旨から後数回でさださんの歌を取り上げた日記を取り止めたいと思っています。この企画が何処まで続けれるか判りませんが、そう言う事ですので宜しくお願いします。今日はさださんの『邪馬臺』と言う歌を取り上げたいと思います。この曲は1981年発売のアルバム『うつろい』に収録されていてタイトルは魏志倭人伝に書かれた、古代国家『邪馬台国』の事で歌の内容はこのアルバムが発売される前年に亡くなられた盲目の作家 宮崎康平氏の事を歌っています。宮崎康平氏は1976年発売アルバム『三年坂』にも収録されている『島原の子守唄』の作者であり、邪馬台国ブームを作ったと言われている『まぼろしの邪馬台国』の著者でもあります。映画『解夏』はさださんの実体験と病気の為、盲目となった宮崎康平氏がモデルになっているのかも知れません。歌の内容は、前半が宮崎康平氏がさださんに『邪馬台国』の話を語る情景が回想として歌われているのに対して、後半は亡くなった宮崎康平氏が小さな船に乗って静かに海を見ているシーンと宮崎康平氏が憧れた人(多分、邪馬台国の女王卑弥呼)が宮崎康平氏を抱きしめている夢を見たと言う事が歌われています。当時のアルバム『うつろい』のライナーだったか、さださんが書かれた本だったか、さださん自身が話されていたのか記憶が曖昧なのですが、宮崎康平氏が亡くなられた時に起きた不思議な話は記憶にあります。それは、宮崎康平氏が病院で亡くなられた時に自宅に置いていた筈の愛用の杖が誰も持って来ていないのに何故かベットの傍にあったと言う物です。誰かが持って来たのに忘れていたのでしょうか?それとも、飛梅伝説宜しく、愛用の杖が主の死を知り一瞬の内に飛んで来たのでしょうか?私個人としては、後者の主人の旅立ちに杖がついて来たのだと思いたいです。宮崎康平氏の『島原の子守唄』の詞と意味が『Website ボルネオ研究』と言うサイトの『島原紀行』と言う所に書かれています。 http://www.borneo.ac/今日の気になる一品はレトロにも程がある?邪馬台国や大和朝廷にも献上されたとされる米のルーツ『赤米』です。
2004年04月09日
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今日は一日割と過ごし易い一日でした。明日から秋雨前線の影響でぐつついたお天気になりそうです。今日はN.S.P.の『漁り火』を取り上げたいと思います。 注)今日の画像は『北海道無料写真素材集 DO PHOTO』様からお借りしたもので、著作権等は撮影された『北海道無料写真素材集 DO PHOTO』様にあります。無題転載などは固くお断り致します。『燈台それとも 窓の灯り♪ 』この歌は、1978(昭和53)年11月21日に発売されたN.S.P.のアルバム『青春のかけら達』に収録されたもので、天野さんの作品です。 歌のタイトルや歌詞にも出てくる『漁り火』は、いさりび と読み、魚を誘い寄せるために夜間、漁船でたく火の事を指し、ぎょかとも呼ばれています。 『ときどき海をみたくなるのは ♪』『母なる海、父なる大地』と言う表現がありますが、全ての生命の源は海にあるとも言われていますが、地元の某お菓子屋さんのCMには『瀬戸の海はお母さん~讃岐の山はお父さん~♪』と言う歌があります。私が初めて漁り火を見たのは随分、昔の話なのですが、鳥取の境港にあるホテルに宿泊した時、ホテルの窓から、砂浜に降る雪と、海の上にはイカ釣りと思われる漁船の漁り火が見え、感動した覚えがあります。現在もそのホテルから見えるのかどうかは判りませんが、それは幻想的な風景でした。実際、漁をされていた方々にとられては、悪天候の中の大変なお仕事だったと思われます。『漁り火 海鳴り 二人の愛 ♪』N.S.P.の『漁り火』はこちらから少しだけ試聴が出来ます。プレ王ではコロ吉様と言う方がコピーされています。
2006年09月09日
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