小説『心のカケラ』3

小説『心のカケラ』3
 次の日、ヤサは家でだらだらしていた。
でも、こんなにいつまでもだらだらしていたら、ただでさえ足をトレーニングしないのだから、もっと治ったときに筋肉がなくて歩けないぞと思った。そのため、少しくらいは歩くことが大切かなと思い、一人で散歩に行くことにした。遠くで飛行機のエンジン音が聞こえたとき、そのパワーを受け取ったように、さらに「行こう」という気持ちが強くなった。
外に出ると、あちこちで風鈴の音がしていて、この暑い夏に涼しさをくばっているようだった。
ヤサは季節の変わりを見るのも好きで、事故が起こる前まではよく散歩に行ったりした。
「野ノ花道」は、春は花が咲き、夏は木々と草が生い茂り、
秋は葉がオレンジや黄色に染まり、冬は一面雪で真っ白になるのでヤサのお気に入りの場所だった。
そこまでヤサは、自分の足に恐る恐る力を入れるようにして歩いていった。
するとしばらくして「野ノ花道」についた。この道はヤサが自分でそう付けたのではなく、はじめからそう呼ばれているのだ。
道の両端をまっすぐと並んで立っている木々をゆっくりと眺めてから、さらにゆっくりと歩き、目を閉じて、枝にぎっしりとついた葉と葉の、風になびいてゆれ、こすれあってサラサラいう音を聴いていた。
一本道を、スーッと風が通り抜けていく。
風のなびく音、風鈴の音、セミの鳴き声。
それらを聴いているうちに、歩いているのに眠くなってしまった。 その道の右側の方に、車が走っていた。
別に今はあの事件をきっかけに車がきらいになったわけではないが、親は「自分の子を思って」と言って車に乗せてくれないのである。
ハッとして目を開けると、足が止まっていた。松葉杖のカツカツという音が聞こえなくなったので、おかしいと思ったからである。もし我に帰らなければ、その場で寝ていたことだろう。
すこしウトウト、フラフラしていると、前から急に声がした。
「なにしているの、ヤサ。」 またハッとしてしっかりと目を開けて前を見ると、夢子が不思議そうにこちらを見ていた。 
「あぁ、いや、散歩だよ。」 とヤサは弱々しい言い方で言った。 
「全然散歩には見えないけど。」 と夢子は吹き出したように笑った。
「まさか、私が、あなたがここにくることを予想していて、先に来ていた なんて思ってないでしょうね?」と夢子は
ヤサの顔をうかがうようにして言った。
ヤサが「どうしてわかったの?」という
ような顔をしていたので、夢子は誤解
されないようにゆっくりとつけたした。
「いやいや、これも予想して言ったんじゃないからね。」
ヤサはまだ不思議そうに夢子のことを見つめていた。
急に自分でこれはおかしいと思い直して、顔を赤くして目を背けた。
夢子は「変なの。」と言うように笑った。
「まあ、少し休もう」とヤサは言い、近くにあった四角く細長い石に二人で座った。
ヤサは石の方端に松葉杖を立てかけ、息をつき、周りを見渡した。
ヤサはズボンのポケットの中に、おばさんからもらった水晶玉を入れていた。
その水晶玉の袋のひもがポケットの口から出ていたので、夢子はそれを見て聞いた。
「それ、なに?」
「あ、これ?」
夢子は、ヤサが取り出すのをのぞき込むようにして見た。
「水晶なんだ。きれいでしょ? 土曜日に近所のおばさんにもらったんだ。足が治るようにってね。」とヤサは笑ったが、夢子はそれを見て驚いた顔をしてから、ヤサからうばうようにして受け取った。
「こ、これ・・・、そのおばさん、こんなのどこで買ったのかしら・・・。もしかしてヤサ、これをもらって、足が少し治った感じしなかった?」
夢子はヤサと会ってから、自分からヤサの足のことを今日始めていった。
「う、うん少し歩けるようになったけどね。」
ヤサが「どうしてかな」と思っていると急に夢子が大きな声を出した。
「これ、あなたの心の一部よ!」
「えぇ! うそでしょ?」
ヤサは驚きすぎて笑ってしまった。
するとその水晶玉は白く輝き、パッと泡のようになり、ヤサの胸の中に入っていった。
ヤサは力が抜けてしまったように目をゆっくりと閉じ、深呼吸をして目を開けた。
とても不思議な気分になった。全身の力が抜けるようだった。
野ノ花道をスーッと風が通り抜けた。
なぜだか夢子も目をつぶっていた。
きっとヤサのために気を使いすぎて、少し疲れているためだろうとヤサは思った。
「・・・・よかった。」ヤサは小さく独り言のように言った。
急にヤサは夢子に質問がしたくなった。
なぜ夢子は、水晶玉がヤサの心の一部だということを分かったのか、
そしてすべてが謎に包まれていることをなぜ説明してくれないのか、
しかも自分はなぜ不思議な少女に普通に話しかけているのか、一緒にいるのか・・・。
「それじゃあね。」
夢子はそういうと、先ほどヤサが来た道を歩いていってしまった。
「あ、えっと・・・・、じゃあね。」夢子が急に言ったので、質問を一つもすることができなかった。
夢子の姿が見えなくなると、ゆっくり水晶玉が入っていた布生地の袋を見た。
「どこで取れた水晶だったんだろう?」急に思った。
あたりはセミの声と、風でなびく葉の音だけだった。
空を見ると、もう太陽が真上にあった。
「もう帰ろう。」そう思って立ち上がり、歩き出そうとした。
しかし何かがおかしいことに気づき、手元を見てみた。
松葉杖がない。道の端に置きっぱなしにしてあったのだ。
「あぁ!」ヤサは思わずその場で叫んでしまった。
それに気づくとすぐに足の力が抜けて、また倒れてしまった。もう松葉杖は数メートル離れた、先ほどベンチ代わりにした石に立てかけてある。
うれし涙が出そうになりながらも、松葉杖を引きずり足で取りに行き、松葉杖をつきながら、少し離して歩いてみたりしながら帰った。
家について、玄関を開けてすぐに親に連絡した。
ヤサは夜、夢を見た。
何かに追いかけられて、ある小道を走っている夢。
松葉杖は持たず、必死で走っている。
空は真っ暗で、宙には赤黒い大きな星が浮かんでいる。
はあはあ 息を切らしながら、あと少しで座りこんでしまいそうなすくんだ足を動かしていた。
ある一筋の光に向かって、どんどん進んでいく。
走っても走っても、そこまで行くことができない。
やっとその光に近づいたと思った瞬間、横にあった建物がガラガラと崩れて、ヤサの目の前に なだれ のように崩れ落ちた。
もう先には行けない。
何かが後ろからおそってくる気配がした。
恐る恐る後ろを振り向こうとして黒い陰が見えたと思った・・・。
そこで目が覚めてしまった。
ハッと頭を上げると、もう外は青空だった。
壁に掛けている時計を見た。
それでもまだ午前六時。 ヤサはホッと息をつくと、「夢でよかった・・・。」と独り言を言った。
最近変な夢ばかり見るので、少しうんざりした。
起きようかまた寝ようかボーッとした頭で考えていた。
「ヤサ、あなたの大切なもの、見つかるといいね。」
急に夢子の声が聞こえたような気がした。
今は真夏だけれど、朝は少し涼しい。セミの声はまだ聞こえない。
起きているのは太陽と柔らかく吹く風だけのようだった。
「夢子、さん・・・・。」
ヤサは独り言のようにまた小さく言った。
そして一人でこんなことを言っているのは絶対におかしいと思い、顔を赤くしてあくびをした。
ベッドから起きあがろうとして手すりを持ったが、持った手の力で起きあがったのではなく、自分の足の力で起きあがった。
だからほとんど手には力を入れなかった。
自分の体重を支えられるほど、足は治っていた。
「もしかして」ヤサは窓を開け、外の雲を見ながら思った。
「僕の大切なものが戻っていくたびに、足が治るんじゃないかな。」
今日、それを夢子に聞きたくて仕方がなかった。
七時になるまで、起きてはいるが、ベッドの上で横になっていることにした。


----この続きは、小説『心のカケラ』4でご覧ください。----


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