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2005年09月16日
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 16日の午前11時です。

 出来てませんが、とりあえず更新をすませてから。

 時間の関係上、書き込みしてくださって
 る方への返信は帰宅してからになってしまい
 ます。夜ですよね。すみません。

 で、タイトル。

 まあ、僕の読書スタイルとして、こういう大物を
 素材にして、デーン、と構えるノンフィクションって
 いうのは信用しない、っていうのがあって、普段なら
 まず、手には取らないんです。
 現実に、この本も、解説の裏側を見たら、
 1995年1月に新潮社から単行本になってるし、
 2001年3月には同じ新潮社から、増補文庫版に
 なってる。

 そういう時に、手にしてないから、何をいまさら、と
 言われるかもしれませんが、だって仕方ないじゃない、って
 感じで。なぜか、文春文庫にこの夏に入ったので、

 しまった。本屋に並んでるっていうのは、時に
 こういう購買者を作るから本にとって大切な訳で。

 いや、正直。
 面白かった。
 いや、飛ばし読みに近くしたところもあるので、

 ないので、あほな事は書けん。
 と、僕が書くのはあながち、世間のこの人(梶原さん)
 に対する見方ではないのかな、と。

 「あしたのジョー」や「巨人の星」のような、ある意味、
 ひたむきな主人公を描いていながら、私生活はめちゃくちゃで、
 こわもてで、そういう筋の人がいつも誰かを脅してて、
 そばにいる女は女優であろうが、なんであろうが、自分の
 ものにしてすき放題。で、勝手に病気になって、50歳で
 早死に…。

 どや、このまとめ。
 こんな感じやろ、世間の梶原一騎さんのイメージって。
 で、本を読み終わって…。
 その通り、と思いましたよ。悪いけど。
 誰がどう、この人をいい人、優しい人、と弁護しようが、
 包括して、取材して書かれれば書かれるほど、
 イメージどおりの人だったんじゃないか、と
 僕は思いました。

 いや。
 正直、この手のノンフィクションの書き方として、
 出来うる限りのすべてを取材して良し悪しの判断を
 つけずに放り出すのと、短いエピソードで彼を
 語れる自信があれば、そこだけ広げる方法があると
 思うのですが、前者を筆者の斎藤さんは取って、
 絶対に悪意では書いてない(むしろ逆でしょう)にも、
 かかわらず、見事に読む前に抱いてたイメージの
 焼き直し、確認になってしまって。

 ニュージャナリズムの手法でなく、挿話の手法で書いたから、
 とかいう理由でない気がします。
 16歳で少年漫画誌(少年画報)にボクシング小説(!)を
 応募し入選して、始まった梶原氏の文筆の世界。
 結局、終わってみれば生涯夢見ていた可能性のあった
 小説家にはなれず、で。
 原作者として「あしたのジョー」っていう、後世も含め、
 もう出ないかもしれないような大傑作(大げさじゃなく
 僕もそう思ってます)を残しながら、少年の頃、夢見た
 可能性への道=小説、に立ち帰ろうとした時点で、病魔
 に襲われ亡くなったのが梶原氏で。

 著者の斎藤さんも、あとがき(何度も出版しなおされてる
 ので、あとがきも2つ、永江氏の解説も入れて3つ、本編
 とは別の添え書きがある)の平成6年(1994年)バージョン
 で「いつの日か彼のように、読む者をつき動かす作品を
 書いてみたい夢は、まだ捨てずにいる」と書いてられますが、
 30代半ばでこの書を書いた斎藤さんが46、7歳となった
 今、そういうものを書けたと思われてるのか、どうかも
 全然、作品とは別に僕には知りたいところともなりましたが。

 予想を裏切られず、読み終えたにもかかわらず、
 面白かった。本当に。
 結局、《劇画のような=映画のような》生き方って
 いうのが実在した、って改めて示してくれることで
 僕らのような、凡々としたサラリーマンには目もくらむ
 お話、を読ませてもらう形になって。

 上昇志向の強い人とか、いつかきっと、って
 思う人。はっきり、言って大抵の人、口には
 出さんけど、そうでしょう?幾多の成功の
 おかげで、口に出し、行動に移せたのが梶原
 さんで、でも、少年時代の夢はついに叶わなかった
 という点で、大半の人にも共感出来るところ
 があるわけで。

 まあ、なんでもええわ。
 人の本の良し悪しなんていうてる場合やない。
 サラリーマンの世界のちまちましたことを考えてると、
 つい、大きなことを忘れそうになるけど、
 僕もあくまで小説やないか。

 志が萎えて、人を自分と同じレベルに
 下げんと気がすまん連中と一緒に埋没
 してる場合やない。

 書かんと。
 やらんと。

 小説はまだ書けるはず。
 ということは、偉大な梶原一騎さんにさえ、
 出来なかったことに挑めるチャンスが僕には
 残されてるんだから。

 まだ、時間はある。

 (下)なんで、文春文庫に入ったのか、その経緯が知りたい
  とも思った「梶原一騎伝 夕やけを見ていた男」。「あした
  のジョー」の、僕がいつぞやの日記で触れた、乾物屋の紀ちゃん
  とジョーのエピソードがちばてつやさんの案、というのも
  分かったけど、なぜか《そうだろうな》とも思ってしまって。
  私生活の乱れ、ってやはり創作に影響、及ぶと僕は思って
  ます。だからといって、自分が聖人君主か、というとむしろ、
  女性に対してをはじめ、見事にだらしないからなあ。
  きちんとした生活の中からしか、本当にいい作品は出てこない、
  とは思ってるんですけどね。それが難しい。





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最終更新日  2005年09月16日 12時34分29秒
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