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今から約、五年前の冬。 自分は高校三年生。 進路を決めなくてはならない時期でもある。 別に夢もなく、やりたい事もない。 そんな中、専門学校の誘いがあり、進路が決まっていない自分にとっていい逃げ道だと思い専門学校へ行く事にした。 高校生活も後、わずかとゆう事で遊びに拍車がかかる。 そんな中、高校三年の冬休みも入り、「1月6日」18歳の誕生日がやって来た。 誕生日だからといっても予定は何も無い!! まぁーいいかと思いながらボケーッと過ごしていたら・・・ ピンポーン! ピンポーン! ・・・玄関のドアを開けると幼なじみの「シンゴとシンイチ」が遊びに来た。 「シンゴ」は見た目に似合わず勉強は出来る男。 こいつとはもう何度ケンカしたかわからないがいつも気付けば普通にもどってるんだ。 後に東京に行き立教大学に入学する。 「シンイチ」は音楽大好き男。 レゲェ馬鹿である。今は札幌のどこかのクラブで歌ってるみたいだ。 その日、三人で俺達は飲みながら語りあった。 そんな中、自分達で店とか持てたらいいよな!!なんて何気ない一言が思わぬ展開になった。 三人で店を出そうぜ!! 何の店をやるか?! BARだろ! BARの名前は? そんな話で夜遅くまで盛り上がった。 俺には夢や目標がない。 今まではそうだったがその日をきっかけに人生感が変わった。 けれどまだまだ世間知らずの俺達はただ漠然とした考えでしかなかったのだ。 俺達はなんだかんだで進路が決まっていた。 自分は函館で専門学校。 シンゴは東京の大学。 シンイチは東京でフリーター。 二人が先に東京に行ってしまう事に少し嫉妬した。 専門学校に行く気がしなかった。 それでも専門での事をいつか役に立てる時がくるかもしれないと頭を切り替えた。 意外と専門学校も行ってみると楽しかった。 友達もできて卒業間近には後悔よりこの学校に来て良かったと思えるようになっていた。 卒業間近、出席日数の半分はサボっていた俺はもちろん出席日数が足りる訳もなく卒業出来るか危うかった。 が何とか担任に協力してもらい無事卒業。 卒業式の翌日、早速空港へ向かい東京に旅立った。 空港には20人くらいだったかな? 友達が見送りに来てくれたんだ。 あの時の事は忘れないだろうな。 みんなに感謝の気持ちを胸に念願の東京進出!! 東京に到着しシンゴとシンイチとの久しぶりの再開。 やっぱり三人はしっくりくる。 早速、適当な飲み屋に入り勢い良く乾杯!! 乾杯と同時にやっと、ここからが俺たちのSTARTだったんだ。
2006.11.08
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最近、何かと欲しい物が続出する・・・ 困った・・・ 欲しいと思ったら我慢が出来ない人間。 とても熱しやすく興味がある事にはとことん追求する。 趣味に使う金は惜しまないタイプなんだな。 その中でも一番、投資しているのは音楽。 American Rock'n'Roll(50's 60's 70's)な「オールディー」な音楽が好きな自分はいつも車の中で聞いている。 最近ではCDじゃ物足りなくレコードを購入した。 何かにつけてレトロが好きな自分には蓄音機はピッタリくる。 大好きな 「CHUCK BERRY」 「ELVIS PRESLEY」 「LITTLE RICHARD」 「JERRY LEE LEWIS」 「BUDDY HOLLY」 「FATS DOMINO」 etc… などなど他にもたくさんのロックンローラーがいるなか最も尊敬する人物は… Rock'n'Rollの開拓者… 「Rock'n'Rollの神様」 とも呼ばれている 【CHUCK BERRY】だ。 俺が「Rock'n'Roll」を好きになったのもCHUCK BERRYの音楽を聞いてからだと思う。 ロックンロールに他の名前があるのならばそれは 「CHUCK BERRY」だとビードルズの「John Lennon」は言った。 Rock'n'Rollに出会えて良かった。 周りにはあまり話せる奴が居ないのが少し寂しいが… まぁいい。 Rock'n'Rollの良さについてはやっぱり文字で表すより実際に音を通して聞いてもらいたい。 他にもRock'n'Roll の創始者と呼ばれる「LITTLE RICHARD」 「JERRY LEE LEWIS」 「BUDDY HOLLY」 も欠かせない!! Rock'n'Rollのようなノリノリの人生を生きていければと思う。 「ロックンロール」って聞いた事がないしよくわからない。 ってそんなあなたにオススメな「映画」が!! こちら!! 【カクテル】 主演:トムクルーズ 見所はやっぱりボトルパフォーマンス!! (フレアーとも言う。) 自分達の店を持ちカクテルで夢を掴む話なんだけどこの映画を見た時はしびれたね!! まさに理想だったからかな。 【BACK TO THE FUTURE】 主演:マイケル・J・フオックス この映画の良さはやっぱりタイトルの通り過去や未来にタイムスリップ!! いずれはそんなマシーンも出来るのかな? タイムマシーンではなくともいずれ常識では考えられないような発明品が生まれるんだろうな。 しかし自分が生きているうちには無理だろうな・・・ 「発明家はすごい!!」 発明家といったら「Thomas Edison」が頭に浮かぶ。 エジソンを語ると長々なってしまうが、彼が発明したほとんどの発明品は今の生活にはなくてはならないものばかりだ。 電球はもちろん電話などもそうだ。 今こうしてブログを書けているのも大袈裟に言ってしまえばエジソンのおかげだ。 他にコンクリートなども発明したのもエジソン。 英語の単語の中に「HELLO」という言葉があるがこれはエジソンが作った言葉なのだ。 電話機を発明したエジソンは最初に発する言葉を 聞き取りやすい単語として「Hello」(こんにちは)は生まれたのだ!! アメリカは当時知らない人には声をかけない風習があったらしい。 HELLOという言葉が生まれて以後はフレンドリーに声を掛け合うようになったそうだ。 そしてなんといっても自分にとって最も嬉しい発明品が最近、購入したレコードと蓄音機だ!! こちらもエジソンの発明品!! エジソンなくして今の生活はないのである。 エジソンは自分の中で尊敬とする偉人の1人です。
2006.11.07
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sachi sachiさんは日用大工で何作りたいと思っていますか? 自分が次に作りたいと思っているのはダイニングテーブルです。 ダイニングテーブルは二人用の椅子を二つ作らなければならないからカウンターテーブルよりも手間が掛かりそう!! いい材料があれば助かるな。 将来、自分の家は自分で建てるのが夢。 洋風も好きだけれど囲炉裏がある和テイストな家に住むのが憧れ!! みんなで囲炉裏を囲んで飯を喰ってみたい!! 自給自足の生活。 大変だろうとは思う。 不自由のない生活にどっぷり浸かっていたんだから。 必要なものは自分で作り、食べる為には自分で畑を耕す。 周りには一切さえぎる物なんてない本来、人間が住むべき場所はそうゆう所でありたいと思う。
2006.11.05
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今日は自分の部屋の一部を紹介します。 多趣味な自分の部屋は趣味の固まりで覆い尽くされたような部屋。 引っ越しする時を思うと (もの凄く大変だ・・・) 写真の一部は「手作りカウンターテーブル」 ホームセンターで板やボルト買ってきて日曜大工!!!! 前に「Bartender」やってた時の知識もいかしつつたまに家で飲む時なんかはカクテルなど作ったりもする。 もっぱら自分は永遠ビール。 今は部屋で我慢だがいつかは自分の店を!! (チャックベリーやエルヴィスプレスリー・リトルリチャードなどのたくさんのRock'n'Rollをガンガン聞かせたAmericanレトロなBAR!! これもまた自分の趣味のオンパレード) 「Rock'n'Roll」はやっぱり洋楽のオールディー。 Rock'n'Rollでも邦楽は好かん・・・ それと「Jazz」も最近、ハマりつつある。 Jazzというか「SWING JAZZ」に興味がある。 今年中にはテナーサックスを買うつもりだ。 自分が買おうとしているのは・・・ 【ヤマハ YTS-275】 ※定価 157500円 って代物なんだ! これでも一番安いやつ!! (金管楽器は高っ!!) 部屋の話に戻るが他には「TOYな空間」 (フィギュアや雑貨などなど)のスペースもある。 母にはオタク呼ばわりされたが決してオタクではない!! 母にはセンスがわからないんだ!! それからなんといっても自分が部屋に居て一番落ち着く瞬間は「漫画など本全般を朗読」かな。 寝る前は必ず朗読。 部屋には約1000冊の本がある!!! (八割漫画) 本は部屋中に欲しいくらいだね。。 これからも徐々に増やしていくつもりだ!! まっこんな感じの趣味で固めた部屋にいる時が一番安らぐかな。 +チワワ二匹と寝る事。 それが1日の疲れをぶっ飛ばす!
2006.11.05
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昔自分には今は亡きマルチーズを飼っていたんだ。 名前は『チャーミー』 家にやってきたのは自分がまだ保育園の頃。 小さな時はあまり記憶はないがチャーミーを階段から落としたり追っかけまわしたりした記憶は微かに覚えている。 なんでそんな事をしたのか。 『例えばの話し 子供の時って虫を殺す事が「善か悪」かなんて事はわからないんだ。それはきっと何か好奇心の固まりで。 人間は成長するにつれて「命」の大切さに気付いていくものなんだと思う。』 いつの間にかチャーミーは自分のパートナー的存在になっていた。 両親は共働きだったので自分は小学生に上がった時からいつも首から鍵をぶら下げていた。 いわゆる鍵っ子少年だ。 いつも家には誰も居なく親が帰って来るのは夜の7時か8時。両親はパチンコ好きという事もありパチンコに出かけている時は夜中まで帰ってこず帰りをずっと待っていた記憶がある。 けどそんな自分にはチャーミーが居てくれたから寂しくはなかった。 チャーミーとはずっと一緒にいた。 小学生の時も中学生も高校生も専門生の時も。 チャーミーと俺は常に同じ時間を過ごし成長していったんだ。 チャーミーには親戚の家で飼われていた『ミミ』という「兄弟」がいた。 ミミは病気がちでチャーミーよりも6~7年早く亡くなってしまった。 火葬場に自分達、家族も行ったのを覚えている。 親戚のお兄ちゃんは男三人兄弟で一番下のお兄ちゃんが一番可愛がったいたのをよく覚えている。 そのお兄ちゃんはみんなの前で泣け叫んでいた。 その時、いずれ自分もチャーミーが死ぬ時がくるのかと思うと泣きそうになった。 チャーミーのいずれくる死をいつも意識しながら自分が専門学生の時、『事件』はおきた。 その時、自分はホテルでの調理研修があり仕事をしていた時だ。 ズボンのポケットの中の携帯がひたすらバイブで鳴っていた。 研修が終わり携帯を見ると母から何件も着信がはいっていた。 何事かと思い母に電話をかけた。 母は慌てたような声でチャーミーが「出血」して今、動物病院にいると言った。 病院まで車を飛ばした。 病院につき獣医に様態を聞くと「緊急手術」をしなきゃならないと告知された。 高齢なので『死』も覚悟してくださいと言われた。 冷静に話をしている獣医にやけに腹がたった。 チャーミーを助けてくれるのか? 高齢だからって見捨てたりしないよな? そんな最悪のイメージばかり想像しながら手術が始まりなんとか無事手術は成功。 卵巣が何倍にも腫れ上がっていた為、出血したらしく卵巣を摘出する手術だった。あと少し遅れていたら危なかったと言われた。 本当に助かって良かった。 心からそう思った。 これで一安心かと思いきや悪い事は続く。 チャーミーは癌におかされていた。 獣医がいうには高齢なので手術に耐える体力はなく、逆に高齢なので癌の進行は遅い為そっとしておくのが先決と言われた。 自分もその意見には賛成した。 もうこれ以上チャーミーに傷をつけたくない。 手術から2~3週間後、チャーミーは我が家に戻ってきた。 前より元気がなくなったように見える。 チャーミーが走り回るのを見ることはもう二度と無かった。 チャーミーはいつもストーブの前に敷いてある座布団の上を占領している。 月日が経ちチャーミーが動くのは「ご飯」の時と「排尿排便」の時だけになってしまった。 と言ってもご飯を食べるのも排尿排便するにもチャーミーは必死だったと思う。 歯が一本もないチャーミーにはご飯を食べるだけでも必死だ。 排尿排便もいつもシートの上で用をたしていたチャーミーだが座布団から起き上がりシートまで我慢出来ず途中でいつも漏らしていた。 用をたすとまた座布団に戻り眠る。 そんな毎日が続き俺は成人式を迎えた。 もちろんチャーミーも生きている。 正月になるといつも心の中で思うことがあった。12月31日は家族そろって神棚に礼をする。 家族が無事健康に正月を迎えたことに。 それともう一つチャーミーの死を意識し始めてからの事だが正月が来る度に神棚にまた来年の正月もチャーミーと迎えれますようにとお願いをしていた。 成人式があったその年の4月13日にチャーミーは永眠した。 自分はその日家に居てチャーミーはいつものようにストーブの前にいた。 その日少しチャーミーの様子がおかしかった。 うまくは言い表せないがしゃっくりをしているような感じだった。 俺は近くにいたにも関わらずたいした事がないと思いしばらくテレビを眺めていた。 そうしたらチャーミーの様子が急激におかしくなり自分はどうしていいものなのかわからず抱きかかえるだけ。 チャーミーはしばらくすると息をしなくなった。 見よう見まねで人口呼吸をした。 もう何が何だかわからなくなり涙が止まらなかった。 チャーミーは硬直し段々と冷たくなっていった。 その時、初めて死んだのだと感じた。 チャーミーをずっと抱きかかえもう泣くしかなかった。 母に電話をした。チャーミーが死んだと伝え電話を切った。 夕方に母と妹が帰ってきて母は帰って来るなりチャーミーを抱きかかえ泣いていた。 妹も泣き母も泣き自分は部屋に走り思いっきり泣いた。 その日、俺はチャーミーと一緒に寝たんだ。冷たくなったチャーミーを温めるように。それがチャーミーといられる最後の日だから。 翌日、親戚の三兄弟の一番下のお兄ちゃんに火葬か埋葬どっちが良いのか電話した。 お兄ちゃんはミミが死んだ時火葬してしまったけれど後悔していると言った。 そのままの姿で埋葬してあげれば良かったと。 自分もそのほうが良いと思った。焼いて骨になって出てくる姿を見たくなかったから。 『最後の別れ』 チャーミーをその日大好物だった唐揚げやお花と一緒に、そのままの姿で土に戻してあげた。 家族全員で見届けた。 「17年間」も生きた!! すげーよ!よく頑張った! そしてありがとう!! しばらくは立ち直る事が出来ず苦しい日々が続いた。 けれど悲しい出来事も時間が忘れさせてくれる。 チャーミーが死んでから約2年半が経った今、この『ブログ』を通し書き上げていくうちにフツフツと記憶が蘇ってきた。 生き物を飼うという事はいつか来る死を受け入れなければならない。 家には今、犬三匹にハムスター一匹を飼っている。 いつかはやって来る『死』。 いつかまたそんな時が来たらまた辛い思いをするだろう。 けれど一緒に過ごした時間は絶対に忘れない。 俺は一生、チャーミーがこの世に存在していた事を絶対に忘れないだろう。 俺の中の大切な思い出です。 そして毎年、命日には大好物の唐揚げを作ってあげるんだ。
2006.11.02
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今日は家で飼っている「チワワ」のお話しです。 今年の1月22日に誕生した四匹のチワワ。 今年の春頃、『ペットshop』で出会い一目惚れ。 生後2ヶ月のチワワが二匹いた。 「♂のロング」に「♀のスムース」。 どちらか選ぶのに非常に迷った。 家族の意見も聞こうと母と妹を呼び家族全員で(父は無関心の車待機。)話し合い見事に意見決裂。 とゆうか決められないでいた。 自分は「♀のスムース」を手にとりコイツにしよう!と決め、母も妹も納得。 が、しかしここで・・・ その二匹のチワワは『兄弟』であることが判明した。 元々は4匹の兄弟で二匹はすでに売れてしまったらしい。 その事が『発覚』し、またも迷う。 残された「二匹。」 自分が一匹だけ購入してしまったら残された一匹は・・・ 産まれたときから四匹でいたのが急に一匹だけになったら・・・ そう思うとやりきれない気持ちになった。 店員呼びかけ値切り開始!! 交渉の末・・・ 現在、自分の横で『二匹』仲良く寝ている。 二匹で飼うと色々と大変な事も。 ♂と♀ならば兄弟でも「避妊」しなきゃならない。 兄弟だから「奇形児」が産まれてしまう可能性がある。 トイレのしつけについてはどっちがしたのかわからない場合がよくあり叱る時に困る。 現行犯で見つけるのがなかなか難しい。 大変な事も多いがその分一匹だけじゃわからない事もある。 いつも二匹でじゃれあっている。(喧嘩??に近いかも・・・) 思わず顔がにやけた瞬間は投げた「オモチャ」を二匹同時に口に加えて持ってくるのだ。 (親馬鹿に近い感覚なのかな) 他には耳の中をお互いで舌でペロペロと掃除したりもする。 『二匹』だからこそ出来るそんな光景にいつも感動。 こんなチビ達を愛おしくてたまりません。 まだまだ手のかかるチビ達だけど一生こいつらとは離れられないね。 俺の大事な大切な家族です。
2006.11.02
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初めまして。 流離MANと申します。 まずは自己紹介。 自分が住んでいる所は北海道の入り口、函館とゆう所になります。 海や山や川に自然に囲まれた町です。 観光名所の1番有名所はやっぱり夜景。 このブログを見て少しでも興味を持ってくれたなら一度でいいから函館の夜景を見に来てもらいたいね。 自分はこれまでに何回みたかもう数え切れないけど何度観ても最高です。 それと港町なので朝一も観光名所の1つ。 函館に来たらまずは朝一で食事を。 他にもたくさんの観光名所があり観光地としても有名な函館です。 さてさて函館の紹介はここまで。 自分の紹介に戻りたいと思います。 自分には今、目標があり来年には何か事業を起こしたいと思っている次第であります。 今、その為に資金をコツコツと貯めている所です。 今日は一先ず此処まで。 これからも沢山、日々の出来事をブログを通し話し会えたら幸いです。
2006.11.01
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