シンポジウム高浜記録(基調講演)



 私の専門は、政治学、行政学だが、現実政治へのかかわりは、90年代初頭の政治改革、小選挙区制の導入からだ。小選挙区制での総選挙はこれまで3回あったが、小選挙区制は、当初、導入過程での議論が十分なされなかったために、制度の意義がなかなか理解されなかった。昨年11月総選挙でマニフェストという道具を得て、ようやく有権者の政権選択の機会を保障するという本来の趣旨が理解されるようになってきた。

 小選挙区制についての解説の中でも、ほとんどのマスコミは、小選挙区の導入で、選挙区が小さくなることから、人柄で選ぶべきだというような俗説を振りまいていた。人柄のいい議員が500人集まったとして、いったい何をするのか全くわからない、白紙委任になってしまう。
 そうではなく、マニフェストを掲げている複数の政党のうちのどれに4年間の政権を委ねるかを、小選挙区のどの政党の候補を選ぶかを通して選択する、政権選択が制度の趣旨だ。そして、その政権の実績は、マニフェストに照らして4年後に検証される。
 制度の趣旨と実態がずれるということはよくあることだが、制度の導入を経て10年でようやく当初の意図した方向に向かうようになった。当初から政権選択という議論をしてきた者として感慨深い。

 こうした展開になった起点は、昨年1月ごろだったか、四日市のシンポジウムで北川前三重県知事から出された、ローカルマニフェストの提唱だった。それが、春の一斉地方選挙の首長選挙で広まり、11月のマニフェスト総選挙につながった。もともと首長選挙は、定数1の小選挙区制ともいえ、もっともわかりやすい政権選択の制度だったが、それが実質化しはじめている。

 社会活動としては、もう一つ、市民フォーラム21・NPOセンターの代表理事を97年の設立以来務めている。
 98年にできたNPO法に基づくNPO法人は、現在までに2万近くになっている。それぞれ1万数千の社団法人、財団法人、社会福祉法人などよりも、数としては多くなった。
 しかし、組織や財政基盤などをみると、自治体改革の本当のパートナーとしてはまだ不十分な存在だ。これからが本番。
 このため、NPOセンターとしても、NPOの普及啓発に加えて、最低限、有給職員を雇用できるような事業型NPOの育成をNPO支援の中軸にすえている。自治体の事業を受託することも重視している。
 市民フォーラム自体は昨年の決算で言うと7200万の収入で、常勤職員7名、パート10名程度の組織になっている。介護NPOの世界以外では、この規模の事業型のNPOは、あまりない。事業型NPOのモデルを実例として見せることもNPOセンターの役目として重要だと思っている。

 要するに、零細企業の経営者のようなことを、ここ数年やっている。NPOの体験であるとともに、自治体改革を経営、公共経営、NPMの発想から見ていくうえでも非常にいい経験だったと思っている。
 NPOと自治体の関係で言えば、新日鉄の立地する東海市という財政的に豊かな市の、第五次の総合計画を市民フォーラムとして受託して作成過程に深くかかわった経験が大きい。
 青森県の政策マーケティングに習い、市町村レベルでまちづくり指標を作成する試みを行った。この東海市での経験は、行政評価を使った戦略経営を目指すものである。

 以上のような経験を前提にしながら、マニフェスト、行政評価、NPOという3つの関連する話題を中心に話していきたい。最初に資料の紹介をしたい。

 本日のゲストでもある穂坂志木市市長の話、東海市のまちづくり指標など、内容の詳しくは既存の書籍等を御覧いただきたい。

 98年に始まったイギリスの政府とNPOとの間のコンパクト(協約)を元にして、愛知県で策定した愛知県とNPOとが共同署名した「あいち協働ルールブック2004」を配布させてもらった。愛知県は、全職員に配布したそうである。

 まず、自治体改革の中で、マニフェスト、戦略経営、NPOがなぜ有力なツールなのか?「自治体のマネジメントは生徒会に毛の生えたようなものだ」という穂坂市長の発言は我意を得たりと思った。いろいろな改革をしている穂坂市長の原点にある発想だと思う。要するに税金を集めて、市民のためになることをやっているということなのに、何のために作ったのか良くわからない組織になっている。新しいことが非常にやりにくい。穂坂市長がのこのような発想が改革のためには不可欠だ。
 ただ、首長がひとりで乗り込んでもなかなか改革はできるものではない。雰囲気や風土は、なかなか変えられない。
 しかし、市長は4年間の政権の付託を受けた存在で、4年間は任せるべき。だめならば次の選挙で落選させればよいのだから、まわりからしばられて制約を受けてやりたいこともできないというのはおかしい。

 首長の指導力を強化する有力なツールが小選挙区制でありマニフェストだ。小選挙区制は爆弾のような制度である。使いこなせれば、かなりの破壊力がある。しかし、それが理解されてこなかった。人柄で選ぶ選挙だと言われたりしてきた。
 カナダでは、政権交代が起きたときに、与党が一回の選挙で2議席にまでになってしまった例がある。一回一回がご破算となる。前回、2議席でも、きちんと候補を立てれば、次に一回で政権が取れる可能性もある。
 これまでの日本の選挙では、事前に自民党政権だということが決まっていて、有権者は政権選択権を事実上奪われていた。そこでしかたなく、身近な交通事故の処理や就職斡旋を頼める「先生」を身近に確保するために使ったりしていたわけだ。
 しかし、有権者として、何10兆もの予算について議会に白紙委任を与えていいのか。

 ローカルマニフェストというのは、北川さんが自分では掲げずに、他の知事が掲げたという経緯がある。北川さんは、2回選挙に出たが、マニフェストは出していない。
 その代わりに、岩手の増田さんなどが、マニフェストを掲げた。
 三重県から始まった行政評価システムは、マニフェストと結びついてはじめて完成するものなので、三重の事例は画竜点睛を欠くともいえる。

 マニフェスト運動は21世紀臨調がかなり意図的に仕掛けたもので、11月の選挙はうまい具合にマニフェスト選挙になった。マニフェスト選挙を経て、ようやく次に政権交代という段階になった。

 選挙で何を選ぶのか?いい人を選ぶのは、白紙委任にしかならない。
 政党を選ぶというのは比例代表制で、これは政党への包括委任となる制度。小選挙区制は政権選択であり、マニフェストは政権が4年間に何をするのか事前に示すもの。物を買うときに、ブラックボックスなのは福袋くらいのもの、事前に品質を確かめるように、政権の中身を検証可能なようにして示してもらう必要がある。

 決定的なのは、政権選択。有権者からすれば、その政権に何をさせるかがポイント。政権選択権こそが民主主義の核心だが、戦後の日本では民主主義の制度はできていたが、民主主義の核心である政権を選べたことがなかった。自民党以外の選択肢がなかった。
 現在、民主主義をさらに民主化することが必要となっている。つまり、政権交代の機能しない民主主義から「政権交代のある民主主義」への転換だ。
 ようやく今回の総選挙は、政権選択ができるということを示したもので、有権者が考えて投票する必要が出てくる。

 自治体の首長は行政の代表者で、中立であるべきだとみられてきたが、実は政治家だ。選挙で選ばれた政治家は党派的であって当然で、政治家は中立ではない。思いっきり、党派的だ。行政職員は当然中立が求められる。
 その党派的であるべき首長が中立的な行政組織のなかに埋もれてしまう事が多く、有権者がコントロールできなくなっている。政権選択選挙を可能にすることで有権者が首長をコントロールできるようになる。
 また、このプロセスを経た首長であるからこそ、行政や議会に対して指導力を発揮できる。有権者にマニフェストを理解してもらったうえで信任をもらい、多数の有権者に縛ってもらえばもらうほど、行政組織に対して強い指導力を発揮することができる。マニフェストを実行するための指導に誰も抵抗する正当性はないからだ。
 有権者にとっても、首長にとっても、マニフェストは、一番の武器になる。

 さらにマニフェストは、行政評価の最大の基準にもなる。日本では行政評価といえば事務事業評価と一致してしまっている。これは三重県の功罪双方あるが、むしろ真似したほうが悪いのかもしれない。三重県は、職員の意識改革のために事務事業評価から始めただけで、その後政策推進システムにまで展開させている。
 まねしてはじめたところは、事務事業評価を止めようとしている自治体も出てきている。これは、やる手間の割に価値がないからだ。

 ある政令市の事務事業評価の外部委員を私の妻がしている。外部委員に2次評価させるという評価システムだが、これは行政評価といえるのか?
 外部評価をもとに予算を削減する梃子としての仕組みとしてはわかるが、外部の人間が15分ほど担当職員からヒアリングして評価ができるだろうか。さらに、事務事業はそれぞれを個別に見ても、よいものかわるいものかは判断しようがない。上位の施策、政策に貢献しているかという基準でしか、評価できないはずだ。ところが、一番上位にあるはずの総合計画はお飾りだから、要するに行政評価の基準自体がなかったわけだ。

 三重の場合も、マニフェストがないままに、事務事業評価、政策評価のシステムを作っていった。一応は、総合計画があるが、それが何を根拠につくられたのか良くわからないし、責任も取れない。だから、飾っておくだけの存在になってしまう。

 本来はマニフェストがあって、それを実現するために総合計画を首長の当選後に作り変えるのが本来の姿で、だからこそ行政評価の起点になる。マニフェストがどれだけ実現しているかこそが行政評価のポイントでなければおかしい。

 最後に東海市のまちづくり指標を紹介したい。
 これは、事務事業評価ばかりがはやっているので、もう一つのやり方、ベンチマーク型、社会指標型で作ったもので、市民が「市政の通信簿」を作ろうとしたといえる。
 6グループに分かれた数人ずつの市民に、東海市で生活していて感じている生活課題を自由にいくつでも出してもらう。小中学生や20代の青年などのグループも加えて、これらのグループインタビューをすべて録音して100程度の生活課題に抽出した。それらを目指す方向性、理念がおなじようなものでグループ化したら、7つの方向に分かれることがわかった。これらの方向性にキーワードをつけて、7つのキーワード候補が浮かび上がった。 こうした作業のうえで3500人の住民アンケートを行った。まず、7つのキーワード候補から5つが絞られた。さらに、それぞれのキーワードのもとに集まっている20前後の生活課題から5つずつ重要なものを選んで、合計25の重要課題が決まった。それに、生活課題それぞれの5段階評価で高かったものを13補充して、最終的に38の重要生活課題を選んだ。要するに、これらが改善されることが、東海市がより住みよくなるということになる。
 そこで、それぞれの生活課題が改善しているかどうかを数字で把握するために、生活課題一つ当たり、2つか3つの指標を付けて99個のまちづくり指標ができた。これを成果指標として市政の成果を市民が毎年点検評価していくことが可能になった。第5次の総合計画は、まちづくり指標を基本にして、それを実現するための戦略計画として作った。総合計画は議会で全員賛成で可決された。住民ニーズにここまで基礎を置くと誰も反対しようがないのだろう。
 ただし、社会指標型の指標では、市以外に、県、国、民間団体などのようなほかの主体や、景気などの外部要因の影響が大きい。それだけに市行政が多様な主体のなかで責任を果たしていくという姿勢になっていく。市民参加や協働の必要性もわかりやすい。
以上の作業はコンサルに委託したのでなく、普通の市民でやってしまった。その方が使い勝手もよいし、親しみもわく。市長がそうした評価の俎上に乗る決断をしたことが決定的に重要だった。

 このプロセスを通して協働ということが見えてくる。様々な主体にそれぞれの役割分担値がある。目標達成には、みんながどう協力するかということが自然に必要になる。
 NPO向けに、このまちづくり指標に即した形で企画を出してもらうという助成金制度も作った。まちづくり指標を申請にからめることで、NPOにもなるべくなら住民ニーズに応じた活動をしてもらうことを狙っている。

 行政職員は地方自治体の間の異動がないので、その組織に根ざすという植物のような存在である。なかなか改革の先頭に立つ首長には出会えないという悩みがあると思う。
 一つの方向としては、首長の政治的任命職が拡大すればチャンスが出てくるのではないか。本来、大統領制なのに首長が一人で行政に乗り込むというのは現実的ではない。このような首長を支える自前のスタッフが不可欠だ。こうしたことも含め、今後制度も変わっていくだろうから、日々の皆さんの研鑽が活きる可能性も出てくるのではないか。


「3 事例発表」に続く


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