【ゆるしの40日--DAY 2--】

クリスチャンでもゆるせない?
イエス・キリストは、あなたの罪を担って、十字架で命を捧げてくださいました。そのことを信じるならば、 「人生におけるあらゆる罪はゆるされる」
、と聖書は約束しています。
ローマ10:10では、 罪がゆるされる具体的方法
が記されています。
「実に、 人は心で信じて義とされ
、口で公に言い表して救われるのです。」
しかし、この聖書の言葉に対して、このような意見をよく聞きます。
「えー!?信じるだけで救われるってホントなの?そんなうまい話があるかなー」
「なんか、うさんくさいなあ、何か裏があるんじゃないの?」
「タダより高いものはないって言うし、後で請求書とか送ってこないだろうね?」
実は、何を隠そうこのわたしも、クリスチャンになる前に初めて聖書の話を聞いた時は、こんな風に敵意をもって疑っていました・・・。
信じるだけで救われる。これには 二つの大きな真実
が隠されています。
真実1. 人は罪を自分自身で解決はできない
罪(ハマルティア)とは、神様の御心から「的はずれ」な状態を言います。どれだけの善行や難行苦行を積み重ね、どれだけお金を積んでも、自分自身の努力や行いではまったく解決にはならないのです。 神様は聖なるお方です。それほどに人間の罪は、神様から遠くかけ離れた状態である
のです。
真実2.罪をゆるす権威は神様だけがもつ
あなたの罪をゆるすため、父なる神は驚くべき方法をとられました。それは、 イエス・キリスト、という方法
です。父のふところにいた独り子イエス・キリストをこの地上に送ってくださり、あなたの罪の身代わりとして十字架で苦しみ、命を捧げてくださったのです。
信じるだけで救われる、 その舞台裏では、御子イエス・キリストという尊い犠牲
がありました。
「ただより高いものはない」
と人は疑いますが、確かに、 最も高価な血潮が流されたことにより
、信じるあなたは、 「神の恵みのゆえに、無償で義とされる」
(ロマ3:24)のです。
神の一方的な恵みを受けたあなたに主イエスは今、このように語りかけます。
「ゆるしなさい」
(ルカ6:37)
「ただで受けたのだから、ただで与えなさい。」
(マタイ10:8)
つまり、ゆるされたことの恵みを深く味わったクリスチャンは、 「ゆるす奉仕(和解の任務)」
(IIコリント5:19)のためにもそれぞれの家庭、学校、職場へと遣わされているのです。
しかしながら現実は、 クリスチャンであっても、「ゆるせない」という気持ちにしばられて苦しんでいる方々がとても多いようです。
でもそれは、人間であれば当然の感情。
むしろ、 「人間らしい」
と言っていいと思います。
あなたは、今、いかがでしょうか?もし、そのような苦しみの中にいるなら、ぜひ、聖書では、「ゆるし」についてなんと言っているのか、大至急、一緒に見てみたいと思うんです。
どのようにゆるしたらよいか、分からないときは、人類の歴史上で誰よりも最初にゆるしてくださった、主イエス・キリストの模範に学べばよい
のです。
そのためには、あなたの「ゆるせない」という苦しみを、今、主イエスに差し出し、明け渡しましょう。
なぜなら、 ゆるせないという罪と悩みもすべて主イエスは背負って
、十字架で釘付けになってくださったのですから。
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和でけんそん謙遜な者だから、わたしのくびき軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。 」
(マタイ11・28-30)
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