エタ-ナル・アイズ

エタ-ナル・アイズ

2026.09.30
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「…もう少し生き延びてはどうですか」

 京介はコーヒーを覗き込んだ。

「もう少し、僕と伊吹さんが仲良くするのを眺めていては?」

「ふふ」

「結婚式にも呼びますよ。僕の親族席に座ってもらおう。大輔も身内もほとんどいない式だ、あなたはそこで、伊吹さんが高校時代からどれほど素晴らしい人だったか存分に語ればいい」

「……ああ、そうだな」

「伊吹さんが僕の隣でウェデイングドレスを着て笑うのや、キャンドルサービスでこれ見よがしにあなたのテーブルに2人で火を灯すのを見ればいい」

「……もちろん、俺はキャンドルの芯を濡らしておくわけだ」

「そこは外せないでしょう」

「けれど、そうすると、俺は赤くなりながら奮闘する伊吹さんと一緒に、嬉しそうにその手を支えるお前を延々と見ることになる」

「いい場面でしょう?」

「不愉快だな」

「花嫁が投げるブーケは是非ジャンプして空中で奪ってもらわなくては」

「おいおい、そうやって伊吹さんに睨まれろと」

「空気を読まない男でしょう、あなたは」

 曇る視界に京介は苦笑いする。

「こんな時に逝こうとする」

「……すまん」

「伊吹さんの心にあなたは刻まれる」

「……悪いな」

「不愉快だ」

「真崎」

「はい」

 ぽとりと落ちた雫を京介は見つめる。

 闇の彼方から語りかける声は、すでにどこか朧になっている。

 この男はもうこの世界にはいないのだ。

「…謝りたかった」

「何を」

 伊吹さんの気持ちの一部を攫うからですか。繰り返し彼女と時間を過ごしたからですか。今もなお、彼女の夢の何処かに棲まうつもりでいるからですか、あの大石のように。

 そんな罵倒は、見当違いだとわかっていた。

「あなたのせいじゃない」

 先回りして遮ったつもりでも、幽明の境に居る存在は、軽々とその意図を挫く。

「難波孝を、守れなかった」

「…」

 雫が数を増す。

「もう少し速く、真実に辿り着けていたら、難波孝は生きていたかも知れない」

 コンビニ強盗を明らかにし、飯島を確保し、『羽鳥』を引き摺り出していたら。

「お前が今居る世界は、もっとマシだったかもしれない」

 目を閉じた。溢れ落ちる闇の視界に笑う顔が、どんな目をしていたのか、もう忘れかけている自分が居る。

「あなたが謝らなくていい」

「お前の世界に法が届かなかった」

「あなたが背負うものじゃない」

「俺達はその任を負うんだ」

 法を、人の世界に届けるのが警察だ。

「お前を守れなかった。すまん」

「…っ」

 卑怯だ、卑怯だ、卑怯だ。

 こんな謝罪を受け取らずにいられる人間が何人居る。

「もっと生きるべきでしょう…っ」

「…うん」

「もっと…生きて」

 京介の罵倒を、怒りを、無念を受け止めてくれてもいいだろう。

 なのに、有沢はもう居なくなる。

 戸惑った声が聞こえる。

「…泣いてるのか」

 ことばがなくなる。

 周囲の闇が、あの山の中になる。

 胸に抱えた想い、小さな命が消えるたび、なぜこんなことになってしまうのかと天を仰いだ。

 嘘なんですか。

 誰か大きな人が地上の全てを見ていて、公平に平等に、それぞれの天秤を釣り合わせて物事を図ってくれていると聞いたのに、どうしてこんなに苦しいことばかり続くんですか。

 この苦しみはいつか報われることがあるんですか。

 それとも、その天秤は大きすぎて、僕らの小さな傷みなんか目盛りを動かしもしないのですか。

 なのに今、有沢の声の向こうに蘇る山の闇は、静かに広く、きらきらと光って見えた。

 綺麗ですね、と伊吹が言った。

 京介にも見せたいと言ってくれた。

 ふいに『それ』が見えた。

 泣きながら土を掘る京介の背後に、薄い靄が立っている。泥だらけの手で顔を擦り、まるで自分を埋めそうな勢いの京介の姿は、その靄に気づかない。

 けれど今の京介にはよく見えた。

 靄は有沢の姿をしている。

 心配そうに覗き込む様子は孝そっくりだ。

 はっとして顔を上げ、目を見開く。

 コーヒーカップの向こうの姿が二重に見える。

 そんなことはあり得ない。

 けれど、もちろん、そのはずだ。

 苦笑いする有沢の背後に、孝が困ったような笑みを浮かべて立っている。

 ごめんな。

 記憶の彼方の声が謝る。

 あの日、突き飛ばしてごめんな。背中、痛かったろ?

 痛かったよ。

 京介は呟く。

 同じ道を歩いていると思っていたお前が、手の届かないほどの暗闇に居ると知って、自分の抱えた苦しみが、それでも恵まれていたと知らされて、助けを求めてはいけないんだと思った。

 お前が沈んだその闇に、僕もまた堕ちるべきなんだと思った。

 救われるつもりなんかなかったのに、伊吹さんが両手を合わせてくれたのを見た途端、扉が開かれたのを見てしまった。

 最期を迎えるなら、この人の掌の中で逝きたいと、思ってしまった。

 謝るのはきっと、京介の方だ。

 京介もまた突き飛ばした、闇に待つ孝の姿を。

「真崎…?」

 訝しく響く声に瞬きする。流れ落ちる涙が熱い。

「泣いても…いいでしょう…」

 薄く笑った。

「僕はまた……友人を失うんだ」

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Last updated  2026.09.30 00:00:09
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