12/16(日)
心酔わせて-消えたバラード-思う以上の視線
今日はママの特別なお知りあいによる貸切忘年会のため、日曜日にも
拘わらず、出勤要請が。
「18時から20時までの2時間の予定だから、17:50くらいに来てね。」
と言われていた私が到着したのは17:45分。
1人5000円頂戴して、20名が来るので、去年はたくさんの料理を用意して、
その準備が大変だったことを良く憶えていた。
私の時間給の問題もあるので、早く行き過ぎるのも却って迷惑だろうと考え、
17:30からの分のお給料を貰わなくて済むように45分に行った。
去年なら、ママ1人で大抵の準備を済ましており、私は「乾物」の用意と乾杯用
のグラスに氷をセットするあたりでいいはずなのだが、
今年はなんと、私が到着した時、さっき着いたばかりですという感じのママが
コートを着たままうろうろしている。
「タクシーが来なくて、遅くなったの。でも、あんたが早くから来てくれて
良かった。どうしたの?こんな早くに。」
「……。だってママ18:00からだって言ってたじゃないですか。」
「ああ、18:30からに変更になったから。」
18時からだったらどうするつもりだったのだろう?というほどの買い物袋の山が
カウンターの上に所狭しと並べられている。
毎年思うのだけど、1次会でたらふく食べてくる連中にどうしてこんなにたくさん
の料理を出す必要があるのだろう?
私だったら、もらった金額に対して申し訳ないと思うのなら、高い酒を飲ませて
やるとか、高い食べ物を少量だすけどな。そうじゃくても狭くて、置くところに
困ったグラスを落とされて割られるっていうのに。
と思いながら準備を手伝う。
何を言っても彼女の店なのだ。彼女のやり方に従うより他はない。
時間ぴったりに、去年よりも更に酒のまわったメンバーが次々と到着した。
上着も脱がなければおしぼりも受け取らず、カウンターに座ったかと思えば
千鳥足でカウンターに入りたがるお客様たち。
私は去年、動けなくなって大変だったことが頭にあったので、早くからカウンター
の外に出て、飲み物を作りながら、食べカスを片付け、灰皿を取り替え、カラオケ
の番号をたんたんと機械に入れていた。
小さなグラスでビールを頂戴してはいたけれど、はっきり言って完璧シラフで、
仕事を片付けることばかり考えていた。
去年仲良く飲んだ、大変気の利く若い男の子が今年も来ていて、私の様子を見て、
「どうしたの?怖い顔して。飲みが足りないんじゃないの?もう、この人たち
勝手に飲んでるから、気を遣わずに好きなだけ飲みなよ」
と声をかけてきた。
私は自分がプロなのに、笑顔を忘れて、怖い顔をしてウロウロしていたのかと
思うと、恥ずかしくなった。
そして私は、酒が入らないと、うまく笑うことすらできない自分が許せない気持ち
になった。
前のお店で一緒に働いた女の子に、一滴もアルコールを摂取できないのに、
酔っ払いよりもずっとテンションの高いおもしろい女の子がいたけれど、同じよ
うに楽しそうに振舞えない私はとにかく酒を飲んで気分を高めるしか手が無かっ
た。
私はお客様を楽しませるためではなく
自分が楽しむために酒を飲んでいる
最低だな。と思って回りを見渡してみると、めちゃくちゃな店内に、ぽつんと
つまらそうにうつむいているお客さんの姿を発見した。
○○さんだ。去年もああやって、1人取り残されていた。
彼は確か一滴も酒が飲めなかったはず。
見ると、彼の前にはコーラのグラスが置いてある。
私は彼の側に移動し、歌本のページをめくっている彼に、
「お決まりですかあ?番号入れますよお。」
と声をかけた。
「22615」
ぼそっとつぶやく彼の番号を入れると、どんちゃん騒ぎとは裏腹な
静かなバラードの伴奏が流れ出した。
「おお!格好いい!!」と盛り上げようとしたところ、カウンターの中ではしゃ
いでいたお客さんの肘が機械にぶつかり、いきなり電源が落ちてしまった。
なんとも言えない気まずい雰囲気が一瞬皆をつつんだ。
先ほどの気が利く若い男の子が、彼に抱きつき、酔った振りをしてちょっかい
をかける。彼がくすぐったそうに笑顔を見せたのに誰もがほっとして
雰囲気が元に戻った。
私は、結局何にもできずに、自己嫌悪ばかりが先行して、何処の席に入り込んで
も、上手に笑えているのかどうか自信が持てなくなっていった。
「なるようになるさ」と開き直りながらも、嫌らしいお客さんにちょっかいを
かけられても、いつものように上手に返すことができない。
「頑張り過ぎるなよ。大丈夫だから。」
と若い男の子が励ましてくれる。
良く見ると、その他、何人ものお客さんが、デュエットをしようと声をかけて
きたり、私が去年の堂々とした態度をとれるように優しくしてくれている
ような感じである。
店が壊されるようなひどい飲み方をする人は、相変わらず健在だったが、
去年仲良く飲んで、私のことをきちんと憶えていてくださった方々の暖かさに
触れ、私はそれから、楽しく仕事を遂行できることができて
本当に嬉しかった。
ありがとう皆。来年もよろしくね。
でもエロエロ攻撃はそろそろ卒業して、しっぽり飲みましょう♪
店を出ると、小さな雪が空から舞い降りて、私の足の裏を優しく包んでいた。