ワルディーの京都案内

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2015/06/07
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テーマ: 癌(3550)
カテゴリ: 癌治療情報
朝日新聞 2014年8月26日の記事です。

 私が後腹膜悪性腫瘍で1回目の抗癌剤治療を終え、2回目に臨むころのシリーズ記事です。


 1階の職員室から2階の理科室までの階段を上がれない。激しい息切れが起き、途中2、3回立ち止まる。壁に手をついて息を整える。その横を子どもたちが元気にかけのぼっていく――。

 2005年、熊本市内の小学校。理科の非常勤講師をしていたM.Hさん(54)は、自分の体に異変を感じていた。

 趣味のバドミントンでは息切れが激しく、ラリーを返すのに精いっぱい。苦しくて、その場に座り込んで動けなくなった。数年前から貧血症状があり、鉄剤をのんでいた。でも、ここまで体調がひどくなったことはなかった。

 同じころ、近くの医療機関で健康診断を受けた。赤血球の数が減っていて、精密検査を受けるように言われた。かかりつけの市内のクリニックから熊本市民病院の血液・腫瘍(しゅよう)内科を紹介された。05年3月に検査入院した。

 結果は、急性リンパ性白血病だった。院内の小さな部屋。長机を挟んで向き合った主治医の山崎浩(やまさきひろし)さん(49)から、夫(55)と一緒に告知を受けた。抗がん剤の治療を始め、このまま半年ほどの入院が必要になるという。

 「半年も? 家族はどうなるの?」。長男は大学生、長女は高校生、次女は4月から中学3年になり、受験も控えていた。小学校の非常勤講師の仕事は3月で1年間の契約が終わるが、4月からはまた、別の小学校で働くことを希望していた。それもあきらめざるをえない。

 入院中の病室に戻った。ベッドのまわりのカーテンを閉めきると、夫と2人の空間になった。

 「子どもにどう伝えたらいいのかな。両親にどう伝えよう?」

 夫にそう話しかけた瞬間、涙が一気にこみ上げてきた。手で押さえていた水道の蛇口から水があふれ出るように、涙が止まらない。夫は黙ってそばにいてくれた。

 3月24日、小学校の卒業式の日。「子どもたちに会いたい」。山崎さんとも相談し出席を考えていたが、体力に不安を感じて断念した。「何で来ないんだろうって、思ってるかな」。卒業証書、校歌斉唱……。ベッドの上で、児童たちの姿を思い浮かべた。

 この日、抗がん剤の治療が始まった。


非常勤講師をしていた学校で、行事などの写真を集めたアルバム。児童たちから贈られた



(本文の患者さんのお名前は頭文字にさせていただきました。写真も掲載を控えさせていただきました。)

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最終更新日  2016/09/11 10:20:01 PM
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