昼の顔・夜の顔・ホントの顔♪

昼の顔・夜の顔・ホントの顔♪

水物語31

お辞儀バニー

クラブ時代~vol.8
「アフターに行くように~小さな努力の積み重ねから生まれるもの」

グラフと睨めっこをしながら、同伴をするようになった頃、私は会社とお店の
両立バランスが崩れつつあることに気が付いた。
眠くて、朝会社に行く準備ができず、午前半休をする日があったりした。
私の体は少しずつ夜の世界に奪われて、昼間の世界の取り分が減っていって
いるようであった。
店が12時半に終わっても、その時間に家に向けて歩き出すことが出来る日は
殆ど無くなっていった。
最初はミホや他のお姉さんの顔を立てるために、最後の方は自分の成績を
守るために私はほぼ毎晩
アフター
をするようになった。
アフターとはその業界用語で、お店が退けてから、お客さんと一緒に過ごす
ことを言う。たぶんアフターフォローを略してそう呼んでいるのだろう。
同伴をホテルに行くことと勘違いしていた私は、最初にミホにアフターに誘われ
た時、一応大丈夫だとは思いながらも「何処にいくのか?」と聞かずには
いられなかった。
「さあ?カラオケじゃない?今日のは貧乏人だから。ごめんね。りえちゃん。
 数合わせなんだけど付き合ってよ。今度はお寿司食べさせてくれる人の
 時に誘うから。」
接待ではなく、会社の仲間同士でお店に遊びに来たという若い男性社員4人組
と、私とミホと他2名の女の子で、カラオケボックスに行ったというのが
私のアフター初体験である。
それまでも自分のお客さんに、店が退けた後、飲みに行こうと誘われたことが
あったが、2人っきりで行くのが恐くて、頑なに拒否していた。

私にとって、アフターとは、何をすることなのか本当によくわからなかった。
だから私はカラオケボックスに到着してから、彼らの歌のナンバーを甲斐甲斐
しく入れ、灰皿を取り替え、お店といる時とほぼ変わらない態度で、一所懸
命に
仕事をしていた
ミホを見ると、眠そうな目をこすりながらタバコに火をつけ、その煙をお客さん
の顔の方にお構いなしに吹きかけては、ウーロン茶をすすっている。
他の女の子達の1人は、隣に座っている、4人の中でも格好のいい男の子のネク
タイを触りながら、こそこそと耳に囁いては、くすくすと笑っている。
もう1人の女の子とお客さんの1人はデュエットに夢中だ。
気が付けば私1人が、緊張をしてパキパキと働いていたようで、完璧にその場
から浮いていた。
アフターとは、合コンの2次会のような乗りのことをいうのだろうか?
「ねえ。君、りえちゃんだったっけ?もうそんなことしなくていいからさ、
 なんか歌いなよ。」
隣に座って場を静観していたお客さんが口を開いた。
「あの…すみません。ええっと…そうですよね。歌…デュエットします?」
「あのさ、もうお店終わってんだから…敬語とかもいいんだよ。タバコに
 火を点けたりしないでね。変だから。」
「ああ…。はい。」
「君の歌いたい歌を歌いなよ。いつも友達と歌うような奴。僕には気を遣わ
 なくていいから。適当にやるし。ね。」
「……」
お店が終わった後は、「素」に戻った女の子と、普通のお付き合いをしたい
というのがお客さの大半の考えであるということに、全然気付かなかった私。
同伴だって、その日まではガッチガチな雰囲気で行っていた。
トイレに立った時、私の後をミホが追ってきた。
「ねえ。りえちゃん席変わってよお。りえちゃんの隣の人の方が話易いん
 だよねえ。私のお客とは別で来ることもあるし…指名くれたらラッキーだし。」
今回のメンバーは指名客はその時点では「ミホ」の隣に座っていた男1人だけ。
残りの3人は、ミホのペースで紹介指名の女の子をあてがわれていた。
私にリラックスするように言ってくれた彼が一応私の指名客ということに
なるのだが、紹介指名の時に、どこまで口を挟んだのかわからないので、
どんな女の子だって同じだと思っているのかもしれない。
正式には私のお客ではないのだから、ミホが欲しいと言えば、当然逆らえない。
でも、ミホのお客に対してあまりにも失礼な態度にさすがに愕然とした。
釈然としない気分のまま席変えをし、ミホと彼の高らかな笑い声を聞きながら
私はミホのお客に気を遣いまくっていた。
「ミホちゃんは俺のこと怒ってるのかなあ?」
「嫌~ほら~…ええっと…わざと焼もちを焼かせよう作戦ですよ!」
「女の子って複雑でホント時々良くわかんないことするよねえ」
(嫌、ミホならこれぐらいのこと日常茶飯事なんだよ。驚くのはえーよ)
「つかみどころがないところがいいんですよ。きっと!」

馬鹿馬鹿しい恨み言を聞きながら、私もまたミホを恨んだ。
何故なら、私だってやっぱり彼をお客にしたかったのだから。

悲惨なアフターデビューを果たしはしたものの、それから先は気遅れすることも
なく、他のメンバーとも気楽に行くようになった。
そして、アフターで少しリラックスするぐらいの方がウケがいいらしいことも
わかっていった。

アフターデビューから1ヶ月ぐらいした頃に、途中でミホに奪われた
お客さんが、他のお友達を連れて店にやってきた。
ミホは他の指名客についていて、私はフリー客についていた。すぐ近くにいた
ので、ミホが、入り口から中にやってくる彼の姿を捉えて、一瞬微笑んだのが
目に入った。
私はなんだかすごく悲しい気分になって、彼が来たことには敢えて気付いてない
振りを決め込むことにした。
女の子を席に案内をする係りの男の子が、ゆっくりとこちらに向かって歩いて
くる。ミホは席を立つ準備をはじめていた。
ところが、ミホの席を通り過ぎた男の子は、私の席の前で膝まづき
お話中のところ失礼します。りえさん少々お借りします
と言った。
私はガラスの靴がぴったり足にはまった瞬間のシンデレラの如き嬉しさを胸に
彼の席に行った。
「お久しぶりです。今晩は。」「いらっしゃいませ。初めまして。」
彼の友達に挨拶をし、好みの女の子を聞いて紹介指名を入れ、その席を一所懸命
盛り上げることに意識を集中させた。
「ミホちゃんは呼ばなくて良かったんですか?」
鬼のような形相でこちらを時々睨みつけるミホが恐くて彼に聞いてみた。
「○○が呼んでる子を僕は呼べないよ。それに僕は最初からりえちゃんが好き
 だったし。」
にっこり微笑む彼を見て、私はどんなに苦労をしても、もっともっと頑張ろうと
思った。


ホーム
ネクスト バック



© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: