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異例のコースという台風15号が関東に接近しているようだ。午後8時、私の二階の仕事場の南側の窓にいきなり激しい雨が叩きつけた。一瞬のことで、その後はときどき風が窓を打つ以外は何事もない。ただ私は菊の鉢やムサシアブミの鉢を内に入れた。 そうそう、今朝、庭を掃いていると羽化して間もない蝉が敷石の上にじっとしているのを見つけた。死骸かと思ってそっと触れてみると、意外な足早(?)に逃げた。小庭が蝉の産卵地になっていることは、毎年のように抜け殻を拾うので承知していたが、羽化した蝉を見るのは初めてだった。写真に撮ろうと思い、カメラを取りに玄関に向かい、ちょっと振り返ると、残念、もう姿を隠していた。植栽の下陰にそれこそ足早に潜り込んだのであろう。・・・あの蝉は何処かへ飛び立てただろうか。・・・台風を避けて生き延びられるだろうか。蝉の鳴き声は聞こえない。生き延びてほしいものだ。
Aug 11, 2026
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山田維史 「ヴェサリウスの解剖図と”福笑い”の自画像」 1999年2月18日 紙に色鉛筆とコラージュTadami Yamada "〈Fukuwarai〉-style Self-Portrait with Vesalius's Anatomical Print" Feb. 18, 1999. Colorpencil and collage on paper
Aug 11, 2026
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原爆忌2026年 空蝉のころがる日照り原爆忌 青穹(山田維史) 干涸らびた蝉のぬけがら原爆忌 夏雲や被爆者にらむ首相あり 嘘もつく首相しぶしぶ原爆忌 狐火か雨後のたけのこ養子縁
Aug 10, 2026
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山田維史 「世の中の糸の縺れの中の自画像」 1998年8月6日 紙にボールペンTadami Yamada A Self-Portrait Amid the Tangled Threads of the WorldAug. 6 1998. Ballpoint pen on paper
Aug 10, 2026
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山田維史 「長崎原爆忌2026年 ー 核兵器廃絶アピール・ポスター」 2026年8月9道Tadami Yamada "The Abolition of Nuclear Weapons ー Poster" Aug. 9, 2026
Aug 9, 2026
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「公式・日活フィルム・アーカイブ」がYouTibeで「追悼・中村玉緒」と銘打って、1965年公開の石原プロ制作映画『城取り』(舛田利雄監督)を期間限定(8/3ー8/23)で配信している。(下にURL) 出演:石原裕次郎、千秋実、滝沢修、近衛十四郎、藤原鎌足、中村玉緒、石立鉄男、他。 司馬遼太郎の『城を取る話』を原作とした創作脚本。映画の物語の舞台は、会津若松城下とその領内。豊臣秀吉の命によって会津城(黒川城)に入った上杉景勝であったが (史実)、徳川家康と前会津領主伊達政宗の「会津攻め」が近いことを悟る(史実)。いまや伊達政宗は領境に出城(多聞山城)の建設を急いでいる。元前田利家の家臣でいまは自らすすんで浪々の身となっている車藤三(石原裕次郎)は、上杉景勝に望まれて、その重臣(千秋実)と共に多聞山城を取ろうと計画する。 ・・・と、まあ、二人の武士は途中で出会った山賊少年(石立鉄男)や巫女(中村玉緒)、そして築城工事に強制的に働かせられていた村人と一致団結して・・・ これからご覧になる方もいられるかもしれないので、細部のシーンについては述べないでおくが、この映画、舛田利雄監督は全面的に黒澤明監督への賛辞、いやほとんどラブレターと言ってもよいほど黒澤作品の影響(引用)にみちている。場面構成から人物キャラクター、はてはその演技までも。「七人の侍」「蜘蛛巣城」「隠し砦の三悪人」が、いたるところに散りばめられている。 この映画が公開された1965年、私は学生だった。ちょうど冬休みか夏休みのときで、私は両親のいる札幌に帰省していた。そして札幌から石原プロに「『城取り』の台本をプレゼントしてくれませんか」とハガキを書いた。なんと、数日後、石原プロから台本(完成稿)が送られてきたのである。 私は台本を見て驚いた。私がその2年前まで一人暮らしをしていた会津若松城の物語だった。映画が公開される前だったので、私は物語が会津封候上杉景勝に関わることであることなど知らなかったが、まるで何かにそそのかされたかのよう、石原プロにハガキを書いたのである。この台本は現在も所蔵している。出演俳優の多くはすでに鬼籍に入られた。舛田利雄監督は99歳、まもなく100歳におなりか、ご健在である。 「公式・日活フィルム・アーカイブ」「追悼・中村玉緒」
Aug 8, 2026
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山田維史「エドヴァルド・ムンクを真似た自画像」 1998年8月12日 紙にフェルトペンTadami Yamada "Self-Portrait in the Style of Edvard Munch" Aug. 12, 1998. Felt-tip pen on paper
Aug 7, 2026
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山田維史 「広島原爆忌 2026年8月6日・核兵器廃絶アピール ポスター」Tadami Yamada "Hirosim Atomic Bomb Memorial Day : Aug. 6, 2026"
Aug 6, 2026
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まだ夜明け前、少し寒さを感じて足元のタオルケットを引き上げた。半睡状態の頭に慶紀逸の句がぼんやり浮かんだ。 「涼しさの枕は北と気がつかす(ず)」 ・・・今夜は寝苦しくもなく涼しいなと呟けば、かたわらの女房が「あらいやだ、あんた北枕だわよ」と言われて、おっと、仏じゃあるめえに・・・ 「気がつかす」で上の解釈をした。しかし慶紀逸はすべての句に「だくてん(濁点)」を付けていないので、「気がつかズ」と読むこともできる。すると解釈が少しばかり違ってくる。女房の姿が消えて、自分の寝姿を客観的に軽く笑いながら見ていることになろう。・・・いずれにしても、「涼しさ」「北枕」に、死の床に横たわる吾が身が重なって「おお寒、ブルル」と言うわけである。ハハ、おもしろいね。・・・私は目が冷めちゃったヨ。山田維史 「叫ぶ自画像」 1998年10月11日 仏経典を印刷した紙にボールペンTadami Yamada "Screaming Self-Portrait" Sep. 11, 1998. Ballpoint pen on printed Buddhist scripture.
Aug 5, 2026
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山田維史 「レンブラントに変装した自画像」 1998年8月22日 紙にボールペンTadami Yamada "Self-Portrait Disguised as Rembrandt van Rijn"Aug. 22, 1998. Ballpoint pen on paper
Aug 4, 2026
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地方によっては気温40℃を超える酷暑が報じられているが、我が市は、昨夕からの小雨のせいであろうか、涼しい一日となった。人心地ついたという感じだ。 暑さのせいにして原稿執筆をすこし書いては止め、少し書いては止め、予定ではもうとっくに書き上げているはずなのだが、まだ全然進んでいない。そのくせ日時ばかりがチラチラ頭をよぎる。こんなときにかぎって別なテーマが浮かんで来て、チョコチョコと資料になりそうな事例をファイルしたりしている。 仕事場の窓を開けて、小雨に煙る遠いビル群をながめながら、ため息を飲み込んで、このまま涼しく・・・は、ならないだろうなー。
Aug 3, 2026
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山田維史 「印を付けられた自画像」 1999年2月24日 紙に油彩Tadami Yamada "Marked Self-Portrait" Feb. 24, 1999Oil on paper
Aug 2, 2026
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山田維史 「自画像 ー 睡魔」 1999年2月2日 紙に油彩Tadami Yamada "Self-Portrait ー Drowsiness" Feb. 2nd, 1999. Oil on paper
Aug 2, 2026
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猛烈な暑さがつづく。我が市のきょうの最高気温は36℃。昨日より1~2度高い。 7月に入る前は救急車のサイレンがめったに聞こえていなかった。しかし昨日はやや遠く近くたてつづけに3回聞こえた。そしてたったいま、近所に救急車が到着したのが聞こえた。いずれも何事が起こったか判らないが、この暑さに身体に注意するのは他人事ではない。 地震や大雨の被災地での救助活動は難航しているようだが、ベネズエラ地震の事例は100数時間後にも生存救助されることをおしえている。しかも高齢者から幼児まで含んでいる。救助活動にたずさわる方々の強い意思と努力を想うと胸が締め付けられる。そして、おそらく捜査技術というようなことも関わって来るのだろうとも想う。
Aug 1, 2026
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山田維史 「自画像 ー 熱」 1998年10月17日 紙にボールペン、水彩、色紙Tadami Yamada "Self-Portrait ー Heat" Oct. 17, 1998.Ballpoint pen & watercolor on paper pasted colorpaper
Aug 1, 2026
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