小説『心のカケラ』

小説『心のカケラ』
ある中学校の昼休み、教室の窓の外をじっと見つめている一人の少年がいた。
彼の名前は「川島 優一」、いつも優しく、静かなので、みんなに「やさしい」の一言から「ヤサ」と言われる。
今年の夏、ヤサは足が動かなくなってしまった。
「ヤサ、足の調子はどう?」と友達が言ってきた。
「え?うん、まあ大丈夫。」といつもこう答える。
実は先月、こんなことがヤサに起こったのである。
雨の日のことだった。体育のバスケットボールをしていて足首をねんざしてしまったヤサは、足を引きずりながら廊下を歩いていた。
そのときに友達が前からヤサに気づいたようにやってきて、
「あぁ、ヤサ、今日遊べる?」と遊びの約束をしてきた。
今日はなにも用事がないし、まあいいかな。
と思ったので、今日遊ぶことにした。
しかし後になって考えてみると
雨の日は自転車で行けないから、歩かなくてはいけない。
今ちょうどねんざをしているときだったので
放課後、もう一度友達に言った。
「でも今日雨が降っていて歩かなきゃいけないからやめようよ。」
すると友達は「でもせっかくだから歩いてでも来てよ。」と反発した。ヤサは優しいせいか、断れなかった。その友達は別のクラスだったので、
ヤサがねんざをしていることに一切気がつかなかったのである。
ヤサは少し歯を食いしばりながら足を引きずって帰った。
けっこうな雨のため、傘を前に倒すとかかとがぬ濡れ、
後ろに倒すと前が濡れるといった、非常に不便な感じがした。そのせいでイライラしながら
「面倒くさいな。」と思った。
家につくとすぐに着替えて、友達の家に行くための準備をした。そこまではよかった。
「まあ足は痛いけれど、仕方がない。」と思いながら、また湿った傘を開いて家の門を開け、外に出た。
まるで落ち着きをかもし出すような空の下、ヤサはゆっくりと歩いていた。ヤサの心は落ち着いていたが、雨はけっこう降っていた。そこから草が生い茂った「野ノ花道」と
いう道を通り、そして道路の交差点を抜けようとしたとき、左右は確認したはずだった。ちょうど横断歩道をわたっているときに、トラックが飛び出してきたのだ。
傘をさしているせいと、雨音でエンジン音が聞こえなかったせいで、ヤサははねられてしまったのである。
そのまますぐに救急車で運ばれた。一命は取りとめたものの、「ちめいしょう致命傷」として足が動かなくなってしまった。
自分の足で歩くことも、走ることも、スポーツをすることも、何一つできなくなってしまったのである。
ヤサは横断歩道を歩いているところからの記憶が一切なかった。トラックの運転手は前をよく見ないで運転していたため、ぎょうむじょうかしつしょうがい業務上過失生涯の疑いでたいほ逮捕された。ヤサの母親は「よかったわね、優一。」と言っているが、ヤサは全くうれしくないし、すっきりしなかった。
ねんざのせいなどではないのに、
「ねんざのせいだ。」とずっと思いこんでしまった。
病院のベッドに足をのばして座っているヤサの元に、友達がやってきた。残念ながらその友達は、前に「遊ぼう」と言ってきた友達ではなかった。「大丈夫?痛くない?」とすごく心配してくれている。
ヤサの目から、自然と涙が出てきていた。
その涙は、くや悔しさとうれしさが混ざり合い、中和した涙のようだった。ヤサは涙を流しながら、「ありがとう・・・。」
と小さく感動のあまり震えた声で言った。
一応薬を飲んだりしたが、もう足は動くことはなかった。
手術などの話も出たが、ヤサはどうしてもそれはいや
だった。
そうして退院し、今にいた至るわけだが、みんなはよくヤサのことをチラッと見て、「ヤサはいつもなにやってんの?」と疑問を持つ。
鬼ごっこをしていたり、サッカーをしていたり、体育の授業だったり、校庭で何かをやっていると、ヤサは必ずそちらをじっと見たまま動かない。ちゃんとわかってくれる人には、なにをやっているかわかるが、人の気持ちをあまり考えたことがない人はすぐそうやって言うのである。
ヤサが松葉杖をつきながら町中を歩いていると時々、別の学年の中学の生徒や、幼稚園の子供、小学生たちがこちらをジロジロと見てきて、「え、あの子骨折?」と言ってくるのが
非常にショックだった。そういわれるたびに何か理由を説明したかったのだが、矛盾をしたような言い方で、「言い訳か?」と言ってくる。それもショックだった。
言いたいけれど、こらえないとひどい目にあう という感じで、とてもストレスがたまる。いつも後悔をする毎日だった。
ヤサは一つだけできることがあった。できるというか、得意なことであるが、絵を描くことなのである。
ものを見て、それを平面な紙に立体的に表現することは非常に難しいはずなのに、それがヤサにはできるのである。
そのためか、いじめられるということはない。
なにも得意なことがなければ、いまごろ今頃はそうとう相当いじめられていただろう。まあ今は「いじめ」というよりコショコショと心配されているといった方がよいだろう。
松葉杖をつきながら、ヤサは夏の日差しに照らされて輝く木々を見ながら道を進んだ。やはりヤサには笑顔はなかった。
家につくとすぐにバタッとベッドに寝転がる。
もうそれしかできないのだから。
「また明日もいやなことがあるんだな。」そう思いながらも、ヤサはだんだん眠くなった。
夢の中で声が聞こえる。
「優一・・・。」
「だれ・・・?」
「自分でも名前がわからないの。」
「記憶喪失?」
自分の名前がわからないという少女だった。
「大切なものを失ってしまったの。」
「大切なものって・・・?」
「それはね・・・・・」
そこで目が覚めてしまった。 もう朝だ。
「それにしても不思議な夢だったな・・・。」と思い、ベッドから起きあがろうとしたときに、足に痛みを感じた。
もうふつうは何も感じないはずなのに、なぜか痛みを感じる。なんと足が少し治っていたのである。 ゆっくりと朝食をとってから、またゆっくりと学校へ向かう。
いつも特別扱いで「遅刻をしてもOK。」というのもいやだった。 みんなと一緒に同じ時間に登校したい・・・、
そう願っていた。


----この続きは、『心のカケラ』2でご覧ください。----


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