フィリップ・パ~ロウ探偵事務所

11~14話(最終回)


(11)

見たことの無いダイニングキッチンの風景。。。
あちこち見回してみるが、誰かの家の中ということ以外は何もわからない。

家の中は静まり返っていて、なんとか障害物を見分けられる程度の明かりしかない。

イエローが、テーブルに顔を伏せている。

(マッギーの家か。。。)

例によって声は出せない。。。

ヤツから聞いていた通り、質素な暮らしぶりが見て取れた。
手馴れた空き巣なら、侵入した瞬間に自分のバカさ加減に気づかされて頭を抱えてしまうだろう。
いくら物色してみても金目のものはおそらく見つけることはできない。。。

イエローは眠っているのかもしれない。
オレがいる事に全く気づいていないようだった。


イエローは右腕だけをテーブルの上に伸ばしていた。
そして、手には紙切れを持っていた。

(これを受け取れってことかい。。。)

オレはその紙切れを、イエローの手からそっと取り上げた。

小学生が授業中に、教師の目を盗んで伝言を回すのに使うような、小さなメモ用紙だった。


「クマとゾウは俺が始末する。
 うまくいくかどうかわからないが、
 いざとなったら強い味方がいるから心配はいらない。」


書いてあるのはそれだけだった。
(マッギーの字か。。。相変わらず女の子みたいな字を書くヤツだ。。。)

念のために裏面を見ると、頭にネコの耳のようなものが生えた女の子が、オレに向かってニッコリと微笑んでいた。


予想していたことだった。
おそらくマッギーは、もうこの世には居ない。。。

イエローにはわかっているのだろう。
この紙切れを何度も手にとって読んでいたのかもしれない。
イエローの方を見ると、少しモゾモゾ動いていた。やはり眠っていた。

その時、例によって場違いなほど大きな音がして、頭に衝撃が走った。。。

(そうだった。こいつを忘れてたぜ。。。)

薄れていく意識の中でオレは、マッギーがイエローを連れて来て、付き合い始めたことを報告しに来た時の姿を思い出していた。



(12)

事務所にやってきたのは、まるで1年振りくらいに感じられた。

懐かしいにおい、懐かしい壁の色、懐かしい床の味。。。

オレはリノリウム張りの床に顔を押し付けていた。結構長時間だったようだ。
手には、やはり紙切れを持っていた。

(ここには長居はしていられない。。。)

前にこの場所でイエローに言われた言葉が気にかかった。
早々にここから立ち去ろうと、オレは一人でもがいていた。
だが、頭痛とめまいに襲われて、到底立ち上がれそうな気配すらなかった。

「探偵さん、気がついた?」

驚いて、声のする方に目を向けた。
はっきりとは見えないが、レッドが来ている。。。

「この事務所から。。。早く離れよう。」

人が居ることで、少し気持ちが強くなったんだろう。
おそるおそる立ち上がってみると、なんとか歩けそうだった。

「分かった。あたしもここにはあまり居たくなかったの。。。」

フラフラして、何度かレッドの肩をつかんで支えてもらいながら、どうにか車に乗り込むことができた。
今日は赤い服を着ていた。

「探偵さん、海へ行かないと。。。
 昨夜、車ごと海に沈んでた身元不明の遺体が発見されたの。。。」

レッドも助手席に乗り込み、心配そうにオレの顔を覗き込みながらそう言った。

(マッギーの遺体がとうとうあらわれたか。。。)

「そんな事を、わざわざオレに知らせにきてくれたのかい?
 火事が起こっても、オレに知らせに来てくれてるつもりじゃないだろうね。」

「なぜか、自分に関係がある事のような気がして。。。
 気がついたら、知ってるはずないのにここへ来てた。」

オレはゆっくり、海に向かって車を走らせた。
前にイエローが明け方帰ってきて、海を見に行っていた、と言った事を思い出した。

おそらくマッギーは、最後に電話をかけてきて間もなく逝っちまったんだろう。
もしかしたら、あの電話をかけてきた時はすでにこの世にいなかったのかもしれない。。。

(やっぱりオレにはわからないよ。
一体オレに何をさせようって言うんだい?)

港の近くまで来ると人だかりができていた。
車では入って行けそうにない。

車は数珠つなぎで全く動かなくなった。
オレはそこでレッドに、車から降りるように言った。

レッドは不思議そうな表情も見せず、黙って降りた。

オレはUターンして、そのまま車でアテもなく彷徨った。



(13)

オレは、眠っているイエローからメモを預かったことを思い出した。
もう一度読もうと思い、ポケットから取り出してみた。

「クマを持って、公園の池の白鳥の前に来てくれ」

と書かれていた。
前に読んだときと内容が異なることには、オレはたいして驚かなかった。
おそらく、数時間後にはまた違うことが書いてあるんだろう。

オレは事務所に寄り、金庫にしまっておいたクマのぬいぐるみをつかんで、また車に戻った。
そして、公園に向かって車を走らせた。


いろんなことが起こった、というよりは、オレはただいろんなものを見せられただけだった。

全てマッギーが仕組んだことだった。
常識離れした会話、現実とは思えない行動、意味ありげな夢。。。
どれもこれも、オレみたいな凡人にはついていけない。。。

幸い公園には人気はなかった。
オレは手にクマを持って白鳥を探した。
白鳥は見当たらなかったが、桟橋のところに白鳥をかたどった足漕ぎボートがくくり付けられている。

(やれやれ、ここまできて散々振り回しやがって。。。)


当然ながらマッギーの姿はない。
しばらく待ったが、何も起こりそうにないので話しかけてみた。

「高校生の頃、集団暴行で少年院送りになった3人のことはよく憶えてるよ。」

(おそらく伝わっている。。。)
返事はないが、そんな気がしていた。

「お前が関わったって言うのは事故なんかじゃない。
 高校生の時に、あの3人と一緒になってやらかした集団暴行だな。
 それが元で、お前はゾウの幻影に悩まされるようになった。そうだろ?」

マッギーは答えるのをためらっている、オレはそう感じていた。

「いつお前が話してくれるのかって、オレはずっと待ってたよ。」

オレはそこまで言って待つことにした。
マッギーは必ず返事をすると確信していた。

「俺もずっと話したかったさ。。。」

マッギーは姿を現さず、声だけが聞こえた。

「しかし、話そうとするたびに、ゾウに襲われた。。。
 もちろん、死ぬほど後悔したし、相手には申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。
 でも、俺には謝罪する事もできなかった。
 しかも、法の裁きを受けることすら出来なかったんだよ。。。」

「泣き言なんか聞きたくないな。。。
 なんで、海に飛び込んだりしたんだい。。。」

「オレはゾウとクマから逃げてばかりいたんだよ。
 ケリをつけようと思って、彼女を悩ましているゾウもまとめて始末しようと思った。
 そうしたら、2頭がかりで倒されちまったってわけさ。」

訳がわからない。。。
そう思っていると、手に持ったクマが勝手に、小刻みに揺れ出した。


(14)

オレはクマから手を離したが、クマはオレから離れようとしない。
オレは気味が悪くなって、手に持ったクマを地面に何度も叩き付けた。
足で踏みつけ、ムリヤリ引き剥がしたが、その後もバタバタと暴れていた。

「ある時、妻が彼女からそのクマを預かってきた。
 オレはそいつが憎くてしょうがない。。。
 そいつは人の心の弱ったところを見つけては、そこに入り込む。
 そして、傷を癒してくれているような顔をして、実は傷口を思い切りひっかき回して喜んでやがる。。。」

クマの方に目を向けると、まだ微かに暴れている。

「そして、そいつがいると、ゾウが凶暴になるのさ。
 ピンクに塗りつぶしても大人しくならないんだ。
 やむを得ず、信頼できる人間に任せようと思った。それだけさ。」

オレは黙って聞いていた。
オレには訊きたいことが山ほどあったはずだが、何を訊きたかったのかわからなくなってきていた。

「オレはこれまで何もしてないよ。
 これからも、何もする気はないね。」

マッギーはもうオレと話を続けるつもりが無いように感じた。
これから先、もう会話をかわすこともないかもしれない。
おそらく、イエローとレッドのことは、あの世からいつまでも見守っていくんだろう。。。


足元ではクマがまだ微かに暴れている。
オレはそいつのマヌケ面を見ていると、無性に何か叫びたい衝動に駆られた。

オレはおもむろに腹にナイフを突き刺した。

(オレはいつナイフを手に持ったんだ。。。?)

そしてそのまま約90度回転した。
昔のTVのチャンネルを替えたときのように、ガチャガチャという手ごたえがあった。
ようやく、クマは大人しくなった。
そしてオレは、そいつを池に向かって思い切り投げた。

とっておきの映像をヤツに見せることができたのだろうか。。。
何もする気はない、とさっき言っておいてなぜそんなことをしたのかは、自分でもわからない。
ただ、ようやく何かをしてやることができた、という気がしていた。
(もうこれっきりだ。。。)


遠くの方で、子供が母親を呼ぶ悲痛な声がしていた。
さっきから何度も繰り返し呼んでいる。
その声を聞いたせいか、急にさっきの頭痛とめまいが治まっていないことに気がついた。
立っているのがやっとだ。。。

(やれやれ。。。この調子じゃ一緒にママを探してやる事なんてできないぜ。。。)

オレは、急に足取りが覚束なくなって、フラフラしながら子供の声のする方に向かった。

(そうだった。。。レッドを港に置いてきたままだった。。。)



the end...




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