ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2016/04/22
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テーマ: 京都。(6370)
2016年

 良いお天気の一日でした。外出の予定はなしでしたが、午前中ゴルフの練習に行きました。がん治療終了後6回目の練習。いつものように無理せず50球だけ。

 それ以外はルーティーンでしたが、特別な内容が一件。

 三重県の貸し土地の売却の話があるので、ネットで売却価格の無料査定をお願いしました。同時に、実家の土地の売却査定もお願いしました。

 複数の不動産屋の同時見積もりができます。SK不動産は、貸し土地の借り主がすでに見積もりしてもらっているので、それ以外のKT不動産、MI不動産、ST不動産にお願いしました。

 しかし、ST不動産は対象地域外なので、お受けできないと断りのメールがあり、MI不動産からは、貸し土地の方は市街化調整区域だし、実家の土地も更地にしても価格が知れているので、担当しづらいとのことで、断りの電話がありました。

 KT不動産のみ、両方の物件とも検討しますとのことでした。明日、三重県にお墓参りに行くので、担当の方に現場に来てもらうことになりました。会って話するのは、あまり乗り気ではなかったようですが。いずれにしても、両物件とも不動産屋としては、あまり美味しい話ではなさそうです。



 今日は、時間が結構あったので、京都検定の勉強で見れずに、録画を溜めた大河ドラマ「花燃ゆ」を4回分くらい見ました。



** 京都市内全寺社巡り 山科区#3-1 **

「京都市全寺社巡り」3月30日(水)の歩き・山科区3日目の1回目。 

主な訪問先は隨心院。


この日歩いたコースは、下記の散歩日記にあります。

http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201603300002/


この日に訪れたスポットは下記。

https://drive.google.com/open?id=1UaEup3T1OzGGZmur9FoyIeSBebs&usp=sharing




●隨心院

真言宗善通寺派 の大本山。 小野門跡 ともいう。 東密(真言宗) の事相(修法や修験などの実践面のこと)である 小野流 発祥の寺。

 正暦2年(991) 仁海 が当地に 牛皮曼荼羅 (承久の変で焼失)を祀って 曼荼羅寺 を創始したのに始まる。仁海僧正は請雨の法で雨を降らせ、 雨僧正 とも呼ばれた。

 5世 増俊 の時に、 隨心院 に改め、7世 親厳 の時に 門跡寺院 となった。

 承久応仁の乱で衰退し、慶長4年(1559)に復興。

 明治41年(1908)独立し真言宗小野派となったが、昭和6年(1931)に善通寺を本山とする善通寺派に所属した。


・總門
  宝暦3年(1753)二条家より移築された。
P1060601(總門).jpg


・「はねず踊り」のぼんぼり
   訪問したのが、「はねず踊り」があった直後でした。
P1060603(はねず踊り).jpg


・塔頭大乗院
P1060605(大乗院).jpg



・小野梅園
P1060606(小野梅園).jpg



・小野小町歌碑
  隨心院は小町ゆかりの寺
  古来、小野と呼ばれたこの地は小野氏の栄えたところ。小町は 小野篁 の孫、 小野道風 は小町の従兄と云われる。
「都名所図絵」 で、この辺りは小野良実の宅地だったと云われる。
P1060608(歌碑).jpg


・庫裏
  二条家の政所だったもの。
P1060620(庫裏).jpg


・能の間
  宝暦年間(1751-1764)九条家の寄進による


 「だるま商店」による襖絵
 小野小町が生まれてから,死ぬまで,そして,現在に行き着く小町の逸話や神話が描かれている。
20160422-能の間.jpg


 卒塔婆小野小町坐像 小野小町文張地蔵菩薩
20160422-卒塔婆小町坐像.jpg


(続きます)





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最終更新日  2021/09/04 12:43:55 AM
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