フィリップ・パ~ロウ探偵事務所

6~10話


(6)

「久しぶりだね。マッギーは元気にしてるかい?」

なんとか普段どおりの挨拶をしてみた
だが、無理矢理平気な顔をしてることを見抜けない人ではない。

「あの人は相変わらず。。。
 あなた、飲み歩くのもほどほどにしないと、今日はまた一段とひどい顔してる。」

鏡はみていないが、確かにひどい顔をしているだろうと思った。

「まあ、これも仕事だよ。
 飲み屋に入ってミルクを飲んでたんじゃ目立ってしょうがないだろう。」

イエローの顔は明るくはならなかった。

「何か困り事かい?」
あまり気は進まなかったが、そう訊かずにはいられなかった。

「ゾウを探して欲しい。。。」

(やっぱりゾウか。。。)
そう思いながらも、質問を続けなければならなかった。
「動物園にいるゾウ?それとも野生のゾウを探してくるのかい?
 日本に連れて帰ってくるのはかなり費用がかさむよ。」

オレがそう言うと、イエローは下を向いて少し考え込んでいたが、やがて不意に上空を見上げ、またゆっくりと視線を下に向けた。
そして、もう一度上空を見上げようとするのか、と思ったらオレのところで視線が止まった。

「あなたはここにいない方がいいみたい。。。」

返事になっていない。しかし、確かにオレも同じ意見だった。

「ゾウのことは近いうちに分かると思うから、気にしないで。。。
 今取り掛かっている仕事に専念して。。。」

何の事だかさっぱりわからないが、オレは彼女の言う通りにしてみようと思った。
「わかった。しばらく留守番を置いておくよ。」

イエローは早く帰りたそうにしていた。
夕飯の支度にはまだ早い時間だったが、挨拶だけして早々に帰って行った。



その後オレも留守番の段取りをし、とりあえず必要になりそうな物を鞄に詰め込み、事務所を後にした。

それ以来、オレが事務所に行くことはほとんどなかった。


それからオレがやったのは、レッドのことを徹底的に調べることだった。

小学生の頃の出席番号から、今住んでるアパートの風呂の栓のサイズまで、それこそ何から何まで。。。


その後レッドの姿を見たのは、その日から1週間後のことだった。


(7)

オレはレッドと交流のある人物を5人ピックアップしていた。
ひとりひとり、まる一日張り付いて、そのうちの男女各1人をもう一日ずつ張り付いて1週間を過ごした。

たまたまかもしれないが、その5人はオレが張り付いている間にレッドと接触することは一度もなかった。


その間に、役所と警察のそれぞれに勤務するお友達に依頼してあった資料が届いた。
レッドに関する資料とマッギーが関わったという事故についての資料。。。

話を持って行った時は2人とも散々もったいをつけていた。
だが、最後には2人とも「頼むから受け取ってくれ。。。」と言って、泣きながらムリヤリそいつをオレの手に押し込んだ。

(不正をはたらくヤツは許しておけねえ。。。)



ようやく全貌がつかめてきた。。。

翌朝、1週間ぶりに見たレッドは。。。最後に見た時の姿は別人としか思えなかった。
ピンクのスーツを着ている。

「やあ、ひさしぶりだね」

「まだあたしに何か?」

1週間前の事はおそらく覚えていない。レッドの反応を見てオレはそう確信した。

「実は、どうしてもわからないことがあってね。。。
 なぜいつもピンク色?」

いつもの軽口を言う調子で言ってみたが、表情を見るとそうは受け取らなかったようだった。

「探偵さんには関係ないことだと思うけど。。。」

「確かにオレには関係ないが、マッギーには関係が大有りなんだよ。。。」

レッドの表情が曇った。

オレは、この質問はサラッとかわされてしまうだろう、と考えていた。
朝、外出する時に家のまん前の道端で立ち話する話題ではない。。。

レッドは考えこんでいた。
(マッギーの名前を出したのは失敗だったか。。。)

やがて、レッドは意を決して、口を開いた。


「突然、目の前にゾウが現れるのよ...」



(8)


その時、すぐ脇を車が一台通り過ぎていった。

「動物園で見るゾウよりずっと大きいのよ。」

オレにはレッドがふざけているようには見えなかった。

「いつ現れるかわからない。。。道を歩いている時、家に居る時、仕事をしている時。。。
当然、周りにいる人には見えない。。。」

「トイレや風呂にも入ってくるのかい?」

我ながらつまらないことを言ってしまった。
だが、レッドは軽くうなずいた。

「空間を超越してるっていうか、空間がゾウの大きさに合わせて大きくなる。
そして、踏まれそうになる。。。」

オレにはどうもイメージがつかめない。

「それで。。。
 ゾウが暴れないようにピンク色にしてしまう。
 塗り絵に色鉛筆で塗りつぶすみたいに。。。」

(ゾウを色鉛筆で塗りつぶす。。。?)

「そのために、ピンクの服装が欠かせないってわけだね。」

オレは話を合わせてみたつもりだった。
レッドはそれには返事をせず、オレに背中を向け歩き始めた。


否定しなかったところをみると、どうやらその通りらしい。
続けて、下着もピンクなのか聞きたいところだったが、やはりそれはできなかった。。。

彼女は狂っているようには見えなかった。

振り向きもせずに歩き去っていく後姿を、オレはぼんやり眺めていた。


レッドの話をまとめるとこうなる。
普段の日常生活に突然非日常的なもの(ゾウ)が現れる。
暴れると危険なので暴れないように対処(色鉛筆でピンクに塗りつぶす)する。
そうすると、危険だったゾウが危険ではなくなる。
そのためにピンク色の服装が欠かせない。

幻覚・妄想のようなものだとしてもバカげてはいるが、彼女の中では現実だということか。。。


「マッギー、そろそろ出てきたらどうだい?彼女は行っちまったよ。」

オレは姿の見えないマッギーに向かって言った。

さっきから隠れて見ているのはわかっていた。おそらくレッドにも。。。


(9)


オレは返事をしないマッギーに向かって続けた。

「マッギー、確かにオレはお前の過去の傷を預かるとは言ったさ。
でもそれが、女の子からクマを預かって、奥さんからゾウを預かることだとは思いもしなかったよ。」

やはり、返事はない。もちろん姿を現すこともなかった。
だが、この言葉がマッギーに伝わっている事は確信できた。

「次はおネエちゃんからネコでも預かるのかい?」

しばらく反応を待った。。。

少し経つと、マッギーがすぐそばにいる、という気配はふっつりと消えた。。。


(やっぱりそうか。。。)

オレは急にやりきれない気持ちに襲われた。。。


車を走らせ、街外れにある高台に向かった。
夜にはたくさんの車が夜景を見にやってくる場所。。。

ひさしぶりに街を見渡してみた。

そんなに大きな街ではないが、こうして見ると、あのあたりは行ったことがないな。。。と感じる地域もある。

オレもマッギーもこの街で生まれた。
いろいろあったが、今もこの街にいる。

そして、この街のどこかで、マッギーはずっとレッドを見守っているんだろう。。。

オレから電話をかけてもおそらくもう出ることはないだろう。。。

オレは、ヤツの居そうな場所を推測しながら、ずっと街を見下ろしていた。


夕方近くなって、オレは酒屋で安物のバーボンを2本買い、マッギーの家へと向かった。
マッギーもイエローもおそらくそこにはいない。

ただ、何かわかることがあるはずだから、気長に待ってやろう、ということさ。
酒でも飲みながらでないと多分やってられない。


ヤツの家の前で車を止めた。ガレージには車がない。
インターフォンを押しても、思ったとおり反応はなかった。

(長期戦になりそうだ。。。)

オレは車に戻り、早速バーボンを開けほんの少しだけ口にふくんだ。



(10)


どうやら高校の教室のようだった。

高校生のマッギーとなにやら見覚えのある3人(ブルー、グリーン、ブラウンとしておこう)がひそひそ話をしている。
深刻な話をしているらしい。。。

その時、普段はおとなしいはずのブルーが突然立ち上がり、ブラウンにつかみかかろうとした。
マッギーとグリーンが止めに入ろうとして立ち上がった時に、マッギーの目がオレの方を向いて動きが止まった。

(気付かれた。。。)

少し焦って、逃げようかと考え始めたところで目が覚めた。


オレは車の中で、酒ビンを片手に握り締めたまま眠ってしまっていたらしい。

外は真暗だが、早起きマニアにとっては、少しばかり早い時刻だ。

こんな時間に何も無いだろうと思いながら外を見ると、イエローが家に向かって歩いて来ているのが見えた。
やはり偶然ではない。


「朝帰りとは妬けるな。。。」

オレは、家に入っていこうとする背中に向かって声をかけた。
イエローは驚いて振り返った。

「海を見に行ってただけ。」

(こんな時間まで?)

「マッギーはどこにいる?」

オレがそう尋ねると、イエローは逃げるようにドアを開けて、家の中に消えた。

しばらくオレは家の前に立ち尽くすしかなかった。
(ムリもないか。。。)

しばらくそのままの状態で待ったが、やはり出てきそうな気がしなかった。
また出直そうか、と車に向かって歩き始めた時、背後でドアが閉まる音がした。


イエローが、立っていた。。。手には見覚えのあるナイフを握っている。

(やれやれ、またか。。。)

オレはレッドが同じようなナイフを持っていたときのことを思い出していた。

(まるで30年ほど前のテレビだな。
オレの腹にナイフを差し込んで、そいつをガチャガチャと回し、とっておきの場面のチャンネルに合わせようってことか。。。)

あの時の痛みの記憶がよみがえってきた。
あの少し前にに献血した時の痛みとは比べ物にならない。

(どうせそのうち、イエローの姿が一瞬見えなくなって、オレは腹に痛みを感じ、何かを預かるんだろう。。。)

残念なことに、オレの予想は外れなかった。。。


to be continued...




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