生きている証明書

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2026.04.08
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カテゴリ: 愚者の独り言
​20260408WED 花祭(仏生会)
 クリスマスは知っていても花祭は気にも留めない。
 お釈迦様の降誕あそばされた日である。 
 山本健吉編「季寄せ 上」で『仏生会』の項を見ると、全国の寺々で山内に花御堂を作り、美しい花々でその屋根を葺き、浴仏盆(よくぶつぼん)の中に誕生仏の像を安置して、参詣人に甘茶を柄杓で濯がせるなどとあるが、お寺でこういう場面を経験したことは一度もない。
 あまり寺に寄る機会がなかったのが主な原因だろうけれど、京都のあるホテルで花御堂の中の誕生仏に甘茶を掛けたことは貴重な体験として残っている。有名な寺院の主催だったと思うが、何故そのお寺様でやらなかったのだろうか。
 寺院と庶民との間は隔たりが多い。寺院が経営難などと云うが寺院自体に責任がある。
 あの本堂をアマチュア合唱団や吹奏楽などに開放すればよいのだが、なぜそれをしないのだろう。
 京都はその点で進んでいる。本堂の解放まではいかなくとも、境内で「音舞台」と云ったと思うが年に一度クラシック鑑賞会を行っている。たぶん無料ではなかったか。
 錦織健とかキリ・テ・カナワなど一流どころをこれで最初に聞いた覚えがある。
 ある年は錦織が東寺の五重塔の欄干から出て来たり、またある時はカナワは比叡山延暦寺根本中堂の前が会場でソプラノを披露したり、だった。金閣寺はどなただったか今思い出せない。
 音楽好きを取り込むのも御寺の務めの筈だが、なぜかこれをしない。
 墓地には若くして戦死した者のお墓があり、勲何等などとの石碑も立っていたりする。それをお詣りするべく通ろうとして住職に咎められたりする。厄介者だと思われたのだ。お寺の存在自体が厄介なものだということに気づかないのだろうか。





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Last updated  2026.04.08 11:02:51 コメントを書く


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