10/30(火)
ナイフと仲良くする方法
「君はようするに我儘なんだよ」
とそのお客さんに言われた時、私は既に1リットル近いビールを
飲んでいたのにも拘わらず、ちっとも酔っていなかった。
彼は私を緊張させる雰囲気を最初から持っており、彼も私とは決着が
つくまで話がしたいようだった。
時々そういうお客さんが来ることがある。
上品で崩れない。お互いがお互いを赦さず癒さない。
でも、私はそういうお客さんの話を聞くのがすごく好きだったりする。
彼にしゃべらせる糸口が見つかるまで、自分の想像力に任せて
選択すべき話題を考えていると、見透かしたようにグサリと言葉のナイフが
突き刺さる。
「マニュアル通りにいかないお客さんだっているんだよ」
「いつも君の思い通りにばかりは行かないんだよ」
その通りだと思う。でもではあなたはここに
何を求めてきているの?
私たちは信号待ちで偶然隣り合わせた2人じゃない。あなたはお客様で
私は商売をしている。どうしたらいいのかあなたの望みを言って頂戴!
と心の中で叫んだ声が、現実として語られないように必死に酔いと闘っていた。
お客様が言うには、私には、「自分のやり方」にこだわるあまり
めんどくさい・嫌だと思う人間とコミュニケーションを取らずに、自分が
楽しい・好きだと思う人とばかり一緒にいる。世の中をひとつの局面でしか
捉えていない。もっと耳を澄まし、嫌だと思う人にも優しい言葉をかける
べきだと言う。
全然違う会話をしていたのに、私の傾向を簡単に言い当てられてしまうと
ショックも感じるけど、それこそ初対面の人間に対して言いにくいことを
ズバズバ言う率直な態度に、私は気を許されているような気がして嬉しく
なってきた。喧嘩になったらなったでいいや。ママがなんとかするだろ。と
開き直って、お客さんにバンバン突っ込みを入れた。「あなたほどムカツク
お客も珍しいから今夜はとことんご馳走になります。」と言ったら腹を抱えて
笑っていた。なんだ。笑えるんじゃん。
それから映画の話や歴史の話(何故か歴史の話が好きな男の人って多い。私も
好きだからいいんだけど)をして仲良くなった。ママが1番嬉しそうだった。
お店が終わってから知ったのだけど、誰もそのお客さんと口を利いたことは
なかったらしい。ママなんて満面の笑みで久しぶりって言ってたのに。