ワルディーの京都案内

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2026/09/25
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テーマ: 京都。(6428)
知られざる伏見稲荷大社 その16

「22」、「24」 のエリアをご案内します。

知られざる伏見稲荷大社 フィルードワーク ルート図




22. 祢ざめ家

鴨川運河に架かる橋から、もと来た道を戻り、伏見街道の交差点に来ます。その南西角に、天文9年(1540)創業の食事処 「祢ざめ家(ねざめや)」 があります (図1) 。

稲荷大社にお参りに来た 豊臣秀吉 が、早朝だったため休憩するところがなくて困っていた時に開いていたのがこちらのお店。ここでお茶を飲んだ秀吉はとても喜び、秀吉の妻 「祢々(ねね)」 の文字からとって「祢ざめ家」と名付けたとのことです。今は訪れる客のほとんどが外国人観光客。時代の流れを感じさせられます。


図1 祢ざめ家




24.玉家

「祢ざめ家」のある角で右に曲がり、伏見街道を南進するとJR稲荷駅の出入り口が右手にあります。それを少し越えた左側(東側)に 「京料理 玉家」 (図2) 。切妻屋根の下に、伏見稲荷大社の狐像が尻尾の載せている宝珠が描かれています。


図2 京料理 玉家



現玉家は、平成24年(2012)に改築されたものです。改築前の玉家は、 図3 のように、より風情のある佇まいをしていました。


図3 改築前の玉家



元和元年(1615)開業の老舗料亭で、文久3年(1863)に書かれた 「淀川一覧」 にも登場し (図4) 、ここにも切妻屋根の下の壁に彫り込まれた宝珠を見てとることができます。


図4 淀川一覧[文久3年(1863)] (深草保勝会「深草稲荷」表紙から)



玉家は江戸時代には参勤交代の途中、伏見街道を通る大名の宿として栄えました。また明治2年(1869)には、 木戸孝允(桂小五郎) がこの玉家で、昼食をとり休憩をしたという記録が残ります。このとき孝允は稲荷大社に石灯籠を奉納しています(現存はしません)。新撰組などに付け狙われ、神主家の一つ、東大西家の土蔵に匿われて難を逃れたことがあり(「3.社家地跡」参照)、それに対する感謝の気持ちからだといわれています。


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最終更新日  2026/09/25 12:00:10 AM
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