異論・極論・直言――マスコミが言わない解説、提言

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2026.03.23
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カテゴリ: カテゴリ未分類
(大化の改新の意味と、その後の日本への影響を知らない学生)

神話などについて、聞かれる。だが、多くの日本人はその問いに答えられない。
参政党の神谷代表は大学時代に数十か国を回って、そうした体験をして、日本
や国家について考えるようになったという。

 特別に興味をもって勉強をしている人を除いて、多くの日本人は本当に日本の
歴史や由来、神話などを知らない。理由は簡単だ。学校でも家でも、きちんと
教えてくれないからだ。

 日本の学校での日本の歴史の教科書では、書かれている事に嘘が多い。例えば、
稲作は中国や朝鮮を経て、弥生時代に日本に伝わったと今でも書かれている。で

が行われていた事がわかる。それなのに、教科書が修正されないのだ。

 また、日本の歴史の教育では、何年に何があったという事は書かれているが、
それがどういう意味を持ち、その結果、後世にどういう変化、影響を与えたか
というような意義付けや、日本歴史に与えた影響をきちんと教えない。

 筆者はある企業の採用をコンサルタントとして全面受託し、13年間担当した。
受験希望者の受付から始まり、説明会の案内、説明会での説明、そして、採用
選考まですべて、筆者の会社が行い、会社が学生と会うのは、最終の所長面接
からだった。そして、最終面接にも、筆者は立ち合い、学生の合否の議論にも
関与し、合格の連絡も当方がした。

 内定が出た学生のフォローも筆者の会社が行い、10月1日の内定式までが筆者
の会社の担当だった。だから、毎年、万単位の学生と接して来た。


では、例えば「皆さんは大化の改新は知っているが、大化の改新で、日本はどう
変わり、その後の日本にどういう影響を与えたのですか?」というのがある。

 筆者が採用を受託した企業は最終的に合格する学生は東京なら、早慶、上智と
国立大以上、関西なら、関学、同志社、立命、国公立以上の学生がほとんどだっ
たので、一般的には、かなりレベルが高い学生だった。


殺して実権を持ち、天皇中心の国家運営にしたという事は答えられても、改新の
中身と日本の後世への影響や意義付けについては、曖昧で、ほとんどの人が答え
られない。理由は簡単で、学校できちんとそれを習っていないのだ。

 大化の改新以前の日本では、豪族が土地と民を所有し、支配してきた。それを
改新で、「公地公民」つまり、全国の土地も民も天皇が中心の国家のものである
という事になった。更に、元号が「大化」となって、以来、天皇ごとに元号が
つけられ、時代は元号で呼ばれる事になった。更に、「日本」「天皇」という
言葉もこの時に始まったと言われている。

 また、租庸調の税金と労働使役の制度が決められたのも、この時である。更に
首都が定められ、戸籍が整備され、戸籍ごとに田を与えられて農作を行う班田
授受が始まったとされる。つまり、今の日本の国家や国民の基礎的な仕組みが
この時に整ったという事である。

 大化の改新は中大兄皇子が天智天皇となり、藤原鎌足となった中臣鎌足ととも
に始めたが、これだけの事業を行うのだから、一代の天皇では実現できず、天智
天皇との弟の天武天皇、そして、天智天皇の娘で天武天皇の妃となった持統天皇
が天武天皇の死後の改革を引き継ぎ、三代の天皇で実現した古代の大プロジェク
トだったのである。

 でも、東大、京大の学生でも、こうした事を答えられる者はほとんどいない。

(種子島への銃の伝来で、数年で日本中が銃だらけに)
 1543年に、日本の種子島にポルトガル人が火縄銃を伝えたという事は習うが、
それが日本にどう普及し、その後の日本の歴史にどういう影響を与えたかという
事を聞いても、きちんと答えられる人はまずいない。

 当時、種子島の領主は1丁を今の価格で言うと、1億円くらいの金で2丁とも
3丁とも言われるが、買い取った。これに味をしめたポルトガル人は数年後に、
再度、大儲けをしようと考えて、種子島を訪れて、火縄銃を売りに来た。

 ところが、その数年の間に日本で何があったかと言えば、銃を解体して、仕組み
を理解して、日本国内で、火縄銃があっという間に広がった。ポルトガル人が再度
訪れた時には、日本列島全体での銃は、当時の欧州全体よりも数が多くまで普及し
ていた。

 更に、ポルトガル人が伝えた銃は火縄銃で、雨が降ると、使い物にならなかった
が、日本人は雨が降っても使えるように銃を改良していたという。日本の戦国時代
にポルトガル人やスペイン人、オランダ人達が、アジアや中南米を武力で支配し、
植民地化していったが、日本が植民地にならなかった理由の1つがこれだと言われ
ている。

 古代の日本には古墳が数多く作られた。学校の教科書では古墳の存在そのものは
習うが、古墳はどうして作られたかについては、教えない。教えるのは天皇の墓と
いう事くらいである。

 だが、仁徳天皇が自分の住まいからみて、民の家から煙が立ち上っていないのを
見て、民が貧しくて満足に食事もできないのではないかと憂い、何年も税金を取る
のを止めたという逸話と、大きな労働使役であったろう、天皇の墓を庶民の使役と
して作らせたという話は、どう考えても矛盾する。

 ある民間の歴史研究家は、古墳の土は水田を作るために土地を削った時に出て来
た土で、それを土盛りしていく内に、大きな土盛りが出来上がり、それを整備して
天皇の墓にしたのではないかと考えた。

 彼はその話を東大の有名な教授に話をしたら、その東大の教授は思いもよらなかっ
と、目をぱちくりするだけだったという。

(1300年前に女性が小説や随筆を書き、今の日本人が読める事の異常さ)
 教科書には江戸時代は多くの寺子屋があったと書いてあるが、それが、当時の欧州
と比べて、どのくらいの水準であったかは教えない。

 江戸時代の日本人の識字率は60%台だったと言われている。江戸時代は貸本屋が
商売として成り立っていたが、それは高い識字率のおかげである。当時の欧州はと
言えば、イギリスで10数%、フランスは一桁台だったと言われている。日本の知的
水準が以上に高かったかがわかるが、こうした事を学校では教えない。

 江戸時代の日本では一般の庶民、町民、農民が歌舞伎を楽しんだ。だが、当時の
欧州では、オペラは王侯貴族のもので、庶民は見る事などできなかった。

 江戸時代は寺子屋で「読み」「書き」「そろばん」を教えたが、同時に、今でいう
修身を教えた。実語教、童子教と言われてものである。今でも言われる、「山高きが
故に尊がらず」や「玉磨かざれば光なし」なという言葉は、実語教の中に出てくる
言葉である。

 でも、実語教も童子教も明治時代に廃止されてしまった。そして、今の学校教育
では、江戸時代に実語教も童子教が教えこまれていた事自体、まったく触れられて
いない。

 今の日本人は学校教育で、枕草子や源氏物語を教えられるが、同じく1300年前
の世界はどうだったかについては、全く触れられていない。それ程、身分が高かった
訳ではない女性が、1300年前に随筆を書いていた事。同じく、女性が世界最古の
小説を書いていたという意義付けを日本では教えない。

 1300年前の欧州では、王侯貴族と一部の僧侶しか読み書きができなかった。
その時代に、普通の女性が小説を書き、随筆を書いていたのである。

 しかも、1300年前の文章を少し注釈をつければ、現在の日本人が読むことが
できるという事が、どれだけ世界的に見て、異常であるかを教えない。イギリスの
シェークスピアの小説が書かれたのは、400年くらい前の事だが、現在の英国人
はシェークスピアを原文では読むことが出来ない。

 学校で万葉集について習っても、その中で、天皇や貴族と並んで、一般の農民や
防人(国の防衛にあたっている一般人)が並列で歌が掲載されている事が当時の
世界常識からすれば、極めて特殊である事は教えない。

(日本に助けを求めて来たハワイ王国)
 ハワイは今ではアメリカ領だが、かつては、独立国だった。その独立国時代の
ハワイ王が日本の明治天皇に、姻戚関係を構築したいと連絡して来た。アメリカの
占領され、独立が保てなくなりそうだったから、助けを求めて来たのである。

 だが、当時の明治天皇はこれを断っている。アメリカと戦って勝てないと判断し、
苦渋の決断をしたのである。

 アメリカと日本との関係で言えば、日本が日清、日露の戦争の結果、満州鉄道の
権益を得た時に、当時のアメリカの鉄道王、ハリマンが共同経営を提案してきた。
そして、これを日本が断った事がアメリカとの関係が悪化した大きな要因だと
言われている。

 アメリカは自分自身がイギリスの植民地状態から独立戦争を戦って、大国の道を
歩んでいたために、当初は日本に好意的で、アメリカの大統領が引退後、日本の天皇
に色々アドバイスなどをしている。

 しかし、第一次大戦で日本が戦勝国となり、国際連盟の常任理事国になるとともに、
アメリカは近い将来の仮想敵国は日本だと認識するようになり、色々な手を打ち出し
た。だが、当時の日本のリーダーには、その危機意識が欠如していたのである。

 1991年にソ連が崩壊した時、アメリカ政府のある機関がその後の世界戦略を
書いたが、その中では、日本とドイツの2か国を仮想敵国として位置付けている。
だが、日本国内では、親米も反米も、どちらの勢力もこれに無関心である。

 これは何かものごとが起きた時に、その意味、その後への影響などをきちんと
考える習慣がないからである。

 日本が大東亜戦争の負けた時、占領したアメリカ軍は、靖国神社の爆破を真剣に
検討した。それが実現しなかったのは、当時、ローマ法王庁が反対をしたからである。
でも、こうした事も、今の日本では学校で教えない。

 肝心な事を教えられない、日本人が考えない理由の1つは、上の大化の改新の例
ではないが、事象としてではなく、それがその後にどういう意味を持ち、影響を
与えたかという考え方が、今の日本には極めて乏しいからだと思う。

 もう1つは、戦後、GHQが多くの政治家、経済人とともに、大学の教授達も公職
追放し、その補充で教職についた人は、反日思想が強い左翼思想の人や、在日の人達
だったからで、その流れが今でも続いているからだと言われる。

 今、世界は大きく動いている。こういう時こそ、歴史をきちんと見直し、そこから
学び、対応策を考えないといけない時期だと考える。









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Last updated  2026.03.25 18:37:13
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