PR
キーワードサーチ
コメント新着
カテゴリ
フリーページ
限界
』という言葉がある。
英語でいうと『limit(s)』であるが、物事にはそれぞれ限界というものが存在する、厳密に言うと存在すると思われている。
『限界』や『limit(s)』といっても今回は以前ご紹介した脳や身体に関するリミッターとは更に違う内容である。
近年私は 自分の限界を超えない(知らない)という事が、自分にプラスになる
ということを実感した。
逆に言うと、 限界を一つ知るごとに自分の中にマイナス要素が増えてし
ということになる。
一見当たり前のような事であるが、意外にもこのことに気づいている人はほんの一握りではないかと確信している。(もっとも、こんな事を考える人も稀であるがw)
私の考えでは、本来動物は自分の限界を知ることにより成長及び学習し生きていくものなのであるが、唯一人間だけがこの限界を意識しない(知らない)ことで能力や才能を伸ばすことが可能である。
通常一般的には、人間は個々の限界を知る事で様々な危険を察知し、学習して、新たな知識を得るようにプログラムされていると信じられており、またそれが必要不可欠であると信じられている。
例えば、熱~いコーヒーを飲む時、ある程度の量なら口の中を火傷しないで美味しく味わうことができるが、ある量を超えると火傷をするか、もしくは熱くてかなり不快な思いをする。
一般的にはこの量がその人の限界である。
なので、この場合は飲む量の限界を知ることで火傷という危険を回避する。
これを読まれた方は「それは当然ではないか」と思われるかもしれないが、これは生きてゆく上での学習能力の一部であることは間違いない。
だが、実はその思考こそが限界点を下げている事になかなか気づかない。
とはいっても、火傷をしろといっているのではないが、一度自分の限界を知って火傷なり不快な思いをすると、それ以上の量を一度に口にすることはなくなってくるものだ。
しかしながら、一度も火傷や不快な思いを経験していない人は、自分の飲める量の限界を知らないので、徐々に多くの量を増やすことができ、限界を知らないで限界点を伸ばすことが可能なのである。(そんな人もいないと思うがw)
上述したことはほんの一例なので、その事に余り突っ込んで考えないでいただきたい。(笑)
また、最近日本にいる私の友人の勧めでその友人のヨガ仲間の1人がアシュタンガ・ヨガを極める為にニュージーランドに訪れた。
その為、近頃ヨガについて話をする機会が多い。
もともと(今でも)ヨガをやること自体には余り興味はなかったのだが、ヨガを習得した後の精神状態や過程には大変興味があった。
どうしてかというと、ヨガには私が近年感じていることのある一部分と非常に類似している共通点があるのだ。
ちなみに、余談であるが私の予測ではここ5年以内に空前のヨガブームが日本に訪れるのではないかと思っている。
ヨガを始めると、ストレスや肩こり、腰痛、持病も治癒することはいうまでもなく、健康やダイエットの部分よりもむしろ精神的な部分のメリットを実感するだろうからである。
ここで、実はやりたいと思っているのに「自分は身体が硬いからとてもヨガなんて...」とか、「時間がないので....」と思う方は、私がいうところの『限界』を知っている人なのである。(笑)
ヨガにはまってるというと、少し宗教に近いようなイメージを抱いてしまうが、(ある意味そうなのであるが)真髄は新興宗教のような他力本願的なモノではなく、自分の脳と身体の関係が実感できるので、奥を知れば知る程物事の本質が理解できてしまうことがある。
ここで話を限界の話に戻そう。
ヨガをやられたことがある方ならご理解いただけると思うが、あるポーズをトライするのに自分で限界を感じた瞬間に、そのポーズはできない。
また、昨日までなんら苦もなくできていたポーズが、翌日には少しの不安要素やネガティブな感情で突然不可能になってしまうらしい。
ヨガなどやられたことがない方は過去に何かを達成できなかった事がもしあれば、思い出していただきたい。
その影に必ず、ある事に対しての 限界
が影響していたのではないですか?
次回は『限界』思考を考える-Vol.2です。
人気blogランキングへ:納得してもしなくても、プチッといっときましょう!(お願いします)
現実と夢の狭間 August 10, 2020
マーケティング思考を考える(-vol.1) December 10, 2006
開運思考を考える September 3, 2006