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私は、ほぼ一日おきに、自動車のバッテッリーがあがらないために、 往復約5kmのドライブをしています。 気分転換になって、楽しいです。
2010.02.27
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「謙虚さ」の本質 誰でも知っている諺でありながら、 長い歳月を歩んだ後、 その深い意味を知る言葉があります。 実るほど、頭を垂れる稲穂かな。 若き日に、この言葉の意味は、 素朴な人生訓であると思っていました。 人間は、学問と教養を身につけ、 社会での地位が高くなるほど、 謙虚にならなければならない。 そのことを意味した人生訓であると 思っていました。 しかし、数多くの歳月を重ね、 人の心の世界の機微を学ぶにつれ、 一つの真実に気がつきます。 人間は、 謙虚になろうと思って、 謙虚になることはできない。 その真実に、気がつくのです。 そして、そのとき、 人間学の世界で語られる一つの言葉が、 重い響きを持って、聞こえてきます。 自分に自信の無い人間は、 他者に謙虚になることはできない。 「謙虚さ」とは、 自分の中に静かな自信が実ったとき、 自然に現れてくる資質なのでしょう。 2005年3月28日 田坂広志
2010.02.26
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、男の人がランニングをしていました。 きつそうでした。
2010.02.25
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OECDによると、韓国の自殺率は加盟国中トップです。 最近では、タレントの自殺も相次ぎ、若年層の自殺が韓国の社会問題と なっていると報道されています。大概がネットの掲示板に寄せられる 誹謗中傷を真に受けてしまうことによるそうです。 今後は、世界的に企業倒産が広がっており、 借金を苦にした中年男性の自殺者の増加が予測されています。
2010.02.23
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、公園の一角で開催されている植木まつりで、 造園業者の方が、樹木の展示品を持ち帰る準備をしていました。 大変そうでした。
2010.02.22
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、公園の一角で、バザーが開催されていました。 皆、楽しそうでした。
2010.02.21
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「志」と「野心」 学生時代、北海道大学を訪れたとき、 多くの人々が知る銅像を見ました。 大学の前身、札幌農学校の創設者であり、 マサチューセッツ農科大学の学長でもあった、 ウィリアム・スミス・クラーク博士の銅像です。 その像の下には、 クラーク博士の残した有名な言葉が 英語で書かれていました。 Boys, be ambitious! 「青年よ、大志を抱け」と訳され 人々に語り継がれてきたこの言葉を見たとき、 その翻訳の巧みさに感心しながらも、 この言葉の持つ「危うさ」を感じました。 なぜなら、この「ambitious」という言葉には、 正反対の二つの意味があるからです。 「理想」や「使命感」に支えられた 「大志」や「大望」 「功名心」や「権力欲」に支えられた 「野心」や「野望」 不遇の晩年を送ったクラーク博士ですが、 もとより、その本意は前者にありました。 しかし、いま、世の中を見渡すとき、 この言葉の持つ「危うさ」が 現実となっていることに、気がつきます。 「志」と称して、「野心」を語る。 その錯誤が、 いま、世に溢れていることに 気がつくのです。 2005年3月14日 田坂広志
2010.02.20
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ある政令指定都市では、雇用情勢の悪化で、生活保護の申請が 増加しており、毎月700~800件に上っています。 それに伴い、市では、生活保護業務の態勢強化のため、 ケースワーカーなど同業務に当たる職員を増員しています。 日本の貧困層は増えています。
2010.02.19
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最近、政令指定都市のある建設資材会社で、時給750円の パート従業員2人を募集したところ、30~40代の男性ら 約30人が殺到したそうです。 政府発表の完全失業率は約5%です。 この数字は、実態と大きくかけ離れていると考えられます。 民主党は、もっとしっかりとした、雇用政策を、立案・実行していただきたい。
2010.02.18
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、公園の一角で開催されている、植木まつりで、 男の人が、樹木の写真を撮っていました。 楽しそうでした。
2010.02.17
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きのうの夜、私は次のようなピアノ曲を弾きました。 ・ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ ・ラヴェル:プレリュード ・ドビュッシー:アラベスク ・サティー:ジムノペディーNO.1 ・ショパン:前奏曲集から4曲 ・加古隆:「大河の一滴」のテーマ ・加古隆:黄昏のワルツ ・加古隆:パリは燃えているか ・加古隆:ジブラルタルの風 私は加古隆の「パリは燃えているか」を弾くと、 私の魂の奥底からこみ上げてくるものを感じます。 それから、私のピアノはデジタルピアノなので、音色を変えて、 数分間、即興演奏をしました。即興は楽しくてたまりません。
2010.02.16
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昨日、市長選挙が行われました。 体調が悪く、投票には行けませんでした。 選挙の結果を報告します。 前職の市長が当選しました。
2010.02.15
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きょうは、市長と市議会議員の選挙の投票日です。 投票者は決めていますが、体調が悪く、 投票に行けそうにありません。残念です。
2010.02.14
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隣の寺院の境内の中に、紅梅が咲いています。 美しいです。 春が待ち遠しいです。
2010.02.13
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隣のお宅のお庭に、白梅が咲いています。 美しいです。 春が待ち遠しいです。
2010.02.12
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今度の日曜日、市長選挙と、市議会議員選挙があります。 毎日、選挙カーの音には、悩まされています。 きょうは、祭日のせいか、いつもより選挙カーの音が静かです。 よかったです。
2010.02.11
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今度の日曜日に、市長選挙があります。 立候補者の一人は現職の市長で、もう一人は環境デザイナーです。 二人とも、独自の主張をしていて、どちらに投票するか迷っています。
2010.02.10
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、近所の高校のラグビー部の部員たちが、 ランニングをしていました。 きつそうでした。
2010.02.09
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、男の人が、縄跳びで二重跳びをしていました。 楽しそうでした。
2010.02.08
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きのう、神棚のしばを替えました。 神聖な気持ちになりました。
2010.02.07
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「受容」の意味 数多くの人々の死を看取り、 その記録、『死ぬ瞬間』という書によって、 終末医療の思想に深い影響を与えた精神科医、 エリザベス・キューブラー・ロス女史が、 2004年8月24日、 その78歳の生涯を閉じました。 引退後、脳卒中で倒れた女史は、 その人生の最後の9年間、 不自由な体で病床に伏せる生活を余儀なくされます。 テレビのドキュメンタリーが伝える その晩年の女史の姿は、 意外にも、 自分の病気や境遇を嘆き、 自分を愛することのできない自分を語り、 感情の起伏に身を委ねて周囲に接する姿であり、 彼女に聖女や聖人の姿を重ねる人々にとっては、 その期待を裏切るものでした。 しかし、 彼女が、その著書で語った通り、 病で死に向かう人々の誰もがたどる 否認、怒り、取引、抑鬱、受容という5つの段階を、 彼女自身も、正直に歩んだことに、 我々は、むしろ、不思議な安堵を覚えます。 そして、その安堵とともに、 自分の「死」を受け容れる、という意味で語られた 「受容」という言葉の 本当の意味に気がつきます。 自分の「弱さ」を受け容れる。 それは、 彼女が最後に残した言葉が、 意味するものだったのでしょう。 私は、いま、 自分を愛することを 学んでいる。 2005年3月7日 田坂広志
2010.02.06
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、造園業者が木の剪定をしていました。 大変そうでした。
2010.02.04
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きょう、隣の寺院で、節分祭が行われていました。 人が大勢集まっていました。
2010.02.03
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きょう、近所のコンビニで、健康保険料を支払ってきました。 健康を大切にしましょう。
2010.02.02
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、若い男女のカップルが、仲良くお弁当を食べていました。 おいしそうでした。
2010.02.01
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きのう、仏壇の花を換えました。 父を偲んで、厳かな気持ちになりました。
2010.01.31
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、公園の一角で、植木まつりが開催されていました。 皆、楽しそうでした。
2010.01.30
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、少女がジュースを飲んでいました。 おいしそうでした。
2010.01.28
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、男の人がランニングしていました。 きつそうでした。
2010.01.27
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、シルバー人材センターの人たちが、 公園内の草取りをしていました。 大変そうでした。
2010.01.26
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、男の人が、煙草を吸っていました。 おいしそうでした。
2010.01.25
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、造園業者の人たちが、木の剪定をしていました。 大変そうでした。
2010.01.24
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、シルバー人材センターの人たちが、 一輪車で、ごみ取り道具を運んでいました。 大変そうでした。
2010.01.23
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「理想的設計」の陰 1960年4月21日、ブラジルにおいて、 都市設計の最先端技術を用いた首都、 ブラジリアが生まれました。 それから10年後、 ある雑誌に載せられた写真が 印象に残っています。 それは、理想的に設計された都市に、 理想的に配置された道路があるにもかかわらず、 それを無視して、ビルからビルへの近道を求め、 多くの人々が歩くことによって作られた 「けもの道」のような小道の空撮写真でした。 なぜか心に残っている、この一枚の写真。 その意味が、 マネジメントの道を歩むようになって 分かりました。 なぜなら、 このブラジリアの「陰の道」の現象は、 マネジメントの世界においても、 しばしば、目にするからです。 理想的に設計された組織。 理想的に配置されたマネジャー。 その組織やマネジャーに対して、 人々は、常に、 現実を動かすために最も有効な 「陰の組織」や「陰のマネジャー」を 生み出していくからです。 そして、そのことに気がついたとき、我々は、 マネジメントが理解すべき、一つの心得を学びます。 「理想」を描き、実現するためには、 「現実」の陰の動きを見つめなければならない。 そのことを学ぶのです。 2005年2月24日 田坂広志
2010.01.22
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、シルバー人材センターの人たちが、公園の清掃を していました。 大変そうでした。
2010.01.21
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、公園内の屋内プールで、少女たちが、 シンクロナイズド・スウィミングをしていました。 楽しそうでした。
2010.01.20
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、少年たちが、公園内の屋内プールで、水球をしていました。 楽しそうでした。
2010.01.19
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、少年たちが、ラグビーをしていました。 楽しそうでした。
2010.01.18
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、公園の一角で、バザーが開催されていました。 皆、楽しそうでした。
2010.01.17
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戦場写真家の心 「レンズの眼を持つ哲学者」 そう呼ばれる、一人の写真家がいます。 いまも世界各地で引き起こされる戦争。 その苛烈な戦場に身を投じ、 極限の状況にある人々の姿を写真に収め、 戦争の悲惨を世界に伝え続ける 戦場写真家、ジェームズ・ナクトウェイ。 彼の活動を伝える映画、 『戦場のフォトグラファー』において、 ナクトウェイは、次の言葉を語っています。 写真家として最も辛いのは、 他の誰かの悲劇で得をしていると感じることだ。 この考えは、常に私につきまとう。 人々への思いやりよりも、 個人的な野心を優先すれば、 私は、魂を売り渡すことになる。 人を思いやれば、 人から受け入れられる。 そして、 その心があれば、 私は、私を受け入れられる。 ナクトウェイが内省的に語る、この言葉を聞くとき、 我々は、自分の心の中にある、 密やかな野心やエゴの存在に、気がつきます。 そして、そのことに気がつくとき、 ナクトウェイという人物の強さが いかなる強さであるかに、気がつきます。 自分の心の中の、 野心やエゴの姿が、見えている。 そのことが、彼の強さであることに、 気がつくのです。 2005年2月17日 田坂広志
2010.01.16
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古い「眼鏡」 地球とは、一つの「巨大な生命体」である。 その「ガイア仮説」の提唱者として知られる ジェームズ・ラブロック博士と、何年か前、 あるラウンドテーブルで討議する機会を得ました。 その討議において、ある著名な科学哲学者が、 次のような問題提起をしました。 もし、地球が「生命体」であるならば、生命に特有の 「自己増殖機能」や「生殖機能」があるはずです。 しかし、地球には、そうした機能はないでしょう。 この批判的な指摘に対して、 ラブロック博士は、反駁することもなく、 いつものように、温かく、穏やかな表情で そのコメントを受けとめていました。 しかし、その博士の静かな表情から感じたのは、 この「ガイア仮説」の理論的根拠の浅さではなく、 むしろ、この仮説の思想的影響の深さでした。 おそらく、この「地球とは一つの生命体である」という仮説が これからの我々の世界観に、極めて深い影響を与えるのは、 それが、これまでの我々の「地球観」を覆すからではありません。 それが、これまでの我々の「生命観」を覆すものだからです。 「生きている」とは、何か。 自己組織化、複雑系、自己創出性、人工生命、そして、創発。 そうしたテーマを掲げた最先端の科学研究が進むなかで、 いま、「生命」ということの定義が変わろうとしている時代。 我々は、古い眼鏡を外して、 世界を見つめなければならないのかもしれません。 田坂 広志 2010年1月11日
2010.01.15
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、少年たちが相撲をとっていました。 楽しそうでした。
2010.01.14
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、少年たちが、バドミントンをしていました。 楽しそうでした。
2010.01.13
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、少女たちが、ソフトボールをしていました。 楽しそうでした。
2010.01.12
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、少年たちが、バレーボールをしていました。 楽しそうでした。
2010.01.11
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、少女たちが、卓球をしていました。 楽しそうでした。
2010.01.10
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、公園内の温水プールで、少年たちが泳いでいました。 楽しそうでした。
2010.01.09
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宇宙ダーウィニズム この宇宙は、どのようにして生まれたのか。 その問いに、現代科学の「インフレーション宇宙論」は、 次のように答えています。 137億年前、この宇宙は、存在しなかった。 ただ、エネルギーに満ちた「真空」だけが、存在した。 しかし、その真空が、あるとき、「ゆらぎ」を生じ、 一瞬にして大膨張を起こし、一つの宇宙を生み出した。 そして、この「真空」は、次々と「ゆらぎ」を生じ、 無数の宇宙を誕生させていった。 しかし、そうして誕生した無数の宇宙、 数々の「ベイビー・ユニバース」の中で、 その宇宙が生まれ持った自然定数、光速や重力などの値が、 最適の組み合わせでなかったものは、すぐに消滅してしまった。 そして、我々の生きるこの宇宙は、 なぜか、最適の値を持って生まれたため、 こうして存続し、137億年の進化を続けている。 これが、「宇宙ダーウィニズム」と呼ばれる理論であり、 生物の進化における「ダーウィン理論」と同様の、 宇宙の進化における「適者生存の理論」です。 そして、この宇宙論が描く宇宙創生の姿は、 あたかも、水を加熱するときの気泡の姿に似ています。 加熱とともに、水中に無数の気泡が生まれ、 次々と大きな泡へと成長し、そして、すぐに消えていく。 そうした姿が、心に浮かびます。 次々と生まれ、消えていった、数多くの気泡。 その中で、奇跡的に生き残った、一つの気泡。 その気泡が137億年の歳月をかけて、 その胎内に生み、育てた、我々の生命。 その意味を考えるとき、 しばしば使われる、一つの言葉の 想像を超えた深淵に、気がつきます。 「生命の奇跡」 この言葉の、底知れぬ深淵に、気がつくのです。 2005年2月10日 田坂広志
2010.01.08
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昨晩、NHK・TVドラマ「白洲次郎」の録画を観ました。 白洲次郎が、当時の総理大臣近衛文麿に、 「ノブレス・オブージ」(高貴なる義務)と直言しました。 この言葉に、私は大きく感銘を受けました。
2010.01.07
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きょうも、池の公園の遊歩道を散歩しました。 すると、少年たちが、ラグビーをしていました。 楽しそうでした。
2010.01.06
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全1230件 (1230件中 1-50件目)


