小説『心のカケラ』5

小説『心のカケラ』5
 そして夜。
今日は夢は久しぶりに見なかった。
いつも変な夢ばかり見るので、それが不思議なくらいだった。
次の日の放課後のこと。
ヤサは、事件当日に「遊ぼう」と言ってきた友達に、「近所でお祭りがあるから」と、祭りの誘いを受けた。
もちろん行く気ではないが、「僕が誘っちゃだめかな・・・。」と悲しげに言うので断れなかった。

そして祭りは、誘いを受けた日の二日後に行われた。
ワタアメを食べたり金魚すくいをしたり、いろいろな店を回ったが、やはり笑顔になれるものはなく、あまり楽しめなかった。
なぜなら、やったときにワタアメは落としそうになってアメの部分をつかんでしまい、手がベトベトになって、金魚すくいではポイを水の中に入れた瞬間に破けたりしたからである。それが夜の七時から八時にかけての間だ。
広場の真ん中のやぐらのあたりでマイクを持った人がなにかカウントダウンを始めた。
「サン、ニー、イチ、ゼローー!!」
何が始まるのかわからず、周りを見渡していると、「ドン!」という響いた音が聞こえたあとに、夜空にうっすらと赤い細い火の線が見えた。
それが高く高くのぼった瞬間に、「ドーン!」という大きな音が聞こえた。ヤサはビクッとして空を見上げると、赤や緑などの色とりどりの火の玉が四方八方に花の形を作りながら広がっていくところだった。
一秒ごとにそれが空にあがっては花開き、消えていく。
ヤサはもちろん見てすぐにそれが花火だとはわかっていたが、なぜか不思議な気分になった。
なぜかヤサは「火の花だ・・・。」とつぶやいてしまった。
こんなに明るく、大きく、そして力強い、そしてとても美しい・・・。
ヤサの目から自然に涙が出てきていた。
太鼓の音よりも響く、夜空に現れた大きな花火の音は、ヤサの心に強く響いた。
はじめは赤いだけの花火、
次に緑の花火、
次に赤と緑の花火、
次に黄色く、火の玉が消えたあとにバチバチッとなる花火、
次に花開いた直後に白い大きな火の玉があちこちに飛ぶ花火、
最後に、今までの四倍ほどの大きな花火。
ヤサは取り戻した心を奪われそうになった。
みんなが拍手をしたりしている時、ヤサは気がつくと自分も大きく拍手をしていた。
「夢子さんにもこの花火を見せてあげたい。」そんなことを考えた。
祭りの広場に、スーッと風が通り抜けた。
そしてヤサの心が温かくなった気がした。
ヤサはハッと思った。
「心が温かい」という言葉に、自分で驚いた。
心が戻ってくる瞬間を感じることができたのかもしれない。夢子さんなら何が心で、いつ戻ったとかがわかるのだから、明日夢子さんに会いに行こう。
そう思った。このときすでに、ヤサの心は一部戻っていた。
次の日、今日はいつもより少し涼しかった。
べつに昨日の夜、寝ている間に雨が降ったわけでもないが、半袖だと寒いぐらいだ。
思えば、夢子の家がどこにあるのかが分からない。
不思議な少女だから、家がなくて、
「ホームレス」なのかも。
一瞬そんなことが頭をよぎった。
いやいや、そんなことはないと自分の心の中で考えて、笑ってしまった。
笑ってからすぐに驚いた。
「あれ? また僕笑ってる。」
うれしくなった。心が増えてきて、豊かに、そして暖かくなると、こんなに気持ちのよいものだとは思わなかったからだ。
今日は何も考えずに学校へ向かった。
いくら心が戻ったとは言え、まだ松葉杖は手放せない。
ときどき、急に力がなくなって、倒れそうになるときもある。
ヤサは学校のほかの生徒より違う気持ちを持っている。だれだって心や思いのことなど考えない。もちろん、心が戻るにつれて足が治るということなど、信じてもくれない。
学校について、教室の中に入ろうとしたが、教室の戸から見て奥をのぞくと、みんなは教室の壁に、ひとまとまりになって立っていた。何やら、壁に貼ってあるポスターか何かを見ているようだった。
ヤサが教室の中に入ると、床がヤサの重みでギシッと鳴った。
それに気づいたみんなは一斉にヤサの元に駆け寄り、口々に言い出した。
「ねえ、川島さん、絵、描いてよ。」
「ヤサ、絵を描いて!」
「君の絵、うまいねぇ。」
そう 朝から歓迎されるとうれしくて、それと同時に疑問を持った。
「何で急に僕の絵の話をするんだ?」
何かポスターが気になって、みんなに手を挙げて「わかった、わかった」と言いながらみんなをかき分けて、ポスターの貼ってあるところまで行った。
「川島優一、受賞」と書かれていた。
その文字の下には、ヤサの前に受賞した絵が載っていた。
そしてポスターの下の方には、その絵の感想が書いてあった。
ヤサは一通り、さっとその文を読んでから、最後に書いてある直感的な感想を何回も読みなおした。
「優一さんはきっと、とても心のきれいな方に違いありません。こんなに美しい絵を描くことができるのですから。」
その絵というと、田舎のあぜ道を描いたものだ。
あぜ道の両側には田んぼが広がり、前を向くともうすぐに山があるというような心が落ち着く風景画である。
「心がきれいな方」という文で、ヤサは感動した。
その感想文を書いた人の名前は載っていなかったのだが、ヤサはその人にお礼をしたくなった。
戻ってきたほんの一部の心が、とても輝いていて、貴重で価値のある物だということをヤサは思った。
そのときちょうど夢子が教室に入ってきた。
自分の机にカバンを置くやいなや、すぐにヤサの元に駆けつけた。
「ヤサ、あなたまた心が戻ったでしょう。しかも一度にたくさん・・・・。これは何? あなたの絵?」
そう言って黙った。
ヤサは「やっぱり戻ったんだ。」と言いたかったが、夢子の表情を見てやめた。
みんなはまたヤサの周りに集まってきて、
「ねえ、絵を描いてよ!」と言ってきた。
ヤサは早速描き始めた。
何の絵を描こうかと迷ったが、やはり風景画だ。
田舎のあぜ道ではなく、湖を描いた。
湖の向こう側に山が見える。
みんなは次々にヤサの絵をのぞき込んで、
息をのんだり、感動のあまり「あぁ・・・」と言ったりしていた。
夢子は、ヤサが描いている間、ずっとのぞき込まずにポスターを見ていた。
ヤサには、自分のポスターの絵を鑑賞しているのか、感想文をゆっくりしっかりと読んでいるのか、そのどちらかに思えた。
ヤサは、その風景画をできるだけ丁寧に、そしてその場に本当にいる気になって、命を吹き込んだ。
色なしの、湖の風景画が完成した。
ヤサは絵の具か12色以上の色鉛筆で色を付けたかったのだが、時間がなくてできなかった。
ヤサはみんなに囲まれて、少し照れくさかった。
今まであんなに話をしてくれなかったみんなが、あのポスターのおかげで、数分間だけ有名になった。
ヤサにはそれだけでも十分よかった。
今日はどうにか授業に集中できた。
いつもボーッとしてしまうとは言っても、
テストの点が悪いわけではない。
ノートはちゃんととっているというわけだ。

休み時間、みんなは全員外へ行ってしまった。
ボール遊びや鬼ごっこなどをして遊んでいる。
最近、ヤサは校庭ばかりは見なくなった。
足が少し動くようになったので、多少はみんながうらやましく思うときもあるが、前よりかは ましだ。
事故が起こった理由も、捻挫のせいだと思い込むのはもうやめた。
みんながいなくなった教室には、またヤサと夢子だけが残った。
ヤサはみんながいない間に、描いた絵に色鉛筆で色を付けた。ここでも気持ちを込めて塗った。
「ふぅ、できた!」そう言ってからヤサはその絵の紙を持って遠ざけたり近づけたりして、自分の絵を確認した。
夢子はハッとしたようにヤサの絵を見た。
「この風景・・・、どうやって描いたの・・・?」
小さい声で、まるで何かとても懐かしい物を見たような目だった。
「自分のイメージだよ。この絵は僕の頭の中にあるんだよ。」そうヤサは答えたが、
夢子があんまり真剣に、しかも、今にも泣きだしそうな顔をしているので、ヤサは「何でそんなことを言うんだろう。」と思った。
「あ、わかった。夢子さんは昔、ここと同じようなところへ行ったことがあるんだな。」
そう推理したのだが、夢子に向かって口は出さなかった。
チャイムが鳴って、みんなが戻ってくると、真っ先にヤサのところへ行った。
「川島君、絵、どうなった? わぁ、すごーい!」
さらにどんどんみんなが集まってきた。
「すげぇ・・・!」
「えぇ? なんで? 天才的でしょ!」
「うまいなぁ・・・・・。」
「きれい・・・、どうやったらこんなふうに描けるの?」
次々にみんなは、思い思いの感想を述べた。
ヤサはとてもうれしかった。
「自分は仲間外れではない。」
そう思えた。
また、胸が暖かくなった。
夢子は口にはしなかったが、こちらを向いてうなずいた。
もうヤサは、自分で心が戻ってくる瞬間の気持ちをとらえることができるようになっていた。
もう一度チャイムが鳴って、先生が教室に入ってきた。
礼をするときに、ヤサは立ち上がった。
足がないように思えるくらいに足が楽で、
完全に体重を支えることができる。
「優一、おまえ自分の足で立てるのか?」
先生が驚いたようにヤサに話しかけた。
「はい、心が戻ってきたので。」なんてことは言えない。
「ええ、まあ・・・。」とあいまいに答え、ごまかした。
しかし、まだゆっくりと歩ける程度だ。
早歩きをしたり、走ったり、足を使うような運動はできない。
だから、「足が治ったんだぞ、すごいだろ。」なんて自慢はできない。
そんなことを言ったら、それこそ終わりだ。
今度も授業に集中することができた。


----この続きは、小説『心のカケラ』6でご覧ください。----


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