ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2017/09/28
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テーマ: 京都。(6370)
カテゴリ: 京都ガイド諸活動
2017年 9月28日(木)】

花山天文台 を見学後( こちら )、 渉成園 に向かいました。


 渉成園は常時公開されており、500円以上の協力寄付金で入園できます。立派な案内冊子がいただけてお得です。この「京の夏の旅」では、中の蘆庵の特別公開が加わった形で、さらにお得です。過去2度だったと思いますが、渉成園は入ったことがありますが、特別公開で建物に入るのは初めてです。

渉成園 東本願寺 飛地境内地 です。1602年(慶長7)年、 教如上人 徳川家康 から寺地を寄進され、東本願寺が成立しました。その後、 宣如上人 三代将軍徳川家光 から東本願寺の東側の土地を寄進されました。宣如上人は、1653(承応2)年に退隠して自らの隠居所をそこに定め、中国の詩人  陶淵明「帰去来辞」 の一節「園日渉而以成趣(園、日に渉って以って趣を成す)から採って「渉成園」と名付けました。そして周囲に枳殻(からたち)を生垣として植えたことから 枳殻邸(きこくてい) とも称されるようにもなりました。

 庭園はいわゆる 「池泉回遊式庭園」 であり、洛北詩仙堂を開いた 石川丈山 の作庭と伝えます。江戸時代後期の文政年間には、儒学者で漢詩人でもある 頼山陽 「渉成園記」 「渉成園十三景」 を紹介しました。

 渉成園は創立以来、幾度かの火災に遭い、現在の建物は、1864(元治元)年の 蛤御門の変 による炎上以降に再建されたものです。1936(昭和11)年、文人趣味に溢れる仏寺庭園として 国の名勝 に指定されました。

 現在、 侵雪橋


南側の門
 後出の 「大玄関」 に続きます。




西門





園内図




高石垣




庭園北口




臨池亭 (左)と 滴翠軒 (十三景の一)(右)両方とも1884(明治17)年再建





滴翠軒の 「桧垣の燈篭」 (中央)と小滝(右)



 渉成園にはかつて 高瀬川 から水が引かれていましたが、川の水位が下がった明治以降、「 本願寺水道」 から導水されることになりました。この小滝の水がそうです。この滴翠軒の池から流れ出た水が遣水を通り、現在も後出の 印月池 に注いでいます。そのため、現在は園内の池に琵琶湖で棲息する肴たちが見られます。

 この「本願寺水道」は1897(明治30)年に完成しました。1864(元治元)年、蛤御門の変で焼失した東本願寺では、1880(明治13)年頃から再建工事が始まりました。境内の防火は至上命題でした。そこで、 琵琶湖疏水 を完成させた 田辺朔郎博士 に依頼し、疏水を 東山・蹴上 から分水して、東本願寺の境内まで導水するという工事が行われました。三条通、祇園から四条通に水道管が埋設され、さらに五条大橋の下を通っています。


代笠席 (たいりつせき) 1888(明治21)年再建
 「代笠席」とは、人里離れた地を訪れた旅人が「笠代わり」に雨宿りする席という意味だと
 考えられています。




傍花閣 (十三景の二) 1892(明治25)年再建
 後出の 園林堂 の山門に当たる位置に建てられています。
 庭園内には珍しい楼門作りで、左右両側には 山廊 と呼ばれる階段の入口があり、階上には
 四畳半の部屋を設けています。傍らに桜並木があることからの名です。






侵雪橋 (十三景の六)
 工事中です。



3つの詩碑
河東碧梧桐、句佛、高浜虚子










回棹廊(かいとうろう) (十三景の十二)1884(明治17)年再建
 安政の大火(1858年)による焼失以前は、朱塗りの欄干を欄干をもった反橋だったと伝わります。
 現在は桧皮葺の屋根をのもつ橋となっています。
 中央の唐破風の屋根の天井部には掛け釘が設けられ、かつては夜半の来客の折り、金燈籠を吊って
 火を灯しました。





縮園亭 (十三景の七)1884(明治17)年再建
 かつては 東山三十六峰 の一つ、 阿弥陀ヶ峰 の遠景が縮図のように見張らせたといいます。




印月池(いんげつち) (十三景の三)
 東山から上る月影を水面に映して美しいことからの命名。
 広さは約1,700坪あり、園全体の約6分の1を占めます。




臥龍堂(南大島) (十三景の四)
印月池に 浮かぶ南大島のことを臥龍堂とも称しています。
 元来はこの島に建てられていた小さな鐘楼堂のことを指しました。



 この南大島、そして縮園亭の建つ北大島、さらに回棹廊北側の築山は、北東方向から南西方向に一直線上に並んでいます。これは 豊臣秀吉 が築いた 「御土居」 の跡だといわれています。


漱枕居(そうちんきょ) (十三景の十一)1865(慶応1)年再建
 旅路にあることを意味する 「漱流枕石(そうりゅうちんせき)」 の語から採られています。
 前述の 縮園亭(飯店) 代笠席(茶店) とともに 「煎茶三席」 「酒店」 として用いられたようで、
 園内に三席が完存する珍しい例となっています。




双梅檐(そうばいえん)
 紅梅・白梅が20株ほど植えられた梅林。
 「檐」は「ひさし」の意味で、蛤御門の変(1864年)による類焼以前は、今より閬風亭(大書院)の
 規模が大きく、屋根がこのあたりまでかかっていたことに由来します。




閬風亭(ろうふうてい) 1865(慶応1)年再建
 室内は通常の書院造の間取りとは異なり、畳を外せば能が演じられるようになっていました。    
 1880(明治13)に明治天皇がお越しのとき、ご休息された場所でもあり、その石碑が立ちます。
 「閬風」とは、中国・崑崙山脈の頂部にあるといわれる山の名前で、仙人が住むとされており、
 賓客をお迎えする大書院にふさわしい名前です。






石川丈山 直筆の「閬風亭」扁額と 徳川慶喜 筆「渉成園」扁額
 幕末の動乱期、東本願寺は徳川幕府に近い立場にあったため、十四代将軍・家茂、
 十五代将軍・慶喜も渉成園を何度となく訪れました。




園林堂(おんりんどう) 1957(昭和329年再建
 前述の傍花閣に対応する持仏堂。「園林」とは元来、中国宮廷に設けられた大規模な庭園の意
 ですが、仏典では「浄土」をあらわす表現として用いられ、桂離宮にも同じ「園林堂」という
 持仏堂があります。
  堂の正面軒下には南北朝時代の禅僧・虎関師錬揮毫による「園林」の扁額が掛けれています。
  室内は、 棟方志功 が竣工の翌年に描き上げた42面の襖絵で飾られています。







蘆庵  1957(昭和32)再建
 今回の特別公開部分です。
 二階席の茶室。階下は七畳で、西側に常をかまえ、二方に縁がついています。
 階上は主室四畳半に、台目三畳の次の間を付しています。主室北側を板敷とし、中央に赤松の
 曲木を立てて左を床とし、右脇には二重棚があります。
 二方の肘掛窓(ひじかけまど)から眺望が楽しめます。
 前庭の露地には珍しい形の屋根の中門が開かれています。
 「蘆庵」は、江戸時代の文書では「露庵」と書かれており、中国・唐代末(9~10世紀)の
 禅僧・雲門文堰(うんもんぶんえん)の言行録から「露」の一字をとり、室内にその扁額を掛けて
 いたようですが、現在では違う漢字をあてています。
 *台目=茶室に使用される1畳の3/4の大きさの畳














傍花閣を望む







春日燈篭  江戸初期制作。六角形の笠の屋根には降り積もった雪が刻み出されている。




門の屋根の裏



 1階と2階で、会のお二人の先輩の案内を聞かせていただきました。人柄が表れた打ち解けた感じの、分かりやすい説明をされていて、お客様も大変満足されているようでした。


大玄関(おおげんかん) 1884(明治17)年頃移築
 1880年7月、明治天皇が京都に来られ、渉成園で休息された際、本山・東本願寺の
 境内に残る宮御殿とともに大宮御所から移築を約され、後に移築されてきた玄関。





 秀吉を祀る豊国神社。秀吉建立の方広寺大仏及び西本願寺は、正面通と呼ばれる東西の道路で直結され、西本願寺が秀吉恩顧の寺院として存在することを都計画に上からも示しているといわれています。

 徳川家康が天下を掌握した際、豊臣家の保護を受けた西本願寺と、豊臣家の聖地である豊国神社と方広寺大仏を結ぶライン、すなわち正面通を断ち切るという意図で、現在の地に東本願寺を建立させたのではないかという説があります。

 そして三代将軍家光も渉成園の地を寄進して、さらに正面通を分断したのではないかということです。

 先輩ガイドの説明でも、今も西・東本願寺には微妙な違いがあるといくつか例をあげて説明していました。宗門のトップは西は「門主」、東が「門首」など。その他は憶えていませんが。

 「花山天文台」「渉成園・蘆庵」と濃い一日になりました。


(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)



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最終更新日  2019/08/25 10:37:43 PMコメント(0) | コメントを書く


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