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「あれ?」
本屋から帰って机の上にポートレートと読みかけの本がないのに気づく。
「あいつが持ってったのかな」
とりあえず、周一郎の部屋を訪ねる。ノックに応じて返答があり、書斎に入った俺は、元のところに自分の能天気な笑い顔が飾られているのにうんざりして、寝室との境のドアを開けた。射し込む陽の中、周一郎はしっかり読みかけの本の続きを読んでやがった。
「あのなあ」
「何ですか?」
「黙って持ってくなよ」
「僕がもともと借りていた本です」
「にゃあ」
そーだそーだ、と主人の横になっているベッドの足元に丸くなっていたルトが鳴く。
「そりゃあそうだが……あのポートレートぐらい、外したっていいだろ?」
「どうして?」
「どうしてって、ああ言う顔はもう一つ気に入らん」
「じゃあ」
パタリと本を閉じ、周一郎はこちらを見つめる。
「撮り直しますか?」
「あ、あのな……そーゆー問題じゃない……んだが……」
俺はしばらく黙り込んで、周一郎がポートレートを外そうとは露ほども考えていないらしいのを理解した。
「…まあ……いいか」
「滝さん?」
「わかった。いいよ別に」
「そうですか」
ほっとしたように笑った周一郎は、次の瞬間、そういう自分が心底嫌になったと言いたげに、不愉快そうに口をつぐみ、冷たく言い放った。
「では、さっさと出て行ってもらえますか。読書を続けたいので」
それでも、俺が部屋を出て行く寸前、なぜかひどく優しい目で見送っていた気がした……。
「だめ、だろうなあ」
「え?」
コーヒーのカップを両手で包む。
「結局、俺は手を出しちまうよなあ…アホだとは思うけど」
どんな得があるわけでもないのにな。
「あなたのそういうところって」
「ん」
コーヒーを含む。
「とっても好きよ」
「ごふっ!!」
喉に入ったコーヒーが急に針路修正して気管に飛び込み、目一杯むせた
「こっ…ごほっ! ごほんっ…らっ、お由っ……ごほごほん! 一体…ごほっほっ…何を……ごほっ!!」
「それでね」
咳き込んでいる俺を放って立ち上がり、くるりと背中を向けながら、
「貸してるお金を返してくれたら、もっと好きなんだけど」
「お由宇ーっ!!」
俺は咳の合間に一声、必死に喚いた。
終わり
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これにて『青の恋歌(マドリガル)』終了です。
ご愛読ありがとうございました。