海の散歩道

価値観








違う環境で育ち

違う性別

当然、人それぞれの価値観がある



でも、価値観の違うもの同士が

擦り合わせをするとなると大変な作業なわけで

かなりぐったり





自分とあるものに対して

全く違う価値観を持つ人に

あたしの想いを伝えるのは本当に大変で

(きっと相手も大変)

話をしているうちになぜか喧嘩腰

自己嫌悪に陥ると同時に

とても哀しくて

(きっと相手も哀しい)





あたしがそのあるものに対して異常なほど嫌悪感を持っている

(あるものについては伏せますが)

昔から異常なほどの勧誘を受けていて

拉致されかけたこともあるくらい






でも、彼にあたしがそれに対して理解しないと

二人の間の溝は埋まらないと言われ

溝が埋まらないのは嫌だとかなりの勢いで歩み寄ってみた

それが約1年前

多分、歩み寄った当時は彼もビックリするほどの変身振りだったと思う

でもでも。

色々見えてくるうちに

それに関わる人に対する不信感が芽生え

『言いよることとやりよること、ちゃうやんけ!』

とまで思うようになり

一時期、それを辞めることを考えて打ち明けたけど受け入れてもらえず

そのまま今に至る







それについて話をするたびに

喧嘩腰になったり

怒鳴り合いになったり

あたしが追い詰められて具合が悪くなるから

ここんとこ彼もそれについての話は避けていたらしい

でもでも。

話を避けていてもなんにも始まらなくて

なんにも先に進めなくて

それが嫌で話をしたけど

互いが互いに

『こっちのこと理解してよ』って言い合ってるだけで

進歩がない







彼は『スタンスを変えたんだ』と言うけど

何を変えたんだろう?

あたしに対して話をしなくなったことだろうか?

でも、話をしないで

『きっといつか理解してくれるだろう』と

もし思っているのなら、それは大きな間違いで

何が分からないのすら分かっていないあたしが

自分で何かを理解できるはずがない

(説明されても分からないんだから)








あたしはそれに歩み寄った当時

かなり見切り発進していた

周囲に流されるまま歩み寄った

でもそれが間違いだったと

歩み寄った当時から思っていた

あたしは全てをリセットして

もう一度内側からでなく外側から自分でじっくり考えたほうがいいんじゃないか

ずっとそう思っていた









このままお互いが平行線のままではどうしようもないことくらい分かってる

だからこそ、歩み寄るために

一旦、外に出たいと思ってる

彼側の人が良かれと思ってしてくれていることが

あたしにとっては重荷だし

良かれと思ってしてくれていることが

あたしが前向きになることの妨げになっている

少なくともあたしはそう感じている

(キライなんでしょ?と片付けないで欲しい)









それをするしないの自由は憲法でも保障されている

だからあたしが辞めると言いきってしまえばなんとでもなることだろう

でもあたしがなぜ辞めることに踏みきらないのか?

答えは単純

彼に『これでまた溝ができた』と言われたくないから











そこまでして自分を押し殺す意味があるのか?

それをしないとひとりの人として扱われていないと感じているのに

そこまでする必要があるのか?

それがなくても生きていけるだろう?

お前はここまで生き延びてきたじゃないか!

もっと自分に自信を持てよ!

もちろんこう思ってる自分もいる

だから揺れているんだ

あっさり彼と別れることを決意できたら

それを辞めることになんの負い目も感じない

でもそれを辞めても彼と別れられなかったら

『溝がある』と言われてしまう

口にしないにしても心の何処かでそう思うだろう

あたしはそれが嫌

『溝がある』と思われている相手と

安心して一生、一緒に過ごすことはできない










あたしがもっと単純で従順で素直だったら

彼もこんな苦労はしなかっただろうし

あたしもこんなに悩まなかっただろう









でも同じループをかれこれ1年くらいぐるぐる回ってるのは

自分的に許せない

なんとかしたい

でもひとりじゃ何をどうしたらいいのか分からない

でも彼は答えを出すのはあたしだと言う

もちろんそうだろうけど

判断力が顕著に薄れているあたしに答えなど出せない

出してもいいけど、後悔するかもしれない

後悔するような事はしたくない

『溝がある』なんて2度と言われたくないし・・・










いっそのこと

『溝なんかできててもいいわよ』と打算で生きられたら楽だろうに











ちなみにね

あたしはそれをやってるあなたを嫌だなんて思った事ないんですよ

あなたの人生でそれに関わる機会が多くて

それのある生活が当たり前になってたようだし

今更『辞めてくれよぅ!』なんて言うつもりもないし

それをしているから『別れましょう』なんて言うつもりもない

それをしていてもしていなくても『あなた』は『あなた』だからね










あたしに押し付けさえしなければあたしは何にも言わなかったのに

でもあなたは

『一緒に生きていく上で理解してもらう必要性はある』と言って聞かなかった

それをやってるあなたでさえ完全には理解しきれていないのに

あたしに理解できるのか?無理でしょうよ、とも思うけど

別に本当にあなたがそれをする分にはなんの問題もなかったんだよ










じゃあ、逆に聞くよ

あたしの歩んできた人生の中で培ってきたものの全てが

あなたには理解できますか?

理解できないでしょう?

あたしが味わってきた苦しみ、辛さ、孤独感

理解できないでしょう?

それと一緒だよ、と言うのはただの屁理屈ですか?














相手と同じ目線に立つだけじゃ

多分、歩み寄れない

真正面に立ってるうちは歩み寄れない

真正面じゃなく、横に座るんです

歩み寄りたい人の横に寄り添うんです

寄り添ってその人の見ているものを見てみるんです

そうするとその人の何かが見えるんだと思うんです










でも歩み寄ると言う行為は

多分かなり難しい

下手すると時には自分を押し殺して

相手と同じ目線に立つんだから










あたしはそうしてきたから

その難しさ、痛感してる

自分を殺さなくてもよかったんじゃん?

って言われそうだけど

元々、自分が嫌悪感を抱いていたものに歩み寄るには

自分を殺すしかなかったんですよ

自分を殺してでも

あなたのことを、それを理解しようとしたんですよ

まぁ、当然の如く、歪は生じたわけですけどね










歩み寄るってなんなんでしょうね

誠意ですかね

心ですかね

理解ですかね

多分、あたしが欲しいものって

そういうものなんだろうな



August 23, 2005 23:55:08







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