3-11【終焉】完


初稿:2013.05.05
編集:2023.08.15
※光ノ章の本編です

3-11【終焉】




 その後の顛末はあっけなかった。
 意識を取り戻したカルロ・ミサ・シークリア枢機卿が、アンヌフォルトの推薦を取り下げたのだ。 彼は今でもアンヌフォルト・インドブルクスの神聖を疑ってはいなかったが、それよりも優先して守るべき何かに気づいたようだった。
 そしてあの時、白の間で起きた光景を目の当たりにした者は、誰一人としてシャルロットの聖座継承に反対することはなかった。 もっとも、元老院に近しい神官や司祭たちは、水面下で不満分子を糾合しようと画策したようだが、ヴィルヘルムが機先を制して各個処理していった。 新体制にとって最大の障壁でもあった元老院の動きを、初手で封じられたことは大きかった。 元老院の動静が明らかに鈍かったことにヴィルヘルムは疑念を抱いていたようだが、表舞台に現れることのない古老たちの本意を確かめる術はなかった。
 最後まで抵抗したのはゲティスに組していた貴族連合だったが、それも長くは続かなかった。 リュズレイ家―――シャルロットが初代教皇アグリウスタの血を引いている事実が明らかになると、教会法を盾にとる口実を失ったのだ。 加えて、シャルロットが前教皇の意志を受け継いで、性急な方針転換を図るつもりがないことがわかると、旧勢力も矛を収めた。 端から新教皇の下で、甘い汁を啜ろうとの打算的な腹積もりであったようで、新体制への手の平返しも呆れるほど見事なものだった。 もっとも、前教皇の政策を踏襲するということは、教会に蔓延る腐敗を一掃するという意志表示でもあった。 だが、賢人と冠された故ウェルティス・フォン=バレル三世よりも、世間知らずの新教皇を丸め込む方が、遥に容易であると高を括ったのだろう。 それら全てがシャルロットの後見人でもある主席枢機卿の計略であることは、疑いようがないのだが、それに気づく者はごく少数だった。





 後日、シャルロットの即位式典はつつがなく執り行われた。

 「シャルロットさま、ご立派でした」

 ミルフィーナが感涙に咽んだ目で、聖宮の露台に佇むシャルロットを見つめている。 新教皇のお披露目と宣誓を終えたシャルロットは、目下に広がる祈りの広場から伝わる歓声に包まれていた。 エレシアムの御子についてだけは伏せていたが、信徒を前に自らの声で己の生い立ちと共に、聖女の資質者ではないことを告げた。 しかし、祝福の歓声が止むことはなかった。 信徒が目にしているのは過去の聖女ではなく、アレシャイムに誕生した新たな聖女の姿だった。

「ありがとうフィーナ」

 シャルロットが背後を振り返ると、感慨無量で返答にすら窮するミルフィーナの姿があった。 少女は信頼する女騎士団長の相変わらずな様子に苦笑する。 本人は否定するだろうが、ミルフィーナが誰よりも感情家であることは、周囲の人間ならすぐに気づく。

「『完璧な価値観などない。 不完全であるからこそヒトはヒトであり、変わることができる』、か確かにその通りだな」

 エドゥアルトが新教皇の式辞を引用して賛同する。 こちらもここ数日、着いて離れず状態である。 加えてここは教皇庁でも、最も警備が厳重な聖宮セラフィムガードである。 本人はヴィルヘルムの弟子だと吹聴しているが、素性のわからぬ者が出入りできる場所ではない。 確かめるまでもなく忍び込んだのであろう。

「首人さまは?」

「処刑人の面々と共に姿を消してしまったようだ」

 シャルロットの問いに、エドゥアルトは首を横に振った。 首人は人知れず姿を消していた。 まるで、自分の役目が終わったことを知らせるように、いつとなくこの舞台を降りていた。

「そうですか……もう一度会って一言お礼が言いたかった」

「生きてさえいれば、その機会もあるだろうさ」

 エドゥアルトは何処までも前向きだ。 一見、楽観思考にも思えるが、彼なりの流儀に従った芯の強さこそ、この青年の美徳だろう。

「それにしても、恩賞ぐらい要求しても罰は当たらなかっただろうに、見た目同様に風変わりな御仁だったな」

 そして、いつも一言多い。 こちらは悪癖の類だ。

「あの方は貴様とは違うからな」

 案の定、ミルフィーナに揚げ足を取られる。 目的は同じでも、信念の違いから首人アルフォンヌとは幾度となく衝突したが、彼女なりに大きな借りができたと感じているようだ。 それに自分にとってシャルロットがそうであったように、首人にも同様に守るべき存在がいるのだと直感的に感じていた。

「これは心外。 俺だって恩賞なんて無粋なものを要求するつもりはない。 こうして見目麗しいお二方の側に居られるだけで十分だ」

「一旦、シャルロットさまは本国にご帰還する予定だ。 まさか、ついてくるつもりなのか?」

 ミルフィーナが呆れたように嘆息する。

「無論、何処までも。 それに、また置いてきぼりでは堪らない」

 エドゥアルトは悪びれもせず答える。 どうやら先日、白の間に帯同できなかったことを、まだ根に持っているようだ。 もっとも、この青年が居ると、まとまる話もまとまらなくなるので、荒縄で縛り上げて強制的に留守番を任されたのだが。

「ならば、火に油を注ぐ、その悪癖をどうにかしろ」

「つれないな。 共に死線を潜り抜けてきた仲ではないか。 それに最後の最後で蚊帳の外では、流石のオレでも落ち込むぞ」

「……貴様の働きには、ほんの僅かだが感謝している」

 ミルフィーナは気恥ずかしくなったのか、ひとつ咳払いをしてエドゥルトから顔を背ける。 その頬が僅かに赤らんでいた。

「素直じゃないな。 まぁ、辛辣な言葉とは裏腹な本音が、すぐ顔にでてしまう所が、ミルフィーナ卿の可愛いとこ―――おっと」

 危険を察知したエドゥアルトが大きく背後に飛び退く。 抜刀したミルフィーナの長剣が空を切っていた。 まともに喰らっていたら、現世に別れを告げることになっていただろう。

「おいおい、聖宮内は帯剣を禁じている筈だぞ?」

「帯剣とは狭義で腰に剣を帯びることを指す。 故に衣服の内側に潜めておくことは帯剣には当たらない」

 ミルフィーナが得意気に返す。 冬季が迫っているとはいえ、昼日中から大き目の外衣を纏っていたのには理由があったようだ。 人間頭が固すぎると、別の意味で融通が利いてしまう悪い例である。 規律にある文面を単語の意味だけで捉えていたらしい。

「屁理屈だぞ」

 エドゥアルトが額に冷や汗を垂らして抗議する。

「心配は無用だ。 聖宮内で抜刀する時は誰にも見られないよう心掛けている」

 そう思うのなら帯剣などしなければいいのだが、シャルロットを狙う潜在的な危険がある限りそうもいかないのだろう。
 例によって、脱兎のごとく逃げ回るエドゥアルトを追いかけるミルフィーナ。 聖宮の外回廊ですれ違ったシーラとノーラが呆れ顔で見送る中、

「まったく、ふたりともいい加減にしなさい」

 シャルロットは心からの笑顔をみせて、ふたりの後を追う。
 神殿都市セラディムの街並みは、赤と白の祝旗を掲げて、新たな時代を彩る聖女の姿を祝福するように輝いていた。





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