鍋・フライパンあれこれ美味
100万ポイント山分け!1日5回検索で1ポイントもらえる
>>
人気記事ランキング
ブログを作成
楽天市場
000000
ホーム
|
日記
|
プロフィール
【フォローする】
【ログイン】
浅川港さんのコンピテンシー講演と著書要約
2 場 所:三重県庁講堂
3 講 師:ヘイ コンサルティンググループ
マネージャー 浅川 港さん
4 テーマ:「ザ・コンピテンシー」
5 内 容:以下の通り
・日本の社会の本来持っている潜在的力は、優秀だ。
・私はこれまで横文字で出版して欧米等のマーケットで受け入れて
もらうビジネスを経験してきた。
・日本人は自分が考えている以上に潜在的能力がある。
・バブルの崩壊で経済が低迷し、閉塞感が広がっているということに
なっているが、周りを見回すとそうかなと思う。
・英国政府の高官が来日前には、日本は経済が低迷して不況である
という先入観、予備知識を持ってきたが、帰国の時は「これが不況で
あるならばぜひ輸入したい」と言ったという。
・客観的に見ると悪い数字が続いているが、これからはそれも脱して
いく気配だ。
・しかし、官民を問わず人事システムだけは変えていく必要がある。
・公務員制度改革の趣旨は、業績と能力をこれまで以上に公務員に
ついても見ていくということだ。
・欧米の組織には目的があるが、日本ではまず人ありきで、本来の
組織の目的を見失っている。
・アカウンタビリティは、説明責任というよりは成果責任、達成責任と
訳した方がピッタリ来る。
・組織は役割の集合であって、人の集合ではない。成果責任の集合
である。
・コンピテンシーはハーバード大学の心理学者(行動科学)D.マクレ
ランドが人間の動機研究からスタートした。
・米国務省が同教授に職員の能力分析研究を依頼。ロシア語ができ
てもロシアでよい成績をあげないことがわかって、良い成果を出す人
の行動特性を分析した。
・コンピテンシーは仕事をしていく上で求められる能力の血液検査や
人間ドックのようなもので、職務遂行能力とは違う。点数を付けるだ
けではダメである。
・最初は、みんなが納得感を持って、わかる言葉でやり始める。
・ノルマの押し付けにならないように、目標を持って達成し、組織もそ
れを後押しする。
・コンピテンシーは活用された、発揮された能力なので一度だけとか
試験でできただけでは能力とみなされない。
・体の人間ドックと違い、正確さが足りないので、昇給考課へは過度
に反映させない方がいい。
6 Q&A
Q) 民間、自治体、学校での導入事例は?
A) 武田薬品工業が有名だが、合併前のさくら銀行は支店長の選抜
に使っていた。
自治体では静岡県がH11年度から使っているが名前はコンピテン
シーではなく、行動評価。そのほか、高知県、宇都宮市が導入して
いる。
学校は日本ではまだない。英国ではサッチャー以来教育部門改革
をしており、校長のコンピテンシーによる評価を実施している。
Q) 著書は共著なので田中さんか、浅川さんの意見かはわからないが、
その中で「ヘイのワールドワイドの調査でも、日本以外では人事評価、
あるいは業績評価に対して、これほど強い抵抗を示す結果は出たこと
がない」「 日本だけにそうした傾向が見られる、一つの仮説として考え
られるのは、職場での評価が、その人の全人格に対する評価のように
受け取られてしまうことである」とある。
この理由として日本人が農耕民族であるからなどということと、外部
環境が日本でも活発化し、リボルビング・ドアが開かれ、ポリティカル・
アポインティが活発になり、War for talent(人材獲得競争)が盛んにな
れば、抵抗感も少なくなるという気がするがどうか。
A) 主に米国との比較で書いているが、日本はそういう風にならないよう
に思う。組織感、文化、歴史といったものが違う。もっと違う組織のダイ
ナミズムが日本にはある。
7 その他:パワーポイントを用いた講演だったため、記録が簡単に
しか取れなかったので、以前につくった浅川さんの共著で
共感した箇所のピックアップを以下に付けます。少し長い
ですが、私は啓発されたので興味のある方はお読みくだ
さい。
「まず、日本的人事を変えよ!」 田中滋 浅川港著 ダイヤモンド社
○ いわゆる「サラリーマン」は、日本的人事システム=日本的経営
と一体の存在として戦後の日本を担ってきた。周囲との融和を第一
義とすること、会社を変わらないこと、安定を求め年功を重視するこ
とが、その特徴だった。
○ 結果として、どんな成果を出したかを問われるよりも、周囲と協調
してやったかどうかが問われる。協調を崩すくらいなら、多少成果を
犠牲にしてもかまわない。そのためには、仕事の成果をはっきりさせ
ることは避ける。実は、こうした傾向が、いまの日本の閉塞感をつくり
出す原因になっているのである。
○ もう一つの問題は、たいていの日本の組織は、出口と入り口を、
それぞれ一つしかもっていなかったことである。学校を卒業してある組
織に入ると、基本的にはずっとその組織で働いて、いわゆる仕事人生
を終わることが当たり前になっていた。そのことの弊害が、ここにきて
噴出している社会的問題の根底にある。
○ アメリカを代表する気鋭の思想家フランシス・フクヤマの指摘によ
れば、「トラスト=信頼」がその社会全体に行き渡っていないところで
は、経済は発展しようがないという。なぜならば経済の基本は、ほか
の人間に仕事を任せる人がどれだけいるかによって決まるからであ
る。
○ 途中から飛び込んだ会社であっても、不利益をこうむらないように
なっていなければ、人々は会社を変わろうとはしないだろう。会社を変
わる人、あるいは知らない人や知らない会社がつくったものにも消費
の手を出してみる人を増やすには、社会全体を貫徹する相互信頼を
強くすることがカギになるのである。
○ 日本では、その場に長くいる人は、必ず新参者とは違った有利な扱
いを受ける。多少能力的に劣っていたとしても、あるいは他の人に比べ
て業績が悪くても、長年いるという事実によって、甘く見てもらえる部分
がある。これは会社でも、学校でも同じである。いわゆる先輩として、多
くのことで有利な条件が与えられる。
○ これに反して、アメリカでは、ふだんのつき合いは別にして、いざ仕事
あるいは演奏という段になると、みな横一線に並んで競争することになる。
そうでないと、どうも大変な不公平ということになって、大騒ぎされるようだ。
○ しかし日本では、先輩が後輩や新入社員あるいは新入生と、まったく
横一線に並んで競争することになれば、逆に大変な不公平ということにな
るに違いない。
○ 一般的にいって、日本の旧来型組織は自然発生的であり、まず複数
の人間がいたら、すでにそこにいる人間を前提とした組織をつくっている。
その過程で、それぞれの役割分担がハッキリしてくるといったケースが多
い。
○ これに対してアメリカ流は、まず目的を明確に設定し、そのために組
織をつくり、その組織のなかの各ポジションに人を当てはめていくという
プロセスになる。
○ 議会ともいうべき取締役会が、ビジネスを実際に行うオフィサーとダブ
ってしまっているため、チェック機関として用をなさない。逆にいえば、い
ろいろ説明して了解を取るのが骨だから、お手盛り取締役会にして、実質
的チェック機能を棚上げしているのが、日本の企業の実態ではなかった
か。
○ 先輩とか上司といった立場の人間に対して、闊達に「異見」を開陳でき
るかどうか。このことが、組織の強弱を決めるのである。
○ 事件が起こると、多くの経営者が口にするのは、「先輩が築き上げた当
社の社会的信用を傷つけて誠に残念です」と言ったコメントである。
○ これはこれで、彼らにすれば正直な気持ちの吐露であろうが、不思議な
コメントである。気持ちが100%内向きなのである。
○ 自動車の欠陥でリコール隠しをした自動車メーカーでも、経営陣がもっ
ともショックを受けたのは、ほかのグループ各社首脳からの、「グループを
象徴するスリーダイヤの信用に傷をつけてくれた」という指摘だったといわ
れる。
○ 日本経済が、これほど長期にわたって低迷している理由はなにか。この
問題には、当然複雑な理由が絡まっているわけだが、この10年間、低迷の
理由としてほとんど議論されてこなかったポイントは、ドルで比べたときの日
本の給与水準の高騰である。
○ 個々の企業のなかで、総人件費を抑えつつ、なおかつ競争力を維持す
るためには、社内での貢献度に応じた支払いを指向する給与体系を取って
いかざるを得ない。いわゆる成果主義型の体系である。
○ 「同期平等主義」を維持していたのでは、人件費は上昇するのに生産と
利益は上がらないというマイナスのスパイラルに陥らざるを得ない。
○ サラリー=生活給という、戦後長い間非常に説得力をもってきた春闘の
論理は、もう通用しがたくなっていることは明らかである。
○ つまりハッキリいえば、円高という大きな経済変化に付随する二つの側
面のうち一方だけを受け入れ、もう一方の側面は拒否するという論理はも
う通用しない。
○ どうも成果主義というのは、本当の意味で望まれているわけではなさそう
である。やはりできれば、仕事の仕方、努力の度合いといった仕事のプロセ
スに注目してほしい。成果を評価に取り入れるにしても、それは一部分にと
どめてほしい。そういう本音が、特に中高年から聞こえてくるようだ。
○ 「日経ビジネス(2000年4月3日号)に「あなたの心が危ない」特集があっ
て、ビジネスマンの精神的ストレス、心の病における最近の傾向を紹介し
ていた。そのなかの事例の一つはこうである。いわく、セルフナーバス症候
群「嫌われたくなくて、部下を評価できず」。
○ 実際に組織にプラスをもたらした人とそうでない人が、同じような処遇に
何年も置かれる社会は、はたして本当の正義にかなっているのか。この大
事な議論が、マスコミの情緒的な論調でいつも中途半端に終わる。
○ 頑張った人が、少しぐらい間違った結果を出しても、人々は非難しない。
人の目にはあまり苦労しないで結果を出したように見える人は、おそらく職
場で疎まれるに違いない。いわく、あれは単についていただけで、誰だって
あんないい顧客をもらえば、あのくらいの売上げはあげるよ。
○ 日本の組織は、いつも将来性のありそうな人材を大事にしてきた。(そ
の反面、将来性を期待されない人が実績をあげても、あまり評価されな
い。)極端にいうと、そのために「いま」を相当犠牲にしても、そういう判断
をしてきたケースが多い。
○ アメリカのようにターンオーバー(人の入れ替わり)が多い社会では、
あの人はがんばっているからいずれ結果が出るに違いないといった見方
は、あまりはやらない。がんばっている、努力しているということが評価の
対象になるのは、比較的繰り返し作業の多いジュニアジョブに対してだけ
である。
○ 秘書や受付といった仕事、あるいはメールクラーク(庶務係)といった
仕事についている人たちは、その本人が努力しているかどうかで判断さ
れることが多い。
○ しかし、いわゆるマネージャーといわれるレベルになると、文字どおり
仕事をマネージしなければいけないわけだから、その結果で評価される
のが当然ということになる。
○ ヘイのワールドワイドの調査でも、日本以外では人事評価、あるいは
業績評価に対して、これほど強い抵抗を示す結果は出たことがない。
○ どの国の調査でも、業績評価をとても楽しいものだとするような結果
は出ていないが、日本のように評価者が心理的、精神的に極度のプレッ
シャーを感じるような結果も出ていない。
○ 日本だけにそうした傾向が見られる、一つの仮説として考えられるの
は、職場での評価が、その人の全人格に対する評価のように受け取ら
れてしまうことである。
○ 逆にいえば、評価をするほうにもされるほうにも、仕事(意識としては
職場)というものが、その人の人生と一体化して意識されているがため
に、評価が必要以上に重いものに響いてしまうのである。
○ 別な言い方をすれば、仕事(=職場)と人生が未分化であるために、
評価が必要以上に重いものに響いてしまうのである。もしそうであるな
ら、日本の社会は、恐ろしいほどの後進性を抱えていることになる。
○ 幕末からの150年間、いろいろなものをいろいろな国から学び、つい
にはその多くを自らの薬籠中のもとし、いわゆる近代化を成し遂げてき
たが、その中身たるや、実にまだ150年前とほとんど変わっていないとい
ってもいいほどの後進国だったのかもしれない。
○ ニューエコノミーの特徴は、まずそのスピードにある。別な言い方を
すれば、時間と距離を人々の消費行動から取り除いた点にある。
○ 何かをほしいと思ったときに、あるいはもっと極端な言い方をすれば、
特に何かをほしいと思っていないときでも、コンピュータの前に座って5
分か10分ブラウズ(検索)し続ければ、いろいろな商品が目の前に現れ、
消費心理を刺激するというシステムが現れたのである。
○ たとえ35年も40年も同じ会社で働くとしても、その間上司と部下が一
度も対等の立場で、仕事の目標や、それを達成する方法、あるいは顧
客が抱いている不満の分析、過去半年あるいは1年の結果の分析をし
ないで、会社人生を終えるなどということがあっていいのだろうか。
○ 個々のスタッフとそのチームのリーダーが、期首のしっかりと目標を
立て、そのための方法論を仔細に検討し、最後に期末のレビューをし
っかりやるという仕組みをもっている会社が、どれだけあるか。
○ アメリカで業績評価の権威の一人とされるディック・クロードによると、
業績評価は、シートベルトのようなものだという。その心は、「誰もやり
たがらないが、やらないとちょっとしたミスが大事になりかねない」。
なかなかいいえて妙ではないか。
○ 仕事の評価はアメリカ社会のなかできわめて大事であり、ごく軽い
仕事から大統領まで、あらゆる仕事が評価の対象になっている。それ
を避けていたのでは、アメリカの活力は生まれてこない。
○ 評価を避けて通ろうとすると、結果的に大きな不平等を生み出しか
ねない。きちんと成果・業績をあげている人が、そうでない人と一緒くた
に扱われかねないという問題だ。
○ ほかに職がない時代ならともかく、今日の日本のように多少とも流
動性が出てきた社会のなかで、評価を避けて通ろうとすると、貴重な
人材を失うという事態にもなりかねない。
○ アメリカの経営学者マイケル・ポーターがいうように、国内で厳しい
競争にさらされている産業しか、外国との競争には勝てないのである。
競争を排除しようとすれば、その結果もたらされるのは「弱体化」であ
る。
○ 笑い話の一つに、「ある業界を強くしようとするとき、アメリカ政府は
規制を緩めて競争を促す。日本ではある業界を強くしようとするときに
は補助金を出す」というのがある。実にさびのきたジョークではないか。
○ 日本の人事を変えるには、まず大きなシステムの問題として、それ
ぞれの企業にべったりと張りついてきた、人にまつわるさまざまな「当
たり前」や「当然」を別なシステムに変えていく必要がある。マインドセ
ットの洗い直しである。
○ たとえば、日本の企業では人が中心、前提になってきたから、ある
人が十分な貢献をすることができなくても、その人はその職場に残り、
その人に与えられていた職務の方が変更される。人の入れ替えが、
ほとんどできないからである。
○ まず、こうした考え方ややり方を、逆に仕事=職務を軸にしたもの
に変えていかなければならない。アメリカの組織は、具体的にどの人
がどの仕事をということにとらわれることなく、ひとつの目的を達成す
るためにどういう職務が必要であるかという発想からスタートする。こ
れからの日本の企業組織も、こういう方向に転換していかざるを得な
い。
○ 360度評価というのは、ある職位に関係する同僚、上司、部下、あ
るいは顧客(取引先)が評価をするものである。
○ いままで評価といえば、上司が部下に対して行うのが通例であった
が、このところ上下の関係だけでなく、横、あるいは斜め、さらに取引
先からも評価を受けるという、文字通り360度評価が多くの企業によっ
て取り入れられている。
○ いちばんの基礎になるのは、成果責任、成果目標が明確に本人
に示されているかどうかである。数多くの目標が示されていても、また
それらについて本人が期首に納得をしていたとしても、抽象的な目標
設定だと評価の基礎がゆらぐことになる。はっきりした目標がないとこ
ろに、はっきりした評価はあり得ない。
○ 目標管理においていちばん大事なことは、それぞれの目標の集大
成が、その企業の目標と合致していることである。目標を立てさせ、
それを管理するのが目標管理だと短絡的に誤解している向きも多い
が、それは違う。
○ 原語を見ればハッキリしているように、目標を立て、その総和が企
業全体の目標と合致するようにしていくのである。そういう意味では、
「目標(あるいは目的)による経営手法」と理解したほうがいい。そうで
なければ、単純なノルマ主義に簡単に陥る。
○ 会社側だけが評価基準を密かにもち、点数だけつけてあとは黙っ
ているほうが、一見楽である。実際日本の人事評価あるいは考課とい
われるものは、ほとんどブラックボックスのなかで行われてきた。
○ それを透明なものに変えていくのは、実は人事のなかでもっとも大
事なポイントなのである。何をどう達成すれば、どういう評価なるかが
はっきりしていれば、各人の仕事のやり方も変わってくるだろうし、会
社全体の成果に対する取り組み方も変わってこざるを得ない。
○ 日本のいわゆる年功型賃金は、その最後のピリオドとして定年制
というものを置かない限り成立しない側面をもっている。長い間同じ会
社で働いて毎年少しずつ安定的に給与が増えていくという仕組みは、
どこかに終着点を置かなくては破綻してしまう。
○ これからの人事管理の中心部分は、何になっていくのか。そこに
は「仕事を与える」「仕事ぶりをほめる」「報いる」の三つの課題がある。
この三つを、これからの人事部はきちんとやっていかなくてはならない。
○ アカンタビリティと似た言葉にリスポンティビリティがある。大ざっぱ
に日本語を当てはめれば、両方とも責任という意味になる。しかし厳
密にいえば、リスポンティビリティが行為の責任を意味するのに対し
て、アカンタビリティは結果に対する責任を意味する。
○ いまの日本の帰属意識は、あまりにもせせこましい。日本で本当
に狭いのは、土地ではなく帰属意識の対象なのではないか。別な言
い方をすれば、それぞれがばらばらで、大きな括りのなかでいっしょ
になろうという意識が希薄すぎるのだ。
○ 「仕事があるから」というのは、かなり広い範囲で受け入れられて
きたサラリーマンの社会的参画への辞退理由である。言い訳として
は、かなりの効果がある。
○ 「仕事があるなら仕方がない」。たいていの反応は、そういうことに
なる。友人であっても、親戚からの誘いであっても、あるいは家族から
の要請であっても、水戸黄門の印籠のごとく摩訶不思議な効果を発
揮するのが普通である。
○ 少なくとも日本の戦後においては、こういう価値基準が、ほぼどこ
の家庭、どこの地域においてもまかり通ってきた。
○ 日本の社会では、「仕事」というものをあらゆることに優先してきた
が、それはいつの世でも正しい判断なのか。考え直してみる価値があ
りそうだ。なぜならば、つねに仕事をすべてに優先する思い込みが、
いまや日本企業の弱さになっているからだ。
○ 会社を変わるという同じ行為も、アメリカなどではまったく受け取ら
れ方が違う。会社を変わるということは、キャリアアップ、ステップアッ
プであり、周囲の人間は、それなら給料も上がったに違いない、という
ふうな受け取り方をするのだ。
○ だから、「会社を変わった」と聞いて友人たちが発する言葉は、た
いていの場合、「コングラチュレーションズ!(おめでとう!)である。
○ 日本の場合、会社というものが、社会を構成するもっとも普遍的な
ユニットになったのは、明治に入ってからである。しかし実は、それ以
前の普遍的なユニットであった幕府や藩というものの、ある種のアナ
ロジー(類似概念)として、会社は意識されてきたのではないか。
○ その結果、日本の会社は、西欧でいうようなビジネスをするためだ
けの組織とは別な意味をもってきた。
○ 会社は、そこに勤務する人にとっては、仕事を含む生活の場であ
り、西洋中世史の研究から、日本人の社会意識の分析にその分野を
広げた阿部謹也氏がいうように、「そこが主たる世間」になるのである。
○ 欧米、特にアメリカのように、会社を変わる、組織を変わることの
垣根が低ければ、自分の力で官僚たちは、いわゆる民間の企業に職
を求めていくことができる。
○ リボルビング・ドアという言い方がアメリカにはあって、民間と政府
の要職を、いわば回転ドアを押して出入りするように行ったり来たり
することを指す。
○ 一方日本では、いわゆる天下りの禁止というマスコミを中心とする
キャンペーンが効いて、特に中央省庁の官僚たちは民間に職を得に
くくなっているが、これはある意味では国家的損失ではないだろうか。
○ 中央省庁の官僚たちに限らず、民間から政府組織へ、各県の部
長、あるいは公立大学の教授職などから民間へ、あるいは中央官庁
の要職へといった異動がもっと自由にできるようになれば、天下り問
題も実は起きないだろう。
○ 部下に対しても同僚として、上司に対しても同僚として、オープン
に議論し納得できたものは実行し、きちんと評価を受けるという流れ
になっていかなければ、これからの国際競争は生き抜けないと心す
べきである。
○ 日本という国は、実に不思議な国である。アメリカを除けば、世界
でいちばん経済活動が活発な国であるにもかかわらず、不安な気持
ちで生きている人の数は、これまたおそらく世界有数の多さである。
実に、なんとも不思議な取り合わせとしかいいようがない。
○ やはり幕末からこの150年あまり、本当に納得し、自信をもって新
しいことに挑戦せず、いやいやながらなんとか対応してきたことのツ
ケを払わされているのかもしれない。
○ 大きな変革を迫られると、最後の最後まで抵抗し、いよいよ後が
ないということになると、それまでとはうって変わって、その変革に邁
進する。そして、その変革に目安がついてくると、また逆戻りを始め
て日本的なやり方に舞い戻る。基本的にはほぼ50年ごとに、そうい
うことを繰り返してきたのではないか。
○ たいていいままでの日米比較論というものは、楽観的なアメリカ、
悲観的な日本という片づけ方をしてきた。これは実に大雑把な議論
であり、もう少し詳しく見ていくと、実はアメリカの楽観論の裏には、
強い意志があることに気づかされる。自分ならその問題を、何とか
解決してみせるという強い意志である。
○ これに対して日本の場合は、どうすればその問題を解決すれば
いいのか方法論はわかっていても、それを実際に実行して解決に
至る、あるいは会社を興すといった実行の段階になると、とたんに
力が弱くなる。
○ 結果として、これはむずかしいという悲観的でかつ賢そうな判断
を下して、手を引いてしまうケースが実に多い。楽観と悲観が対比
をなしているのではなくて、「意思の強さ」の違いが対比をなしてい
るのだ。どうもそう思われてならない。
○ アメリカと自らを比較して身悶えることから自由になり、ほかの
国々と日本を比べてみると、日本という国がいかに活気に満ちた
国であるかがよくわかる。
○ 経済指標で見ても、日本は世界のほぼ15%を占める巨大な経
済を維持している。トヨタ、ソニーの製品をはじめ、「メイド・イン・ジ
ャパン」は、世界のいたるところで愛用されている。
○ 経済以外に目を転じても、禅のように非常に大きな影響を全世
界、特にアメリカやヨーロッパに及ぼした思想もあるし、独自の文
化、独自の格闘技を世界に紹介してきた。
○ たとえば、アメリカにおける空手の普及ぶりなどを見たら、多く
の日本人は目を疑うのではないか。いまではほとんどの大きな町
に空手道場がある。
○ 食文化にしても、ロンドンのハロッズという代表的なデパートで
は、食料品売り場の二割ぐらいを、寿司コーナーが占領している。
ニューヨークの街角にはほとんど150メートルごとに寿司を食べら
れる何らかのレストランがある。
○ こういう国はほかにあまりない。工業製品や、盆栽、寿司から
格闘技、さらには浮世絵や禅文化まで幅広い分野でオリジナルな
ものをつくり出し、よその国にまで影響力を行使した国という意味
では、まずほかにないのではないか。
○ 西洋には、古くから「エイジアン・フェイタリズム」という表現が
ある。アジアの運命論という意味である。哲学的なニュアンスは
ほとんどない。普通欧米でこの表現が使われるとき、それは実
に残念な認識を意味する「アジア的あきらめ」と訳すのが正しい。
○ ここでいう「あきらめ」は、状況を運命として受け入れることで
ある。ある意味では、努力を放棄することになる。この対極にあ
るのは「あきらめない西洋」である。
○ 西洋にとって状況は、運命ではなく、自ら選択すべきもので
ある。日本が「心配」と「不安」に支配される発想を維持している
限り、「アジア的あきらめ」と「あきらめない西洋」の構図は、いつ
までたっても変わらない。
ジャンル別一覧
出産・子育て
ファッション
美容・コスメ
健康・ダイエット
生活・インテリア
料理・食べ物
ドリンク・お酒
ペット
趣味・ゲーム
映画・TV
音楽
読書・コミック
旅行・海外情報
園芸
スポーツ
アウトドア・釣り
車・バイク
パソコン・家電
そのほか
すべてのジャンル
人気のクチコミテーマ
ビジネス・起業に関すること。
けなして褒めるか?褒めてけなすか?
(2026-09-29 07:31:39)
政治について
パソコンや携帯電話に違法接続されて…
(2026-09-29 21:31:57)
お買い物マラソンでほしい!買った!…
【予約受付中】LEGOシティ アドベン…
(2026-09-29 18:45:30)
© Rakuten Group, Inc.
X
共有
Facebook
Twitter
Google +
LinkedIn
Email
Design
a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧
|
PC版を閲覧
人気ブログランキングへ
無料自動相互リンク
にほんブログ村 女磨き
LOHAS風なアイテム・グッズ
みんなが注目のトレンド情報とは・・・?
So-netトレンドブログ
Livedoor Blog a
Livedoor Blog b
Livedoor Blog c
楽天ブログ
JUGEMブログ
Excitブログ
Seesaaブログ
Seesaaブログ
Googleブログ
なにこれオシャレ?トレンドアイテム情報
みんなの通販市場
無料のオファーでコツコツ稼ぐ方法
無料オファーのアフィリエイトで稼げるASP
ホーム
Hsc
人気ブログランキングへ
その他
Share by: