ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2026/03/10
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カテゴリ: 旧東海道
東海道歩きの5日目です。今日も2人旅です。感謝。

JR線草津線は、三雲から、旧東海道を離れ、南東の拓植(つげ)に向かいます。鉄道の乗り換えでは帰路が成り立たず、終着予定の土山からはバスで貴生川まで行き、そこでJRに乗り換える必要があります。バスの本数は多くないので、バスダイヤを調べたうえで出かけました。

雨や雪は降らなかったけれど、風が強く、寒い天気でした。

ルート概略 水口~土山 9:20~16:00(6時間40分)15km 26,700歩



JR貴生川駅で近江鉄道に乗り換え、水口石橋駅へ



近江鉄道内 内装



貴生川から2駅で、水口石橋駅着 
前回の帰り道はPITAPAが使えなかったのですが、使えるようになっていました・



安藤広重 水口宿
名物の干瓢を栽培してそれを干して食べられるように加工している様子が描きこまれています。







石橋 駒札



街道は三筋に分かれますが、真ん中の道を行きました。三筋に分かれた道は、先の方で合流します。



水口の町並み



曳山の模型



問屋場跡



水口の町並み



高札場跡



高札場跡 駒札



旧水口宿脇本陣



水口は今は甲賀市に属しますが、2004年10月1日に土山町、甲賀町、甲南町、信楽町との新設合併までは甲賀郡水口町でした。マンホールもその水口のときのデザインです。町の花「サツキ」と、水口曳山祭の「曳山の車輪」がデザインされています。



水口宿 東見附(江戸)跡




冠門のモニュメントがある。天和2年(1682)、水口が水口藩の城下町になると枡形土居がめぐらされ、木戸や番所が置かれた。




東海道の松並木
かつては松並木があった。









八幡神社 祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと) 
本殿は一間社流造り。







一里塚説明板



甲賀市土山に入ります、



山燈籠。東海道今宿碑



石仏



甲賀市土山町のマンホール
旧甲賀郡土山町町時代のものです。町の木「スギ」と町の鳥「キジ」、町の花「茶」が描かれています。



旅籠 東屋跡



三好赤甫旧跡
句碑「ほととぎす 早苗にかげを 残し行く」
京に上り東福寺の虚白に俳諧を学び、幕末から明治にかけて活躍し、この地方の俳諧の基礎を築いた。





旅籠 田畑屋跡



明治天皇聖跡碑



間の宿(あいのしゅく)大野



防火水槽









大野の旅籠跡など




昼食は Hygee Cafe & Garden という街道沿いの小洒落たCafeでパスタをいただきました。








花枝神社鳥居
創祀は嘉祥3年(1699)、坂本日吉本社八王子社を分霊し、勧請したもの。



東海道反畷碑



従是淀領碑
淀藩領界石。淀藩の飛び地があった。



大野の旧東海道の松並木(一部しか残っていない)





東海道反野畷碑



大日川堀割跡
大日川は野洲川の支流で、大雨が降ると氾濫し市場村や大野村は大きな被害を被った。そこで大野村は市場村との境に堤を築いたが、今度は市場村が被害を受けました。そこで元禄12年(1696)領主堀田筑前守に願い出て、総延長504間(約907m)掘割を築きました。



市場の一里塚跡 日本橋より111里目





諏訪神社
天文11年(1542)甲賀三郎兼家が関東から故郷に帰る途次、信濃國諏訪大社より分霊したもの



垂水頓宮御殿跡碑
垂仁天皇の皇女倭姫命は天照大神の御神体を奉じて鎮座地を巡行し、その際、この地に御殿が造営された。





地安禅寺 
浄土宗 山門は鐘楼門。境内の御影堂には後水尾上皇の御位牌が安置されている。



瀧樹(たぎ)神社 鳥居



瀧樹神社由来



土山は茶の産地





街道沿いの家並



大黒天が庇先に祀られている家が多い。京都なら鍾馗さん。



本来の街道は、ここで左に折れ、北上し、松尾川の渡し(秋から冬は木橋か土橋。春から夏は徒歩か舟渡し)を渡るが、この松尾川(野洲川は当時は松尾川と称した)の渡しには、今は橋がかかっていないので、このまま真っすぐ進む。





国史跡 垂水斎王頓宮跡
天皇が即位すると名代として伊勢神宮に派遣される皇女を斎王といい、斎王が宿泊する仮の宮を頓宮といった。京から伊勢からまで、5迫6日の日程で、近江國では、勢多、甲賀、垂水、伊勢國では、鈴鹿、一志に宿泊した。
実際の場所は、かなり北に行き、国道1号線を渡った先にある。



歌声橋



野洲川



国道1号線に合流し、少し東に歩いたところから、土山宿に入っていく。


万人常夜燈がある。









土山宿の家並







土山宿陣屋跡
代官屋敷跡、寛政12年(1800)、土山宿の大火災で類焼し、以降、陣屋は信楽に移った。





高札場跡



大黒屋本陣跡
土山宿の豪商、大黒屋立岡家が控本陣を務めた。



明治天皇聖蹟



高桑 闌更(たかくわ らんこう)歌碑





前田製茶







土山宿の家並



土山宿絵地図



土山宿本陣跡
土山宿本陣は寛永11年(1634)、家光の上洛に際して建てられたもの。明治天皇はここで東行中17歳の誕生日を迎えた。住民には酒肴が振舞われた。










問屋場跡、成道学校跡
中町の問屋場









堤家本陣跡





平野屋跡
森鴎外が白仙墓参の際に宿泊した旅籠





井筒屋跡
森鴎外の祖父、白仙は文久元年(1861)、参勤交代に随行し、ここで没した。





土山宿 旅籠柏屋跡、旅籠 大工屋跡、旅籠 釣瓶屋跡



白川神社
本殿は文久3年(1863)の造営。本殿前には「願かけ神石」がある。この神石を撫でると、願い事が叶うと伝わっている。





来見橋
橋には「土山茶もみ唄」のパネルがはめ込まれている。



土山宿の家並



上島鬼貫(おにつら)歌碑
「吹けばふけ 櫛を買いたり 秋乃風」
鬼貫は伊丹生まれの俳人で、東の芭蕉、西の鬼貫ともいわれた。





お六櫛
お六櫛は土山の名産であった。中山道の奈良井宿を祖とし、薮原宿の名産となり、ここ土山宿にも伝わり、宿内には十数件の櫛屋があった。



餅の駅「あいの土山」
バスの時間まで、お土産を買おうと思ったが、残念なががら定休日であった。



20分ほど待ってバスに乗って、JR貴生川駅へ



JR貴生川駅







今日もよく歩きました。

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最終更新日  2026/05/18 03:29:02 PM
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