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(結婚と恋愛は全く別の価値観だと知らないから、離婚になる) 日本の夫婦で離婚する人達は3組に1組である。 そして、離婚しないまでも、家庭内別居とか、離婚しないが実際に別居している人も多くいる。定年離婚、主人が定年になって、退職金を2,3千万円もらったら、その半分をもらって離婚をする予定の女性も少なくない。 つまり、夫婦円満で最後まで行くという夫婦は、5割、半分くらいである。 何故、こんな事が起きるかと言えば、多くの日本人が、結婚とは何かを勘違い、思い違いをしているからである。 結婚相談所とか、結婚相談のネットのサイトで、結婚に対する悩み相談や、問い合わせの話がよく出ているが、相談をしている人の話を聞くと、本当に結婚とは何かについて、わかっていない人があまりにも多い事に驚かされる。 若い人に結婚の事を聞くと、相手の条件として、男は美人とかスタイルが良い人、そして、おっぱいが大きい人というのが圧倒的だ。 そして、女性はと言えば、相手の男性の年収、務めている会社、そして、ルックスを圧倒的に求めている。 筆者は思う。だから、3組に1組は離婚し、最後まで円満に行くのは半分しかないのだと。結婚と、恋愛は全く別の価値観、概念だという事を多くの人がわかっていない。(美人の95%が性格ブス) 男が女性を好きになるきっかけの多くは、相手の美貌やスタイル、そして、巨乳などに惚れるのがきっかけだというのが珍しくない。 仕事で行った会社の受付に美人の女性がいた。ときめいて、アタックするなどというのは、ごく普通にあることだ。 美人と知り合いになり、デートすれば、楽しいし、他の人からも羨ましがられるだろうと、優越感を持つ事もできる。だから、容姿の良い女性を求めるのだ。 だが、人生を長く生きて来て、多くの女性とも付き合い、会社を経営して部下として、多くの女性を使って来た筆者の経験から言えば、美人の95%は性格的にブスである。 今のタレント、女優で人気ランキングなどがネットでもよく出ているが、筆者も目から見れば、上位にランキングしている女性のほとんどが、その容姿だけみてみて、筆者からすれば、絶対付き合いたくない人がほとんどである。 広瀬姉妹も、上原さとみも、その他の人気上位の女性は、筆者の視点からすれば、夜、一緒に寝ていたら、いつ刺されるかわからないし、財布から金を抜かれるかもしれないとような顔をした人である。 何故、そうなるかと言えば理由は簡単で、女性は美人というだけで、子供の時から、ちやほやされて育つからである。同級生だけでなく、学校の先輩、後輩の人からも、アプローチされるし、先生達からも特別扱いをされる。 これだと、「自分は特別だ」と勘違いする方が普通である。 自分が何かしなくても、相手の男性が色々お膳立てしてくれるし、気を使ってくれる。だから、自分が考え、気をつかい、相手の事を考える習慣が身につかなくなる。(注意されないから、何が悪いか、どうすべきかばわからない) その典型が女子アナである。仕事で少なくない女子アナと知り合いになり、一緒に仕事をしたり、食事をしたりして来た。 中にはどうしようもなく性格も悪い人もいるが、多くの人は、持って生まれた性格は、そんなに悪くはない。でも、どうしようもなく、気がきかない。相手に対する思いやりなど、ほとんどない。 何故、こうなるかと言えば、大学を出て、テレビ局に入社して、すぐに、テレビに出て、名前と顔が売れる。外出すれば、サインを求められたり、声を書けらるし、ファンレターも来る。 こうなると、上司や先輩が、問題点を注意したり、アドバイスする事はしなくなる。 一般企業なら、上司や先輩が仕事の仕方、常識、発言などを注意し、アドバイスをし、叱ってもくれるが、女子アナにはこれがないのだ。 だから、女子アナは自分の行動、態度で何が良くて、何が悪いか、相手と接する時に、どういう事を中止しないといけにかを知らずに、年だけとっていくのだ。 今は少し変わって来たが、少し前までは、女子アナの定年は30歳と言われていた。だから、それまでに結婚相手、永久就職先を必死になって探すのだ。 その結果、遊びなれた男性タレントに遊ばれて、何人にも男性と浮名を流す事になり、年齢が30歳前後になると、焦りだすのだ。 女子アナは極端な例だが、美人の女性は、この女子アナと似た側面を持っている。(一流大学卒、一流企業勤務の男は、自信の塊の人が多い) 男性について言うと、ほとんどの女性が結婚を意識すると、相手の年収、務めている会社、容姿を採点し、その上位点の人にアタックするようになる。 だが、有名マスコミ会社に勤め、取材で日本を代表する大手企業や、主要官庁の役人と多く付き合って来た筆者の経験から言えば、年収が高いとか、一流会社に勤めている事と、その人がどんな人かというのは、全く別の価値観で見ないといけない。 一流大学を卒業し、一流企業や主要官庁に勤めている人の多くは、自分に自信を持っている。自分で努力もし、結果を出して来たのだから、当然、そうなる。 その結果、自己肯定感が高い人が多い。そして、そういう性格は女性と付き合い時にも出て来る。自分に自信があるからこそ、揉めた時とか、意見が違った時に、なかなか譲らないのだ。 そして、頭が良いから、議論しても、負けない。女性にはとてもタフな事である。だが、条件が良いからと近寄って来た女性には、そんな事はわからない。 こうした人と結婚すると、相手の男性には論理では敵わないし、結果的に自分の意思に反して、相手の言う事を聞かされる事になる。それが毎日だから生活は地獄となる。(恋愛はたまに会うだけ、結婚は毎日の生活) 恋愛対象の相手は、会っても、週に1,2回だし、会った時も、24時間一緒にいる訳ではない。 だから、男性からしたら、相手の女性が少し位、性格が悪かったり金遣いが粗くても、そうは問題はない。女性からしたら、少しくらい強引でも我慢できるし、場合によっては、男らしいとさえ、錯覚してしまう。 しかし、結婚は日常である。結婚すると、365日、土日、休日は24時間一緒にいるのだ。短時間なら、我慢できることでも、次第に無理になってくる。 美人と思って結婚した女性が、出産して子育てして疲れて、化粧もせずに疲れた顔を見せられると、自分はなんで、こんな女と結婚したのだと男は思ったりする。 また、美人だが、料理、洗濯、片付けなどの家事が全く苦手という女性も少なくない。そうなると、まずい料理を食べさせられたり、自分が料理させられたりする。 そして、文句を言おうものなら、何倍もの文句が返ってくる。 結婚は、相手と何十年も一緒に生活するものである。楽しい時だけでなく、苦しい時も、落ち込んだ時も、それを一緒に共有しないといけない。 結婚相手は、この苦しんだ時、落ち込んだ時に、それを共有し、包み込んでくれる人でないと、結婚している意味はない。 また、食事は嫌でも毎日、ついて回る。毎日外食とか、ウーバーという訳はいかない。洗濯、家の片付けも毎日の事だ。誰かがしないといけない。 女性目線で言えば、夫が仕事について、どれだけ理解してくれ、家事などについてどれだけ協力していくれるかは、容姿や勤めている会社の知名度よりも遥かに重要だ。 義家族との付き合い、将来の同居、介護などについても、きちんと意見の合う人と結婚しないと、結局、離婚したり、嫌な介護を押し付けられたりする事になる。 物事についての価値観も重要で、それが大きく異なる人と結婚すると、毎日が地獄となる。価値観の中でも、金銭とか、食べ物、親との関係、子供などについては、同じものの考え方ができる人とでないと、結婚生活を継続するのは難しくなる。 だから、結婚相手を選ぶ時に、最優先の基準は、上のような事で、相手の容姿や年収、務めている会社の知名度などは二の次なのだが、それを理解していない人があまりにも多過ぎる。(ブスで性格が良い人) 筆者の体験から言うと、容姿、特に顔が美人でない人に、性格の良い人は少なくない。だから、そういう女性とも結構付き合って来たが、心が癒された事は少なくない。 若手の記者時代、地方勤務で、週に1回の宿泊勤務があった。30歳位の時、金曜日の日が泊りで、土曜日が泊り明けだった。 この頃になると、明けの日は昼で帰って良いようになっていたので、土曜日の午後から県庁勤務の女性と土曜日の昼からデートをしていた。彼女も土曜日は午前中で帰れたのだ、デートが出来た。 昼食を一緒にとって、それから、ホテルに行き、1回戦をすると、泊り勤務の日は3時間位しか寝られていないので、猛烈に眠くなる。疲れもあって、3,40分から1時間くらい寝て起きると、彼女はりんごなどの果物を剥いていておいてくれている。 その果物を一緒に食べてから、もう1回戦をして、少し休んだ後、彼女を自宅近くまで車で送るという事をしていた。 彼女はブスというほどでないが、決して美人ではなかった。でも、今でいうところの巨乳で、性格がとても良かったので、2年位付き合い、転勤で勤務地が変わったので、別れた。 筆者は結構、美人でない女性と付き合うので、同僚の記者から、「〇〇ちゃんて、ブス専じゃない?」と言われた事も1回や2回ではないが、心が温かな女性たちだった。 勿論、ブスで、性格が悪い人もいる。これは目もあてられないが、ブスで性格が良い人は、癒される人が多かった。
2026.09.24
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(食品は明日、1年後の自分の体を作る養分) 今の若い女性のは料理が苦手だという人が結構いるという。ある調査によると20歳代、30歳代の女性の半分が料理が苦手、または好きではないという。 複雑な料理とか、特殊な料理ならともかく、普通の日本の和風おかずについて苦手とか、出来ないという人は、基本的に頭が悪いと言わざると得ないと筆者は考える。 まず、基本的な事を言うと、人が毎日食べる食事は、その成分で体を作っているのだ。つまり、明日、1年後、5年後の自分の体を考えるなら、食事は自分の体の養分なのである。 これを疎かにして、コンビニの弁当とか、スーパーの総菜を毎日買って食べている人は、極端に言えば、毎日、毒を少しづつ食べていて、自殺をし続けているとさえ言える。 早く死にたい人や、病気になりたい人ならともかく、そうでないなら、自分の口に入れるものは、神経質になり過ぎても良いとさえ言えるのに、こうした事に鈍感な人が日本では本当に多い。 ある、ユーチューブのインフルエンサーが、その自分のページで、「コンビニ弁当が体に悪いというが、大手企業が、消費の体に悪いものを作って売るはずがないから、心配しなくて大丈夫だ」という事を言っていた。 この人は、一般的に比較的、まともなことを言っているので、時々、ネットで話を聞くが、筆者は「企業とか、役人の論理を全くわかっていない」と感じるし、毒というものについても、何もわかっていないと思う。 まず、毒には、慢性毒性と急性毒性がある。急性毒性は、それを口に入れれば、直ぐに反応が出て、具合が悪くなる。だから、スーパーやコンビニが売る食品にそんなものは入れない。 しかし、慢性毒性とは、急には体に異変が起きないが、それを頻繁に口に入れていると、次第に体の調子が悪くなるものである。 そして、企業はこの慢性毒性のものは、平気で、食品に入れている。なぜか、理由は簡単で、「防腐」と「コストカット」そして、ちょっとした「食感の良さ」のためである。 コンビニで売っている弁当のご飯や、おにぎりは、以前は炊いたご飯に防腐剤を入れていたが、今は、それも手間だというので、今はご飯を炊く水に、最初から防腐剤を入れて、ご飯を炊くという。 化学物質を炊飯器の中で高温で炊くと、何が起きるかも知れないという発想はコンビニやスーパーの経営者や、現場の責任者にはない。 筆者はスーパーやコンビニの料理を作る工場を何回も取材した事があるが、それを見たら、とてもではないが、その食品を食べようとは思わない。(多くの人が知らない企業や役人の論理、マインド) 日本の食品企業やスーパー、コンビニは多くの食品を多くの店で売っている。だから、食中毒や食品トラブルを起こせば、それは1つの店で起きた事が全国に波及するので、影響は甚大なものになる。だから、食品中毒やトラブルの防止に一番力を入れる。それが「防腐」につながるのだ。 防腐のほとんどは、化学物質で行う。そして、この食品添加物は、少量なら体に「大して影響が出ないならOK」という基準で作られているので、欧米では禁止されている「発がん物質」や「健康被害が疑われるもの」が日本では、食品に使う事が認められているものが少なくない。 「国民を守る立場にいる役人が、そんな杜撰な事をする訳がない」という人がよくいるが、そういう人は、役人というものを全くわかっていない。 多くの省庁の役人と数知れず付き合って来た筆者の経験から言えば、国民、消費者の事を思って仕事をしている役人は、皆無ではないが、ほとんどゼロだと言って良い。 かれらは、日々のトラブルが起きなければ良いという思いで、仕事をしているのだ。だから、食品添加物の基準作りなども、大学教授達に丸投げなのだ。 そして、その大学教授達は、企業から陰に陽に金をもらい、接待を受けているので、企業にとって都合の良い基準を作るのだ。役人はこの基準を金科玉条にして、「〇〇先生から、お墨付きをもらっていますので」という感じで、自分の責任逃れをするのだ。 わかりやすい例を言うと、アメリカのモンサントいう化学の会社が潰れた。この会社が作った除草剤「ラウンドアップ」に発がん性があるとして、健康被害で裁判を起こされ、その巨額な賠償金で会社が成り立たなくなったのだ。 そこで何が起きたかと言えば、ドイツの大手化学会社バイエルが、このモンサントを買収した。そして、大量に残ったラウンドアップごとバイエルが買った。 欧米ではラウンドアップの発売は禁止、または厳しい規制が行われている。だが、日本は野放しだ。その結果、バイエルは、大量の残ったラウンドアップを日本で売る事にしたのだ。 今でも、日本のホームセンターに行けば、ラウンドアップは売っているし、ネットやテレビで、時々、CMまで流している。 規制当局の役人に話を聞くと、「審議会の先生たちから、発売を禁止しろという声が出ていませんので」というのが答えである。(和風料理の味付けは、基本は全部一緒) 毒の話はともかく、料理の話に戻ると、日本の平均的な和風おかずは、少しも難しくない。 前にも書いたが、筆者は大学生の時に、当時付き合っていた女性、後に妻になる人に、筆者の母の料理を覚えてもらおうと思い、家で母に料理の仕方を教えてもらい、女性の部屋でその料理を再現し、味を覚えたもらった。 そして、この女性、後の妻と一緒になって、土井勝さんの「和風おかず」という本をボロボロになるまで、よく読んで、母から教えてもらった事で、足りない事を足して、和風料理の作り方を、二人で理解し、考えを共有した。 だから、筆者の家では、母の味と妻の味、筆者の味は共通だった。 晩年、母を引き取り、一緒に住んだが、二世代住宅なので、毎日、一緒に食事をとるという感じではなかったが、妻と筆者の味は一緒なので、どちらが何を担当しても、問題が起きなかった。 和風料理は、みそ汁も、肉じゃがも、きんぴらも、ひじきの煮つけも、原理原則は1つだ。具材となる野菜や肉、魚によく火を通した後、出汁で味付けをし、それに、砂糖、醤油、味醂で味付けをするだけである。 具材に火を通すのは、鍋に具材を切って入れて、水を入れて炊けば良いだけだから、誰でもできる。 出汁はきちんと昆布やシイタケから取ろうとすると、少し手間がかかるが、今は、出汁の素がいくらでも市販されているので、これを使えば簡単に出汁で味がつく。 こだわるなら、少し大きめの瓶に、昆布とシイタケを別々に水にいれて、それを冷蔵庫に入れておいて、出汁の成分を出し、その水で料理を作れば良いだけだ。 具材に火を通し、出汁を入れた後は、砂糖、醤油、味醂、みそ汁なら、味噌を溶き、味醂を入れるだけだ。 そして、1つの料理、肉じゃがなら肉じゃがで良いが、これで、コツを覚えれば、和風おかずは、ほとんどの料理に共通して、同じ考えが使える。 日本の家庭料理のおかずは、肉じゃがやきんぴらなど副材と言えるおかずが3,4品ある他、メインの肉か魚を焼くか煮るかすれば良いだけである。 副材は土日に1週間分まとめて作っておく。 筆者もこれを今でもしているが、土曜日か日曜日の朝、3時間くらいあれば、5,6品は簡単に出来る。こうして作った副材はタッパーに入れ、食事に度に出し、必要なら、レンジで温めれば良い。 みそ汁も一度作れば、3,4日は持つ。こちらは鍋に入れたままで、毎日、朝夕、火を入れておけば、問題なく食べる事ができる。(発酵食品のぬか漬けも簡単) ぬか漬も発酵食品として、不可欠なのだが、今はスーパーに行けば、ぬか漬の元となるヌカは売っているので、書いたある通り、鍋に塩水を入れて、沸かし、ぬか漬の元を入れて、クズ野菜を入れて数日、発酵するのを待てば、ヌカ床は出来上がり、以降は、キュウリ、大根、カブなどを入れれば、1日で漬けあがり、毎日、漬物が食べられる。 独身なら、漬物は一度野菜をぬか床に入れれば、4,5日分はできる。夫婦でも、一度漬ければ、3日くらいは持つので、3,4日に一度、ぬか床に野菜を入れるだけで良い。 ご飯はこれも、5合炊きくらいの釜で一度炊いて、タッパーにいれて冷蔵庫に入れれば、3,4日はもつ。食べる時にレンジでチンをすれば良いだけだ。 ほとんどの日本人は朝はパン食で、パンにコーヒー、紅茶の飲み物、サラダ、ハムやベーコンなどを食べるが、朝しないといけないのは、冷蔵庫にあるハムやベーコンや、卵に火を入れるだけで、後は沸いたお湯でコーヒーや紅茶を作って飲むだけだから、手間暇はほとんどかからない。 昼は勤めているから、外食の人がほとんどで、メインの食事は夕食になるが、これは、上に書いた副材とご飯を冷蔵庫から取り出して、必要なら、みそ汁ととともに温める。 メインの肉や魚はその日に、火を入れるが、しないといけない料理はそれだけなので、全然、大変ではなく、30分もあれば、食事の準備はできる。 今の時代は便利で、ネットで色々な人が料理の仕方の説明をしている。筆者も何人かを参考にしているが、その中でも、食事については、りゅうじさんを結構参考にしている。 彼の良い所は、勤めから帰って来て、30分で支度ができる料理と、時間のある土日などに作る本格料理を別々に説明している事だ。 彼のインタビューの話で、「私は日本人がスーパーの総菜やコンビニの弁当ではなく、毎日、務め帰りに、30分で手作りで夕食を作るような社会にするのが夢です」と語っているが、本当に同意する。 彼の料理でスパゲッティーのカルボナーラは、本格なものと、30分のものの両方を彼はネットでアップしている。その30分の方を作ってみると、鍋を使わず、レンジだけで、簡単にカルボナーラができる。 筆者は本格的なカルボナーラも作るが、このりゅうじさんの30分カルボナーラを作って、今は亡き妻に出した事があるが、味に結構うるさい彼女は「おとうさん、これ美味しい」という感想を言っていた。手抜きではなく、工夫で美味しいものを作る方法はあるのだ。(料理の理解し、手際が良い人は仕事も出来る人) 仕事もそうだが、基礎を理解すれば、ほとんどの事はその応用で対応できる。料理も同じで、基礎を理解すれば、基本を理解すれば、ほとんどは、簡単にそれを応用することで対応できる。 これが出来ない人は、仕事も出来ない人で、一言で言えば、馬鹿だと言える。 ネットで、女性が仕事は出来るが、料理は下手でという人が出て来るが、筆者は首を傾げる。こういう人は、本人は仕事はできると言っているが、筆者に言わせると、多分、70点の仕事しかしていない。それでいて、本人は90点だと思っている。 料理でなく、家事、掃除、整理整頓でも、頭の良い人で、それが苦手な人はいない。整理整頓が苦手という人は、頭が整理されていない。そんな人がきちんと仕事ができる訳がない。 筆者は自分で事務所を持ち、25年間、会社を経営し、多くの人を使って来た。筆者が料理をするので、その人たちと、料理の話も結構したし、事務所に料理道具もあったので、時には料理をする機会もあったが、仕事が本当に出来る人は、料理も手際が良く、うまい。 そして、話をしても、その料理の本質、基本をきちんと説明できる。「仕事は出来るけど、料理、家事は苦手」というのは嘘であると、体験からも言える。
2026.09.23
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(若い人には常識、告白文化) 今の若い人たちの恋愛や結婚の話を見聞きすると、必ずと言って良い程、告白が一大イベントになっている。男性もしくは女性から、「私と付き合ってください」とか、「私と結婚してください」というシーンが出て来る。 外国の人からも、「日本は告白文化という面白い習慣を持っている」と言われる。 洒落たレストランを予約し、婚約指輪や花束を用意し、膝をつきながら、相手に告白するという「臭い」行為が、今の日本では珍しくもなく、行われている。 でも、今、80歳を超えるようになった筆者の経験から言えば、我々が恋愛をした若い頃に、告白文化などなかった。 男性と女性が知り合いになり、一緒に喫茶店でお茶を飲んだり、食事をしたりする仲になると、何をするかというと、この相手は「友達」止まりの人か、「親しい友人」となる人か、更には「恋人」や「結婚相手」になる人かの見極めが始まる。 いや、まだ貧しかったから、異性と時間をかけて話をする時は、喫茶店どころか、公園でブランコに乗りながらとか、河原を散歩しながらという方が一般的だった。 そして、相手をどう見極めるかと言えば、少し親しくなると、何回か会って、次第に、自分語りが始まった。家族の事、学校時代の思い出ー成功談、失敗談、記憶に残る出来事、そして、仕事での小さな成功、失敗、悩み、人間関係などの話に入って行く。 自分を語るだけでなく、自分語りのついでに、相手についても、同様な事を聞いて行く。そこから、相手がどういう生い立ちで、どんな価値観を持ち、どんな事で喜び、悲しみ、苦しんで来たかを知る。 そして、この人は単に「1友人」に留まる人か、「親しい友人」や「恋人」「結婚を考える人」かの見定めをするのである。 重要なのは価値観の擦り合わせである。悩みを相談できる友人になったり、恋人や結婚相手となるには、ものの考え方、価値観が共有できないと始まらない。だから、自分自身の家族、体験談などを話す中で、話が通じる人かどうかの見極めをするのだ。 そして、この人とは、「恋人」や「結婚を意識する相手」になっても良いと思えたら、表情でそれを表し、小さな心の籠ったプレゼントをしたりする(高い価格のものを贈るのではなく、心をプレゼントするのだ)。そして、それに対する相手の反応を観察し、見定めをしていくのだ。「付き合ってください」とか、「恋人になってください」などと言葉でいう必要はない。相手の態度で、相手の心を理解したのである。 自分が相手に好意を持ち、相手も自分に好意を持っているとわかると、手を握ったりというような身体接触になり、それで、相手も拒否しなければ、キスをしてというように進んでいった。 わざわざ、「付き合ってください」などいう言葉に出す必要などはなかったのだ。(同級生から自宅に手紙) 勿論、筆者の若い頃でも、「告白」は全くなかった訳ではない。筆者自身の体験から言えば、小学校、中学校、高校と、その時代なりの「告白」をされた。やり方は、ある日、相手から家に手紙が来るのだ。 今と違って、プライバシーがどうのなどと面倒な事を言わない時代だったので、同じくらいの生徒の自宅は皆が知っていた。 好きだとか、付き合いたいなどという事は書いていない。自分を語り、日々何を考えていて、何を悩んでいるかなどという文面が届くのだ。 自慢ではないが、筆者は学校の成績は良く、小学校でも中学校でも、成績はクラスでトップだったし、身長もクラスで1番高かった。顔も親が良く産んでくれた。だから、家宛にそうした手紙が来たのだろう。 でも、そうした話は、筆者が生徒時代には、クラスで体験する人は当時、クラスに50人の生徒がいたが、1人か、精々2人くらいまでだった。 同級生に手紙を書いて、無視されたり、拒否されたら、恥しいと思う人には、文通相手というのがいた。子供向けの雑誌や受験生用の雑誌に、文通相手を求めるという欄があり、会った事もない、同じ年位の遠方の人と、手紙のやりとりをするという習慣が、当時は存在した。 筆者は自宅宛てに同級の女性から手紙が来た時に、何をしたかと言えば、「無視」をした。返事は勿論書かないし、学校で会っても、それ以前と変わらない態度で接した。 何故、そうしたかと言えば、筆者は2歳半で父親が死亡したいわゆる母子家庭で、極度に貧しかった。だから、デートする金も余裕もなかったし、勉強とスポーツに打ち込み、それ以外の事に時間を割く余裕が金銭的にも、心理的にもなかったのだ。 中学の時に、学年で一番人気のあった同じクラスの女性から手紙をもらったが、筆者は無視をした。すると、その女の子は、学校で、他の生徒がいる中で、「手紙を書いたのに、どうして返事をしてくれないのよ」と文句を言った。 その時の事は今でも覚えているが、筆者は「学生は勉強が本分で、それ以外に事に興味はない」と返した。 そのやり取りを聞いていた、同級生の男性が「彼女を振るなんて、もったいないな」と言ったが、筆者はそれも無視をしていたら、騒ぎは収まった。(告白文化はアニメの影響か) かつて日本の若者の間でなかった「告白文化」がいつから、そして、いかにして、定着したかわからないが、筆者の予想では、漫画、アニメの果たした役割が少なくないと思う。 アニメでは、告白などのシーンが良く出て来るから、多くの人が、それが変ではなく、自然なものとして、受け取られるようになったのだと思う。 前にも書いたが、筆者は終戦の少し前に生まれた。筆者の同級生の父親は戦争に駆り出されて、その多くが戦死した。だから、中学生の時に、クラスの3人に1人は、母子家庭だった。 戦争に負け、工場も家も学校も焼け、小中学生の頃は、生徒の服にツギがあたっているのは当たり前だった。筆者の通った小学校にプールが出来たのは、小学校6年生の時だった。それくらい、当時の日本は貧しかったのだ。 そして、筆者が高校に入る頃から、日本が高度成長時代になり、猛烈に働くのが当然の時代になった。筆者自身も月の残業時間が100時間を超えるのも体験している。休みは週に1日で、週休2日制になったのは、社会人になって、5年、10年経ってからだった。 団塊の世代は筆者の3年位後から始まる。戦争に行った父親が戦地から帰って来て、それで大量に生まれたのが団塊の世代である。 わずか数年だが、団塊の世代は日本が少し豊かになってから、育っているので、年の差は歳だが、ものの考え方、価値観が大きく異なった。 筆者とその上の年代では、男は結婚しても、指輪などつけなかった。それを男も結婚指輪をつけるようになったのは、団塊の世代からである。そして、団塊の世代は楽器を弾くようになって行った。 筆者の世代は貧しくて楽器など手にする余裕がなかった。数年で、このくらい価値観が違った。 筆者は告白文化は、団塊の世代に芽をふき、団塊ジュニアの時代位から、日本に定着したのではないかと思っている。 そして、告白文化に影響を与えたのはアニメだと筆者は考える。 筆者が高校生の時には、アニメという言葉はまだなく、漫画だった。そして、漫画で子供達に人気があったのは、「赤胴鈴之助」や「巨人の星」そして、「サザエさん」だった。 それがテレビの普及とともに、映像化されたアニメが広くみられるようになり、漫画ではなく、アニメとなり、そのやりとりが若者の生活に大きな影響を与えだしたのだと考えている。 筆者は告白文化が悪いとは思わない。 ただ、筆者が学生、生徒時代の時のように、金がないので、喫茶店に入る事もなく、公園のブランコや河原の散歩をしながらの会話の時代は、相手の態度と発する言葉から、相手を理解し、自分との相性を考えた時代と、少し豪華なレストランで食事をとりながら、会話をする今の時代で、どちらが心が豊かで、真の意味の心のキャッチボールをしているかと言えば、筆者の時代の方だったような気がする。 少なくても、筆者の時代には「以心伝心」のように、相手の態度、言葉の端々から、相手を思いやったり、言葉に出さなくても、相手が何を考え、何を欲しているかを考える習慣があったが、今は、唐突に「私と付き合ってください」と言わないと、相互の心が通じ合えない場面が多いのかなと感じたりする。(有名女子アナとの会話) 筆者は40歳過ぎて、大手マスコミを退社し、独立してフリーのジャーナリストになった。筆者の専門分野が外資系企業、人事問題、そして、「小さな世界一企業」と言われる分野と、他の人や、大手マスコミが当時、ほとんど光を当てない分野だったので、頼まれて、本も25冊書き、テレビの情報番組に解説や説明をするように言われて、結構出演した。 その中で、当時、日本を代表する女子アナと落語家が司会をする番組があり、4,5回呼ばれて話をした。そして、それがきっかけで、その女子アナから、筆者の事務所に食事の誘いの電話があり、3,4回二人で一緒に食事をした事があった。 会って話をすると、特に何か特別な事を話をするというのではなく、話題は、彼女が司会をしている番組に出演した「〇〇大学教授がこんな話をしていた」というような事が、食事時間の主な話題だった。 向こうから午後に電話があり、今日の夕方、時間があったら、一緒に食事をしませんかという話なのだが、特に、今日話をしたいという事がある訳でもなく、自分が番組で聞いた話をし、筆者はそれに合いの手を打つというだけの時間の過ごし方だった。 初めての時はともかく、2回、3回とこんな話が続くと、この人は何のために筆者を食事に誘ってくるのかと考えるようになった。彼女は美人で、知名度の高い女子アナで、番組も何本も持っている。 でも、話はこんな感じで、自分自身、自分の家族、学生時代の思い出や、仕事での小さな失敗、成功というエピソードなどを語ろうとしない。 だから、筆者もプライベートな話はせず、合の手を打つような会話の連続で、時間を過ごした。 ある時、この有名女子アナが帰りの地下鉄のエスカレーターで「私、後2年位で40歳になるんです。子供の事を考えると、悩ましいですよ」と言った。 彼女が自分のプライベートの事を話をし、筆者の事も聞いて来ていたら、自分に対する真剣な問いかけだと思うが、そういう会話が一切なかったので、筆者は、余計な事を何も言わずに、その日は別れた。 この女子アナとは、その後、自然消滅のような形で、食事をする事もなくなったが、その数年後、筆者の事務所で、事務所の女性と一緒に食事をしていた時に、この女子アナがテレビに出ていた。 自然と、事務所の女性と、この女子アナの話題になり、そのエスカレーターでの話をしたら、事務所の女性は、「〇〇さん、それは彼女からの求愛ですよ。多くの女性と付き合って来て、多くの女性の相談にも乗って来た〇〇さんにしては、それも気が付かなかったのですか。鈍感ですね」と言った。 その時、筆者は事務所の女性に「だって、彼女は私の個人の事を何も聞いて来ていないから、知らない。私が独身か、妻帯者かも知らない。それで、どうして、求愛になるんですかね」と答えたが、事務所の女性は「経緯はともかく、それは自分に子供をくださいという告白ですよ」と言った。 事務所の女性が言った事が正しかったのか、そうでなかったのかはわからないが、もし、事務所の女性が言うように、告白だとしたら、50歳を過ぎて、有名女性アナに告白をされて、どう対応して良いかわからなかった筆者は、時代についていけていないおじさんだったのかなと、考えさせられた。 ちなみに、この有名女子アナは、有名受験校を卒業して、早慶クラスの大学に入り、そのテレビ局に、その年、採用1人で採用された才媛で、美人でもあった。 若い人からすると、彼女も筆者も今はじいさん、ばあさんだが、年寄り同士でも、少し年が離れると、価値観が違うのかもしれない。
2026.09.19
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(母に料理の基本を聞いて、自分で作り、妻に伝える) ネットで夫婦や恋人の間で、料理の味の問題がよく登場する。 そのほとんどが妻の料理の味と、自分の母親の味を比べて文句をいう夫の話で、それが原因で離婚というような展開になる事も珍しくない。 こういう話を聞く度に、この男は何てバカなんだと筆者はいつも感じてしまう。 筆者の体験から言えば、それをつなぐのが夫、男側の役割なのだと思う。 筆者の母親は料理が得意で、味も良かった。料亭で出て来る豪華な料理もできるし、肉じゃがやきんぴらのような家庭料理まで何でもこなせた。 たまに中華とか、洋風のムニエル料理なども難なく作る母は、子供の頃から、凄いと思っていた。 筆者の姉が付き合いだした男性を家に招いた時に、母は魚の煮つけを料理に出した。この男性は魚料理が苦手で、手をつけようとしなかったが、母に勧められ、しぶしぶ食べてみて、「魚料理ってこんなに美味しんですね」と言って、完食したのを今でも覚えている。 こうした母の下で育った筆者は、大学の学生時代に知り合い、後に妻になる女性と付き合いだすと、この女性と結婚するだろうと思ったので、まず、したことは、自分の母親の味を彼女に覚えてもらう事だった。 まず、母親に和風おかずの料理の味付けを聞いて、料理の「さしすせそ」などを教えてもらった。母は教えた味を筆者が家で再現するのを横で見ていて、出来上がった料理を試食して、更にアドバイスをしてくれた。 こうした事を数回して、次に後に妻になる女性の部屋で、和風料理を再現し、彼女に、筆者の母の味を覚えてもらった。 筆者は東京育ち、筆者の母親は明治の末年生まれで、三代続いた江戸っ子で、母の父は旗本御家人で、明治維新で平民、民間人になった人だったので、味は完全に東京風だった。 妻は料理学校にも通って一通りの料理は出来たし、家でも料理の手伝いは普通にしていたので、料理はごく自然に出来た。しかし、出身が西日本なので、味が東京に比べると、薄味だった。 そこで、当時、有名だった料理研究家の土井勝さんの本、「和風おかず」という本を買って来て、妻となる女性と、本がボロボロになるまで読み、母の味よりは、心持、薄味だけど、基本母の味付けの料理を作る事に、自然となって行った。 土井さんの本は、東京風の味付けと、関西風の味付けの差についても、説明がしていて、理解できるようになっていたし、魚のさばき方から、だしの取り方も詳しく解説してあり、とても参考になった。 筆者は社会人になって、大手マスコミの記者となったが、最初の勤務地が四国、それから大阪と西日本に10年余り住んだので、関西風の味付けにも抵抗がなくなって行き、我が家の料理の味は、基本、母の味で、東京風よりは心持、薄目なもので、母が妻が作った料理を食べても、抵抗なく食べられるようになり、味の共通化が図られた。 一般に関西は薄味というが、実はそんな事はないというのが、筆者の感想だ。 大阪にしろ、四国にしろ、確かの東京の味よりは、醤油、砂糖は少なめだが、味付けはしっかりしていて、決して、薄味というだけではない。(妻の仕事は営業事務、経理処理。営業の人間だけが偉いのではない) 筆者は社会人となる同時に結婚生活を始めたが、前にも書いたように、筆者が新人時代は、日本が高度成長期で、休みは週に1日、残業が当たり前、1か月の残業時間が100時間を超える事も珍しくなかったので、休みの日は、家のソファーでごろ寝をして、体を休めるのが日常で、家事、育児は全て妻任せだった。 当然、料理も全て妻が担当し、筆者が料理をする事はなかった。 筆者が30歳代になる頃は、高度成長も終わり、週休2日制になったが、記者の仕事は夜回りが当然で、毎日、家に帰りつくのは日付が変わる頃、土日も企業経営者とゴルフの付き合いという感じで、料理だけでなく、家事、育児に筆者がかかわる事はほとんどなかった。 筆者が朝、目を覚ます頃には、子供は学校に行っていて、顔を合わせる事はほとんどなかったし、土日もゴルフなので、子供とは1か月も口をきかない事が珍しくなかった。 妻が「私は母親と父親の両方を務めている、未亡人のよう」と時々言っていたのを思い出す。家事、育児が大変なのはわかっていたので、妻にそうした事で文句を言ったり、偉そうに不満を言ったりする事もなかった。 今、ネットなどで、夫婦の話で、喧嘩とか離婚の話が出て来ると、夫が妻に「俺が食わせてやっているのだ」とか、「俺がいなければ、お前は生きていけない」というような話が頻繁に登場する。 筆者は仕事は無茶苦茶忙しかったが同時に妻の家事、育児も大変だという事は十分理解しているので、こういう発想は全く理解できない。 筆者は40歳過ぎて独立したので、普通の会社に例えれば、営業もし、取材、執筆もし、会社の経理処理、従業員のケアなどもして来た。 だから、会社の仕事で、営業で仕事をとって来るだけで、仕事は終わらず、その後の処理、会社で言えば、営業事務、そして、経理処理、総務処理などの仕事をする人のサポートの上に営業は成り立っているのとうのをいやという程経験し、理解した。 だから、夫が妻や子供に「俺が稼いでいるから、お前たちが生活できているのだ」という事をいう人間は、社会がわかっていないなと本当に思う。(40過ぎから自炊生活再開) 20歳代、30歳代は仕事が無茶苦茶忙しくて、料理や家事をする事は皆無に近かったが、40歳過ぎで独立した後、仕事が忙しくなり、ウイークデーは事務所に寝泊まりするのが普通になって来た。 経理処理や、従業員の勤怠管理などの仕事は夕方以降にすることになるので、日中の取材などの仕事とは全く異なる作業を夜にしないといけない。これは結構、時間と手間がかかる。まさに縁の下の力持ちだという事を実感した。 事務所に寝泊まりするようになると、夕食は外食ばかりという訳にはいかなくなり、40歳過ぎて、事務所で自分の夕食を作るようになりだした。 学生時代に母親に教わった事が蘇り、土井勝さんの「和風おかず」を再度、見直す時が訪れた。 コンビニ弁当とか、スーパーの総菜を買ってくるという発想はほとんどなかった。食事は数か月後、半年後の自分の体を作る源である。それを防腐剤だらけ、添加物だらけの物を食べれば、自分の体がどうなるかなど、少し考えればわかる事だからだ。 日本では食卓におかずが3,4品並ぶのが普通である。そこにみそ汁や、漬物が加わる。それを毎日作っていたら、それは時間ばかりかかってしまう。 だから、肉、魚のメインのおかず以外は、土日のように、時間の余裕がある日に作り、冷蔵庫に保存しておき、レンジなどで温めれば良いようにする。 サブのおかずは、土日のどちらか一方の午前中を使えば、半日で6,7品作れる。きんぴら、ナスの煮びたし、カボチャの煮物、卵焼き、鶏の胸肉の醤油煮、ゴーヤの醤油炒め、ごまめ、肉じゃが、栗きんとんなどである。 こうすれば、日々の夕方料理しないといけないのは、魚や肉を煮るか焼くかするだけだ。だから、食事の準備にほとんど時間が割かれない。 肉料理も、例えば、豚肉の生姜焼きを一度作れば、3回分くらいにはなり、数分のレンチンでメインのおかずも出来上がる。 毎日、同じメインのおかずが嫌なら、3品くらいを交互に食べれば、同じ料理を毎日食べなくて済むようになる。 料理は面倒で、時間がかかって仕方がないというのは、そのやり来るが下手というだけの話だ。 ご飯だって、1週間分炊いておいて、それを1食分づつラップしておけば、レンチンで、毎日温かいご飯が食べられるし、みそ汁も1回作り、毎朝、毎夕、火を入れれば、3,4日はもつ。(65過ぎから妻の介護、ケーキ作りも始める) 事務所兼寝泊まりの場で、自炊生活を続けて20年位経った頃、ずっと透析を続けていた妻が、一人で生活する事が困難になって来た。 筆者が独立し、事務所で寝泊まりするようになってから、すれ違いも多くなり、色々あって、妻とは離婚したが、元妻が長年の透析で体が衰弱し、一人では生活していくことが難しくなったのだ。 筆者も65歳を迎え、仕事をいつまで続けるかなと考えていた時期だったので、同居し直して、元妻の面倒を見る事にした。 透析は週に3日、1日に病院との間を2往復、車で片道30分位かかる距離を送迎し、その合間に、料理、洗濯、掃除などの家事をすべてするようになった。 一人で生活していたので、家事は慣れていて、苦にはならなかった。料理の味も、前述のように、妻との間で、味のすり合わせが出来ていたので、味に問題はなかった。 妻の面倒は12年程見たが、最後の数年は、食も細り、普通の料理が食べにくくなって来た。その一方で、医者は無理をしても、食べろという。そこで、ネットで調べて、ケーキを作りだした。 ケーキは卵を多く使うので、栄養面では良い。粉は小麦粉を使わずに、米粉でケーキを作った。やってみると、10種類くらいのケーキが出来るようになり、それを交互に料理して、食べてもらう事にした。 ケーキ作りは60歳を超えて初めて作り出したが、ネットで評判の良い人のレシピを元に、2,3回作れば、要領が理解出来て、簡単に出来るようになった。 ケーキは交互に作り、冷蔵庫には常に3品くらいがあるようにして、その日の妻の気分で、好きなものを食べてもらうようにした。妻はどれも、「おいしい、おぃしい」と喜んで食べてくれた。 アイスクリームも自分で作るようになり、今では、3種類のアイスクリームを手作りで作っている。(梅干し、梅酒、ぬか漬け、干し柿、ブルーベリーヨーグルトを作る) 妻の料理に文句ばかり言っている人に言いたい。是非、自分で作ってみてくださいと。料理は作るのも手間暇がかかるし、後片付けも大変だ。使った食器を洗うだけでなく、洗った食器を食器棚まで戻してまでで、一段落だ。 食材も、今日、何を作ろうと思って、スーパーに行ってみたら、良い物がなくて、別の料理にしないといけない事などいくらでもある。 こうした苦労は、自分でしてみないとわからない。「男は仕事だけすればよい」などと馬鹿な事を言わずに、自分で家事はしてみれば、いかに大変かが理解できる。 筆者は事務所での自炊生活を始めて、梅干し、梅酒作り、ヌカみそ作りも始めた。やってみれば、それほど難しくないが、手間暇がかかるという事は理解できる。 去年は干し柿作りをした。80歳にして初めてしたが、以外と簡単だった。買うと無茶苦茶高い干し柿が、本当に簡単に作れた。ネットの情報は凄い。今年も干し柿は作ろうと思う。 また、去年くらいから、ブルーベリーヨーグルトを作っている。これも簡単で、牛乳を沸かして、少し大きめのガラス瓶に入れる。そこにギリシャヨーグルトを入れて、半日くらい暗所で発酵させる。 スーパーで売っている冷凍のブルーベリーに火を入れてから、砂糖を入れて味付けをし、ヨーグルトとよくかき混ぜ、小瓶に小分けする。発酵食品のヨーグルトと、目に良いブルーベリーを毎日食べている。 体は自分で作るもの。だから食べるものには気を付け、それを自分で健康を維持していく。市販のものでも、裏を見て、何が入っているか、チェックをする習慣をつけよう。
2026.09.07
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(暴かれだした長年の財務省・大蔵省の嘘) 財務省の数々の嘘が今、暴かれ始めている。 髙市首相のブレーンの一人である。外資系証券会社、クレディ・アグリコル証券のチーフエコノミストである会田卓司氏の国会証言などで、嘘で固めた、旧大蔵省、今の財務省が長年に渡り言い続けた「財政危機論」がいかにいい加減なものであるかが、白日の下に晒されて来ている。 財務省のポチの存在の大手マスコミは、この会田氏などの話をほとんど取り上げないが、ネットの社会では、ネットで少し硬派で、聞きごたえがあるページにいくつも登場して、会田氏は明確に財務省の嘘を暴いていて、それがそれぞれ何十万回と再生されている。 日本は財政危機の国ではなく、世界有数の資産国で、普通の経済運営をすれば、国民はもっと豊かになれるという話である。 それが役に立たない大手マスコミと、真実を知るにはネット情報を検索しないといけないという風潮をより助長している。 戦争に負けた後、僅か二、三十年で、日本は奇跡の復興を遂げた。そして、1980年代には、アメリカの大学教授、アズラ・ボーゲル氏が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本で書いたように、日本は米国も追い越す勢いを見せていた。 しかし、そこから、日本の転落が始まり、三十年間の長期低迷が始まり、今、高市政権は何とか、そこから脱しようともがいている。 戦後日本の奇跡の復興の理由を探求し、分析して、記事を書き続けたイギリスの経済雑誌「エコノミスト」は、戦後の日本の復興について、その7つくらいの理由を書いた。 日本人の勤勉さ、貯蓄率の高さなどであるが、エコノミストは奇跡の復興の理由の1つに、「官僚の優秀さ」というのを挙げている。 大学生の時に、このエコノミストが書いた雑誌の連載記事をまとめて本にした「日は昇る」(The Rizing Sun)を読み、日本の強さを認識するとともに、エコノミストの分析力にも感心し、それが筆者をして、大手マスコミに就職させる一因にもなったのを覚えている。 そして、大手マスコミの記者になり、大蔵省や日銀なども担当して、筆者はバブル崩壊あたりから、日本はどこを間違えたのか考え、理由を調べるようになった。 何百人という東大法学部出身の官僚(日銀を含む)と取材で接する内、筆者は、戦後の日本が何故、奇跡の復興をし、そして、三十年の大不況を同時に体験する事になったかが、わかるようになった。(先進モデルの模倣で経済成長した日本) 戦後、米軍の爆撃で、領土が灰になり、戦争遂行で、金もなくなり、食べるものも困るようになり、米国から提供された残飯にも等しい食料で飢えを凌いだ日本が、奇跡の復興に成功した理由は、「エコノミスト」が書いたように、7つくらいの理由があった。 そして、その1つの官僚の優秀さとは何かである。旧大蔵省、旧通産省など主要官庁の幹部は、いづれも、そのほとんどが東大法学部を優秀な成績で卒業した人達である。 更に、日本を代表する企業の経営者も、その多くは東大法学部の出身者である。 筆者がエネルギー業界を担当している時、東電の役員に、東大以外の出身者が就任して話題になった。また、通信業界を担当している時、今のNTT,旧電電公社の社長に東大出身者以外が就任して、これも大きな話題になった。 本人達の名誉のために言えば、東電の東大以外の大学出身者の出身大学は横浜国立大学だったし、電電公社の新社長の出身大学は北海道大学で、いずれも上位クラスの大学だったが、それでも、東大出身でないという事で、話題になったのだ。 筆者がエネルギー業界を担当している時、東電の社長で、後に経団連の会長にもなる平岩外四氏と親しくさせていただいた。その時、筆者は「何故、東電の役員は東大出身者でないといけないのか」と聞いた事がある。 その時の平岩氏の答えは「電力会社の役員は監督官庁の通産省と親しく付き合わないといけない。そして、その通産省幹部は全員、東大法学部出身です。同じ大学の出身者と、それ以外では、親しくなり方が違うのですよ」というものであった。 そして、「政治家も有力な人は東大出身者が少なくない。初めて会うにしても、同じ大学、同じ教授のゼミで勉強したというのは、親しくなりかたが違うのですよ」と平岩氏は付け加えた。 日本独自の村社会の発想である。(暗記、模倣、改良が得意な日本型優秀者) 何百人という東大法学部出身の官僚や企業経営者と付き合ったが、確かに彼らは頭の回転は速いし、判断も早い。 しかし、戦後の日本が奇跡の復興を遂げた理由の1つに、「エコノミスト」は官僚の優秀さを挙げたが、筆者はそれは納得するものの、「エコノミスト」とは違う東大法学部出身者の違う側面を見る。 それは、他に見本があり、それを習得して、取り入れ、まねる事が得意だという事だ。 戦争に負けて灰になった中からの奇跡の復興にあたり、東大法学部出身の官僚は、欧米の成功モデルを勉強し、それを模倣し、取り入れたのである。その一例が臨海工業地帯というモデルだ。 モデルがあり、それを模倣して、より完成度の高いものにしていくというのは、東大法学部だけでなく、日本人の強みでもある。 戦国時代に、種子島に鉄砲が伝来した時、当時の種子島の領主は一丁を今の金にして、一億円で鉄砲を買った。買ったのは、二丁とも三丁とも言われている。 種子島の領主に鉄砲を売って大儲けをした、ポルトガルの船員は数年後に、もう一度大儲けをしようと、鉄砲を持って、種子島を訪れたが、その数年で、鉄砲を理解し、改良した、より質の高い鉄砲は日本全土に行きわたり、当時の日本全土で使われていた鉄砲は、ヨーロッパの国全体の数よりも多くなっていたと言われていて、ポルトガルの船員は商売が出来なかった。 この他社のより良い物、先進的な発明品を見て、その仕組みを知って、それを改良して、より質の良い物を作るというのは、日本人の強みである。 戦後でも、欧州の大手メーカーが開発したCDを今のような実用化な物までにしたのは、日本の電機メーカーであるし、アメリカ人が考えた楽器のシンセサイザーも、完成品までもっていったのは、日本人である。 武器のレールガンもアメリカ人が考えたものの、実用化できないでいたものを、完成させたのは、日本の重電メーカーの技術者達である。 では、この他のモデルがあるものをまねて、より精度の高い物に仕上げる力がある日本人、その中でも、優秀と一般に理解されている東大法学部出身者がこの30年間、経済運営に失敗し、経済成長が著しい中進国だけでなく、先進国との競争にも、日本が負け続けた理由は何か。その理由は簡単だ。 それは先進モデルがなくなった時に、どうしたらよいかわからなかったからだ。 ひたすら、言われた事を暗記し、それで小中高、大学で優秀な成績をとって来た東大法学部出身者は、先進モデルがなくなった時に、どうしてよいかわからないのだ。(官僚の致命的な発想、無謬主義) 東大法学部出身の財務省や経産省などの、優秀と言われる官僚のもう1つの致命的な欠点は何かというと、官僚独特の「無謬主義」である。 無謬主義とは何かと言えば、官僚は常に正しい判断をしてきて、誤りはしてこなかったという考え方である。 また、先輩が信じて実行して来た路線を大きく変更する事は、先輩の否定にあたる。有力な退役先輩は、今でも、大きな力を持っている。この人たちがして来た事を否定する事は、現役官僚にとって、自分のこれからの天下りなどの人生で、大きな支障になる恐れがある。だから、先輩の路線を否定、変更できないのだ。 この無謬主義が、大きな時代の変化がしている今の時代に対応できないのだ。だから、戦後80年経ち、状況、環境が大きく変化しているにも関わらず、相変わらず、憲法の一字一句変更が出来ないでいるのだ。 大きな時代の変化の時代に対応できない東大法学部出身者に国のかじ取りを任せていたら、日本は悲惨な事になる。 では、どうしたら良いか。対策は簡単だ。 公務員採用で、東大法学部偏重の採用を改める事だ。 国の運営に法律は不可欠なもので、法律の制定は必要な作業である。だから、上級公務員採用で、法律について知識がある人は必要である。でも、精々1割のいれば、充分である。 残りの9割は、経済学部、理系の学生、文学部の学生など多種多様な発想ができる学部の学生を採用する事だ。これからの官僚は、上から統治するのではなく、アイデアを出すコンサル型に仕事が変わって来ている。だから多種多様な発想をする人が必要なのだ。 そのためには、東大法学部出身者に有利な今の試験制度、試験内容を変更しないといけない。(中央省庁の就職から逃げ出し始めた東大法学部生) 今、東大法学部出身者から、中央省庁に官僚としての採用に応募する学生の数が激減しているとも言われている。ある中央省庁で、新卒採用で、東大出身者がゼロのなったと話題になったのは、もう何年も前の事である。時代は変化しているのだ。 東大君が中央省庁に応募して来なくなったのは、かつては、大蔵省や通産省に就職すれば、20歳代は給料が安いが、少し優秀なら、公費で海外留学させてくれ、中年以降の生活は、生涯賃金ベースで考えれば、一流企業に就職する者さえも上回るものになるのがわかっていたからである。 だが、今の時代、東大法学部を卒業して財務省に就職しても、20歳代は、年収では400万円、500万円台にしかならないのに、外資系のコンサルティング会社に就職すれば、3年、5年で年収が1千万円、1500万円になる。 これなら、役人ではなく、民間企業に就職する人間が増えてくるのは当然である。 最後に書けば、歴史的な経緯だけを学び、それも、重鎮学者の詭弁のような論理を尊重して、いまだにそれを教えている東大法学部の授業内容も変えて欲しいものである。 旧大蔵省、財務省の嘘がどんどん暴かれていく事で、東大法学部卒業者は優秀で、彼らに国のかじ取りを任せておけば、間違いないという間違った神話も、音を立てて崩れだしている。
2026.09.01
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(食べない方が良いパン、ケーキ、アイスクリーム) 筆者は料理が好きで、自ら食事は調理するので、スーパーやコンビニで売っている総菜類を買って食べる事はまずない。現役で仕事をしていた時、忙しくて、かつ、きちんとした料理を飲食店で食べる時間がない時だけ、コンビニのおにぎりを食べるのが、年に1,2回あるくらいだった。 食べ物は自分の細胞になる源だ。人間の体は1日に何百万回も細胞分裂をし、垢などになって、落ちていく。それを補い新しい体の部分になる源の食品には人一倍気を使っている。 日本では、欧州の国では発がん性などがあって使用が禁止されている化学物質(保存剤、防腐剤、甘味料など)が多く使われている。だから、自分が作る料理でも、食品の成分が書かれている袋の裏の表記をチェックして、買っている。 食品だけでなく、料理用品でも、例えば、鍋やフライパンに使うテフロン加工のテフロンは、欧州の国では、使用を禁止したり、使用しないように勧告している国が少なくないが、日本はいまだに野放し状態である。 かつて参政党に参加し、今では離れて独自の政党を作っている吉野敏明氏は末期患者のケアをする病院を経営しているが、彼は参政党時代から、食品公害の事で警告を発していて、パン、ケーキ、アイスクリームなどは食べないようにと、主張して来た。 理由は簡単で、こうした食品の原料の小麦はアメリカやカナダ製のものがほとんどで、これら製品は遺伝子組み換えが行われている小麦を使っている事が多いし、その上、現地で栽培する時、大量の農薬を使っている。 そして、日本への輸送時に、大量の防腐剤を使っているので、人体にかなりの影響が出るからだと、吉野氏は言う。 小麦には、元々、体に良くないグルテンを含んでいるので、小麦は食べるなというのだ。 そうは言っても、ケーキやアイスクリームは時々、食べたくなる食品である。そこで、筆者はケーキやアイスクリームを自分で作っている。 作るきっかけになったのは、筆者が介護していた妻が長年の透析生活で、どんどん体が弱って行き、次第に普通の食べ物が食べられなくなって来たので、ネットの情報を元に筆者が作り出したからだ。 ちなみに、筆者は小麦粉は一切使わず、米粉でケーキを作っている。(市販アイスクリームで食べて良いのは3つだけ) アイスクリームについて言えば、市販されているアイスクリームのほとんどが食べないように言われている原材料を使っていて、専門家は食べてよいアイスクリームは3つしかないと言っている程である。 ある専門家曰く、アイスクリームのあのフアフアした感触は、消火器の泡と同じ成分を使っているとの事である。 筆者が定期的に作っているアイスクリームは3つである。 1つは卵と砂糖、バニラエッセンスだけで作るもの。これは、卵7個を黄味と白味に分け、それぞれに、50グラムの砂糖とバニラエッセンスを加えて、ハンディーミキサーで泡立てた上で、よく混ぜて、凍らせる。 いくら良く混ぜてても、冷凍して、しばらくすると、黄味と白味が分離するので、3,4時間で取り出し、分離した黄味と白味を混ぜてから、再度、凍らせる。作業はこれだけで、1日経てば、美味しいアイスクリームが出来上がる。 食べたい量で、卵や砂糖の量を増減すれば良い。 2つ目は、濃厚なアイスクリームが食べたい時に作るもので、卵3個(2つは黄味だけ、1つは全卵)に砂糖50グラムとバニラエッセンスを加えて、ハンドミキサーで混ぜる。 そして、生クリーム200mlをこちらもハンドミキサーで練り上げ、充分に泡立ったら、双方を合体する。こちらは黄味と白味が分離する事はまずないので、よく混ぜた後は、ただ冷凍するだけである。 3つ目は、小豆キャンディーバーである。 牛乳200mlをフライパンで加熱し、少し水分を飛ばした後、市販の井村屋の小豆を加えて、弱火で加熱しながら、ヘラで混ぜていく。よく混ざったら、100円ショップで売っているキャンディーを作るプラスチックの容器に入れて、凍らせる。作業はこれだけである。 小豆はスーパーに行くと、色々な会社の物が売られているが、他の会社のものは色々と余分なものが入っているが、井村屋の小豆は、原料の小豆を加熱し、そこに砂糖と塩を加えて、あんこに仕上げているだけなので、筆者はこれを使っている。 井村屋は自ら、小豆キャンディーを作って、スーパーで売っているが、自分で牛乳を加えて作ると、市販のキャンディーよりも、味がより濃厚になる作業が簡単なので、自ら作る事をお勧めする。(大手の緑茶のペットボトルから消えた香料、防腐剤) 筆者は記者時代から、スーパーなどで売られている食品などは、袋の裏に書かれている成分をチェックするのが習慣になっている。 飲み物でもそうで、スーパーやコンビニで売っている緑茶などのペットボトルなどでも、裏の成分表記をずっと見て来た。 お茶は自分でお茶を入れても、時間が経つと、緑が茶色に変色し、それが体に悪いので、飲んではダメという事は昔から言われて来た。 だから、緑茶のペットボトルは、なかなか登場しなかったのだが、伊藤園が茶色に変色せずに、ペットボトルに入れる工夫をして、市販を始め、今では、多くの会社が追随して、販売している。 しかし、数年前までは、大手のサントリー、キリン、アサヒビールなどは、防腐剤や香料が添加されていて、そうした化学物質を使っていないのは、伊藤園とコカ・コーラ、ダイドードリンコだけだった。 だが、最近、スーパーでお茶のペットボトルを見ると、サントリー、キリン、アサヒの大手3社から、防腐剤や香料が消え、お茶だけとなり、防腐剤はビタミンCだけとなりだした。 大手3社がこう変化しだしたのは、筆者は今は現役の記者ではないので、会社に直接取材していないから、理由はわからないが、そうしたことへの消費者の目が厳しくなりだしたためだと、理解している。 そして、これも筆者の推理だが、伊藤園が野球の大谷選手をCMキャラクターに起用した事で、日本だけでなく、アメリカなどでも、知名度が一気に上がり、海外でも売れ出した事が、理由の1つなのではないかいかと考える。 筆者が現役で取材していたのは、もう一昔、ふた昔の事だが、当時、お茶のペットボトルでは、サントリーがシェアの半分を持っていた。しかし、業界関係者に取材をすると、サントリーの評判はすこぶる悪かった。 他社の関係者が口を揃えて言ったのは、サントリーは中国で、一番品質の低い茶葉を安値で買い叩き、それをペットボトルに入れて売っている。だから、この会社の製品は飲まない方が良いですよという話だった。 取材経験が長い筆者の知識では、ソニー、サントリー、ホンダはイメージ先行の会社で、実際の製品の質よりも、広告宣伝で、好いイメージで商品を売って来た。広告宣伝という意味でも、優れた戦略だった。 この3社の内、ソニーはイメージ先行から、商品開発でも一流になり、会社もどんどん良い会社となって行った。スマホに内臓しているカメラや、監視カメラなどでは、他社を凌駕しだしている。 一方で、ホンダは航空機などで健闘しているが、かつての独自のイメージが薄れ、特徴のない会社になって来ている。 サントリーはどうなのか。今の筆者は業界関係者に直接取材をしていないので、何とも言えないが。
2026.08.25
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(東大法学部出身者は受験優等生というだけ) 日本には長い間、強い学歴信仰がある。一流大学を出た者は頭が良い。だから、仕事も出来る。こう思っている人は多い。でも、嘘である。勉強が出来るという事と、仕事が出来る事は全く別の概念である。 受験優等生は説明された事に対する理解力は確かにある。そして、暗記力もある。だから、試験では良い点が取れる。 でも、現実の仕事を遂行しようとすると、様々な問題が立ちはだかる。それぞれの要素を的確に理解し、対策を考え、実行するとなると、単に理解力があるとか、暗記力があるだけでは対応出来ない。 日本は長い間、官僚が支配する社会になっている。重要な政治案件は政治家が決めて来たように思っている人が多いが、実際は東大法学部を卒業した財務省(旧大蔵省)官僚が案を作り、そのメモを政治家に説明し、実行させて来た。 これで上手くいく事もあるが、今のように内外の複雑な要件が絡み合っている社会になると、受験優等生の単純な理解力、暗記力では、太刀打ち出来ない。だから、失われた30年になったのだ。 筆者は、大手マスコミの記者時代に大蔵省を担当し、それこそ100人を越える幹部クラスやその予備軍である若手大蔵官僚と接し、様々な問題で議論をし、彼らの考え、行動を観察して来た。 いや、大蔵省だけでなく、他の省庁の東大出の多くの官僚とも付き合って来た。また、筆者の出身高校は、筆者が卒業した年に、東大に60人が合格した。だから、受験優等生がどういう発想をし、どういう行動をするかも嫌という程見て来た。 そうした体験から言えば、確かに東大君は理解力や暗記力はある。しかし、問題が起きた時に、適切に処理できるかと言えば、全く別の話である。(複式簿記を理解できない法学部出身者) 戦後、政治、経済の重要な案件を中心になって処理して来たのは大蔵官僚(今の財務官僚)である。その財務官僚のほとんどが東大法学部を卒業している。 そして、官僚の世界では、役所に入った段階で、東大法学部の成績で、将来がほぼ決まっている。東大法学部をトップクラスで卒業した者は、余程の事がない限り、入省時から次官、局長になる事が約束されている。 だが、彼らと実際に話をし、議論をすると、確かに頭の回転は速いし、理解力はあるが、理解力、暗記力と、問題処理能力は別である。だから、実際の問題処理にあたっては、大きな間違い犯すのである。 彼らと議論して感じたのは、物事の処理の仕方が平面的で、全く多面的ではないのだ。 財務省の致命的な問題は、増税を実行した者が出世するという厳然たる事実である。自分は出世したい。だから、増税に走るのだ。 官僚のダメなもう1つの視点が、彼らが法学部出身であるという事である。東大を出て大蔵官僚になり、途中で退官した高橋洋一氏がよく言う話に、「東大法学部出身の大蔵官僚は、複式簿記が理解できない。だから、間違うのだ」というのがある。 高橋氏は東大の数学科を卒業した後、経済学部に入り直し、卒業をしている。数字に強く、もの事を数字で考える力がある上、経済の勉強をしている。だから、法律ばかりを勉強し、経済を知らない、ほとんどの大蔵官僚がバカに見えるのだ。 法学部出身者は、物事を法律、規則で処理しようとする。法律を守り、その範囲で物事を処理しようとする。いわば、単式簿記で物事を処理しようとする。 一方、経済学を学んだものは、金の流れを考え、複式簿記で企業でも、国家でも、その運営を考えようとする。 この差は大きい。失われた30年の犯人は、多くの人が指摘するように、東大法学部出身の大蔵官僚と日銀官僚であり、日本をダメにした主犯である。 財務省官僚は必ず、日本の財政赤字を声高に叫ぶ。しかし、日本は世界トップクラスの金持国家である。 世界有数の一流企業であるトヨタなど日本を代表する企業は、設備投資をしたりするので、多くの負債を抱えている。銀行からの借り入れも多い。しかし、その一方で、それを上回る莫大な資産を持っている。だから、借入金がいかに多くても何も問題ないのだ。 財務省官僚が、日本の財政問題を危機だとして、声高に叫ぶのは、莫大な資産があるトヨタについて、巨額の借入金や負債があるから、危ないと叫ぶのと同じなのだ。これが複式簿記を理解していない法学部出身者の限界なのだ。(次官が約束された事で、勘違いし、傲慢になった主計局次長) 大手マスコミはあまり扱っていないが、ネットでは、最近、財務省の次官が約束されていた主計局次長が更迭されたという事を色々な人が取り上げ、話題になっている。 この次長は、中高が開成でトップクラスの成績で卒業して、東大法学部に入り、ここも2番くらいで卒業し、国家公務員試験でも1,2番の成績で合格して、財務省に入っている。 そして、彼はこの次官コースの人間が通る道として、岸田政権で、首相秘書官を経験しているので、次か、次の次かの次官は約束されていると、本人も周囲も考えていた。 かつて、大蔵省を担当した筆者の体験でも、将来の次官が約束されているという役人は、まわりもそう扱うし、自分もその気なので、多くの者は、自信に満ち溢れ、それが言動に出る。 本当に頭が良い者は、自信があるから、余裕はあるが、偉そうな態度にはならないが、半分くらいの人間は態度に出るのだ。一般企業なら、将来の社長候補であっても、偉そうな態度だと、足を引っ張られて失脚する事も少なくないが、受験優等生最優先の役所はそうならないのだ。 そして、そうした過信が、彼をして、消費税減税という髙市政権の選挙公約を潰しにかかる言動をして、高石首相の逆鱗に触れ、東京税関長という閑職に飛ばされる事態を招いたのだ。 大蔵官僚を嫌い、なんとか、彼らのしつこい嫌がらせを避けようとしていた安倍元首相ですら、できなかった、将来の財務省次官候補の左遷を高石首相は実行したのだ。 役人は最終ポストがどこかで、役所を辞めた後の天下り先も決まる。次官クラスまで行けば、役所を辞めた後も、名だたるポストに何回か着き、生涯年収も多額なものが約束される。そして、退官した後も、いつまでも役所の行政や人事に強い発言力を持つ事になる。 今回、更迭された主計局次長は、この道を閉ざされたとも言える。少なくても、髙市政権が後、1,2年続けば、彼の復活の目はない。(財務省のレクチャー攻勢で洗脳される記者、教授、評論家) 消費税減税について、大手新聞や主要テレビは、いずれも、批判的で、髙市政権攻撃をしている。その根拠は、財源がないというものだ。大手マスコミの中でも、日経新聞の異常さが目立っている。 だが、この財源論も、高橋洋一氏が簡単に論破している。最近の円安で、外為特会に含み益が50兆円あると高橋氏は指摘する。円高の時に買った米国債が今の円安で、含み益が膨れ上がっていて、50兆円の含み益があるというのだ。 それだけでなく、日本は多額の米国債を所有しているので、その利子収入で、毎年数兆円の収入あるので、食品の消費税を減税することによる数兆円の負担などどうという事ないというのだ。 そんな事は高橋氏に指摘されるまでもなく、少し勉強すれば、わかる話だ。ではなぜ、日経を始め、ほとんどのマスコミが、消費税減税に反対するのかと言えば、理由は簡単だ。財務省の説明に洗脳されているからである。 財務省は旧大蔵省時代からもそうだが、データ、資料を自分たちの都合良いように加工し、それで、担当記者にレクチャーをする。このレクチャーは財務省の記者クラブの記者だけでなく、新聞の社説などを書く論説委員、解説委員の他、大学教授や評論家、政治家までに及ぶ。 少しでも、財務省に批判的な意見を見つけると、それを書いた者、発言した者に連絡し、財務省の幹部クラスが「ご意見を伺いたい」と連絡をして、訪問し、自分たちに都合の良いように加工したデータで発言に反論をして封じ、意見を変えさせるのだ。 このレクチャーに遭うと、余程勉強している者でないと、反論できなくなり、次第に、嘘を信じさせられるようになるのだ。 財務官僚にとって、日経やNHKというのは、その重点レクチャーの対象なのだ。理由は簡単で、企業経営者や政治家がよく見ているからである。(今こそ、歳入庁の設置の時か) 政治家が財務省に弱いのは、3つの理由がある。 1つは、地元に橋をつけるとか、道路整備などの予算をつける事で、財務省を敵にしたくないのだ。こうした地元への予算付けは政治家にとって、選挙対策として有効だからである。 2つは経理処理の問題だ。経理処理は解釈の幅が大きい。ある税務署では何も問題がないとされた処理方法が、別の税務署では脱税と見なされたりする。だから、政治家は税務署、イコール財務省とは喧嘩をしたくないのだ。 3つは、政治家はとにかく忙しく、政策の勉強をする時間がない。それを財務省が丁寧な資料付きでレクチャーをしてくれると、一端の事が喋れるようになる。だから、財務省のレクは有難いのだ。 こうして、大手マスコミ、評論家、大学教授、政治家を手名付けて来た財務省だが、エイヤーと切り込んで来る高石首相には、普通の政治家に対するやり方が通用しないのだ。 彼女は法律も、理論も本当に勉強をしている。政治家にとって、夜の会合は必須だが、彼女は夜の会合をする時間を、法律や政策の勉強にあてている。だから、役人がレクチャーと称して、説明すると、「ここ違うわよ」と即座に反論できるのだ。 財務省の官僚は、首相や官房長官の秘書に、将来の次官、局長候補の人を送り込み、〇〇会議などという組織ができると、その事務局にも人を送り込み、議論を自分たちの思う方に誘導するという事をやっている。 しかし、高市政権になって、首相秘書官や官房長官秘書官が、重要な会議に出席できないとか、〇〇会議の事務局のメンバーから外されるという事が出て来たという。 戦前は、大蔵省と、内務省、そして、陸軍と強い3つの組織があり、互いに牽制し合っていたので、大蔵省だけが突出して強い力を持っていなかった。しかし、戦後、内務省は解体され、陸軍もなくなったので、大蔵省だけが強い権限を持ち続け、気が付けば、国を動かす存在になってしまった。 彼らが本当に有能なら、良いが、「失われた30年」が証明するように、経済音痴で、世の中、庶民がわかっていない財務省官僚に日本を左右させてはいけない。 高市首相は、それに挑戦していると言える。 世界の先進国で、予算の配分と税務の両方を1つの省庁が持っている国は日本位なものである。税務を財務省から外して、社会保険の取り扱いをする部署と一緒にして、歳入庁にするという案は以前からある。 こうなれば、社会は大きく動く。高市首相は、そこまで見据えているかも知れない。
2026.08.13
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(差別行動の管理職を放置すると、会社が処罰対象になる) ネットには、企業の内部がドラマ仕立てで、よく描かれているが、書いている作家もどきの人が描く世界が、あまりにも、今の日本の企業社会を知らない事にしばしば驚かされる。 よく出て来るのが、部課長などの管理職が、高卒の社員やFランクの大学出身の社員をバカにして、「高卒のくせに」とか、「お前はFラン大学出だろう」と言い、仕事で差別をしたり、忘年会や送別会などに参加させなかったり、食事を1人だけ、粗末なものを出したりする話だ。 小さな田舎の企業などなら、今でもあるかも知れないが、少なくても中堅以上の会社、上場企業クラスの会社で、今の日本ではこんな話はあり得ない。こうした話を書く、作家もどきの人は、もっと企業の実態を勉強して、書いてほしいと思う。そうでないと、それを信じる人が出て来る恐れがあるからだ。 今の日本では、中堅以上の会社なら、どこでも、社内にコンプライアンス委員会という組織が作られ、そこが、社員から会社や上司に不当な扱いをされたという苦情を受け付けているし、委員会が年に数回、社員宛に「不当な扱いをされていませんか。何か問題はありませんか」という質問を投げかけている。 そして、そこで出て来た不満、不当な扱いは、年に2回くらい、会社の社長など上層部が、コンプライアンス委員会に呼ばれ、委員会に出された内容を言われ、徹底的に追及され、厳重に対処する事を求められるシステムになっている。 筆者がコンサルタントをしていた企業の社長達は「年に2回、それぞれ丸1日、ずっと、その苦情を説明され、それに対する会社の答えを求められる。本当に苦痛の1日です」と話をする。 学歴、男女差別、出身地差別、年齢差別など、本人の仕事に対する能力ではない事で、不当な扱いをする事は、今の日本の企業社会では本当にタブーなのだ。飲み屋で親しい人間に愚痴っぽく言うくらいならともかく、職場で何人もの人間がいる中で、こうした差別発言を公言したら、会社も無視できなくなる。 そして、そうした事があった事が明らかになった時にどうなるかと言えば、もし、部課長クラスの管理職が、そうした言動をしたら、その管理職はどれだけ仕事が出来ても、また、経営陣にコネがあっても、即座に左遷、降格は待ったなしなのだ。下手をすれば、そうした行動をした部課長は解雇さえされる。 会社が差別をした管理職を厳罰をしない場合、会社がそうした差別を容認したとみなされ、今度は会社の経営陣に責任が及ぶ。そして、会社自体に厳しい責任追及がなされるのが、今の日本の企業社会なのだ。 かつて、老像基準監督署というのは、不当な長時間労働とか、不当解雇などを扱う役所だったが、今では、こうしたコンプライアンス問題も扱い、それにまともに対応しない企業には、厳しい追及がなされる。 このコンプライアンス問題は、今では少し行き過ぎの感すらあり、新卒採用で雇った社員の新人教育などで、指導にあたる者が少し厳しい発言をすると、新人側から、「それコンプラ違反ですよ。パワハラ、セクハラですよ」と文句が出るので、新人教育をする教官をするベテラン社員が、こわごわ新人を扱っている事も少なくない。 「怖くて、新人君を𠮟れない」と嘆く人事担当者の話もよく聞く。 会社の話でなく、結婚で、相手の家に挨拶に行ったら、相手の親が一流企業の管理職や企業経営者で、高卒や知名度のない企業の社員だといって、馬鹿にされたという話もよく出て来る。 これも、一部にはあるかも知れないが、相手の親が一流企業の幹部なら、ほとんどあり得ない。何故なら、企業の幹部なら、コンプライアンス問題を理解していて、差別発言は大きな問題になる事をよく知っているからである。 今、企業は社員だけでなく、管理職、経営陣にまで、このコンプライアンス教育を徹底して行っている。そうした会社にいて、そういう発言を陰ではともかく、相手に公然というと、どういう結果になるかは、日常の会社の業務でいやという程、見聞きしているはずである。(大企業では東大卒業は特別扱いではない) また、企業を描く話で、東大出身の新卒社員が、自分が東大出である事を鼻にかけ、傲慢な態度をとり、上司をバカにする話もよく出て来るが、こうした話を書く人は、大企業および東大君の実態を知らな過ぎる。 知名度がある上場企業クラスなら、社員にも新卒採用の人間にも、東大君は珍しくない。多くの日本人が知っている大企業なら、新卒採用の社員の2、3割は東大出身である。 筆者が新卒で入社した組織でも、新卒採用の社員の2,3割は東大出身だった。東大出身だというだけで、特別扱いされたり、本人も偉そうにする状況ではないのだ。 そして、どこの会社でも新卒採用した社員に新人教育をするが、この時は出身大学に関係なく、与えられた課題に対する取り組み、成果で評価される。名簿で、それぞれの新卒者がどこの大学出身だという事は皆知っているが、与えられた課題に対する成果は、出身大学とは全く関係ないし、評価も出身大学に関係ない。 筆者の例で言えば、筆者が新卒で入った組織では、部門ごとの新人教育が行われたが、筆者が所属した記者部門では、出身大学は筆者以外では、東大、京大、一ツ橋、早稲田、慶応の5つの大学だった。そして、課題に対する対応力や評価は出身大学に関係なく、結果でなされたし、新人同士でも、出身大学で対応が異なる事など全くなかった。 筆者が新人の頃はずっと昔だが、筆者がコンサルをしたり、講演などで呼ばれて、新人研修で、新卒社員相手に話をしに行く機会が、筆者が50歳代、60歳代になってもあったが、筆者の新人の事と全く違わなかった。 出身大学に関しては、関西に本社がある会社だと、上記5大学の加えて、阪大、神戸大が加わるが、大学による差別はない。 関関同立は、10年以上前までは、一流と言われる会社の新卒採用にはなかった。しかし、最近は、新卒で関関同立が採用されるようになった。また東京が本社の会社では、大分以前から、上智大学が新卒採用に加わり、最近では、マーチクラスの学生も優秀なら、採用されるようになって来た。 東大君が大学の名前で特別扱いをされ、組織に入った後も、別格の扱いをされるのは、役所だけである。役所は今でも、東大法学部で何番で卒業したかが、重要で、首席や2番で卒業した人間は、役所でも出世が保証され、周りも、それを知っているので、特別扱いをする。 だから、役所はダメになったのである。日本は失われた30年とか言われるが、その原因を作ったのは、勉強はできたかも知れないが、世の中の実態を全く知らない、東大上位出身者の大蔵官僚(今の財務省官僚)と日銀のせいである。(実際は、傲慢な東大君はほとんどいない) それから、ネットのドラマなどで、東大君が偉そうにふんぞり返っている像が良く出て来るが、こうした事を描く人間は、実際に東大君に接した事がないから、こうした嘘が描けるのだ。 筆者が行った高校では、筆者が卒業した年に、東大に60人が合格した。つまり東大に進んだ生徒がクラスに何人もいたのだ。また、入社した組織でも、東大君は普通に何人もいた。 記者になって、大蔵省や通産省などいくつも官庁を取材したが、こうした役所では、取材対象はほぼ全員が東大出てあり、筆者はいやっという程、東大君と付き合って来たが、東大君で、傲慢な態度の人間はほんの一握りの例外な人間で、ほとんど存在しなかった。 対応も言葉遣いも、丁寧である。理由は簡単だ。彼らは自分の力で、日本のトップの大学に入って、卒業し、就職も、一流の企業や役所に就職した。つまり、自分の人生は順風満帆なのだ。だから、あえて、傲慢な態度をとる必要などないのだ。 筆者の入った組織で、1年後輩に東大出身者が配属された。記者部門ではないが、仕事でよくかかわりのある部門の人間だったが、彼は先輩から、「ダイスケ、ダイスケ」と名前を呼ばれ、可愛がられていた。本人はいつも、笑顔で仕事をしていた。 彼は東大で空手部のキャプテンも務めていたそうだが、いつも笑顔を絶やさなかった。彼が偉そうにしたり、怒っている顔など見たことがなかった。それは、簡単だ。自分に対する揺るぎない自信があるからだ。傲慢である必要などないのだ。(無能でも社員を辞めさせるのは、本当に大変。それが日本社会) 企業ものを描くネットのストーリーで、自分ひとりだけが、給料やボーナスが不当に安くされたという話も出て来るし、上司や役員、社長からある日、突然、「お前は首だ」と言って解雇される話もよく、目にする。これも少なくても、上場企業クラスなら、絶対あり得ない。 企業の給与体系は、その会社が上場企業クラスなら、きちんとルールが決まっていて、どの評価なら、昇給やボーナスはどのくらいと決まっている。それを部課長や役員が単独で、変えたり出来ないようになっている。 一定以上の規模の会社なら、社員を解雇するのは、至難の業である。余程、ひどいとか、会社に大きな迷惑をかけたという事でもない限り、社員の解雇は本当に大変なのだ。 だから、会社はどうしても、辞めさせたい社員は、変な部署や地方の支局に異動させ、本人が辞めるのを待つしかないのだ。 そして、社員を辞めさせるためには、3か月前の告知が必要で、それがなく、ある日、突然、解雇などしたら、労基から、厳しい指導が入るのは間違いない。 直属の上司と折り合いが悪く、何年も低い評価がつけられ、他の社員よりもボーナスが少ないなどという話も出て来る。しかし、仕事の業績査定は部課長個人の独断で決まるものではない。 少なくない企業で、多面評価というシステムが導入されている。360度評価とも言われ、上司だけでなく、部下、後輩、同僚など多くの人が、仕事の仕方に点数をつけ、それで評価するシステムである。 多面評価が導入されていない企業でも、ある社員が、上司と折り合いが悪いだけで、評価が極端に低い場合、多くの企業では、採点する上司の課長の上の部長クラスなどから、監視の目が入り、部長が有能なら、異動で、別部署へ変わるという事も珍しくないし、特定の部下にひどい点数をつけている課長は今度が、その課長が無能な上司という採点をされてしまう事もある。(社長や役員の息子、娘が勝手に出来たのも昔の話) また、社長や役員の娘や息子が入って来て、好き勝手をするという話もよく出て来るが、小さな会社ならともかく、上場企業クラスなら、そんな事はできないようになっているし、万一、そうした事が起きたら、そのバカ息子、娘を入社させた社長や役員は、本人の責任問題になって来て、地位が危うくなる。 それが今の日本の企業社会である。オーナー社長が好き勝手な事ができたというのは、もう何十年も前の話なのである。 経営者として有能でも、私的な行動に問題がある場合は、その会社がどれだけ大きくて、淘汰される時代である。かつて、一世を風靡した西武セゾングループが解体され、見る影もないのは、経営者があまりに勝手をやった事のつけである。 そして、彼の弟で、西武鉄道のトップだった男が事実上、失脚し、会社も以前ほどの勢いがなくなったのは、経営者が有名女優を長年、愛人として、抱えていた事が明らかになり、会社として、経営者として信用を失ったからである。 もう10年以上前の話だが、内視鏡の製造販売で世界一の業績を誇るオリンパスで、社長以下の経営陣が、会社の金を海外の運用会社に委託して利益を挙げ、それを自分たちで分配していたという事があった。 だが、これは当局に摘発され、経営陣は責任をとって会社を辞めざるを得なくなった。会社の業績には関係ないので、大騒ぎにはなったが、会社は潰れずに済んだ。しかし、株価は10分の1程に急落した。これが今の企業社会の現状なのである。 ネットで企業ものを書く人は、売れない作家が副業でしているのかも知れないので、大企業に在籍した事などなく、想像で描いているのがほとんどだと思うが、書いて、社会に出す以上、もう少し、実態を勉強してほしいと切に思うのだ。
2026.07.24
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(年収1千万円の男と結婚しても、自分の小遣いは月1、2万円) 色々な調査統計によると、20歳代、30歳代の女性の半分以上が専業主婦希望だという。調査によっては、専業希望が3分の2以上だったりする。 そして、女性の結婚相手に求める条件に、年収1千万円、少なくても8百万円以上というのがよく出て来る。こうした統計を見るにつけ、若い女性がいかに経済や実態をわかっていないかが理解できる。 晩婚化が進んだと言われている。今の女性の平均結婚年齢は30歳と言う。 しかし、これは年を取って再婚したりする人が増えているために、平均年齢が上振れしているに過ぎない。実際に結婚する人の最頻値、つまり、実際に結婚する人の多くの年齢は27歳で、以前とほとんど変わっていない。 27歳の若い人なら、結婚相手は普通なら、男性の年収はせいぜい4百万円、5百万円である。1千万や8百万に届く人はほんの一握りに過ぎない。そんな人と27歳の女性が結婚するなんて、至難の業である。 万一、年収1千万円の男を捕まえる事が出来て、結婚したとして、専業主婦になったら、毎日のようにカフェランチで優雅に過ごせると思ったら、大間違いである。 年収1千万円はあくまでも額面であり、ここから、税金と社会保険料が引かれる。今の日本では、この2つの天引きが合計45%である。つまり、額面年収1千万円の男と結婚しても、手取り年収は550万円にしか過ぎない。 そして、その年収を12で割った数字を毎月受け取れる訳ではない。年収にはボーナスが含まれていて、多くの企業ではボーナスは5か月くらいはある。つまり、年収1千万円の男性の月々の手取りは30万円程にしか過ぎない。 ここから、家賃や光熱費、携帯電話代、食費などの生活費を引いたら、手に残るのは、数万円にしか過ぎない。毎日のようにカフェランチなどできるなど到底、夢の夢なのだ。つまり、年収1千万の男と結婚しても、専業主婦の女性の小遣いは、せいぜい月に1、2万円にしかならないのだ。(専業主婦に、夫は家事協力はしないで、上から目線になっていく) だから、今、実際に結婚する人の9割近い人が、結婚後も共働きである。ともに働き、合計年収が1千万円近くというのが、今の日本の平均像なのだ。 夫が家を親から譲られたなど好条件があって、少し余裕がある人でも、女性が仕事を辞めて、専業主婦になると、どうなるか。夫の心理としては、専業主婦なのだから、家事、育児は当然、妻の役目という認識となる。 妻が働いていれば、家事も育児も夫も分担してくれる人が多いが、専業なら妻が全部やって当然という心理となる。そして、何か些細な事で喧嘩や言い争いになった時、専業主婦の妻に対して、多くの夫が言う言葉は、「俺の稼ぎで生活している。養ってやっているのだから、文句を言うな」である。 子供がお泣きしても、夫は助けてくれないし、保育園の送り迎えなども、すべて妻の役割となる。 それでも、問題なく夫婦を続けていければ、良いが、今の日本では3組に1組は離婚している。離婚すれば、妻は子供がいれば、当然、シングルマザーとなる。 離婚したら、元夫が養育費を払うという決まりになっているが、多くの場合、元夫は最初の数か月か数年で、養育費を払わないようになり、元妻は生活費だけでなく、子供の教育費も自分の肩にかかってくるようになる。(離婚してシングルマザーになったら、貧困家庭にまっしぐら) テレビやネットで、貧困の母子家庭支援に協力をというCMがよく流れている。普通の時は学校給食を多めに食べて、朝夕の食事が足りない分を補うが、夏休みなどになると、学校給食がないので、いつも空腹を抱えて過ごさないといけないというような中身である。 勿論、このCMは少し極端で、今の日本には、母子家庭を援助する制度もあるので、母子家庭だから、子供がいつも空腹を抱えているというのは、全部の姿ではないが、豊かではなく、子供が食べたいものも我慢しないといけないというのは、決して珍しい光景ではない。 そして、結婚で仕事を辞めて、専業主婦になった女性が、離婚で再度、仕事を始めようとした時、まず、一流企業、大手企業が正社員として雇う事はない。良くて派遣、普通なら、スーパーや飲食店のバイトの仕事しか見つからない。当然、年収は自分が結婚前に働いていた時の何割から、半分にしかならない。 しかも、大手企業の正社員でないと、いつ雇用が打ち切られるかわからないし、昇給もまずない。低い年収で低飛行を続けないといけないのだ。 終身雇用、年功序列は大分、崩れて来たとはいうものの、大手であればある程、その色彩は残っている。だから、大学を卒業して一部上場企業に総合職で就職し、10年位仕事を続けていれば、女性でも年収6百万円くらいには、なっている。これなら、万一、離婚という事になっても、子供を養っていく事はできる。 つまり、結婚を機に仕事を辞めて、専業主婦になるという事は、自分の未来を潰す行為なのである。結婚を機に仕事を辞めて、専業主婦になると考えている女性は、その考えは、自分が地獄の入り口に立っているという事を認識しないといけない。(高度成長期は夫も妻も、仕事と家事に大忙しだった) これまでも、何度かこの欄で書いて来たが、日本では女性は長い歴史で、女性は結婚しても、出産しても、仕事を続けて来た。紫式部も清少納言も、結婚し、出産しても、仕事を続けて来たのである。 千年前の古い話ではなく、江戸時代でも、ドラマに出て来る長屋住まいの大工さんや職人さんでも、奥さんは専業主婦ではなく、仕事をしていた。 欧米が女性は男の付属品のように考えられ、扱われて来たのと、日本は大いに違うのだ。欧米の小説や映画で、「〇〇夫人」とか、「△△の娘」というタイトルが多いのは、女性が自立しておらず、男の付属品扱いであった事の証明なのだ。 日本の歴史で、女性が専業主婦が当たり前になったのは、戦後の高度成長期だけの、わずか2、30年の短い期間で、2千年の歴史の本の例外にしか過ぎない現象だったのだ。 では、この昭和30年代、40年代にどうして、女性が専業主婦になったかと言えば、そうしないと家庭が回らなかったからである。 筆者はこの時期に就職し、仕事を始めたから、当時の事情はよくわかる。週休は1日で、勤務日は残業が日常茶飯事で、月に百時間を超える残業が珍しくなかった。 当然、夫は家事の手伝いをする余裕などなく、週に1日しかない休みの日は、ソアーに横になり、テレビを見ながら、トロトロうたた寝をして、1週間の体の疲労を取らないと、翌週、体がもたなかったのだ。 当然、家事は妻が100%行う事になる。そして、当時は家電も発達していなくて、洗濯機も全自動ではなく、二層式で、洗濯した衣類を別の層の脱水層に入れ替えないといけなかった。 レンジなどというものは存在せず、冷蔵庫に入っている食品は、また、鍋に移し替えて温めないといけなかった。インスタント食品や冷凍食品などはまだ、ほとんどなく、また、スーパーでお惣菜を売っていることもほとんどなく、料理は1から、作らないといけなかったのだ。 仕事をしながら、主婦をする事などとても無理な状況だったのだ。(40歳代から60歳代の人が歪めた主婦像を子供に植え付けた) では、女性が専業主婦で楽をしてという発想が、いつから出て来たかと言えば、筆者の認識では、この高度成長期で忙しかった夫と妻の子供世代、つまり、今の40歳代から60歳代の主婦からである。 この人たちが結婚し、家庭を持つようになった頃には、夫は週休は2日になり、残業も国の方針で、上場企業はそんなにできなくなって来た。つまり、夫に時間的な余裕が出て来たのである。 一方の妻はと言えば、高度成長期の主婦であった自分の母親像を見て育っている。中身はともかく、妻は専業主婦が当然という認識だけが残った。 その一方で、家電製品はどんどん便利になり、洗濯機は全自動になり、レンジも普通に家庭にあるようになり、インスタント食品や冷凍食品も多くあるようになり、スーパーや百貨店にはお惣菜が並ぶようになっていった。 当然、妻は時間とそして、金銭の余裕が少し出来るようになり、専業主婦は楽だし、女はこの楽な専業主婦をするものだ、夫は妻に専業主婦をさせられない男は甲斐性なしと考えるようになって行ったのだ。 こうした考えの今の40歳代から60歳代の専業主婦は、自分の娘にも、当然、それをして当り前、そんな事を妻にさせられない男とは結婚してはだめと思うようになって行った。 40歳代から60歳代の男はと言えば、妻が専業主婦をしているので、自分は家事を手伝わないで済む。そして、妻が何でもしてくれるので、それが当然と思うようになり、自分の息子や娘にも、そのイメージで家庭生活を考える人間がどんどん出て来た。 その親も下で、成長した女性は、専業主婦は楽で、優雅と考える人が増えて行ったのだ。 だが、結婚して専業主婦になった後、離婚してシンママになったり、夫の会社が倒産やリストラで、生活が大変になったり、病気になって、療養などに金がかかるリスクがあるという認識がない人が多く、専業主婦という地獄の入り口を入ろうとしている人がとても多いのが、今の日本である。(社会から置いてけぼりを食らう専業主婦) 専業主婦が何故、だめかという事の大きな理由に、社会との遊離がある。仕事を辞めて専業主婦になると、付き合う相手がママ友中心で、話題や会話がとても狭い世界のものになり、大きく変化している社会や時代に追い付いていけなく事がある。 かつてはテレビや新聞が社会を教えてくれたが、今のマスコミは本当に的外れだし、肝心な情報を伝えないので、1日にテレビを何時間か見ている専業主婦は、テレビを見る事で、逆にどんどんダメになって行くのだ。 また、自分が仕事をしていれば、上司や取引先から厳しい事を言われ、社会や世間の厳しさや、仕事の大変さも日常的に感じて生活している。 これをしないで、専業主婦になった女性は、夫とどんどん話が合わなくなって行ってしまうのだ。すれ違いが起き、溝を埋める事が難しくなって行く。 だから、そんな妻になって欲しくないと思うから、まともな男は自分の妻には、収入のためだけでなく、妻に社会と接して、現実を見る人でいて欲しいと思うから、仕事を続けることを望むのである。 統計でも、専業主婦を許す男はどんな人かと言えば、低年収、低学歴の男か、年齢が女性よりも大分上で、妻のわがままを許し、ペットのように考え、扱う男のいずれかである。とまり、妻を対等の立場で考えない男が専業主婦を歓迎するのだ。
2026.07.23
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(子供の時、見よう見まねで平泳ぎを身に着ける) 今、筆者は週に4回スイミング・プールに行って、水泳で1時間を過ごしている。以前は週末の土日だけだったが、今は時間の余裕もあるので、ウイークデーも行き、週に4回泳いでいる。 年齢もあるので、25メートルを泳いだら、小休止し、また、次の25メートルという感じで、休憩しながら、泳いでいる。 前にも書いたが、筆者は戦後のまだ、復興前の状態の日本で、小学生の時代を過ごしたので、学校は施設不足だった。校舎は6年生全体を収容するスペースがなく、筆者が小学校低学年の時は、低学年と高学年で、1つの教室を使い分ける状態で、当時、二部授業と言われていた。 低学年の生徒が午前使った教室を、午後に高学年の生徒が使うというような感じだった。学校にプールが出来上がったのは、筆者が小学校6年の時だった。 筆者が小中高を過ごした東京の区部は、戦争末期に米軍の空襲で、多くの家が焼かれ、一晩の空襲で10万人単位の人が犠牲になって死んだりした。だから、昭和20年、1945年、戦争が終わっても、壊れたままの家や公共施設が少なくなかった。 戦後の日本は工場が灰になり、あっても、仕事がなく、国民は食うや食わずの状態で、国民は飢えに苦しむ状態だった。そのどん底を救ったのが昭和25年に始まった朝鮮戦争である。 旧ソ連の指示の下、北朝鮮軍が韓国に攻め込む事で開始された朝鮮戦争は3年で休止したが、この戦争への備品の供給で、飢餓状態だった日本は息を吹き返し、そこから、昭和30年代の奇跡と呼ばれる、経済復興に進むのである。 筆者が小学6年の時、昭和33年位にプールが完成し、泳ぐことが出来るようになったが、教師は全く泳げない生徒の指導にあたり、25メートルを泳げる生徒は指導の対象外だった。 筆者は千葉の海岸部に親戚があり、小学生の時に何回か行った事があり、そこで、見よう見まねで泳げたので、教師の指導を受ける事はなかった。 筆者が見よう見まねで覚えたのは平泳ぎで、平なら、25メートルは泳げた。全くの自己流だが。 以来、中学、高校になっても、泳法は平泳ぎのままで、泳いでいた。平泳ぎなら、休みなしに200メートルでも泳げたので、別に他の泳法を身に着けようとは思わなかった。 社会人になってプールに行く機会があると、きれいにクロールで泳ぐ人がいたりするので、これも見よう見まねで、クロールを泳いで、25メートルは泳げるようになった。但し、呼吸法がよくわからないので、25メートルをノーブレスで泳いだ。 若い頃は平泳ぎの潜水泳法で、25メートルは問題なく泳げたので、25メートルを息継ぎなしに泳ぐことが出来たのだ。しかし、ノーブレスで見よう見まねのクロールは自分でも、何となく、格好がよくないと思ったためか、クロールはほとんど泳ぐことはなく、専ら平泳ぎでの水泳となっていた。(60歳代女性のバタフライに見とれ、40歳代からバタに挑戦) ところが、40歳を過ぎる頃に、大手マスコミを辞め、独立した時に、運動不足で、プールに行く事にした。当時、事務所は千代田区の麹町、番町地区にあったので、土日に銀座の外れにあるNTTが一般開放しているプールに何回か行った。 その時に、60歳代と思える女性がきれいにバタフライを泳いでいるのを見た。これは自分も覚えないといけないと思ったのだ。もう40年近く前の事なので、当時は今のようにネットも発達していなかった。 だから、水泳の本とビデオを買い、見よう見まねで、バタフライを練習し始めた。悪戦苦闘して、どうにか、バタフライで25メートルを泳ぐことが出来るようになって来た。 その後、仕事の方が無茶苦茶に忙しくなって来て、プールに行くどころではなくなったので、水泳の事は半分忘れていた。 それが65歳頃に、事務所の仕事を辞め、年金生活になるようになって、時間の余裕が出来て来たので、また、水泳を再開した。 大分経っていたので、バタフライの泳ぎ方も半分、忘れていたが、この頃にはネットも大分発達して、バタフライを指導するページもいくつか見る事が出来るようになって来たので、それ程、時間がかからずに、また、25メートルを泳げるようになった。 ところが、それから、1,2年後に妻が要介護になり、12年間、介護をして、料理、洗濯、掃除の家事を全部担当し、かつ、週に3日、1日、2往復で、妻を病院に送迎しないといけなくなり、水泳どころではなくなった。 2年前にその妻が亡くなり、死亡後の整理や行事などを済ませ、最近になって、また、水泳をする時間が出来て来たので、再開した。 平泳ぎは問題なく、何メートでも泳げる。そして、バタフライは25メートルはどうにか泳ぐことができる。 ところが、少し前にネットで泳法指導をしている人が、バタフライだと25メートルは6ストロークで行かないといけないと言っているのを見た。筆者は、その倍近いストローク数なので、これは泳法を改善しないといけないのだと考え、ネットで色々な説明を見まくった。(初級、中級と上級では泳ぎ方が違うバタフライ) 色々なネットでの指導ビデオを見て感じるのは、水泳でない他のスポーツでも一緒だが、指導、説明をしている人の説明が本当に良くない人が多い事だ。 野球でもサッカーでも、水泳でも何でもそうだが、日本を代表するクラスの選手だった人は、そのスポーツを子供の時からしている。だから、理屈ではなく、体が覚えていて、自然に反応出来ている。だから、わからない人に言葉でわかるように説明するのが苦手なのだ。 名選手は必ずしも、名監督にはならないと言われるのは、そこにある。 野球の巨人の監督だった原辰徳が、選手に内角球の打ち方のコツを聞かれた時、「それはな、ボールが来たら、カキーンと打つんだよ」と答えたという嘘のような本当の話が残っているが、多くの名選手がそんな感じなのだ。 一方で、ヤクルトの監督をして何回も優勝した野村克也は、数少ない、名選手であり、名監督だった。それは彼がいた京都の峰山高校が、野球では無名で、彼は自分で考えて、独自に練習をして、技を身に着け、プロへはテスト生で南海に入り、努力でホームラン王にまでなったからである。 体が自然に覚えたのではなく、自分で考え、苦労しながら、技を身に着けたから、他人にも指導できたのだ。 バタフライの話では、体のうねりが重要なのだが、それを「骨盤後傾」にしないといけないと説明している人間は、それだけで、指導者としてアウトだと筆者は思うが、そう言っている人が本当に多い。 一般の人が普段、使わない言葉や概念を説明に入れてはいけないし、多くの人は、「なにそれ」と思うだけだ。 それはともかく、バタフライの大きな問題は、初級、中級と、上級では泳ぎ方に大きな違いがある事だ。平泳ぎやクロールにはそれがないが、バタフライにはあるのだ。 初級、中級の人には、体のうねりを教え、身につけさせないといけない。だが、それが身に付き、25メートルや50メートルを問題なく泳げるようになった人には、今度は体のうねりは極力セーブし、フラットで泳がないといけないと、矛盾した事を言わないといけないのだ。 これを初めから、初級者にフラットバタフライを指導すると、体のうねりが身につかず、いつまで経っても上達しないのだ。(バタフライの次は2ビートクロール) 筆者は今、東京郊外の市部に住み、プールは市営プールと、温水プールを持つ中学校で、プールを一般に開放しているところの2か所を利用している。 プールに行くと、何人に1人は、バタフライに挑戦している姿が目に入る。だが、人の事は言えないが、きれいにバタフライを泳いでいる人はほんの少数である。 筆者の妻は40歳過ぎまで金づちで、全く泳げなかった。子供が中高になり、子供に手がかからなくなった後、水泳を身に着けたいというので、了解し、近くのスイミングスクールに通いだした。 全くのゼロから指導者に教えてもらったので、彼女は直ぐにどの泳法でも、本当にきれいに泳ぐことが出来るようになった。 妻のように、初心者の段階からきちんと専門家に指導されて覚えた人は、バタフライでも本当にきれいに泳いでいるが、見よう見まねでやっている人は、「これは何年続けても、上達する事はないだろうな」という泳ぎである。 筆者も見よう見まねで身につけたので、他人からすれば「お前も一緒」と言われるかも知れないが、何とか、25メートルを6ストロークで泳げるようになりたいと思っている。 そして、遅々としてだが、少しづつ進歩しつつあり、ストローク数は減ってきている。25メートル6ストロークが出来たら、50メートル休みなしに泳ぎ切りたいと考えている。 そして、これが出来たら、ノーブレスのままで放置されているクロールを再開し、きちんとブレスして、泳げるようになりたいと思っている。クロールは2ビートクロールを身に着ける予定だ。 何回か前のオリンピックで、水泳の1500メートルで優勝した女性選手が2ビートクロールで優勝したのを見て、自分もこれを身につけたいと思ったのだ。 バタフライにせよ、2ビートクロールにせよ、指導者に着いた方が早いと言われそうだが、自分で考え、努力し、試行錯誤しながら、身に着ける方が楽しいと思うので、あえて、指導者に頼まずに、2つの泳法とも、しっかり、身に着けたいと思っている。だから、考え考え、楽しみながら、練習をしている。
2026.07.21
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(CMは番組を中断して、時間を少し借りるもの) ネットを1日に数時間見ているので、否でもネットのCMが挿入されてくる。そして、いつも感じるのは、あまりにその質の低さだ。 後の述べるように、筆者はCM作りを依頼して、テレビで放送した経験を持つので、CM制作の裏の事情も知っているが、それを知った上でも、今、ネットで流れているCMの8割は提供会社が金を払う価値もない内容だと断言できる。 そもそもCMとは何かと言えば、そのCMを見た人が、その商品やサービスに興味を持ち、それを購入しり、サービスを利用しようかなと思うためのものだが、今ネットで流れているCMの8、9割は受け手側の消費者の心理や事情を全く無視して、何を伝えたいか、何をアピールしたいかが、わからないものが多過ぎる。 そもそも、テレビの隆盛とともに、テレビCMが発達していった。戦後の復興から経済発展の中で、テレビCMはどんどん進化して行った。 CMは番組を中断して流されるものなのだから、番組を見ている人の邪魔になってはいけないし、不快な思いをさせてはならない。そして、密かに視聴者の頭に商品を記憶させないといけないものだ。 そんなのは広告宣伝のイロハのイだが、今のネットCMでは、このイロハのイが全く理解できていないCMが多過ぎる。 今のネットのCMを見ていると、延々と何分も時間を食って、CMを流している会社があまりにも多い。中には何分もアニメを流したり、何分もする歌をCMとして挿入し、延々と聞かせるものもある。 ネットには勿論、CMのスキップ機能がついているが、見ている人の多くがずっとパソコンの画面を見ているのではなく、少し離れた所で、別の作業をしながら、ラジオ感覚で聞いている人が結構いる。 そういう人間には、1分を越えるCMは五月蠅い雑音でしかない。そして、そうしたものを見るにつけ、筆者などは「絶対、この商品やサービスは購入したり、利用したりはするもんか」と考えてしまう。 ネットCMの酷さの1つが、その商品やサービスについてのCMがとにかく、信じられない位、頻繁に流れるのだ。 ネット配信の普通のコンテは、大体15分からせいぜい20分位で完結するが、酷い物になると、その15分くらいの時間の中に、何回も同じCMがスキップしても、スキップしても登場するのである。 国際政治学者の肩書で活動する藤井厳喜氏は、言っている内容が比較的にまともで、聞く価値があるものがあると、筆者は評価している人の1人だが、ここ数か月から半年くらいの間、彼の本や雑誌のネットCMが洪水のように登場する。 筆者は天邪鬼だからかも知れないが、「そんなに売れていないから、必死に宣伝しないといけないの」と思ったりしてしまう。 また、新NISAもあり、株式投資など投資関係のCMも多いが、その関係者がしたり顔で登場して、「当社のサービスは素晴らしいですよ」とアピールしているものも結構あるが、カタカナと専門用語で、何のどこが良いのか、全くわからないで、延々と話をしている人が頻繁に登場する。「当社のサービスは良いですよ」というだけで、「どこが、どのように良いか」という説明が全くと言って良い程ないのだ。(CMは嫌悪感なく、消費者の頭にすっと入るものでなくてはならない) 歴史的に言えば、筆者が高校生の頃に家庭にテレビが入るようになった。今の上皇陛下と美智子妃のご成婚と、前の東京オリンピックがきっかけで、日本の多くの家庭にテレビが設置されるようになった。 そして、多くの日本人がテレビが一家の中心の存在になり、話題の中心になるようになって来て、それにともない、テレビCMも話題になり、商品の宣伝もさることながら、そのCMの素晴らしさや、完成度の高さに多くの人が好感を持つようになった。 CMは視聴者が自分が見たい番組を中断して流すのだがら、不快にさせずに、癒されたり、テレビ番組の息抜きのような存在でないといけない。更に短時間に、CM提供会社の商品やサービスをアピールしないといけない。 テレビCMが社会的に話題になって来た頃の、CM制作者の代表者の1人に小林亞星氏がいる。彼が作ったCMソングのいくつかは、今でも高く評価され、一定年齢以上の人のほとんどが記憶している。 レナウンの「レナウン、レナウン、イエーイ、エイー、エイ」とか、明治製菓の「マーブル、マーブル、マーブルチョコレート」、また、日立製作所の「この木なんの木、気になる気になる」などは今見ても、色あせない良質のCMである。 テレビCMは15秒、3秒、1分という3つの長さというのが基本で、15秒というのは、その短さで商品の名前やイメージを消費者に植え付けるものである。上記のレナウンや明治製菓のCMなどまさにその代表である。 1分というのは最長の時間で、それ以上長いと、番組を見ている人に不快感を感じさせ、早く番組に戻りたいという思いを強くさせる。つまり、CMは見ている人の不快感を与えずに、商品やサービスを刷り込まないといけないのだ。 ポイントは簡単だ。かつてテレビに登場した自動車のCMでは、ヨーロッパのきれいな海岸線などを車を走らせ、素敵な音楽と風景を見せて、さりげなく車のアピールをしていた。 また、ネッスルがまだ、日本であまり定着していなかったインスタントコヒーを宣伝するCMでは、欧米人のホームパーティーのような風景が映し出され、このコーヒーを飲めば、こんなイメージになるのですというにさりげなく、アピールしていた。 こうした映像は、自分が見ている番組を中断されても、ホッとして癒しになり、嫌な存在ではなかった。 また、一流の俳優が少しコミック風に登場したり、一流歌手がCMソングを歌ったりして、その製品を消費者の頭に叩き込んで行くCMもあった。 今は亡き二枚目俳優の田宮二郎がCMソングに乗って登場した「酒は大関心意気」というCMや、トップクラスの歌手だった西田佐知子が歌った「菊政宗」のCMなどは、一度聞けば、頭に刷り込まれるものだった。 だが、今、ネットで流れているCMのほとんどはその真逆を言っている。会社や商品を覚えてもらい、購入につなげないといけないのに、不快感しか感じないものが多過ぎるのだ。(CM大賞を受賞するTVCMをアシスタントと考える) 筆者は大手マスコミで経済記者をしていて、その後、独立してフリーのジャーナリストになったが、活動をしている内に、中堅企業の経営者から経営の相談を受けるようになり、コンサルタントの活動が増えて行った。 その1つで、ある日本人なら誰でも毎日のように食べる食品関係の協会の専務理事になり、その商品の広告宣伝を担当するようになった。 その商品は良いものだが、それを考案した会社は、地方の中堅企業で、その分野でも大手だが、日本全体からすれば、地方の中堅企業にしか過ぎず、宣伝代も3億円しか出せないという中で、どうしても、この商品を売りたいと、社長は言った。 テレビ業界はとにかく、金食い虫の業界で、自動車会社が新車を売り出す時の広告宣伝費は50億円、トヨタやNTTの年間の広告宣伝費は1千億円である。 テレビCMは放送局にCMを流すのに、多額の金を払わないといけない。それだけでなく、CMに登場する有名タレントや俳優にもキャラクター料を払い、かつ、CMを制作してもらうので、その製作費もかかる。 有名タレントのキャラクター料金は、7、8千万円はざらで、少し有名になると、1人1億円は超える。野球の大谷のキャラクター料金は年間、今や5億円と言われている。 そんな中で、3億円などという金は僅かな額なのだ。そこで、筆者は広報と宣伝をミックスし、マスコミの記者に無料で記事を書いてもらうように持っていき、それと並行し、効果的にテレビCMを流すという作戦を考えた。 この作戦が功を奏し、この商品は有名になり、その年の流行商品として日経新聞が毎年、12月に紙面で発表する人気商品番付で、東の大関となり、筆者と事務所のスタッフで考えた、CMのコンテは、その年のCM大賞に選ばれた。(実は素人集団、広告代理店や下請けの人達) 筆者は元々、テレビ映像の仕事もしていたので、映像の知識があったが、CM制作は全くの初体験だったので、コンテ作りから、キャラクターの選考まで、広告代理店に依頼せざるを得なかった。 ところが、出て来たCMのコンテは全くダメ、使うCMキャラクターもなんで、この人というような人を広告代理店が推薦して来た。 そこで、筆者の事務所のアシスタントの女性と議論をして、自分たちでCMのコンテを作り、CMに出てもらうタレントも、何人か候補者を出してもらい、その中から、商品のイメージに合う人を選んだ。 そして、CMの撮影にも立ち会った。CM撮影は夜、行われる事が多いが、それにも全部立ち合った。そして、撮影した映像を編集するが、この編集作業にも立ち会い、どんどん注文を出して、CMを完成させていった。 CMに登場する女性タレントの服装にも注文をつけたが、撮影用に服を用意してくる会社の人間と話をしていて、服やファッションにあまり知識がない事を痛感した。 アメリカの有名なファッション雑誌すら、まともに目を通していないのだ。だから、服装も当方が考えている服を言って、それを用意してもらった。 TVCMはすべてで3種類作ったが、この制作過程を経験して、感じたのは、広告代理店は仲介屋で、実際の作業、コンテ作りも、編集作業も専門の下請け業者がする。 この作業を広告代理店経由でやっていると、話が通じないので、直に下請けの企画立案会社や、編集会社の人と話をして、細部を決めていく事にした。 その作業を通して感じたのは、広告代理店の人は広告宣伝のプロだと自認しているが、実は皮膚感覚がなく、庶民から遊離した人が多いのだという事だった。 だから、テレビでも、ネットでも広告代理店任せにしてしまうと、とんでもないCMが出来上がってしまうのだ。 かつて、サントリーの広告宣伝部に、開高健、柳原良平、山口瞳と、後にそれぞれに独立し、有名になる人が在籍し、サラリーマンとして活動していたが、この時代のサントリーのCMが光り輝いていたのは、プロが存在していたからで、広告代理店の力ではないのだという事を自分でTVCMを作ってみて、わかった。 だから、今、8、9割のネットCMは本当にどうしようもないと思うが、中には僅かだが、広告を打つ企業側がしっかりしている人がいるなと思わせるものも存在する。 企業も金をかけてCMを打つ以上、もっと勉強しろと強く言いたい。
2026.07.17
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(何故、橋本愛が主役なのか、理解できない) テレビドラマでの夫婦役での共演で、女優の橋本愛が夫役の佐藤二朗にセクハラをされたと訴えていると週刊文春が報じ、それがネットでも大きな議論になっているが、最近の女性タレントや女優の顔を見ると、どうしてこんな人が主役を務めるのと、疑問に思う事が少なくない。 筆者はもう、10年以上、テレビを見ていないので、最近の若い俳優やタレントは名前を聞いても、知らない人が多いが、顔を見れば、少なくても、その人がどんな性格で、どんな人生を過ごして来たかは概ねわかる。 断っておくが、筆者は占いや、骨相学を勉強した訳ではない。でも、長年の記者生活で多くの企業人、政治家、官僚、一般の人と接して来た上、仕事で、13年にわたり、大手企業の新卒採用の業務を受託し、毎年、3千人以上の学生と接して来た経験で、1人の人と15分以上、話をし、その人の話の内容、表情、論理構成などから、その人が、AからFまでのランクで、どこに位置付けられるかや、性格の良さ、悪かは95%以上、理解できる。 そういう視点に立つと、今回の佐藤二朗氏とのトラブルを抜きにして、この橋本愛という人が、どうして主役を得ているのか、全く理解できない。橋本愛のドラマや出演しているテレビは全く見たことがないが、筆者の基準で言えば、少なくても主役を演じる顔ではないどころか、主要な役で表舞台に出てはいけない顔である。 橋本愛に限らず、映画、テレビに出て来る人、特に、女性で、どうしてこの人がこれだけもてはやされるか、とても理解できない人は少なくない。その人の個人情報抜きで、顔や表情だけからでも、絶対に付き合いたくないと思う人が、女優やタレントとして、結構、人気がある人物が結構いる。(武井咲の地下鉄ポスター事件) もう、10年以上前の話だが、東京の地下鉄、営団地下鉄のポスターに武井咲が使われていた事がある。彼女が売り出し始めて来た頃の事である。そして、彼女の件で、小さな事件が起きた。 地下鉄の東西線から千代田線へ乗り越える御茶ノ水駅の地下通路に、武井咲の大きなポスターが貼られていたが、誰が書いたか知らないが、彼女のポスターの目の部分が黒く塗られ、そこに、「この目が怖い」と書き込みがあったのだ。 この通路は多くのサラリーマン、学生が通る場所で、書き込みがあったポスターがしばらく貼られていたので、通行者の間では、しばし、話題になっていた。 武井咲は、一般標準から言えば、美人である事は間違いない。そして、売り出し中の状態で、この書き込みがあったのだ。それを見た人たちの間での会話は、「人は良く見ているんですね」というものだった。 美人だけど、性格が悪いとか、かつて、バンを張っていたというような人に共通している事は、目が鋭いのだ。 テレビのバラエティ番組などで、女優やタレントが何人も登場する事があるが、テレビのカメラが出場者をパンしていく時(業界用語で、すっとなめて映していく時)に、自分がカメラに映った事がわかった瞬間に、それまで、鋭い眼光でいた女優が、途端に笑顔になるというようなことがよくある。 筆者自身の体験だが、宝塚出身の女優、壇れいがまさにそんな人だった。壇れいについては、筆者は興味もないので、個人的な事はほとんど知らない。宝塚で女役でトップスターから、女優に転じたという事と、テレビドラマ、「相棒」で水谷豊の相棒の一人、及川光博と結婚し、短期間で離婚した事くらいしか知らない。 でも、筆者は、及川が何故、彼女と結婚したのか、不思議に思ったし、短期間で離婚と聞いて、そうだろうなと思った。また、上に書いた番組で、テレビのカメラが自分を映している事がわかった瞬間、表情を笑顔に変えた彼女を見て、そうだろうなと思った。(悪評、ふんぷんだった本田真凜) 一定年齢になったら、自分の顔に責任を持てという事は、よく言われる。その人の生き様、性格、普段の行動様式などが顔に出て来るというものだ。男性も女性もそうだが、特に女性は、その表れ方が顕著である。 フィギャースケート選手で、本田真凜という女性がいる。数年前の事だが、浅田真央が引退し、スケート連盟は次の女性のエースとして、本田真凜を売り出そうと考え、各テレビ局に、彼女を特集する番組を作ってくれるように依頼した。 そして、いくつかの局が取材、撮影を始め、現実に、そのいくつかが放送されたが、本田の言動があまりにもひどく、わがままだったので、現場スタッフからクレームが相次ぎ、その企画そのものが、途中で、ポシャってしまったという。 当時の本田は、本当に性格が悪いというのが、顔の全面に出ていたし、見ているだけに不快になる感じの選手だった。 その本田真凜が、その後、宇野昌磨と付き合いだし、一緒にアイスダンスをするということで、ペアでも練習の様子の映像がネットでも、時折流れる。宇野選手の評判も悪くないし、ポスト羽生で頑張っていたので、意外な感じだが、何か感じるものがあったのだろうか。(今でも不思議な羽生結弦の結婚) フィギャースケートの選手と言えば、かつては一世を風靡し、トップスターだった羽生結弦がバイオリニストの末延麻裕子と結婚して、本当に短期間で離婚したという話があった。 羽生が末延と結婚したとテレビで報道され、彼女の写真が出て来た時、多くの人がそうであったと思うが、筆者も「どうして、羽生がこの人と」いうのが、第一印象だった。 羽生と結婚という事になって、彼女の過去の写真が多く、ネットなどで露出したが、失礼ながら、1つとして、良いと思えるもの、魅力を感じるものがなかった。美醜の問題ではない。筆者の個人の独断と偏見で言わせてもらえば、何にも、魅力に感じる点がないのだ。というか、性格の悪さがにじみ出ている顔なのだ。 上に書いた武井咲や檀れいなどは、かつて番を張っていたと言われたら、そうだろうと思うが、少なくても美形だし、好きになる人も一定数いるとは思う。現に武井咲はさっさと結婚し、子供を3人も作っている。 相撲の貴乃花と結婚した河野景子は、性格の悪さが顔に出ているが、美人である事は間違いない。貴乃花の宮沢りえとの破局の心の隙間を狙って、結婚に持ち込んだと言われているが、親方夫人の仕事は全くせず、離婚したが、今は、息子まで話題作りに活用して、しっかり生きているようだ。 最近は芸能活動を控えているという事で、露出が減っている桐谷美玲も、目は鋭く、事実かどうかは知らないが、かつて番を張っていたという事を聞いたら、そうだろうなと感じる。でも、それはそれとして、人を引き付ける、別の魅力はある。末延にはそれが全くないのだ。 子供の頃から、スポーツばかりをしてきて、女性と付き合う機会や時間がなかったのかも知れないが、日本だけでなく、ロシアなど外国の女性選手にも大いに人気があった羽生がどうして、彼女なのと思わせる相手ではあった。 宇野が本田と付き合っているという話が出た時、筆者などは嘘だろうと思ったが、アイスダンスでペアを組むという事にもなったので、付き合っている事自体は本当なのだろうが、他人事ながら。大丈夫なのかと思う。 この間、タクシーに乗っていたら、座席についている小型のテレビに橋本環奈の映像が映った。上にも書いたように、もう10年以上、テレビも見ていないので、橋本環奈は名前くらいしか知らなかったが、少なくても、筆者は個人的に知り合いになりたくない顔である。
2026.07.14
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(真偽、入り混じるネットの情報) ネットでの話は、マスコミが報道していない真実を鋭く説明する貴重な発信もあれば、とんでもない嘘も少なくない。 ネットを見ていると、「大谷が逆転ホームランを打った」という話とか、芸能人の誰が離婚したとか、結婚したという話で、大ウソの事が少なくなく、そうした情報を見た時は、筆者は必ず、真偽をチェックする。 また、日本が世界で信頼され、頼りにされているという、「日本褒め」のネットチャンネルで、平気で嘘を書く人も少なくない。トヨタが工場を建設して、その国が大きく経済発展したなどという話に出くわすと、筆者はトヨタのホームページで確認する。これで、大ウソがわかる。 無責任なネットの発言を取り締まるべきだという声も一部にあるが、ネットの良さは、嘘も真実も混在で配信される事で、それを見る人たちが、真偽を見極める目を養う事が出来るという事だと思う。 つまり、新聞、テレビも含め、世の中で流されている情報の7割は嘘か誇張されたもので、そのまま信用してはいけないという事がネットの普及で一般の人に定着しつつあるということである。 そして、ネットの配信だけでなく、テレビや新聞、更に週刊誌などのいわゆる大手マスコミも含めて、今の時代、「この報道はおかしい」と一般の人が冷静に見極める力を持ちつつある事で、それはとても喜ばしい事だと筆者は感じる。 最近の例で言えば、髙市首相の事務所のスタッフがネットで、ライバルを貶める配信をしたという話は、ほとんど嘘だと多くの国民がわかり始めた。 直近の話では、週刊文春が書いた、テレビドラマでの夫婦役で出演していた女優、橋本愛が、夫役の男優、佐藤二朗にセクハラされたと訴えているという話に対するネットの反応は、この話をした橋本が共産党員で、元々おかしな人だったという話になりつつあり、更に、この話を大々的に取り上げた週刊文春が大間違いだという声が大勢となりつつあるし、この週刊誌報道に過剰反応したフジテレビはあまりにもお粗末という事になって来ている。 中には文春廃刊論まで出て来ている。様々な問題で世の中をかき回して来た文芸春秋社が、今は雑誌が売れなくなり、中国共産党から資金援助を受けて売国的な動きまでしているというような話になって来て、下手すれば会社が傾きかねなくなってきている。(罪が重い、青山氏のロシア敗戦の話) 前置きが長くなったが、ネットで自民党の参議院議員の青山繁晴氏が2週間ほど前に、「プーチン大統領、まさかの敗戦へ」と題する自身のネット配信で語った事が、静かな議論になっている。 知っている人が多いと思うが、青山氏は共同通信の記者上がりで、今は自民党の参議院議員になっている。筆者は青山氏のネット配信の功績は、国会の表の議論ではなく、実質的に政策や方針、法律が決まっていくのは、自民党の部会での議論であるという事を示し、そこでのやりとりを説明している事で、政治の裏舞台を解説している事だと思う。 筆者もその内容をよく見るが、青山氏は、自分はアメリカ軍の司令官とも親しく、アメリカの軍や政府幹部などから、普通の人が手に入れる事ができない情報を得ているというトーンで話をする事が少なくなく、それは、結構、鼻についていた。 ただ、筆者も長年、大手マスコミで記者をしていたので、彼のこうした癖は記者にはよくある自慢話で、割り引いて受け止めれば良いといつも思って聞いているが、今回の「ロシアがウクライナ戦争で敗戦する」というタイトルとその中身の話はあまりにひどく、かつ、無責任であると思う。 イラン戦争もウクライナ戦争も、大手マスコミでもネットでも、どちらが有利か、今の戦況はどうなっているのかという話は、話す人によって、大きく異なる。 イラン戦争について言えば、「ついに、イランは崩壊する」と解説する人もいれば、「アメリカ、トランプが大失敗」「イスラエルの首相は退陣に追い込まれるのは確実」という人もいて、見方が大きく分かれている。 イラン戦争について言えば、イランは国のトップが暗殺されただけでなく、ミサイル攻撃などで、国土に大きな被害が出ているというのは事実だと思うが、その一方で、イランのドローンやミサイル攻撃でイスラエルの首都などが激しく攻撃されて、大きな被害が出ているという話も、かなり信憑性がある情報のように感じる。 だが、このイスラエルの被害については、マスコミはほとんど報じない。 マスコミだけでなく、ネットでも、たまにイスラエルの被害の話が出るが、直ぐに消されて、知らない人が多い。知っている人も多いと思うが、イスラエル、ユダヤは世界の金融、マスコミ、映画業界に大きな影響力を持っている。だから、イスラエルに不利な情報はマスコミにはまず出ない。(北方領土のせいか、反ロシアの感情が根強い日本の言論空間) 青山氏が「ロシア敗戦」のネット配信をするきっかけになったのは、駐日ウクライナ大使が、日本の国会議員相手に講演をした事で、青山氏はそれを引用しながら、「ロシアはどうしようもない」「ロシアは戦争に負ける」と結論づける話をしているが、内容を聞くと、大いに違和感を覚える。 日本人は、終戦直前にロシアが北方四島を不法に略奪した事を元に、ロシア嫌いの人が多いし、ネットの配信でも、反ロシアのトーンが少なくない。 もっとひどいのは、ロシア専門家として、テレビや新聞、ネットなどに出て来る学者と称する人の話の内容である。少し前までは筑波大学の教授の肩書で、中村氏が反ロシアの話をよくしていた。 中村氏の話は、その後の経緯で、彼が話をしていた事が違ったとわかり、マスコミにあまり出なくなり、今は東大准教授の肩書で、小泉氏という人がよく登場するが、聞いていると、筆者の目からしても、その内容はあまりにもトンチンカンだ。 直近の話では、ネットで「ロシアを知る人ほど、ロシアがウクライナを攻撃するとは思わなかった」という信じられない話をしている。筆者はロシア問題は専門外だが、筆者の見聞きした情報だけでも、「ロシアはウクライナを攻撃するのは常識だった」のである。 ロシア、ウクライナ問題は、歴史のどの時点を起点にして、議論するかで話ががらっと変わって来る。 例えば、クリミアは2014年に、ロシアが攻め込んで占領し、自国領にしてしまった。これを欧米は攻撃するが、ウクライナは元々ロシア領だった。それを、当時のソ連の指導者フルフチョフが、ウクライナ人である妻の誕生日のプレゼントとして、ウクライナ領にしたという経緯がある。 当時は、ウクライナはソ連圏の国で、ソ連領でもウクライナ領でも、大差ないとフルフチョフは考えたのである。そもそも、ロシア人とウクライナ人とは、東京と大阪位の差で、民族も言語も極めて近い。ロシア人とウクライナ人同士で、結婚している人も結構いる。 トルストイやドストエフスキーなどのロシア文学を読めばわかるが、ソ連が革命で誕生する前のロシアは、フランス、ドイツ、イギリスなどと普通に友達、知人として、付き合っていた。今のように変に嫌われたり、警戒されたりはしていないかった。 それが、共産党政府が出来て、その思想が輸出されそうになって、欧州の国には、反ソ連、反ロシアの感情が生まれたのである。 一方、ロシアの立場に立つと、ナポレオンの時と、ヒットラーの時に、フランス、ドイツの軍隊が自国に攻め込んできて、厳しい戦いを強いられた苦い経験がある。だから、自国の外に、防衛のための緩衝地帯を設けたかったのである。それがソ連時代の東欧であった。(約束を破り旧東欧諸国をNATOに加盟させた欧米) ソ連が行き詰まり、崩壊した時、アメリカとソ連が協議をして、アメリカ側の政府高官は、旧東欧の国は、NATOに加盟させないと約束した。これは公然の事実である。 しかし、アメリカ、欧州はこの約束を破って、旧東欧の諸国を次々にNATOに加盟させていった。それでも、ロシアは我慢した。その我慢が限界に来たのが、ウクライナ問題だったのだ。 民族的にも、言語的にも極めて近いウクライナをEUやNATOに加盟させる動きを欧米がするようになり、今は武器も資金も欧州がウクライナに援助するようになって来て、ロシアは我慢の限界を超えたのである。 更に、親ロシアの政権だったウクライナで、アメリカの政府の高官が、工作をして、打倒し、親欧米政権を誕生させた。そして、この親欧米の政権がウクライナ東部に多く存在するロシア人の弾圧、虐殺を始めたのだ。 プーチンは、これに対して、何回も警告を発したが、その動きが止まる事がなかったので、2022年にウクライナに侵攻したのである。ロシア系住民からの「助けて欲しい」という声に応えたのだ。 だから、プーチンは「特別軍事作戦」という言葉を使ったのだ。戦争の目的をロシア系住民の保護に限定し、キエフ(今のキーウ)など東部に戦線を拡大させないと決めていた。 しかし、欧州の援助でウクライナが思ったり抵抗を続けるので、ロシア内部には、もう「特別軍事作戦」を止めて、本格的に戦争をして、必要なら、核兵器さえ使うべきという声まで出て来ている。 公表されていないが、プーチンの頭の中には、いつまでという時期と、欧州諸国の対応次第で、どういう作戦に切り替えるという図式が出来ていると専門家はみている。その一環で、最近は首都を爆撃しだしたのだ。 元々、ウクライナはレーニン、スターリン時代に、人工的に作られた国である。西部地区は旧ポーランド王国など、西欧の文化、習慣に接してきた人達中心の地域だが、東部は元々ロシア領で、ロシア人が住んでいた地区を、1つの国にして、西側の人間がソ連に反抗をしないようにして、出来上がった国なのである。 そうした歴史的な経緯を抜きに、ロシアが一方的にウクライナに攻め込んだという話は全く違う。 欧米の人間、特にマスコミや、欧州にいるグローバリストの人達はプーチンが嫌いだ。何年か前に、アメリカの有力雑誌が表紙にプーチンを描いた。この時のプーチンの絵は、牙を生やさせ、悪魔として描いたのだ。 何故、そうしたか。ソ連が崩壊し、当時の無能だった指導者エリティンから、アメリカにいるユダヤ人、および、ロシア在住のユダヤ人達は、ロシアの石油や天然ガスなどの資産を略奪し、その3分の1から、半分を強奪したと言われている。 その結果、ロシアの年金制度、保険制度が崩壊し、国全体の平均寿命が10歳以上短くなった。生活に困窮し、病院にも行けなくなったのだ。 その奪われた資産の多くを取り戻したのが、プーチンだったのだ。だから、ロシア国民のプーチン支持が高いのだ。彼は国を守った救国の指導者だったからだ。 ユダヤ人側からすれば、一度奪ったものを取り返されたので、腹が立つ。だから、プーチンを悪魔と描くのだ。(ロシア兵が50万人死亡、ガソリン不足で国民が大変という嘘) 青山繁晴氏の話に戻すと、その話の根拠は、駐日ウクライナ大使から聞いた話がほとんどである。ネットで、ウクライナ人で、ウクライナ戦争を中心に配信をしている人がいるし、防衛問題に比較的強いと言われる配信者も、いつも、ウクライナ有利に描き、ロシアが苦戦しているとか、負けていると描いている。 ウクライナ戦争でロシア人の戦死者は50万人だと、青山氏は、駐日大使の話を元に、ネットで話をしている。しかし、これは論理的にあり得ない話だ。 ロシアはウクライナ戦争は志願兵で戦っている。徴兵はしていない。50万人の死者が出れば、徴兵などしないと、戦線が保つことが出来ない。少し考えれば、わかる事だ。一方のウクライナは徴兵になっていて、軍隊に入りたくない人間を無理やり捕らえて、軍隊に入隊させるという様子を描いたネット画像まで出ている。 ウクライナ戦争では、ウクライナ人とロシア人の死者は、ウクライナ人の死者の方が何倍も多いというのが一般常識である。今の時代、衛星で墓も映し出される。ウクライナで死者が多く、新規の墓が急増しているという話は、衛星画像から言われているが、ロシアにはそんな話はない。 また、青山氏は駐日大使の話を元に、ロシアで原油価格が高騰し、給油も1回20リットルしかできないと話をしている。こうした話に対して、日本人でロシアに住み、一般国民の目線で情報を発信しているニキータさんは、「一部の人のガソリンの買い占めなどの動きはあったが、一般国民はほとんど困っていなくて、普通の生活をしている」と話している。 ウクライナ戦争の終わりについて、アメリカン人で退役軍人で、冷静に戦争を分析している人や、アメリカのミアシャイマー教授などの世界情勢の分析をしている人は「戦争は実質ロシアの勝利で、年内には終わる」と語っている。 ウクライナ戦争が始まり、欧米の経済制裁で、ロシア国民が生活に困窮しているという事がよく言われた数年前、当時、FOXニュースのキャスターを務めていたタッカー・カールソンは、スタッフ数人に、ロシアに行かせ、国民目線で、日々の生活はどうなっているかを取材させた。 結果は、ロシア国民は普通の生活をしていて、物資などに困っていないという事がわかり、彼はそれをテレビで放送した。こうした行動がタッカー・カールソンがFOXを解雇された原因の1つと言われている。 同じマスコミ出身者でも、カールソンと青山繁晴の違いは大きい。青山氏は今、環境副大臣である。つまり、単に議員であるだけでなく、日本政府の一員である。こうした立場をもっと理解し、その発言はもっと慎重になるべきではないか。 今回の彼の「ロシアが負ける」という配信は今後の対ロシアの日本政府の行動に大きな影響を与える恐れさえあるし、青山氏を信じる人も少なくないので、本当に愚かで、お粗末な配信だと筆者は思う。(地政学的にも、日本はロシアとの関係を深めるべき) ロシアについては、地政学的に、対中国という日本の国家戦略の観点から、これまでの日本の基本方針を見直す時期に来ていると、筆者は考える。 ロシアと中国は長い国境線を持つ隣国として、地勢学的には仲が悪い。現実に国境紛争を何回も起こしている。日本はこれを利用して、敵の敵は味方の観点から、もっと、対ロシアの長期的な国家戦略を考えるべきである。 少なくても、ロシアを中国にすり寄るような行動をさせるような、今の日本の対ロシア外交はあり得ない事である。 ロシアはエネルギー大国でありながら、領土が広く、資源開発も国家開発もまだまだ不十分である。だから、潜在的に技術と金を持つ日本に協力をお願いしたいというニーズをロシアは持っている。これがわかるから、安倍元首相はプーチンとの対話を何回も試みたのだ。 在米の評論家である伊藤寛氏ではないが、プーチンは戦後の世界のリーダーの中で、数少ない優秀な人物で、深い洞察力を持つリーダーである。長期のスパンでものを考え、協力関係を形成すべ相手であると考える。 筆者は大手マスコミに経済記者として所属していた時、当時の東商会頭の永野重雄氏を団長とする日本の大企業の経営者6、70人の大ミッションが当時のソ連を訪問する一行の随行取材で、ソ連に1週間滞在をした経験がある。 当時のソ連は末期で、経済的にも困窮していて、当時のトップは永野氏に対して率直に「ソ連は経済的に困窮していて、ヨーロッパロシアにしか手が回らない。アジアロシアは日本に開発をお願いしたいくらいだ。シベリアの開発は全部任せても良いという位に思っている」と語った。 これを聞いた永野氏は、北方四島だけでなく、サハリン、シベリアまで日本が実効支配できるチャンスと思い、帰国後、日本政府首脳に語りかけたが、日本は政治家も官僚もそれに乗ろうとしなかった。永野氏だけでなく、筆者も本当に長期ビジョンを持たない日本政府首脳にがっかりしたのを覚えている。 戦後の日本の政治家は、いざという時の決断が本当にできなかった。佐藤栄作首相の時代に、アメリカのニクソン大統領は、日本に核武装を促した。まずは在日米軍の核の管理・運用を日本に任せ、慣れたら、独自に核開発をしろという提案で、二度にわたって言ったという。 だが、佐藤元首相は「そんな事をしたら、政権が吹っ飛んでしまう」と考え、これを断り、ニクソンはキッシンジャーの勧めもあって、米中国交を結ぶ。佐藤元首相がニクソンの提案に乗っていたら、今の東アジアの景色は大きく変わっていただろう。 対ロシアでは、今からでも遅くはない。これからでも良いから、日本とロシアの間で、信頼関係を構築し、経済・技術協力をしていけば、極東ロシアは日本人が自由に行き来できる時代が来ると筆者は考える。 最近出た本で、ソ連が日本の北方四島を占領したのは、アメリカのアイデアと軍事的な支援で行われたものだったという事が描かれている。ロシアだけを敵視する従来の見方を変えないといけない。 たった1週間だったが、ソ連滞在で、多くのロシア人に会い、話をしたが、基本的にロシア人は誠実で、人懐っこく、親切な人達が多かった。 また、深夜運航のバスの運転手や、深夜走る夜行列車の車掌に女性が普通に働いていて、女性の労働進出など、今と比べものにならない程進んでいなかった日本と比較して、旧ソ連は本当に男女平等を実践していると感じた。 日本からの技術援助、資金援助で、日本とロシアの関係は大きく発展する。それは日本にとって色々な意味で、大きな役割を果たすと筆者は考える。そうした事を考える時、今回の青山繁晴氏のネット配信は、大きな足かせになる恐れさえあると思う。
2026.07.08
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(人事の世界では常識、2・6・2の法則) 人事を少しかじった人なら知っている事だが、人事の世界では2・6・2の法則というのがある。 最初の2は自分の頭で考え、行動する人ーーつまり、リーダーになれる人。真ん中の6は大勢に従って行動しようとする人ーー一般大衆という感じの人達。最後の2は世界の趨勢や大勢を気にせず、否、ついていけずに、逆に他の人の迷惑になったり、全体の足を引っ張る人達。 この2・6・2の法則というのは、いつの時代でも、どこの国でも、また、様々な集団でも、ほぼ当てはまる原理原則だというのだ。 2・6・2の法則は、時として、2・8の法則とも言う。最初の2はそのままで、次の6と2を合わせて、8とし、上のリーダーについて行く人が8いるという感じの言い方である。 2・6・2は全体を10として考えているが、全体を100とすると、20・60・20になる。そして、これを少し分解すると、最初の20は5と15に分けられる。また、最後の20も、15と5に分けられる。 10人の内、2人がリーダーというと、そんなにリーダーは多いかと疑問に思う人もいると思うが、100ベースで考えると、5人がリーダーで、次の15人は5人のリーダーの言う事を理解して、それをサポートし、応援、支持する人達というと、納得が行くかも知れない。 そして、最後の20も、全体の足を引っ張り、悪影響を与えるのは20の内、5人で、その他の15人は、超悪の5に影響され、それに引っ張られる人達というように言われると、納得ができるかも知れない。 これは学校での評価でも通用していて、相対評価の評価の仕方だと、通信簿で、5の評価の人が100人中、5人。4の評価の人が15人、3の評価の人が60人、2の評価の人が15人、最後の1の評価の人が5人という事になる。 まあ、学校の通信簿の点数は、教師の言われた事をそのまま暗記し、答案用紙に書けば、5とかAの評価をくれる教師が多い日本では、5やAの評価がついたとしても、本当にリーダーの資質があるかどうかは別だが、大まかな考え方としては理解していただけると思う。(ワクチンを接種しなかった人は、70歳代で5%) そして、この100人中、自分の頭で考え、事実関係を検索し、行動する人が5人しかいなかったというのは、2019年から始まったコロナ騒動でのワクチン接種をした人、しなかった人の数字で、如実に示された。 騒動当時、筆者と同じ70歳代の人で、RNAワクチンを打つ人がどれだけいるかという事を、筆者は関心を持ってみていたが、ワクチンを打たなかった人は全体の5%だった。 若い世代と、筆者達の世代では、世の中の出来事や、体験がかなり違う。筆者の世代では、自分たちが知識や意識を持ち出した頃から、公害事件がいくつもあり、多くの人が死んだり、病気になったりしたのを見聞きして育った。 工場から出される廃液で健康被害に苦しむ人が多く出たし、光化学スモッグで、東京で通学途中の小学生が倒れるなどの事件もあった。森永の粉ミルクが原因で健康被害に苦しむ乳児が多く出た。また、スモンなどの薬害事件も多く発生し、それらの事を体験して来た世代である。 筆者は小中高と東京の学校に通ったが、高校時代で、晴れた日に太陽の輪郭が見えず、太陽はボーとしたものだった。工場から出される排煙で、空が汚れ、太陽が輪郭さえ見えないという事を体験した世代である。隅田川は川の水が真っ黒で、異臭を放っていた。 当然、健康被害については、注意し、政府の言う事、やる事は注意深く観察しないといけない事をいくつも体験して来た世代が、世界初で、10年後、20年後の副作用がまだ、はっきりしていないRNAワクチンについて、95%の人が政府の言う通り、接種したのである。 情報が全くなかった訳ではない。ネットやAbemaTVなどでは、何人かの専門家が、10年後、20年後の副作用がわかっていないという注意を喚起していたので、筆者もその話をいくつも聞いた。 ネットの話は、事実も嘘もある。玉石混交である。しかし、話をする人の論理、論拠を聞けば、説得力があるか、一方的な話をしているかは、直ぐにわかる。反対している人の話に説得力を感じ、筆者はコロナワクチンを打たないと決めた。 そして、親戚や友人で、意見を聞いて来た人には、打たない方が良いと答えた。友人、知人でも質問をして来ない人には、自分から意見を言う事はしなかった。 専門家でない筆者には判断材料がないから、自分から他人を説得するデータはない。しかし、尋ねて来た人には、「打った方が良いというデータがない。危険な事は近づかない方が良い」と答えた。 筆者の妻はずっと透析をしている患者で、週に3日間は、1日5時間病院のベッドに括りつけの状態で、こういう人たちは、病院から半強制的にワクチンを打つように言われ、接種した人がほとんどだった。 妻に聞かれた筆者はワクチンは危険だと妻に言った。そして、病院が納得しないようなら、筆者が病院の責任者と話をすると言ったが、妻はコロナ騒動の少し前に心臓の手術を受けていたので、手術をした大学教授の主治医からワクチンは打たないように言われていると、嘘も方便で言ったら、病院は了承してくれたという事で、筆者が病院関係者と話をするまでもなく、妻もワクチンは打たずに済んだ。 その代わり、多くの国で、ワクチンのかかった時の特効薬として、使われている薬、イベルメクチンを通販で手に入れ、手元に置いた。そして、現実に、家を訪ねて来たコロナ患者に、コロナを移され、39度の高熱を出したが、イベルメクチンを飲んで、半日で回復した。(世界でダントツにワクチンを打ち、被害も最大の国家になった日本) ワクチン騒動が一段落して、その後の色々なデータが出て来たが、ワクチンに一番熱心で、一般の人の行動にも様々な制限をした国は、ニュージーランド、イタリア、イスラエルなどの国だった。 これらの国の内、ニュージーランドとイタリアは、ワクチンを推進し、一般国民の行動にも大きく制限を加えた政権は倒れ、首相が交代した。イタリアの新首相になったメローニ氏は就任演説で、自分以前の政権のやったコロナ対応はすべてが間違いだったとまで言った。 イスラエルでは、学校登校や電車の乗降にもワクチン接種を義務付けたが、多くの人がワクチンに副作用を感じ、おかしいと言い出して、政府はワクチン接種の義務付けを自然消滅のようになくした。 これに対して、日本では、副作用がひどいので、ワクチンを打つ人の割合は回数が増えるとともに減って行ったが、政府のワクチン推進という方針はそのままで、結果として、世界でダントツにワクチンを接種した国になった。 そして、これも世界でダントツに、ワクチンの副作用で苦しむ人、ワクチンで死亡する人が多い国になった。 何故、そうなったか。理由は簡単である。WHO(世界保健機構)がワクチンを推進したからである。日本の役人は、自分たちで判断をどうしようかと迷う案件があると、世界の機関がどういう判断をしているかを直ぐに見て、それに従う。 理由は簡単で、「世界的な権威がそう言っているので、我々はそれに従った。(だから、自分たちに責任はない)」というスタンスで、責任逃れをする習癖がある。それが役人である。 でも、そのWHOは今や世界的な製薬会社や、それを支援する団体から多額の援助金を受け取り、製薬会社の言いなりの集団になっている。それを知っていて、「世界の権威が推奨しているから、我々は、それに従った」という事で責任逃れるをしているのだ。 評論家の森永卓郎氏は数年前に亡くなったが、彼は3回目のワクチンを打った直後に体調に異変を感じ、程なくして、末期がんと宣告されて死亡した。彼のように、東大を出てエリートとして活動し、評論でも良いことを結構言っていた人が、「何故、ワクチンを3回も打ったのか」と筆者は素朴に疑問に思う。 政治や経済は詳しいが、医療の事は詳しくなかったのかも知れない。でも、自分が詳しくないなら、少し調べたり、専門家の意見を聞けば、いくらでも話は聞けたと思うが、忙しくて、その時間がなかったのか。不思議である。(トンチンカンな事を言ういわゆる専門家) 筆者はもう10年以上テレビは見ていないし、新聞もとるのを止めて10年以上になる。ただ、ネットで、テレビや新聞の報道内容は見る事ができるので、新聞、テレビが何を報道しているかは知る事が出来る。 ネットもそうだが、何故、この人の話が大きく取り上げられているのかと、疑問に思う人は少なくない。言っている話がめちゃくちゃで、論理もなにもなく、非論理で話をしている人が少なくない。 ただ、テレビの仕事に結構関係して来た筆者からすると、テレビ局の論理は理解できる。テレビ屋は、出演者の話が論理的に優れているかなどはどうでも良いのだ。彼らからすると、飛んでも理論でも、大きく反発されようが、話題になり、反響が大きければ、その人間を出した事は成功なのだ。 でも、一般の人はそのテレビ屋の論理を知らない。テレビに出ているだけで、この人は評価されているのかとか、権威なのかと思ってしまう人が少なくない。これが、まさに、2・6・2の法則で、自分の頭で考え、判断する人は全体の5%しかいないのだ。 今、戦争を続行中のウクライナ戦争も、イラン戦争もそうだ。韻文、テレビ、ネットでも、勝ち負け、評価については、人によって全く異なる。ウクライナ戦争でも、ウクライナの肩を持つ評論家や、ネット動画は本当に多い。 筆者は別にロシアは好きでも嫌いでもないが、ロシア専門家と言われて、テレビによく出て来る人は、何故か反ロシアの人が多い。かつての筑波大教授の中村氏もそうだし、今、テレビでもネットでも頻繁に登場する東大准教授の小泉氏なども、徹底した反ロの立場である。 それが当たっていれば良いが、彼らの解説を聞くと、本当にロシアを専門として、勉強したのかとさえ、感じられる程だ。 筆者はロシアの専門家でも何でもないし、ロシアには旧ソ連時代に、大手マスコミの記者として、1週間、モスクワ、レニングラード(今のサンクトペテルブルグ)に滞在し、多くのロシア人と接した位だが、日本のロシア専門家の話は、何か違う国の話をしているように感じられる。 イラン問題もそうだ。解説が違うなと感じる人があまりにも多い。ウクライナ問題も、イラン問題もそうだが、歴史的な経緯をよく調べ、ロシア人やイラン人が歴史的に何を考え、行動して来たかを知っている人と、そうでない人では、言っている事が全く違うし、説得力が大きく違う。 ことわざに、「愚者は体験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉あるが、トップ5%の人は、これを理解し、行動でも、これに従っている人が多いと感じる。
2026.06.29
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(フリージャーナリストからコンサルタントに) もう大分前の現役時代の話だが、筆者は体重100キロから、3か月程で、75キロまで、25キロ痩せた経験がある。自分の努力でだ。 当時、大手マスコミの経済記者を辞め、外資系の証券会社の調査部の部長職を経て、フリーのジャーナリストとして独立した。筆者の専門分野は外資系企業、人事、それに企業の規模は小さいながら、その分野で日本一、世界一のオンリーワン企業だった。 オンリーワン企業では、当時、全くと言って良い程、無名だった100円ショップのダイソーや、山田養蜂場なども広島、岡山の本社に行って取材をし、社長にもインタビューをした経験がある。 人事は、日本の大手企業が従来の終身雇用、年功序列型の人事制度から実力主義に変わりつつあった事を知り、多くの日本を代表する企業を人事制度改革から見るという経験をしたので、記者には珍しく人事の専門家になったのである。 こうした企業を取材して本や雑誌の記事を書く内に、取材対象の企業の経営者から相談を受けるようになり、アドバイスをする中で、ジャーナリストの仕事よりも、コンサルタントの仕事が増えて行った。 そのコンサルタントの仕事の1つが採用業務である。企業にとって、いかに良い人材を確保するかは、今後の企業の成長に重大な影響があるので、企業は必死である。 どこの会社も人事担当者というのは専門職で、その仕事が長い人が多く、社長や他部門の人は、あまり口を出せずにいるケースが多い。しかし、筆者は記者として、色々な企業を見て来たし、危機状態の会社も何社も取材して来たので、会社がどれだけ大きくても、衰退して倒産していくような話もいくつも見て来ていた。 だから、人事一筋の人とは違う観点で人事、採用を見る事が出来る。こうした事を買ってくれたのか、大阪に本社がある、ある有名企業の系列企業で外資系企業との合弁の会社の新卒採用を全面的に委託されるようになった。 この会社は医療機器の会社で、新卒採用の大学生の仕事は、営業で病院を回る仕事と、後は製品の日本での認可などを厚生省と交渉する部門の担当者であ。前者は文系の学生、後者は理系の院生である。 筆者が採用を担当する前も、それなりに学生は採れていた。それは外資系で実力主義の給料体系だったので、女性でも、少し出来る人なら新卒から3年位で、6、700万円の給料がもらえたし、社内の人間関係も良かったからである。 しかし、会社はより良い人材の採用を求めて、筆者に採用業務を全面的に任せてくれた。具体的には、リクルート系の雑誌やネットでの採用サイトなどにどんな記事を載せるかという企画から始まり、会社説明会の開催をして、企業説明をする事、そして、学生の履歴書であるエントリーシートを受付し、それを審査して面接に呼ぶ審査をする。 そして、面接に呼んだ学生の選考を数時にわたって行い、最終面接に進む学生の絞り込みを行い、最終の社長面接に立ち合い、社長面接の後、誰を採用するかを社長や人事担当の役員、人事部長と話し合いをして決定をし、合格者への連絡を行う。 更に、優秀な学生は複数の企業の内定をもらうので、内定を出しても、辞退していく者が結構いるので、辞退者が出ないように、内定者のフォロー、ケアまで行い、10月の内定式まで、きちんと確保する作業まで行った。 筆者の会社が採用を引き受けて以降、採用する学生のレベルが飛躍的に向上し、それまではマーチ中心の採用だったのが、私立なら早慶、上智クラスでないと、合格できないようになって行った。 関西なら、関学、同志社クラスでないと、入社出来ないようになって行き、理系の学生は旧帝大クラスでないと合格できなくなって行った。 それを数年やる内に、親会社のトップがそれに気が付いて、やがて、親会社の新卒採用まで任されるようになった。(忙しさと運動不足で体重大幅増加) 信頼されて仕事を任されるのは良いが、担当企業の本社が大阪にあるため、採用の仕事が始まる、3年生の秋から内定が出るゴールデンウイーク前後までは、週に東京、大阪を2往復し、大阪では毎回、ホテルに泊まらないといけなかった。 そして、内定者のフォローもあるので、ゴールデンウイーク後も秋までは頻繁に東京、大阪を往復し、1年の内、ほっとして、少し休めるのは、1、2か月位だった。 こんな生活をしていたので、当然、運動不足になるし、週の半分は大阪で担当企業の人事担当者と、その日の採用の模様のチェックや反省などの話のための食事という事で、外食が中心となって、体重はどんどん増えて行った。 そして、それまで、75キロ前後だった体重が数年で、100キロまで増えてしまった。ちなみに身長は176センチである。体重の増加とともに、血圧も増え、上が200,下は100を超え、住まいの近くの医院の医師に「このままだと、死にますよ」と言われる始末となった。 これはいけないと思い、生活の改善を考えたが、東京、大阪の往復はどうしようもない。そこで、筆者がしたのは、まず、食べる量を減らした事である。食べる量を3分の1減らした。肉を3切れ食べていたのなら、2切れにするというように。 次に、一切の間食を止めた。採用業務は朝から夕方までで、拘束時間が長いので、ついついおやつという事になるが、これを一切止めた。3つ目は、家にいて、自炊をする時は、それまで炒めものにはバターを使っていたが、これを止め、油はこめ油に切り替えた。 この3つで3か月で、体重は25キロ減り、もとの75キロに落ちた。 しかし、急激に痩せた事を、当時、筆者の会社で働いていた女性従業員達が気にして、「その急激な痩せは、がんなど病気かも知れないので、病院で検査してください」と真剣に言って来た。(大学病院で全身検査) 体重が減って爽快になり、自覚症状では何も問題はなかったが、そういう事を言われるのは理解できるので、仕方なく、行きつけの医院の医師に頼んで、大学病院の紹介状を書いてもらった。 この医師は開業医をしながら、出身大学の講師も週に1日勤めていたので、その大学に検査を依頼したのだ。この医師と親しい助教授が検査のコディネートをしてくれ、全身の検査をした。内臓は全部、脳波まで測定された。 結果は、どこも問題はなかった。そして、担当してくれた助教授が「胃にピロリ菌がありますが、除去しますか」と聞いてきたので、それもお願いして、薬でピロリ菌の除去も出来た。 これはもう20年近く前の話だが、この体験があるので、今でも体重や血圧などにはケアをしている。忙しくて少し運動不足だったり、食べすぎたりすると、体重は1日に1キロくらい平気で増える。 今は、年金生活で時間があるので、毎日1時間から1時間半は歩いている。また、週末は近くの公営プールに行って、1時間くらい泳いでいる。そして、体重が少し増えると、意識して食べる量を減らしている。 筆者が子供頃は、終戦直後で、日本も貧しく、筆者が行った小学校にプールが出来たのは、小学校6年の時だった。プールができると、教師は25メートルを泳げるかどうか生徒に聞いた。 そして、泳げない生徒に泳法の指導をした。筆者は親戚が千葉の海辺に家があり、小学生の時に、数回行き、見よう見まねで、平泳ぎで100メートルは泳げていたので、指導の対象外だった。 以来、成人しても、泳ぐ機会は何回かあったが、泳ぎはいつも平泳ぎだった。クロールは見よう見まねでして、25メートルは泳げるようになったが、あまり楽しくないので、ずっと泳いでいない。(バタフライのストローク数減らしと、2ビートクロール習得) 独立した後、健康を気にして、機会があると、プールに行って泳いでいたが、ある時、筆者よりもなかり年上の女性がきれいにバタフライを泳いでいるのを見て感心し、当時はまだ、ネットもそれ程発達していなかったので、本を買い、泳法指導のビデオを買って、バタフライに挑戦した。 そして、しばらくして、バタフライでも25メートルが泳げるようになった。最近はネットで水泳の指導をしている映像が多くあるので、それを見て参考にしている。 ただ、バタフライは25メートルは泳げるが、ストローク数が少し多いので、今はこれを減らす努力をし、参考になるネットの映像を見るようにしている。筆者がよく見るネットの泳法指導の1人、Erikaさんによると、バタだと25メートルを5,6ストロークで泳げないといけないという事なので、今は、それに努めている。 ここしばらくの努力で、ストローク回数は少しづつ減りつつある。年齢もあるので、5、6回は無理でも、7、8回位にはしたいと努力中である。そして、これが出来たら、長く放置していたクロールに再度挑戦する予定である。 クロールもネットで色々な人が説明をしているが、筆者は2ビートクロールを身に着けようと思っている。2ビートは元々遠泳のための泳法で、アメリカ人女性がオリンピックで、1500メートルを2ビートクロールで泳いで優勝している。 2ビートクロールは手を左右1回づつかく間に、足も左右1回づつ打つというもので、体への負担は少ない。今年の夏はバタの回数減らしと、2ビートクロールの習得をやり終えたいと思っている。
2026.06.26
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(記者時代からスーパー、百貨店の店回りで、チェックの習慣) 大手マスコミで経済記者をしていた時からの習慣で、筆者は週に2,3回はスーパーや百貨店を訪れ、商品の陳列状況や、何が目玉で、何が話題になっているかなどを見て回っていて、現役の記者を辞めた今も、それは習慣になっている。 記者時代に、他社や自社の同僚記者とこうした話をしても、こうした店回りをしている人はほとんどいなかった。筆者は30歳から大阪勤務となり、当時大阪は大手スーパーが乱立して、競争していたこともあって、ダイエー、ジャスコ、ニチイなどという大手のスーパーは良く取材をし、トップや幹部からも頻繁に話を聞いていたので、色々な事を教わった。 ある時、大手スーパーの食品の加工やパッキングをしている工場を訪ねた時、大量の肉を計量して、パッキングしている場面に出会ったが、係員が時々、機械を止めて、何か計器をいじっているので、何をしているかと聞いた事がある。 そうすると、担当者は同じ肉でも、出す店で単価を変えているのだと教えてくれた。何のためかと聞くと、近くにライバル店がいて、競争が激しい店では単価を安くし、強い競争相手がいない店では、単価を高くするのだと、担当者は教えてくれた。 こうした裏の話だけでなく、何十年と店舗を回っていると、色々な事に気が付く。例えば、少し前に、コンビニで売っている食品の包装容器に入っている個数が減っていて、実際は値上げしているなどと、ネットで話題になったことがあったが、これなどはネットで騒がれる大分前から、筆者は気が付いていた。 かつては一流のイメージがあった雪印の食品が、トラブルを機に、売り場から姿を消した事があった。そして、そのスペースは他社の製品にとって代わられ、大分年数が経った今も、雪印の商品の売り場スペースは小さいままだ。 こうした商品の入れ替わりや、店が何に力を入れて売ろうとしているかなども、店を回れば、よくわかる。 少し前にジャガイモや玉ねぎが値上がりし、大分高くなった事があった。この時、客の様子を見ていると、ほとんどの客が高くなったじゃがいもや、玉ねぎには手を出さず、商品は売れていなかった。そして、しばらくすると、それぞれの商品の値段は元の価格に戻って行った。 消費者はどうしても食べないといけないものでない限り、高くなったものは買わないという行動をとる事で、生産者や店側が値段を元に戻すのを待つという対抗手段をとったのだ。(テレビでも取り上げるようになったサバ缶) 最近、スーパーなどを見て回っていて、気が付くのは、静かにサバの缶詰の売り場が広がっている事だ。そして、サバの缶詰がブームになるとともに、他の魚、イワシやシーチキンなどの缶詰も多く、陳列されるようになって来ている。 筆者はもう何年もテレビを見ていないが、テレビを普段見ている筆者の姉が先日、サバ缶の話をテレビで取り上げていたと教えてくれた。今の時代、ブームが終わる頃になると、やっとテレビが取り上げると皮肉られるくらい時代に追い付いていないテレビ、新聞だが、そのテレビが取り上げだしたという事は結構のブームなのだろう。 サバは良質なたんぱくを摂取できるだけでなく、普通に煮たり焼いたりした場合に捨てるしかない魚の骨も、柔らかく食べる事ができるようになっている。更に、動脈硬化や心筋梗塞の予防に効果のあるEPAやDHAが豊富に含まれていて、特に年配者には、必須と言っても良い食べ物だと専門家は言っている。 そして、生のサバを買って来て、煮たり焼いたりすると、肝心の栄養素が料理の過程で流れだし、もったいないが、缶詰なら、それもないという事だ。 この事は専門家の間では常識だったが、今は多くの人がより健康に注意をし、専門家の話もネットですぐにでも聞けるようになった事で、最近になって、再認識されるようになってきて、静かなブームとなり、それを受けてスーパーなどでは、売り場面積が少しづつ増えて来ているというようだ。 こうした事を受けて、筆者も久しぶりにサバ缶を買って、食べてみた。店頭にならずサバ缶は中国製なら100円を切っている。タイ産だと150位で売っていて、国産なら270円とか、少し高いメーカーなら300円台で陳列されている。 専門家の話を聞くと、サバ缶に玉ねぎを添えて食べるとより効果的だというので、その作り方をして、食べてみた。今は新玉ねぎの季節で、新たまはより効果的だという。 缶詰に入っている魚の身は食べるにしても、缶詰の汁はどうするかと言えば、一緒に食べるという人もいれば、汁だけ加工して、別に食べるという人もいる。ある料理専門家は、サバ缶の汁にお湯を注ぎ、大匙で1杯半くらいに味噌を加えると、魚の臭みが消えて、美味しいみそ汁になると言っていたので、筆者もまねてみた。 確かに味噌で魚の臭みが消え、更にスーパーなどで売っている乾燥わかめにねぎを刻んで入れれば、確かに美味しいみそ汁が出来た。(サバ缶に玉ねぎから、玉ねぎのアップルサイダービネガー漬けに) 新たまが体に良いという専門家の話を聞いたので、新たまに他の料理がないか検索したら、スライスした新たまにリンゴ酢を加えると、体にとても良いと話をしている人がいたので、これも早速実行した。 新たま1個をスライスにして、ボールにいれ、小さじ1、2杯の塩を振って混ぜてから10分くらい置いて、絞った後、瓶に入れ、ひたひたになるくらいリンゴ酢を加えた。 筆者は普通のリンゴ酢ではなく、イタリアから直輸入のアップルサイダービネガーを使っている。ただ、これは業務スーパーにしか売っていない。 少し酢のツンとして匂いがきついので、砂糖を大匙1杯くらい足して、よくかき混ぜ、冷蔵庫で半日置くと、美味しい副菜になる。 別の料理人のネットのサイトを見たら、その人はキャベツを刻んでリンゴ酢をかけて食べるという事を言っていたので、筆者は玉ねぎだけでなく、キャベツもしてみた。少し味が違うが、どちらも、良い副菜にはなった。 イタリアやスペインなどのヨーロッパでは、アップルサイダービネガーは食卓の必需品で、彼らは毎食のように摂っているということだが、筆者はこれまでは、トマトを食べる時に、アップルサイダービネガーとオリーブオイルにハチミツを加えて食べているが、それ以外の食べ方がわからなかったので、玉ねぎ、キャベツのアップルサイダービネガー漬けは良いヒントになった。 スーパーやコンビニの総菜を買って来て食べるのではなく、料理を自分でする事の良い点は、体に良い物をとり、悪い物を極力摂らないという事を自分の注意でできることだが、自分で料理をしていると、これも出来るのでないかとか、こんな組み合わせもできるのではないかと、発想が広がっていき、考える事が楽しくなってくる。(静かなブーム粉末緑茶と大谷効果) サバ缶の静かなブームとともに、最近、スーパーの店頭で気が付いた新しい動きに、粉末緑茶の売り場が広がって来たことがある。 緑茶は体に良い事はわかっているが、急須に入れて飲み、そして、後で茶の出がらしを捨てないといけないという手間、そして、食生活の洋風化とともに、コーヒーや紅茶などは飲んでも、緑茶を飲む人が減っているという現象がある。 そうした事への対策だろうか、粉末の緑茶が売られだしたのだ。紅茶やコーヒーのように、スプーンで粉末緑茶をカップに入れ、お湯か冷水を入れて、そのまま飲むのだ。出がらしの処理は不要だ。1杯分づつスティック状に梱包されて売られている粉末緑茶も出て来た。 緑茶は体に良い事はわかっていたが、ある研究者の話だと、茶の栄養素の7割は出がらしに残っていて、我々が飲むお茶では、栄養の3割しか摂れていないというが、粉末緑茶なら100%栄養がとれる。 この粉末緑茶は色々な会社が出しているが、スーパーの棚を見ると、大谷翔平をCMキャラクターに起用して成功した伊藤園が、いくつもの粉末緑茶を出している。 これまで緑茶を飲む習慣のなかった欧米でも、緑茶や抹茶が飲まれだしたというが、真美子夫人がドジャーズのパレードでペットボトルで伊藤園のお茶を飲んでいる事に対する問い合わせが多く来て、伊藤園のアメリカでは、対応が大変だったという。 勢いのある会社は、次々と新規格を出してくるものだが、伊藤園にとって大谷さまさまなのだろう。伊藤園はタリーズコーヒーも買収して飲食店経営にも手を広げて来ている。 大谷のCMキャラクターの年間料金が3億円から5億円に値上がりした時、それを了解して、商品の売り上げを伸ばしている伊藤園や、ニューバランス、セイコーなどに対して、5億円は高いとして降りた、三菱UFJ銀行とでは、経営陣時代を見る目の差を感じる。
2026.06.25
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(愛子妃の天皇待望論は、外国人とのハーフを次の天皇にする事の容認) 国会で、皇室典範の改正の議論がされているが、左翼と、今や左翼に乗っ取られた大手マスコミは、「愛子天皇待望論がこれだけ強いのに、なぜ、それを無視するのか」と、新聞、テレビ、ネットで、愛子妃を次に天皇にしようとする大キャンペーンを行っている。 ネットでは、秋篠宮、同妃、その息子と娘に対する批判というよりも誹謗、中傷とさえ言える大キャンペーンが行われているし、こうした事に影響されて、新聞、テレビの世論調査でも、「愛子天皇待望論が5割を超える」という報道がされている。 愛子天皇誕生が何を意味するのか、女性天皇と女系天皇の違い、Y遺伝子、X遺伝子の問題など、肝心な、重要情報をほとんど報道しないで、強引に愛子天皇に持っていこうとする左翼、左翼に侵食された大手マスコミ、創価学会などの人達の危険な思惑を、多くの日本人は知らないといけない。 万一、愛子妃が天皇になった場合、若い女性なので、当然、結婚をするが、彼女が中国人、韓国人、黒人などと結婚する事も十分あり得る。その時、中国人や韓国人、黒人男性との間に生まれた子供、つまり、中国人ハーフ、韓国人ハーフ、黒人ハーフの人が次の天皇になる。 こうした外国人ハーフの人、場合によっては、満足に日本語が話せない人を天皇として、日本人は歓迎するのだろうか。「いや、いや、愛子妃が外国人と結婚しようとしたら、今の天皇など周りの人が反対して、させないだろう」という事を言う人もいるが、そんな事は言えない。今の時代、自分の結婚相手を選ぶのは、その人の権利であり、誰と言えどもそれに反対などできないのだ。「極端な話をするな」という人もいるかも知れない。しかし、2千年の歴史を持つ制度を維持するか、破壊するかという事を議論する時には、それが数%でも、危険な要素は取り除かないといけないのだ。(歴代の女性天皇は、結婚も出産も終えた中年女性がつなぎとして就任) 日本の歴代の天皇で、女性天皇は10代いた。2度天皇になった女性もいるので、人数にすると8人である。これは女性天皇であり、女系天皇ではない。 日本史上、最初の女性天皇は推古天皇だが、彼女は天皇の娘であり、かつ、後に天皇になる男性と結婚して、皇后になった後に、中年になって、天皇の地位についている。 何故、そうなったかと言えば、複数の候補者がいる中、当時、大きな権力を持っていた蘇我氏が有力候補の人の天皇就任に猛反対をしたり、彼らが反対する人が天皇になったら、暗殺するなどして、天皇の地位が宙に浮いてしまったからである。 天皇の娘であり、天皇の妃、つまり、皇后である人に蘇我氏も反対できなかったから、女性天皇が誕生したのである。つまり、苦肉の策として、いわば、つなぎとして、女性天皇が誕生したのである。 次に有名な女性天皇である持統天皇は、父親が天智天皇であり、夫は天武天皇であった。そして、天武天皇が亡くなった後、やはり、後継問題でもめ、つなぎとして、皇后が天皇になったのである。 これら女性天皇の特徴は、結婚もし、子供の産んで、中年以降に、後継者問題で揉めた時に、つなぎとして、天皇についたものであり、愛子妃のように若くて、これから結婚するというような人は女性天皇になってはいないのだ。 今の日本の教科書では、大化の改新は中大兄皇子が中臣鎌足と協力して、蘇我氏を滅ぼして成し遂げたと書いているが、事実は、中大兄皇子が天智天皇となって始めた大化の改新は、弟で後に天皇になる天武天皇が引き継いだ。 そして、天武天皇の皇后であった持統天皇を2代の天皇が行って来た改革を受け継ぎ、3代の天皇で行われたのが大化の改新なのである。これだけの時間をかけたので、後の日本を決定づける改革が行われたのである。 愛子妃のように、若く、これから結婚するであろう女性が天皇についたら、様々な問題が発生するのは火を見るよりも明らかだが、マスコミも左翼もそうした事は一切触れない。 理由は簡単だ。彼らのやろうとしている事は、2千年続いてきた制度を破壊する事なのだからである。(11宮家廃止はGHQが日本の天皇制を破壊するためにした事) DNAなど今の科学的な事がわかっていなかった時代に、男系男子で2千年の歴史を続けて来た事はすごい事である。人間はX遺伝子とY遺伝子を持っていて、Y遺伝子は父親からもらい受ける。 日本の皇統が男系男子で続けて来たのは、神武天皇以来のY遺伝子を持つ人を天皇にしてきたという事なのだ。 日本の歴史上、次の天皇候補がいなくなって、大騒ぎになった事があった。この時に何をしたかと言えば、過去数代に遡り、神武天皇以来のY遺伝子を持つ人を探し回り、遠縁の人を探して、次の天皇に着けている。 女性天皇と女系天皇の違いは、女性天皇は神武天皇以来のY遺伝子をもった女性がつなぎで天皇になる事である。これに対して、万一、愛子天皇が誕生して、神武天皇以来のY遺伝子を持たない男性と結婚して、出来た子供が次の天皇になれば、神武以来のY遺伝子が途切れる事になる。これが女系天皇なのである。全く違う王朝が誕生するという事なのだ。 これは、今、ギネスブックにも載り、世界最古の王朝と世界が認めた2千年の歴史が途絶え、全く違う新しい王朝が誕生する事になり、ギネスブックからも消える事になるのだ。 次の天皇選びに苦労しないように、天皇予備軍の皇族をプールする事を考えて、戦前は多くの宮家を抱えていた。それを壊したのは戦後、日本を支配したGHQである。 GHQの首脳部には、共産主義者、社会主義者が結構いて、日本が強かったのは、天皇を中心にしての一致団結にあると考え、GHQが支配していた終戦から2年経った昭和22年に、当時、多く存在していた宮家を潰し、皇族でなくしたのである。潰した宮家は11。伏見家、久邇宮、山階宮などである。 今、現存している皇族は秋篠宮、常陸宮、三笠宮、高円宮だけである。そして、次の天皇になる資格があるのは、秋篠宮とその息子の悠仁親王だけだ。 今、議論されている天皇候補者を増やそうという話は、GHQの手で潰された旧宮家の中にいる若い男性を、今ある4つの宮家に養子に入ってもらって、皇族候補に復帰してもらい、その男性の子供は、生まれながら、Y遺伝子を持った皇族なので、その人たちに、天皇候補の予備軍になってもらうというものであり、専門家の間でずっと議論されていた内容である。 今、11の旧宮家には、悠仁親王と年齢との近い若い男性が10数人いると言われている。こうした人が現存する宮家に養子に入れば、その男性の子供はかなりの人数生まれる可能性が高いので、天皇後継問題で苦労する事はないという話である。(百済、新羅は旧縄文人の末裔国家) なお、かつて、百済や新羅の王族が日本に来て、日本の皇族と婚姻をした歴史があるので、日本の天皇家には、朝鮮の血が混ざっているという間違った論が一部にある。これは本当を歴史を知らない人の暴論である。 7300年前の縄文時代に九州の南にある島の火山が大爆発を起こして、凄まじい粉塵が九州南部だけでなく、愛知県、関東、北陸などにまで、火山灰が降り注いだ。地質調査で、福井県の湖底からその粉塵が見つかっているなど、科学的に、その噴火の凄さがわかっている。地球の過去1万年の歴史で最大の噴火と言われている。 その結果、南九州は火山灰で人が住むことがもとんどできなくなり、多くの縄文人が朝鮮半島に移住した。朝鮮半島では、古代に王朝があり、集落があった事はわかっているが、その後、病気か、戦争かわからないが、半島はずっとほとんど人がいない状態だったと言われ、戦争やトラブルなしに縄文人は移住できたのである。 こうしてできた集落が後に作った国が百済や新羅だったのだ。つまり、百済や新羅は縄文人の末裔が作った国家なのである。中国の歴史書にも「百済や新羅の王は倭人」という記載があることでも証明されている。 だから、百済、新羅の皇族は、日本との交流があり、若き皇太子などは、日本に来て、数年を過ごしたとか、百済や新羅は、日本の朝廷に貢物をしてという記録もある。 今の日本の歴史の教科書では、百済や新羅の文明が日本よりも進んでいて、日本が、彼らから学んだというようなトーンで書かれているが、実態は違うのだ。 日本歴史の専門家は、反日や在日の人が多くいる。だから、日本よりも、朝鮮半島が進んでいたと書くのである。勿論、中国の文献や技術などが百済や新羅を経由して日本に伝わったものは、当然ある。文化とは一方的な流入ではなく、相互交流なのだから、当然である。(科学的リサーチ、気候変動などで、従来の常識を書き換える時代に) 朝鮮半島ので、縄文人が作った新羅や百済だが、時代とともに、日本と疎遠になって行くし、中には反発も出て来る。また、新羅と百済で争いが起きる。 新羅に攻められ、国家滅亡の危機になった百済は、日本に救援の依頼をしてくる。この依頼にこたえて、日本、当時の大和朝廷は百済支援の軍を出す。これに対して、新羅は当時の中国の支配者、唐に援軍を依頼する。 ここで、百済、大和の軍と、新羅、唐の軍が衝突をする。これが白村江の戦いである。西暦663年、天智天皇の時代である。この戦いで、圧倒的な唐の軍事力に、日本側は破れた。これで、日本、当時の大和朝廷は、朝鮮半島の利権を失い、百済は滅亡するし、直轄国家だった任那も消滅したのである。これで、百済の王族達は日本に来るのである。 元々は同根の縄文人だが、別々の国家として生きて来た人達がいわば、日本に帰って来たのである。だから、日本の皇族に朝鮮人の血が混じっているという話は、そもそもが違うのだ。 今の時代、DNAにしろ、土や土器などの科学的な分析などにより、色々な事がわかって来て、従来の学説が覆されている。 今でも、教科書には稲作は中国、朝鮮から伝わったと書いてあるが、ここ10年、20年の調査で、縄文遺跡から、イネの化石が見つかっていて縄文時代から稲作が行われていた事がわかって来た。 また、南米のインカ帝国はアステカ文明の遺跡から、縄文土器に極めて類似した土器が見つかって来て、縄文人が太平洋を渡って、南米まで行っていた事が推測されている。 西暦663年の白村江の戦いで、ほとんどの男性は日本に引き揚げて来たが、それができずに、朝鮮半島に残った女性たちは、その後、中国大陸の人達、旧満州の女真族や、モンゴル人、漢民族などと混血していき、今の朝鮮人が出来たことが、DNAの調査で結論づけられている。 韓国人、朝鮮人は、そんな事は嫌でも認めたくないだろうが、科学がそれを証明しているのだ。 現代のDNA検査で、朝鮮人の女性は、遺伝子的に日本人に近いが、男性は全く違うという事がわかっている。好き嫌いとか感情ではなく、新しい時代の科学で、事実を見つめ直さないといけないのに、東大など立派な大学の教授たちはこれを怠っている。 日本の歴史学者はとにかく、勉強不足である。いなばの白兎という話があるが、これはウサギがワニに皮をはがれたという話だが、有名な東大の教授が、「日本にワニなどいない。これはサメの間違いだ」と本に書き、本人も堂々と言っていたので、今でも、多くの書物にサメと書かれている。 しかし、その後、日本でワニの化石が出て来たのだ。この東大教授に限らないが、時代や気候の変化を全く頭に入れていない。発想力が乏しいのだ。新しい科学、DNAとか、気候変動などを全く頭に入れていない。 日本列島はかつては、今の東北地方が住むのに快適な気候だった。だから、縄文遺跡は東北地方に多く見つかっている。当時の西日本は熱帯に近かったのである。だから、山陰地方にワニがいたのだ。 それが地球の気候変動で、東北、北海道が寒冷化し、西日本が住みやすい場所になったのである。学者は今の日本を見て、「日本にワニはいるはずはない。サメの間違いだ」と、堂々というのだ。 恥を知れ。そして、もっと新しい科学を勉強しろと言いたい。
2026.06.19
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(親とも同居は料理、洗濯など親任せがほとんど) ネットの記事を見ていると、結婚、離婚、婚活などの男女の結婚や離婚、トラブルなどの話が少なくない。それらを見ていると、結婚して相手が突然、変化したというような話が多い。でも、取材、採用面接などでそれこそ、何千人の人と接して来た筆者から言わせれば、突然、変わったのではなく、相手の本質が見えていなかったのだというのが、事実だ。 新卒採用を13年間やって来て、毎年、年千人の学生と接してくると、15分話をすれば、8、9割はその人が見えて来る。少なくても、社員として雇って良いかどうかは、15分のやり取りで見えて来る。 では、人事担当者は何故、何回も面接や選考をするのかと言えば、残りの1、2割の潰し込みをしているのである。そして、何十人と新卒を雇おうとすれば、余程、ピカピカの会社でない限り、90点以上の人ばかり集めるのは無理で、80点や70点の人も雇わざるを得ない。また、色々問題はあるが、こうした利点があるので、問題もあるが、雇おうという人も採用せざるを得ない事になる。数回の選考はその見極めのためのものである。 採用選考はともかく、結婚相手を選ぶ時には、容姿や人懐っこさなどから、自分の目にフィルターがかかってしまっている事が少なくない。わかりやすい話が、女性が超美人だったら、性格のブスなど見えなくなってしまう人がほとんどで、結婚してから、顔の良さなんて、何の役にも立たない事などを思い知るのである。 絶対、避けたい相手の特徴を3つ書いたが、一番目の親と同居しているというのは、避けなければならない大きなポイントだ。少し前までは、「かわいい子供には旅をさせろ」という言葉があったり、アメリカでは、「18歳になったら、子供が男でも女では、自立させろ」という言葉があるくらい、一人暮らしは、人生生きて行く上で、重要な事である。 一人暮らしをすると、何もかも自分でしないといけない。料理も掃除も洗濯も、家計管理も、金の使い方も、初めて、自分で身に染みてわかってくる。 親と同居していた男と結婚した女性が、夫から、月々の生活費は5千円でとか、1,2万円でして当然などという話が出て来るという事があるというが、これなど親が丸抱えなので、相場や価値観が身についていなくて、結婚した最悪のパターンである。 女性で成人した後も親と同居している人の8,9割は、自分で料理、洗濯をしていない。だから、こんな女性と結婚したら、家事が全くダメというのが現実となる。相手がどんなに美人でも、かわいくても、料理、部屋の整理がダメという人とは、絶対結婚してはいけない。(食事は自分の体を作る源。総菜常食は体を破壊している事) 前にも書いたが、食事は人間が生きていく上で、極めて重要な事である。人の細胞は毎日、何百万回と分裂をして、入れ替わっている。その新しい自分の細胞を作る素となるのが、食事である。 だから、スーパー、百貨店やコンビニで出来合いの総菜を買って来て食べている人は、自分の体がどんどん劣化していると思わないといけない。売っている総菜のほとんどが添加物の塊である。そうした総菜を食べ続けるという事は、自分の体を内側から壊している事に他ならないのだ。 統計によると、若い女性の半分が、料理が苦手だという。これも前に書いたが、料理が苦手という人は、頭が悪いか、ズボラのどちらかである。 料理は科学である。基礎の基礎、原理原則を理解すれば、少しも難しくなく、基礎を理解出来れば、何にでも応用できる。 筆者はずっと前からもそうだし、今でも自分が食べるものは自分で作っている。透析患者だった妻が医師に1日に卵3個を食べるように言われたという事で、それまで全くしていなかった菓子作りを始めたが、1,2か月で10種類ほどの菓子が作れるようになった。料理の基礎があったからである。 今の時代は便利で、ネットで専門家が画像付きで、おかずでも、菓子でも、作り方を説明してくれているので、それを見て、1,2回トライをすれば、標準以上のものは作れるようになる。 それが出来ない人は本当に頭が悪いか、ズボラかのどちらかである。どちらも絶対、結婚してはいけない相手である。 これは女性だけに限った話ではない。男も少し練習をすれば、誰でも料理など難しくなく出来るようになる。これをしない人は、頭が悪いか面倒くさがりなだけであり、結婚後、妻が病気になったり、妊娠などで料理ができなくなった時、さっと、代わりに出来ない人は、女性からしても、結婚の対象外なのである。 家の片づけが苦手な人、部屋が散らかっていても気にならない人は、頭が整理されていない人である。頭が整理されている人は、ズボラで、人生を適当に生きている人である。男でも女でも、部屋が片付いていない人は、人生を生きていく上で、一緒に歩いてはいけない人である。(一定以上の規模の会社で3年以上、基礎訓練が人間としての前提) 女性で非正規雇用の男性と結婚しようとする人はまず、いないと思うが、これが女性だと認めてしまう男が少なくない。 大卒でも高卒でも良いが、一定以上の規模の会社に就職し、新人として仕事の仕方の訓練を受け、そこで、最低3年以上過ごした人というのが、人間としての最低の基礎訓練を受けた人である。 これができていない人は、仕事をする上での手順や常識が身についていない。だから、仕事の大変さや、金を稼ぐのはいかに大変かが理解できないで、自分の夫はなんで、こんなに稼ぎが少ないのだというような事を平気で言う事になる。 学生時代に付き合っていた相手と、自分が社会人になると同時か、半年くらいで結婚し、女性はどうせ結婚するのだからと、きちんとした会社に就職して、そこで人生を生きていく上での、基礎訓練を受けていない人と結婚したら、社会の常識が身についていない地雷と結婚するようなものである。 前にも書いたが、学校を卒業して、一定以上の規模の会社に新卒で就職し、3年以上勤務した事があるかどうかが、企業の採用担当者の中途採用者を採用する上での、まずのチェックポイントである。 女性は結婚や出産で、仕事を辞める事も珍しくないが、子供の手が離れた後、再度、仕事をしようとした時に、この新卒で一定以上の規模の会社に就職し、そこで3年以上働いた経験がないと、まず、しっかりした会社は雇ってくれない。 人を中途採用で採ろうとする時、この新卒で3年以上、一定以上の規模の会社で働いていたかと、あと、仕事のブランクが長くないというのが、大きなチェックポイントである。 今は、職場でも機械化、AI化がどんどん進んでいる。何年も、そうした職場で仕事をしてこなかった人は、再就職をしても、ついて来れないのだ。 となると、再就職をしようとしても、スーパーやコンビニなどのパート中心の仕事しかなくなる。当然、収入は少なく、人生、低空飛行もままとなる。 人生はリスクマネージメントである。夫婦の3組の1組は離婚する。会社の倒産、リストラも避けられない。そうした中で、夫婦のどちらかに何があっても、支え合って生きていくという覚悟がない人は、結婚してもうまくはいかない。 相手が美人だとか、格好良い男性だとかいう事は、結婚をする上で、優先順位がずっと低い事なのである。
2026.06.17
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(婚前の話し合いの口約束は法的な効力はない) 結婚する事になった2人が、結婚前に結婚した時に、どのように過ごし、不倫などで別れる事になった時や、それぞれの親の同居や介護について、どうするかなどを事前に約束し、書類にして残しておくのを婚前契約書という。 今、この婚前契約書の考え方が急速に広まっていて、ネットで検索すれば、そのフォーマットやひな形さえ出てくるようになった。なぜ、婚前に契約する事が必要かというと、夫婦になった後の、夫婦間の約束や契約書は法的に効果がないからである。 以前は、婚前契約書はほんの一部の人の問題だった。アメリカの富豪や、有名俳優が結婚する時などに、婚前契約書を作るという話を聞いたくらいだった。それが、今の日本では、急速にこの婚前契約書の考え方が広がっている。 理由は簡単だ。結婚前に結婚してからの事を話をして、合意をしても、どちらかがそれを破った場合でも、法的にそれを罰する事ができないからだ。 1つの例がどちらかの親との同居がある。多くは夫の両親との同居だが、婚前に妻になる女性が絶対嫌だと言い、夫になる男性が了解していても、結婚して、新婚旅行から帰ってきたら、同居が決まっていて、家具なども揃えられていて、同居せざるを得なくなっているという話がある。 男からの大きな不満の1つは、結婚しても、共働きでという事で合意していても、結婚してわずかの期間で、妻が仕事を辞めて、専業主婦になっても、夫は法的に文句を言えない事がある。 また、結婚後、妻が不倫をして離婚する事になった場合、今の日本の常識では、妻有責の離婚でも、子供の親権は9割の確率で妻側に行き、夫は離婚後も子供に合わせてもらえないまま、子供の養育費を払わないといけないという事などが起きてくる。 この離婚後の子供の面会権については、海外では、実行するのが当たり前だが、日本では、子供を引き取った元妻が、子供を夫に会わせるのを極端に嫌うケースが多く、父親は子供と会えないだけでなく、子供がどうしているかのついても、ほとんど知らされないという事が多く、世界的にも、日本のこうした実態は批判されている。 だから、婚前、つまり、他人同士で、契約が有効な間に、しっかり契約書を作っておかないと、安心できないという事が、背景にあるのだ。(結婚後、男女とも3割が浮気、ドイツでは托卵が3人に1人) 日本では夫婦の3組に1組は離婚する。だから、離婚する時の子供の親権や、財産の分与、責任の取り方なども重要な取り決め事項になる。 日本では結婚している男女の浮気する確率は3割と言われている。男性の3割には、風俗などでの、いわゆる瞬時の遊びがかなりの確率で含まれている。しかし、女性の場合、中にはホストクラブでの遊びから本気になる浮気もあるが、普通の男性を好きになる浮気がほとんどだという。 結婚している女性が他の男性と浮気をする場合、20歳代や30歳代前半での、いわば、若気のいたりというケースもあるが、40歳代、50歳代になって、かなり年下の男性に入れ込むというようなケースも少なくないという。 結婚した中年の女性が若い男性と肉体関係を持つ理由は、家庭では母親となり、子供の中学、高校となり、女性としてではなく、母親としての地位だけになり、夫との夫婦の営みもなくなり、異性に女性として見られたいという欲求が、中年になっての強い思いとして出て来る事も少なくないという。 ドイツでは、少し前の話だが、子供が生まれた時、いざという時のために、DNA検査をしておくことが必要だという考えから、子供誕生時にDNA検査を政府が推奨した事がある。 そこで何が起きたかというと、3人の1人の赤子が夫の子供ではなかったという結果が出て来たのだ。あわてた政府は、要らぬ混乱の原因になるとして、DNA検査を止めたという話がある。 日本では、統計がないので、わからないが、医療関係者の話では、日本でも、いわゆる托卵は2、3割あると言われている。男は、この子はあなたの子供ですよと言われたら、信じるしかない。 しかし、育つにつれて、明らかに自分の遺伝子ではないのではないかという疑問が沸くケースもある。婚前契約書にそこまで書き込むかどうかは別として、こうした事も頭に入れた上での事前の話し合いが必要だという事である。(結婚後、相手が豹変したというのは、見る目がなかっただけ) 婚前契約書を作る事で、法的に有効な契約をするという事は、重要だが、それ以上に重要なのは、契約書を作るにあたって、様々な事について、話し合いをする事で、相手の考え方を理解できることである。 更に、相手の考えを理解するだけでなく、意見が違った事について、話し合いをしていく中で、相手の意見を聞く姿勢とか、譲り合う態度とかが見えてくる。そうしたやりとりの中で、相手について、より理解が深まるのだ。 男女が恋愛をし、結婚しようという事になった時、ほとんどの場合は、浮かれて、相手の問題点や、嫌な性格などを見過ごしたりしがちである。 前にも書いたが、筆者は結婚と恋愛は全く別物だと考えている。「恋愛はときめき」「結婚はやすらぎ、安心」が最重要ポイントだという事を多くの人がわかっていない。 ネットで結婚相談所の人とか、結婚についてのコンサルの人がいくつもページを開設して、話をしているが、その多くの人が、「結婚する相手と恋愛をしてはいけません」とか、「恋愛相手を探しているのは間違いです」と言っているのは、そういう事である。 結婚したら、相手が豹変して、モラハラになったとか、料理や掃除などの家事を途端にしなくなったという不満を持って、揉めたり、離婚したりするケースがよくあるが、これは、相手が変わったのではなく、そうした性格や行動様式を、自分がきちんとチェックしていなかったに過ぎないのだと言える。 モラハラ気質などは、少し注意していれば、直ぐにわかる。例えば、レストランに行ったり、買い物をした時の店員に対する態度をみれば、自分が強い事を言える立場の相手に、どういう態度で接しているかなどをよく注意していれば、簡単に理解できる。(相手の部屋を見れば、普段の生活がわかる) 料理や掃除などの家事も、恋愛中に少し注意して観察していれば、率先してやる人か、やる気があまりなく、ずぼらな人かなどは、簡単に見抜く事ができる。 筆者も体験した事があるが、付き合いだした女性の部屋に行ったら、調理器具がほとんどない。部屋に料理をしている気配がほとんどないのだ。その女性は本当に美人で、大学も超一流の大学のトップの学部を1、2番の成績で卒業し、有名企業に就職している。英語もべらべらだった。 話を聞くと、両親は離婚している。理由は母親が料理や家事が本当に苦手で、それに嫌気を差した父親が、その女性が子供の時に、家を出て行ったというのだ。 そして、家事をほとんどやらない母親に育てられた、この女性は家事をしない母親そっくりの行動になったのだという。 この事情は、部屋に調理器具がほとんどないことから、筆者が筆問をした結果、毎日、総菜をスーパーや百貨店で買ってきて、洗わなくても良いように、紙の皿を使って食べて、皿の紙は捨てているという事を聞き出した事で、両親の離婚まで本人が話して、わかった事である。 付き合いだした相手でも、少し注意深く観察すれば、こんなことは見えてくるのものなのだ。(出身大学や勤務企業よりも、性格を見ないといけない) 筆者は数多くの女性と付き合って来て、人が振り返るような美人とも何人も付き合ってきたし、自分で会社を経営して、多くの女性を使って来た。また、仕事でも多くの女性と接して来たが、美人というのは、95%が性格がブスである。 理由は簡単で、美人であるが故に、子供の時からちやほやされ、それが故に、ずっと自己中で、わがままに育って来たからである。だから、男は結婚する相手に美人を選んではいけないである。 別にブスを選べと言っているのではない。顔やスタイルは並み以上あれば、良いと考える事だと言っているのだ。 それよりも結婚においては、料理などの家事がどれだけ、率先してテキパキとこなすかの方が遥かに重要なポイントなのである。毎日の生活で、家が清潔で、美味しい料理を毎日食べられる事の方が、女性の顔が少し位美人である事よりも、遥かに重要である。 恋人として、週に1度くらい付き合うのと、毎日24時間、365日一緒にいるのでは、チェックポイントが違って当然である。 恋人なら、時々なら、高いレストランを求める相手でも、まあ良いかと思えても、結婚相手としたら、この人の金銭感覚はついていけないと思わないといけない。 男性をチェックする際でも、一流大学を卒業とか、勤めている会社が有名企業だとか、年収が高いなどという事は、経済的には重要かも知れないが、結婚して一緒に住むとなると、それ程重要ではなくなってくる。 中高から有名私立に行き、大学も有名大学を出て一流企業に勤めているという男性には、自分に自信を持ち、自分は選ばれた人間だという意識を持っている人が少なくない。 こういう男と結婚したら、家庭では、その多くは夫が妻にあれこれ指示を出し、自分が気に入らないと文句をいうタイプの人になることがほとんどだろう。 だからこそ、婚前契約書なのだ。契約書を作って、公正証書にする事は勿論、大切だが、その過程で、相手の価値観、ものの考え方、意見が違った時に、それをどうすり合わせていくかという事で、相手の性格や行動パターンが見えて来るのだ。 昔の日本では少し格の高い家では、見合い結婚がほとんどだった。見合いして、即、結婚となり、顔を合わせて数日で結婚式を挙げ、初夜を迎えるなどという事も珍しくなかった。 それでも、多くの場合はなんとか夫婦として成り立っていた。では、見合いで、何を見るかと言えば、この人となら、カップルとして協力してやっていけるかだけを見ていたのである。(婚前契約書を作った大手企業の社長) 少し興味がある人はネットにいくらでも、サンプルが載っているので、是非見て欲しいが、婚前契約書は、家事分担はもとより、生活費の出し合い、相手の親との同居の有無、介護の事など様々な事項が書かれている。 何故、こうした事を契約しないといけないかと言えば、婚前の口約束を簡単に破る人が多いからだろう。 筆者が現役の記者をしている時、日本を代表する企業の社長が婚前契約書を作って結婚をした。この経営者は経団連の会長も務めた人だが、結婚した時に70歳位だった。そして、結婚歴は2回あり、元妻はいずれも亡くなっていたが、それぞれに子供がいた。だから、死亡後の遺産相続で揉めないために、婚前契約書を作ったのだという。 筆者はこの経営者と親しく付き合いをさせていただいたので、その契約書の内容を教えてもらったが、経営者が死亡した後の財産相続について書かれていて、現金と不動産のどれを新しく妻となる女性が相続するという事が明記されていた。 普通に結婚し、契約書がない限り、妻は夫の死とともに、財産の半分を相続するというのが、日本の法律の規定である。だが、夫となるこの社長の余命から考えると、新しく妻になる人が取り過ぎになると考え、この社長は婚前契約書で、妻が受けとる財産を明記したのだ。 再婚する相手は、会社でその経営者の秘書を長年務めて来た人で、互いに性格も良くわかっていたし、契約書に書かれている奥さんとなる人の取り分にも問題はないので、彼女も納得の話だった。 この奥さんになる女性は50歳代の人で、筆者は会社で社長秘書として、顔を合わせていたが、結婚後、社長の自宅に夜回りで行った時に再会した。会社では有能な秘書という感じで、少し冷たさを感じる雰囲気だったが、自宅で再会した彼女は、柔らかい雰囲気の妻となっていて、女性は場所と状況でこんなに変わるのだというのを感じたのを覚えている。 この経営者の話はともかく、結婚は簡単だが、離婚は大変という事をよくいう。離婚は揉めるし、多くの時間とエネルギーを要する。その揉め事で仕事に影響もするし、場合によっては、会社を辞めないといけなくなってくるケースもある。 だからこそ、婚前契約書を作る事を考え、男女双方が色々意見を出し合い意見のすり合わせの中で、相手の人間性をより理解していく事が大切なのである。
2026.06.08
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(目的は日本を貶め、破壊するためのキャンペーン) 前にも書いたが、ネットサーフィンをしていると、反秋篠宮家、反悠仁内親王とともに、セットで愛子天皇待望論が物凄い数で出てくる。 そして、何故、女系天皇だとダメなのか、歴史的、論理的に冷静に説明する専門家の説明に対しても、「何故、愛子天皇ではダメなのか」とか、「そもそも秋篠宮は天皇の血筋ではない」という、ネットの噂を信じた人の書き込みが多く見られる。 筆者はネットを見続けてもう30年以上になる。かつては、ネットも今程普及しておらず、ネットで情報を得る人もほとんどいなかった。その頃からネットで色々な意見や情報を見ているので、時代とともに、その内容の変化にも驚かされる。 最近の調査で、反秋篠宮、反悠仁内親王のネットの書き込みは外国発のものがかなりの量に上るという事がわかった。ベトナムなどを経由した中国発の書き込みが多い事がわかってきたのだ。 元々、反秋篠宮の立場で意見を言うのは、親中などの左翼と、創価学会の関係者の書き込みだったと言われてきた。 左翼、反日の人達は、日本の天皇が「世界最古の王朝」とギネスにも認定されている事が面白くないのだ。彼らにとって、尊敬する対象は中国やソ連、今のロシアであり、親米の日本の政権を打倒して、中国やソ連の傘下になった日本で、自分たちが支配者になるという発想で、ずっと活動して来たのである。 今の若い人は言葉でしか知らないだろうが、かつて日米安保闘争というのがあって、国会に反安保で、学生を中心に百万人がデモをした。この安保闘争の中でも東大の安田講堂立てこもりで、多くの機動隊員が動員されたが、この影響で、この年、東大は卒業が2か月遅れた。 安保騒動は第一次と第二次があるが、いずれも、ソ連や中国から金をもらって、共産党や社会党が煽ったという事が、その後の調査でわかっている。彼らは日本のためでなく、中国や現在のロシア、当時のソ連のために活動してきたのである。 だから、世界の皇族が集まった時に、世界の他の王族が日本の天皇に上座を譲り、ローマ法王さえも、尊敬の眼差しで接し、各国の王族が日本の天皇をローマ法王と同格という扱いをするというのが許せないのだ。 創価学会系のネット配信者が、秋篠宮家や悠仁内親王を攻撃する理由は簡単で、かつて外務省の事務次官を務めた雅子妃の父親が熱心な創価学会信者であり、その血を継ぐ、愛子妃に天皇になってもらい、創価学会が実質、日本を支配する姿を見たいからである。 中国がベトナムなど外国経由で、反秋篠宮、反悠仁内親王の情報を流すのは、日本打倒のためである。彼らは、日本が自分達よりも優れているとか、世界で評価されている事が、とにかく気に入れない。だから日本が世界で褒められる事を1つでもなくし、それで、日本国内が分裂すれば、しめしめなのだ。(愛子妃が天皇になったら、夫に中国人や黒人を選ぶ可能性も) 天皇論を語ると、必ず出てくるのが、男女平等の時代なので、女性が天皇になっても問題ないではないかという話だ。 これに対する筆者の疑問に、こうした人はどう反論するだろうか。 それは、もし、愛子天皇が誕生し、その夫に黒人や中国人、または、アメリカの白人を選び、そのハーフの子供、黒い皮膚の人や目が青い人がその次の天皇になり、日本語も満足に話せず、英語や中国語で発言するのを、あなたは歓迎しますかというものだ。 中にも、それでも良いという人もいるのかも知れないが、それは少数派だろう。そして、愛子天皇推進者の次の反論は、愛子様が日本人以外の男が夫に迎えるなど、両親や皇族が認める訳がないだろうというものだろう。 でも、今の時代、皇族の女性が夫に誰を選んでも、その意思が強かったら、相手が中国人でも、黒人でも、白人でも反対は出来ないという事だ。 そもそも、大手新聞社のアンケート調査でも、愛子天皇に賛成する人が過半数というような記事がよく出るが、そのアンケートでは、女性天皇と女系天皇の違いを全く説明していないし、外国で、女王が外国人を夫に迎えて、〇〇王朝が××王朝に変わったという事を全く解説していない。 X染色体とY染色体の話も全く説明されていない。女性天皇や女王に外国から夫が来るという事は、王朝が変わるという事なのだ。 欧州の王朝では外国人が攻めて来て支配され、ある日突然、王様が外国人になり、国民と全く違う言語で話だし、国民とコミュニケーションが出来なくなったなどという例はいくつもある。 多くの日本人は知らないが、数年前に亡くなったイギリスのエリザベス女王の夫はドイツ人だった。また、強い女王として知られるロシアのエカテリーナ女王は、ドイツ人貴族で、ドイツからロシアに嫁いだのだ。 嫁いだら、夫が愚君で、夫の母親、エカテリーナの姑が自分の息子はダメだと見限り、ドイツ人の嫁を女王に据えたのである。 欧州の王族は、国を越えて結婚というのが、政略結婚も含めて、何回もあったので、抵抗が少ないかも知れないが、日本人は外国人や、その血筋の天皇は、かなり抵抗があるだろう。 愛子妃が天皇になるという事は、そういう事態が起きる可能性が結構あるのだと、ほとんどの日本人が知らないから、安易に愛子天皇で良いのではないかと無知に賛成しているのだ。(論拠がない秋篠宮が天皇の血筋ではないという話) 反秋篠宮、反悠仁内親王の論拠に、秋篠宮は天皇の血筋ではないというのがある。これも、誰も知りようもない話が独り歩きをして、あたかも、それが前提のような話をしている人がかなりいる事に驚かされる。 「嘘も百回言えば、真実になる」という言葉があるが、まさに、その現象だ。 最近、あるバカな評論家らしき人間が、髙市首相の父親は帰化人だと発言し、それがまた、独り歩きをして、それ前提で話をしている人が出だした。蓮舫が日本人ではない事は事実である。小沢一郎の母親は朝鮮人である事も事実である。 芸能界やスポーツの世界で、両親または父か母が日本人ではなく、朝鮮や中国の人である事が事実として、わかり、本人もそれを認めている人も少なくなくいる。 しかし、突然、誰かが根拠も示さず、言い出した事があたかも真実のように一人歩きをしているのは、日本社会がおかしくなって来たとしか言いようがない。 筆者は、上にも書いたが、ネットを30年以上見ている。今は消されてしまっているが、かつて、今の天皇は上皇陛下の子供ではなく、美智子妃がまだ、皇室に嫁ぐ前に、取材担当だった朝日新聞の記者と親しくなり、今の天皇はその朝日新聞の記者の子供だという情報が載っていた事がある。 その情報では、今の天皇と、その朝日の記者の顔を並べて掲載していたが、そう言われるせいかも知れないが、2人の顔はそっくりである。 当時の美智子妃の話には続きがあって、美智子妃が今の天皇を出産した時、昭和天皇が疑いを持って、血液型を調べたという。当時はまだ、DNAなどという話は言われていなかったので、血液型で調べたのだが、明らかに上皇陛下の子供ではない事を示していたという。 これを知った昭和天皇は激怒し、これもネット情報なので嘘か本当か知らないが、昭和天皇は美智子妃にこれ以上、子供が産めないように不妊手術を命じたという。そして、天皇系の血筋を絶やしてはいけないと考えて、老体に鞭打って、若い女性との間で子供を作ったという。それが秋篠宮と黒田家に嫁いだ清子様だというのだ。 今と違って、こうした話を書いていたのは、旧皇族や旧華族などの人達で、その内容は、今の反秋篠宮の話と違って、かなり具体的、かつ論拠があり、説得力がある内容だった。(アメリカ留学で2人と同棲していた雅子妃) 現在の皇后の雅子妃についても、今は、ネットでは礼賛の話ばかりだが、彼女が今の天皇に嫁いだ頃は、ネットではバッシング一色だった。アメリカ留学中に、2人の男性と同棲していたというのが、最初のスキャンダルである。 これはネットの情報だけでなく、一部週刊誌などでも記事が出たし、アメリカの新聞も書いた。筆者が当時、アメリカ駐在をしていた大手新聞社の記者から聞いた話では、2つくらいの新聞に雅子妃の同棲の話が出た時、宮内庁の担当者が渡米して、これらの新聞社に多額の金を払って、続報を書かせないようにして、鎮火に努めたという。 アメリカでは、新聞は基本的にローカル紙で、地域減退で、全国紙がないので、こうした札束攻勢が可能だったのである。この話は、当時、アメリカではかなり話題になり、筆者もアメリカ人の知人から、よく聞かれた。新聞記事では、雅子妃が同棲していた男性のインタビュー記事も掲載されており、かなりの確率で正確な情報である。 また、今のネットの情報では雅子妃は頭脳明晰であるかのように書かれているが、彼女は田園調布双葉に受験で合格できずに、公立の中学に行って双葉の途中入学の試験を受け、1度では合格せずに、2年受けたやっと合格して編入した。これも事実である。 そして、双葉での成績も良くなくて、マーチでも合格できないレベルだったので、アメリカ駐在が決まった父親についてアメリカに行き、そこで父親の外交官特権でハーバートの系列の女子大学に入学し、その学校がハーバート大学に併合されたので、雅子妃はハーバート大卒業の肩書となった。これも事実である。 一般には、雅子妃は東大卒業からハーバート留学と言われているが、事実は、田園調布双葉から、ハーバート大の姉妹校に入り、そこがハーバートと合併したので、ハーバート大の卒業となった。 そして、日本に帰って来て、ハーバート大卒の肩書で東大に入ったが、授業について行けず、東大では1単位も取得していないで退学している。これも事実である。 雅子妃は結婚した後も、妻としても、また母親としても、ダメ人間で、昼位にならないと起きて来ず、朝食は今の天皇と愛子妃はいつも2人で食べていたとか、愛子妃の学校への父兄参観や母親懇談会でも、トラブルをいつも起こしていたとネットだけでなく、週刊誌なども報じていた。 また、今のネットの雅子妃の話では、外国語が流暢だという話がよく出てくるが、今の天皇と雅子妃が結婚して、それ程経っていない時に、アメリカ人の有名歌手のコンサートが日本であったので、2人が公演に行き、その歌手と公演後、英語で話をした記事をイングリッシュジャーナルという英語勉強の雑誌が書いていたが、そのアメリカ人の歌手は、雅子妃の英語のひどさにびっくりしたという話が載っていて、筆者は読んだ記憶がある。 この書き込みは別に雅子妃を貶める積りはない。上に書いたような話もあくまでもネットや雑誌の記事で、筆者が確認した話ではない。 しかし、同様に、根拠がない嘘とも言える噂が、左翼、反日、創価学会、中国など特定勢力の人達の、あまりにも多い、嘘や論拠がない大量の情報戦に多くの日本人が影響され、世論が動いている事には憂慮している。 ちなみに、筆者は、天皇制度の擁護者ではない。筆者は天皇は別になくても良いと思っている。ただ、2000年以上続く、世界最古の王朝だと、世界が評価し、天皇の存在を多くの日本人が支持しているなら、続いても良いのではないかと考える人間であるだけだ。 ネットではピカッと光る貴重な情報もある一方で、全く嘘の情報も多く掲載されている。内容をよく読んで、嘘か本当が判断する能力を持たないと、とんでもない情報戦の被害者、および、加害者になりかねない時代である認識は必要である。
2026.06.05
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(金銭トラブルは相手が悪いのではなく、起こす自分が悪い) ネットで夫婦や親子などの間での金銭トラブルの話がよく出てくる。 多いのは妻に給料を丸ごと渡して管理を頼んでいて、当然、貯金もしていてくれていると思ったら、金を使い込まれ、マンションを買う頭金を出そうとしたら、貯金がほとんどなかったという話などである。 給料を丸ごと妻に渡していたら、妻が高級な服やバッグを買っていて、貯金などにほとんど回っていなかったというような話もある。 ひどい話になると、給料が入る口座のカードを妻に渡していて、毎月の振込額だけでなく、自分が独身時代に貯めた金で、口座に残っていた分も使いこまれたというような話も出ている。 また、成人し、別に住むようになった両親に、結構な金額を毎月送金していて、両親がそれを当然と考えて、贅沢をしていて、そろそろ送金を止めようとしたら、親がクレームを入れた来たというような話もある。 親が年をとってもう働けないとか、病気だとかで金銭に困っているならともかく、体に支障もなく、働こうと思えば働けるのに、子供が毎月送金してくるので、その金で贅沢に暮らしているというような話を聞くと、成人した子供が親をダメにしていると感じてしまう。 そもそも、今、50歳代から80歳代の親であれば、普通に学校を卒業して、一定以上の規模の会社で定年まで勤めていれば、毎月の生活に必要な年金は手にしているか、まもなく手にする予定だし、いざ施設に入るためなどという時の老後の夫婦2人のための金は貯金出来ていて当然だ。 子供が親の老後の面倒や介護を見ないといけないというのは、親がしっかり準備をしてこなかったのが悪いのだ。自分が独立した後、自分の親が自分に迷惑をかけないように、いざという時の準備をするように促すのも子供の義務、仕事だと思う。 子供の時はともかく、成人した後は、金については、親子でも兄弟でも、夫婦の間でも、また、友達の間でも他人で、割り切って考える習慣をつけないと金銭トラブルはつきない。 相手が親であれ、兄弟であれ、夫婦であれ、友人であれ、金銭のトラブルに遭遇する人は、自分の不運を嘆くのでなく、自分の金銭管理がダメだったという事を反省すべきである。(金銭管理は項目毎に分ける銀行口座を作る事から始まる) 結婚して妻が専業主婦で、生活にかかる費用を全部、夫が負担しているケースで、夫が金の管理が面倒なので、全部、妻に任せているというような話を聞くと、こういう人は一生、金に縁がない人だと感じる。 金銭管理は面倒でもなんでもない。 サラリーマンで、会社から毎月給料が振り込まれる人なら、振り込まれた金の内、家賃や光熱費など毎月決まって出ていくものの引き落としをする口座に、一定額を入れる。どんぶり勘定で、給料が入る口座から光熱費などを引き落とすようにしている人もいると思うが、金については、口座を別にして管理しない人は、貯えなど出来ない。 そして、食費や日用品などの生活費、普通の夫婦2人の家庭なら、月に7,8万円くらいに加えて、妻が専業主婦ならば、妻の小遣いを加えた金額10万円位を、それ専用の口座に振り込めば良いだけで、後の残りの金は自分の考えで、使い分けるのだ。 この残りの金は、手取りの1、2割は貯金として、貯金用の口座に振り込む。更に、自分の毎月の小遣いや昼食代、同僚との付き合いの金として、引き出し、財布に別々に銀行のATMのところに置いてある小封筒を手に入れて、これを利用して、必要に応じて支出するようにすれば良い。 貯金はボーナスも半分は使い、残りは貯金をする。ボーナスはまとまった金が入るので、ボーナスだけで、年間70万から100万円くらいが貯金できる。 妻が管理する生活費などの口座、光熱費などが出ていく口座、貯金口座などは、手続きをしておけば、給料が入った時点で、銀行が自動的にそれぞれの口座に金を振り分けてくれるので、自分がしないといけないのは、毎月自分が使う小遣いなどの金を引き出し、銀行の封筒に小分けして、財布に入れる事位である。 項目ごとに銀行口座を分ける事の最大のメリットは、管理が簡単で、チェックするにも、とても見やすいことだ。 金は銀行口座毎に管理し、2、3か月に1回くらいはチェックする。口座毎に分かれていると、チェックも簡単だ。そして、その通帳は銀行の貸金庫にハンコなどとともに、保管しておくのだ。 銀行の貸金庫は年間で1万5千円位で借りられる。家の引き出しなどに通帳やハンコ、不動産などの書類を入れておくのは、不正に使ってくださいと宣言しているようなものだ。(専業主婦は最大のリスク) 今の時代、妻に専業主婦をさせるというのは、本当にリスキーである。夫一人が稼ぎ手というのは、自分ひとりしか運転免許を持っていないで、妻や子供を車に乗せて、何十年間も車で旅をするに等しい。 自分が疲れた時に運転を代わってくれる人もいないし、自分が病気になる事もあるし、車が故障する事もある。少し考える人なら、夫も妻も専業主婦など望みなどしないはずだ。 東芝は事実上倒産し、今は分社した様態で残っている。先日、家電量販店のノジマが日立製作所の白物家電部門を買収するというニュースが流れた。健全経営の日立でも、不採算部門は切り離すのだ。ソニーもテレビ部門を中国の電機メーカーの事実上売却して、相手主導の合弁会社を作った。 大手銀行だった長銀、日債銀、拓銀もあっけなく潰れた。そごうも倒産したし、西武流通グループの現状は見るも無残だし、日本最大の流通企業だったダイエーは跡形もない。 一流企業でもリストラはいくらでも起きる。筆者は大手企業の倒産や危機的な状況を何回も取材をしてきた。そんな時に、社員が異口同音に言うのは、「まさか、うちの会社が潰れるなんて」だ。 今、NHKの在り方が問われていて、そう遠くない時点で、NHKの大解体が行われると、筆者は見ている。そうなると、グループ全体で10万人以上はいると言われる従業員は大変な事になる。 離婚も3組に1組の確率である。これだけのリスクがある世の中で、専業主婦をと考える人の神経がわからない。 一度、専業主婦をした女性が、離婚や夫の失職などで社会復帰をしようとすると、余程の資格をもっているようなケースは別として、一定以上の規模の会社に再就職など、ほとんど不可能で、その後は社会の最底辺を生きていく事になる。 日本企業社会では、学校を卒業した時点で、どの会社に就職し、そこで、何年、勤めて来たかが、一生付きまとう。途中で退職し、専業主婦を何年もしてきた人が、かつての一流企業勤務に戻る事など、余程の事がない限り、不可能である。(ファミリーカードはカード会社の甘い誘惑) 夫婦共働きなら、家賃や光熱費は夫が負担し、食費や日用品費など毎月の生活費は妻が自分の給料から出すなど、項目ごとに分担をすれば良い。 生活に必要な金を共同の銀行口座に、夫婦で入れ合って、金をプールして、そこから必要な金を出すという事をしている人もいるが、これはお勧めしない。 互いに入れるはずの金をどちらかが入れなかったとか、プールの口座から、生活に必要なものではない支出に使ったなどのトラブルが結構発生するからだ。 金については、本当に親子でも、兄弟でも、夫婦でも、他人だという事を徹底して、頭に入れて置かないと、金銭トラブルはいつ発生するかわからない。とにかく、トラブルが起きないように、システムをしっかりさせるのだ。 妻にファミリーカードを渡していたら、服やバッグに使い込まれたというような話もよくある。これも、カード管理として間違いである。 カードは後払いができるので、高い物をカードで買う事ができるし、キャッシングで何十万円と引き出す事も出来る。そんなトラブルを引き起こすリスクを抱えているのが、ファミリーカードである。 妻が働いていれば、妻自身のカードで必要に応じて使えば良いだけで、ファミリーカードなどというものは使う必要はない。 そもそも、カード会社は、妻などが本当は必要でもない物のために使う事を想定して、ファミリーカードというシステムを考えたのである。彼らは、多く使ってくれれば、自分たちが儲かるからだ。(貯金は循環株で運用する) 貯金をする口座は一定金額以上、例えば、50万円以上貯まれば、それは株などで運用する口座に移行する。株で運用など面倒という人も一生、金に縁のない人である。 株などの投資は、金が金を生んでくれて、自動的に増えていくもので、これを活用しない手はない。株式投資は、日本では2、3割の人しかしていないが、アメリカでは7、8割の人がしている。 アメリカでは自分の年金積立金の金を自分の選択で、株式運用をする事が出来るというシステムがあり、日本で言うところの投信会社などがいくつものメニューを公表していて、そのメニューなら、自分に合いそうなコースを選べば、年金が増えていくというシステムになっている。 個人の預金を株で運用するのは面倒、大変と思ってはいけない。株には循環株というのがある。これは一定の上限と下限の間を行ったり来たりする株である。 自動車業界、電機業界、機械業界、航空会社、ホテル、鉄鋼、金属などの分野で30社くらい存在する。 今は台湾の会社の傘下に入ってしまい、少し事情が変わったが、かつて、シャープは1000円と1500円の間を行ったり来たりしていた。だから、1000円近くなったら買って、1500円近くになったら売る。この作業を年に1回づつ、年合計2回の取引をすれば、税金や手数料を引いて、年間で2、3割の利益が出た。これが循環株である。 筆者が株の事に詳しいということで、時々、株式投資について話を聞きたいという人が訪ねて来る事がある。筆者が循環株の話をすると、多くの人が「年間2割ではなく、半年で2倍になるような話はないのですか」という。 筆者はこうした人には、「あなたは株式投資をするのは止めた方が良い」という。短期に大きく儲ける話のほとんどはインチキだ。そんな話が万一あっても、業界関係者が自分たちが儲ける事に使い、一般の人には回って来ない。大した知識もない人ができるなら、誰も苦労などしない。(定年時には金融資産は5億円に) ここしばらくの低金利時代に年間2割の利益は大きい。頭金で100万円を投資し、毎年、ボーナスで年間70万円を追加して、循環株で運用すると、7年で1000万円。12年で3000万円が貯まる。 3000万円が貯まると、年間2割の運用益が600万円で、これだけあれば、子供の中学、高校、大学の費用は、株の運用益で出せ、元本はそのまま残る。いや、学校の費用は。子供が2人いても、年間600万円もかからないので、子供が大学を卒業する頃には、株の運用金は4、5000万円位にはなっている。 共働きなら、夫だけでなく、妻も株式投資をすれば、50歳半ばで、夫だけでなく、妻も3000万円の金が貯まる。つまり、50歳代半ばで夫婦合計で7000万円の金が貯まる事になる。 子供が大学を卒業した後は大きな出費がなくなるので、株の運用益で、夫は年間800万円、妻も600万円が手に入る。これには、税金も社会保険料もかからないので、それぞれが、会社員の年収にすれば、1200万から1500万円くらいの収入が夫婦それぞれに、毎年ある事になる。 もっと、増やしたいという欲求があれば、夫婦合計の7000万円の資金を循環株で11年運用すれば、元利合計は5億円になる。つまり、夫婦とも定年を迎える頃には、株の運用で、合計の金融資産が5億円になるのだ。 5億円の金融資産を持っている日本人家庭は全体の0.2%である。コツコツした貯金と株の運用で、定年を迎える頃には、上位0.2%の富裕層の仲間入りができるのだ。 5億円があると、年間の運用益だけで、毎年1億円である。リスキーなこともせずに、コツコツと地味とな努力で、夫婦2人の頑張りで、子や孫に多くの金を残せる事になる。 特別な知識や情報を手にする事はなくても、誰でも、こうした事が実行可能なのである。(億円単位の金が貯まると、少しリスクのある運用も可能に) 億単位の金融資産が貯まると、今度はガチガチに安全確実な循環株投資だけでなく、少しリスクのある投資も出来るようになる。 筆者の知っている例で、東北大震災で東電の原発が事故を起こした時、東電の株価は、それまでの3000円程が200円まで急落した。この時、筆者の知人は1億円を使って東電の株を買った。 株価は半年で2倍になった。つまり、彼は半年で1億円を儲けたのだ。 別の例で、内視鏡で世界で圧倒的なシェアを持つオリンパスの経営陣が会社の金を不正に私的に運用したとして、アメリカの当局から摘発され、株価は3000円が200円に急落した。この株価も数年で元に戻った。 つまり、急落したオリンパスの株を買った人は数年で10倍の儲けが出来たのである。 同じような例で、サラ金業界のトップ企業だった武富士という会社でうるさい取材記者にうんざりした武富士のトップが、この記者たちを付け狙うなどの行為をしていた事がわかって問題になり、この武富士だけでなく、サラ金業界の株価は軒並み暴落した。 この暴落した時に、武富士などの株を買えば、数年で何倍かの利益を得る事が出来た。 これらの例で共通するのは、会社の業績に関係なく、不祥事で株価が暴落したという事である。こうした例は短期に株価は大きく戻るのである。金があれば、こうした投資もできる。 株価が暴落した時に、普通の投資家は損切りをして、持っている株を売る。しかし、金持は暴落はチャンスだと考え、暴落した所で、株を買うのだ。 バブルが破裂して株価が大きく暴落した。この事を野村證券の麹町支店の課長と後に話をした事があるが、彼曰く、番町、麹町に住む富裕層の人たちは暴落した時に、合計で数百億円の買い注文をしてきてという。金持ちは暴落は買いのチャンスだと知っているのだ。(子供が巣立ったら、郊外に夫婦のための中古マンションを購入) 家の話についてだが、筆者自身は戸建のマイホームを2回買ったし、妻もマンションを買ったりしているので、不動産の事も多くを調べ、経験もしたが、その体験からすれば、30歳代、40歳代に銀行ローンを組んでのマイホーム購入は勧めない。 千万円以上の銀行ローンを抱えるとわかるが、精神的に結構プレッシャーだし、今は超低金利の時代だが、金利が普通に戻れば、ローンは金利の支払いがいかに大きいかがわかる。 戸建でもマンションでも、不動産を所有すると税金がかかるし、不動産は修繕にかなりの金がかかる。筆者が若い頃は、マイホームを持つのが男の甲斐性などと言われたが、これも銀行や不動産会社の広告に引っかかったようなもので、所有と賃貸では総額でかかる費用は変わらない。 所有不動産の大きなディメリットは、小回りが利かない事である。家庭は夫婦2人からスタートして、子供が出来、そして、その子供が成人してまた、夫婦2人に戻る。この人数の増減で、不動産を変更できるかと言えば、所有ではほぼ無理である。 だから、日本人は古来、農家などを除くと、ずっと賃貸で、その時々の家族構成で、借りる家を変えて来たのだ。 この年になって、自分が20歳代、30歳代をやり直すとしたら、共働きで仕事をし、会社の通勤に便利な場所に賃貸で住み、子供が巣立った後、夫婦2人用の気に入った中古のマンションを郊外の市部に購入する。 東京郊外の市部の中古マンションなら、夫婦2人で住みやすいものが2000万円から3000万円で買うことができる。 仕事をするには東京の区部が通勤に便利だが、老後を生活するには、区部は必要なく、市部で充分である。そして、何よりも市部は空気がきれいで、緑が多い。市部でも、買い物などに便利な場所はいくらいでもある。(活用したい公的住宅) 筆者は今、東京の郊外の市部に住んでいるが、マイホームを処分してURやJKK(東京都住宅供給公社)の賃貸物件を借りている夫婦をよく見かける。 民間の賃貸物件は、老人が入居したいというと、断るケースも少なくない。孤独死を恐れるからだ。しかし、URやJKKなど公的な住宅は一定の所得があれば、入居ができるし、延長も問題ない。何よりも、JKKは審査があるので、外国人がほとんどいないし、家賃が民間の半分近いというのが大きなメリットだ。 この人たちに話を聞くと、税金や修繕を考えないで良いのは楽だし、賃貸のマンションタイプの部屋は外出も気楽に出来ると話をしている。賃貸住宅に住んでいる人たちが決して貧しいわけではないのだ。 マイホームを含め、貯金、株式運用など、人生設計をどうするかはしっかり考え、とにかく、楽でトラブルが極力起きないようにする事が大切である。 特別の才能や情報がなくても、夫婦揃って努力をすれば、普通の夫婦で、日本で上位0.2%の富裕層の仲間入りができるのである。
2026.06.02
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(日本全体の0.2%しかいない超富裕層) 超富裕層というのを知っているだろうか。 日本の世帯の数は約5500万。その内、ほとんどを占めるマス層、世帯の純金融資産が3千万円未満の人達で、この層が4400万世帯で、日本全体の8割を占める。その少し上のアッパーマス層、純金融資産が3千万円以上、5千万円未満の人達が570万世帯である。 つまり、マス層とアッパーマス層を足した言ってみれば、底辺とか一般家庭と言われる人たちは全体の9割を占めるのだ。 この上に純金融資産が5千万円以上1億円未満の準富裕層の人達が400万世帯で、その上がいわゆる富裕層になる。富裕層は純金融資産が1億円以上5億円未満の人達で150万世帯である。 そして、最後が超富裕層になる。超富裕層は世帯の純金融資産が5億円以上で、11万8千世帯しかいない。つまり、超富裕層は日本の世帯の0.2%しか存在しない。だが、世帯の純金融資産が5億円以上あれば、本当の金持と言われる人達の仲間入りをする事になるのだ。 親の資産もなしに、普通のサラリーマンが生涯に5億円の金融資産を貯えるというと、夢物語に聞こえるかも知れないが、無理なく、到達できる方法がある。それを書いていこうと思う。(生涯年収3億円でも、日々の生活費は年間100万円ちょっと) 普通の人が大学を卒業して、名の知れた一流企業に就職して、定年退職した場合の生涯年収がいくらかと言えば、3億円程と言われる。ただ、税金や社会保険料があるので、3億円を丸々手にする訳ではない。 今の日本は税金と社会保険料で収入の45%を持っていかれてしまう。つまり税金と社会保険料を引いた手取りは1億6500万円。そこから、子供2人いたとして、子供の教育費は1人2千万円、2人なら、4千万円かかる。 という事は、3億円生涯年収を得ても、税金など国が徴収する金を引き、子供の教育費と引くと、1億円程しか残らない。そこから、マイホームを都内の区部は無理でも、郊外に買うとなれば、最低5千万円はかかる。これを引くと、残りは5千万円。これで、家族4人、35年以上生活をしないといけないのだ。 計算すれば、年間100万円ちょっとで生活をしないといけない計算になる。 婚活の話で、年収1千万円以上とか、800万円以上の男でないとダメと言っている女性の話がよく出てくるが、年収1万円、800万円の男を捕まえて、優雅に専業主婦をして、エステにカフェランチを楽しむというようなストーリーがいかに無理か、女性たちがわかっていないかが理解できる。(専業主婦は自殺行為。かなりの確率で超貧困化が待っている) こんな計算をすると、世帯の純金融資産が5億円の超富裕層の仲間入りをするのはとても無理、夢物語と思うかもしれないが、それは違う。 この文章を読んでいるのが20歳代、30歳代の人なら、これからでも、日本全体の0.2%しかいない純金融資産5億円の超富裕層になるのは、少しも難しくない。40歳前半位までなら、何とかなるという事をこれから説明していくとする。 詳しくはこれから詳しく説明していくが、簡単に言えば、2つの事をするのだ。1つは会社から得る生涯世帯年収を3億円からもっと多くする事。2つは会社から得た給料を株や為替取引で増やす事である。 世帯の生涯年収を増やす事は簡単で、妻に夫と同様に一定以上の企業で、ずっと働き続けてもらう事である。こうすれば、夫婦の生涯賃金は5億円位になる。 日本人の女性には専業主婦を希望する人が今でも多いが、男で自分が一流の大学を卒業し、一流企業に入って働いている人のほとんどは、専業主婦に否定的だし、女性も一流大学を卒業し、一流企業に勤めている人のほとんどは専業主婦など望んでいない。 これは少し考えれば簡単にわかることだ。夫婦とは、船か飛行機に2人で乗り、40年、50年の長い航海をするようなものだ。長い航海の間には、暴風雨もあるだろうし、船長や機長である夫が具合が悪くや、船や飛行機にトラブルが起きる事もある。 こうした時に補助役である妻が、船や飛行機の操縦の仕方は全く知りませんとなったら、船や飛行機は暴風雨に遭えば、即、難破して海や空に投げ出されて、死や遭難に遭うという事である。 しかも、統計で、今の日本では、夫婦の3組に1組は離婚している。つまり、3割以上の確率で、妻が自分で船や飛行機の操縦しないと、生きていけなくなる事はわかっているのに、どうして、専業主婦などという最も危険な姿を選択するか。少し考えれば、賢い女性は、絶対専業主婦など選択しないのだ。 日本企業の採用についての考え方は何十年も変わっていない。中年になって中途採用を採用する時でも、人事の採用基準はシンプルで、大卒で最初にどんな企業に就職し、その会社に何年いたかが、まず、重要なチェックポイントだ。 一流と言われる企業では、しっかりした新人教育をする。これが3年以上受けている人と、そうでない人では、仕事の進め方が全く違うし、仕事についての価値観も違う。だから、大卒で即、結婚し、専業主婦になった人や、結婚後、専業主婦となって何年も仕事をしていない人は、その後、余程難しい国家資格などでも取らないと、大企業には見向きもされない。 職歴のブランクは、出産、育児により短期間、仕事を休むのは良い。しかし、子供が小学校に上がった後も、理由なく3年、5年と仕事をしていなかったというだけで、この人は社会がわかっていないという判断となり、大手の企業はそんな人は採用しない。 女性が仕事をせずに専業主婦になる事も問題点は、収入だけではない。仕事をしなくなり、話す相手が同じ専業主婦中心となるとともに、世間の常識からどんどんずれていき、世の中の進歩、変化についていけなくなるのだ。 話題は主婦同士の事とか、子供の事、そして、テレビで出てくる芸能とか、実際とかけ離れた解説ばかりを聞いている内に更にずれてくるのだ。そして、暇だから、不倫とか、美容などどうでも良い事にのめり込んでいくのだ。(家計支出は夫婦で項目毎に担当を決める) 夫婦でずっとともに働いていると、まず、家計管理がしっかりできる。今の若い夫婦には珍しくない事だが、それぞれの収入管理は自分がするのだ。そして、共有のプール口座など作らず、話し合いをして、項目毎に家計支出を分担するのである。 例えば、家賃と光熱費は夫が負担し、食費と日用品費などの日々の出費は妻が負担する。これだと、負担に大きな差が出るが、妻が少ない分、子供が出来て、小学校に上がるようになってくると、塾代の支出が出てくる。これを妻がするのだ。 もう10数年前の話だが、筆者は中学校の教師数人と色々話をする機会があったが、彼らの話では、子供が塾代が必要になると、出産、育児で仕事を辞めていた人も再度、働きだし、塾代、2人なら、月に10万円は妻が負担するのが普通だと、教師たちは言っていた。 だから、教師と父兄の面談の日程を決めるのが、今は大変なのだと教師たちが言っていた。母親が働いているので、学校が一方的に、何月何日と決められないのだというのだ。 家計支出の項目ごとの分担は、会計を明瞭にするためにもしないといけない。よく、共同で金を出し合った口座の金を夫婦のどちらかが使い込んでいたとか、支出の金を出していなかったというような話があるが、共同口座などという不明瞭な事をするから、そんな話になるのだ。 カードもそうで、ファミリーカードとか、夫のカードを妻も使っているなどという事自体、筆者には信じられない。金銭の話は、夫婦でも親子でも、きちんと他人なのだと認識を持たないといけない。金は命と同じくらい大切な事なのだという意識を持つべきである。 通帳や印鑑、不動産の資料などは、銀行の貸金庫に入れていて、紛失、盗難などのリスクをなくしておくのは当然の事で、引き出しに入れっぱなしで、配偶者に盗られたなどという話は、相手を責める前に、管理の甘さで自分を責めないといけない事である。(循環株で年間2割の利益を得て、その金で教育費を出す) 夫の方は、家賃と光熱費に自分の小遣いを引いた金はとにかく貯金をする。そして、一定金額が貯まったら株式で運用するのだ。貯金は手取り月給の最低1割、可能なら2割を貯金するのである。そして、ボーナスは半分は貯金するのだ。 こうすると、1,2年で100万円は貯まる。そうしたら、株で運用するのだ。日本で株の運用をしている人は2,3割でとても低い。アメリカでは7,8割の人が株の運用をしているのにだ。 最近はNISAなどを金融機関や金融庁などが宣伝しているので、株を始める人が少し増えて来たようだが、今のテレビやネットのCMを見ていると、違うと筆者は思う。肝心のポイントを教えていない。 筆者はとにかく、子供の時から学生時代、貧乏だったので、中学、高校から株の勉強をしていた。株の運用については色々な人が本を書いたりしているが、少し詳しく株の勉強をした人の行きつく結論は、循環株での運用である。 上場企業の内、30社位、循環株というのがある。一定の金額で底と天井を行ったり、来たりするのが循環株である。自動車、電機、機械、および、その部品メーカーに多い。それに航空会社、ホテル、レストランなどにも循環株は多い。 その30社位の会社の内、自分が興味を持ち、循環もわかりやすい会社を5,6社選び、その会社の株価をずっとフォローしていくのだ。そうすると、どこが底で、どこが天井かがわかって来る。 循環株への投資は、運用資金が少ない時は、1社に投資になるが、少し貯まってきたら、3,4株に分散して投資をして、リスクを避ける。 循環幹部の良さは、そのわかりやすさである。基本、1年に1回、底で買って、天井圏で売り、税金や手数料を引いて、年間2割の利益を出すのは難しくない。 最初100万円から投資を始め、ボーナス毎に年間70万円以上追加投資をしていく。この当初100万円、ボーナスで年間70万円の追加で、投資額はどんどん増えて来て、7年で1000万円、12年で3000万円になる。 12年というのは区切りの良い年数で、子供が生まれて、中学に入る時まで丁度12年である。上の子供が中学に入るまでに、株で3000万円貯まっていれば、子供2人の中学、高校、大学の授業料や学校でかかる費用は、この3000万円の金の株の運用益、年間600万円で支払える。 子供が私立の学校に行っても、問題なく出せる。原資を減らさずに株の運用益で、費用が捻出できるのだ。2人の子供の中高、大学でかかる費用は年間400万円位で、200万円はおつりがくるので、あまった金は株の運用に加える。(子供が巣立った後、10年程で、循環株で資産は5億円に) こうすると、2人の子供が大学を卒業する頃には、株の運用金は4000万円位にはなっている。 これは夫の側の話で、妻の方はと言えば、子供が中学に入ると、妻が負担して来た塾代が要らなくなるので、夫に少し遅れて、妻も株の運用を始める。子供が中高大学の10年で、妻も株の運用金が2000万円になっているし、更に2年後には、3000万円になっている。 つまり、子供が大学を卒業して、1,2年後、つまり、夫婦2人とも50歳代半ば位には、夫婦で合計7000万円の貯金がある事になる。 子供が大学を卒業して、子供に金がかからなくなったら、夫婦で7000万円の金が合計であり、をまた、株で運用していくと、11年で循環株運用で、運用金は丁度5億円を越える。つまり、夫婦が会社を定年退職する、60歳代半ばには、超富裕層の仲間入りをしている事になるのだ。 循環株の良さは、とにかく、わかりやすい事と、年に1回買って、半年後位に売るという、年に2回の売買で済むという事である。(為替取引なら、年間2、3億円の利益が出る) 子供が巣立った後、7000万円もあるのだから、もっと、短期間に金を増やせないかという人には、為替取引がある。為替取引の最大の魅力は、自分のもっている資金の20倍までの取引が出来るという事だ。 つまり、5000万円の運用資金があれば、10億円の取引が出来るという事である。 為替取引、FXは株式取引よりも、やっている人が少なく、損をしたというような否定的な話を聞くが、為替取引も原理原則がわかれば、少しも難しくない。というのは、為替は2国間の通貨の取引で、大きな変動があると、経済活動に支障が出る。 だから、株の循環株と同様に、一定の天井と底を基本、行ったり来たりしているのだ。勿論、10年、20年単位では、相場の変更というのはあるが、それは、水準訂正という事で理解すれば、それ程難しくない。 円とドルでも、戦後は1ドル360円だった。それが、日本が経済的に強くなるに従って、徐々に円高になって行き、日本最強の頃には1ドルが60円台にまでなった。 それがバブル崩壊や、30年の不況で円安になり、今は1ドル150,160円台である。でも、これは5年、10年単位で訂正されていくので、急に大きく変動するものではない。 そして、一定のゾーンの中で、循環株のように、行ったり来たりするのである。 為替取引は、これも解説の本が多く出ているし、ネットでも、説明をしている人が何人もいるが、これら解説を読むと、一番重要な事が書いていない。 それは、FXは、1分足取引から始まって、5分足、15分足、30分足、1時間足、2時間足、4時間足、日足、週足、月足とあり、そのどれで取引をするかで、やり方が大きく異なるという事だ。 1分足から2時間足くらいまでは、パソコンに張り付いて、動きを見ながら、取引をしないといけない。だから、会社勤めをしている人は出来ない。これに対して、日足取引だと、1日に朝、夕、夜寝る前と3回位チェックして、週に1回位の取引なので、会社勤めの人でも対応できる。 日足取引で、5~6000万円の原資の取引だと、税金や経費などを引いて1年間で2、3億円の利益は出る。だから、子供が大学を卒業した、夫婦が50歳代半ばから始めて、60歳になる前に運用資産は5億円を越える事になる。 株だけの運用でも為替取引をしての運用でも、金融資産が5億円になると、その後は、年に数回チェックし、取引は年に買いと売り決済の2回だけで済む循環株での運用で、毎年、1億円づつが手に入る事になる。 生活に必要な金は老人夫婦の2人の家庭なら、少し贅沢をしても、せいぜい500万円から1000万円位であり、毎年、金融資産が9000万円づつ増えていくことになり、夫婦が死ぬ時には、金融資産は10億円近くになっている計算になる。 夫婦が有料の老人施設や介護施設に入るにしても、1年分の運用益で充分賄える事ができるので、元本が減る事はない。 億単位の金を相続するとなると、多くの税金が取られるという心配をする人がいるかも知れないが、途中で、運用主体を個人から会社に移し、子供が株主になれば、老夫婦が死んでも、相続税で税務署に多くの金を取られる心配なしで、貯えた金は子供や孫たちに引き継いでいける。(チャートの基本を勉強すれば、大きく外れる事はない) 株や為替は取引をした事がある人とない人では、説明の仕方が大きく異なるので、簡単に説明する事は難しいが、ともに、ボリンジャーバンドという指標に加えて、MACーDなどの補助指標を使えば、どのタイミングで売り、買いの参入をして、どこで決算をするかがわかりやすい。 為替も株もどんどん上がり続けているとか、逆に下がり続けている時、それがどこまで続くか、どこで転換するかが大きなポイントだが、株をやった人はわかると思うが、デッドクロス、ゴールデンクロスという指標がある。これらは転換点を示すものである。 また、ボリンジャーバンドはトレンドが終わりを迎えると、それまで膨らんでいたボリンジャーバンドが萎んできて、トレンドの転換を示してくれるので、見た目にもわかりやすい。 ボリンジャーバンドはボリンジャーさんという人が考え出したもので、トレンドの発生と、終了を見た目でわかりやすく、ビジュワル化しれくれる。株でおなじみのローソク足は江戸時代の米相場で鳴らした山形の酒田の米商人の本間宗久という日本人が考え付いたもので、長い歴史を経て、今での多くの人の使われている。 筆者はマスコミの記者をした後、外資系の証券会社に転職し、わずか1年半だったが在籍した。元々、子供の頃から株の勉強もし、自分でも投資をしてきたので、結構の知識も持っていたので、すんなり外資の証券会社の調査部の部長職で会社に馴染めた。 証券会社にはエコノミストという人と、チャーチストという人がいる。エコノミストは業界毎に担当者がいて、業績などを調べて、売り買いなどをアドバイスする。これに対して、チャーチストはチャートだけで、今後、株が上がるか下がるかを見て、予測する人である。そして、チャートを見るには、ボリンジャーとかMAC-Dのように、トレンドを示す指標があり、それで、大体の事は理解できる。 株も為替もそうだが、一般の人は業績や世界情勢などいち早く知る事はできない。しかし、チャートをしっかり勉強して、それに即して取引をすれば、大きく失敗する事はない。
2026.05.26
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(恋愛と結婚は全く異なる) ネットでは、結婚や婚活などを扱ったページが多くあるが、それらを読んでいると、「取引先に美人の受付がいたので、猛アタックをして付き合いだし、結婚した」とか、合コンで好みのタイプの男性がいたので、付き合って結ばれたというような、話が多く出てくる。 人には好みのタイプがあるのは仕方がないし、ハンサムで女性の扱いにも慣れていて、そのスマートさに惚れて、付き合い出したという話があってもおかしくなはい。 確かに自分の好みのタイプの美人と一緒にレストランで食事デートをするのは楽しいだろうし、イケメンの男性に褒められ、素敵なプレゼントをされるのは女心を揺すぶられるだろう。 しかし、前にも書いたが、恋愛と結婚は求めるものが全く違うという事を理解しないといけない。恋愛の延長線上に結婚があると考えているなら、その考えは直ぐに捨てた方が良い。 恋愛は「ときめき」であり、結婚は「安らぎ」や「心の安定、安心」であり、求める軸が違うのだ。 男性は女性を美人だとか、スタイルが良いとか外見で選ぶ人が少なくない。一方、女性は男性の年収とか、高価なプレゼントをしていく、エスコートが素敵とかで、相手をセレクトする人がかなりいるが、これらは間違いである。 デートなどの1時間、2時間で終わるデートと、365日、24時間一緒にいる結婚では、求めるものが全く違う事は少し考えれば、わかるはずだが、これを間違える人は本当に多い。(わがまま、頑固、ヒステリーは直らない悪癖) 結婚するにあたって、絶対選んでいけないタイプは、「わがまま」「頑固」「ヒステリー」「モラハラ」というような人である。 こういうタイプは相手を振り回すし、こういうタイプの人はいつも、自分は悪くなく、問題が起きたら、悪いのは相手、つまり他責指向な人であり、話しいで解決はまず不可能である。 そして、こういう性格は基本、直らない。こういう人と結婚するという事はその「わがまま」や「頑固」「ヒステリー」などと一生付き合っていかないといけなくなる。 付き合っている時、自分の意見はあまり言わずに、相手のやりたい事を認めてくれる人について、人が良さそうに思うが、一緒に生活してみれば、わかるが、優柔不断であり、他の人の意見に押されたり、流されたりする人である。 そして、こうした性格は身にしみついたもので、簡単に治らない。 金遣いが粗い人、これも絶対に避けないといけない人種である。デートでサイゼリアを嫌い、高級レストランをねだるような相手は、それだけでアウトである。 やたら、プレゼントとねだるタイプの女性も、それだけで、切り捨てないといけない。前にも書いたが、生まれついての上流階級の人は、ブランド物を体に着けて、自慢げにしたりしない。 アメリカでプロ野球の一流選手では、高級時計や首飾りなどをしている人が少なくないと聞くが、これは、底辺で育った人が、スポーツで金を稼げるようになった事を誇って、自分は一流人の仲間入りをしたというアピールをしているに過ぎない。育ちの良い人間は、そんな成り上がりは、軽蔑して見ている。(料理が苦手な人は、頭が悪いか、ズボラのどちらか) 料理や掃除が苦手という人も、それだけで×である。料理が苦手とか下手という人は、2つの内のどとらかである。1つは頭が悪い、2つはズボラで努力が嫌いな人である。 今はネットで料理など、いくらでも作り方が紹介されている。それらをいくつか見れば、和風でも中華でも、イタリアンでも、数回でマスターできる。そして、国は違っても、料理のコツはほぼ一緒で、そのコツを理解すれば、料理は楽しくなってくるものである。 筆者は普段は和風の料理だが、休みの日などに、スパゲッティ料理など洋風料理をする。カルボナーラでも、ペペロンチーノでもなんでも作れる。そして、友人知人に出すと、おいしいと褒められる。筆者は誰にも習っていない。ネットや本で覚え、それを実行しているだけである。 部屋の片づけが下手とか苦手という人は、これもズボラか、ちらかっていても、何とも思わないという精神が破綻している人のいずれかである。 男性は好ましいと思う女性がいたら、是非、その人の部屋に行く事を勧める。部屋の様子を見れば、その人の普段の生活態度がわかるし、ものの考え方も理解できる。 そして、相手の部屋に行ったら、とにかく、目の前で料理を作ってもらうのを勧める。目の前で料理をしてもらえば、普段、どれだけ料理をしているかなどは直ぐにわかる。 デートの度に料理を持ってくるので、料理好きかと思って結婚したら、それは女性の母親が作ってくれていたなんていうバカな話など、目の前で料理を作ってもらうことを怠った人間の失敗例だ。 人間は毎日、何百万回という細胞分裂をして、毎日、新しい細胞が生まれている。この新しい細胞は、食べた料理から作られる。だから、健康で病気をしないで過ごせるようにするには、食べるものが重要になってくる。 自分が健康でいたいなら、料理がダメな相手と結婚してはいけない。これは女性に求めるだけでなく、男性にもだ。普段、仕事に忙しい男性に毎日、料理を作る事など求めるのは難しいが、休みの日などに、夫が手料理を作ってくれ、それが美味しいというような人を女性は選ばないとだめだ。 筆者の体験で、美人で、大学も非常に高学歴で、英語もペラペラ、勤めているのも有名企業という女性と付き合った事がある。 少し親しくなって、その女性の部屋に行ったら、部屋に皿がほとんどない。筆者が皿がなくて、料理はどうしているのかと尋ねると、「洗うのが面倒なので、紙の皿を使って、使い捨てにしている」と彼女が言った。こんなタイプの女と結婚したら、大変な事になる。 この時は、彼女は料理が全くダメだと理解したので、筆者が近くのスーパーに行って、すき焼き料理の材料を買ってきて、筆者が作って、2人で食べて、部屋を出た。(美人の95%は性格がブス) 結婚相手に美人を求める男は、そのほとんどが失敗する。多くの婚活コンサルの人が言っているし、筆者の体験でも、そうだが、「美人は95%は性格がブス」である。 理由は簡単で、女性は美人に生まれつくと、子供の頃からちやほやされ、次第に、ちやほやされる事が当たり前になり、傲慢になっていき、それが当然と思うようになるのである。 芸能人で美人で良くテレビなどに出ている人でも、性格悪そうだなという人は多くいる。人気があり、企業がCMによく使っている人で、性格ブスだと思う人は少なくない。 男でイケメンとか、美男子とか言われる人で、性格がブスな人は6,7割である。男は女性と違って、いくら顔が良くても、学校の成績が悪いとか、スポーツが苦手などである、また、家が豊かでないなど、他の要素で点数をつけられるから、女性ほど、容姿だけで天狗になったりしないからである。 部屋の片づけが下手とか苦手という人は、これもズボラか、ちらかっていても、何とも思わないという精神が破綻している人のいずれかである。 昔からの言葉で「美人は三日で飽きる」というのがある。いくら美人で、連れて歩いたら、自慢できるような人でも、年をとれば、美貌は衰える。そもそも、自分の彼女や女性が美人だと他の人に自慢をしたい人は、それだけで、自分に自信がない証拠とも言える。(重要は義両親、義兄弟、姉妹の存在) 結婚相手を選ぶ際に、その他に重要なポイントがある。それは相手の親や兄弟の存在である。それらの人が遠い地方に住んでいて、滅多に会わないというなら、どんな人でも問題ないと思うかも知れないが、それでも、年を取ってくれば、介護や面倒を見るという話は出てくる。 結婚相手を探す際に、女性が長男を避けるという話がよく出てくるが、親の介護は長男やその嫁だけの事でなく、次男も三男も平等にかかってくるもので、長男を避ければ、OKという話ではない。 地方で、古い考えが残っているところもある。今の時代は少し変わったかも知れないが、筆者が若い時や、現役時代には、東北、九州、北陸、山陰の、それも都会ではない、地方出身で、親がそうした地区に住んでいる男を女性は結婚相手に選んではいけないとのがあった。 正月休みには帰省が当然で、親戚が多く集まって、酒盛りをするというような習慣が今でも残っている地区の男性と結婚したら、女性は大変である。 義両親だけでなく、結婚相手の人の兄弟姉妹がどんな人かというのも重要である。結婚を意識して、挨拶に行って、変な義理の兄弟、姉妹がいたら、その相手は避けた方が無難だ。 遠くに住んでいるので関係ないと思うかも知れないが、変なとばっちりが飛んでくる事は十分あり得る。(絶対選んではいけない専業主婦志望の女性) 男が結婚相手を選ぶにあたって、専業主婦希望の女性は絶対避けるべきだ。そういう事を言う女性は、「女は会社の仕事ではなく、家事をするのが仕事で、日本は代々、それをしてきた」というが、それは真っ赤な嘘だ。 前にも書いたが、縄文時代、動物の狩りをして生活をしていた時代でも、女性の7割が狩りに参加していた。また、紫式部、清少納言の時代、1500何前でも、彼女達は結婚し、出産した後も家事、育児と並行して仕事をしていた。 江戸時代の長屋住まいのクマさん、ハッさんの奥さんは、亭主とは別に仕事を持って働いていた。専業主婦は日本の戦後の高度成長期の僅か2,30年の期間だけのもので、こちらが異常だったのだ。 筆者はまさにそうした時代を働いた人間だが、あの時代は週の休みが1日で、かつ、1か月に100時間残業などというのが珍しくなく、夫は休みの日は、家で横になって、何時間も昼寝をしないと、翌週の仕事が続けれらないという状況だった。 家電製品も発達していないくて、妻は家事を一人で、長時間しないといけない時代で、「専業主婦をせざるを得ない時代」だったのだ。 それが、女性が専業主婦をして、楽して、楽しくカフェランチとか、優雅にエステなどという話が出て来たのは、筆者の世代の子の時代になってからだ。 自分の母親が専業主婦でフル回転して大変だという実態を見ずに、自分の母親は専業主婦だったという事だけが頭に残り、そして、日本が豊かになり、家電も発達して、主婦が少しゆとりが出て来た状態を見て、自分も母親のように楽をしようと勘違いをした人が、専業主婦を望むのだ。 だが、長く専業主婦をしてきた人は、世の中の動きに取り残され、実態と違う報道しかしないテレビに毒され、いざ、働かないといけないとなった時に、コンビニのレジのような簡単な仕事すら、満足に出来ないというどうしようもない人が誕生するのだ。 今の時代、どんな大企業でもリストラはあるし、突然の病気をある。離婚も3組に1組の時代だ。突然の事があった時に、専業主婦で、のんびりした生活を10年以上してきた女性は、コンビニのレジの仕事すら、満足に出来ずに、家族も本人も苦労する。そんな未来があるのに、専業主婦を志望する女性は簡単に言えば、時代を見ていない、頭の悪い人たちなのだ。(月給の1割、賞与の半分は貯金) 価値観が合わない人と結婚してはいけないと書いたが、その価値観とは何かということだが、その重要な1つは金銭感覚である。収入をどう使い、どう貯え、いざという時に備えるのかという考えで、同じ感覚がない人とは結婚してはいけない。 筆者の妻は独身時代、給与が入ると、用意してある電気代、ガス代、家賃などの袋に、それぞれの金を入れた。当時はまだ銀行の自動引き落としなどなかった時代で、振込用紙が送ってこられて、それを支払うというやり方だったので、支払わないといけない料金の金を、それぞれの袋に入れた。 そして、月給の1割は貯金と決め、これも貯金用の通帳と一緒にして分け、残った金を30で割って、その2日分を財布に入れて、その日に使って良いものと考えて行動したという。1日分で収まれば良いし、2日分使った翌日は買い物はなしと決めていた。 いざという臨時の出費の時のために、定期入れに5千円とか1万円は入れておいて、非常時に対応していた。賞与は半分は貯金し、半分は、欲しい物で普段買えなかったものを買った。 筆者自身は妻のように支出の1つづつの袋までは用意していなかったが、考え方はほぼ一緒で光熱費などの支払いの金は、まとめて1つの袋に入れ、その月の給料から貯金に充てる金は、貯金用の通帳と一緒にして、引いた。そして、自分の小遣いを財布に入れ、妻と同じでいざ、臨時で支払わないといけない時のために、これも定期入れなどに1万円を入れていた。 貯金は月々の金が余ったらするものではない。最初から天引きで貯金するものだ。月給の1割は貯金する。これは最低の条件である。そして、賞与も半分は貯金した。 筆者が就職した大手マスコミは世間一般からすれば、給与は高かったが、それでも、戦後の復興がやっと始まった時代で、初任給は3万6千円で、月給が10万円を越えたのは、入社して10年位経ってからである。 それで、筆者は今からすれば、本当に安い給料とボーナスから貯金し、一定になったら、それを株で運用して、社会人10年で、1千万円の貯金が出来た。 今の時代でも、月給の1割、賞与の半分を貯金というのは、筆者は当然だと考えている。こうすれば、若くて給料がそれ程高くなくても、年間で70万円くらいの貯金は出来る。5年経てば、株などの運用がなくても、3、4百万円の貯金となる。(結婚式、新居の費用を出しても、貯金が残る人) 結婚式の今の平均値は300万円程である。集まった人のご祝儀で半分は賄えるので、自己負担は150万円。それを結婚する2人で半分づつ負担をすれば、男性、女性の負担は75万円である。 晩婚化時代というが、結婚する人が多い、中央値は今の時代でも、26歳位である。大卒で社会人5年程。この結婚しようとする時に、男性も女性もそれぞれに、貯金が3,4百万円あれば、何の問題もなく、親に負担をかける事なく、費用を負担できる。 結婚式の代金、新居の入居の敷金など、そして、新しく買う家具、家電なども、男性、女性がそれぞれ3,4百万円の貯金があれば、結婚にともなう出費が150万円だとしても、半分は残ることになる。 そして、3,4万円貯金をした経験がある人は、数年で使った分の補填が出来る。結婚する相手は、こうした金銭感覚、人生設計を共有できる人でないと無理である。 貯金がほとんどないのに、豪華な結婚式を挙げたいとか、新婚旅行は海外にとか、新作のブランドバックが出たので、直ぐに買うというような人は、金銭感覚が緩んでいるとしか言えない。 金だけでなく、人生設計でも、意見が一致する人とでないと、夫婦として長くはやっていけない。子供の人数、その子供にはどういう教育をしていき、それにどれだけ金がかかり、それをどう捻出していくか、などという人生設計で意見が噛み合わない人と結婚したら、毎日が衝突の連続である。 それぞれの両親の面倒をみるかみないかとか、同居について、どう考えるかなどについても、結婚するとなると、意見のすり合わせをしないといけない。 自分が結婚する時は、まだ30歳前後。という事は親はまだ現役世代である。 これからの時代は、親が自分の老後の資金を自分で用意し、施設に入る資金など自分で用意しないといけないが、結婚する相手とも、こうした価値観を共有し、それぞれが自分の親に、普段から、「子供への援助は不要だから、自分たちの老後の資金手当てをしっかりしてね」というような話をしていくような人同士でないと、いざという時に揉めて、離婚というような事になりかねない。 親の老後だけでなく、自分たちの老後についても、どうするかという考えを共有し、それに備えた対策を実行していける人でないと、結婚相手としては、失格である。 夫が定年になった後、毎日、一日中、家の中にいて、何もしないで困るという話も良く出てくるが、これなども、老後の対策を普段からきちんと考え、話し合いをして来なかったから、出てくる話である。
2026.05.22
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(マイホーム取得が男の甲斐性と言われた時代) 自分の住む住居について、所有か賃貸かという話がよく出てくる。筆者が若い頃、高度成長期からバブル時代にかけては、銀行ローンを組んででも、マイホームを手に入れるのが、男の甲斐性と言われていた。 筆者も父親が2歳半で死んで、子供の頃、貧しく、ずっと賃貸住宅での生活だったので、若い頃から、自分の家を手に入れてやるとずっと思っていた。 そして、社会人10年で、1千万円の貯金をして、36歳の時に、東京のターミナル駅から30分くらいの埼玉県のある市の静かな住宅街に中古の戸建の家を買った。 駅までは徒歩で5、6分で、敷地の直ぐ隣に大学があり、住むには住環境は悪くなかった。土地の広さは50坪程で、家は当時としては普通の平屋で、3DKくらいの広さだった。 この家を買った時、仲介の大手の不動産屋の社員に、「今の人は、30歳で中古のマンションを購入し、35歳で中古の戸建を買い、40歳で新築の戸建を買うというのが、大手企業に勤める人の標準パターンです」と言われたのを今でも、覚えている。 何故、5年ごとに買い替えるかと言えば、5年経てば、給料も上がり、かつ高度成長期で、不動産価格も上がって行くので、自分の所有できる不動産がレベルアップしていくという発想だったのである。 筆者はこの埼玉県の戸建の家は、1年位で売却し、次は東京の郊外の市部に戸建の家を買った。埼玉の家を売った最大の理由は、職業上、夜遅く、夜回り取材の後、タクシーで家に帰るのに、首都高から関越自動車道路を使い、家の近くの場所で一般道路に入るのだが、住宅地なので、大きな標識がなく、タクシーで寝ていたのを起きて、運転手に家への道を説明しないといけないのが、とても辛かったからである。 埼玉の次に買った中古の戸建は、東京郊外で、大学の学園都市である地名で、一応は豊かな人が住んでいる地区と言われていた所の物件で、土地は55坪、家は2階建てで、5LDKと前の家よりも広く、駅前では徒歩10分の距離だった。駅から都心のターミナルまでは電車で30分だった。 東京郊外の家は、埼玉の家よりも、価格は数百万円高かったが、埼玉の家もそうだが、当然、少し銀行ローンを組んでの購入となった。 価格が高い分、毎月のローンの支払額も埼玉の家に比べて多く、ローンを支払うと、月々の生活に余裕がなかったが、昇給などもあり、数年でそれ程、苦しくなく、ローンを支払い、生活できるようになった。 ただ、今の低金利の時代と違って、当時は金利が高く、銀行の住宅ローンは8%が当たり前の時代だったので、銀行からもらった返済予定の表を見ると、10年位は、毎月の返済金額の7割は金利の支払いで、借りた金の元本はほとんど減っていなくて、ため息が出る内容だった。(バブルで銀行融資を勧められ、家を新築する) この東京郊外の家に住んで数年後に、筆者は独立して、フリーのジャーナリストとなり、次第に乞われてコンサルをするようになっていった。東京郊外の中古の家は結構しっかりしていたので、建て替える必要もなく、仕事をしながら、粛々と家のローンを払っていた。 ところが、独立して5,6年経った頃、各社の大手の銀行員が筆者の事務所を訪ねて来て、金を融資するから借りてくれというようになった。それまでの常識だと、筆者がかつて勤めていた大手企業ならともかく、独立して小さな事務所を構える人間には、銀行は見向きもしなかった。 それが銀行の方から金を借りてくれと言って来たのだ。当時は、大手銀行もこれからは、中小企業との取引に力を入れると言い出し、それで、何行もの銀行の行員が事務所を訪ねて来るようになったのだ。まさに、バブル時代の拡大路線だったのだ。 コンサルの仕事に設備資金は不要なので、金を借りる必要はないと断ると、ある大手銀行の行員が、それなら、融資をするから不動産を買わないかと言い、住んでいる家の話をすると、その家を新築にする資金を融資すると言ったのだ。それまでの常識では考えられない話で、まさにバブル時代だったのだ。 そこで、家を買う時に金を借りた大手銀行の融資担当にこの話をすると、「他行ではなく、是非、ウチの銀行で借りて、建て替えをしてください」というので、2千万円程を借りて、家を建て直す事にし、新築の家に10数年住んだ。 この東京郊外の家は、中古の家を買った時、価格は2千万円を切っていた。そして、埼玉の家を売った時に手にした金があったので、中古の家を買う時のローンはそれ程多くなかった。だから、2千万円を新規に借りても問題なかったのである。 この家を建て直す前にバブルが訪れ、ある時、地元の不動産屋が中古の家を売ってくれと言って来た。「即金で1億円で買います」と。心を動かされたが、この時、この家を買ってから、実際の年数は10年経っていたが、会計年度では10年に少し足りなかった。 家を購入して10年未満で売って、利益が出ると、利益の半分を税金で取られるという制度があったので、1億円の話は断った。そして、バブルはやがて消滅したので、家の評価額は普通に戻った。(不動産を所有すると、かかる修繕費と固定資産税) その後、会社の事業でのトラブルで、数千万円の金を出さないといけなくなり、この建て直した家は売却し、同じ地区の中古マンションを購入した。バブルは終わっていたが、家を建て直して、10年程ということもあり、家は5500万円で売れたので、ローンを清算しても、中古のマンションが買えたのである。 以上書いてきたように、埼玉と東京郊外で、銀行ローンを組んで戸建を買い、中古の家に10年、建て直した家に10年程住んだが、その買った中古マンションも2年程前に処分し、今は中所得者向けの公営住宅に住んでいる。 自分自身の体験でも、また、友人知人の不動産に関する体験を聞いても、不動産は実際に自分が体験しないと、わからない事が多い。 戸建の家からマンションに引っ越して、妻が言ったのは、すごく楽になったという事だ。それは戸建は結構大きな家だったので、出かけるには、戸締りが結構大変だし、庭の雑草の手入れが頻繁にしないといけない。 また、戸建は冬は寒く、朝起きたら、暖房をすぐつけないといけないが、マンションは上下左右の他の部屋からの暖房で、部屋が基本的に少し温まっているので、直ぐに暖房をつけなくてもそれ程寒くない。 更に戸建は壁や屋根の修繕手入れに結構金がかかる。これを10年に1回位しないといけない。それに1回100万円からの金が出ていく。 筆者が取材で親しく付き合わせていただいた経営者の人から、年賀状でそれまでの戸建からマンションに引っ越したという知らせが、何人もの方から頂いた。次に会った時に、住居移転の話を聞くと、皆、異口同音に、「女房孝行ですよ」という。理由は、筆者の妻が言ったのと同じで、庭の手入れや出かける時の鍵かけなどの面倒臭さを妻に言われての引っ越しだった。 マンションは毎月修繕積立金を管理費と一緒に支払っているので、戸建のように、直ぐに100万円というような出費にならないが、それでも、どのマンションでも、10年毎に大規模な修繕工事を行っているが、今は物価高騰で、修繕積立金が不足して来ていて、10年を数年伸ばしたり、住民が不足分を補うために金を出すというような話も出ている。 加えて、不動産を所有すると、固定資産税が毎年かかる。これが結構バカにならない。筆者の知人で筆者と同年代の人で、住んでいたマンションの固定資産税を払うのが大変で、売って、賃貸に移り住んだという人もいる。 東京で郊外に中古マンションを持っていると、固定資産税と管理費で国民年金が丸々飛ぶくらいの金が取られる。(所有不動産を処分して、公営賃貸住宅に移住する人も) 戦後の復興から高度成長で、マイホームを手に入れるのは、男の甲斐性と言われ、会社に近い所は高いので、郊外に家を買い、通勤に1時間半もかけて通うというケースは珍しくなかった。でも、長距離の通勤時間は当然、体力の消耗になる。 筆者は都合で、数年、URの部屋を借りた事があるが、住んでいる人と話をすると、それまで戸建に住んでいたが、金もかかるし、子供が巣立って、広い家も大き過ぎて不便だからと言って、家を売却して、URの賃貸に引っ越したという人が結構いた。 そういう人の話を聞いても、筆者の体験でも、家は所有だと、ローンが終わっても、修繕費と固定資産税がかかってくる。こうした金を計算すると所有と賃貸は、総計で費用はほとんど変わらない。 所有の大きな問題の1つは、家族が多い時は部屋数が多い広い所が必要だが、子供が巣立って、夫婦2人だけになると、広すぎて、普段の掃除や手入れが結構大変だという事だ。 江戸時代から、昭和の戦前まで、日本の普通の庶民は、農家などは別として、都市で住んで仕事をしている人は、ほとんどが賃貸だった。これは別に貧しかったからではなく、家族構成、人数の変遷、増減で、借りる家を変更するのが、合理的だったからだ。だから、住み替えは何度も行われた。 今は少なくなったが、筆者が子供の頃、戸建の賃貸という家は珍しくなかった。筆者の小中学生の頃は、マンションタイプの住宅などはまだそれ程普及していなかったこともあってか、賃貸の住宅は、いわゆる長屋だけでなく、戸建の賃貸住宅は多く存在し、筆者も戸建の賃貸に何軒も住んで経験を持っている。 戦後の混乱期、高度成長期、そして、バブル期などを経て、今は長期低迷の30年を経て、どうにか再度、成長期になろうと努力している時代だ。その時代時代によって、価値観、ものの考え方が違うのは当然で、戦後の時代のように、「マイホームを持つのが男の甲斐性」という時代は終わったのではないかと筆者は考える。(中年はUR,JKKの公的な住宅活用、老後はリゾマン所有) ずっと賃貸住宅に住んでいての問題点は、老齢になると、民間の賃貸住宅に入居しようとすると、断られる事だ。これは大家が入居者に孤独死などされたら、大変だという理由で、独居老人の入居を拒否するからだ。 しかし、上に書いた自分の家の売却してURに入居した夫婦の話ではないが、東京やその近郊なら、公的な住宅は整っている。 筆者はURにも住んだ事があるし、JKK、東京都の住宅供給公社の住居に住んだ事もある。これらのものは、一度、入居すると、年寄りだから出ていけというような話にはならない。 一定年齢の人は入居時に、何年というように期限を切られる事もあるが、余程の事がない限り、自動的に延長になる。 都営住宅は所得の低い人への福祉の意味があるが、JKKは東京都が自ら「中所得者向け住宅」と謳っているように、一定年収がある人が入居対象なので、入居時の審査さえ通れば、問題なく、入居できる。 また、URは金さえ払えば、ほぼ自動的に入居できるため、中国人など外国人が多くなり、場所によっては、住人の半分が中国人などというような所も出て来ている。 これに対して、JKKは入居には書類審査がある上、それを通過して人には面接があるので、外国人は入ってきにくい。JKKについては筆者は自分自身と、自分の姉の入居の手続きをしたので、わかるが、普通の日本人なら、条件さえ満たしていれば、落ちる事はそんなにない。 そして、東京の郊外なら、JKKの部屋は結構空きがある。家賃は民間の同じ広さの部屋の半分近い価格だ。 筆者のお勧めは、若くてバリバリ仕事をしている時は、通勤に便利な場所に住み、年数が経って、少し時間の余裕が出てきたら、URかJKKに住み替えをすることだ。 そして、子供達も巣立ち、自分も妻も定年退職をする頃に、それまで貯えた金で、東京郊外の中古のマンションを買うか、静岡県などの温泉地のリゾートマンションを購入する事がベストの選択ではないかと考える。 東京郊外の主要駅の周辺は、スーパー、百貨店、レストラン、公的施設、などが整っていて、住んで生活をする上では問題はなく、快適に生活ができる。そして、何よりも、緑が多く、空気がおいしい。 東京郊外の中古のマンションは2千万円程で買えるし、静岡県などの温泉別荘のリゾートマンションなら、1千万円以下で買え、毎日、温泉に入って過ごす事が出来る。 こうした物件を購入した残りは、前にこれも書いたように株式市場で、循環株投資をするれば、運用金の2割の利益が出せる。運用金が2千万円あれば、年間利益は400万円である。年金と足せば、ゆったりした生活が出来る。 若い時に、苦しい思いをして、銀行ローンを組んで、不動産を購入するメリットは少ないと思うが、いかがだろうか。
2026.05.19
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(妻に食べさせるために始めたケーキ作り) アイスクリームを好きな人は多い。特にこれから、暑くなるにともなって、その需要は増えるだろう。しかし、その一方で、市販のアイスクリームはあのふわふわした成分は、消火器の泡と同じで、食べるべきではないという人も少なくない。 市販しているアイスクリームで、健康上食べて良いものは、3種類だけだと書いている人もいるくらい、市販のアイスクリームは体に良くないものを含んでいるのだ。 筆者は4年前位から、ケーキ作りを始めた。それまでケーキ作りなどした事は全くなかった。妻は子供がまだ小学生位の時、ケーキもパンも作っていたが、筆者は食べるだけだった。 それが、ずっと透析をしていた妻が次第に普通の食事が摂れなくなって来た。その一方で、卵は1日3個は必要で、栄養を摂れと医者に言われていた。そんな話を聞いて、筆者はt卵を多く摂れるものという事で、4年位前にケーキ作りを始めた。 今の時代、料理でもケーキ作りでも、ネットで専門家が動画付きで詳しく作り方を説明しているので、作り方を知るのは、そんなに難しくない。 そして、毎日同じケーキだと飽きるので、色々なケーキ作りに挑戦し、10種類位のケーキの作り方を覚え、順繰りにそれらを作るようになった。妻はそのどれもを美味しいと言って、嬉しそうに食べてくれた。冷蔵庫には常に3,4種類のケーキがあって、その日も気分で選べるようにした。 ネットで料理でもケーキでも説明している人は多くいる。水泳や野球などでも一緒だが、説明が上手な人もいれば、何これというようにわかりにくい説明をする人もいる。 ネットで説明している多くの人を最初にセレクトする方法は簡単で、再生回数を見る事だ。説明や、その中身が今一つの人は再生回数は伸びない。10万、20万回以上の人の説明は、それだけ多くの人に見られているという事だ。 そして、再生回数が多い人については、見た人の感想文を読んでみる。その感想文で「説明通りやってみて、美味しくできました」と書いている人が数人いる人を選べば、まず間違いなく、美味しく作れる。一般的に有名だからと言っても、説明がわかりにくかったり、この作り方、違うよという人も少なくない。 こうしてケーキ作りを10種類くらい覚えたが、後は、自分流に少しづつアレンジして、自分のやり方と味を確定していけば、美味しいものが簡単に出来るようになる。 筆者が作ったのは、アイスクリーム、プリン、ティラミス、タルトタタン、レアチーズケーキ、ヨーグルトケーキ、クリームチーズケーキ、バニラチーズケーキ、生チョコ、そして、ブルーベリーアイスクリームなどである。 妻が透析病院で世話になっている看護師さんたちに食べさせたいというので、何回か作って持って行ったが、お世辞かも知れないが、好評だった。(卵は分離器で分け、別々に泡立てる) アイスクリームの作り方も色々あるが、筆者が専らしているのが、卵と砂糖(グラニュー糖)、そして、バニラエッセンスの3つを原料に作る作り方である。生クリームや練乳などを入れるやり方もあるが、卵と砂糖をベースにバニラエッセンスで味を調えるのが一番シンプルで、作りやすい。 筆者は1回で少し大きめのタッパーに一杯になるアイスクリームを作るので、卵と砂糖は多めに使う。そうすれば、1回作れば1週間はもつ。 筆者のやり方は、卵7つを1回に使う。卵はまず、白味と黄味を分ける。100円ショップのセリアで卵の白味と黄味を分ける用具を売っているので、それを買ってきて使っている。こうすると、簡単に分離が出来る。 分けた黄味7個分はボールに入れて、泡立て器で攪拌した後、グラニュー糖50gを入れて、更に攪拌する。 白味は別のボールに入れて、メレンゲを作る。この泡立て具合が出来上がりの舌触りに影響するので、白味の攪拌には、電動のハンディーミキサーを使う。ハンディーな電動ミキサーは料理作りには便利な用具なので、買う事をお勧めする。ホームセンターに行けば、1500円位で売っている。 白味は電動ミキサーで少し泡立って来たら、こちらにもグラニュー糖を50g入れて、更に攪拌して、泡の角が立って、ミキサーに糸を引く位の感じになるまで攪拌する。 白味と黄味が攪拌出来たら、一緒にして、白味の泡が壊れないように、これをゴムベラで少し丁寧に混ぜる。そして、バニラエッセンスを10滴位垂らして、色が均一になるくらいまで混ぜれば、OKである。 ここまで来たら、これをタッパーに入れて冷凍庫に入れる。冷凍庫に4,5時間入れたら、一度取り出して、今度はタッパーのまま、大きめのスプーンで混ぜる。白味と黄味はゴムベラでよく混ぜても、冷凍の団塊でまた、分離した形になる。これをスプーンで良く混ぜるのだ。 混ぜて色が均一になってきたら、再度冷凍庫に入れて丸1日冷凍すれば、美味しいアイスクリームが出来上がる。冷凍をすると、少し大きさが縮むので、小さめのタッパーに入れて、冷凍している。 卵7つを割って、白味と黄味を分け、それぞれ、泡立てて砂糖を入れて、混ぜてタッパーに入れるまで、10分か15分で出来る。4,5時間の冷凍から一度出して、混ぜ直すのも、数分で済む。自分がする作業は合計で20分もかからない。 この作業を1週間に1度位すれば、冷凍庫には常時、アイスクリームが入っていて、食べたい時は、いつでも食べる事が出来る。筆者の冷凍庫には少し小ぶりのタッパーが常時2つ入っている。そして、1つが空になると、次のアイスを作るという感じである。(体に入ると互いに反応をし合う化学薬品) 前にも書いたが、筆者は数多くの工場を取材、見学をした。自動車工場、電気製品の工場、食品工場、スーパーの総菜の工場、青果市場の選果場の工場など様々な種類の工場を取材した。 詳しい理系の知識など知らなくても、自動車工場を取材すれば、トヨタが他の自動車企業よりも、優れている事は直ぐにわかる。車が流れているスペース、働く従業員の動きなどを見れば、他の企業と明らかに差がある。 食品工場は、どんな大手でも、消費者が考える程、きれいではないし、これで市場に出しているのと、驚く事も少なくない。選果場では、果物や野菜を流し、洗うベルトコンベアーの最後の工程では、果物や野菜が見た目がきれいになるように、ワックス掛けをしている。我々はワックスを食品と一緒に食べているのだ。 スーパーの総菜やコンビニの弁当作りの工場は、それをみたら、その商品はまず食べる気にはならない。その上、日本の役所は、食品に使って良い保存剤、防腐剤、化学薬品について、欧米の他の国比べて、遥かにゆるい基準を使っていて、海外で禁止になっている化学薬品が多く使われている。 大手だから大丈夫などとは絶対思わない事だ。そして、化学薬品の多くは慢性毒性で、じわりじわりと体に蓄積されていくのだ。 厚生省のある幹部のOBと話をした時に、彼が言った言葉を今でも覚えている。「化学薬品は、体内に入ると、互いに化学反応を起こすのです。だから、1つ1つは基準を満たしていても、複合になると、何が起きるかわからないのです。だから、サプリでも、薬でも、できるだけ飲まない方が良いのです。複数の物を毎日併用するというのは、本当は恐ろしいのです」 自分で再生するのが難しいなら仕方がないが、上に書いたアイスクリームのように、簡単に自分でできるなら、やってみない手はないだろう。
2026.05.12
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(家事は大変だという認識を持ち、子供の時から手伝っていた) ネットサーフィンをしていると、結婚、離婚、婚活などの話は良く出てくる。そして、夫婦喧嘩や離婚の話だと、決まったように出てくるのが、「誰のお陰で、楽な生活ができているのだ。俺がお前を食わせてやっているんだぞ」という夫側の言い分だ。 こういう話に出会う度に、現在80歳の筆者の世代には全く、こうした発想がないのにと、驚かされる。 筆者は今でいうところの出来ちゃった婚で、就職先が決まって落ち着いた大学4年の秋に妻が入籍し、社会人になった1年目の4月には父親になっていた。そして年子で下の子が生まれたので、20歳代半ばで2人の子持ちになった。 前にも書いたが、筆者の20歳代は週の休みは1日で、記者だから泊り、つまり宿泊勤務が週に1回は必ずあったが、泊りの日にも朝から働いていたし、明けの日も、前の夜に2,3時間しか寝られていないにもかかわらず、夕方まで仕事をしていた。 時間外労働も多く、月に100時間を超える事も珍しくなかった。だから、週1日の休みの日は、日中、ソファーなどで横になってひたすら、。とろとろと昼寝をして、体の回復に努める状態で、妻に家事の協力などまともに出来なかった。 当然、家事、育児は妻任せで、妻は嫌でも専業主婦となった。当時は、家電製品もまだ発達していなくて、洗濯機は2層式で、今の全自動式とは異なり、洗濯の途中で、衣類を1つの層から別の層に手で移動させないといけないようになっていたし、レンジなどのような便利な家電もなく、家事には今の2倍の時間と手間がかかった時代だった。 筆者の母親は筆者が子供の頃、1日に2回、箒で部屋を掃き、そして、毎回雑巾で畳や床を丁寧に拭き掃除していた。子供心に不思議に思って、何故、1日2回も掃除をするのかと聞くと、東京は土壌が関東ローム層で、埃がひどく、毎日2回拭かないと、畳や床が汚れてしまうのだと、母は説明してくれた。 母は明治生まれの人で、三代続く江戸っ子だったので、和服が多かったが、和服は丸ごと洗濯できないので、時々、和服をほどいて布にして、それを当時は洗濯機もまだ普及していなかったので、たらいで手洗いして、干した後、再度、縫い合わせるという事をしていた。 母の家事がいかに大変かがわかっていたし、母も子供の出来る家事の分担を筆者にさせていた。おせち料理で煮るのに時間のかかる豆類は、小学生の高学年位から筆者の担当だったし、栗きんとんのサツマイモの裏ごしはいつも筆者がやらされていた。中学、高校位になると、風呂桶の掃除や玄関回りの掃き掃除も、筆者の担当だった。 家事は手間がかかるし、大変なものという認識があったので、子供たちが母親に協力して、手伝うのは当然だと思っていた。 筆者は昭和20年の終戦の少し前の生まれだが、中学校ではクラスの3人に1人が父親がいなかった。戦争で死んでいたのだ。母子家庭で、多くの家庭で母親は働きながら、家事もしていて、大変なのを知っていたので、子供は率先して、母親の手伝いをした。 筆者が社会人になる頃には、東京だけでなく、全国の主要都市にもどんどん建物が建つようになり、関東ローム層による砂埃はひどくなくなって来て、さすがに1日2回掃除というのはなくなって来ていたが、家事は大変だという意識はあったので、妻には感謝こそすれ、「俺が妻や子供を食わせてやっているのだ」などという発想は全くなかった。 これは筆者だけでなく、同世代の男に共通の意識で、男は仕事だけをしていれば良いなどという考え方は全くなかった。だから、結婚した後も、時間の許す範囲で家事は手伝った。子供が赤ん坊の頃、結構、風呂に入れたりして、妻がその様子を妻が撮って写真も残っている。 そもそも、おせち料理は、普段家事で休めない主婦を正月の3が日でも休んでもらおうと考えて出来たもので、妻の家事は大変だという認識は昔からあった。だから、大変な作業をしている母に感謝する「母の日」も生まれたのだ。(20年足らずで経済復興した日本) 広島、長崎への原爆投下だけでなく、東京、大阪など主要都市には終戦の少し前に爆撃が行われ、1夜で10万、20万人の人が死んだ。一般的には原爆投下で日本は終戦を決意したと言われているが、実際は天皇が終戦を決意したのは、東京大空襲による被害だったという。 皇居から江東区にある富岡八幡宮へ昭和天皇がお参りした際に、清澄通りの通り沿い、そして、近くを流れる隅田川に多くの死者があるのを見て、天皇は「これ以上、戦争を続けてはいけない」と覚悟したという。 大都市への空襲だけでなく、主要工場も爆撃されて灰になっていて、日本の復興には最低50年はかかると言われていた。それが国民の懸命な努力で奇跡の復興と言われるように日本は蘇り、1964年、終戦から19年で、東京五輪が日本で開催されたのだ。 工場や産業が復興しただけでなく、新幹線が出来上がり、高速道路も走り、どぶ川だった隅田川はきれいに蘇った。戦後の経済復興で、工場から出る排水で真っ黒で、異臭を放っていた隅田川は、そのまま、日本を訪れる外国人には見せられないとして、河野一郎大臣が川に酸素を大量に注入する事で、バクテリアを多くして、死んだ川を蘇らせたのである。 20年足らずで経済復興した日本に驚いて、イギリスの経済紙エコノミストが奇跡の日本復興の原稿に書いた。日本語で翻訳も出ている。「日は昇る」というタイトルだ。この特集記事を中心になって書いた東京駐在員のビル・エモットは、その功績もあって、後にイギリス本誌の編集長にまで昇格している。 終戦の年に生まれた筆者は戦後の貧しい日本も、その後、ものすごい勢いで復興していく日本も見て来た。筆者が小学生の頃は校庭で野球をするにも、バットやボールがなかった。だから、角材を削ってバットを作り、ボールは布切れをぐるぐる巻いて作って野球をした。 小学校低学年の頃は、まだ、校舎が揃っていなかったので、午前と午後で小学年と高学年で授業を分ける二部授業というのが行われていた。小学校にプールが作られたのは、小学6年の時だった。 高校になる頃には高度成長が始まっていたが、高校の同級生のほとんどが、ツギのあたった服をまだ着ていた。1957年(昭和31年)、当時人気のあったフランク永井が歌った歌に「13800円」というのがあった。 「楽じゃないけど、たまにゃ一杯飲めるじゃないか」という歌詞がついていた。これは、昭和30年代になって、大卒の初任給が1万円を越えたという歌である。昭和40年(1965年)になって、大卒の初任給がやっと、2万円台になった。 週休二日制度は1980年代になってからである。大企業から始まり、中小企業にまで拡大していくのは、1990年代になって労基法が改正されてからである。(マイホームパパの団塊世代) 短期間に経済復興した事で、家庭の様子も様変わりしたし、若者の意識も数歳の違いで、大きく異なる。 筆者が小学生から中学生位までの間は、街のそこここに、戦争で手や足を失って、働けなくなった傷痍軍人と言われる人がいて、白衣を着て、金を恵んでくれるように頼んでいた。 小学生の頃は、食糧難で、親の世代は、なけなしの金や服を持って、東京近郊の千葉などの農家に行って、コメを売ってくれるように頼んで回った。そして、偉そうに怒鳴られながら、やっとコメを手に入れて、汽車(当時は電車はほとんどなく、乗り物は汽車中心だった)が上野駅近くになると、ヤミ米を取り締まる警察官が汽車に乗って来る。 コメを持っていると、逮捕されるので、親たちはやって手に入れたコメを汽車の窓から、泣きながら投げ捨てる。線路沿いの道路にいた子供たちが、それに群がって、わずかばかりのコメをすくう。そうした風景を小学生の時に何回も見た。 団塊の世代は筆者の3歳年下から始まる。団塊の世代は戦争に召集されていた若者が終戦で日本に帰って来て、妻との間に子供が出来たからベビーブームになったのである。 前にも書いたが、団塊の世代はギターを抱え、結婚では男も結婚指輪をつけるようになった。団塊の前の世代は男で指輪をつける者はほとんどいなかった。筆者も結婚で妻には指輪を買ったが、筆者自分用に指輪など買っていないから、持っていない。 筆者たちから見ると、団塊の世代はマイホームパパという感じの人が多かった。滅私奉公のように仕事をした筆者の世代に比べると、仕事よりも家庭優先で、妻や子供に対しても優しい感じがした。(世界一で傲慢になった日本の企業人、家庭にも、その態度が) しかし、その後、日本経済は更に発展し、日本企業は世界を征するようになってきた。 バブルが破裂し、アメリカに叩き潰される前までの日本は、主要日本企業が世界を制したのである。半導体は日本企業が8割のシェアを持ち、携帯電話も大きなシェアを誇った。自動車も電機も世界市場の中心選手となって行った。 筆者は、この頃から、家庭での男、夫の意識、立ち位置が変わって来たと思う。世界でトップとなり、自信を持つことは悪いことではない。だが、ジャーナリストとして、企業取材をしていて、バブル前の頃から、多くの日本の企業の人達の態度がとても、傲慢なように感じるようになった。 その姿勢が家庭にも持ち込まれ、妻や子供に対して、「これが稼いで、お前たちを養ってやっているのだ。俺がいなかったら、お前たちは生活していけないのだ」というような姿勢になってように思えてならない。 そして、その意識がその次の世代にも引き継がれ、今の40歳代から70歳代の人達には、妻や子供に対しても、傲慢な気風が引き継がれているように感じる。 妻の立ち位置も大きく変わって来ている。筆者の時代は家事、育児は本当に大変で、妻は自分の考え、意思に関係なく、物理的に専業主婦にならざるを得なかった。 だが、それが、日本が豊かになり、経済的にも余裕が出て来た上、家庭でも便利な電気製品が多く存在するようになり、妻は暇をもてあますようになって来た。中には、週に何回か同じような立場の友人とランチやカフェ巡りをするようになって来た。 そうした自分の母親を見ているので、今の若い10代、20代、30代の女性には楽が出来るというだけで、専業主婦を希望する人が多いというデータが出ている。 勿論、1人を大学卒業させるまでの教育費が2千万円、2人で4千万円で、それにマイホーム資金まで入れたら、夫一人の収入では無理があるとわかっている、考える女性は結婚しても仕事を辞めたりはしない。専業主婦は夫に何かがあったり、離婚したりした時に、悲惨になっているのはわかっているからだ。(老後の備えをせずに専業主婦で、カフェ巡りを続ける妻も同類) 筆者は、離婚や夫婦喧嘩の騒動で、夫が「俺が女房、子供を食わせてやっているんだぞ。だから、俺様が偉いんだ」という姿勢を示す家庭は、バブル崩壊でアメリカに叩き潰されたにもかかわらず、ジャパン・アズ・ナンバーワン時代のままの意識の日本企業人と、後々の事を考えず、また、働きもせずに、レストラン、カフェランチを楽しんでいるバカな妻の間のやりとりのように感じる。 妻が利口なら、長い夫婦の期間にもっと、夫をきちんと躾けないといけない。ある女性の料理研究家が病気をして、1,2週間入院をして帰ってきたら、家が荒れ放題で、夫はカップ麺やコンビニ弁当ばかりを食べていた事に危機感を持ち、それから夫を躾けた。 夫に料理を教え、3か月で一通りの事は出来るようにさせたという。何もしない感じの夫を躾けたコツは、不出来でも、とにかく文句を言わずに褒めまくったのだという。 夫が定年になって、毎日、どこにも行かずに三食の食事を出すように言って苦痛だという妻の話もよく聞くが、そんな事は予想できたのだから、夫が定年になる前に、彼の趣味なり、没頭できるものを一緒に見つけて、時間を使わせるように誘導する事はできるし、料理も定年後は夫が自分で支度できるように準備していくのは、妻の最低限の知恵である。 ある意味でも、「俺が妻と子供を食わせてやっているのだ」と傲慢に言う夫と、後々の事も考えずに、老後のための準備もせずに、専業主婦のままで、度々、カフェランチ巡りをしている妻は似合いの夫婦だとも言えるのではないか。
2026.05.08
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(GHQから武器を取り上げられ、無力になった終戦直後の日本警察) 終戦末期の事や終戦直後の事は、教科書などにはほとんど書かれていないので、知られていない事が多い。その1つが在日の問題だ。 韓国では、終戦後、李承晩が大統領になって、実際の歴史とは異なる話を学校で教え始め、戦前、日本に厳しい植民地支配をされて、ひどい目に遭ったという事実と全く異なる話が今でも、韓国の学校で教えられていて、それが事実のように定着しているし、事実を知らない韓国人が日本人を恨む原因になっている。 中国も同様で、戦後、多くの嘘を国民に教えて来たし、今でも教えている。その1つは中国の軍隊と日本の軍隊は戦った事はないのに、中国軍は日本軍と戦った事になっていて、それに勝ったとして、今でも、大々的に対日本戦勝パレードまで行っている。 中国の軍隊は国軍ではなく、共産党の軍隊である。この軍隊は戦時中、地方の田舎の山などに逃げていて、日本軍とは戦っていない。日本軍が戦ったのは、蒋介石が率いる軍隊で、共産党の軍は戦後、アメリカの援助を受けて、蒋介石の軍と戦って勝ち、大陸を支配したのである。 在日の話に戻すと、戦前の日本には朝鮮の人は100万、200万単位で住んでいた。そして、その彼らが終戦後の日本で、どんな事をしたかは、ほとんど語られて来なかった。 日本にいた朝鮮人が好き勝手をし始めたきっかけは、GHQ(日本占領軍)が警察から武器を取り上げ、事実上、治安維持活動をすることをできなくさせた事が大きい。GHQはそれだけでなく、戦争中、刑務所に収容されていた共産党員を釈放させた。 刑務所に収容されていた日本共産党幹部の徳田球一はGHQの手で釈放されると出所には、共産党が育てた朝鮮総連の人達が出迎えた。そこで、徳田球一が言った話は、今でも語り草になっている。「皆して、これから皇居に行き、皇后をもて遊んで、玩具にしよう」。こういう趣旨の話をして、気勢を挙げたのだ。 徳田の話はともかく、日本の警察が抑える事ができなくなった在日の人達は本当に戦争直後、好き勝手をした。その1つが、多くの場所で、駅前の一等地を不当に占拠し、自分のものにしたのである。それが、今でも駅前に、在日や北朝鮮系の人が経営するパチンコ屋が多く存在する理由である。 土地の不法取得だけでなく、我が物顔に暴れまわり、多くの日本人に暴行を加えた。そして、数多くの日本人女性がその被害に遭った。数人の在日に集団で日中、路上で乱暴されて、気が触れたり、自殺する人も出た。 そうした事を見て、許せないという思いで、徒党を組んで、これに対抗した人間が出て来た。それが後に山口組の三代目組長になる田岡一雄である。彼は昭和21年の秋に三代目組長になるが、その時点で、山口組は組員30人程度の小さな、地方の組にしか過ぎなかった。(終戦直後の日本における在日の人達) 在日の人達は、終戦から数年経ち、少し世の中が落ち着いて来ると、朝鮮半島が南北に分かれたものの、独立するようになる。そこで、日本に住んでいた在日の人は半島に帰国する動きが活発になり、まとめて船でほとんどの人が帰国した。 日本にいた在日の人達は、自分の出身地に応じて、北と南のそれぞれ帰って行ったのである。当時、朝日新聞が北朝鮮の事を「地上の楽園」と褒めたたえた記事を書いた事もあり、北系の人も多く半島に帰って行った。 在日の人と結婚した日本人女性もそれについて行って半島に渡って行った。だが地上の楽園などというのは真っ赤な嘘で、国は貧しく、かつ、自由な日本から来た人は北朝鮮では邪魔でしかなく、多くの人が収容所に入れられ、絶望の内に死んで行く人も少なくなかった。 南に帰った人たちは、一応、自由国家だったが、戦後の韓国を支配した李承晩は独裁政権に近く、強圧的な政治を行った。そして、北の影響を受けて李承晩を批判する人が少なからずいた済州島など南部の地区は、李承晩に徹底的に弾圧された。 これを受けて、命にかかわるとして、戦後、数多くの人が半島から日本に逃れて来た。今、日本で60万人とも言われる在日の人は、こうした人と、その子や孫の人達で、戦前から日本に住み着いていた人はほとんどいない。(港湾荷役、芸能事務所、プロレス興行なでと活動を広げる) 在日の話はともかく、山口組の話にもどると、田岡は時代を読む目も持っていた。彼は山口組の組長になると、組員に正業を持つように言い、賭博や麻薬関連の事をするのを禁じた。 そして、港湾の荷物の搬入や荷下ろしなどの作業を行う荷役作業に着かせて生活がしていけるようにした。更に、今で言う芸能プロダクションを設立して、スターのマネージングを行うようになった。 戦後最大のスターの1人である美空ひばりは、山口組が作った神戸芸能社所属の芸能人となったし、有名歌手だった田端義夫も神戸芸能のメンバーだった。また、戦後、絶大な人気を誇ったプロレスにも力を入れた。だから、田岡には全日本港湾荷役の協会や、プロレス協会の副会長の肩書もあった。 今、山口組というと、多くの人は暴力団という言葉を思い浮かべるが、これは戦後、警察がマスコミを使って彼らを悪者に仕上げ、潰しにかかったために、そういうイメージが出来上がって行ったためである。 戦前では、暴力団などという言葉は一般的ではなかった。ヤクザとか任侠の人達、興行師などというイメージだったのである。 テレビや映画などが普及する前の日本では、普通の人の娯楽と言えば、芝居の組の人達が地方を回って興行をし、それを見て楽しんだりするのが一般的だった。更に縁日などに夜店が出て、食べるものを買ったりするのも庶民の楽しみだった。 こうした事を行うには、それを仕切る人が必要で、興行師という存在がいた。それを地域の顔役である、任侠、ヤクザが取り仕切ったのである。マネージメントをするだけでなく、壊したり、邪魔したりする人間も出てくるので、これを取り締まる事も必要で、ある適度、腕力が必要だったのである。 また、世の中には、きちんと正業に就いて仕事をしていける人ばかりではない。暴れ者もいるし、少し知恵の足りない人間もいる。こうした人間をまとめて、一般の人の迷惑にならないようにしていく組織としても、任侠、ヤクザは必要なものだったのである。 だから、そういう任侠、ヤクザの中で、秀でた人たちの話は広く知られるようになり、清水の次郎長とか、国定忠治、大前田栄五郎などという人が一般にも知られるようになり、戦前だけでなく、戦後も一定時期までは、彼らを主人公にした芝居や映画が上映されていた。(任侠、ヤクザ、興行師を暴力団として弾圧しだした警察) こうしたヤクザ、任侠の人達を礼賛ともとれる物語を苦々しく思ってみていた組織がある。それは警察だ。 ヤクザ、任侠の集団は、夜の世界、バーとかスナックなどの仕事でも、活躍していた。こういう夜の仕事には、暴れる人とか、文句を言ってケチをつける人がどうしてもいる。でも、犯罪行為をしない限り、警察は逮捕できないので、手は出せない。 一方、任侠やヤクザ集団は、スナックやバーにおしぼりやスナック菓子などを納入しながら、「トラブルや問題があれば、いつてもご連絡をください」と店のオーナーに声をかけ、連絡をもらえれば、直ぐに来てくれて、多少、手痛い目に合わせても、問題の人間を黙らせ、解決してくれた。 夜の店にとっては、普通の価格でおしぼりやおつまみを買うだけで、助けてもらえる、とても有難い存在だった。佐伯泰英が描く小説「吉浦裏同心」シリーズがあるが、これは江戸時代、奉行所が扱いにくいトラブルをこの裏同心という用心棒が解決するという話である。 興行や夜の世界ではこうした役割はいつの時代にも必要なのだ。だが、警察からすれば、自分たちの庭先で、任侠やヤクザが商売をして、儲けているように映るのである。 だから、警察は任侠、ヤクザ、興行師を暴力団と呼んで、徹底的に締め上げて来た。映画でもヤクザ、任侠の親分を描くことを禁止に近く、取り締まり、取り上げさせないようにするとともに、マスコミに暴力団という言葉で書くようにさせ、弾圧していったのである。 その結果何が起きたかと言えば、新宿三丁目や、札幌のすすき野では、日本人のヤクザが消え、中国人などの外国人の暴力団が実質支配するような現象が起きて来ている。(官僚が支配すると、国が亡びる) 筆者も数多くの役人と接して来たが、いくつもの役所の中で、財務省と並んで最悪の役所が警察であると考えている。 財務省はとにかく、国の豊かさや国民の生活などは関係なく、少しでも多くの税金を国民から巻き上げるかという事に血道を挙げている。新税を導入すれば、出世し、自分が死ぬまで安泰という仕組みに、全力で取り組んでいるのが財務省である。 今、税金と社会保障費で給料の45%を取られている。江戸時代なら、暴動、一揆が起きるレベルであり、この両方を合わせて上限35%に制限すべきと言っている参政党は、もっともな事を主張しているのだ。 財務省に対して、警察官僚は、東大法学部出身者の中では、頭が良くない。それでいて、出世欲、権力欲が半端ないのである。 悪い事に、彼らは逮捕権限を持っている。政治家の金管理などでは、どうしてもダークな部分が出てくる。これを持って、政治家にも脅しをかけられるのが警察官僚なのである。つまり、誰も警察を止められないのだ。 だから、最近の道交法の改正で、自転車関連の規則改正など、信じられないような悪法を平気で作るのである。 一流大学出身の、エリートと言われる人間たちが国を支配すると、本当に碌な事が起きない。最近のEUの様子などはその典型である。国を上回る権限を持つEUという組織が、加盟各国に命令を出し、それに従わせようとしている。 結果、海外移民の大量受け入れで、治安は乱れまくっているし、過剰に環境問題を叫び、加盟国にそれに従わせようとした。酪農国デンマークでは、牛のあくびから多くの炭酸ガスが出るというバカな論理で、牛を減らすような命令を出した。 政治家も問題覆い人が少なくない。でも、まだ、彼らは選挙という試験を定期的に受けているが、官僚はこのテストすらない。一流大学に入ってしまえば、後は、入った役所の権限で、好き勝手な事ができるのだ。 超一流大学に入れる人はその多くが親が豊かであり、一般庶民の生活を知らない。だから、庶民感覚から離れたものの考え方しか出せないのだ。 山口組の三代目の組長、田岡一夫の話から、在日、高級官僚など色々な話になったが、筆者は決して、ヤクザ、任侠を礼賛するものではない。しかし、世の中はきれい事で済まないどぶ川の世界はどうしてもある。 それはそれで、キーパー役は必要なのではないかと思うだけである。
2026.05.05
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(常温だと、半日で腐る炊いたご飯) 筆者自身、毎日のようにスーパーに入り、陳列風景を見たり、買い物をしたりしているが、レジで並んで決済の様子を見ていると、出来上がりの総菜を買っている人が少なくない。若い人は料理が面倒だという事で総菜を買うのはまだ、わかるが、60歳代、70歳代の夫婦連れなどが総菜をいくつも買っているのをみると、正直複雑な気持になる。 2年程前に筆者の妻が亡くなったが、妻はパッチワークを多くの生徒に教えていたので、何人もの生徒さんがお悔やみに訪れてくれた。生徒さんと言っても、パッチワークなので、若い人は少なく、50歳代以上の人がほとんどだ。 そして、色々と話をしたのだが、ある80歳代の人が、「夫が死んで今は一人暮らしなので、ご飯を炊くのも面倒なので、さとうのご飯をチンして食べているの」と話した。筆者は驚いたが、一緒に来た2,3人は、この話にうなづいていたのに、更に衝撃を受けた。 筆者のスーパーや百貨店、コンビニ回りは、買い物もあるが、今、店頭では何が売れていて、店は何を訴えているか、また、流行は何なのかというような事を観察する事も大きな目的であり、現役の記者時代から続けている習慣だ。 確かに、一昔前に比べると、スーパーで総菜コーナーは売り場が格段に広くなったし、チンして食べられるさとうのご飯が出てから、他のメーカーも同じような商品を製造販売するようになり、「チンして食べるご飯」のコーナーが以前よりも売り場面積が広がっている。 コンビニでも、様々な弁当が並んでいるし、ケーキなども以前と比べものにならない程、種類が豊富で、様々なものが陳列されている。 でも、これで良いのだろうかと、筆者は思ってしまう。筆者はコメ関係の団体の専務理事をしていた事があるので、多くの米飯業者と話をする機会に恵まれた。彼らと話をしていて、言われたことの1つが、「〇〇さんは、出張も多くて、駅弁を食べる機会が多いと思いますが、駅弁は1500円以下の物を食べてはダメですよ」だった。 理由を聞くと、「ご飯は本当に腐りやすいのです。常温で置いていたら、半日で腐ります。それでは困るので、ご飯には大量な防腐剤が入っているのです。1500円以上の駅弁は、ほとんどその日に炊いています。それ以下のものは前日か、その前に炊いて、防腐剤で持たしているのです」と教えてくれた。 筆者が専務理事をしていたのは、20年近く前の事なので、物価も変わっていて、基準が今でも1500円かどうかは知らないが、この一定以上の値段で、その日に炊いたか、前日に炊いたかの目星という事は今でも変わらないだろう。 小説家の桐野夏生氏が書いて話題になった「アウト」という小説があるが、この中で、コンビ弁当で働く女性の姿が描かれているが、弁当の箱に料理の素材を詰めた後、ベルトコンベアで流し、その上から防腐剤のシャワーを通すシーンが出てくる。桐野氏は取材魔で知られ、小説を書く際には、多くの実地検証をし、取材をする事で有名だが、このシーンは見た者しか書けないものだ。 だが、あるコンビニ弁当を作る所で働いている人と、最近、話をする機会があったが、彼曰く、「今、ウチの店では防腐剤シャワーなどやっていません。どうしているかと言えば、ご飯を炊く水の中に防腐剤を一緒に入れて炊くのです。こうしたら、手間が省けますから」という事だった。 化学物質を高温で加熱したら、どんな事になるかなどという考えもなく、防腐剤を炊飯器に入れて、コメと一緒に炊いているのだ。 あるネットの少し有名なインフルエンサーがこういう事を書いている。「大手のコンビニで売っているものは健康に良くないというが、大手が健康に悪いものを売る訳ないでしょう。そんな事をして被害が出たら、大変ですからね。業者もそれくらいわかっていますよ」 池上彰、橋下徹、玉川徹その他、テレビに出て解説している人のほとんどが現場を見ないで、喋っている。このインフルエンサーも一緒だ。冗談じゃない。(毒には慢性毒性と急性毒性がある。怖いのは慢性毒性の方) 筆者は現役の記者時代も独立した後も、多くの工場を見て回っている。コンビニの弁当を作る工場も、スーパーの総菜を作る工場も、大手の食品製造工場も何回も見て回っている。また、食品公害や、薬品被害などについても、いくつも取材している。 その経験から言えば、企業の人間を信用するなという事である。今でも、食品を扱う工場でこんな話があったとか、回転ずしの店の厨房などで、こんなのというような信じられない話が時折出てくる。食品にゴキブリやネズミが混じっていたなどの話も時々出てくるが、これは偶発ではなく、いつどこでも起きてもおかしくない事なのだ。それが食品工場をいくつも見て回った筆者の感想だ。 大手の食品企業の工場を見学して回ると、しばらくは、その企業の食品は食べたくなくなる。食品を扱う工場はそんなものである。スーパーの総菜を作る工場では揚げ物が多いが、揚げ物に使う油は、もっと取り替えろと思うくらい、真っ黒になった油を使い続けている。 筆者は現役を引退した後、もう15年程、自分で三度三度の食事を自分で用意しているし、現役で働いていた時も、休みの日は自分で料理をしていた。ここ10数年は、病気の妻の料理も自分のものと一緒に作っていたので、料理の油の取り換えの時期などわかっているし、この工場はこんな所で手を抜いているななどという事は簡単に理解できる。 総菜で買って良いと言えるのは、肉屋が客が見える所で、自分の店の肉などを油で揚げているような場合くらいである。これなら、原料はわかるし、防腐剤などは入っていないし、油の具合も見てわかる。 お茶のペットボトルはいくつものメーカーが出しているが、大手のキリン、アサヒ、サントリーのお茶には、防腐剤と化学品の香料が入っている。これに対して、伊藤園、コカ・コーラ、ダイドーのお茶は防腐剤にビタミンCを使っていて、普通の防腐剤は使っていないし、化学薬品の香料は使っていない。同じ、お茶を買うのでも、ボトルの裏を見て買えば、この区別位はできる。 コンビニを擁護するような発言をしたインフルエンサーは毒には、急性毒性と慢性毒性がある事を知らないのだ。急性毒性は、かつてのカネミ倉庫の米ぬか油に混入したPCBとか、森永乳業の粉ミルクに混入したヒ素のように、体に入れたら、直ぐに反応が出るものである。 これに対して、慢性毒性のものは、体に入れても直ぐには、具合が悪くならない。しかし、そうした食品、飲料を使い続けると、体が何となく調子悪くなり、次第に、体が蝕まれていくものである。 そして、食品に入れてよい添加物や防腐剤などの化学物質について、日本は欧米先進国に比べて、異常なまでに規制が緩い。行政が国民の立場に立っていないのだ。 1つの例を言えば、除草剤のラウンドアップだ。発がん性があるという事で、欧米では多くの国で発売が禁止されたが、日本ではいまだに売っているし、テレビやネットでCMまで流し、ホームセンターに行けば、販売スペースが広く取られている。(大いに問題ありのアメリカ産の小麦を毎日食べる日本人) 大病院などで、原因不明と見放された患者の対応をする病院の院長として知られる吉野敏明氏は、そうした患者が来ると、まず、日常、何を食べているかを聞く。そして、まず、パン、ケーキ、チョコレート、アイスクリームを食べるなとアドバイスをするという。彼の忠告を聞いて、そうした食品を食べるのを止めると、多くの患者の症状が緩和すると、吉野氏は話している。 「メロンパンを食べ続けるとガンになる」という過激な発言をして、話題になり、当時、吉野氏が所属していた参政党の党首、神谷宗幣氏が、ちょっと問題になり過ぎるとして、その発言を止めるように言い、それが吉野氏が参政党を離脱する1つの原因になったと言われる話だが、わかりやすい話ではある。 日本で売られているパン、ケーキの原料のほとんどがアメリカ、カナダで作られた小麦である。このアメリカ産の小麦には3つの問題がある。1つはアメリカ市場に出す小麦と比べて、大量に農薬を使って栽培している事、2つは、遺伝子組み換えにして作ったものがほとんどだという事、そして3つ目は小麦自体の毒性であるグルテンが含まれている事である。 この3つを含んだパンやケーキを毎日のように食べていたら、体の具合が悪くなってもおかしくないというのが吉野氏の解説だ。 チョコレートには多くの化学物質が含まれているし、アイスクリームのあのふあふあした感じは消火器の泡と同じ成分だと吉野氏は指摘する。ある食品の問題点について詳しい人は、「市販されているアイスクリームで食べて良いものは3種類だけです」として、その3つを紹介している。それらの商品の裏の表記を見ると、確かに添加物や化学物質が含まれていない。 小麦だけでなく、果物も海外から輸入されているものは、ほとんどが船で日本まで運ぶ間、船倉で防腐剤のシャワーを浴びて来ている。皮が厚いから防腐剤のシャワーで来ても大丈夫という人がいるが、専門家に言わせると、今の防腐剤は皮を通して、身にまで入って来るという。(副食材を土曜日の午前中に8品位作る) 人間の体は、毎日、数百万の細胞分裂が起き、古い細胞が死に、新しい細胞がそれに置き換わっていく。その新しい細胞を作る原料となるのが、我々が食べる食品だ。その食品が化学物質だらけで問題ありなら、それ作られる新しい細胞も問題だらけになるのは当然だ。 献血で集められた血を保管している場所に夜行くと、日本人の血液は暗闇で光っている事が少なくないという。体内に入った化学物質が光を出しているのである。 コンビニのお弁当やスーパーの総菜は健康に良くないのはわかった。でも、時間がなくて、簡単に食事をするにはどうしたら良いのか。その悩みについては料理研究家のリュージ氏がネットで教えてくれている。 彼は徹底的にこだわった料理と、勤め帰りの人が15分、20人で出来る料理の両方をネットの彼のページで紹介している。彼は「コンビニ弁当やスーパーの総菜頼りではなく、簡単に自前で料理をする人を少しでも増やすのが自分の使命だ」とまで言い切っていて、彼のネットのページには参考になるものが多くある。 リュージ君はともかく、筆者の日常の生活を言えば、筆者は土曜日の午前中に食事の時の副食材となるものを8品くらい作る。のんびり楽しみながらでも3時間くらいで出来る。 きんぴら、なすの煮物、カボチャの煮物、卵焼き、みそ汁、栗きんとん、ごまめ、蒸かしたサツマイモ、鶏むね肉の醤油煮、黒豆などである。これらの内、みそ汁と、カボチャの煮物は腐りやすいので、鍋に入れたままで、毎日朝と夕方火をいれるが、それ以外は冷蔵庫で1週間くらい持つ。肉じゃがなどジャガイモ系は腐りやすいので、常備の副食材には入れない。 土曜日にこうした副食材を作り、ご飯も1週間分炊飯器で炊いて、1食分づつラップで包んで冷凍庫に入れ、食べる時にレンチンする。 こうしておくと、朝、昼はそれらで済むし、夜はこれに肉か魚を焼くか煮るかすれば、主となるおかずが出来るので、夜の料理時間は15分程度で済む。気分次第ではスーパーで主の食材として、刺身を買って帰っても良い。 豚肉のしょうが焼きは酒、みりん、醤油、砂糖、しょうがのすりおろしを土日に作っておいて、タッパーに入れておけば、1週間近くは持つので、好きな日に焼いて食べる。 蒸かしたサツマイモは炊飯器できれいに出来る。サツマイモを洗って切って、炊飯器に入れて水を加えれば、他の料理をしている間に、40分位で自然に炊き上がる。 疲れていて、メインのおかずを作る元気がない時は、鶏むね肉の醤油煮の切ってタッパーに入れて置いたものを3つくらい食べれば、メインのおかずにもなる。(大切なのは、常食しない事) 後、日本ハムが野菜だけ切って、その野菜を炒めて、それに袋のたれを加えれば、メイン食材になるというシリーズを出しているので、これも時々使う。こうすると、難なく、酢豚、チンジャオロース、八宝菜、マーボ豆腐などが5分くらいで出来る。 筆者は自分でアイスクリームを作っている。一度作って冷凍庫に入れておけば、1週間分はできる。原料は卵と砂糖、そして、バニラエッセンスだけである。卵を黄身と白身に分け、それぞれ砂糖を入れて、泡立てた後、一緒に混ぜるだけで、おいしいアイスクリームが30分もしないで完成し、後は冷凍庫で冷やすだけだ。 食べるものが自分の細胞を作り、体を作っているという事を忘れずに、食事には神経を使わないといけないと思う。 勿論、忙しくて、どうしようもなく、コンビニのおにぎりなどを買って食べる事もあるだろう。これまで100%止める必要はない。今の日本では、あれもダメ、これもダメと言っていたら、何も食べられなくなる。目に見えないところで、化学物質や防腐剤が入っていたりする。 良くないのは、この化学物質、防腐剤などがたっぷり入っている食品を毎日のように食べる事である。筆者も現役の記者時代、とても忙しくて昼食が採れずに、カロリーメイトを電車の中でかじったりした事が何回かあった。月に1回、2回位の事は許される。いけないのは、化学物質だらけの食品を毎日のように食べる事である。 長生きしたいなら、病気で苦しむ事がない事を望むなら、コンビニの弁当やスーパーの総菜はたまに食べるのに留める事だ。
2026.05.03
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(常温だと、半日で腐る炊いたご飯) 筆者自身、毎日のようにスーパーに入り、陳列風景を見たり、買い物をしたりしているが、レジで並んで決済の様子を見ていると、出来上がりの総菜を買っている人が少なくない。若い人は料理が面倒だという事で総菜を買うのはまだ、わかるが、60歳代、70歳代の夫婦連れなどが総菜をいくつも買っているのをみると、正直複雑な気持になる。 2年程前に筆者の妻が亡くなったが、妻はパッチワークを多くの生徒に教えていたので、何人もの生徒さんがお悔やみに訪れてくれた。生徒さんと言っても、パッチワークなので、若い人は少なく、50歳代以上の人がほとんどだ。 そして、色々と話をしたのだが、ある80歳代の人が、「夫が死んで今は一人暮らしなので、ご飯を炊くのも面倒なので、さとうのご飯をチンして食べているの」と話した。筆者は驚いたが、一緒に来た2,3人は、この話にうなづいていたのに、更に衝撃を受けた。 筆者のスーパーや百貨店、コンビニ回りは、買い物もあるが、今、店頭では何が売れていて、店は何を訴えているか、また、流行は何なのかというような事を観察する事も大きな目的であり、現役の記者時代から続けている習慣だ。 確かに、一昔前に比べると、スーパーで総菜コーナーは売り場が格段に広くなったし、チンして食べられるさとうのご飯が出てから、他のメーカーも同じような商品を製造販売するようになり、「チンして食べるご飯」のコーナーが以前よりも売り場面積が広がっている。 コンビニでも、様々な弁当が並んでいるし、ケーキなども以前と比べものにならない程、種類が豊富で、様々なものが陳列されている。 でも、これで良いのだろうかと、筆者は思ってしまう。筆者はコメ関係の団体の専務理事をしていた事があるので、多くの米飯業者と話をする機会に恵まれた。彼らと話をしていて、言われたことの1つが、「〇〇さんは、出張も多くて、駅弁を食べる機会が多いと思いますが、駅弁は1500円以下の物を食べてはダメですよ」だった。 理由を聞くと、「ご飯は本当に腐りやすいのです。常温で置いていたら、半日で腐ります。それでは困るので、ご飯には大量な防腐剤が入っているのです。1500円以上の駅弁は、ほとんどその日に炊いています。それ以下のものは前日か、その前に炊いて、防腐剤で持たしているのです」と教えてくれた。 筆者が専務理事をしていたのは、20年近く前の事なので、物価も変わっていて、基準が今でも1500円かどうかは知らないが、この一定以上の値段で、その日に炊いたか、前日に炊いたかの目星という事は今でも変わらないだろう。 小説家の桐野夏生氏が書いて話題になった「アウト」という小説があるが、この中で、コンビ弁当で働く女性の姿が描かれているが、弁当の箱に料理の素材を詰めた後、ベルトコンベアで流し、その上から防腐剤のシャワーを通すシーンが出てくる。桐野氏は取材魔で知られ、小説を書く際には、多くの実地検証をし、取材をする事で有名だが、このシーンは見た者しか書けないものだ。 だが、あるコンビニ弁当を作る所で働いている人と、最近、話をする機会があったが、彼曰く、「今、ウチの店では防腐剤シャワーなどやっていません。どうしているかと言えば、ご飯を炊く水の中に防腐剤を一緒に入れて炊くのです。こうしたら、手間が省けますから」という事だった。 化学物質を高温で加熱したら、どんな事になるかなどという考えもなく、防腐剤を炊飯器に入れて、コメと一緒に炊いているのだ。 あるネットの少し有名なインフルエンサーがこういう事を書いている。「大手のコンビニで売っているものは健康に良くないというが、大手が健康に悪いものを売る訳ないでしょう。そんな事をして被害が出たら、大変ですからね。業者もそれくらいわかっていますよ」 池上彰、橋下徹、玉川徹その他、テレビに出て解説している人のほとんどが現場を見ないで、喋っている。このインフルエンサーも一緒だ。冗談じゃない。(毒には慢性毒性と急性毒性がある。怖いのは慢性毒性の方) 筆者は現役の記者時代も独立した後も、多くの工場を見て回っている。コンビニの弁当を作る工場も、スーパーの総菜を作る工場も、大手の食品製造工場も何回も見て回っている。また、食品公害や、薬品被害などについても、いくつも取材している。 その経験から言えば、企業の人間を信用するなという事である。今でも、食品を扱う工場でこんな話があったとか、回転ずしの店の厨房などで、こんなのというような信じられない話が時折出てくる。食品にゴキブリやネズミが混じっていたなどの話も時々出てくるが、これは偶発ではなく、いつどこでも起きてもおかしくない事なのだ。それが食品工場をいくつも見て回った筆者の感想だ。 大手の食品企業の工場を見学して回ると、しばらくは、その企業の食品は食べたくなくなる。食品を扱う工場はそんなものである。スーパーの総菜を作る工場では揚げ物が多いが、揚げ物に使う油は、もっと取り替えろと思うくらい、真っ黒になった油を使い続けている。 筆者は現役を引退した後、もう15年程、自分で三度三度の食事を自分で用意しているし、現役で働いていた時も、休みの日は自分で料理をしていた。ここ10数年は、病気の妻の料理も自分のものと一緒に作っていたので、料理の油の取り換えの時期などわかっているし、この工場はこんな所で手を抜いているななどという事は簡単に理解できる。 総菜で買って良いと言えるのは、肉屋が客が見える所で、自分の店の肉などを油で揚げているような場合くらいである。これなら、原料はわかるし、防腐剤などは入っていないし、油の具合も見てわかる。 お茶のペットボトルはいくつものメーカーが出しているが、大手のキリン、アサヒ、サントリーのお茶には、防腐剤と化学品の香料が入っている。これに対して、伊藤園、コカ・コーラ、ダイドーのお茶は防腐剤にビタミンCを使っていて、普通の防腐剤は使っていないし、化学薬品の香料は使っていない。同じ、お茶を買うのでも、ボトルの裏を見て買えば、この区別位はできる。 コンビニを擁護するような発言をしたインフルエンサーは毒には、急性毒性と慢性毒性がある事を知らないのだ。急性毒性は、かつてのカネミ倉庫の米ぬか油に混入したPCBとか、森永乳業の粉ミルクに混入したヒ素のように、体に入れたら、直ぐに反応が出るものである。 これに対して、慢性毒性のものは、体に入れても直ぐには、具合が悪くならない。しかし、そうした食品、飲料を使い続けると、体が何となく調子悪くなり、次第に、体が蝕まれていくものである。 そして、食品に入れてよい添加物や防腐剤などの化学物質について、日本は欧米先進国に比べて、異常なまでに規制が緩い。行政が国民の立場に立っていないのだ。 1つの例を言えば、除草剤のラウンドアップだ。発がん性があるという事で、欧米では多くの国で発売が禁止されたが、日本ではいまだに売っているし、テレビやネットでCMまで流し、ホームセンターに行けば、販売スペースが広く取られている。(大いに問題ありのアメリカ産の小麦を毎日食べる日本人) 大病院などで、原因不明と見放された患者の対応をする病院の院長として知られる吉野敏明氏は、そうした患者が来ると、まず、日常、何を食べているかを聞く。そして、まず、パン、ケーキ、チョコレート、アイスクリームを食べるなとアドバイスをするという。彼の忠告を聞いて、そうした食品を食べるのを止めると、多くの患者の症状が緩和すると、吉野氏は話している。 「メロンパンを食べ続けるとガンになる」という過激な発言をして、話題になり、当時、吉野氏が所属していた参政党の党首、神谷宗幣氏が、ちょっと問題になり過ぎるとして、その発言を止めるように言い、それが吉野氏が参政党を離脱する1つの原因になったと言われる話だが、わかりやすい話ではある。 日本で売られているパン、ケーキの原料のほとんどがアメリカ、カナダで作られた小麦である。このアメリカ産の小麦には3つの問題がある。1つはアメリカ市場に出す小麦と比べて、大量に農薬を使って栽培している事、2つは、遺伝子組み換えにして作ったものがほとんどだという事、そして3つ目は小麦自体の毒性であるグルテンが含まれている事である。 この3つを含んだパンやケーキを毎日のように食べていたら、体の具合が悪くなってもおかしくないというのが吉野氏の解説だ。 チョコレートには多くの化学物質が含まれているし、アイスくルームのあのふあふあした感じは消火器の泡と同じ成分だと吉野氏は指摘する。ある食品の問題点について詳しい人は、「市販されているアイスクリームで食べて良いものは3種類だけです」として、その3つを紹介している。それらの商品の裏の表記を見ると、確かに添加物や化学物質が含まれていない。 小麦だけでなく、果物も海外から輸入されているものは、ほとんどが船で日本まで運ぶ間、船倉で防腐剤のシャワーを浴びて来ている。皮が厚いから防腐剤のシャワーで来ても大丈夫という人がいるが、専門家に言わせると、今の防腐剤は皮を通して、身にまで入って来るという。(副食材を土曜日の午前中に8品位作る) 人間の体は、毎日、数百万の細胞分裂が起き、古い細胞が死に、新しい細胞がそれに置き換わっていく。その新しい細胞を作る原料となるのが、我々が食べる食品だ。その食品が化学物質だらけで問題ありなら、それ作られる新しい細胞も問題だらけになるはずだ。 献血で集められた血を保管している場所に夜行くと、日本人の血液は暗闇で光っている事が少なくないという。体内に入った化学物質が光を出しているのである。 コンビニのお弁当やスーパーの総菜は健康に良くないのはわかった。でも、時間がなくて、簡単に食事をするにはどうしたら良いのか。その悩みについては料理研究家のリュージ氏がネットで教えてくれている。 彼は徹底的にこだわった料理と、勤め帰りの人が15分、20人で出来る料理の両方をネットの彼のページで紹介している。彼は「コンビニ弁当やスーパーの総菜頼りではなく、簡単に自前で料理をする人を少しでも増やすのが自分の使命だ」とまで言い切っていて、彼のネットのページには参考になるものが多くある。 リュージ君はともかく、筆者の日常の生活を言えば、筆者は土曜日の午前中に食事の時の副食材となるものを8品くらい作る。楽しみながらでも3時間くらいで出来る。 きんぴら、なすの煮物、カボチャの煮物、卵焼き、みそ汁、栗きんとん、ごまめ、蒸かしたサツマイモ、鶏むね肉の醤油煮、黒豆などである。これらの内、みそ汁と、カボチャの煮物は腐りやすいので、鍋に入れたままで、毎日朝と夕方火をいれるが、それ以外は冷蔵庫で1週間くらい持つ。肉じゃがなどジャガイモ系は腐りやすいので、常備の副食材には入れない。 土曜日にこうした副食材を作り、ご飯も1週間分炊飯器で炊いて、1食分づつラップで包んで冷凍庫に入れ、食べる時にレンチンする。 こうしておくと、朝、昼はそれらで済むし、夜はこれは肉か魚を焼くか煮るかすれば主となるおかずが出来るので、夜の料理時間は15分程度で済む。気分次第では、スーパーで主の食材として、刺身を買って帰っても良い。 豚肉のしょうが焼きは酒、みりん、醤油、砂糖、しょうがのすりおろしを土日に作っておいて、タッパーに入れておけば、1週間近くは持つ。蒸かしたサツマイモは炊飯器できれいに出来る。サツマイモを洗って切って、炊飯器に入れて、水を加えれば、料理をしている間に、40分くらいで自然に炊き上がる。 疲れていて、メインのおかずを作る元気がない時は、鶏むね肉の醤油煮の切ってタッパーに入れて置いたものを3つくらい食べれば、メインの食材にもなる。 後、日本ハムが野菜だけ切って、その野菜を炒めて、それに袋のたれを加えれば、メイン食材になるというシリーズを出しているので、これも時々使う。こうすると、難なく、酢豚、チンジャオロース、八宝菜、マーボ豆腐などが5分くらいで出来る。 筆者は自分でアイスクリームを作っている。一度作って冷凍庫に入れておけば、1週間分はできる。原料は卵と砂糖、そして、バニラエッセンスだけである。卵を黄身と白身に分け、それぞれ砂糖を入れて、泡立てた後、一緒に混ぜるだけで、おいしいアイスクリームが30分もしないで完成し、後は冷凍庫で冷やすだけだ。 食べるものが自分の細胞を作り、体を作っているという事を忘れずに、食事には神経を使わないといけないと思う。
2026.05.03
コメント(0)
(常温だと、半日で腐る炊いたご飯) 筆者自身、毎日のようにスーパーに入り、陳列風景を見たり、買い物をしたりしているが、レジで並んで決済の様子を見ていると、出来上がりの総菜を買っている人が少なくない。若い人は料理が面倒だという事で総菜を買うのはまだ、わかるが、60歳代、70歳代の夫婦連れなどが総菜をいくつも買っているのをみると、正直複雑な気持になる。 2年程前に筆者の妻が亡くなったが、妻はパッチワークを多くの生徒に教えていたので、何人もの生徒さんがお悔やみに訪れてくれた。生徒さんと言っても、パッチワークなので、若い人は少なく、50歳代以上の人がほとんどだ。 そして、色々と話をしたのだが、ある80歳代の人が、「夫が死んで今は一人暮らしなので、ご飯を炊くのも面倒なので、さとうのご飯をチンして食べているの」と話した。筆者は驚いたが、一緒に来た2,3人は、この話にうなづいていたのに、更に衝撃を受けた。 筆者のスーパーや百貨店、コンビニ回りは、買い物もあるが、今、店頭では何が売れていて、店は何を訴えているか、また、流行は何なのかというような事を観察する事も大きな目的であり、現役の記者時代から続けている習慣だ。 確かに、一昔前に比べると、スーパーで総菜コーナーは売り場が格段に広くなったし、チンして食べられるさとうのご飯が出てから、他のメーカーも同じような商品を製造販売するようになり、「チンして食べるご飯」のコーナーが以前よりも売り場面積が広がっている。 コンビニでも、様々な弁当が並んでいるし、ケーキなども以前と比べものにならない程、種類が豊富で、様々なものが陳列されている。 でも、これで良いのだろうかと、筆者は思ってしまう。筆者はコメ関係の団体の専務理事をしていた事があるので、多くの米飯業者と話をする機会に恵まれた。彼らと話をしていて、言われたことの1つが、「〇〇さんは、出張も多くて、駅弁を食べる機会が多いと思いますが、駅弁は1500円以下の物を食べてはダメですよ」だった。 理由を聞くと、「ご飯は本当に腐りやすいのです。常温で置いていたら、半日で腐ります。それでは困るので、ご飯には大量な防腐剤が入っているのです。1500円以上の駅弁は、ほとんどその日に炊いています。それ以下のものは前日か、その前に炊いて、防腐剤で持たしているのです」と教えてくれた。 筆者が専務理事をしていたのは、20年近く前の事なので、物価も変わっていて、基準が今でも1500円かどうかは知らないが、この一定以上の値段で、その日に炊いたか、前日に炊いたかの目星という事は今でも変わらないだろう。 小説家の桐野夏生氏が書いて話題になった「アウト」という小説があるが、この中で、コンビ弁当で働く女性の姿が描かれているが、弁当の箱に料理の素材を詰めた後、ベルトコンベアで流し、その上から防腐剤のシャワーを通すシーンが出てくる。桐野氏は取材魔で知られ、小説を書く際には、多くの実地検証をし、取材をする事で有名だが、このシーンは見た者しか書けないものだ。 だが、あるコンビニ弁当を作る所で働いている人と、最近、話をする機会があったが、彼曰く、「今、ウチの店では防腐剤シャワーなどやっていません。どうしているかと言えば、ご飯を炊く水の中に防腐剤を一緒に入れて炊くのです。こうしたら、手間が省けますから」という事だった。 化学物質を高温で加熱したら、どんな事になるかなどという考えもなく、防腐剤を炊飯器に入れて、コメと一緒に炊いているのだ。 あるネットの少し有名なインフルエンサーがこういう事を書いている。「大手のコンビニで売っているものは健康に良くないというが、大手が健康に悪いものを売る訳ないでしょう。そんな事をして被害が出たら、大変ですからね。業者もそれくらいわかっていますよ」 池上彰、橋下徹、玉川徹その他、テレビに出て解説している人のほとんどが現場を見ないで、喋っている。このインフルエンサーも一緒だ。冗談じゃない。(毒には慢性毒性と急性毒性がある。怖いのは慢性毒性の方) 筆者は現役の記者時代も独立した後も、多くの工場を見て回っている。コンビニの弁当を作る工場も、スーパーの総菜を作る工場も、大手の食品製造工場も何回も見て回っている。また、食品公害や、薬品被害などについても、いくつも取材している。 その経験から言えば、企業の人間を信用するなという事である。今でも、食品を扱う工場でこんな話があったとか、回転ずしの店の厨房などで、こんなのというような信じられない話が時折出てくる。食品にゴキブリやネズミが混じっていたなどの話も時々出てくるが、これは偶発ではなく、いつどこでも起きてもおかしくない事なのだ。それが食品工場をいくつも見て回った筆者の感想だ。 大手の食品企業の工場を見学して回ると、しばらくは、その企業の食品は食べたくなくなる。食品を扱う工場はそんなものである。スーパーの総菜を作る工場では揚げ物が多いが、揚げ物に使う油は、もっと取り替えろと思うくらい、真っ黒になった油を使い続けている。 筆者は現役を引退した後、もう15年程、自分で三度三度の食事を自分で用意しているし、現役で働いていた時も、休みの日は自分で料理をしていた。ここ10数年は、病気の妻の料理も自分のものと一緒に作っていたので、料理の油の取り換えの時期などわかっているし、この工場はこんな所で手を抜いているななどという事は簡単に理解できる。 総菜で買って良いと言えるのは、肉屋が客が見える所で、自分の店の肉などを油で揚げているような場合くらいである。これなら、原料はわかるし、防腐剤などは入っていないし、油の具合も見てわかる。 お茶のペットボトルはいくつものメーカーが出しているが、大手のキリン、アサヒ、サントリーのお茶には、防腐剤と化学品の香料が入っている。これに対して、伊藤園、コカ・コーラ、ダイドーのお茶は防腐剤にビタミンCを使っていて、普通の防腐剤は使っていないし、化学薬品の香料は使っていない。同じ、お茶を買うのでも、ボトルの裏を見て買えば、この区別位はできる。 コンビニを擁護するような発言をしたインフルエンサーは毒には、急性毒性と慢性毒性がある事を知らないのだ。急性毒性は、かつてのカネミ倉庫の米ぬか油に混入したPCBとか、森永乳業の粉ミルクに混入したヒ素のように、体に入れたら、直ぐに反応が出るものである。 これに対して、慢性毒性のものは、体に入れても直ぐには、具合が悪くならない。しかし、そうした食品、飲料を使い続けると、体が何となく調子悪くなり、次第に、体が蝕まれていくものである。 そして、食品に入れてよい添加物や防腐剤などの化学物質について、日本は欧米先進国に比べて、異常なまでに規制が緩い。行政が国民の立場に立っていないのだ。 1つの例を言えば、除草剤のラウンドアップだ。発がん性があるという事で、欧米では多くの国で発売が禁止されたが、日本ではいまだに売っているし、テレビやネットでCMまで流し、ホームセンターに行けば、販売スペースが広く取られている。(大いに問題ありのアメリカ産の小麦を毎日食べる日本人) 大病院などで、原因不明と見放された患者の対応をする病院の院長として知られる吉野敏明氏は、そうした患者が来ると、まず、日常、何を食べているかを聞く。そして、まず、パン、ケーキ、チョコレート、アイスクリームを食べるなとアドバイスをするという。彼の忠告を聞いて、そうした食品を食べるのを止めると、多くの患者の症状が緩和すると、吉野氏は話している。 「メロンパンを食べ続けるとガンになる」という過激な発言をして、話題になり、当時、吉野氏が所属していた参政党の党首、神谷宗幣氏が、ちょっと問題になり過ぎるとして、その発言を止めるように言い、それが吉野氏が参政党を離脱する1つの原因になったと言われる話だが、わかりやすい話ではある。 日本で売られているパン、ケーキの原料のほとんどがアメリカ、カナダで作られた小麦である。このアメリカ産の小麦には3つの問題がある。1つはアメリカ市場に出す小麦と比べて、大量に農薬を使って栽培している事、2つは、遺伝子組み換えにして作ったものがほとんどだという事、そして3つ目は小麦自体の毒性であるグルテンが含まれている事である。 この3つを含んだパンやケーキを毎日のように食べていたら、体の具合が悪くなってもおかしくないというのが吉野氏の解説だ。 チョコレートには多くの化学物質が含まれているし、アイスくルームのあのふあふあした感じは消火器の泡と同じ成分だと吉野氏は指摘する。ある食品の問題点について詳しい人は、「市販されているアイスクリームで食べて良いものは3種類だけです」として、その3つを紹介している。それらの商品の裏の表記を見ると、確かに添加物や化学物質が含まれていない。 小麦だけでなく、果物も海外から輸入されているものは、ほとんどが船で日本まで運ぶ間、船倉で防腐剤のシャワーを浴びて来ている。皮が厚いから防腐剤のシャワーで来ても大丈夫という人がいるが、専門家に言わせると、今の防腐剤は皮を通して、身にまで入って来るという。(副食材を土曜日の午前中に8品位作る) 人間の体は、毎日、数百万の細胞分裂が起き、古い細胞が死に、新しい細胞がそれに置き換わっていく。その新しい細胞を作る原料となるのが、我々が食べる食品だ。その食品が化学物質だらけで問題ありなら、それ作られる新しい細胞も問題だらけになるはずだ。 献血で集められた血を保管している場所に夜行くと、日本人の血液は暗闇で光っている事が少なくないという。体内に入った化学物質が光を出しているのである。 コンビニのお弁当やスーパーの総菜は健康に良くないのはわかった。でも、時間がなくて、簡単に食事をするにはどうしたら良いのか。その悩みについては料理研究家のリュージ氏がネットで教えてくれている。 彼は徹底的にこだわった料理と、勤め帰りの人が15分、20人で出来る料理の両方をネットの彼のページで紹介している。彼は「コンビニ弁当やスーパーの総菜頼りではなく、簡単に自前で料理をする人を少しでも増やすのが自分の使命だ」とまで言い切っていて、彼のネットのページには参考になるものが多くある。 リュージ君はともかく、筆者の日常の生活を言えば、筆者は土曜日の午前中に食事の時の副食材となるものを8品くらい作る。楽しみながらでも3時間くらいで出来る。 きんぴら、なすの煮物、カボチャの煮物、卵焼き、みそ汁、栗きんとん、ごまめ、蒸かしたサツマイモ、鶏むね肉の醤油煮、黒豆などである。これらの内、みそ汁と、カボチャの煮物は腐りやすいので、鍋に入れたままで、毎日朝と夕方火をいれるが、それ以外は冷蔵庫で1週間くらい持つ。肉じゃがなどジャガイモ系は腐りやすいので、常備の副食材には入れない。 土曜日にこうした副食材を作り、ご飯も1週間分炊飯器で炊いて、1食分づつラップで包んで冷凍庫に入れ、食べる時にレンチンする。 こうしておくと、朝、昼はそれらで済むし、夜はこれは肉か魚を焼くか煮るかすれば主となるおかずが出来るので、夜の料理時間は15分程度で済む。気分次第では、スーパーで主の食材として、刺身を買って帰っても良い。 豚肉のしょうが焼きは酒、みりん、醤油、砂糖、しょうがのすりおろしを土日に作っておいて、タッパーに入れておけば、1週間近くは持つ。蒸かしたサツマイモは炊飯器できれいに出来る。サツマイモを洗って切って、炊飯器に入れて、水を加えれば、料理をしている間に、40分くらいで自然に炊き上がる。 疲れていて、メインのおかずを作る元気がない時は、鶏むね肉の醤油煮の切ってタッパーに入れて置いたものを3つくらい食べれば、メインの食材にもなる。 後、日本ハムが野菜だけ切って、その野菜を炒めて、それに袋のたれを加えれば、メイン食材になるというシリーズを出しているので、これも時々使う。こうすると、難なく、酢豚、チンジャオロース、八宝菜、マーボ豆腐などが5分くらいで出来る。 筆者は自分でアイスクリームを作っている。一度作って冷凍庫に入れておけば、1週間分はできる。原料は卵と砂糖、そして、バニラエッセンスだけである。卵を黄身と白身に分け、それぞれ砂糖を入れて、泡立てた後、一緒に混ぜるだけで、おいしいアイスクリームが30分もしないで完成し、後は冷凍庫で冷やすだけだ。 食べるものが自分の細胞を作り、体を作っているという事を忘れずに、食事には神経を使わないといけないと思う。
2026.05.03
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(米ぬか油にPCBが混入で、1万人以上が被害) 若い人はご存じないと思うが、1968年(昭和43年)に福岡県の北九州市にあるカネミ倉庫という会社が製造・販売していた米ぬか油を食べた人にひどい吹き出物が出るとともに、肝臓や心臓などに悪影響をもたらし、更に妊娠している女性には流産まで引き起こすという「カネミ油症事件」というのが発生した。 地方のそれ程大きくない会社の製品だが、地元密着型の企業で愛用者の結構いたために、被害者は1万人を越え、大きな社会問題になった。 原因を調べてみると、こめ油にPCBが混入している事がわかった。PCB(ポリ塩化ビフェニール)は変圧器やコンデンサーなどの電気機器に、絶縁油や塗料として使われていたもので、毒性の強いダイオキシンに変化するものである。 原因はわかったが、地方の中堅企業に1万人を越える被害者のための救済や賠償の金を出す力はない。かと言って、1私企業の間違いに国が金を出す訳にも行かない。被害者救済をどうすべきか、厚生省は頭を抱えた。 この厚生省にアイデア、助け舟を出したのはなんと、日本共産党だった。米ぬか油にPCBが混入した。そして、そのPCBをカネミ倉庫に納入したのが大手企業のカネカだという事を知り、被害者救済の金をカネカに出させるべきだと言い、厚生省は、被害者が救済できるならばと、その共産党のアイデアに乗ったのである。 その後、PCBは危険だという認識が広まり、製造、販売が中止になったが、事件当時は、カネカに限らず、いくつも企業が製造販売し、一般に広く使われていた。 しかも、米ぬか油にPCBが混入した経緯を調べてみると、米ぬか油の製造過程で、パイプの穴から製造中の米ぬか油が漏れている事に気が付いた工場従業員が、もったいないという思いから、パイプから漏れている米ぬか油の受け皿に、PCBが入っていた使い済みの缶を使った。 そして、米ぬか油がPCBの缶に貯まったら、それを正常な米ぬか油が貯まっている場所に戻していた事がわかった。PCBの使用済み缶は洗浄もしていないので、缶の中にはPCBがこびりついていた。だから、PCBが混入したのだった。してはならない工場作業としての基礎を怠った行為で、米ぬか油にPCBが混入したのである。 厚生省は共産党のアイデアに乗り、カネカに企業者救済に協力するように指導し、被害者団体も、カネミ倉庫、国とともに、カネカに賠償を求めて、裁判を起こしたのである。(患者は一、二審で勝訴、最高裁で敗訴) そして、裁判では1977年、一審では患者が勝訴し、二審でも患者側が勝利したので、870人の患者に国が出す形で、27億円が仮払いで支払われた。 だが、カネカは自社は問題行動をした訳ではないし、自社に非はないとして、最後まで争う姿勢を貫き、裁判は最高裁まで行った。そして、最高裁では、患者側は敗訴した。ただ、カネカは自社には被害に責任はない事を認めた一部の患者には被害見舞いの形で、一定の金を出している。 国もカネミ倉庫の従業員の基礎的な作業ミスで起きた事件という立場で、人道的に仮払いした治療費のための仮払いの金を1990年に、患者に返還するように求めた。 仮払いの金は主に、病院の治療費だったので、患者側は返せないという人も少なくなかった。そこで、国会が患者に仮払いの金を返還しなくて良いという免除法を成立させる事で、患者を救った。 症状が続き、病院治療が必要な人もいる。その金を誰が出すのかと言えば、カネミ倉庫が出すしかない。そのカネミ倉庫は社名のように米ぬか油の製造販売だけでなく、コメの倉庫保管業務もしているの。そこで、国はカネミ倉庫にコメの保管委託の仕事を回し、年間2億円の委託料の内、6千万円を被害者の医療費に出すように指示し、それは今でも行われている。 ちなみに、民事訴訟だけでなく、刑事でも、カネミ倉庫は罪と問われ、社長は罪に問われなかったが、工場長は有罪となり、1年半の懲役刑となった。当然と言え場、当然だが。 食品公害や薬品被害などがあると、多くの被害者が出る。こうした時に、被害者救済が大きな問題となる。加害企業に明らかな落ち度があり、かつ、賠償金や治療費などに対する支払い能力がある時は、加害企業がそれを支払えば済むが、責任がはっきりしていない時や、加害企業に支払い能力がない時は、対応が難しくなる。(被害者1万2千人の森永ヒ素ミルク事件) カネミ油症事件では、被害者救済のアイデアとして、PCBを納入していたカネカに支払わせるべきだと日本共産党が思い付き、対策に苦慮していた厚生省もそのアイデアに乗ったが、実はこうした食品公害や薬品被害では共産党は陰の働きを結構している。 これも若い人は知らない人が多いと思うが、森永ヒ素ミルク事件というのがあった。森永乳業の徳島工場で作った粉ミルクにヒ素が混入していて、1万2千人が被害に遭い、130人が死亡している。事件が表面化したのは1953年(昭和28年)頃で、被害者が粉ミルクを飲んだ乳児という事から、大学教授が調査をして、粉ミルクにヒ素が混入していた事を突き止め、大事件となった。 何故、粉ミルクにヒ素が混入したかというと、粉ミルクが缶の中で固まらないようにするとともに、お湯で溶けやすくするため、粉ミルクに第二燐酸ソーダを混ぜた。試験段階では、純度の高いものを使っていたので、問題がなかったが、実用化し、製造販売になると、純度の低い工業用の物が使われたため、ヒ素が含まれていたという訳である。 昭和20年代、30年代は日本は経済復興に必死な時代で、消費者の権利など確立していない時だった。だから、森永乳業は患者に寄り添う姿勢は示さなかったし、純度の低いものを納入した業者が悪いというような感じで、戦う姿勢を示した。 ここで活躍したのが日本共産党である。工場が徳島県にあったので、被害は四国など西日本を中心だったので、この地区の乳児を持つ母親宛に、被害はないか、あれば、一緒に戦って、企業から賠償を獲得しましょうと呼びかけた。共産党のうまいやり方は、共産党と言うと、アレルギーがある人もいると思い、政党色は一切出さず、被害者の会を作りますので、参加してくださいと訴えたのだ。 こうして1973年、被害者の会が作られた。筆者はこの被害者の会結成の過程を取材したので、被害者団体はこうやって作られるのかという事と、政党色を一切出さずに、裏方に徹して団体を立ち上げる共産党のうまさを知る事が出来た。 被害者団体が出来て、マスコミなどで訴えの声が大きくなってくると、森永ミルクの不買運動が起きて来た。そして、不買運動は森永乳業だけでなく、森永製菓の製品まで及ぶようになってくると、森永側も徹底抗戦ができなくなり、賠償ということをせざるを得なくなり、事件は解決に向かうのである。 しかし、問題が起きた時のどうしようもない姿勢が、かつては、粉ミルクで日本一だった森永乳業は大きくシェアを落とす事になったのである。(かつては地域密着で活躍をした共産党の地方議員) 筆者は20歳代の若手記者時代、地方勤務だったが、共産党の県会議員や市会議員とは親しくさせていただいた。彼らは地域密着で住民の問題を吸収し、地方議会で取り上げ、解決に向かわせるとともに、マスコミの記者にも情報を流し、特ダネを取らせるとともに、マスコミの力を利用する事で、問題の解決にもあたった。 筆者の地方勤務から何十年の年が過ぎているので、今の地方での共産党の県議や市議がどういう活動をしているかは知らないが、地域密着の活動が地方でかなりの共産党の議員が選出される理由がここにあると思った。 それに対して、地方の社会党の議員は全く違った。社会党の国会議員はかつては全体の3分の1の議席を持ち、国政に大きな影響を与えて来た。今は社会党も、その流れを組む社民党も、批判される事ばかりだが、筆者は日本で今の健康保険などの保険制度や年金制度が整備されていく過程で、社会党が果たした役割は大きかったと考えている。 しかし、その社会党が壊滅的な今の状態になっている理由も理解できる。それは共産党のように地域密着で、問題点を知り、それの解決のために動こうという姿勢がほとんどなかったからである。 今の立憲民主党や国民民主党などは少し違うが、かつて、社会党の国会議員や地方議会の議員は、労働組合の幹部の上がりのポストだったのである。組合の幹部をした後、名誉職として議員になり、生活も保障され、名誉も得るので、それに満足し、人のために働こうという姿勢がほとんどの人になかったのである。そうなれば、やがて、その組織は誰にも信頼されず、当てにされずに、衰退していくのは当然である。(厚生省は被害者救済のために何をするか) 政党の話はともかく、食品公害、薬品公害の話に戻すと、こうした問題が起きると、厚労省は、かなりの数がいる被害者たちの救済をどうしようかという事が頭の中心になって来る。だから、好きでもない共産党のアイデアに乗るのである。 筆者は食品公害や薬品公害という事案に取材で多く関わって来た。だから、マスコミが報道する表面の事とは別に裏の話も多く、見聞きして来た。教科書に書いてある歴史的な事実として言われている事が、実際には全く違うという事も多く見聞きしてきた。 かつて、薬品公害でスモン病というのがあった。これは整腸剤キノフォルムを服用した人に失明やひどい身体障碍が出て、多くの人が亡くなりもする世間を揺るがせる事件だった。 しかし、何年もの関係者への徹底取材で、筆者はスモンの原因はキノフォルムではないと確信している。原因は、これもイタイタイ病と同様に農薬だと考えている。 キノフォルムには、2つの系統がある。1つはスイスのチバガイギー(現、ノバルティスファーマ)が製造し、日本では武田薬品が販売していたルート。もう1つは、旧陸軍の薬を田辺製薬が引き継ぎ、製造販売していたものである。 スモンの原因がキノフォルムだと言われた時、チバガイギーは強く反発した。何故なら、チバガイギーはキノフォルムを世界各国で販売していて、それらの国では、スモンのような問題はほとんど起きていなかったからである。 では、チバガイギーはどうして最終的に賠償に応じる事になったのか。そこには、厚生省の強い指導と裏約束があったからである。 日本は世界一とも言える薬品消費国である。インフルエンザの特効薬と言われるタミフルは、世界の消費の半分以上が日本だと言われているし、世界の抗生物質の消費量の中での日本の消費は世界ダントツだと言われる。 こうした薬品の大量消費国、日本でその取り締まりの担当役所である厚生省に睨まれたら、その後の日本でのビジネスは成り立たない。納得しないチバガイギーの説得で厚生省の幹部が使ったのは、これである。「厚生省と喧嘩をして、睨まれたら、今後の日本での御社のビジネスは大変でしょうね」。そう言って、賠償に応じるように説得をしたのである。薬行政は厚生省の許認可制である。許認可を容易に出すか、渋ってなかなか認可をしないかは、厚生省の担当者の原三寸である。それを示唆したのだ。 それを理解したチバガイギーは厚生省の説得に応じた。しかし、世界企業もしたたかである。その約束を守らせるために、チバは何をしたかと言えば、スモン問題の解決を全権委任の形で指揮していた、当時の薬務局長を、役所の退任後、チバガイギー日本の代表者として迎えたのである。 表面は天下り。実質は、約束を守ってもらうための人質として、会長職を差し出したのだ。 もう一方の当事者の田辺製薬に対しての交渉では、「チバと武田での分割支払いなら、賠償対応も出来るかもしれないが、当社単独では、財政的にとても無理」という田辺のトップに対して、厚生省は今後の新製品の認可を優先的に行い、賠償の金ができるようにする」と約束して、実行したのである。現に、田辺の製品の優先認可は行われ、田辺は潰れずに済んだのだ。 世の中の事は、政治も経済も、役所の行政も、裏もあれば、表もある。裏約束なども多く存在する。筆者はこうした現場に多く立ち会って来たので、いくつもこうした事例を知っている。 しかし、密着して取材をし、秘密の話を聞き、時には、政治家、経営者、官僚たちから、相談される経験をしてきた人間と、そうした取材をせずに、教科書に書いてあることだけを理解してテレビなどで話をする評論家、コメンテーターなどは、テレビなどで話を聞くと、「それ違うよ」という話が多いのだ。 でも、ネットの普及、進化はどんどん嘘の話がばれだす良いきっかけになっている。
2026.05.01
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(5年後、10年後にホワイトカラーの7、8割が不要の時代に) AIの進化のスピードが凄い。我々が目にする日常でも、レストランで料理をロボットが運んでくるし、病院に行っても、少し大きな病院では、医師の目の前にはかなりAIが進んだ医療用のコンピューターが置かれていて、医師は患者の話を聞きながら、その答えを書き込んでいくと、病名をコンピューターが教えてくれ、必要な薬まで、コンピューターが示してくれる。 ある女医が自分のSNSのページで書いていたが、彼女が務める大きな病院で、彼女が当直をしていた時、同じ日に当直していた別の医師から、患者の病気がわからず、苦労しているので助けて欲しいと言われ、彼の診察室に行くと、その若い男性医師は医療用コンピューターに、患者の言っている症状を書き込んでも、コンピューターは的確な病名を答えてくれずに困っているという。 その女医は患者を一目見て、頬が膨れ上がっているのを見て、直ぐに歯痛だと気付いたが、若い男性医師は患者を見ずに、コンピューターで答え探してをしていて、単純な歯痛がわからなかったというのだ。 この医師の話はコンピューター時代に慣れてきて、患者を見ようとしないというバカな医師の話がだが、今はあらゆる生活、仕事の中にコンピュータが入り込み、更にAI化の速度が凄まじい。 一定以上の規模の企業では、AI化がどんどん進み、数年後にはホワイトカラーと言われる、デスクワーカーの5割が不要になると言われている。そして、5年、10年後には、7,8割のデスクワーカーが要らなくなるとみられている。 企業で働く人だけではない。仕業でエリートと思われてきた弁護士、会計士、税理士などが大量に不要になると見られている。法律や役所が決めた規則の暗記の部分が大きなウエートを占める職業で、それをAIが代行してしまえば、高い給料を支払う士業の人達の価値がなくなってくるという訳だ。 医師も医療のコンピューター化が進むとともに、コンピューターが自動診断を進めて、難しい病気でも遠隔診断が進んで、一部の有能な医師だけが必要となり、普通の医師そのものが不要になってくると見られている。 また、コンピューターに強いから安泰と思われていたIT系の仕事をしている人が、今、アメリカでは大量に解雇されてきている。これはAI化が進んで、少し位の知識、技能の人なら、AIが簡単に置き換わる時代になってきている事を示しているのだ。 士業や医師の人の話は別として、一流大学や知名度のある大学を卒業して、大手企業に入社して、一生安泰だと思っていた人が今後5年、10年で不要になる時代になるのは確実で、これは教育問題にも大きな影を落とすし、一般の人の進学、就職に大きな影響を与える時代になって来た。(時代とともに、求められる人、仕事が変化してきた) 近代社会では、大企業でエアコンの効いた事務所でバリっとしたワイシャツと背広を着て仕事をする人、多くは一流と言われる大学を卒業している人だが、こういう人はこれまではエリートの代名詞と言われてきた。では、彼らはどうして誕生したのだろうか。 産業の変遷に詳しい人の分析では、近代以前ではどこの国でも、ほとんどの国民は農業や漁業など第一次産業と言われる仕事をしていた。それが、蒸気機関の発明で、工業が機械化、産業化されて、大量生産の時代となり、それとともに、大量の労働者が必要になり、農業従事者の多くが工場労働者に変わった。 そして、国全体の生産性が上がり、製品が全国に行きわたるとともに、事務の仕事が増えて管理業務が進み、支店も各地に設置されるとともに、事務所で仕事をするデスクワーカーが大量に必要になっていった。 日本での高度成長時代に、どの企業も全国各地に支店が設置されるようになってきて、企業は大学関係者に「90点の人でなくて良いから、60点、70点の人を大量に供給してください」と依頼するようになり、大学進学率も大きくアップしていった。 それがコンピューターが導入され、更にAIの進化がどんどん進んでいくとともに、事務作業はコンピューター自身が自己判断で仕事をするようになり、デスクワーカーが不要な時代になって来たのである。 そうした意味では、今、企業でオフィスで仕事をしている30歳代から50歳代の人達は、時代の変化の中で、大量に失業する時代になって来たと言える。 日本は年功序列制度のせいで、会社の勤続年数が長いと、給料が上がるシステムだったが、それが、AIの進化で仕事はコンピューターにとって代わられ、給料の高さだけが目立つようになってきた。 日本の大手企業では、バブルの破裂などで会社の効率化が求められるようになって来た時に、役職定年制などを導入しだし、年齢ととともに給料が上がらないようし始めた。50歳で部長になれない課長は、課長も辞めて平社員に戻り、当然、給料も平並みになって、2割くらい減るというような制度は多くの企業で導入されるようになった。 今後、大手企業では新卒入社でも、明治、中央レベルはもとより、早慶レベルの人間での、そんなに大量に採用しなくなりつつあるのだ。(AI化が難しい作業をする職人) 企業に勤める人の事を考える時、今、勤務している人と、今後入社する大学生や高校生などと分けて考える必要がある。 まず、現在、企業で勤めていて、数年後に大量に不要となるホワイトカラーについては、国が企業と全面協力して、第二の職業訓練制度を早急に作り、対象となる社員の第二の人生のための職業の基礎訓練と、その人たちの大規模な意識改革の訓練をしないといけない。 35歳以上、55歳未満の人には、3か月くらい、現在の仕事を休んで、第二の人生の仕事の基礎を覚える訓練所で有給で、新しい技術を覚えるための研修を受けさせるようにするのだ。 欧米では、AI化の進行とともに、大量失業時代が到来するという事で、大失業時代に、個人の生活を守るために、ベーシックインカムを支払うという考えが出て来て、いくつかの国では試験的に実行なども行われている。 これはコンピュータの進化で、多くの国民の仕事がなくなり、収入も途絶えるのだから、仕事をしない人、出来ない人に国が金を払うというものだ。しかし、この考えは人の精神からすれば不健全で、ほとんどの国民が生活保護を受けるようになるというのに等しい。 でも、そんな事をするよりは、第二の職業に転換して、しっかり働き、やりがいを持ってもらう方が遥かに健全だ。 今後、人手不足になるのは、まずは、AI化がなかなか進まない現場作業をする職人と言われる人たちである。大きな工場の作業員はAIの進化で工場のロボット化が進み、工場のブルーカラーはむしろ需要は減っていく。 日本有数の工場の機械化の機械やシステムを作っているファナックや安川電機などでは、工場の自動化が90%以上進み、工場労働者はほとんど必要ないシステムを既に開発している。ファナックでは、ロボットがロボットを人力なしに製造しているとまで言われている。 では、必要な職人とは何かといえば、コンピューター化、AI化が進みにくい仕事である。例えば、家の上下水道の配管が故障、破裂して修理が必要となった時、それぞれの家庭の事情は違うし、破損状況も違うので、AI化はなかなか進まない。 職人が自分の目で見て、必要な作業を判断して、その作業をするという仕事はいくらAIが進んで、当分、人手でないと対応できない。 街路樹や家の庭木の手入れなども、それぞれの場所で、木の種類も伸び具合も違うから、AI化が最も進みにくい分野である。建築物の解体や修繕作業なども、その場所場所で、事情や痛み具合が違うし、作業手順も異なって来る。だから、人の目と判断、そして、作業が有効なのだ。 車の運転は、普通の運転だと、今、運転の自動化が進んでいて、アメリカなどではタクシーの無人運転が始まっているが、例えば、ブルドーザーやフォークリフトなどの作業車は、その場の状況を見て、判断して作業をしないといけないので、AI化が進みにくい。だから、人力に頼らざるを得ない。 工場で生産するものでも、車の部品や電気製品の部品などは、高温や高圧など厳しい環境で、0.0001ミリの誤差で動かないといけないものが少なくない。こうした分野は、AIが最も苦手とし、日本人の工場の職人の目と手そして、長年の感で作業しないといけない。 世界で、こうした仕事を出来るのは、圧倒的に日本人の職人たちである。例えば、造船は今では世界のシェアは中国が1位で、2位は韓国、日本は3位となっているが、LNG船など極度の性能が要求される分野では、日本が独占状態である。だから、世界で、船でも車でも、電気製品でも、高精度のものは、部品は今や日本製が圧倒的なのだ。(大量失業者の一番の受け皿はコメ作り) だが、AI化が難しい作業をする職人というのは、そう大量に必要ではないし、職人として通用するには、長い経験が必要で、不要になったホワイトカラーの大量な受け皿にはなり得ない。 では、大量の受け皿になるのは、何かと言えば、それは農業、漁業、林業などの第一次産業で働く人である。農業、漁業は食料安保という観点からも国を挙げて取り組まないといけない事だ。 農業、漁業というと、長時間労働、低賃金労働のイメージがあるが、それは違う。大分以前の話だが、筆者は若者が大量に働く、農業ファームを取材した事がある。現場を見て、働く人の話を聞くと、1日8時間労働の交代勤務制で、高校、大学を卒業した若者が生き生きとして働いていた。 日本の農業と言えば、コメが重要だが、消費者のコメ離れもあって、生産量、消費量も落ちてきている。しかし、コメはいざ国際紛争が起きた時に、明日の食料にも困る事になるという死活問題で、しっかり国として対策を考えないといけない。 人間が生きていく上で、食糧は極めて重要で、国際紛争などが起きた時に、真っ先に不足し、自給自足が出来ないと、国民は大変な事になる。 わずか2,300年前の江戸時代には、日本人は自給自足をしていた。食生活はコメと大豆(豆腐、納豆、味噌、醤油などと多様に使える)、そして、野菜、更に、四方海で囲まれた環境を生かした漁業と、養鶏での鶏の肉で、日本人の食事は自給自足して来たのだ。その考えを再現すれば良いだけである。そして、そこには大量に働く人が必要になる。 中でもコメ作りは大量の人が必要になるし、どこかの地域に遍在するのではなく、全国各地で働く事ができるという意味でも、受け皿として重要なのである。 筆者も自分で食事作りや菓子作りをしているので、わかるが、コメを粉にすれば、米でパンは作れるし、コメを原料にした油もできる。学校給食に米飯や米粉パンを導入し、現在のアメリカからの輸入小麦粉と置き換えれば、コメは今よりも遥かに多いニーズが出てくる。米粉パンはもちもちしていて、おいしく、むしろ喜ばれると思う。 世界の各国は農業を中心に食料には多額の国家補助をしている。欧州では、農業従事者は事実上、国家公務員並みの扱いを受けているとまで言われる程、国が補助金を出して維持している。日本もこれをするのである。エネルギーと食料の確保は国家の安全保障の観点から、極めて重要だが、その内の1つの心配を取り除けるのだ。 失職者全員に一律に月に10万円などを支払うベーシックインカムという発想よりも、大量失業者の受け皿の第一次産業への国家補助の方が遥かに現実的である。日米関係で小麦粉や大豆を輸入しないといけないなら、その輸入した小麦粉や大豆は第三国に援助として、出せば良いだけである。 漁業も、農水省の間違った行政で、筆者が若い時には、もっと安くておいしい魚が食べられたのが、今では高く、一般消費者が定番の家庭料理として使える魚はどんどん少なくなっている。 いくつかの大学で魚の養殖研究も進んでいるので、ここにも、国の補助金を入れて、安価でおいしい魚が食べられるようにすれば、消費者も喜ぶし、働く人間もやりがいがあり、食糧安保としても、意味のある事になる。そうした意味では、四方が海に囲まれている恵まれた環境があるのだから、漁業も大量に人を大量に吸収できる産業である。 林業は、太陽光パネルの設置などで、日本の山林は大いに失われたし、それ以前から、林や山の手入れは行われず、国土の緑は大いに損なわれてきた。この復興、維持も大いに人手がいる分野で、ホワイトカラーの重要な受け皿になり得る。(待たれる役所のAI化) AI化が進むと、大量に不要になる職業の代表格が公務員だ。必要があって市役所に行っても、なんで、こんなに人が必要かと思う位の人がいるし、それも非常に非効率的に働いている。システムもどうしようもない。 筆者は生活の必要性から、この20年位の間に住民票の移動を何回かしたが、1つの市から別の市や区に転居すると、その役所の各課から、別々の書類が届く。あるものは清算でいくらか支払ってくれというもので、別の課からは多く取り過ぎたものを返還するから、署名捺印した書類を送るとともに、振り込み銀行口座を教えろという要求を何回も受けた。 今のコンピュター化の進んだ時代に何をしているのかという感じの対応である。今、コンピューター化、AI化が一番遅れているのが役所である。理由は簡単で、それをすると、職員が大量に不要になるから、わざとAI化を進めないのだ。 でも、世界は役所のAI化、コンピューター化を進めている。亡くなった安倍首相は欧州のエストニアを首相時代に訪問して、自動化、コンピューター化を視察した。役所のコンピューター化、AI化が一番進んでいると言われている国だ。 日本人の女性で、エストニアの男性と結婚して、その国に渡った人が体験談をネットで書いているが、市役所にいる職員は数人で、婚姻届け、滞在ビザなどの手続きで役所を訪れると、自分のナンバーとパスワードを言われ、「その後の作業は家に帰って、自宅でご自身がパソコンでしてください」と言われ、役所でのやりとりは数分で終わったという事だ。 日本は役人の力が強いので、こういう時代が来るのはいつかと思うが、これも世の流れで、日本も今のエストニアくらいになる時代のは、多分数年だろうと思われる。 役人は労働組合が強く、合理化、効率化には抵抗するだろうが、世界の流れには逆らえないだろう。一度、入れば、一生安泰などと言われた公務員も大失業時代の中心になる存在になるのは間違いない。 そうした意味でも、地方での農業、漁業、林業などの掘り起こしは極めて重要である。第一次産業の復興と多くの人の吸収は、東京など大都市集中といういびつな状態から、全国がバランスのとれた人口、産業分布のなるという意味でも、必要不可欠な事なのだ。(全寮制の大学で、真のエリート育成を) 若者視点で、今のAI化と就職の事を考えると、大きな変化が起きているので、それに対応する教育の変革が必要である。 AI化の進展で、多くのホワイトカラーの仕事はなくなると書いたが、絶対なくならないのが、全体を俯瞰して、リーダーになり、方向性を考える人の存在である。 こうした人の育成は必要だが、それには、今のように大量の大学は要らない。せいぜい、旧帝大プラス2、3校くらいの合計10校位である。しかも、今のような法学部中心の教育では、こうしたリーダーは生まれない。過去の法律の文章の暗記や、経緯の暗唱ではなく、もっと自由な発想を育てる教育内容が必要である。 そして、その10校くらいのエリートを育てる大学以外の大学は淘汰をさせ、残った大学は各分野の技術を身に着ける職業訓練校のような授業内容にすべきである。 真の意味のエリートを育てる大学では、過去の日本、世界の歴史、日本の強さ、弱さを徹底的に教え、地政学的にも日本は何をして、国際的にどう振る舞うべきかというような事を徹底的に考えさせ、実行する人材を育てないといけない。こうした教育が出来なかったから、日本は手痛い敗戦を迎える事になったのだ。 この10校くらいの大学は授業料が全額免除で、全寮制で、教授が教える事をメモにとる授業ではなく欧米の大学のように、テーマごとに考え、議論する授業にしないといけない。勿論、2か国語くらいは必修で、4年間の内、半年位は海外の大学に留学を義務とするようにして、外国人と英語やスペイン語などで他言語で議論が出来る学生を育てるのである。 職業訓練校的な大学は、勿論、大学生としての基礎の知識を得るとともに、AI化がしにくい技を身に着ける事を主眼とするのだ。 そもそも大学の目的は、高校までの教育で、バラバラに教えられた知識を頭の中で関連づける事と、各地から集まった学生との間の考え方、価値観がこんなにも違うという、その差を認識する事である。 今の大学はそんな役割をしているとは思えないが、本来の大学の目的に合った授業内容にしないといけない。 文部省の官僚の天下りのために、これだけ少子化になっているのに、ほとんど役に立たない大学がどんどん増えて来たの過去の経緯を反省し、新しい時代に合った教育内容の大学に変えなといけないのだ。
2026.04.27
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(第一次石油危機でスーパーからトイレットペーパーが消える) 今、アメリカとイスラエル軍のイランへの攻撃から始まった中東での戦争で、世界的に原油価格の高騰と、石油を原料とする様々が製品の製造に影響が出る事が心配されている。 今の若い人は知らない時代の話だが、1973年の第一次オイルショックから始まった数回の石油危機で、世界に計り知れない影響が出た。原油の価格は1973年には1バレル(159リットル)あたり3ドルだったものが、その年に5ドルを超え、翌年の74年には11ドルになり、今は100ドル位にまでなっている。 日本国内の影響の話をすると、1973年の第一次石油危機で国内の卸売物価、消費者物価ともに15%上がり、翌年の74年には31%も上がった。物価がこれだけ上がると、一般国民は生活をしていけなくなるので、企業は仕方なく、大幅に賃上げを行った。73年には20%、74年には33%の賃上げである。大企業だけでなく、中小企業もこれだけの賃上げをしたのだ。 1960年代の高度成長時代に、日本企業は敗戦の痛手から完全に復活し、力もつけていたので、この賃上げが出来た訳で、日本の豊かさは、この頃から、本格化していくのである。 この石油危機の余波で、大きな騒動が起きた。それはスーパーの店頭からトイレットペーパーが姿を消し、やがて、洗剤までなくなったのだ。狂乱物価の象徴する出来事だった。 トイレットペーパー騒動は、1973年10月、大阪千里の大丸ピーコックというスーパーから起きた。この店では4ロール、138円という広告を打ち、当日、開店前から200人を越える人が列を作ったが、売り切れて、買えない人が続出した。 これをマスコミがセンセーショナルに取り上げ、空っぽになったスーパーの棚の映像を打ちしだした事から、ショックを受けた主婦たちが各地のスーパーに殺到し、普段なら1ロールしか買わない人が2ロール、3ロールと買い出したので、どこの店でもトイレットペーパーが姿を消し、それが洗剤までに波及した。 後の調査では、トイレットペーパーも洗剤も生産量に大きな変化はなかった。だが、普段1ロールしか買わない人が2ロール、3ロールと買えば、物が棚から消えるのは当然である。 この話は政府が生産は十分あるという説明を、工場の生産風景を示しながら、したので、次第に落ち着いていった。 そして、この騒ぎが収まった後、経団連は「何故、こんな騒動が起きたのか」という調査をした。大手の総合研究所が委託を受けて、原因調査をして、それを報告書としてまとめた。しかし、この報告書は発表される事なく封印されたままで、現在もその存在はない事にされている。(関西の3大タブー、ヤクザ、在日、解同問題) 当時、大手マスコミの経済記者をしていた筆者は、騒動が収まった後、この報告書を経団連関係の幹部から見せてもらった。報告書の中身をざっと見た後、1部くれるか、コピーをさせてほしいと言った。報道する積りで。 しかし、その幹部の答えは「ノー」だった。彼は言った。「あなたに見せたのは、信頼できると思ったからで、報道してもらうためではない。あなたにこうした事があったという事を知って欲しかったから話したのだ」 彼によると「この報告書は印刷の部数を限定され、1部1部にナンバーが振られ、もし、内容が漏れたら、誰が漏らしたか、すぐわかるようになっている。もし、あなたが記事にしたら、たちまち、漏らした人間の犯人捜しが始まり、私が情報提供した事がわかってしまい、責任問題になるのは必定です」という事だった。 いくら、報道する価値がある事でも、情報を提供してくれた人にダメージが出ては元も子もないので、筆者は書くことを断念した。もう何十年も前の話なので、今では時効なので、書いても問題ないと思うので、その内容を少し書く。 筆者も大阪に5年勤務していたので、関西の事情は理解しているので、報告書の分析には納得した。報告書に書いてあったのは、大阪の人は一般にはズバズバものを言い、本音で話が出来るように思われているが、全く違う。 関西には3つのタブーがある。1つはヤクザ(今で言う暴力団)、2つは在日問題、3つは解同問題である。 近所に住んでいる人でも、会社の同僚でも、この3つのタブーに関係しているかも知れない。だから、普段、親しくしていても、本心や本音を余程気心の知れた親戚や親友などを除くと話をしない。 また、関西の人は、東京の人間が考える以上に、人の目を気にして、行動する。筆者の体験した事では、季節の変わり目で、そろそろコートを着る頃になって、自分はコートを着て、通勤電車に乗った時、他の人がコートを着ていないと、翌日には、自分は、コートを着るのは止めるのだ。 暑さ寒さも大切だが、他の人の目や、行動同調を大切に考えるのだ。 こうした下地がある所に、スーパーからトイレットペーパーが消えた。井戸端会議はしていても、本音で話が出来ないので、皆が疑心暗鬼になって、買い占めに走った。 そして、日本国中が豊になって各家庭にテレビが普及し、映像をともなった情報が各家庭に流れるようになり、あっという間に、日本各地で起きた事が瞬時で報道されるようになったので、大阪発のパニックが日本全土に広がったというのが、その調査報告書の内容だった。 ヤクザの話はともかく、在日と解同の事は今でも、日本ではかなりデリケートな話であり、経団連のトップがこの報告書を封印した理由は、今ではよく理解できる。(大手銀行にほとんど吸収された大手サラ金) 筆者は大手マスコミで17年間、経済記者として企業や役所、政治家などを取材し、その後、独立して、フリーのジャーナリストから初めて、その後、依頼されてコンサルタントとして行動するようになり、65歳ま現役で活動した。 多くの人に会い、多くの出来事、事件とも遭遇したが、一般に言われている事が実は事実は別であるとか、世の中の仕組みはこうなっているのだというような事を思い知らされる事は何回もあった。 1つの例を言えば、大阪にいる時に、サラ金問題が大きな話題となり、連日マスコミで取り上げられた。サラ金問題は何回か大きく取り上げられ、社会問題にまでなった。 筆者は大手サラ金と言われる会社のトップにも何人にも会い、話を聞いたし、サラ金問題の本質も幹部たちから聞いた。 ある幹部が言った言葉が今でも忘れない。「マスコミが騒いでいるサラ金問題は、一部の不良業者と、不良借主の殴り合いで、9割以上の正常な貸主と借主は、この騒動で逆に迷惑をしているのです」 収入が低い人や勤めている会社が中小、零細企業だと、銀行は金を貸してくれない。そうした中、そうした人にも金を貸してくれるサラ金は、弱小者にとっては便利な存在だったのだ。 マスコミや弁護士が無茶苦茶に高い金利と騒いだが、ほとんどの借主は長い期間借りるのではなく、ボーナスが入るまでとか、給料が入るまでというような短期で借りている。だから、年利でなど考えていない。借りるのは1週間で、長くて1か月位なのだ。 筆者の取材経験から言えば、サラ金問題を大事にしたのは、マスコミと、介入する事で利益を得る弁護士、そして、高い利益を挙げているサラ金を苦々しく思っていた大手銀行である。 大手銀行はサラ金に貸した金で、サラ金業者は高い利益を得ているのを許せなかったのである。でも、サラ金業者は年収とか、勤めている企業のレベルではなく、人間を見る力で、この人は貸して良い人か、そうでないかを見極めていた。銀行にはその眼力がなかっただけなのだ。 ある大手の貸金業者の店で、その店長と話をしていて、おもしろい事を彼が言った。「うちの店はエレベーターで上がって来て、店の入り口から客が入って来て、カウンターに来るまでの態度、仕草で、この人は貸して良い人か、そうでないかは理解出来る。それが判断出来ない人間は、この業界では仕事はできません」 これは筆者が企業の新卒採用の業務を全面受託するようになって、同じ事を経験した。採用面接は一次は、大体3人同時に行う。面接室に大学生がドアから入って来て、席に座るまでの様子、本人の髪型、服装、仕草などで、6、7割、その人を採用して良いかどうかはわかる。 そして、3人で30分くらい話をし、1人当たり、2回位質問をして、答えてもらい、やりとりをすれば、95%、その人が採用に値する人かそうでないかはわかる。採用面接が数字に及ぶのは、その残りの5%を埋める作業なのだ。プロとはそういうものなのである。 採用の話はともかく、マスコミと弁護士が大騒ぎをして、サラ金はもの凄く叩かれ、気が付いてみれば、ほとんどの大手サラ金は、大手銀行に吸収された。一番得をしたのは大手銀行と、訴訟問題で多くの手数料を得た弁護士だったのである。(外資系企業が静岡県でテスト販売) 世の中の仕組みを知った事案もいくつかある。 筆者の大手マスコミでの初任地は四国の高松だった。新人時代の警察裁判所担当から始まり、市役所、県庁、企業、出先官庁などの取材をしたが、選挙取材も何回もした。 当時、香川県は2つの選挙区で、第一選挙区には、社会党の委員長を務める人物がいて、彼はいつも当選確実なので、残りの議席を自民党の議員同士で争っていた。それが、いつも接戦で、どちらがかつかはその時々で、変わった。 その当落がわかるのは、夜中になっての事なので、やきもきしながら、時間を過ごしていた。しかし、ある時、長年、選挙のプロとして、候補者のアドバイスなどをしていた人を知り、彼と話をしていたら、彼が「誰が当選するか。私は夜の8時半くらいでわかるよ」と言った。 結果が出る3時間前にわかるというので、話を聞くと、あるま1つの町の結果、ここは小さな町なので、夜の8時半には開票が全て終わる。彼はその町の結果で、今回の選挙の結果がわかると言ったのだ。 理由を聞くと、「その町の人口構成、農業、漁業、都市部などの比率が第1区の人口構成とほぼ一緒なので、この町の結果が選挙区委全体の結果と同じなのですよ」と教えてくれた。 言われて過去の数回の選挙結果を調べてみたら、まさにその通りだった。この話を聞いて、選挙の結果を知るのが、とても楽になった。 この話は企業のビジネスにも通じるものがある。筆者が現役の頃、外資系企業が日本での行動を活発化させている時で、彼らのやり方をいくつも会社から聞いた。 日本である製品が売れるかどうかはわからない。いきなり全国展開をして、万一売れなかったら、大変である。そこで、彼らが何をしたかというと、静岡県に限定して販売し、それで売れたら、全国展開をするというのだった。これも、上の選挙の話と一緒で、静岡県は都会、農業、漁業などの分布が日本全体の縮図なので、静岡で売れたら、日本全体で売れるというのだ。 日本の縮図という意味では、北陸新幹線が出来て、仕事で新潟の燕三条まで行った時に、駅の売店を見て驚いた。東京の有名な各社のお土産物がずらっと並んでいた。これも理由を聞くと、外資の静岡をテストで販売したのと同じ理由だった。 何十年か前の話で、今はこうした事が当てはまるかどうかはわからないが、なる程と感心した。(企業、役所にコントロールされる記者) 筆者は上に書いたように記者から仕事が次第にコンサルタントになって行った。有名企業の人達は、大手マスコミの記者時代と、コンサルになってからも、付き合う人が結構いたが、コンサルになる前と後とでは、態度や話の内容が異なる人が少なくなかった。 ある事について、記者時代に聞いていた話と、コンサルになってからでは大分違う事がいくつもあった。筆者は現役記者時代、かなり、企業には食い込んでいて、自慢ではないが、一般的には出来る記者として認識されていたと思う。 それが、現役記者時代と、その後では、聞く話が結構違うのだ。驚いて企業の幹部に訊くと、「〇〇さん(筆者)。マスコミの記者は企業にとって敵なのです。でも、あなたは今はコンサルになって、企業のために仕事をしている。だから、こちら側の味方なのです」と言われた。 つまり、記者時代に聞いていた話は建前で、コンサルになって本音を教えてもらったという事がいくつもあったのだ。 1つの例を言うと、ある有名大手電機メーカーで、人事部長と話をしていて、一定規模のリストラをしないといけないという話を聞いた。それから、1、2週間位して、日経新聞が、そのリストラの話を一面で書いた。しかし、内容が人事部長から聞いていた話と大分違うのだ。 そこで、人事部長に会って、それを尋ねると、「リストラをする事は社内外、役所、銀行などに知らせないといけない。でも、実際の規模のまま言えば、日経新聞の一面トップになってしまい、銀行や役所などからも問い合わせが来て、対応に大変だ。製品の販売に影響が出かねない。だから、実際の内容の半分の内容を日経の記者に話をして、記事を書いてもらった。結果、一面だけど、真ん中位に3,4段の記事になった。こちらが思っていた扱いで、銀行や役所などからも悪い反応はなくて、助かりました」と答えてくれた。 この話を聞いて、役所や企業は、マスコミをコントロールしていて、記者はその手の上で踊らされているのだと痛感した。 テレビのワイドショーなどで、解説するコメンテーターがいる。テレビ朝日の玉川徹などは、いつも、その発言で物議を醸している。また、よくテレビに出るが、少なくても政治、経済の話では、本当に的外れの話をする池上彰などは、ネットでも叩かれまくっている。 テレビによく出るこうしたコメンテーターに共通するのは、現場取材をほとんどしていない事だ。現場経験をすると、上の書いたような表には出て来ない影の情報も得るし、世の中、こうやって動いているのだというような話にいくつも出くわす。 そうして経験がない人間が解説するから、トンチンカンな解説になるのだ。
2026.04.23
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(かつての年齢+90から、130に下げられた高血圧基準) 高血圧の基準の歴史をご存じだろうか。 1960年代には、医学書に「年齢プラス90以下であれば、血圧に問題ない」と書かれていた。それが、1987年に厚生省が初めて高血圧の基準値を設定し、180/90以下なら、問題ないとした。 その後、1990年に厚生省は基準値を改定し、160/90以下とした。その後、厚生省は基準値を改定して140/90とし、其の後、130/80にまでした。 この基準値への大幅引き下げに当たっては、厚労省の審議会のような組織で、座長のような存在の大阪大学教授が強引に引き下げを主張して、決まったと、当時、読売新聞が大きく報道し、製薬会社の影響力があったのではないかと書いた。 この高血圧の基準値が大きく下がった結果、何が起きたかと言えば、血圧を下げる降圧剤、高血圧薬の市場が6倍になり、製薬会社が多額の利益を得るようになった。 更に、降圧剤の主力製品の製造会社であるスイスのノバルティスファーマ社の社員が、自社の製品「ディオパン」に関する医学論文の不正に関与したとして、逮捕されるという事件まで起きている。 血圧の事に限らず、医療関係の色々な基準値変更にあたって、厚労省の政策決定に大きな影響力を持つ有名大学教授に製薬会社が金品の援助をして、自社に有利な方向に政策や基準などを変更するように仕向けるというのは、珍しくなく、現に多くの有名教授は大手製薬会社から、様々な名目で寄付を得ている。(世界に影響を与えたアメリカNIHの試験結果) 厚労省が基準を大きく下げた原因のもう1つは、アメリカの国立衛生研究所(NIH)が発表した調査結果がある。 NIHは2015年に「SPRINT試験」の結果というのを公表した。これは、50歳以上の人を対象に、上の血圧の値を140と設定した人と、120と設定した人、合計9300人を対象にした大規模な試験で、低めに設定した人の方が心不全、心筋梗塞などのリスクが25%低下し、死亡率も27%減少したというものだった。 50歳以上の人は血圧値はもっと遥かに高い人がほとんどなので、これだけの低い基準にするには、当然、降圧剤を飲む事が前提になっているので、この調査結果は、降圧剤を飲めば、長生きできると言っているのに等しかった。 この「SPRINT試験」の公表の影響をうけたためか、欧州の主な国も高血圧の基準を下げて、130にする国が多く出た。 役人を多く取材してきた筆者の経験からすると、役人は、何か問題が起き、自分の責任を問われた時、自分を上回る大きな世界の組織の基準などに従ってたので、自分に責任はありませんと逃げる口実を設ける癖がある。 だから、世界の主要国の役人がNIHの試験結果に従ってのである。しかし、当時のNIHの責任者は、コロナ騒動で大きく責任を問われて、解雇される前に自主退職という形で辞めたファウチ氏で、彼が長年アメリカの公衆衛生の責任者だった時代に、製薬会社の利権のために動いていたというのは周知の事実である。 NIHだけでなく、アメリカで医薬品の許認可権の権限を持つFDA(米国食品医薬品局)、ここにもファウチ氏の影響力は大きかったが、このFDAがここしばらく製薬会社に有利になるような決定をしていたという事が指摘され、更に、FDAやNIHから製薬会社への転職、つまり天下りする役人が少なからずいる事も問題となっている。 NIHやFDAだけでなく、世界の公衆衛生問題の最高機関であるWHO(国際保険機構)も、製薬会社から多額の寄付を得ていて、ここ何年も、製薬会社に有利な決定をしてきた事は有名な事実である。 その最たるものは新型コロナ騒動の時、有効だと現場から多くの声が挙がっていたイべルメクティンを使用しないように世界の各国に指導し、副作用がはっきりしていなかったRNAワクチンの使用を推進したのである。 理由は簡単だ。イベルメクチンは古い薬で、とっくに特許が切れていて、類似品のジェネリックが多く製造販売されているので、対応の薬と認定されても、大手製薬会社にとって儲けにならないからだ。 ちなみに、アメリカ政府も、FDAがRNAワクチンを緊急承認したが、その後、第二次トランプ政権でロバート・ケネディー・Jrが公衆衛生の責任大臣に就任すると、RNAワクチンの緊急承認を取り消している。 コロナによる死者よりも、ワクチンの被害で死んだ人の方が多いと言われていて、日本のマスコミはほとんど報道しないが、世界的には、日本を含む各地で製薬会社に対する訴訟が起きている。(高齢者は上の数値が160台で健康という調査) 血圧の話に戻すと、日本では東海大学教授を務めた大櫛陽一氏が主導して福島県郡山市と神奈川県伊勢原市で、それぞれ高血圧の治療を受けている数千人を対象に何年もの追跡調査を行い、血圧降下剤を飲んでいる人の方が、飲んでいない人に比べて、死亡率が10倍も高いという結果が出たとしている。 大櫛氏によると、死亡率が高いだけでなく、脳梗塞、心筋梗塞、認知症、ガン、白内障などの病気の発症率が、降圧剤を飲む事で高くなるという。 そして、大櫛氏は70万人を対象にした調査で、現在130/80の基準というが、「本当の健康基準値は60歳から79歳までで、上の数字は男性で164~168、下の数字も 95~101であった」としている。 そもそも、年を取るとなぜ、血圧が上がるかと言えば、老化で血管が固くなったり、血管内にコレステロールが貯まったりして、血行が良くなくなってくる。そのため、末端まで血液を送り届けるために、体が意図的に血圧を上げて、血液を体の各部分に送り込んでいるのである。 これに対して、降圧剤を飲めば、当然、血液が末端まで行かなくなるので、脳梗塞などが起きるし、血液が不足する細胞が様々な病気を発症させるのである。 そもそも、老化とともに、血圧が上がるのは当然なのに、年齢に関係なく、一律に基準を設ける方が異常なのだと言える。そういう意味では、かつての日本が年齢プラス90という数字を言っていたのは、理に叶っていたのだ。 名古屋大教授から中部大教授を務め、ネットで情報を発信し続けている武田邦彦氏は理系の教授で、今でも海外の医学論文をよく読んで、医学的な事もコメントしているが、「私は今でも年齢プラス90を基準に生活をしている」と話している。(事実上の基準変更を全く報道しない大手マスコミ) 2年前の2024年、厚労省が血圧の基準を見直すのではないかという噂が流れた。だが、結局は基準見直しという形では変更はなかった。 どうして、基準変更の話が出たかと言えば、基準を大きく下げた結果、降圧剤を使う人が大幅に増えて、日本の保険財政に深刻な影響が出るようになったからである。それはそうだ。基準値の変更で、ほとんどの成人の日本人が高血圧症になってしまったのだから、保険財政に大きな負担がかかるようになったのだ。 しかし、製薬会社やその支援を受けている大学教授の反対もあってか厚生省は基準変更は行わなかった。 ただ、厚労省は出している「標準的な検診・保険指導プログラム」(令和6年度版)で、「160/100以上の人は直ぐに医療機関の受診を」という文言を入れた。つまり、事実上、血圧基準値を160/100に変更したとも言えるのだ。 これも役人がよくやる手で、「問題が起きたので、自分たちは対応はしました」というアリバイ証明のようなものを作ったのだ。ただ、記者クラブの記者には公表はしていないので、マスコミはこの事を知らないから、当然、報道していないので、多くの人は知らない。(筆者の降圧剤体験) 最後に筆者の体験談を少し書く。筆者は大手マスコミの記者を経て、40過ぎで独立し、50歳代、60歳代と25年間程、会社を経営し、コンサルタントをしていたので、とても忙しく東京・大阪を週に2往復し、週に2日は大阪のホテルに泊まっていた。 当然、運動不足になり、体重も増え、一時、体重は100キロを超え、血圧も200/100を超えた。当時の居住地の開業医に「このままだと死にますよ」と言われ、ある大学教授に血圧を下げる薬の処方をしてもらい、以来、3種類の降圧剤を飲み始めた。 それとともに、減量にも取り組み、3、4か月で体重を25キロ落とした。やり方は簡単で、食べる量を3分の1減らしたのだ。体重の増加は体が必要以上に食べる事から起きるのだから、食べるのを減らす事にしたので、一番簡単な減量法だ。 また、間食をとるのを一切止めた。胃や腸を一定時間、空腹にするのは健康に良いと言われたし、間食をすれば、どうしても食べる量は増えるのはわかるからだ。 また、炒め物にバターを使うのを止めた。この3つで25キロ減量した。減量は決して難しくない。一言で言えば、3つ食べていた肉を2つにする感じだ。もう少し食べたいという誘惑を抑えるのだ。初めはもっと食べたいと思ったが、1か月くらいで慣れた。 降圧剤はその後、別の医者のアドバイスで3種類から2種類に減らした。しかし、大櫛氏ではないが、降圧剤を飲に続けるのは良くないという話も聞くので、減量に加えて、現役引退で運動時間もとれるようになったので、2、3年前に降圧剤を飲むのを止めた。 血圧は少し上がったが、それでも、上が160くらいで推移していた。それが、数か月前に行政の老齢者の健康診断で病院に行ったら、上が200を超えていた。 1年半前に妻が死に、その対応、後始末などで忙しく、ここ1年位血圧を測っていなかったが、久しぶりに測ったら、高かったのだ。 医師に「死にますよ」と再び言われ、2か月前位から、また、降圧剤を飲みだした。今の医師は、朝、昼、夕、寝る前と1日4回、血圧を測るように指導しているので、それを実行しているが、夜寝る前と朝は上が130,140台で、日中は150台,160台という感じである。薬は夕食後に飲むので、その影響が出る夜と朝が低く出るのだ。 自分の経験では、50歳代で200を超えた時には、頭が痛かった。しかし、降圧剤を飲むのを止めて、再び200越えになっても、体感としての異常はなかった。でも、さすがに200越えは止めないと思ったから薬を再び飲みだした。 今、薬を処方してくれている医師は、もっと下げろという感じで、薬を増やすか、より効果のあるものに変える事を勧めているが、筆者は体験的に、25年位前に大学教授が処方してくれた薬で良いと思っているので、しばらくはそのままでと言っていて、現在、大学教授の処方通りに3種類の薬を飲んでいる。今、かかっている医師も強制的に変更を求めて来たりはしていない。(信用できない事が多い、先生と言われる人の意見) 筆者は長年の取材経験で、多くの先生と言われる人たちと付き合って来た。体験からすると、先生と呼ばれる人、大学教授、医師、弁護士などは、8割は権威主義であったり、教科書通りの事を言う人が多く、額面通りには信用できず、違うと思う事も多々あった。 取材体験を通して知った事は、教科書に書いてある事で、事実と違う事は多く存在する。例えば、公害事件でイタイタイ病は神通川流域にある東邦亜鉛の工場から出た鉱毒が原因と、今でも教科書に買いてあるが、これは事実ではない。 原因は農薬だったのだ。自体が落ち着いた後、厚生省は東大の教授に依頼して、原因を徹底的に調べた。結果は原因は鉱毒ではなく、農薬だったという事がわかった。これは筆者が厚生省の幹部から直接聞いた話である。親しくなったら言ってくれた事だと思うので、筆者もこの話を世の中に大々的に出すつもりはない。 そこで、筆者は何故、これだけ重大が事を公表しないのかと、その厚生省の幹部に尋ねた。彼の答えは「国も企業も賠償金を払い、世の中で落ち着いている話に、実は違ってましたなどと国が公表したら、その後の処理が大変なのは目に見えている。当時の担当者の責任問題にも発展しかねない。役人は余程の事がない限り、先輩の間違いを正してはいけないのです」というものだった。だから、事実と違う事が今でも教科書に載っているのだ。 こうした話は筆者が知っているだけでも、いくつもある。 先生と言われる人がいかに信用できないかの例を言えば、筆者が臓器移植ネットワークの理事をしていた時、人の死を心臓死から脳死に変更する法律を作るという事があった。 日弁連も個々の弁護士も多くの人が反対していた。そこで、何人もの弁護士と会って、科学的にも世界の趨勢としても、人の死は脳死に変わってきているのに、何故、反対するのかという事を尋ね、議論をした。 その時に、ほとんどの弁護士が言った反対の理由が、「新法で死の概念が変わると、いくつもの法律で変更しないといけない事が起きる。その作業は大変だし、法律が変わると、我々法律の専門家はそれを覚え直さないといけない。相続問題まで関連してくる。それは法律家としては、とても大変なのですよ」であった。 世界の趨勢とか、人の権利とかではなく、自己都合での発想だった事に驚いた。 先生と長年言われている内に、考えも態度も傲慢になり、自分が言っている事がいかにおかしいかという振り返りができなくなっていると感じた。 体験では、先生と呼ばれる人で、納得してアドバイスを聞こうと思う人は5%から1割である。今かかっている医師がどういう人かは、まだ付き合いが間がないのでわからないが、少なくても自分の意見を押し付けて来ない事は助かっている。よく意見を聞き、話し合いをしながら、今後の事については対応しようと考えている。
2026.04.15
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(循環株投資で、12年で3千万円蓄財が基本) 以前のブログで、元手100万円、ボーナス毎に35万円追加投資で、7年で1千万円、12年で3千万円貯める循環株投資を書いた。これは底値圏で買って、天井圏で売るという年2回の取引で済む投資法で、忙しいビジネスマンやウーマンでも難しくなく出来る財テク法なので、蓄財について質問された時に、筆者がいつもお勧めする方法である。 特に20歳代の若い独身の人や結婚してまだ間が経っていない人には人生プランに最適なので、それ程、株の知識がなくても、投資のテクニックを知らなくても、ほとんどの人に難しくなく出来るやり方なので、比較的簡単に実行できる。 循環株というのは電機や自動車業界や、その部品会社、機械系の会社、航空会社、ホテル業界などに30社くらい存在する。かつては株のチャートブックを毎月専門に販売する会社があって、少し大きめの本屋にはこの月刊の雑誌が置いてあったので、きれいに循環する会社を見つけるのはそれ程難しくなかった。 今、このチャートの雑誌は本屋から姿を消してしまったが、ネットで株探などで検索すれば、見つかる。30社くらいある会社から、自分が興味があったり、面白そうな会社を4,5社ピックアップして、しばらく、その株価の推移を観察していけば、取引する対象はみつかる。 そして、資金が少ない時には、1社くらいしか買えないから、そこに集中して投資し、少し投資資金が貯まってきたら、投資対象を数社にして、分散投資をするというのが基本的な投資の仕方である。 12年で3千万円というのは、人生サイクルにも合っていて、丁度良い。子供が生まれてから、中学校に入学するまでが12年で、この時まで3千万円貯えておけば、その後、子供が中高、大学と進学し、教育に金がかかる時期には、夫の株の運用金3千万円からの運用益、年間6百万円で賄えて、元本を減らさないで済む。 そして、子供が社会人になり、家では夫婦2人だけになった後、この3千万円と、毎年の運用益6百万円は、老後の生活費や介護の費用、老人施設などの入居にあったての費用などを賄う事ができる。 人生何があるかわからない。一流の会社に入っても、リストラもあるし、病気やケガもある。そうした時に頼りになるのは金である。誰かが言っていた。世の中の事の95%は金で解決ができると。 だから、結婚してからの生活費は、前に書いたように、家賃と光熱費は夫が負担し、食費などの毎月に生活費は妻が負担するようにし、子供が小学校時代の塾代は、2人で月に10万円程は妻に負担してもらっておけば、子供により多くの教育費が必要になる中学校から大学までの費用は、夫が株の運用益から出すという形の分担をするのが合理的だと思う。 妻が食費など日常の経費8万円位と、子供の塾代を合わせて18万円負担するのに対して、夫は家賃と光熱費の合計20万円程負担する訳だから、不平等にはならない。 こうした項目毎の分担は、計算は明確だし、今の若い共働き家庭で行っている夫婦別会計というやり方にも合う。そして、どちらかが金銭管理をして、金を使い込んだなどというトラブルもなくて済む。カードも夫婦がそれぞれ、自分のカードを持っていれば、夫のカードやファミリーカードを妻が使い込んだなどいう厄介な事も起きなくて済む。 勿論、定期的に、領収書や光熱費や家賃の銀行引き落としなどの記録は互いに見せ合って、確認するという事は大切である。 そして、子供が中学に入学した後は妻は子供の月10万円の塾代がなくなるので、それから、妻は自分独自の循環株投資を始めても良い。そうすれば、妻も50歳を超える頃には、夫とは別に循環株投資で3千万円程の貯えが出来るようになる。 こうなれば、夫婦に亀裂などという事が起きても、それぞれが独立してやっていけるし、夫婦を全うするなら、子供が巣立った後、夫婦2人のための郊外のマーホームを互いに金を出し合って取得しても良い。(ブームの火付け役、山根亜希子さんの本) こうした12年かけての財テクの話をすると、自分はもう30歳代、40歳代なので、時間の余裕がないので、もう少し短時間で金を貯める方法はないかという質問も時折受ける。 こうした人には、筆者は為替取引、いわゆるFXを紹介する。こちらは循環株投資のように、手間がかからず、誰でも簡単にできるというものではない。多少の勉強、努力が必要である。 為替取引というと、危険だとか、危ないという印象を持っている人も少なくないと思うので、為替取引そのものについて、少し説明する。 為替取引が日本でブームになったのは、橋本龍太郎内閣が資本の自由化の一環で、個人の為替取引を解禁した事がきっかけである。そして、それに火をつけたのは、2005年に出版された山根亜希子さんの本「外貨で月20万円稼ぎ続ける私の連勝法」である。 山根さんは大学を卒業した後、勤めた会社を辞めざるを得なくなり、生活のために為替取引を勉強し、生活費を為替取引で出すという事を実践し、その体験を本にしたのだ。 筆者もこの本を読み、為替取引の知識がなかったので、興味を持った。そして、山根さんの講演会が東京である事を知って、聞きに行った。東京の大手町で千人以上入るという会場での講演会は満員で、聴衆は30歳代、40歳代という感じのビジネスマン、ウーマンがほとんどで、ビジネススーツ姿の人がほとんどで、皆、熱心にメモ取りながら、話を聞いていた。 本が売れた事で、為替取引がブームになり、普通の家庭の主婦で利益が1億円を超える人が何人も出た。そのことを欧米のマスコミが取り上げ、「ミセス・ワタナベ」という名前で紹介した。 しかし、数年後に、これが暗転する。為替取引で8億円稼いだという女性が脱税で摘発された。また、取引で多額の損をして、自殺する人が何人か出て、為替取引は危険、危ないという感じでマスコミが報道した。 大儲けをする人がいる一方で、大損をする人が出るのは、リスクが高いからではない。ブーム初期の頃は、誰でも山根さんが書いたように取引すれば儲かったが、状況が変わって、山根さんの書いたように取引すると大損が出るという環境になったのである。 では、山根さんは何を書いたかと言えば、彼女が為替取引をして儲けた2000年前後の頃は、円高で、彼女が主に取引をしていた豪ドルは2000年には1豪ドルが62円だった。それが、2007年には98円までの円安になった。 山根さんがした取引は円高の時に豪ドルを買って、円安になったら、豪ドルを売るという方法である。60円が百円になれば、40円儲かる訳である。加えて、当時は豪ドルは高金利で、年間5~6%くらいの金利がついたので、豪ドルを持っていると、金利でも利益が出た。 そして、為替取引が儲かった最大の理由は、倍率だった。この当時、取引をしている人は運用資金の2百倍、3百倍という倍率で取引が出来た。という事は、百万円持って取引をする人は、2億、3億の取引が出来たのである。 この倍率での円高から円安への利益、そして、億円取引の利子も加わり、普通の主婦で、合計で億単位の利益が出るようになったのだ。 ところが、為替は一方的に上がりぱなしとか、下がりぱなしにはならない。為替は大いなる循環株で、一定のゾーンを行き来し、底を売ったら反転し、天井に行ったら、また、反転するのだ。 初期に為替で儲かった人は円高で豪ドルを買い、円安で売ったので、大きな利益が出た。だが、天井を打って、また、豪ドルが底に向かい始めた時に豪ドルを買った人は、逆方向なので、大損をする事になるのだ。加えて200倍、300倍という倍率がその傷を深くした。(1分足と日足では取引の仕方が大きく異なる) 何人もの自殺者が出たという事で、大蔵省・金融庁は規制をかけた。2,3百倍という取引を禁止し、個人の取引は通常10倍まで、長く取引をしている人でも25倍という事にしたのである。 更に、取引をしている人の思惑と逆方向に行って、損が出た時、元の運用金が半分以下になったら、本人の意思に関係なく、業者が強制的に決済をするというようにルールを変えたのである。こうすれば、運用金は減っても、決済できないような借金が残るという事はなくなる。 ブームに駆られて、取引に参入した人の多くが循環という事を知らなかったのである。この循環という事を理解していれば、大損をするという事などあり得ないのだが、それすら知らないで取引をしている人が多くいたのだ。 過去の経緯はこのくらいにして、実際の為替取引の話に入るが、為替取引、今はFXという名前で知られているが、この取引は取引の仕方が色々ある。 この先、上がるか下がるかで賭けるという丁半博打のような賭け方もあるが、通常は値が上がると思ったら買って、一定のところで売る。または下がると思って売り、一定まで下がった所で決済をして利益を確定するというやり方である。 そして、取引をするにあたっては、1分足、5分足、15分足、30分足、1時間足、2時間足、4時間足、日足、週足、月足などの足のどれかで取引をする。 1分足は1つのローソクが1分での動きを記したものであり、1時間足は1つのローソクが1時間の間を示すものである。そして、このどの足を選ぶかは取引をする人の自由だが、各足によって、取引の仕方が大きく異なる。 1分足や5分足は、1つのローソクの時間が1分や5分なので、細かく上下する。だから、取引をする人はパソコンに張り付いて、値動きに細かく対応しないといけない。 一方、日足を取引する人は1つのローソクが1日分なので、1日に何回か値動きをチェックして、実際に取引するのは、1週間に1回位である。月足で取引する人は、取引は1か月に1回位である。 1分足、5分足は何時間もパソコンに張り付き、緊張しながら、数時間取引をするという取引のスタイルである。当然、普段仕事をしている人はこんな取引は出来ない。勤めている人が取引をするとすれば、仕事の合間を縫ってするので、日足や週足での取引となる。 当然、1日や1時間の間でもレートは上下するので、短い時間で取引する人程、細かい利益が出せる。ただ、パソコンに張り付いていないといけないので、疲れる。 1分足、5分足で取引をする人は、朝の8時半から正午までと、夜の8時から夜中の午前1時までというような時間に取引をする。午前中は東京の市場が開いている時間で、日本人にはメインの取引時間となる。夜はロンドン市場と、ニューヨーク市場が重なって開いている時間なので、値動きが活発なのだ。(1年で1億円を目指す) 会社勤めをしている人は1分足などの細かな時間での取引は無理なので、日足か週足での取引とならざるを得ない。日足を例にとると、的確に取引できれば、月平均4円位の利益が出せる。多い月も少ない月もあるが、年で45円位。これをしていくと、1か月運用金は3、4倍になる。 ただ、毎月、3,4倍となっては行かない。それは、1回の取引量の制限があるからである。100万円で取引を始めても、数か月で取引額の上限に行きついてしまうので、運用金の伸びは鈍化していく。 それでも、100万円でスタートして、順調にいけば、1年で1億円位にはなる。 参入と決済は、株などの取引をした事がある人はご存じだと思うが、デッドクロスとゴールデンクロスで、売りと買いの参入と決済をするのが一番無難である。 前に書いたボリンジャーバンドと、補助指標のMACDの2つで、デッドクロスとゴールデンクロスを見て、参入と決済をするのである。20倍~25倍取引をすると、半年くらいで、取引量の上限に届いてしまい、以降は上限ぎりぎりで取引をするしかない。 それでも、1年で運用金が1億円になれば、実際の運用金は5,6千万円で済むので、残りは手元に取り入れ、循環株の運用などの充て、5,6千万円の取引で、2年目からは、年の利益は税金や利子の支払い(金利の高い通貨を売り、日を超えると、結構な金利を払わないといけない)などを引いても、年間2億円位の利益が出る。 為替取引に興味がある人は、10万円くらいで、取引業者と契約が出来るので、会員になって、そこのチャートを印刷して(日足なら、過去1,2年のチャート。ボリンジャーバンドとMACDをつけて)、チャートを見て、どのタイミングで参入し、どのタイミングで決済するかを自分が考えてみるのは、良いイメージトレーニングになる思う。 チャートは値上がりが赤、値下がりが青のローソクになっているので、赤の上昇がどこで止まって、青の下げになるか、見ると、原則が見えて来る。ボリンジャーで見るのは、多くはM2から反対のM2までの行き来で、中央ラインが上向きなら、一時的に下げても、ミドルラインで止まり、また、上昇に転じるなどをじっくり見るのだ。 実物の株の取引しかしたことがない人は、売りから参入するという事に初めは慣れないと思うが、為替は当然、売りからも買いからも入れる。これから下がると思えば、売りで参入し、下がった所で、買い戻して決済するのだ。
2026.04.11
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(大企業がまだ、大阪本社が多い時代に大阪で様々な企業取材) 数日前に、「100万円を元手に証券投資。賞与毎に35万円追加で、12年で3千万円を貯める」というのを書いたが、アクセス数が多かったので、こうしたテーマは関心が高いかと思い、この関連の話を書こうと思う。 本題に入る前に、筆者の株式投資や株関連の知識を少し書く。筆者は大手マスコミで記者を17年経験したが、その内、5年、30歳から35歳の間は大阪駐在で、経済記者として、様々な業界の企業の取材を徹底して行った。 今と違って、まだ大阪の経済が強く、銀行も住友、三和、大和という銀行が大阪に本社を置いていたし、総合商社も10社の内、三菱、三井、住友以外の商社は大阪に本社があった。更に家電業界も松下(現パナソニック)、三洋、シャープが元気で活動していた。薬の業界も武田、田辺、塩野義など大手が大阪に本社を置いていた。更にスーパーもダイエー、ジャスコ、ニチイなど大手が大阪に本社を置いており、大阪は日本を代表する企業の代表や幹部に比較的たやすく会えて、色々な話、裏話などが聞けた。 松下幸之助にも、ダイエーの中内功にも、日清食品の安藤百福にも何回も会って、直に様々な苦労話や思い出話を聞いた。 更に大阪は北浜という株の町があり、多くの地場の証券会社の社長に頻繁に会って話が聞く事が出来たので、色々な情報が手に入った。また、大阪には野村証券の大阪駐在の副社長がいたが、よく会って話が聞けた。 こうした下地があるところに、筆者は大手マスコミを辞めた後、東京で外資系の証券会社の調査部に部長職で1年半務めたこともあり、証券業界の内外から話が知る事が出来た。 また、前にも書いたが、子供時から貧乏で、物心がついた時から、何としても金を貯めようと思い、中高時代から株など投資の話をよく勉強していたので、初任給3万6千円という、まだ、日本が低賃金時代からサラリーマン時代をスタートしたが、10年で1千万円、今で言えば、3,4千万円くらいの価値はあると思うが、それを貯めた経験も持つので、株式投資については、多少の知識は持っている。(貯金が出来だすと、金に対する意識が変わって来る) 筆者の話はともかく、利殖の話をする時に、まずは、50万円を貯めなさいというのは、多くの株式評論家が言う言葉である。 今はきちんとした仕事をせずに、貯金ゼロという人も結構いるというが、誰か偉い人が言っていたが、「95%の事は金で話がつく」という位で、いざという時には金の力は大きい。 貯金ゼロで、親元にいるという人など、親に万一の事があったら、どうするのか。何も考えないで送れる程、人生は甘くない。 正規社員で仕事をしていれば、月給25万円くらいにはなる。そうすれば、賞与だけで、年間総額は70から百万円くらいにはなる。そう考えれば、50万円貯めるのは、それほど難しくない。 ボーナスが百万円あるから、全額貯金などと考えてはいけない。賞与は半分は使い、半分は貯めると決めるのだ。買いたかった服、時計、家電製品など少し値が張るものはボーナスで買うという習慣をつけるのだ。 今はカード社会だから、実質的な借金であるキャッシングやカードローンで物を買うという習慣は止める事だ。買いたいものはボーナスまで我慢して、そこで買うという事を習慣づける事が大切などのだ。 この貯金は普通の銀行口座とは別の口座、通帳を作る。そして、50万円が貯まったら、次は百万円にする。50万円が1、2年、更に1年くらいで百万円が貯まる。 百万円が貯まると、次の目標は2百万円ではなく、3百万円となる。3百の次は5百、そして、5百の次は1千万円になる。貯金というのは不思議なもので、貯まりだすと、欲が出てくる。そうすると、金の使い方も計画的になり、衝動買いなどもなくなるし、必要でもないブランド物をいくつも買うという行為もなくなってくる。 百万円から株式投資を始めて、賞与毎に35万円追加した金を循環株に投資して運用すれば、7年で1千万円、10年で2千万円、12年で3千万円になるのは前に書いた。 不思議なもので、金が少し貯まりだすと、賞与だけでなく、毎月の月給からもたとえ、1万でも2万円で、いや、5千円でも貯金していこうという意識になっていくのだ。でも、絶対無理はしない。無理をすると、パンクしてしまうからだ。 貯金は残ったら、貯めるではない。賞与をもらったら、最初から、半額は貯金というように、先に貯金する額を決めるのだ。残ったらという意識だと、金は残らない。(結婚式費用は貯金用の賞与の1年分) 27、8歳くらいから、貯金と株の運用を始めたとして、7年で1千万円という事だとすると、その間に、結婚という大きな出費の出来事が出てくる。ゼクシーの調査で、今の平均の結婚関連費用は340万円である。 1千万円を貯めようとしている人間にとって、3百万円の出費は大きい。しかし、これも冷静に考えれば、乗り切れる。まず、結婚式は出席者から祝儀が入り、かかった金の半分は回収できる。 とすると、実質的な出費は170万円である。これを男性と女性で半々にして出せば、85万円である。これなら、1年分の預金に回す予定の金を結婚式や関連費用にかけても、何とかなるかなという事になる。 また、今は親しい友達や親兄弟だけを呼んで、会員制で結婚を祝うレストランウエディングなどを行う人も増えている。結婚式は金の無駄と思って、記念写真だけ撮るフォトウエディングの人もいる。それらは結婚する人同士で話し合いをすれば良いではないか。 ネットで結婚式で揉めるという話が時々出てくる。一生に一度の事だから派手にしたいという女性と、結婚後の生活を考えたら、結婚式に金をかけたくないという男性の間でトラブルという話である。 筆者は結婚は前にも書いたが、容姿や年収などではなく、価値観の共有が大きいと考える。派手に結婚式をしたいという人と、質素にしようとする人は、そもそも価値観が大きく違うのだから、結婚そのものを止めて良い話である。 結婚式や葬式などは、関連業者が派手にやることを宣伝しているという一面もある。今は、そんな事で金をかけるのは馬鹿々々しいと思う人の方が増えている。葬儀でも、葬儀を行わず、遺体を焼却だけして、骨の粉を海や川、湖などに散骨する人が全体の3分の1という時代である。見栄や思い込みだけで、自分の主張を押し通そうとしないことだ。 ちなみに、筆者は結婚式はしていない。親兄弟だけで集まって料理屋から仕出し料理をとって一緒に食事をして、談笑をしただけである。 また、妻は2年前に亡くなったが、本人の事前の遺言で、葬儀は行わず、寺への納骨もせず、戒名もつけずに、湖に散骨した。30年くらい前に筆者の母が亡くなった時は、身内だけの葬儀だったが、葬儀や戒名付け、寺への納骨だけで、2、3百万円かかった。妻はそうした事も見ていたので、自分については、不要という遺言を残したのだろう。( 不祥事、事件で大きく下げた時は、買い出動のチャンス ) さて、貯金した金の運用だが、前にも書いたように、循環株への運用が一番楽で、安全な運用法である。 それ以外で株で大きく儲けられる時がある。それはその会社が大きなトラブルに巻き込まれて、株価が大きく下げた時に、逆張りで買うのだ。例を言えば、原発事故で大きく下がった時の東京電力、役員の裏金投資の失敗が摘発されたオリンパス、会社がうるさく付け狙うジャーナリストに盗聴をしかけるなどして問題化した時の武富士などである。 東京電力の株価は事故で10分の1以下になった。この時、筆者の知人で、株の運用をしている男は東電株を底値で1億円買った。彼によると、3か月で株価は買った時に2倍になったという。 また、オリンパスでは、株価はこちらも10分の1以下になったが、こちらは数年で元に戻った。業績に関係ない不祥事による株価の急落は時を経ずして、大きく戻すのだ。 株ではないが、為替でも、大きな出来事があった。ロシアのウクライナ侵攻で、ロシアのルーブルは4割下落したが、1年程で元に戻った。このルーブルの変動では、ユダヤの大口の投資家が売りと買い双方で大儲けをしたと聞く。 為替は大いなる循環株である。2国間の為替レートが大きく変動したら、まともに貿易などできない。ある一定ゾーンを行ったり来たりするのが為替である。 勿論、株価も為替も、循環株でも、水準の訂正、変更というのが、その時々で起きる。これはしっかり、見ないといけない。 それから、株で言えば、全体の相場が大きく上げて、それにつられて循環株の相場が変更されることもある。この相場変更は見れば、概ね見当はつく。 株式投資で気を付けないといけないのは、市場全体が大きく下げる時である。これが以前は10年に1回起きていた。今はもっとスパンが短く起きている。 有名な株の投資家が保有株のほとんどを売ったなどというような時は、そうした危険な時である。株式投資の重要な行動に、危ない時は休むべしというのがある。上がり過ぎた時などは、いつ大きく下げてもおかしくないので、要注意である。(天井と底を見極める指標、ボリンジャーバンド) 株にしろ、為替にしろ、上昇や下降している時、もっと上がるか、もう天井なのかとか、もっと下がるか、底なのかなどが重要な判断となるが、その時に、有効なのがボリンジャーバンドである。 天井や底を見極める指標としては、一目均衡表はpivotなど色々あるが、株の専門家はボリンジャーバンドを使っている人が少なくない。その割に一般には、あまり知られていない。 ボリンジャーバンドの詳しいことはネットなどで説明しているので、そこで読んでほしいが、簡単に言えば、移動平均線と統計の偏差値を使って、天井や底を見極める指標である。 中央のミドルラインを中心に、上下にM1、M2、M3の線が引かれている。そして、相場は上下のM3から逆方向のM3まで動くのだ。だから、相場がM3に到達したら、反転を考えないといけない。 一定程度、動くと、ボリンジャーバンドは広がるが、天井や底に着くと、広がったボリンジャーバンドは収縮していく。目で見て、その様子がはっきりわかるので、見やすいし、売り買いの判断には良い指標である。
2026.04.05
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(美人の95%は性格ブス。ハイスぺ男は超多忙) 結婚と恋愛は全く違う。この事を知らずに失敗をする人が多過ぎる。それが3組に1組の夫婦が離婚する一番大きな原因だ。 結婚相談所のコンサルタントでネットでサイトを作っている人が結構いるが、その重要なアドバイスの1つが、「恋愛をしたいなら、結婚相談所に来るな」というものだ。 「結婚相談所は条件と相性で相手を探す所だ」。この一言である。彼らのアドバイスは「恋愛をしたい人はマチッグング・アプリ、出会い系サイトなどで相手を探しなさい」という事である。 恋愛は美しい人や自分の好みの人と付き合い、燃え上がるものである。だから、性格に多少問題があっても、価値観が違っても、問題ない。どうせ会うのは月に数回、多くて週に1回という感じ。それなら、多少のわがまま、価値観の違いは見過ごすことができる。 筆者は数多くの女性と付き合って来たし、自分で小さな会社を経営していたので多くの女性が働きに来た。また、記者やジャーナリストという仕事を長くしたし、その後は採用を大手企業から受託し、10数年にわたって新卒採用業務を全面受託してきたので、万単位の人と接して来た。 その体験から言えば、美人の女性は95%の人が性格はブスである。理由は簡単で、美人というだけで、子供の頃からちやほやされ、次第に相手が何かしてくれて当り前という気持がどんどん強くなっていき、嫌でも女王様気質になってしまっているのだ。 男でも、美男子や裕福な人、年収が高い人は、他人に見せびらかすには良いかも知れないが、結婚して共同生活を始めると、凄い利点と思っていた事がつまらないものに見えてくる。 美人や美男子は年齢とともに、その美しさは崩れて来て、10年、20年も経てば、その面影などどんどん消えていく。男性でハイスぺな人は無茶苦茶仕事が忙しく、思うような対話や一緒にのんびり旅行などというような事は難しい事がほとんどだ。 ネットでかつて有名だった美人女優や タレントが年とともに大きく変化している様をアップしているサイトがあるが、これらを見ると、エーと驚かあれる事が少なくない。(男にとって最優先に女性に求める事は料理の腕) では、男性にとって、一緒に生活するパートナーとしての条件は何かと言えば、下記のような事である。 まず、料理や家事をしっかりできて、それを当然の事としてしてくれる人である事だ。人間は毎日何百万単位の細胞が死んで、新しい細胞が作られている。その新しい細胞を作る源は食事である。だから、食事は健康で生活していく上で、重視しないといけない事である。 料理が苦手とか、したくないという女性は、それだけで結婚相手として、選んでいけない。筆者も料理は何でもするが、料理が苦手という人は2つ。1つはズボラ、もう1つは頭が悪い事である。 料理は少し勉強すれば、余程ズボラか頭が悪くない限り、誰でもできる。今はネットで映像付きで詳しく説明してくれている人が何人もいる。少し有名な料理研究家のサイトを見て、その通り実行すれば、人に出して恥しくないものはできる。 うまい料理をふるまって、有名俳優やタレント、野球の選手などを陥落させて、結婚した女性はいくらでもいる。 いつも美味しい弁当を持ってきてくれるので、結婚したら、その女性の母親が作っていたというような話もよく聞くが、女性がどの程度、料理ができるかどうか見極めるなど簡単だ。 彼女の部屋、または自分の部屋で一緒に料理を作ればよい。一発で、彼女の腕前、知識などわかる。普段料理をしているかどうかは、手つきだけでわかる。味付けがおかしい女性も少なくない。これは直す事は極めて難しい。 結婚相手として、大切な事の2つ目は金銭感覚がしっかりしている人である。金の余裕がないのに、欲しい服やバッグを思いつきで買ってしまう人や、高級品のプレゼントする事を要求するような人、高いレストランに行く事を求めるような人は、どんな美人であっても、体がどんなに魅力的でも、結婚対象としてはいけない。 3つ目は人生観、価値観が合う人である。結婚したら、離婚しない限り、何十年と一緒に生活していく事になる。そんなパートナーとものの考え方や、価値観が合わないと、ストレス以外の何物でない。 よく言う話として、一緒にテレビでドラマなどをみていて、同じところで泣き、同じところで怒るような人を探すのだ。 最後は気配りができる人、空気が読める人である。これは男性、女性に関係なく、これが出来なく、自己中の人と結婚したら、人生は地獄でしかない。 女性はハイスぺ狙いの人が少なくないが、ハイスぺの男は基本的に仕事が無茶苦茶忙しい。多く稼ぐという事は仕事中心の生活だという事を知らないといけなない。そうした男にとって、家や安らぎの場所であり、家事は女性がするものという人が多い。だから、家事は分担していうような考えはハイスぺに求めてはいけない。(60歳代で、藍染パッチで日本で5本指までになった妻) 前にも書いたが、筆者の母親は、子供から見ても、本当に美人だった。その上、料理の腕も良く、料理は本当においしかった。 母は祖母が美人だが、料理音痴で子供の時にひどい料理を食べさせられていたので、成人するくらいの年になった時に、昔はよくあったように、行儀見習いという名目で、芸妓が多くいる置屋という所で働き、料理をいちから勉強したという。 その母の料理が美味しく、好きだったので、結婚した妻には、付き合っている時に、彼女の部屋で筆者が母の料理を作って、食べてもらい、その味を知ってもらった。 味付けや料理の仕方の基本は母に教わったが、それだけでなく、当時、有名な料理研究家として、テレビでレギュラー番組も持っていた土井勝さんの「和風おかず」という本を買って、何度も何度も、妻になる女性と読み、基礎を身に着けた。 筆者の妻は、学校を卒業して社会人になってから、料理教室と洋裁教室に通っていたので、基礎はしっかりしていた。だから、飲み込みを早かった。 筆者の妻は決して美人ではない。普通くらいである。だが、料理は問題がなかったし、洋裁もできるので、子供が幼児から小学生くらいまでの間は、子供たちの服は全部、手作りで作っていた。 前に書いたように、筆者の20歳代、30歳代は日本が高度成長時代で、更に夜討ち朝駆けが当然という激務の記者という生活をしていたので、家の手伝いなどとてもできなかったので、妻は当然のように専業主婦になった。ならざるを得なかったのだ。 それでも、子供の服を全部作って、支出を抑えてくれたし、子供が手を離れる年になると、家でできるアルバイトを始め、子供が自分で自分の事が出来るような年になると、家の近くの企業の寮の手伝いの仕事などをして働いた。 そして、子供が成人する頃になると、洋裁の腕を生かした事がしたいという事で、パッチワークの教室に通った。元々、腕があったので、短期間で師範を頼まれるようになり、1、2年で、教える生徒から勧められて、50歳代で自分で教室を開いた。 妻は若い時の無理がたたって、50歳過ぎで透析患者となったが、透析で週に3日間、1日5時間ベッドで透析を受けながら、パッチワークの教室を最盛時には3か所持ち、生徒さんは百人を超えた。 透析の進行とともに、次第に無理が利かなくなり、最後は自宅だけの教室となったが、デパートで作品展を開き、専門雑誌にも何回も作品が掲載されるようになって、その分野では日本で5本指に入るようになり、60歳代、70歳代は忙しく作業をしていた。 作品も多くのファンがついて、出来上がると、右から左に売れていった。藍染パッチという世界で、彼女の作った1間四方のタペストリーは10万円すると聞いて驚いたのを覚えている。 透析が限界を迎え、2年前に自ら透析中止を決めて、あの世に旅立ったが、掲載されていた雑誌や本の彼女の写真は、本当に素敵に輝いた顔をしている。美醜ではなく、自分に自信を持ち、人生が満ち足りた顔をしている。(妻になった後、ときめきを求めて不倫する女性) 妻の話はともかく、女性の人生は何歳になっても、自分で切り開こうをすれば、できるのだと、妻を見ていて思う。他力本願でなく、自分で自分の世界を切り開く気さえあれば、何かはできるのだ。 結婚した後、子供ができ、女性が家の中でお母さんとなり、夫からも女性として扱われなくなった事に不満を持って、不倫に走る人は、統計では3人に1人である。 「ときめきたい。女として扱われたい」として、20歳代、30歳代でけでなく、40歳代、50歳代になっても、不倫に走るのだ。 こういう話を聞くと、こうした人達は、結婚とは何かという事が理解できていないのだと思う。結婚はときめく場所ではない。人生を共に歩む同志が妻であり、夫なのだと筆者は思う。 筆者の事務所に関西の甲南女子で中高大と過ごした女性がいたが、彼女の学校は有名企業の社長や役員の子女が多くいた。その彼女が言っていた話では、学校で教師は、生徒たちにいつもこう言っていたという。 「あなた達は、結婚は親御さんが決めた相手とする人が多いと思う。結婚相手は企業の役員、経営者というような人達で、結婚は家と家の結びつきをするためのもの。結婚すれば、あなた達は一家の雑務を全部差配する司令塔の役割をしないといけなくなる。だから、学生時代から結婚するまでの間、好きな人を作って、しっかり恋愛をしなさい。でも、流されたり、溺れたりしてはだめよ」 ハイスぺの人達の世界とはこんな感じである。今はあまり流行らなくなったが、今でも、上層部の間では残っている見合い結婚は、ある意味、結婚とな何かを知る上で、ヒントになるのかも知れない。
2026.04.04
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(循環株で年2割の運用益) 筆者は若い時から、株などの勉強をして、運用をしてきた。だから、東京の郊外だが、戸建を買う事が出来た。戦後の混乱期の2歳半の時に、父親が死亡し、子供の時は本当に貧乏だった。だから、学生時代から必死になってアルバイトもして、大学の学費は全額自分で出し、社会人になると、仕事を懸命にするとともに、資産運用にも励んだ。 一般の人が少しの元手で、仕事をしながら運用をする場合、株式投資かFXしかない。仮想通貨などその他の運用の方法もあるが、リスクが高い。商品取引も一時期勉強したが、世界情勢次第で大きく変わるので、素人は大怪我をする危険性があるので、少し勉強し取引もしたが、止めた。 筆者が資産運用について聞かれると、いつも勧めるのは株式投資である。FXは株よりも遥かに高い利回りだが、市場の変化を常時ウオッチしないといけないので、仕事が忙しい人には向かない。 それに対して株式は、年に2、3回の取引で、税引き後で20%の利益を取るのは難しくない。投資する株は循環株と言われる会社である。循環株とは高値と安値ゾーンが一定していて、その間を行ったり来たりする株である。 電機業界、自動車業界、その部品メーカー、精密機械企業、ホテル、航空会社などに循環株が多くみられる。ざっと30社くらいはあるので、その年の値動きを見て、きれいに循環している会社に投資をするのだ。 筆者がずっと対象としていた会社にシャープがある。今は台湾の会社に買収されたので、事情が変わったが、独立していた時代、株価は千円と千五百円の間を行き来たりしていた。だから、千円近くになったら、買って、千五百円ゾーンに入ったら、売るのである。取引は年2回。 底値ゾーンで買ったら、株価はしばらく見ない。買った後、更に値下がりすることもあるので、その失望感を味わないためである。そして、買った後、2、3か月したら、月1回のペースで株価を見る。 そして、上昇し始めたら、毎週見るようにし、売るタイミングをはかる時期になったら、毎日見て、売り時を決めるのだ。買い時は秋、売り時は春である事が多い。 秋の配当の権利落ちで下がった時に購入し、3月の決算期から株主総会の時期くらいに売るのだ。この時期は株主総会で、株主に文句を言われたくない経営陣が、株価を高めに維持する傾向にあるので、それを狙うのだ。 勿論、会社によっては、底と天井の時期が異なるので、過去数年のトレンドをしっかり把握した上で、投資するのをお勧めする。 ある有名な投資家は平和不動産だけを売り買いして、コンスタントに利益を挙げていた。この会社は戦後、証券会社が金を出し合い、東京証券取引所の建物を作る時に出来た会社で、ここも循環株として有名な企業である。 株の事を聞かれて、「年間2割でなく、半年、1年で倍になる会社はないのですか?」と聞かれる事がよくあるが、筆者はそういう人には、「あなたは株式投資に向いていない」と言って、話を終わらせる。(元手百万、賞与時35万追加で12年で3千万円) 株式投資をする時は、まず、元手として、百万円を貯めて、そこから運用を始める。そして、ボーナス時には35万円づつ、出来たら50万円づつ投資資金を追加する。 百万円からスタートして、20%運用益が出れば、120万円となり、それにボーナスで1回35万円追加で、年70万円だから、1年後には運用の金は190万円になっている。 これを繰り返していくと、7年末には運用資金は1千万円を超える。そして10年後には2千万円、12年後には3千万円になる。 前に、今筆者が20歳代後半か30歳前後で結婚生活を開始するとしたらという話を書いたが、その時に、当然、共働きの妻がいて、毎月の生活費の内、家賃と光熱費は自分が払い、食費など日々の生活費は妻に出してもらう事を書いた。 更に、子供が小学生時代の塾代の月10万円程の金は妻が出す事も書いた。何故、子供が小さい時の塾代を妻に出してもらうかと言えば、当初の元手がそれ程多くない人間が株式投資で一定以上の資金になるには、10年はかかるから、その間の子供の塾代は妻の収入から出してもらう事にしたのである。 その代わり、中高の私立の授業料や大学の授業料などは筆者が出すという役割分担なのである。(子供の中高、大学の教育費は株式の運用益から捻出) 百万円で株式投資を始め、ボーナス毎に70万円の追加で、て12年で運用資金は3千万円になる。 結婚して、2、3年で子供が出来て、その上の子が中学に入学するのは、結婚して14、5年後である。12年で100万円が元手の運用資金は3千万円になっているので、この時期には、運用益だけで、年間6百万円が出る。 子供2人として、中学高校の授業料、そして、大学の授業料などの費用は毎年4百万円程で収まるので、投資元本を減らさずに、運用益で子供の中高大学の教育費が出すことが出来るようになる。 子供が小学生時代に日々の食費などの生活費と、子供の塾代を負担していた妻は、子供が中学に入ると、負担は日々の食費などの生活費だけになるので、夫がしていた株式運用を少し遅れて開始できる。 こうして、妻の方も30歳代後半くらいから、百万円の元手と、ボーナス毎の35万円の追加で、12年後、つまり、50歳位には、妻だけの株式運用金は3千万円になっている。 夫の方は、12年後に株式運用金は3千万になり、運用益から子供の中高、大学の授業料などを出しても、運用益は余るので、運用金は増えていき、株式投資を始めて20年後、つまり、50歳前後には運用金は6千万円を超えるようになっている。 つまり、夫婦合計で見れば、50歳前後には、9千万円から1億円の株式運用資金がある事になる。(マイホームは買っても、買わなくても良い) こう書いてくると、金を稼ぐために、汲々の生活をしていると感じる人もいるかもしれないが、そんな事はない。賞与から株式運用金に回すのは、1回あたり35万円だから、40から60くらいの金は使いたい事に使う事が出来る。この金で買いたい服やバッグ、家の家電製品などを買えばよいのだ。 妻が少し大変なのは子供が小学生の時だが、日々の生活費で7、8万円、子供の塾代で10万円が毎月出ていくが、正規の職員で働いていれば、自分の小遣いに困る事はないはずである。 しかも、子供が小学生を終えれば、妻の教育費の負担はなくなり、以降の教育費は夫が負担してくれるので、食費などの生活費を負担しても、かなり余裕ある生活ができるはずである。 以上の計算の中にはマイホーム取得の話が入っていない。筆者が若い頃は、マイホームを取得するのは男の義務のような雰囲気があり、筆者も20年ローンなどを抱えた事があるが、筆者の経験で言えば、長期にわたって、銀行ローンを抱えるというのは、かなりの心の重荷になっていた。 前に書いたが、マイホームを取得すると、ローンの返済だけでなく、結構な額の固定資産税がかかってくる。家はマンションであれ戸建であれ、所有していての固定資産税は賃貸の家賃は概ね同じである。それに別途、多額の修繕費がかかるのだ。 どうしても、マイホームが欲しいという人は購入という手もあるが、今の時代、割安な公営住宅もある。どうしてもマイホームを購入したいという人以外は、マイホームに拘らないで良いのではないかと思う。 それでも、どうしても欲しいという人は、妻が小学生の子供の塾代の負担がなくなった頃、つまり、妻が30歳代後半くらいから、子供の塾代分をマーホームのローンの支払いに振り替えるという事も可能である。 こうすれば、夫は株式運用資金から、一部を家の購入の頭金として使っても、子供の子供の中高大学の教育費を出し続けて、かつ、定年時には5千万くらいの株式投資資金が残っている計算になる。(老後も3千万円を運用で、年間6百万円の利益。生活の心配はなし) 夫婦がともに、定年まで同じ職場で勤め上げれば、ともに、結構な額の退職金が下りる。こうなれば、片方の退職金で家のローンの残りを返済できるし、もう片方の退職金で、介護施設や老人ホームへの入居の資金がまかなえる。 そうすれば、手元に5千万円以上の資金を持って、老後の生活をしていくことができるし、介護や老後の面倒を子供にかける事をしなくて済む。これからの時代は、子供に老後の面倒を見てもらうという発想は捨てるべきである。 一定以上の規模の企業に定年まで勤める事の最大のメリットは、結構な額の企業年金がつくという事である。 筆者より20歳位年上の人達は厚生年金で老後の生活はしていけたが、筆者の時代には、現役時代に余程、高年収に恵まれた人以外は厚生年金は月額20万円を切る状態だ。まして、今の60歳代くらいの人が年金をもらう時は、今の感覚で言えば、厚生年金は月額10万円くらいになると言われている。 勤めていた企業がそれほど大きくなく、企業年金もそんなに期待できない規模の会社でも、3千万円を超える貯金があれば、これを株で運用すれば、年間600万円が利益で得られる。これだけあれば、日々の生活に困る事はない。 夫婦ともに3千万円の貯金があれば、子供が巣立った後に、どちらかの貯金、または双方が半分づつ出すでも良いが、郊外に中古のマンションを購入しても良い。3千万円もあれば、東京の郊外でも中古なら、そこそこの広さで駅まで徒歩圏の場所で結構良いマンションは購入できる。 定年離婚という話もあるが、それぞれが3千万円もっていれば、別々に生活するのにも問題はない。それぞれに年間運用益で600万円が入るのだから。
2026.04.01
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(高度成長期は女性は専業主婦にならざるを得なかった) ネットで婚活や結婚の話を読んでいると、専業主婦志望の女性がよく登場する。彼女たちの主張は「女は家庭に入って、家庭を守るもので、男性は家族を養って当然。出来ない男は甲斐性なし」というものである。 そして、色々な所の調査でも、専業主婦希望の女性は少なくなく、今の20歳代の女性でも、調査機関によって数字は異なるが、多い所だと58%、少ない所でも3分の1が専業主婦を希望している。 これに対して、批判する人の反論の根拠としているのが、30年給料が上がっていない事や、昭和と違って、令和の今は「共働きが当然」というものである。 筆者は専業主婦希望の女性の話も、それに反対する人の「時代が違う」という意見もともに、少しピント外れだと思う。 前にも書いたが、日本の歴史では女性が結婚後も働くのは当然だった。1400年前の清少納言も紫式部も結婚・出産後も働いていたし、江戸時代の長屋に住むクマさん、ハッサンの奥さんもほとんどが働いていた。専業主婦などはほとんどいなかった。 日本の歴史上で、専業主婦が多く存在したのは、昭和の高度成長時代だけの特殊な現象だったのである。その時代の体験者から言わせれば、週1日の休みで、時間外労働が月間100時間というような時代では、男は家事、育児などに関与するのはほぼ不可能で、週1日の休みの日は、ひたすら昼寝をして、体の疲れを取らないと、翌週、働くことができなかった。だから、妻は家事、育児、周辺との付き合いなどを一手に引き受けざるを得ず、専業主婦になる事を余儀なくされたのである。 家電製品も今のように、ルンバや全自動の洗濯機、食洗器などがある訳でもなく、洗濯は手洗いの部分が多かったし、掃除もはたきや箒が中心で、家事に多くの時間が必要だったから、物理的にも専業主婦にならざるを得なかったのである。(子供の教育費とマイホーム資金で、手取りの3分の2が消える) 歴史的な話はともかく、今の時代の話をすれば、子供2人の家庭を例にとって話をすると、まず、教育にとにかく金がかかる。筆者の時代は中高は公立の学校に行き、東京なら学区一番の高校に入れば、うまくすれば東大、悪くても早慶には入れた。筆者が子供の頃は塾も一般的ではなかった。筆者は塾など一度も行っていない。それで、少し頑張れば、早慶クラスに入学する事が出来たのである。 でも、今は全く違う。小学校から塾通いはごく普通である。普通の塾に行くだけで、1人月5万円くらいかかる。2人で月に10万円。年間120万円。これが6年間だと、720万円。模試などの臨時出費もあるので、小学生時代だけで、2人で800万円程かかる計算になる。 中高は良い大学に入ろうとすると、今は私立が当然で、小学校で中学受験の時期はクラスの子供の半分以上が授業を欠席するので、授業が先に進めない状態である。 私立の中高だと、2人で6年間で1400万円程かかる。大学も2人で私立だと1300万円くらいはかかる。これらを合計すると、小学校の塾代から大学の授業料の合計の教育費は3400万円くらいはかかってしまう。 これにマイホーム取得の金は東京だと、郊外でも親子4人で住むマンションだと、最低6千万円くらいはかかる。つまり、子供の教育とマイホームの資金だけで、ざっと合計1億円の金がかかるのである。 大卒の一流企業の従業員の生涯賃金は3億円くらいである。これは税金や社会保険料金で今は半分もっていかれる時代なので、手取りは1億5千万円。この家庭で3分の2が子供の教育費と家の購入資金で消えるのである。 一流企業の社員でも、結婚する20歳歳後半や30歳代前半なら、年収は税込みで、500万から、多くて700万円程度である。ここから税金と社会保険料が取られるので、手取りは300万円から400万円程である。 この金額から、教育費などをねん出するとなると、専業主婦の女性が優雅にランチやお茶などとは、とても行けないのだ。 収入が高い一部上場企業の社員でも、男性の収入だけでは、満足した生活が送れない事は数字を見れば明らかである。老後の資金まで考えると、男性1馬力の生活は極めてリスクが高いと言える。 少し頭が良い女性なら、結婚を機に仕事を辞めて、専業主婦になるなんて愚かな事を考えずに、仕事を続けるという選択肢しかないのだ。(専業主婦が離婚すれば、たちまち貧困層にまっしぐら) 教育やマイホーム資金の問題だけでなく、専業主婦のリスクは多く存在する。まず、日本の夫婦の離婚は3組に1組である。つまり、どれだけ優良物件の男性と結婚しても、3分の1の女性は途中で列車を下りないといけなくなるのだ。 子供がいて離婚したいわゆるシンママにでもなったら、それこそ、テレビやネットのCMで流れているように、毎日の食事も満足にとれなくなる。子供がいて離婚した場合、子供を引き取った女性は元夫から養育費がもらえるが、男性でも女性でも養育費をもらう権利がある人で、実際に養育費をもらっている人は全体の2,3割程であり、大多数の人が子供の養育費もまらえずに、子育てをしないといけないのだ。 更に、専業主婦になるために仕事を辞めた女性が、生活のために再度、仕事を探そうとしても、碌な仕事は見つからない。 人事採用の仕事を10数年してきて、また、数多くの企業の人事担当者と会って話をしてきた者として、彼らの発想を理解した上で言えば、企業の人事採用担当者の発想は普通の人が考えている事とかなり異なる。 まず、日本社会では、企業の人事担当者は、大手企業になればなるほど、人の採用は新卒採用で優秀な人を採り、中途採用は極めて異例だという事である。つまり、結婚して専業主婦になって何年か過ごした女性が大手と言われる企業に再就職することはまず、無理だという事である。 となると、専業主婦をしてきた女性が、離婚で再度、仕事を始めるとすると、スーパーやコンビニのアルバイトとか、中小零細企業での仕事しか見つからないのが一般的である。 こうした仕事は当然、給料は安く、自分が独身時代に企業勤めで稼いでいた金の半分とか、6割の金しか稼げない。当然、生活はかなり大変になる。 幸運にも主人と離婚しない人でも、働く主人が病気になったり、企業のリストラや、交通事故などで、仕事を辞めないといけなくなるケースもある。この場合、家庭に入って来る金は大きく目減りする。当然、生活の質はかなり悪くなることになる。(ハイスぺ男性は同じような育ち、価値観を持つ女性を選ぶ) 大企業でもリストラとか部門の廃止などは珍しくない。最近の例で言えば、ソニーはテレビ事業を切り離し、中国のメーカー、TCLと合弁事業を行うと発表した。この合弁事業はTCLが主導権を持つことになる。 ソニーのような大企業で、業績も好調な企業でも、こうした事は起きるのだ。詳細はまだ明らかないなっていないが、こうした場合、多くの場合、ソニーでテレビ事業部で働いていた従業員は、中国中心の合弁企業に転籍となる。当然、給料も待遇も、中国のTCLのやり方に沿ったものになるのが普通である。 世の中はリスクだらけである。だから、万一の場合に備えた生活をしないといけない。それなのに、一流、ハイスぺの男を捕まえて楽をしようという発想の人には、どんな地獄が待っているかわからない。 そもそも、ハイスぺと言われる男性は、学校時代も社会人になっても、必死になって努力をしてきた。そんな男性は結婚するなら、自分と同じような価値観や、生活観、家庭観を持つ女性を結婚相手として選ぶのが普通だ。 自分と同じように、レベルの高い中高一貫の女子高を卒業して、一流企業に務めていて、結婚後もリスク管理の発想から、共働きをすると考える女性を結婚相手として探すのが一般的である。 専業主婦の怖いところは、付き合う人達が子供の学校関係者などに限定され、話題も関心もそうした事中心になって、世の中の動きなどには鈍感になり、時代から取り残されるようになってしまうという事である。 変化の速い今の時代、会社や社会との接触がなくなると、どんどん時代遅れになり、再度働こうと考えた時、その変化の速さについていけなくなる。 また、ハイスぺの男性と結婚する女性は、相手の男性に相応しい見識、常識、行動力を持つ人で、ハイスぺ男性にぶら下がって楽をしようという人はついていけない。 野球の大谷と結婚した真美子さんは、ご主人を球場までの車の送迎をしているし、CMの交渉も彼女がし、選択権は彼女にあると言われている。海千山千の広告代理店や大企業の担当者と交渉していくのは、かなりの知識と見識がないと難しい。彼女は幼い子供の子育てをし、大谷の1日7食と言われる食事の支度も全部しながら、この交渉も担当している。専業主婦になって、3食昼寝付きをしようなどという発想は彼女にはない。 また、真美子さんの凄いなと思うところは、マスコミのカメラマンが大谷の写真をとろうと、カメラを構えると、自分がカメラに映らないように、さっと体を引く態度である。こうした気配り、目配りがあるからこそ、大谷が相手に選んだのだとも言える。 結婚して楽をしようと考える人には、ハイスぺ男性の相手はとても無理なのである。
2026.03.31
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(高度成長でひたすら働いた時代で、夫の3割が家計管理) ネットで夫婦や同棲中の男女の話で、妻や恋人に金銭管理を任せて、金を使い込まれたとか、カードで高額なブランドのバッグや服を買われた、ひどい話になると、独身時代に貯めた貯金を勝手に使われていて残金が大幅に減っていたというような話が出てくる。 また、結婚生活をスタートするにあたって、妻に金銭管理を任せ、自分が稼いだ金なのに、使い方を妻に決められ、自分は妻から小遣いとして、月に数万円を受け取るというような話まで出ている。 何故、妻に金銭の管理を任せるのかと言えば、妻がそれを要求するというのもあるが、男性側が金銭管理は手間暇がかかって面倒くさいと言っていることも少なくない。 でも、筆者に言わせれば、この程度の管理が出来ない男は会社で部下の管理もできないし、大きな仕事の管理も出来ない。 自分が稼いだ金を自分が自由に使えず、妻からお小遣いをもらうというようを事を許している男はバカとしか言いようがない。男なら、付き合いで金を使わないといけない事も結構あるし、極端な話をすれば、妻の浮気の疑いが出て来た時ですら、興信所に依頼する金にも不自由する事になりかねない。 婚前前に蓄えた貯金の通帳や妻となる人が知らない不動産の証書などは、銀行の貸金庫にでも、預けておけば、妻がどうのこうなどという事とは無縁で済む。ちなみに、大手銀行の貸金庫の料金は、年間2万円くらいである。この費用で安心できるなら安いものだ。 筆者が20歳代の頃は、日本が高度成長時代で、男性は猛烈に仕事をし、過労死で死ぬ人が実際に出ていた時代である。筆者も日本を代表する大手企業と言われる会社にいたが、月に残業時間が100時間を超えた事が何回もあった。 当時は週休が1日で、記者特有の宿泊勤務、通常、泊りと言われる勤務が週に1回回って来ていた。泊り勤務の日も朝から普通に仕事をし、泊り明けの日も夕方まで仕事をする時代だった。 休日は体を休めるために、ソファーで横になり、終日、トロトロ昼寝をするのが通常の状態だった。それでも、筆者は家計管理は自分でしていた。 筆者が20、30歳代の頃、家計管理を夫婦のどちらがしているかという調査があったが、妻が7割、夫が3割だった。休日に体を休めるために、ひたすら昼寝をして、家事手伝いなどとてもできない状態であっても、3割の男が家計を自分で管理していたのだ。(日本は古来共稼ぎ、高度成長期の専業主婦が特異だった) 高度成長時代は妻はほとんどが専業主婦だった。それは上記のような状態で、男は家の事に協力などとても無理だったし、家電も発達していなくて、洗濯も手洗いなどが珍しくなかったから、女性が専業主婦にならざるを得なかったのである。そして、その影響からか、主婦は専業で当然という事を言う女性も少なくないが、それは全く違う。 前にも書いたが、日本の歴史を振り返れば、高度成長時代のほんの一時期を除けば、妻も働き、共働きが当然だった。1300年前の清少納言も紫式部も、結婚し子供ももうけても働いていた。名前の「納言」や「式部」は仕事の肩書である。今で言えば、清少「部長」であり、紫「課長」だったのだ。 狩猟が主だった縄文時代でも、妻の7割が獣の狩りに夫とともに参加していたという事が明らかになっている。家にいて、料理、洗濯、子育てに専念していた訳ではないのだ。 今、少ししっかりした女性は結婚しても仕事を辞めないで、共働きをしているので、給料の管理は別々という家庭も少なくないというが、それでも、家計管理は妻に任せているという男性が今でも少なくない。 筆者は大学4年の時に、籍を入れ、社会人になるとともに、夫婦生活を開始した。上に書いたように、猛烈な忙しさだったが、家計管理は自分でしていた。当時は光熱費などは口座振替ではなく、請求書が電力会社やガス会社から送られてきて、銀行に行って金を支払っていた。 だから、妻には毎月の食費や日用品費など、いわゆる生活費として、一定額を給料日の度に渡していたし、光熱費などの請求書が来ると、その度に、その金を妻に渡して、振り込みをしてもらっていた。 筆者は何が何でも、筆者が家計管理を自分ですると主張した訳ではない。共同生活を開始するにあたって、妻に家計管理はどうするか聞いた。その時に、妻は「任せます」と言ったので、筆者がするようになっただけである。 何故、妻が「任せます」と言ったかと言えば、これも以前、書いたように筆者は幼くして父を亡くしたので、とても貧乏に育った。だから、大学の授業料も教科書代も交通費も小遣いもすべて、アルバイトをして自分で出した。1年の半分近くある長期の休みは、アルバイトで朝から夜の終電まで働いて、金を稼いだ。 単にアルバイトで稼ぐだけでなく、利殖にも興味があり、高校時代からその勉強もしだした。だから、社会人になると同時に、利殖も始めた。大学4年の年もアルバイトをしていたが、翌年は授業料や教科書代、交通費などの支払いがないので、アルバイトで稼いだ金が手元にあった。今の貨幣価値で言えば、150万から、200万円くらい持って、社会人生活を開始した。 だから、その金で利殖活動をした。当時はまだ、日本が高度成長時代で金利も高かった。35歳の頃に中古の家を買ったが、今でも覚えているが、大手銀行の住宅ローンで、金利は8%はしていた。借金をして金を返すのは大変だったが、運用には有利で、当時、小金を運用する方法として、少し勉強した人の間では知られていた「中国ファンド」で運用した。当時の金利は年5.5%だったので、利子はバカにならなかった。 そして、貯金が一定金額になってからは、株の運用をして、貯金を殖やしていった。その金があったので、35歳過ぎの時に中古の家を東京郊外に買う事が出来たのだ。この時も家計管理は筆者がしていて、妻は筆者がいくら稼いでいたかも知らなかったし、貯金がいくらあるかも知らなかった。 意識して教えなかったのではなく、妻は金融の知識を持ち、勉強をしている筆者に任せようと思って、聞かなかったのだと思う。生涯の資金計画はきちんと立てるべきだし、そのためにも、自分の金は自分で管理すべきだと筆者は考える。(家賃、光熱費は夫が持ち、食費などの生活費は妻が負担する) 筆者の体験はともかく、今の時代について述べると、東京やその周辺の首都圏に住むとすると、結婚したばかりの夫婦を住む家の家賃は10万円から15万円くらいだろう。そして、光熱費や携帯代が月に5万円程度、そして、食費や日用品代などの生活費が月に7~8万円くらいだろう。 筆者が今の時代に20歳代、30歳代前半で、結婚生活を始めると考えたら、筆者なら、以下のようにするだろう。 まず、給料が入ったら、家賃や光熱費を自動引き落としをする口座を作り、そこに給料が入る口座から自動的に20万円くらい振り込むようにする。家賃と光熱費、携帯代などはその口座から自動で引き落とすようにする。 少し余分に振り込み、何か問題が起きて、臨時に対応しないといけない時の金も少しプールしておく。 給料の残金は自分の小遣いで一定額は使うが、残りは貯金をし、運用して増やして行く。 そして、月々の生活費、食費や日用品費など7~8万円は共働きの妻に出してもらう。これで、総合の生活費の負担割合は自分と妻で大体2:1である。妻には買い物の際の領収書はきちんと保存しておいてもらい、月に一度か2,3か月に一度は確認するとともに、家賃、光熱費などの支払い状況も通帳を見せて、妻に確認してもらう。 結婚して数年は新婚生活を楽しむのと、貯金をする時期とする。月々の互いの生活費以外の残金は自己管理とするが、ボーナスは半額は強制的に貯金をし、使うのは半分までとする。使う半分は自分が買いたかった服とかバッグなど自分の好きに使ってよい。 数年して子供が出来たら、妻は産休、育休を取るが、その2年間は、日々の食費などの生活費は夫が負担をする。合計200万円程である。 子供が小学校を卒業するまでの間、産休、育休の期間を除いて、結婚から下の子供の小学校卒業までの間、きちんと働いている期間、13年くらいになると思うが、この間、妻には、子供の小学生時代の塾代分はボーナスでしっかり貯金してもらう。 塾代は1人5万円として、年間2人で120万円。6年間で720万円。ざっくり800万円くらいは貯金してもらう。残金はどう貯金し、その他、自分のために何のために使うかは、妻の自由とする。 子供が中学に入ると、私立なら、入学時に150万円、それ以降5年間、年100万円で、1人あたり、650万円。2人で1300万円。その他、臨時出費もあるだろうから、1500万円は、子供が小学校を卒業するまでの間に、夫がボーナスから貯金し、運用した金から出す。 ここでも、夫と妻の負担は、おおよそ2:1である。 大学の費用は入学時150万円、それ以降は年間100万円が授業料として必要になるが、これは夫がボーナスやその他の貯金から支出する。授業料以外の教科書代や交通費、小遣いは、子供にアルバイトをさせて、そこから出させる。 筆者の体験からも、大学時代にアルバイトで得た経験は大きかったし、金の有難みは自分が働かないとわからないので、それを体験させた方が良い。子供の頃から、大学生になったら、授業料は親が出すが、それ以外は自分がアルバイトをして出すという事を言っておくと、子供は大学に入ってすぐ、アルバイトを探し始める。 筆者の子供がそうだった。ちなみに、筆者の子供の1人は上智大学に行ったが、この大学は成績が上位3分の1に入っていると、授業料が半分になる。その他の大学でも、こうした返さなくて良い奨学金制度をもっている大学は少なくないので、これを活用しない手はない。 こうした日々の生活費の負担の仕方や、子供の教育費の分担割合などを項目毎にしっかり決めておけば、後で揉めることはない。(揉めないために、婚前契約書の作成も) 後、大きな出費は家だが、これは買っても良いし、ずっと賃貸のままでも良いと思う。 筆者の体験からすれば、家は戸建てでも、マンションでも同じだが、所有するのと、賃貸で住むので、費用負担はほとんど変わらない。所有をすると、結構な固定資産税がかかる。また、何年に一度の修繕費が本当に馬鹿にならない。 筆者はURの住宅に住んだ事があるが、そこには、戸建の家を処分して、賃貸に入居している人が結構いたが、話を聞くと、所有と賃貸とでは、負担が変わらないと、皆同じ事を言う。 所有は世間体は良いかも知れないが、見栄さえなくせば、賃貸の方が気楽という人は本当に多い。 なお、ネットで結婚の話で、独身時代に男が結婚しても、女性が仕事を続けるように言って、結婚したら、妻が勝手に仕事を辞めて来たという話をよく聞く。 結婚するにあたっては、相手とよく話をして、共働きや、結婚後の費用分担などをしっかり話し合いをして、確認するだけでなく、相手の親や友人たちとも話をして、相手の人が普段、どんな事を言っているか、確認しておくことも大切である。 それでも、疑問が拭えない人とは、婚前に契約書を作る事も一つの手である。というのは、共働きを了承した女性が結婚とともに、仕事を辞めた時、争っても、なかなか認められない事も少なくないようだ。 だが、婚前契約書は結婚の後も有効である。筆者は一定年齢になった有名財界人が再婚する時に、この婚前契約書を作った例を知っている。内容も公平で、第三者から見ても問題なかった。でも、揉めないように契約書にするという姿勢も必要なのだとも言える。
2026.03.29
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(大化の改新の意味と、その後の日本への影響を知らない学生) 海外に行って、その土地の人と少し仲良くなると、必ず、日本の歴史や文化、神話などについて、聞かれる。だが、多くの日本人はその問いに答えられない。参政党の神谷代表は大学時代に数十か国を回って、そうした体験をして、日本や国家について考えるようになったという。 特別に興味をもって勉強をしている人を除いて、多くの日本人は本当に日本の歴史や由来、神話などを知らない。理由は簡単だ。学校でも家でも、きちんと教えてくれないからだ。 日本の学校での日本の歴史の教科書では、書かれている事に嘘が多い。例えば、稲作は中国や朝鮮を経て、弥生時代に日本に伝わったと今でも書かれている。でも、いくつも縄文時代に遺跡から稲の化石が見つかっていて、縄文時代から稲作が行われていた事がわかる。それなのに、教科書が修正されないのだ。 また、日本の歴史の教育では、何年に何があったという事は書かれているが、それがどういう意味を持ち、その結果、後世にどういう変化、影響を与えたかというような意義付けや、日本歴史に与えた影響をきちんと教えない。 筆者はある企業の採用をコンサルタントとして全面受託し、13年間担当した。受験希望者の受付から始まり、説明会の案内、説明会での説明、そして、採用選考まですべて、筆者の会社が行い、会社が学生と会うのは、最終の所長面接からだった。そして、最終面接にも、筆者は立ち合い、学生の合否の議論にも関与し、合格の連絡も当方がした。 内定が出た学生のフォローも筆者の会社が行い、10月1日の内定式までが筆者の会社の担当だった。だから、毎年、万単位の学生と接して来た。 ある程度、選考が進んだ採用選考の途中で、筆者が集団の学生にぶつけた質問では、例えば「皆さんは大化の改新は知っているが、大化の改新で、日本はどう変わり、その後の日本にどういう影響を与えたのですか?」というのがある。 筆者が採用を受託した企業は最終的に合格する学生は東京なら、早慶、上智と国立大以上、関西なら、関学、同志社、立命、国公立以上の学生がほとんどだったので、一般的には、かなりレベルが高い学生だった。 その学生に大化の改新を聞くと、中大兄皇子と中臣鎌足が協力して蘇我親子を殺して実権を持ち、天皇中心の国家運営にしたという事は答えられても、改新の中身と日本の後世への影響や意義付けについては、曖昧で、ほとんどの人が答えられない。理由は簡単で、学校できちんとそれを習っていないのだ。 大化の改新以前の日本では、豪族が土地と民を所有し、支配してきた。それを改新で、「公地公民」つまり、全国の土地も民も天皇が中心の国家のものであるという事になった。更に、元号が「大化」となって、以来、天皇ごとに元号がつけられ、時代は元号で呼ばれる事になった。更に、「日本」「天皇」という言葉もこの時に始まったと言われている。 また、租庸調の税金と労働使役の制度が決められたのも、この時である。更に首都が定められ、戸籍が整備され、戸籍ごとに田を与えられて農作を行う班田授受が始まったとされる。つまり、今の日本の国家や国民の基礎的な仕組みがこの時に整ったという事である。 大化の改新は中大兄皇子が天智天皇となり、藤原鎌足となった中臣鎌足とともに始めたが、これだけの事業を行うのだから、一代の天皇では実現できず、天智天皇との弟の天武天皇、そして、天智天皇の娘で天武天皇の妃となった持統天皇が天武天皇の死後の改革を引き継ぎ、三代の天皇で実現した古代の大プロジェクトだったのである。 でも、東大、京大の学生でも、こうした事を答えられる者はほとんどいない。(種子島への銃の伝来で、数年で日本中が銃だらけに) 1543年に、日本の種子島にポルトガル人が火縄銃を伝えたという事は習うが、それが日本にどう普及し、その後の日本の歴史にどういう影響を与えたかという事を聞いても、きちんと答えられる人はまずいない。 当時、種子島の領主は1丁を今の価格で言うと、1億円くらいの金で2丁とも3丁とも言われるが、買い取った。これに味をしめたポルトガル人は数年後に、再度、大儲けをしようと考えて、種子島を訪れて、火縄銃を売りに来た。 ところが、その数年の間に日本で何があったかと言えば、銃を解体して、仕組みを理解して、日本国内で、火縄銃があっという間に広がった。ポルトガル人が再度訪れた時には、日本列島全体での銃は、当時の欧州全体よりも数が多くまで普及していた。 更に、ポルトガル人が伝えた銃は火縄銃で、雨が降ると、使い物にならなかったが、日本人は雨が降っても使えるように銃を改良していたという。日本の戦国時代にポルトガル人やスペイン人、オランダ人達が、アジアや中南米を武力で支配し、植民地化していったが、日本が植民地にならなかった理由の1つがこれだと言われている。 古代の日本には古墳が数多く作られた。学校の教科書では古墳の存在そのものは習うが、古墳はどうして作られたかについては、教えない。教えるのは天皇の墓という事くらいである。 だが、仁徳天皇が自分の住まいからみて、民の家から煙が立ち上っていないのを見て、民が貧しくて満足に食事もできないのではないかと憂い、何年も税金を取るのを止めたという逸話と、大きな労働使役であったろう、天皇の墓を庶民の使役として作らせたという話は、どう考えても矛盾する。 ある民間の歴史研究家は、古墳の土は水田を作るために土地を削った時に出て来た土で、それを土盛りしていく内に、大きな土盛りが出来上がり、それを整備して天皇の墓にしたのではないかと考えた。 彼はその話を東大の有名な教授に話をしたら、その東大の教授は思いもよらなかっと、目をぱちくりするだけだったという。(1300年前に女性が小説や随筆を書き、今の日本人が読める事の異常さ) 教科書には江戸時代は多くの寺子屋があったと書いてあるが、それが、当時の欧州と比べて、どのくらいの水準であったかは教えない。 江戸時代の日本人の識字率は60%台だったと言われている。江戸時代は貸本屋が商売として成り立っていたが、それは高い識字率のおかげである。当時の欧州はと言えば、イギリスで10数%、フランスは一桁台だったと言われている。日本の知的水準が以上に高かったかがわかるが、こうした事を学校では教えない。 江戸時代の日本では一般の庶民、町民、農民が歌舞伎を楽しんだ。だが、当時の欧州では、オペラは王侯貴族のもので、庶民は見る事などできなかった。 江戸時代は寺子屋で「読み」「書き」「そろばん」を教えたが、同時に、今でいう修身を教えた。実語教、童子教と言われてものである。今でも言われる、「山高きが故に尊がらず」や「玉磨かざれば光なし」なという言葉は、実語教の中に出てくる言葉である。 でも、実語教も童子教も明治時代に廃止されてしまった。そして、今の学校教育では、江戸時代に実語教も童子教が教えこまれていた事自体、まったく触れられていない。 今の日本人は学校教育で、枕草子や源氏物語を教えられるが、同じく1300年前の世界はどうだったかについては、全く触れられていない。それ程、身分が高かった訳ではない女性が、1300年前に随筆を書いていた事。同じく、女性が世界最古の小説を書いていたという意義付けを日本では教えない。 1300年前の欧州では、王侯貴族と一部の僧侶しか読み書きができなかった。その時代に、普通の女性が小説を書き、随筆を書いていたのである。 しかも、1300年前の文章を少し注釈をつければ、現在の日本人が読むことができるという事が、どれだけ世界的に見て、異常であるかを教えない。イギリスのシェークスピアの小説が書かれたのは、400年くらい前の事だが、現在の英国人はシェークスピアを原文では読むことが出来ない。 学校で万葉集について習っても、その中で、天皇や貴族と並んで、一般の農民や防人(国の防衛にあたっている一般人)が並列で歌が掲載されている事が当時の世界常識からすれば、極めて特殊である事は教えない。(日本に助けを求めて来たハワイ王国) ハワイは今ではアメリカ領だが、かつては、独立国だった。その独立国時代のハワイ王が日本の明治天皇に、姻戚関係を構築したいと連絡して来た。アメリカの占領され、独立が保てなくなりそうだったから、助けを求めて来たのである。 だが、当時の明治天皇はこれを断っている。アメリカと戦って勝てないと判断し、苦渋の決断をしたのである。 アメリカと日本との関係で言えば、日本が日清、日露の戦争の結果、満州鉄道の権益を得た時に、当時のアメリカの鉄道王、ハリマンが共同経営を提案してきた。そして、これを日本が断った事がアメリカとの関係が悪化した大きな要因だと言われている。 アメリカは自分自身がイギリスの植民地状態から独立戦争を戦って、大国の道を歩んでいたために、当初は日本に好意的で、アメリカの大統領が引退後、日本の天皇に色々アドバイスなどをしている。 しかし、第一次大戦で日本が戦勝国となり、国際連盟の常任理事国になるとともに、アメリカは近い将来の仮想敵国は日本だと認識するようになり、色々な手を打ち出した。だが、当時の日本のリーダーには、その危機意識が欠如していたのである。 1991年にソ連が崩壊した時、アメリカ政府のある機関がその後の世界戦略を書いたが、その中では、日本とドイツの2か国を仮想敵国として位置付けている。だが、日本国内では、親米も反米も、どちらの勢力もこれに無関心である。 これは何かものごとが起きた時に、その意味、その後への影響などをきちんと考える習慣がないからである。 日本が大東亜戦争の負けた時、占領したアメリカ軍は、靖国神社の爆破を真剣に検討した。それが実現しなかったのは、当時、ローマ法王庁が反対をしたからである。でも、こうした事も、今の日本では学校で教えない。 肝心な事を教えられない、日本人が考えない理由の1つは、上の大化の改新の例ではないが、事象としてではなく、それがその後にどういう意味を持ち、影響を与えたかという考え方が、今の日本には極めて乏しいからだと思う。 もう1つは、戦後、GHQが多くの政治家、経済人とともに、大学の教授達も公職追放し、その補充で教職についた人は、反日思想が強い左翼思想の人や、在日の人達だったからで、その流れが今でも続いているからだと言われる。 今、世界は大きく動いている。こういう時こそ、歴史をきちんと見直し、そこから学び、対応策を考えないといけない時期だと考える。
2026.03.23
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(「親切の国」日本の理由、背景を探る) 外国人が日本に来て驚くことの1つに、困っていると、見も知らない人が助けてくれる事を挙げる。 持っているカバンがはだけて、中の物のが周囲にばらまかれた時などに見も知らない通りかかりの人々が、落ちた物を拾ってくれる。突然の雨に遭って困っていると、見も知らない人が傘を差しかけてくれて、雨宿りができる場所まで連れて行ってくれる。 突然、具合が悪くなって、うずくまったり、倒れたりすると、何人もの人が集まってきて、ある人は自分の服を脱いで、体にかけてくれる。他の人は頭の下に自分の服や持ち物を敷いたりしてくれる。別の人は救急車を呼んだりする。それも誰かがリーダーとして指示を出すのではなく、それぞれの人が自分ができる役に立ちそうな事を分担する。 駅でどうしたら良いか迷っていると、わかる所まで一緒に歩いてくれて、助けてくれる。そして、誰もお礼を期待せず、名前も告げず立ち去っていく。 欧米で同じような困った事があっても、まず、誰も助けてくれない。欧米だけでなく、アジア、中国、韓国でも、まず、ほとんどのケースで誰も何もしてくれない。下手に面倒に巻き込まれるのは御免という姿勢である。 以前は、ただ単に「親切の国、日本」という感じだったが、イギリスの公共放送BBCなどが、こうした日本について、「何故だ」という分析を始め、いくつもの放送でその背景や理由を解き明かそうという努力を始めた。 BBCがそうした事を始めたきっかけは、15年前の東北大震災での被災地で、暴動や略奪がほとんど起きず、配給の列におとなしく並ぶ人たちを見て驚き、「何故だ」と関心を持ち、背景を研究し始めたのがはじめと言われる。 イギリスの報道機関の凄さは、その徹底したリサーチ能力と、何故、どうしてというジャーナリストととしての基本姿勢である。 日本が戦争に負けた時、原爆を2回落とされただけでなく、東京、大阪など大都市は何回も爆撃されて、粉々に破壊され、各地の主要工場も再起不能の言われる状態まで破壊された。 そして、戦争後、日本に来た占領軍、GHQは飛行機製造工場、造船工場などを徹底的に解体して、二度と製造をできないようにした。更に、GHQは日本に来た真っ先にした事は、日銀の金庫を吸収し、そこに置かれていた金などをすべて持ち去った。 だから、戦後、日本の再生には、百年はかかると言われた。それが、不死鳥のように短期間で蘇り、20年もしない、1964年に東京五輪を開催するまでになり、それに合わせて新幹線や高速道路網を建設した。 これを見て、イギリスの経済紙「エコノミスト」は徹底的にその理由を調べ、紙面で、日本復活の理由、背景を特集した。その内容は「日は昇る」という本までなった。 筆者も大学生の時にこの本を読んだが、そこで書かれていたのは、日本人の勤勉さ、貯蓄率の高さ、戦後復興の指揮官的な役割をした官僚の優秀さなどが取り上げられていた。 この分析は素晴しいものだが、それでは、「親切な国」日本の理由はわからない。だから、東北大震災の後のBBCの日本研究、分析では、日本の歴史、文化にも光を当て、1300年前に日本人女性が素晴らしい随筆を書いていた事や、これも女性の筆によるものだが、世界最古の小説まで書かれていた事などの光を当てだした。(日本人を分析し、解析した「緑の日本列島」) BBCのリサーチはまだ途上という感じだが、日本人の「親切の国」などの背景は日本人の手で解明されている。それは林房雄氏の「緑の日本列島」という本で記されている。 今や読む人もほとんどいなくなり、本も絶版になっているが、筆者は大学生時代にこの本を読んで、感心し、納得した。 林氏の分析では、日本は地理的に台風の通り道であり、毎年のように大型台風に襲われ、土砂崩れや河川の氾濫で、大きな被害が出て来た。更に、地震や火山の爆発などの自然災害に襲われ続けて来た。 こうした自然の猛威の前には人間の力はか弱いもので、立ち向かい、被害を少しでも少なくするには、周囲の人々と団結、協力して立ち向かうしかない。そこに共同体、団結という事が自然と生まれて来た。 協力して土嚢を積み上げれば、被害は少なくて済む。自然の猛威の前には人間1人、1人の力などたかが知れている。しかし、多くの人が協力すれば、被害はかなり食い止められる。ここに助け合いの精神が生まれた。 それと同時に、被害は努力で被害は少なくてできても、自然の力の前には人間の力などはかないものだという価値観が出て来た。それが自然を恐れ、敬う心から、「八百万の神」という発想が出て来た。 海や天だけでなく、川にも山にも、大きな樹木、大石にまで神が存在し、畏敬の対象になった。 欧州でも中東でもかつては多神教だった。しかし、途中から一神教になり、その唯一の神を信じ、祈れば、救われるという発想になっていった。更に、世の中の混乱、問題は、神を信じて行動すれば、克服できるという発想になり、やがて、科学の発達で、問題点は克服できるものだという発想になって行った。 明治維新後、欧米の進んだ科学を取り入れながら、依然、「八百万の神」という考えに立つ、日本人とは大きく異なって行った。(「お天道様が見ている」) 日本人には「お天道様が見ている」という考え方がある。そこここに神がいるので、他の人が見ていないから、ごまかしても良いだろうという発想にはならない。そこが、欧米や中東、アジアの含めた他の国とは大きく違うのだ。 この自然の猛威の前の団結と、「お天道様が見ている」という意識が日本人の行動に大きな影響を与えているというのだ。 日本の行政側も、この地域住民の団結力や「お天道様が見ている」の心を促進する制度を古くから作ってきた。江戸時代では、大店で犯罪人が出ると、店主にも刑罰が与えられた。経営者は店舗経営だけでなく、従業員の私生活、行動までに目を光らせないといけなくなった。 都市の長屋では、大家にその役割が課された。長屋の住民に犯罪者が出ると大家にもお咎めがあったのだ。これは店主や大家を縛るだけでなく、奉公人や住民側にも、自分が何か悪い事をしたら、店主や大家にも罰が与えられるという意識が自制心を生むようになった。 また、日本では世界でも珍しく、落し物の8,9割が返ってくるという現象がある。現金の入った財布を落としても、金はそのままで、9割近くが返ってくる。 これは「お天道様が見ている」という意識と同時に、行政の制度もこの考えを補強する役割をした。江戸時代の奉行所には今でいう「遺失物取り扱い」の部門があった。 落し物を拾った人間は、そこに遺失物を届けると、落とし主が見つかった時に、1割くらいの謝礼がもらえるという制度にした。更に、3か月など落とし主が一定期間出て来なかった時には、奉行所から遺失物、それが現金であろうと、拾って届け出た人間に与えられるという制度まであった。 また、寺子屋では今でいう道徳教育がかなり徹底して行われ、人の道を教えられた。江戸時代の教育普及率は6,7割で、国民の識字率は6割を超えていた。この時代、欧州では、識字率は1,2割だったのと大きな差だが、教育でも徳育教育がなされたのである。(相互扶助の無尽講) 地域集団主義の拠点の1つになったのが神社、仏閣だった。神社や寺の敷地は広く、地域の子供たちの遊び場だった。また、地域でなにか相談事があるときは、神社や寺の本堂などが集会場の場となった。 住民同士を支えるという制度として無尽講というのがあった。これは今ではほとんどなくなってしまったが、筆者が子供の頃にはまだあった。 地域の人々で一定金額の積み立てをする。今の感じで言えば、15人が1人、月に2万円づつ積み立てれば、毎月30万が積み上がる。これをその時に、金が必要な人が受け取り、もらうのだ。 急に金が要りようになっても、貧乏人だと、金融機関は貸してくれない。そこで、住民同士が相互援助をする制度を作ったのだ。30万円もらい、都合をつけてもらった人は、その金を返す形で、その後、毎月2万円積み立てに参加すれば良いだけである。 また、これも今ではなくなってしまったが、子供同士の自然の決まりがあった。筆者が小学生の頃、学校の授業が終わった後、その学校の子供達が夕方になるまで、近くの公園で遊ぶのだが、その子供の中で6年生の誰かが、他の子供達に問題や怪我はないように、自分は遊ばずに、目を光らす監視役をするのだ。 誰かの命令でするのではなく、自然発生的に、今年の監視役は誰と決まる。筆者が育ったのは東京の下町だが、筆者自身、6年生の時に、この監視役をしていたので、よく覚えている。 江戸時代はドラマなどでは批判的に描かれる事が少なくないが、良い精度もかなりあった。でも、その多くが明治維新と、敗戦後のGHQの指導方針でなくなって行った。 明治維新は司馬遼太郎などの本でプラスの面が強調されているが、マイナスの部分も多くあった。その一つが欧米の進んだ技術を習得しようとして、学ぶ人間を分担させ、技術を習得させ、全体を俯瞰する人間を育てなかった事である。 明治維新を中心になって推進した人間は江戸時代の教育を受けて人たちだった。だが、分業体制の教育の明治期に育ったエリート達には全体を俯瞰的に見る人間がほとんどいなかったのである。これが負けがわかっている戦争に突入した大きな原因の1つである。 そして、今もリーダーをどう育てるかということが疎かになっている。だから、政治家も官僚も、全体が俯瞰してものを見て、考える人間が圧倒的にいないのだ。 ただ、国民に染み付いた団結力、協調体制や、「お天道様は見ている」精神は健在なので、「親切の国、日本」は存在しているのだ。
2026.03.18
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(避けろ----美人、料理下手、金使いが粗い女性) 以前のブログで、男が結婚してはいけない女性の特徴を3つ書いた。1つは美人、2つは料理下手、3つは金使いが粗い人である。美人の話は後で詳しく述べるが、まずは、2番目と3番目のついて、少し書こうと思う。 まず、料理だが、食事は元気の源である、一定にの年齢になると、老後、元気で過ごしていけるかどうかは、料理にかかるウエートが高くなるように、人生で重要な事で、妻となる女性が料理が下手とか苦手であるのは、最初から、大きなハンディを背負うことになる。 銀座でクリニックを経営する吉野敏明氏は「コンビニの弁当を毎日食べていたら、間違いなく病気になる」と言っているが、正にその通りである。 筆者も料理は何でも一通りはする。普通の料理だけでなく、ケーキも、透析をずっと続けて来た妻が食欲がなくなって来たが、栄養をとらないといけないということで、卵をふんだんに使うケーキを作る事を思い立ち、5,6年前くらいから作り始めた。 今の時代は便利で、ネットで色々な人が料理を動画で説明してくれているので、筆者のケーキ作りも1か月も経たない内に、10種類程は批評に耐えられるくらいのものは出来るようになり、結婚、味にうるさい妻も「美味しい、美味しい」と言って、食べてくれた。 自分で料理をして思うのは、料理は基本さえ理解できれば、難しいものではない。だから、料理が苦手とか下手という人は、2つの内のどちらかである。1つは基礎を理解出ない馬鹿である事、もう1つはずぼらである事だ。いずれも、そんな女性と結婚したら、その後の人生は最悪である。 結婚したら、妻となった女性があまりに料理が下手であったりとか、料理をせずに、スーパーのお惣菜ばかりを食卓に出すので、うんざりしたというような話を聞くが、これは、結婚する女性をきちんと観察しなかった自分がお粗末だったという事だけである。 付き合っている時に、相手の部屋か自分の部屋で、目の前で料理を作ってもらうことをすれば、相手の料理の腕や、料理についての考え方が理解できる。時間もかからず、簡単に見分けられる事である。 筆者の知人の中年女性が「肉じゃがを作ろうとすると、ジャガイモの皮を剝かないといけないから、面倒なのよね」というのを聞いて、こんな女性と結婚した男は本当に馬鹿だと思った。(ボーナスの半分は貯金が基本姿勢) 金使いの粗い女性も絶対結婚してはいけない人だ。付き合っている時に少し観察すれば、金銭感覚など直ぐにわかる。 高いレストランに行きたがる女性は、それだけでNGだ。また、ブランドの服やバッグを1つ2つ持つのは良いが、何個も買っていたら、金銭感覚がおかしいと思わないといけない。 誕生日やクリスマスなどの高価なものをプレゼントとして、要求してくる女性は、それだけでアウトである。 女性の金銭感覚を知る簡単な方法は、ボーナスが出た時の、使い途を聞く事である。合格点の態度は、半分は貯金、半分はそれまで使いたくて、できなかったことに使うというものである。 この態度は、欲しいものがあっても、まとまった入金があるまで待つという忍耐力がある事を示すものだし、自分の収入の範囲内で生活するという姿勢を示すものである。 近くボーナスが出るのでという事で、カードで先に買うという態度も要注意だ。この態度の結婚したら、カードのキャッシングを使って、大きな負債を負う事につながる。 ボーナスの半分は貯金するという姿勢ならば、社会人数年で、貯金が百万円にはなる。お金というのは不思議なもので、貯まってくると、金に愛着が出てきて、貯金を少しでも増やそうという気持になって来るし、無駄な買い物は避けるような気持になってくる。 余程若い人は別として、20代半ば以上や30歳過ぎ位の女性で、貯金が百万円以下という女性は、筆者なら、それだけで、結婚相手の候補から除外する。余程の家庭の事情があれば、別だが。 もし、特別の家庭の事情があるという話が出て来た時は、本人の話を聞くだけではなく、友人、知人などからの情報も得て、その女性が言っている事が本当かどうか調べる慎重さが必要である。(美人の95%以上は性格ブス) メインテーマの美人は結婚してはいけない話をここからする。 筆者は数多くの女性と付き合って来た。美人もいたし、ブスもいた。平均的な女性もいた。貧乳な女性もいたし、巨乳の人もいた。処女もいたし、多くの男性と付き合って来た人もいた。 職場や取引先、大学などで、美人と出会って、猛アタックして付き合い、結婚したという話がネットなどではよく出てくるが、美人は基本、性格がブスである。性格が悪いのだ。中には例外もあるが、95%以上は、性格が悪い。 理由は簡単だ。美人は子供の時から、ちやほやされ、持てて来た。だから、自分が美人であるという強い認識を持っているし、美人であるが故に、特別扱いもされて来た。だから、特別扱いされて当然と思っている。 ここが男と決定的に違う事だ。男も美男子だと、女性からちやほやされる事もあるが、男性は学校でも、社会でも、美形はメリットではあっても、それだけで特別有利という訳ではない。男は勉強ができるとか、家が良いとか、良い会社に務めているとか、性格が良いとか、その他の要素が結構、採点対象になり、女性程、器量の良しあしで、人生恵まれて来た訳ではない。 筆者の母親は本当に美人だった。20歳代の若い時の写真を見ると、本当に美しかったと思うし、小中学校時代、父兄会などがあって、母親が学校に来ると、同級生の何人かから、必ず「お前のお母さんは本当に美人だな」と言われた。 筆者には2人の姉がいて、上の姉は父親似だったらが、下の姉は母そっくりで、若い時、本当に美人で、とにかく持てていた。 彼女は若くして結婚したが、程なく離婚し、以降、何人もの男性と付き合って来た。60歳代くらいまで、男を欠かす事はなかったくらいだ。筆者は2年前に妻が死んで、半年前位から、その姉と同居している。 明るく、悪い人ではないが、美人女性の典型で、何かをしてもらって当り前という姿勢が身についてしまっている。そして、何かあって、喧嘩したり、対立することがあっても、謝る事はまずない。 彼女の口から、「有難う」「御免なさい」「済みません」という言葉を聞いた事はない。住居にかかる費用、食費、雑費など全て筆者が負担し、いわば、姉は居候の存在だが、それで、そんな感じである。 同居したのは、彼女が一人で暮らすのが経済的に難しいからである。だから、妻の死とともに、同居を始めたのだ。 筆者の妻は亡くなる7,8年前くらいから、体が不自由になり、次第にその度合いがひどくなっていった。そのため、妻と一緒に暮らしている時も、料理、洗濯、掃除などの家事は筆者が全てしていた。 妻の死後、姉と同居しても、家事は筆者が全てしている。姉は週2,3回の洗濯以外はほとんど何もしない。料理は筆者は自分の味があって、自分が食べたいものは自分で作るという主義なので、姉が料理をするのは、自分がどうしても、食べたいものを自分で作る時だけである。(巨乳女性と週一のデート) では、結婚するのにはブスが良いかと言えば、ブスな女性は性格もブスという人と、性格は良い人が半々である。筆者の理解では、ブスであり、虐げられたり、ぞんざいな扱いを受ける内に、性格も悪くなっていった人と、性格は悪くならなかった人とに別れる。 女性と付き合う時に、筆者が求めるのは心のやさしさ、心遣いができる人であるかどうかという事だ。 筆者が20歳代半ばの頃、地方の支局で勤務していた時、県政の記者クラブの担当となり、県庁で勤務している女性と数年間付き合った事がある。 この女性は顔はどちらかと言えば、お結び顔で美人ではなかったが、心がやさしく、一緒にいて、心温まる思いがした。デートは毎週土曜日の午後だった。筆者は当時、金曜日が宿泊勤務で、土曜日は泊り明けの日だった。 当時はまだ、週休が1日で、県庁も土曜日は仕事日だった。ただ、土曜日は昼位までという感じだったので、彼女と午後からデートできたのである。 筆者の運転する車で、宿泊施設に行き、1回戦をした後、筆者は泊り明けで、夜2時間くらいしか寝ていないので、ベッドでうたた寝ををし、少し寝ると、目が覚めるという感じだった。 相手の県庁の女性は少し体を休めた後、もって来た果物を剥いてくれて、筆者が目が覚めると、笑顔で出してくれた。そして、2人で果物を食べながら、この1週間、職場や家庭であった事などを話し、聞いたりした。週一回のデートが互いに、生活の循環湯となっていたのだ。 彼女はとても巨乳だった。だが、今と違って、当時は巨乳は「だらしない」「恥ずかしい」という感じが本人にあり、巨乳を自慢するという様子はなかった。 この関係は筆者の転勤でなくなったが、彼女は「自分の生きる潤滑油だったのに」と、筆者の転勤が決まると、本当に悲しんでくれた。(有名女子アナとのやりとり) 筆者は42歳くらいで会社勤めを辞めて、独立して、フリーのジャーナリストとなった。人事と外資、そして小さな世界一企業というような、あまり他の人が得意としないような分野を中心に活動していた事もあり、本も何冊も書いたし、テレビの番組に出て、話をする機会も何回もあった。 そうした中で、ある番組で東京の民放キー局の有名女子アナと知り合いになった。彼女が司会を務める番組に呼ばれて話をしたのがきっかけだったが、何回か出演した後、ある日の午後、彼女から筆者の事務所に電話があり、「今日の夕方、空いていますか?」と言って来た。食事の誘いだった。 この女子アナは中年以上の人なら、誰でも名前と顔を知っている、その局の看板女子アナだった。 彼女は美人で、頭も良く、笑顔も素敵な人だった。でも、何回食事をしても、彼女の話題は、自分が司会している番組でのゲスト出演者の話ばかりだった。「前回のゲスト出演者は〇〇大学の××教授で、彼はこんな話をしていた」。こんな話ばかりだった。 彼女が筆者に悪くない感情を持っているのは理解できた。でも、話はいつも、そんな事ばかりで、普通、男女が少し親しくなってきて、相手に好意を持つようになると、語る家族の話や、自分の学校時代の経験談、成功談、失敗談の話などが出て来ないのだ。 だから、関係も知人のままで、友人とか、恋人という関係に進まなかった。筆者にすれば、その番組にまた呼ばれて話すことがあるかも知れないという思いがあるから、筆者の方から先に進むような踏み込んだ話もしずらかった。 何回目かの食事の後、地下鉄のエスカレーターに乗っている時、彼女がポツリと、「あと、1、2年で私も40歳になるの」と言った。筆者は何が言いたいか理解できなくて、「そうですか」というような返答しかできなかった。 数年後に、筆者の事務所の女性と話をしていたら、テレビにその女子アナが出ていたので、その「1,2年で40歳になるという事を言われた」という話をしたら、事務所の女性は、「〇〇さん(筆者)、それは彼女が子供が欲しい、相手になってくれませんかという思い切りの告白だったんですよ」と言われた。 筆者は「何回も食事をして、話をしたけど、異性として興味を持っている場合は、家族の話をしたり、自分語りをしたりするけど、そんな話もなかったから、違うと思うよ」というと、事務所の女性は「〇〇さんは(筆者)、男女の事も良くわかっていて、相談にもよく乗っていて、多くの女性と付き合ってきたのに、意外と女性の心理がわかっていないのですね」と叱られた。 その女子アナはどういう気持で、その言葉を言ったか知らない。美人で有名女子アナで、自分の方から誘ったり、思いを打ち明ける事はしてこなくて、相手からの攻勢に対応してきただけだったので、どうして良いか分からなかったのかも知れない。もし、そうだとすれば、男女関係について、ずっと人生受け身で来たので、どうしたら良いかわからなかったのかも知れない。 多分、彼女の人生では、学生時代から、相手から声をかけられ、ちやほやされて過ごして来たので、いつも相手が何かしてくれることが当然で、自分から行動する事がなかったのだと思う。だから、肝心な時に、自分がどうしたら良いかわからなかったのかも知れない。 ちなみに、彼女の同期で、人気を競った別の女子アナは、有名プロ野球選手と結婚した。プロ野球選手が高校時代から、この女子アナが誘い、彼女の車でデートしていたと言われている。この別の女子アナは自分の美貌で、有名選手を青田狩りすることに徹したのだ。 それに対して、筆者の知人の女子アナは、そうした狙いもあくどさもないまま、相手の行動を待っていたのだろう。ちなみに、この女子アナは筆者の知っている限りでは、ずっと独身だった。 この女子アナとの関係は、私がゲストで出て来た彼女が司会する番組がなくなり、接点もなくなり、彼女からの食事の誘いもなくなって、年賀状のやりとりだけになり、自然消滅した。
2026.03.15
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(「告白の国」、日本) ネットで恋愛や結婚について書いているサイトは多く存在するが、それらを見ると、今の日本では男女が結婚したり、付き合い始める時に、どちらか一方(多くは男性)が告白をすることから始まるのが一般的なようで、海外からも「日本は『告白の国』」と言われている。 しかも、告白の際に婚約指輪や結婚指輪を用意し、ケースをパカッと開けて、告白をする。更に、告白する場所も、高級レストランや有名ホテルなどで花束まで用意する人も少なくないようだ。 筆者は今80歳だが、筆者の若い頃は男性が女性と付き合い始める時に、今のように告白するという習慣はなかった。勿論、当時も今のように告白する人がいなかった訳ではないが、付き合い始めるとか、結婚の話をするのは、基本、以心伝心だった。 高校、大学の同級生や職場の同僚、仕事の取引先で知り合った人などで、気になる人がいて、声をかけ、食事やお茶に誘い、相手がそれに応じれば、相手も自分に悪印象は持っていない事がわかる。相手が自分に関心がなければ、断ってくるので、そこで、線引きは出来た。 食事やお茶に相手が応じて、話をする内に「この人、良いな」と感じて、何回か会って話をすれば、相手が自分をどう感じているかなどは、やりとりで理解できる。 そして、相手も自分に好印象を持っていれば、それは反応から理解できる。相手も良い印象を持っていれば、より近づくような話をする。結婚や恋愛の事を話題にしたり、相手の価値観を聞いたりする。そして、相手も自分に悪くない印象を持っているとわかれば、少し踏み込んだ話をする。 そして、これは大丈夫だと思ったら、散歩の際に手を握ったり、肩に触れたりする。そして、相手がそれを拒まなければ、OKだと理解し、ハグをしたりし、それで感触が悪くなければ、キスをしたりする。 キスをしようとして、相手がそれを避けようとしなければ、スマートにキスをし、その先に進んでいく。筆者が若い頃には、交際の時に、ABCの段階があると言われた。Aはキス、Bは抱擁をして、体をまさぐる事、Cはセックスをする事である。 ABはOKでCはノーなどという事は勿論、あった。そんな時は、相手に理由を聞けば、「結婚を約束してからでないとダメ」と相手が言ったりする。では、「結婚前提で付き合おう」と言い、相手も「約束してくれる?」と確認して、Cに進むというような感じで、結婚前提の交際となった。(結婚指輪も団塊の世代から) 筆者の時代、余程のブ男や、コミ障でなければ、多くの男性は筆者と同じような行動をして、恋人を作り、結婚していた。 逆に筆者に言わせれば、一か八かで告白をするという発想が理解できない。何回か会って話をし、相手の様子を見れば、相手が自分に好意を持っているか、ただ、知人として接しているだけか、異性として興味を持っているかなどは、会話のやり取りで、理解できるはずで、一か八かで告白する必要などないはずである。 一か八かの告白という習慣は、筆者に言わせれば、感性が鈍ってきている証拠ではないかとさえ、感じられる。男女の付き合いは、言葉のやりとりのある種のゲームだと思う。それを体験、経験して人間は成長していくものだとさえ言える。 ただ、こうした男女のやりとりだけでなく、色々な習慣が年代とともに変わることはあると思う。 筆者の時代には男性は結婚指輪はつけなかった。男が結婚指輪をつけるようになったのは、筆者の3歳くらい年下の団塊の世代からで、年配者から「男が指輪をするのか?」と、冷やかされながら、団塊の世代は結婚指輪をつけ、以降、男性も指輪をするようになった。 だから、筆者は結婚する時に、妻になる人にサイズを聞いて、女性用の結婚指輪を買って、プレゼントした。男の指輪など最初から存在しなかった。 ちなみに、今の若者を見ると、婚約指輪や結婚指輪で、かなり高額な物を用意する事が珍しくないようだが、筆者が若い頃は、余程の富裕層などを除いて、結婚指輪は24金の「かまぼこ」と言われたシンプルな指輪だった。 今のように、何十万もする宝石がついた指輪などまず、なかった。宝石がついた婚約指輪や結婚指輪は、宝石業界が使っていた広告代理店が大々的にCM展開をして、人々の意識に残るようにしたからである。 「給料の3か月分」や「ダイヤモンドは永遠に」などは、ジェー・ウオルタートンプソンなどの外資系の優秀な広告代理店の人間が考えたキャッチコピーである。 筆者の世代と団塊の世代は年齢は3、4歳の差だが、認識や行動様式に大きな差があった。男性が楽器を買って持ち出したのも、団塊の世代からである。 歌手であり、作曲家でもある小椋佳は、筆者と同じ年だが、楽器を持ち、曲を若くから作っていた珍しい例である。(信号がない横断歩道でも車は止まるのが常識に) 年代とともに変わる事は恋愛など男女交際だけではない。車を運転していても、筆者が若い頃と、今では常識がかなり変わって来た。 筆者は30年近く前に、仕事でスイスに行った。スイスは余程大きな交差点でないと、交差点に信号がない。それで事故がよく起きないなと思って、街を歩くと、信号がないが横断歩道がある所で、道路を横切ろうとして、車が途切れるのを待とうとすると、車の方が止まってくれた。 当時の日本では、信号がなく、横断歩道のマークが道路に書かれている場所で道路を横断しようとすると、歩行者が車が途切れるのを待つのが常識だった。それなのに、スイスでは車が止まってくれるのを見て、関心したのを覚えている。 でも、いつの頃からか、日本でもスイスの常識が、今の日本の常識となり、信号がない道路でも横断歩道のマークが道路にある場所では車が止まるのが当たり前になってきた。 そして、車が止まってくれるのは当然と思う人が増えたためか、信号のない道路で横断歩道を渡るのに、車の方を全く見ずに渡って来る人が増えてきた。筆者などは自己保身からして、危険だな思うが、今の若い人は「車は当然止まり、歩行者優先」と思っているので、ほとんどの人が車に注意もしない。 でも、これも親の育て方だと思う。何年か前に事だが、神楽坂下の大きな道路の交差点で、近くの小学生が道路を渡る様子を見ていた時、近くの公立学校の生徒は青信号になったら、車を一切見ずに、走って渡って行った。 これに対して、近くの有名私立の小学生は青信号の横断歩道を渡るのに、右手を挙げ、首を振って、左右を見て、危険な車は来ないか確かめながら、歩いていた。この子供の親は、子供頃から自分をいかに守るかを教えているのだろうと感心した。 スイスの話をもう1つ書くと、大きな交差点には勿論、信号があるが、車は赤信号になると、運転手は車のエンジンを切る。そして、青信号になると、エンジンを再スタートさせて、進む。 スイス人に理由を聞くと、「排ガスをできるだけ出さないため」と言った。筆者は凄いなと関心をすると、スイス人が「国や州が、それを徹底するために、初めは、信号にエンジンを切るように図で示す印をつけ、エンジン切りが徹底したら、その装置を信号機から外した」と説明してくれた。 スイスに滞在した時、観光客がよく通る道路沿いの家の2階には、どの家も植木鉢の花が咲いていた。これも理由を聞くと、道路沿いの家では、2階のこうした植木鉢の花を置くように、行政が指導していると説明してくれた。 観光立国であることを国が理解し、その方針で国民を指導していく国なのだと感心したのを覚えている。(55歳の挫折と立ち直り) スイスや横断歩道の話になってしまったので、恋愛の話に戻すと、筆者が55歳位の時に、それまでのように、女性と食事をして、会話をして、これは男女の関係に行けそうと感じたので、それではホテルに行きましょうかという話をしたところ、「〇〇さん(筆者)は人間としては尊敬しているけど、男と女との付き合い、恋愛対象ではないのよね。ごめんなさい」と断られる事が2、3回続いた。 正直、ショックだったし、なにより、これまでのやり方が通じなくなっている事に衝撃を受けた。「ああ、自分も男性卒業なのかな」「時代が変わったのかな」と思ったりした。 自慢をする訳ではないが、筆者は背も高いし、顔も並み以上に親に産んでもらえていたし、仕事も大手マスコミの記者をしてきたという事もあり、正直、かなりもてて来た。だから、付き合った女性は両手、両足くらいの数にはなっていた。 それが、55歳くらいで、もう男性終了という感じの対応をされたのである。 そんな時に、仕事で20歳くらい年下の女性と知り合い、親しくなった。もうダメかなとも思ったが、数回の食事をしての会話の後に、キスをしたら、彼女は受け入れてくれたので、男女の関係になった。これで、これまでのやり方で良かったのだと、自信を取り戻した。 その女性とは3年くらい付き合い、彼女が転勤で遠くに行くことになり、自然消滅となった。そして、その後、もう1人の女性とこちらは25歳年下の人だったが、60歳過ぎまで付き合い、7、8年、彼女が親の介護で関西の実家に帰るという事で付き合いは終了となり、筆者の女性との付き合いは、これで終了となった。 だから、基本、女性とは喧嘩別れはしていない。相手や自分の転勤や、親の事情で分かれるというような事で、自然消滅してきた。 筆者の特徴は一時期に女性一人と決め、しかも、一人の人と長い付き合いをすることだ。だから、付き合いが終わっても、喧嘩別れはないし、年賀状のやりとりも続く。妻以外の人とだ。 筆者の考え方は、男と女の付き合いは、精神的に何を与えられるか、人生で困った時に良いアドバイスができるかだと思う。だから、別れる時も、「何年も有難う。人生について色々教えてもらったわ」と言われることが多い。筆者にとっても、人生の活性剤という感じの付き合い方だった。 筆者の女性との付き合いの事はどうでも良いが、筆者は今、普通となっている「告白文化」には、今でも、違和感を禁じ得ない。 恋愛は言葉のチャッキボールで、ある意味、ゲームである。だから、相手の言葉の返しから、相手の心を理解し、こちらも返すというやり取りを楽しむのが男性と女性が付き合う事の醍醐味だと思うが、どうだろうか。
2026.03.12
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(医療費、福祉の費用増大を理由に消費増税を目指す財務省) 財務省や、それに感化された政治家は、高齢者が増えていく中で、医療費や福祉に金がよりかかるようになるのだから、その財源として消費税の引き上げは必須で、避けられないとして、消費税を今の10%から15%、やがては20%に引き上げるプランを描いていて、着々とその準備をしている。 コロナ騒動で、日本政府は合計11兆円からの支出をした。普通なら、これだけ巨額の支出に一番に反対するはずの財務省は大きな抵抗をすることなく、この巨額支出を認めた。 それは、元々、医療費が年々増え続けている事に加えて、こうした突発的な事があれば、巨額の支出が必要になり、そのためにも、消費税は今の10%では少なく、引き上げないといけないという事をアピールする下地作りをしていたというのだ。 この11兆円は日本の医療業界に本当に特別のボーナスとなった。今の日本は病院、医院が多過ぎる。だから、競争が激しくなり、成り立たない病院、医院も少なくなくなって来ている。 その医療業界にとって、11兆円という金は大きく、閉院止む無しと思われていた病院、医院がこの金で息を吹き返した所も少なくなく、普通に経営出来ていた病院、医院では、別館を建てたり、高額な新しい医療機器を導入する所も少なくなかった。(大病院は個室満室、6人部屋は空室の矛盾) 先進国は程度の差こそあれ、どこでも高齢化社会になっていく。理由は簡単で、文化レベルが高まり、自分や家族の教育や将来などを考えると、より多くの子供を持つのは難しいと考え、子供は2人くらいまでとする人が増えるからである。 夫婦2人で、子供2人だと、事故や病気で死ぬ人もいるので、国全体の人口は減って行く。だから、子供を3人くらい作らないと、人口は維持できないのだ。 しかし、子供を多く作れという話は、金がかかる医療や教育を無償にするとか、参政党がいうように、子供が成人するまで、月額10万円支給というような抜本的な対策を打たない限り、なかなか進まない。だから、財務省やそれに感化された政治家は、消費税の値上げを狙うのである。 しかし、今、高齢者となった筆者の体験からも、日本の医療制度には多くの問題点、欠陥があり、筆者は消費税引き上げよりも、その問題点や欠陥を修正する方が先だと考える。 筆者自身、および家族の体験を話すと、筆者は6,7年前に前立腺全摘の手術を大きな病院で受け、10日間入院した。この時の自己負担は6万円程だった。また、筆者の姉はそれより1,2年前に大学病院で子宮摘出の手術で2度入院したし、数年前には股関節の具合が悪くなり、チタンを埋め込む手術をして、やはり1週間程入院した。また、筆者の妻は5年ほど前に、心臓の弁の交換手術で大学病院に10日間入院した。姉の3回の入院、妻の1回の入院は、それぞれ、自己負担は3~4万円だった。 筆者は40歳代の時に、手首にこぶが出来て摘出手術を受けたが、この時は、1,2時間の手術で、10万円支払った。この体験から、いかに高齢者が優遇され過ぎているかを感じた。 筆者が前立腺摘出のために大きな病院に入院した時、筆者は6人部屋だったが、その病院の入院病棟では、個室と5人部屋が同じくらいの数があった。そして、個室は満室で、6人部屋は空きがいくつもあった。 個室は1日2万円である。それが満室で、差額ベッド代がかからない6人部屋は空きがあるのだ。 1日2万円の個室代を支払う余裕がある高齢者の医療費を安くするというのはおかしくないか。(腰の痛みはストレッチポールでほぼ直る) 何かと病院の世話になる高齢者にとって、入院費や手術代が少なく済むのは有難いことではある。しかし、筆者は2割負担、妻や姉は1割負担だから、自分たちが支払う金の5倍、10倍の金が健康保険から支払われていることを考えると、有難いとだけ言ってられないのだ。 もう10年くらい前の事だが、筆者はスポーツクラブに入って水泳をしていた。そして、そのクラブにはトレーニングマシーンがあるので、体を鍛えていて、腰を痛め、整形外科に行ったが、その整形外科では、腰などをマッサージする機械が10台くらい並んでいて、毎日、ほぼ満席状態である。 話を聞くと、1回自己負担は5百円。だから、「毎日来ても、月1万円なので、毎日来るの」と、ある女性は話していた。 この病院だけのことかと思っていたら、半年前に引っ越しをして、別の郊外の市の病院に行ったら、そこは内科の医院だが、やはり、マッサージ機が10台くらい並んでいて、毎日、多くの患者が来ている。 本人にとっては、1日5百円だからと気楽に来るが、国の医療費という観点から言えば、10倍の金がかかっているのだ。 日本の医療費は年間48兆9千億円。1人あたりのすると、65歳以上は年間79万円、65歳未満は21万9千円である。年寄りは壮年、若者の4倍医療費を使っているのだ。 年をとれば、体のあちこちに不具合が出てきた、病院に行かざるを得なくなる事はあり得る。しかし、今のように野放図に使い放題というのは違うのではないかと筆者は考える。 筆者の知人で、東京でも有名な針・灸の先生がいる。この先生が主催する針・灸とマッサージの整体師たちの会合があり、筆者も誘われて参加した事がある。その会合には東京でも有名な針・灸、整体の先生が20人くらい参加していた。 その数人と話をして、筆者がトレーニングマシーンで腰を痛めた話をしたら、話をした人数人が皆、同じ事を言った。 「スポーツクラブでマシーンを使って体を痛めたという人は多いです。少し元気な人は回数をどんどん増やして行くので、無理をするからです」「腰などが痛くなったら、針・灸、整体などに行くのではなく、ストレッチポールに毎日乗っていれば、ほぼ直るのです。ストレッチぽーつは買っても1,2万円です。でも、それは口がさけても言えませんけどね。そんなことを言ったら、我々は飯の食い上げですから」 ストレッチポールは自分の体重の重さで体の歪みを是正してくれる。だから、マシンのような無理はないのだという。(保険適用を絞るアメリカの制度) アメリカでは増大する医療費に対策を打っている。それはそれぞれの市や州などで年間の支出医療費の上限を決め、それをオーバーしそうになると、保険適用になるものを削っていくのだ。 アメリカでは、風邪薬やビタミン剤などは保険適用ではない。医者が風邪だと判断したら、患者にドラッグストアで購入するように勧めるのだ。 また、医師が患者を診察して、薬を処方したり、手術をすることを決めようとすると、それをリアルタイムで健保組合の医師の資格を持つ者がチェックしていて、それにノーを言えるようなシステムを取り入れている。 日本では、もう余命が長くない高齢者に、1億円近くする非常に高価なガンの薬を投与する処方をしても、誰も止めることはできないのというのとでは、大きな差だ。 筆者は親戚の人と友人で、晩年、病気になって病院に入院した人が、本人の意識は全くなく、筆者と会話すれ出来ずに、いや、筆者を認識すらできずに、ベッドで横になっているのを目撃している。 点滴や胃ろうで栄養を与えられ、物理的に生かされている人を、ただ単に命だけ永らえさせているだけの状態が、本当に本人にも家族にも良いことかと思う。 北欧の国では、65歳を超えると、患者本人が自分の口から栄養物を取れない状態になったら、点滴も胃ろうもしないと決めている国もある。日本もこうした事を真剣に議論して決めていく時期に来ていると思う。 日本は平均寿命が84.46歳で世界一長寿国である。しかし、健康寿命は73歳と10年以上短い。本来なら、死んでおかしくない状態なのに、機械などで生かされている人があまりにも多いのだ。 そして、この機械で生かされている間の費用はほとんど健康保険で負担されているのだ。 健康保険もなんでも適用ではなく、車の保険の自賠責と任意保険のように、義務で入らないといけない保険と、プラスの部分は自分が任意でかけていざという時に備える保険の2種類を作る時期に来ていると思う。 アメリカでは医療保険でも、頻繁に病院にかかる人と、滅多にかからない人では、保険の料率が違う。滅多にかからない人は料率が低いのだ。こうした制度を日本でも導入すべきではないか。
2026.03.11
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(消費税引き下げに反対で票を得たと言われるチームみらい) 先の2月8日の衆議院選挙で自民党は大勝したが、それとは別にチーム未来が11議席と、不思議とも言える大躍進をした。チーム未来の躍進については、「おかしい」「大きな不正があったのではないか」という声が跡を絶たない。 チーム未来の不正問題は、後で少し述べるが、チーム未来が躍進した理由の1つに、他の政党とは異なり、「消費税引き下げに反対」した事があると言われている。 財務省や、その意向をそのまま追随する新聞、テレビなどの大手マスコミが「消費税は社会保障、医療などのための財源」とずっと説明しており、少し意識が高く、富裕層が多い東京の杉並、世田谷、武蔵野市などの年寄りの心を掴んだというのだ。 筆者は消費税の導入が大きな議論になっていた時期に大蔵省(今の財務省)を担当する記者で、その経緯は嫌という程取材したし、大蔵官僚とも多くの議論をした経験があるが、その経験から言えば、「消費税は社会保障、医療、福祉をカバーするための税」というのが、真っ赤な嘘だと言い切れる自信がある。(大蔵官僚に潰された「福祉目的税」の発想) 筆者が大蔵省を担当していた時の大蔵大臣は後に、消費税導入の時の首相となる竹下登氏だった。筆者は竹下氏の年の離れた弟(後の国会議員にもなる)と、所属していた大手マスコミでの同期入社だった事もあってか、竹下登氏に可愛がってもらい、いくつものオフレコの話、裏話をいくつも聞いた。 その1つが当時、国会でまだ多くの議席を持ち、消費税の導入に猛反対していた社会党の副委員長で、政策担当の責任者だった大物議員と竹下大蔵大臣との間で、消費税(当時は売上税と言われていたが)の導入で話がついたというのがある。 ある日、大臣室の行くと、「売上税の導入で社会党との間で合意ができた」と竹下大蔵大臣が笑顔で言うのだ。当時、大問題だったので、この導入が決まったとなれば、それは大きな特ダネとなる話だ。 「それは大きな話ですね」と興奮気味に言う筆者に対して、竹下大臣は「まだ、大蔵官僚に説明していないので、彼らが了解してくれれば、導入が決まりだから、原稿を書くのは、数日待って欲しい」と言った。 だが、2,3日後に、竹下大臣に呼ばれて、大臣室に行くと、「あの話はなしになったから、忘れて欲しい」と残念そうに言うのだ。 「どうしてですか?」と筆者が尋ねると、竹下大臣は「大蔵官僚が猛反対で、了解が得られなかった」と言う。 竹下氏と社会党の副委員長の間の合意は、消費税を「福祉目的税」と位置づけ福祉目的の国民負担増加と、福祉の増加を我慢する事のどちらを取るかは国民の判断に任せるというものだった。こうすれば、消費税導入に猛反対していた社会党も、新規税導入について、支持者に説明できるというものだった。 そして、大蔵官僚が猛反対した理由が、その「福祉目的税」という発想や位置付けそのものだったのだ。官僚は自分たちの行動に縛りがつけられる事を極端に嫌う。「福祉目的税」という発想に猛反対する事自体、消費税を「福祉目的のための税」ではない事を示していると言えるのだ。 その大蔵官僚の心情をそのままに表現した事がある。それは消費税の導入とその後の段階的な引き上げの中で、何が起きたかというと、法人税と富裕層に対する所得税の引き下げだ。 福祉に対する財源が必要で、消費税の導入を行ったのなら、法人税や所得税減税がセットになるのはおかしい。だが、それを財務官僚は実行したのだ。 今、消費税の減税の話が出ると、財務官僚や、それに洗脳された国会議員やマスコミ関係者が、「減税の財源はどうするのだ」と必ず言うが、財源は簡単だ。消費税導入で減税になった法人税や、富裕層への所得税の減税を元に戻せば良いだけである。(付加価値税は税収の安定と、輸出促進で出来た税制) 消費税、世界的には付加価値税というが、今や世界140か国くらいで導入されている。この税金を導入するにあたって、福祉対策などという事を理由付けしたのは日本位である。 付加価値税は、ではどうして考えられ、導入されたのか。この税制を最初に考え、導入したのはフランスである。導入理由は大きく2つある。 その1つは好不況で国の税収は大きく増減する。これでは、国家運営は大変だから、安定した税収を確保するために、売り上げや取引に対して税金をかければ、安定した税収が得られるというものである。 2つ目は第二次大戦で、戦場とならず、好況が続いたアメリカに、自国の製品を輸出するために、輸出促進の補助金を出し、逆にアメリカからの輸入には関税をかけたい。しかし、それを露骨にするのはGATTという国際ルールに違反する。 そこで、最終的に輸出する企業に、それまで下請けがつけて来た付加価値税はアメリカに支払う事はないので、それを輸出企業に還付という形で援助の金を与える事で、輸出競争力をつけさせたのである。 トランプ大統領が関税交渉の中で、日本や中国、インドなどが輸出企業を補助するための支援をしていると言ったのは、まさに、この還付金制度の事を指しているのだ。 ちなみに、トヨタ自動車など製品を海外に輸出している企業の還付金は現在合計で6兆円程で、トヨタ1社で6千億円も得ている。これを還付しなければ、消費税は、それだけで2%くらい下げられる。 現在、食料品だけ2年限定で消費税を引き下げるという話が出ているが、これを実行すると、大手食品メーカーや卸の会社に還付金が支払われる事になり、システム上、飲食店はその消費税分を上乗せした料金体系にしないといけない事になるので、食料品の消費税減税は、飲食店の大量な倒産につながると言われているのだ。 消費税の廃止や減税に経団連が反対する理由は簡単だ。そうなれば、彼らの主要メンバーが受け取っている還付金が減額されたり、なくなったりするからである。(消費税は消費者が支払ったものを企業が預かっているという嘘) ネットで消費税を説明しているページが多く存在するし、新聞、テレビや本などでも、消費税の説明について、消費者の支払ったものを企業が預かって、それを税務署に納めていると書かれているものが少なくないが、これは全くの嘘で、それは事実でないことは、国会の質疑で、財務官僚が答弁している。 消費税は企業の第二の事業税なのである。そして、たちが悪いのは、普通の企業に対する税金は利益にかかるのに対して、消費税は利益が出ているかどうかは関係なく、売り上げにかかるのだ。つまり、赤字でも払わないといけないのだ。 大蔵省や通産省、運輸省、厚生省など、いずれも、今では名前は変更されているが、こうした省庁の東大出の官僚と長く、また、数多く付き合って来て感じるのは、彼らの「導入時は小さく」そして、「導入後、次第に拡大していく」というやり方である。そして、導入時は嘘の理屈を並べ、導入時は自分達の好きなように変えていくという姿勢である。 介護保険を例にとると、導入が議論された時、「家庭で介護は大変でしょう。月に2千円を支払えば、この家庭での介護から解放されるのです」と、テレビで厚生省の回し者の大学教授や評論家が散々言っていた。 でも、今はどうか。年金生活をしていて、それ程所得が高くない筆者でも、月額1万円は取られている。 巷では財務省解体論が出ているが、筆者は、中央省庁の運営を官僚に任せたままという制度が間違っていると思う。ではどうすれば、良いか。簡単だ。人事権と予算を政府が握る事だ。 人事権では、課長以上の人事権を大臣や副大臣、官邸に握らせることだ。予算も、今は財務省が毎年、各省庁から上がってくる要求をゼロからチェックし、査定し、決めている。 各省庁は毎年続いて支出が出てくる予算はある。これは増減がほとんどないものは、査定の外にし、新規の予算だけ議論し、かつ、最終決定権は内閣と国会が持つようにするのだ。 今は国会は承認という形をとっているが、財務省がガチっと決めたものを追認しているに過ぎない。これをアメリカで行われているように、国会に予算の議論、承認の権限を持たせれば、官僚の力は嫌でも弱くなる。(選挙の不正を防ぐ方法は簡単、機械を止めて全て手作業に) 最後のチームみらいに関連して、選挙の不正の話を少し書く。 チームみらいに不正があったかどうかは別として、選挙のシステムに大きな欠陥が見つかったのは事実である。2月8日の選挙で起きた事を色々な人が解説しているが、それを聞くと、2020年のアメリカ大統領選挙で起きた不正とそっくりであり、それだけに対策も簡単にできる。 まず、投票者は身分証明書がなくて、投票ができる。だから、投票に行ったら別の人間がなりすましで、既に投票されていたというような話が出ている。日本人ではない人間が投票したという話も出ている。当日でも、期日前でも、身分証明賞の提示を義務付ければ、この問題は基本的に解決する。 次に期日前投票をした投票箱の保管だ。アメリカでも投票箱の不正持ち出しとか、偽物の持ち込みがあったと言われているが、今の時代、24時間監視カメラで監視すれば、ほとんどの不正は防げる。 それから、開票作業だが、アメリカでも票をカウントする機械のソフトが操作されていたとか、コンピューターをバックドアから、票の書き換えが行われていたという事例がいくつも出ている。 これも対策は簡単で、すべて手作業にし、コンピューターや、ソフトの介入を止めさせることだ。 筆者は若い頃に選挙の開票所の作業を何回か取材した事がある。自治体の選挙管理委員会の人間が、各党の立会人が見守る中で開票作業をし、作業を終えた票は一定数毎にまとめられ、各政党の立会人がそれをチェックしていく。完全手作業である。それを衆人環視の中で行うと、不正はほとんどできない。 コンピューターは機械もソフトも簡単に操作できる。選挙については、機械を関与させず、手作業にすれば、一番不正が起きにくいのだ。現に不正を恐れて台湾では、すべて手作業で行われているという。
2026.02.28
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(韓国以下の国になったとさえ言われた日本の凋落ぶり) 1970年代、80年代の日本は経済力で、世界第2位になり、1位のアメリカを追い越すのではないのかとさえ言われ、世界から恐怖と羨望の目で見られた。その様子はハーバート大学のエズラ・ヴォーゲル教授が「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」という書物で書いた。 それが1990年代になると、様変わりになり、日本は転落し、失われた30年と言われる時代になっていく。 なぜ、日本が転落したかについては、日本では、バブル時代に日銀が急に金融引き締めをして、不動産バブルが破裂したことと、大蔵省(現・財務省)が財政収縮と、消費税の導入と数回の引き上げをして、経済を徹底的に冷やした事が原因であると言われている。 財務省と日銀が「諸悪の根源」、更に「経済音痴」である事は、その通りだが、筆者は、日本ではほとんど語られていないが、アメリカが日本対策をしっかり行い、その対策で日本が転落して行ったと考えている。 その中心にいたのはビル・クリントン大統領である。1993年に大統領に就任した彼が何をしたかは、ジョン・トラボルタが主演した映画「パーフェクト・カップル」によく描かれているが、簡単に言えば、銀行・金融のルールを大きく変更し、超円高にして、日本製品の国際競争力を奪った事が大きい。 更に、1989年から始まった日米構造協議で、日本に様々な注文をつけ、嫌、因縁に近い文句を言い、日本の経済競争力を削いで行ったのである。 財務省の「日本は世界一の借金国」という、事実と違い、日本を貶める宣伝が世界にばらまかれ、急成長して来た韓国や中国からも、「もはや日本は韓国以下の国になった」とさえ、軽蔑されるようになってしまった。(東日本大震災が日本を見直すきっかけに) しかし、ここ数年、世界の専門家の日本を見る目が変わって来た。きっかけは2011年の東日本大震災であったと、筆者は考える。 多数の死者が出て、家屋も崩壊し、原発さえ大きな被害が出たこの震災に世界各国のマスコミが取材に殺到した。テレビが欲しがる映像は、被害のひどさとともに、略奪、強盗、乱暴という混乱だった。しかし、CNNもイギリスのBBCもこうした映像がほとんど撮れなかった。 海外の本部からは、何故、そうした映像がないのだと、現場の取材陣に厳しい注文が来たが、現場で取材をしている者たちは、「ないものはない」としか言えない。だが、ここからが日本のNHKを始めとするテレビ局と、イギリスBBCは違ったのだ。 家族が死んで孤児になった子供や、身内が何人も死んだ年寄りも、文句を言わず、静寂に列を作り、配給を待ち、更に、配給を受けている人たちも、子供や年寄りに先を譲ったりする姿に驚愕したのである。 更に、地震と津波でガラスが壊れ、無人となった商店から食品を持っていく人が、きちんと金を置いていく姿に、「これは何でだ」と思い、徹底した日本取材を開始したのである。 そして、日本人には「お天道様が見ている」という言葉があることを知る。欧米にも似たような発想はあるが、日本ではそれが徹底していて、人に見られて恥ずかしい事はしないという意識が強くある事を知る。 そして、誰に命令される訳でもないのに、自然にルールを守り、整然として行動する。困った人は周囲が助けるという国民性が身についていることを知るのだ。(改良されたラーメンは日本の料理に) 仕事の仕方でも、国内外に関係なく、引き受けたものは、きちんと約束通りに実行する。そして、自分達が引き受けた事案は、引き渡した後も、見守りをして、何かあれば、ケアをきちんとするという姿勢が見直され出したのだ。 日本人にとって、信頼がとても重要で、信頼のためなら、身を粉にしても努力をする日本人の姿勢がそこここで目につくようになって来た。更に日本は政治的な要求や、何か見返りを求めたりしない事もわかって来た。 国際的に安価で工事は引き受けるが、数年でトラブルが発生したり、政治的な要求がついていたり、ケアを頼むと、法外な金を要求する中国などとは全く違う事がわかって来た。 工業製品でも、自動車や家電製品など消費者が購入して使用する製品は、1970年代、80年代に世界を席巻したが、自動車を除くと、中国や韓国にシェアを取られ、表面的に見る影もなくなり、家電製品、半導体、携帯電話、造船、銀行などの分野では、世界のトップから転落した。 しかし、その一方で、中国や韓国などの半導体や携帯電話などの部材や製造装置などの分野では、世界を席巻するようになって来た。 中国には億単位の監視カメラが国内の設置されているが、その監視カメラはソニーの製品が多く使われているという。また、自動車発祥の国という誇りを持つドイツのポルシェやBMW、ベンツなどの部品を見てみると、日本の自動車部品会社の製品が多く使われている。 更に、航空機などでも、世界的なメーカーはボーイングなどの外国企業だが、その機体をみると、エンジンや推進力などの部品には日本企業の製品が多く使われているし、機体も東レなど日本企業の製品がないと、成り立たない状態である。 気が付いてみると、世界の最先端の業界の部品、部材、製造装置などは日本企業が大きなシェアを占めるようになって来たのである。 なぜ、そうなったかと言えば、部品、部材メーカーは徹底した品質管理、製品の絶えざる改善、改良をしている、その努力が他国の企業の追随を許さなくなって来たのである。 CDもトランジスターも、音楽のシンセザイザーも、最初にその原理、仕組みを考えたのは外国人である。しかし、それを突き詰めていき、実用化し、世に普及させたのは、日本企業、日本人である。 食品でもラーメンは中国発祥のものだし、カレーもインド発祥のものである。しかし、日本人は、それを取り入れ、自分流にどんどん改善し、全くと言って良いくらい、違うものや、多くのバリエーションを生み出している。結果として、今や欧米では、ラーメンは中国のものではなくて、日本の料理という受け止めとなっている。 つまり、気が付いてみると、日本がないと、世界が回らないという分野がそこここの出てきて、日本はまさに「世界に不可欠な国」になって来たのだ。(世界の国民が求める理想の国家像、日本) イギリスの凄いところは、工業製品で日本を見直すだけでなく、文化や芸術などについても、日本調査を始める。 「枕草子」は千年以上前に、女性が書いた随筆である。当時の世界では、文字は王族や貴族、聖職者など一部の人のもので、ほとんどの人は読み書きができなかった。ましてや、それほど身分が高くない女性が随筆を書くなどという事は信じられない事なのである。 しかも、中身はクールに世間を分析し、それを詩的に軽やかに表現している。日本人は、どんな民族なのだということになる。 「源氏物語」は世界最古の小説である。しかも、筆者は女性である。 研究は日本語にまで及び、漢字、ひらがな、カタカナという異なる3つの文字を使い、非常に難しそうだが、よくよく調べてみると、漢字は初めて出会った文字でもなんとなく、どういう事か理解できるし、漢字だけだと、頭が疲れるが、ひらがなで頭が休憩でき、しかも、色々な表現ができることなどもあり、非常に合理的な文字だという研究まで出てきている。 普通の外国人が日本に興味を持ちだしたのは、ここ数十年では、アニメや漫画の影響が大きく、電気自動車、テスラの経営者、イーロン・マスクも子供の時に、日本の漫画やアニメに接して育ったと言っているほどだ。 そして、多くの外国人は漫画のストーリーや絵に興味を持つ内に、その背景に描かれている人間のものの考え方、価値観、自然の在り方に興味を持つようになり、やがて、日本を訪れようと思うようになって行き、それが、インバウンドなどのつながって行ったのである。 そして、日本に来てみて、夜、女性や子供が一人で歩ける治安の良さ、誰か困った人がいれば、周囲の見知らぬ人が協力して助けてくれる。電車に乗ると、列を作って整然と乗車するし、電車の中では、他の人に迷惑をかけないように、静かにしている。 交通機関は正確で、10分、15分の遅れは当たり前という欧米とは全く異なる社会に驚く。 救急車が道路でサイレンを鳴らせば、周囲の車は減速して、道路の端に寄り、救急車を通り易くする。これも外国では見られない光景である。 病院に行っても、アメリカではちょっとしたことで病院に行けば、数万単位の金が飛んでいくし、軽い手術を受けても、百万円を請求される事も珍しくないのに、日本では、非常に安価に医療サービスが受けられる。 「日本は住みやすさという意味では、世界の国民が求める究極の姿」という声すら出ている。 日本が相互助け合いであったり、他人をおもいやる気持である大きな理由は、地理的に常時、台風や地震、災害などが日本を襲い、近隣住民が助け合わないと生きてこれなかった事が大きいと筆者は思う。 そのへんについては、評論家の林房雄氏が書いた随筆「緑の日本列島」の詳しい。ただ、残念な事に、この本は絶版になっている。 日銀、財務省、アメリカの圧力で停滞していた経済も、高市政権の誕生で、少しは動き出すことが期待されている。「世界に不可欠な国」だけでなく、「豊かで、安心生活できる国」にもなってほしいものである。
2026.02.24
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(美人の女の9割は性格ブス) 筆者は結構、ネットサーフィンをしているので、経済、政治の話だけでなく、結婚、婚活、料理、昔話など、様々なジャンルの話を見る。 その中で、結婚や男女恋愛、婚活の話は色々な人が悩みを書いたり、専門家がアドバイスをしていたりして、結構、時間潰しになる。ただ、この手の話を読むにつけ、本当にバカな男が多いのに驚かされる。 よく出てくる話で、仕事などで知り合った美人の女性に心を奪われ、猛アタックをして、結婚してもらったというものがある。「凄い美人で、好みのタイプだったので押して押して押しまくった」というような話を聞くと、バカではないかと思う。 結婚と恋愛は全く別物だという事がわかっていない男が多過ぎる。彼女として付き合う女性は美人やスタイルが良い女性は、友達などに自慢にもなったりするかも知れないが、結婚して数年もすれば、生活などで美貌など変わるし、一緒に生活する上で一番大切なのは、やすらぎとか思いやりで、美醜は二の次なのだ。 筆者の経験では、美人女性で性格の良い人はまず、いない。理由は簡単だ。美人は子供の時から、周りからちやほやされ、言い寄られる事も少なくないので、知らず知らずに傲慢になっているのだ。美人は8,9割方が性格が悪いと言っても過言ではない。 では男はどうかと言えば、美男子で、子供の時から、ちやほやされ、鼻持ちならない奴もいるが、女が美人の9割が性格ブスなのに対して、男性は美男子で性格ブスは2,3割だと感じる。 理由は簡単で、女は美人であれば、性格や頭の良し悪しなど関係なくもてるが、男は容貌だけでは通用しないからである。頭の良しあし、仕事が出来る出来ない、家の良し悪しなど、多面的に評価されるからである。(結婚するなら、料理の上手い女を選べ) 結婚したら、相手の女性が料理が全く苦手だったという話もよく聞く。これも、結婚というものがわかっていない男が多過ぎる事から起きる話である。 筆者は料理が好きで、自分で何でも作れる。和風おかずはもとより、洋風のスープ料理から、スパゲッティーなども得意で、筆者の事務所でアシスタントとして10年程働いてくれた女性は調理師の資格を持つ人だったが、彼女は「〇〇さん(筆者)のカルボナーラの絶妙なとろけ具合と、調味料のバランスは、私には真似できない」などと言ってくれていた。 筆者が料理を始めたきっかけは、大学生の時に付き合った女性、後に妻になる人に筆者の母親の料理の味を覚えてもらおうと思って、自分の母親に味付けのイロハを聞いた上、当時、料理研究家として有名だった、土井勝さんの「和風おかず」という本を買って、ぼろぼろになるまで読み、料理の基礎を覚えた事にある。 筆者の母は料理が得意で、味も良かったので、妻になる人には同じ味で料理を作ってほしいと思ったのだ。筆者の妻は西日本の出身で、東京よりは味が少し薄い。だから、後に妻になる女性の部屋に行っては、料理を作り、それを覚えてもらうことをした。 妻の名誉のために言っておけば、彼女は当時の女性の常識の、結婚修行として、独身時代、料理学校と裁縫学校に通っていたので、料理の腕は結構なものだった。でも、それを了解を得て、関東風の味に変えてもらったのだ。 彼女の部屋で料理を一緒に作り、土井さんの本をよく読み、それでも、わからないところは話し合ったり、他の文献をあたったりしたりした。 自分で料理をしてわかった事は、和風料理の原理はとてもシンプルだという事だ。野菜などの素材に出汁で味を染み込ませ、それに酒、醤油、味醂、砂糖で味をつけるのである。肉じゃがでも、きんぴらでも、1つの料理で満足のいくものができれば、後は、素材に応じて、酒、醤油、味醂、砂糖の比率を少し変えればよいだけで、ほとんどのものに応用が利く。 出汁は昔はかつお、昆布、シイタケを水につけて、出し汁を作っていたが、今はだしの素が市販されているので、わざわざ、昆布やシイタケで出し汁を作らなくても普通に食べられるおかずは簡単にできる。 筆者は30歳代の頃に、アメリカ女性と付き合っていた事があったが、彼女は筆者が作る和風おかずをおいしいと言って食べてくれながら、味のつけ方を聞かれた事がある。そこで、上に書いたような事を説明したら、彼女は「日本料理はもっと難しいものだと思っていたけど、原理は簡単なのね」と言って、直ぐに理解してくれ、自分でも作れるようになった。 筆者の若い頃は、ネットもあまり普及したいなかったが、今はネットで、様々な料理研究家が、料理の作り方を解説してくれているので、その中から、納得のできる人を選べば、直ぐに美味しい料理が簡単にできる。 料理人が多過ぎて、誰を選んで良いか迷った時は、再生回数の多い人を目安に選べば、ほぼ間違いない。そして、料理研究家のりゅーじ君が言っているように、まずは料理人の手順、味付け通りで作り、2回目、3回目で、自分の好みで、調味料の量を変えたりすれば、自分の気に入る味は簡単に手に入る。 筆者の妻は晩年、病気の進行で、食が細り、普通の料理があまり食べられるなくなって来た。でも、医者は努力してでも、1日卵3個は食べてくださいというので、筆者はネットでケーキの作り方を習い、10種類位のケーキを日替わりで作って食べてもらった。1つの料理は2,3回作れば、満足のいくものが作れるようになる。だから、2,3か月で10種類を超えるケーキが結構美味しくできるようになった。 今のこうした時代に、「料理は苦手」とか、「料理の作り方がわからない」という女性は、筆者に言わせれば、基本的に面倒臭がりか、頭が悪いかのどちらかである。 キムタクと結婚した工藤静香は料理の腕はプロ級で、料理で男心をがっちり掴んだというが、結婚した後、妻の料理がどうしようもなくて、コンビニ弁当を食べざるを得ないような状態なのは、自分の妻選びの目が間違っていたのだ。 ネットに出てくる話で、付き合っている女がいつも、おいしい弁当を持ってきてくれるので、料理がうまいと思って、結婚したら、妻の母親が作ったものをもって来ていて、結婚したら、料理は全くダメだったというのがあるが、これなどは、男が結婚するにあたっての女チェックが杜撰だっただけだ。 簡単で、自分の目の前でチャーハンでも、肉じゃがでもなんでも良いから作ってもらえば、そんなごまかしは簡単に見分けられる。(社会人4,5年で貯金100万円は最低常識) 結婚や男女の付き合いで、よく出てくるのが、金銭感覚の問題である。でも、これも、きちんとチェックのすれば、簡単に見分ける事ができる。 まず、女性で20歳代後半、30歳代前半で、預金が100万円もない人は金銭感覚がないと思って間違いない。 今の時代、並み以上の大学を卒業して、上場企業クラスの企業に就職すれば、初年度でも300万円くらいの収入はある。28歳の女性なら、社会人として5,6年は過ごしている。 初年度は別として、2年目からはしっかりボーナスももらっているはずである。自分が付き合い、結婚を意識している女性に過去ス年間のボーナスの使い方を聞くのである。 ボーナスの半分は貯金し、半分は買いたかったものを買う。このやり方だと、年間で3,40万円は貯金できる。つまり、ボーナス2~3回で、貯金は100万円になる。貯金が100万円を超えたら、この金は株や債券などで運用する別口座のサイトに移動させる。 つまり、普通の口座、定期の口座、そして、運用サイトの口座の3つで別々に管理するのだ。20歳代後半なら、こうした事が出来ていて当然で、貯金がほとんどないという女性とは、基本、結婚したら、大変な事になる。 金銭感覚は簡単に変わらない。だから、高いプレゼントをねだったり、高いレストランにすぐに行きたがる女性は、危険信号が点滅していると言ってよい。 金については、一度身に着けた習慣は簡単に変わらない。金遣いの荒い女性は結婚したら、夫の金を食いに来ると思って間違いない。 ましてや、20歳代後半や30歳代前半で、きちんとした会社にフルで正社員として、務めていない女性は、病気など余程の事情がない限り、結婚相手として考えてはいけない。(初任給3万6千円で、10年で貯金1千万円) 筆者は父親が2歳の時に死んだので、子供の時は本当に貧しくて苦労したし、大学も学費、教科書代、交通費などはすべてアルバイトで出した。だから、金の管理は嫌でもシビアになっていた。 大学時代、小遣いがほとんどなかったので、麻雀をする金もなかったし、友達と喫茶店に入ってお茶をする余裕もなかった。社会人になってから、妻に金の管理はどちらがすると聞いたら、妻は「あなたが決めてください」というので、筆者が管理することにした。 月々の食費や光熱費はわかっているので、それを引いた金から、まずは月に貯金いくらと決め、残りの金から小遣いを出した。月々の貯金が合計で50万円を超えると、それを別の口座に入れて、その金で株の運用をした。 筆者のやり方は、通帳で分けて管理する方法である。 大学を卒業した筆者が入った組織はマスコミということもあり、給料は悪くはなかった。でも、まだ、高度成長の入り口で、初任給は3万6千円だった。ボーナスが10万円を超えたのは、入社後3,4年経ってからである。それで、入社10年で、株の運用で1千万円の貯金を得る事ができた。 子供も早くできたし、生活にケチケチしていたわけではない。しかし、無駄な支出は極力抑えた。高度成長期という時代の幸運も勿論あった。(金の管理は男がするもの) ネットで、金の管理を妻に任せたら、毎月赤字だったとか、独身時代の通帳を妻に預けたら、独身時代の貯金を使い込まれたというような話が出てくるが、筆者には、全く理解できない。 金の管理など手間がかかるものではない。筆者は妻に毎月の食費や雑費の費用プラス妻の小遣い代をプラスして、毎月手渡ししていた。子供の学校関係など臨時の支出がある時は、言ってもらって、その都度、渡していた。 通帳を3つ4つ作り、それぞれに意味をもたせて、どうなったら、その口座の金はどう移動させるというルールだけ、きちんとしていれば、金銭管理で時間などほとんど取られる事はない。 株の運用は循環株中心の運用にした。循環株は30銘柄くらいあり、年間2割の利益は生む。1が1.2。それが1.4。それが1.68。4年目には最初の1が2になる。 有名な投資家の名言に「金は寂しがり家」というのがある。金がない家や人からは金はどんどん出て行こうとするが、少し貯まってくると、金の方がどんどん寄ってくるというのだ。 自分の金が元の何倍かになると、余計なものの使わず、もっと貯めて運用しようという気持になる。金が貯まってくると、財テクの雑誌や本でも読もうという意識になってくる。変な情報ではなく、正統派の良い情報を得て、活用できるようになってくる。 筆者の事務所に大手電機会社で5年程勤務し、結婚で東京に出て来た女性が入社してきた。彼女がいた会社は電電機製品を為替の変動に応じて、東南アジアの各工場に生産量を変更して注文していたので、入社以来、為替にとても興味をもっていた。FXが大々的に言われるようになる前の話である。 この彼女が入社して1,2年経った頃、インドの国債を買いたいと言った。理由を聞くと、「10年でインドの為替価値が上がると思うので、円換算だと、10年で5,6倍にはなると思うので」と話をしていた。 筆者の学生の時、イギリスの1ポンドは日本円で1008円だった。それが日本の発展で、ピーク時には1ポンドが100円近くまで円高になった。今は円安で200円くらいだが、イギリス人が日本の国債を買っていれば、5倍から10倍になっていたという事をどこかで聞いて、同じ事をインドの国債で実行しようとしたというのだ。 普通の人がここまで目ざとくなくてもよいが、少なくても、貯金を殖やそうという発想の人と、どんどん高いものを買ったり、食べたりする事に興味が行っている人とでは、夫の人生は大きく変わる事には間違いない。
2026.02.16
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( 評価された対中国、対韓国へのぶれない対応 ) 2026年2月の衆議院選挙で自民党が圧勝した。マスコミで政治評論家やコメンテーターなどが、自民党の勝利について、あれこれコメントしているが、筆者には本質を見ていると思える評論はほとんどないと感じられる。 なぜ、高市自民党が圧勝したかの理由について、筆者なりの見方を書いていこうと思う。筆者なりの自民党の勝因は、大きく言って4つある。 筆者に見方では、自民党が圧勝した一番目、そして、最大の理由は高市首相の対中国、対韓国に姿勢にあると思う。 高市の前の石破や岸田らの自民党の首相、嫌、歴代の自民党の首相だけでなく、民主党政権での野田などの首相達も含めて、戦後の日本の歴代の首相の対中国、対韓国の姿勢は、及び腰、弱気そのものだった。 戦後の日本では、中国や韓国から何か言って来たら、及び腰で、相手の強い態度に屈して来た。 対韓国では、1965年の日韓基本条約で、戦前の色々な経緯はすべて清算し、今後、互いに相手に何も要求しないという事で合意し、日本は当時の韓国のGDPの2,3年分に相当する有償、無償の経済援助をすることとしただけでなく、鉄鋼、造船、電機など主要産業で、数多くの技術者を派遣して、熱心な技術指導をした。 更に、欧米の先進国が、戦後、かつての植民地で作ったインフラや建物などの建設費を返却しろと要求し、独立したばかりの国では、大きな負担となったが、日本は、こうしたことは一切放棄すると、約束したのだ。 ところが、その後の韓国は、ことあるごとに、日本に賠償を要求し、また、歴代の日本政府は、それに屈してきて、更に経済援助や謝罪を繰り返して来た。 対中国でも一緒で、1970年代に、日中国交回復を当時の田中角栄首相と、中国の周恩来首相の間で合意をして、多額の経済援助、技術指導をした。韓国と中国が現在の世界トップクラスの経済大国になるのに、日本の果たした援助はとても大きかったのである。 しかし、中国も韓国と同様に、ことあるごとに、戦前の日本の行為に対する謝罪を要求し、歴代の日本の首相は、この中国や韓国の、約束破りの追加要求に屈してそれに対応してきた。 そうした中で、高市首相は歴代の首相達と全く異なる対応をした。対中国では、媚中議員の代表格の岡田議員の国会でのしつこい質問に対して、台湾有事は日本有事という発言をしたことをきっかけに、中国が猛反発して、発言の撤回を求め、レアアースの輸出禁止や、中国人観光客の来日規制などの圧力をかけて来た。 そして、これに悪乗りした、旧立憲民主党議員や共産党議員、更にマスコミが高市首相に発言の撤回を要求したのに対して、高市首相は断固として、これを拒否したのである。 台湾有事に対する国会での岡田とのやりとりを細かく聞いてみれば、何も問題はない。中国が台湾を攻めて、米軍が台湾支援の軍を出した時に、日本はどうするかというもので、日米同盟があるので、日本は米軍を支援をするというだけの当然の事を言っただけである。 でも、こうしたごく当たり前の事でも、歴代の日本の首相は、発言の撤回したり、軌道修正をして来たのである。 対韓国も同様で、今の韓国は経済危機で、特に通貨危機で、日本に通貨スワップを求めて来たが、高市首相は、これを拒否した。韓国はかつてのアジア通貨危機の時、日本の全面的な支援で、通貨危機を乗り越えたのに、一言のお礼もないだけでなく、韓国側が一方的に通貨協定を破棄して来たのである。こんな相手にまともに応対する必要などないというのは、当然の行為である。 多くの国民は経済援助や通貨スワップなど細かい事は知らないにせよ、日本は常に中国や韓国に謝罪をし、相手が要求してきたら、それに対応する日本政府の姿勢に、ずっとイライラしていたと思う。このイライラを高市首相は吹き飛ばしたのである。(平和ボケから脱し出した日本人) 自民党が今度の選挙で圧勝した第二の理由は、多くの国民が戦後の平和ボケから脱却しだしたという事である。 戦後の日本では、敗戦の痛みから、戦争はこりごりというのが素朴な国民感情となり、旧社会党が国会で常に3分の1くらいの勢力をもっていた。これが戦後、80年経つのに、憲法改正をすることすらできない状態が続いてきたのである。 同じ敗戦国のドイツが、日本と同様にアメリカに押し付けられた憲法を早々と何回も改正しているのにである。 戦後の日本は憲法で軍隊を持てないし、武力行動をできないという事で、防衛はアメリカに任して、経済再建、経済成長に集中して、1980年代にはアメリカに次ぐ、世界第二位の経済大国になった。 これはこれで良い点もあったが、このあたりから、世界情勢が大きく変わって来たのだ。ソ連が存在していた時は、対共産圏との争いという意味で、アメリカにとって頼れる存在だった日本は、ソ連の崩壊とともに、自国を脅かす強大なライバルという存在になってきたのである。 アメリカの国家戦略を論じるいくつかの論文で、今のアメリカの最大の敵は日本だという事が書かれるようになり、アメリカの対日姿勢が大きく変わって来た。 アメリカの行動で、銀行の規則が大きく変えられ、かつては世界のベスト10社の銀行のほとんどが日本企業という時代は終えて、今はベスト10に日本の銀行はいなくなった。 半導体もかつては世界の8,9割のシェアを持っていた日本は、今では8%程になってしまった。また、急激な円高誘導で、日本企業は輸出競争力を失い、かつて、世界を席巻していた日本の電機業界、造船業界などは中国、韓国などに抜かれて、シェアを大きく落とすようになった。 アメリカの日本経済、日本企業への牽制、制裁の陰で、大きく存在感を強めた中国、韓国は、日本をバカにして、挑発する態度がどんどん出て来た。中でも中国は、軍艦や戦闘機などで、どんどん日本を挑発しだした。 戦後の日本では、旧社会党や、その流れを汲む立憲民主党、日本共産党などは、防衛について、質問されると、「軍事行動で攻められたら、どうするのか?」と聞かれると、いつも、「そんな事が起きないように、良好な関係を普段から築くようにする」と答えていたが、ウクライナ戦争や、中国の軍隊の挑発行為などが続くようになると、そのバカな論理が次第に通じなくなって来たのである。 特に新聞、テレビなど平和ボケそのままの論調の情報に常時接していて、その影響を受け続けている老人層は別にして、若年層や中年層などからは、「専守防衛の観点からも、原子力潜水艦などを日本は持つようにすべきだはないか」などという意見が出るようになって来た。 日本共産党や旧立憲民主党の議員が国会で、「日本の防衛費の増加で、戦争の危機が増大する」と言っても、「防衛費がずっと横ばいで来た日本に対して、中国は何十倍に増加している。日本も対中国の防衛のためにも、防衛力は増やさないといけない」と主張する人が多くなって来ている。 平和ボケし、どこの国ともお手々つないで、仲良くという極楽トンボは、今の時代には要らない。それが、今回の選挙で、日本共産党、社民党、れいわ新選組、旧立憲民主党がおおきく議席を減らした理由を、これらの政党関係者はよくよく考えないといけない。(新聞、テレビよりもネット情報の時代) こうした日本人のものの考え方が大きく変わって来た理由の最大の要因は、筆者はネットの普及があると思う。 かつてはほとんどの国民が、情報は新聞、テレビに依存していた。しかし、ネットがこれだけ普及すると、多くの国民が新聞、テレビが伝えない、より多くの情報に接するようになって来て、マスコミ離れ、「マスコミは信用できない」という姿勢になって来たのだ。 新聞、テレビよりもネット情報という時代の流れが加速したのは、2024年11月の兵庫県知事選挙だったと筆者は考える。県議会の不信任決議を受けて行われたこの選挙については、関西のほとんどの新聞、テレビは「斎藤知事は悪」というレッテル貼りをして、斎藤知事攻撃の論調一色だった。 しかし、ネットを中心に、おかしいのは議会の方で、知事は従来の県政のおかしい所を改革しようとしただけという考えが浸透するようになり、当初、街頭演説をしても、聞く人がほとんどいなかった斎藤知事に次第に人が集まるようになり、結局、斎藤知事が当選したのである。 この知事選挙の開票報道をみていて、筆者は時代は変わったと感じたことがある。それは当選した斎藤氏の当選インタビューについて、テレビ局のものと同時並行でネットの政治経済情報などの真面目に伝えるReHaqや選挙ドットコムなどに斎藤氏が登場した事である。 つまり、選挙される側の人間にとって、大手テレビ局とネットの有力チャンネルは同格の扱いになったのである。 先日の衆議院選挙を受けての高市首相の記者会見について、大手テレビ局の放映とネットのニコニコなどのサイトと比べると、ネットの方が聞いている人が多かった。数字は嘘をつかないのだ。 元大蔵省官僚で、今は大学教授をしている高橋洋一氏は、重要な事があっての彼のネットでの解説には、百万単位の視聴者がつく事を受けて、「大手の新聞やテレビの視聴者よりも、私のネットの解説の方が視聴者が多い事が少なくない」という。 こうした時代になったにも関わらず、今度の選挙で落選した中道の岡田議員が敗因として、「ネットのデマ」を挙げていたが、筆者は「ああ、この人は何もわかっていないのだ」と感じた。 勿論、ネットはひどい内容のものもあるし、嘘もある。でも、多くの人が色々な情報の中から、選別するようになっただけでも、世界はガラッと変わったのである。(あまりにお粗末な新党立ち上げ) 今回の衆議院選挙で自民党が圧勝した最後の理由は、中道という、あまりにもお粗末な急ごしらえの政党立ち上げである。 ネーミングが最低、そして、安全保障、原発稼働、辺野古の基地問題など重要テーマで意見がまとまらないでの、新党結成だと、少しものを考える人が、「この党はおかしい」と断じるのは当たり前である。 新党立ち上げなどを行う時には、PR代理店が相談に乗るのが普通で、噛んでいたと思うが、担当者がお粗末だったのか、発注者の旧立憲民主党や公明党の側がお粗末だったかはわからない。 しかし、名前が公表されて、ネット上では、「中道」という単語は創価学会の故池田大作が作った仏教用語という解説がすぐ出たし、「中国への道」という皮肉も早々とだされた。 「中道改革連合」を「中核」と、かつての極左暴力集団を連想するネーミングと解説する人も少なくなかった。 立憲民主党サイドで、この新党立ち上げに大きく関与したのは、岡田氏の他には、岡田、安住が深く関与したという。関与した人間の多くが落選したのは、自業自得だが、この新党の結成で日本の政治が大きく変わるきっかけになりそうなのは、とても良い事である。
2026.02.11
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(見た目でなく、実利を重視する富裕層) ネットなどで金持、富裕層の人の事がよく描かれているが、その多くは高価な服を身にまとい、ブランドの時計をみにつけ、高価なバッグを持っていて、貧乏人をバカにするというのが、よくあるパターンである。 筆者はこうしたストーリーを見る度に、こうしたストーリーを書く人たちは、本物の富裕層、金持を知らないのだと、つくづく思う。 本当の金持、富裕層はこうした態度は決してしない。そうした態度をとるのは、にわか成金や、中途半端な金を持っている人たちである。 筆者がフリーのライター兼コンサルタントとして活動している時、甲南女子出身の女性が社員として入って来た。関東の人間は、あまり知らないが、関西では、大企業の社長、会長の子女の多くが、中高大と、この学校で学ぶ。 筆者の会社に入って来た女性も、同級生に大手建設会社の社長の娘とか、大手電機会社の創業者の孫というような人がゴロゴロしていて、本当の富裕層の人たちの生活や価値観を間近で見聞きしたという。 彼女が語った逸話の1つにこんな話がある。 それは、彼女の中高の同級生に有名な大手企業の創業者の孫娘がいた。しかし、その孫娘の服はいつも地味で、しかも、同じデザインの服を毎日来ていて、着替えずに、何日も服を着替えないかと疑問に思うようだったという。 そこで、当方の社員となった女性がその孫娘に、服について尋ねると、孫娘は「同じデザインの服を5,6着持っていて、毎日、着替えていますよ」と答えたという。 派手な服を着て、見せびらかすような事はせず、高級で、それでいて派手ではない同じ服を毎日着替えて着る、これが本当の金持の生活などだと実感したという。 筆者は大手マスコミの記者時代に、大阪で勤務をし、大阪独自の大手企業を業界を超えて何社も取材したので、面白いエピソードは色々と体験した。その中の1つが、大手製薬会社の建物である。 大阪には有名な大手製薬会社が何社もあり、道修町と呼ばれる通りに、集中して本社を構えている。しかし、そのどの会社も建物は地味で、かつ、会社の建物の間口がとても狭いのだ。 不思議に思って、製薬会社の幹部で親しくなった人に話を聞くと、江戸時代、この大手製薬会社は、薬種問屋として繁盛したところだったが、今でいう税金、年貢が建物の派手さや間口の広さで決められていたという。 そこで、どこの店も間口を狭くし、かつ、建物も地味にしたのだという。でも、中に入ってみると、結構金はかねているし、思いの外、広い。見栄より実利が大阪商人の心だと知った。(小説「首飾り」の意味するもの) こうした話は何も大阪の製薬会社だけの話ではない。今の人はあまり、海外の古典の名作の小説は読まないかも知れないが、モーパッサンの有名な小説に「首飾り」というのがある。 ご存じの方もいるかも知れないが、この小説のストーリーは、普通の家庭の美人の若い女性が、少し高級なパーティーに呼ばれた。ヨーロッパでは、こうしたパーティーがあると、女性は宝飾品を身に着けて参加する。 しかし、普通の家庭の彼女にはそんな宝飾品はない。そこで、知人の女性で豊の家の人に宝飾品を借りる事にした。それが「首飾り」だった。 パーティーでは彼女の美貌と、「首飾り」のおかげで、彼女は注目を浴び、本人も満足して家に帰った。しかし、家に帰ってみると、どこで落としたのか、その「首飾り」がなくなっていた。 色々探したが見つからず、彼女は借金をして、同じデザインのもののを宝石店で購入して、彼女に返却した。しかし、その借金返済のために、なりふり構わず、身を粉にして働き、数年後には、10歳、20歳も年をとったような状態になり、かつての美貌も失われてしまった。 そんな折、「首飾り」を貸してくれた、知人に久しぶりに街で出会った。彼女のあまりの変貌ぶりに驚いた、「首飾り」を貸してくれた知人が理由を聞くので、彼女は借金して「首飾り」を購入して、返却し、そのために、身を粉にして働いてきた事を説明した。 それを聞いた「首飾り」を貸してくれた女性は、驚きながら、こう言った。「そんなことだったら、言ってくれたら良かったのに。あなたに貸した首飾りは偽物だったのよ」と。そして、驚いた彼女に「首飾り」を貸してくれた女性はこう説明したという。 「富裕層は持っている宝飾品と全く同じ偽物を注文して作り、パーティーなどで外出する時は、その偽物の方をつけて行くの。だって、落とすかもしれないし、強盗に遭うかもしれないでしょう」 治安の良い日本と違って、海外では強盗や恐喝に遭ったりすることは珍しくない。だから、よく言われることだが、「外出する時は、財布を2つ持って出ろ」と。それは強盗に遭った時に、小銭が入っている財布の方を差し出すことで、怪我をせずに済むからだ。 下手にブランド物の宝石や時計、バッグなどをもって出歩いたら、どんな被害に遭うかもしれないから、普段は身に着けない。これが欧米の富裕層の心得なのだ。(若い女性がグッチを着たら、売春婦と誤解される) 筆者の知人でドイツ系の自動車メーカーの日本法人で働く女性がいる。彼女は早慶クラスを卒業し、頭もよく、てきぱき仕事をする人だ。この人が、入社後に欧州に行った時に、グッチの服やコートを身に着けて行った。そうしたら、少し親しくなった現地の人にこんな事を言われたという。「グッチのコートや服は有閑マダムの人が着るものよ。あなたの年齢でそんな服を着ていると、売春婦と思われるわよ」 欧米のそれもきちんと教育された人たちの間では、服1つ、身に着けるもの1つでもTPOがきちんとしていて、それを外すと、要らぬ誤解を招くのだと、彼女は痛感したと話していた。 海外の話はともかく、日本でも、富裕層には彼らなりの目に見えないルールがある。(結婚は家と家の結びつき) 筆者の知人で小さな会社を興して、経営している男性がいる。彼は家が貧しくて、アルバイトをして、自分の生活費、学費を出し、苦労して大学を卒業して、会社を興し、従業員を何人か雇うまでになった。 その彼に恋人ができた。二人は結婚を意識した時、女性の両親が会いたいと言ったというので、会いに言った。行ってみると、東京の中心部のタワーマンションの広い部屋に通されたという。 そこには、彼女の両親だけでなく、近しい親戚など7,8人の人がいて、和懐石の食事が用意され、彼と恋人の彼女も一緒になって、食事をさせられた。そして、彼女の両親は、彼の生い立ち、会社の経営の事などさりげなく、色々と尋ねられたという。 そして、食事会から1週間くらいした時、彼女の父親が彼を訪ねて来て、こう言った。「あなたが苦労して今の状態まで頑張ったのは、よくわかりました。あなたも素敵な人です。でも、残念ながら、あなたとうちでは、あまりにも環境が違い過ぎます。結婚は個人の結びつきと同時に家と家の結びつきでもあります。従って、親としては結婚は認められません。だから、結婚はお断りしますが、せめてものお詫びに、あなたの仕事に役に立つ取引先を2,3社紹介させていただきます」 彼は詳しく知らなかったが、彼女の父親は都心に賃貸マンションを4,5棟所有する資産家で、彼女はその一人娘だったのだ。 筆者が所属していた大手マスコミでは、社員に、元首相の娘、息子とか、大手企業の社長、会長の子女というのが何人もいた。高級官僚の息子、娘の珍しくなく、石を投げれば、そういう人にぶつかるくらい珍しくない存在だった。 そういう人たちの結婚を見ると、まさに、家と家の結びつきで、元首相の娘は大手建設会社の社長の息子で、社長の後継者と結婚したし、筆者の同期の元首相の弟も、中堅建設会社の社長の娘と結婚した。(富裕層の主婦の仕事は管理ビジネス) 筆者の会社に入った甲南女子出身の女性は、学校時代の色々な話をしてくれた。学校では、教師が色々な事を言ったという。 「あなたたちの結婚は親が決める事がほとんどだから、学生時代はとにかく自由に悔いないくらい遊びなさい。でも、溺れてはだめよ。そして、結婚したら、料理、洗濯などの家事は、お手伝いさんがするから、それが不得手でも構わないわ。あなた達の役割は、家やホテルでパーティーをする時の全体の管理役。それから、季節、季節の必要な人や家への挨拶、送り届け。こうした事をきちんとするのが、あなた達の重要な仕事なのよ。そう、富裕層の主婦の仕事は、管理ビジネスなのよ」 ネットで婚活の話がよく出ていて、女性が豊かな人と結婚して、楽をするのだという事を言っているが、富裕層の家の主婦はバカでは務まらないし、忙しく、きちんと差配と気配りができる人でないと務まれないという事がわかっていない。 この甲南女子出身の女性の話では、学校の同級生は3つの種類に分かれるという。1つは大手企業社長や本当に富裕家庭の子女。2つは地方の中堅企業や医者、弁護士の子女、3つが、大手企業の部課長などの娘。 彼女は3番目のタイプだったのだが、派手な格好をし、一番遊んでいるのは2番目のタイプで、1番目のタイプの人は派手さはなく、目立たないようにしていたという。 ちなみに、今の東京都知事の小池百合子は甲南女子出身で、家は芦屋だが、2番目のタイプで、父親の勧めで大学はエジプトに行った。勿論、エジプト大学主席卒業というのは嘘で、エジプトの三流大学に入学したが、遊び回って、卒業せずに帰って来たというのが、真実のようだ。 上流階級の人は服一つでも、ブランドではなく、品質で見分ける力を持っている。 筆者はある食品業界団体の専務理事をしていた時、友人がたまたま、イタリアの有名生地メーカーの日本法人の社長に就任した。 当時、まだ、日本ではほとんど知られていなくて、これから、日本で売って行こうという時だったが、その日本法人の社長から「安くするから買って欲しい」と言われ、1着30万から5,60万する服を、5,6分の1の値段で買わせてもらった。 この服を着て、仕事をしていると、その業界団体の会長、この人は何代も続く、その業界ではトップクラスの企業の会長だったが、その会長から、「〇〇さん(筆者の名前)、それ××社の背広ですよね」と言われた。ブランドのタッグがついているわけでもない。その会長は服の光沢、織を見て、それが世界トップクラスの生地メーカーの背広だと気付いたのである。 この体験で、筆者はもって生まれたふゆうそうt
2026.02.06
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