人生朝露

人生朝露

スターウォーズと武侠。



金庸(Jin Yong 1924-)。
金庸の続き。

参照:金庸と荘子 ~屠龍と碧血~。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/005199/

Shooting condor heroes 。
≪周伯通(しゅうはくつう)はそういってすぐに郭靖(かくせい)に手を出してきた。二人がやっと数手合わせた時、突然周伯通の掌から力が抜け、郭靖は力の持っていきようがなく、倒れそうになったとこで左手で払われて、体は宙でもんどりをうち、左肩からどっと地に落ちた。肩に激痛が走る。周伯通はいかにもすまなそうに言った。
「悪いなあ、けどただではころばせへんで。今の手を説明したるさかいよう聞きや」
 郭靖は痛みをこらえて起き上がると、周伯通の方に近寄った。
「ええか、『老子』という本に、こないなことが書いてあるそうや。土をこねて器を作るんは、なんもないところに器の用がある、戸や窓を穿って部屋を作るんでもなんでもないところに部屋の用がある、と言うんや。どや分かるか?」
 郭靖は首を横に振った。周伯通は今しがた飯を盛ったお椀を手にもつと、こう言った。
「この椀は真ん中が空やさかい飯がもれる。もし空やなかったら、どうやって飯を盛るねん?そやろ」
 郭靖はうなづいた。言われてみれば簡単なことだが、そんなことを考えたことがなかった。
「部屋や窓や門かて同じや。空やから人が入って住める、そやなかったら屁の役にも立たん」
 そう言われてさすがの郭靖もなんとなく分かったような気になった。
「全真教の最高の武功の要旨は、空と柔の二字にある。お前の師匠洪七公(こうしちこう)の武術は実と剛を旨とする外家武功の最高峰やろ、けど外家武功はあそこまで行けばもう終わりや、あれ以上はない。しかし全真教の内家武功には終わりっちゅうもんがないねん。わいみたいなんはまだ初歩やが、わいの兄貴の王真人が武功天下一になったんは運がよかったんとちがう、もし兄貴がまだ生きておったら、七日七晩闘わんでも、半日でやつらは降参してもうたやろな」(徳間文庫 金庸著・岡崎由美監修・金海南訳 『射雕英雄伝 第三巻』第十七章「両手の戦い」より)≫

周伯通と郭靖。
主人公・郭靖(かくせい)が周伯通(しゅうはくつう)という人物の教えを受けているシーン。周伯通は、老頑童の異名のとおり童顔であるだけでなく、子供のような性格でコミカルなキャラクターですが、ここでは真剣に『老子』の引用をして「空明拳」という武術の説明をしています。内容はブルース・リーと同じ、日本の武道においても相通じる思想です。

参照:ブルース・リーと東洋の思想 その1。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5180/

Shooting condor heroes 。
≪「そうか、おまえは知らぬのか、ほう、そうか。おまえの師匠たちが話しておらぬのならば、聞くにはおよばぬ。まあそのうち分かることだ。こうしよう。わしはおまえが気に入った。これもなにかの縁だろう。武術はだめだが、おまえに息の吸い方と眠り方、それにすわり方、立ち方を教えてやろう。」
 (息の吸い方と眠り方?そんなものは赤ん坊にでもできる。そんなことを教わりに、命がけでこの崖を登ってきたのか)
 郭靖はそう思ったが口には出さなかった。男は、
「おまえ、あっちの石の上の雪をはらってその上に寝てみよ」
 と言った。郭靖はしぶしぶ言われたとおり石の上に横たわった。
「まあ、そんな寝方なら、なにもわざわざ教えるまでもあるまいな。よいか、これを覚えよ」
 そう言うと、男は朗々と声をあげた。
「思い定まれば、情は忘る。体虚なれば、気は運(めぐ)る。心死すれば、神(しん)は活きる。陽盛んなれば、陰は消える」
 郭靖はそのとおり唱えて、しっかりと心に刻んだ。しかし意味はなんのことか分からない。
「寝る前には、必ず頭の中を空っぽにして澄んだ状態にせよ、ほんの少しのことも考えてはならぬ。それから横向きに体を少し丸めて寝る、鼻でゆっくりと息をする。心の中を乱さず、外へ気が散らぬようにな」
 そう言って、男は呼吸の仕方と正座して心を統一する方法を細かに説明した。郭靖がそのとおりにやってみると、はじめは体がむずむずして落ち着かなかったが、だが教わった呼吸法をやるうちに、だんだんと心が鎮まり、へその下の丹田の部分が暖かくなってきた。崖の上では肌を刺す寒風が吹いていたが、それもさして気にならない。そのまま一時もじっとよこになっていると、にわかに手足がしびれるような感覚を覚えた。郭靖の向かいにすわっていた男は、目を開けて、
「よし、眠ってしまえ」
と言った。郭靖はそのまま眠りにつき、目が覚めるともはや朝であった。
(中略)男はなにも教えてくれなかったが、不思議なことにそれからというもの、郭靖の武術の腕はめきめきと上達した。半年も経つと、昼間の練習の時の身のこなしが軽くなり、それまでどうしてもできなかった技が簡単にできるようになったのである。江南六怪がみなよろこんだことは言うまでもない。(同上『射雕英雄伝 第一巻』第五章「白雕」より)≫ 

馬真人と郭靖。
こちらは、「内功」と「軽功」の極意を伝授されているというシーンです。教えているのは、全真教の馬丹陽という人物。全真七子の最年長で形式上の全真教の教主という立場にいました。

参照:金庸と荘子 ~丘処機と養生~。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5198/

ヨーダとルーク。
ちょうど、ジェダイ評議会における、マスター・ヨーダと同じ位置です。技や外形を鍛える外功ではなく、精神を安定させ「氣功」の本質の体得を要する、内功を教えるというというところも同じです。上記馬丹陽、周伯通に、洪七公(こうしちこう)を加えると、ほぼ「帝国の逆襲」におけるヨーダ像ができあがります。

参照:マスター・ヨーダと老荘思想 その1。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5025/

全真七子。
全真教団は他の道教教団と比しても、内丹、いわゆる瞑想を重要視する集団でして、アクションシーンの多い「射雕三部作」においても、当然のようにその実践や理論が展開されています。「ジェダイの騎士」のモデルとして日本の武士やテンプル騎士団を挙げるのが一般的ですが、私は、金庸の武侠小説における道士こそがジェダイの、全真七子はジェダイ評議会のモデルであると思っています。ちなみに映画『スター・ウォーズ』の第一作「新たなる希望」が公開された1977年当時、金庸はすでに断筆をしています。



ちなみに、これは金庸の作品ではありませんが、世界最初の武侠映画『火焼紅蓮寺(1928)』にすでにみられるような、「氣」の視覚的なイメージも『スター・ウォーズ』のフォースの概念に取り込まれていると思います。

Shooting condor heroes 。神雕侠侶。『倚天屠龍記』(1961)。
「気功」とフォースの用法や理論、アクションの形式のみならず、親から子へ、子から孫へと続く血統と、師弟関係における縦軸が大きなテーマとなるため、武侠とスター・ウォーズにはもともと、構造上の共通性が見られます。特に「射雕三部作(the Condor Trilogy)」と「スター・ウォーズ三部作(Star Wars trilogy )」には、物語の展開やキャラクターの設定などにも共通点があります。

たとえば、
Return of condor heroes。
2作目の『神雕侠侶』の主人公を「楊過(ようか)」といいます。父親が人の道を踏み外して半ば自滅して死んでしまったため、父の轍を踏まないように「過ちては則ち改むるに憚るなかれ」という『論語』の言葉から「過」の文字がとられました。彼は、父親の義兄弟であり好敵手であった「叔父さん」、郭靖の後見のもとで成長します。楊過は自分の父親がどういった人物であったかということも知らされず、知った直後に身体の一部を失ってしまいます。その後、妹と慕う女性を助け出すため、強大なモンゴル帝国と対立することになります。これ、ルーク・スカイウォーカーそっくりです。

一作目の『射雕』にも父と子の物語があります。
Shooting condor heroes 。
≪完顔康(わんやんこう)は床に倒れた母を抱き起した。王妃はしばらくして気をとりもどした。
「母上、わたしはあなたの本当の子ですか?」
完顔康は母の目を見た。
「なにをやぶからぼうに言うのです」
「ならばどうしてわたしに隠しごとをするのです?」
王妃はだまってうつむいた。
(この子に本当のことを言わなければならない。だれが本当の父親なのかを・・・。わたしはもはや汚れた体、あの人とはもういっしょになれない、でもこの子はちがう、この子は父といっしょに暮らせる・・・・)
彼女の目から涙がぽとりと落ちた。完顔康は母親のただならぬ様子に息を呑んだ。
「ここにおすわり、話があります。」
言われるままに完顔康は椅子にすわった。手にはまだ槍を握り、目は母親を見つめたままである。
「おまえ、この字を読んでごらんなさい。」
包惜弱(ほうせきじゃく)は槍の柄の上の文字を示した。
「子供のころもおたずねしましたが、この楊鉄心(ようてっしん)がだれなのか、おしえていただけませんでした」
箪笥の中で母子の会話を聞く楊鉄心は心臓が張り裂けそうである。
「この槍はもともと江南の大宋国、杭州のはずれの牛家村にあったものを、わたしがはるばる取り寄せさせたのです。あの鋤もこの椅子もすべて・・・・」
「ずっと不思議でした。母上はどうしてこんな粗末なところに住んでおられるのですか?わたしが新しい家具を持ってこようとしても、いつも要らないとおっしゃっていました」
「ここを粗末とお言いですか?わたしはどんな豪華な部屋よりもここが良いのです。あなたは不幸にも、父と母とともにここに住むことができませんでした」
楊鉄心の頬に涙がつたった。
「母上、なにをおっしゃるのです?父上がこんなところに住まわれるはずがないでしょう」
そう言って完顔康は笑った。
「かわいそうに、父上は十八年もの間、ここに帰りたくとも帰れなかったのです」
「なんのことです!?」
「おまえ、本当の父がだれか、知っていますか?」(同上『射雕英雄伝 第二巻』第九章「再会」より)≫

細かくはいずれ。

今日はこの辺で。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: