「ミナコの思考回廊」

「4月10日の家族」



 『4月10日の家族』 連作



「桃色の少女」

目が覚めて 私はつい にんまりと笑ってしまった

だって今日は私の誕生日!

ベッドの中でごろごろしながらも 笑いは止められない

別に何が可笑しいわけでもないんだけれど

今日が他の日と変わらない日だって言っちゃえば それだけなんだけど

だけどやっぱり 自分が生まれた日ってだけで 

何だかすごく 今日が楽しい日になるような気がする

ベッドから起き上がって 鏡台の前に座って ブラシをかける

髪の通りがいつもよりよくて 何だかそれだけでいい気分!

今日の私 いつもより可愛くなってない?



「うつむく少年」

少年は、カレンダーを見て鼻で笑った。

(ふん・・・・・・)

かつてこの日を、心待ちにしたことがあったけれど。

今ではどうでもいい日だ。これほど価値がない日もないだろう。

(くだらねえな・・・・・) 

吐き捨てるように呟いた。

少年は、いつものようにうつむいて、つまらなそうな顔で歩き出した。

しかし周囲は、この日ばかりは敏感で。

騒ぎ立てる人間を前に、少年はますますうつむいた。

(まったく何がそんなに楽しいんだか。気味がわりい・・・・)

居心地悪くしていると、ぽんと肩に友人の掌が乗る。

「ま、大丈夫だよ。いつものようにしてればいいさ」

安心しろと言いたげに、長い付き合いで見慣れた瞳が優しく細められる。

(こいつだけは、わかってんだよな・・・・・)

肩を叩いた友人は、周囲の喧騒から慌てて逃れるふりをして

少年が真ん中に来るように、さりげなく立ち位置を変えた。

少年に、少しでも顔を上げてほしくて。



「独りぽっちの青年」

その朝、ざばざばと顔を洗った青年は――――――鏡に映る自分に、にやりと笑いかけた。

今日はごく普通の日に見えて実は、青年の誕生日。

さすがにもうこの年になって、この日を指折り心待ちにしているなんてことはなかった。

ここ数年は気付けば過ぎていたことすらあるほどだ。

別にちょうど用事が重なって忙しかったから、というわけでもないと思う。


家族がせっかくだから祝おうってうるさくてと、誕生日に早く帰宅する友達を見ていると羨ましかった。

誕生日を覚えていてくれて、それを祝う気になってくれる。

そんな、自分を産んでくれた人と一緒に過ごせるなんて。

彼らは家族のはからいに迷惑そうな顔をしていたけれど、

その表情の中に嬉しさのようなものを嗅ぎ取り、青年は少しの寂しさを感じていた。

だから、自分も家庭を持ったら誕生日はパーッと祝うものにしよう!

なんて、ささやかな想いを未来に託し、今日も変わらぬ青年の、ごく普通の一日が始まる。



「春風のおとこ」

庭では 風たちが騒がしく鳴いている

ああ そうか もう春が すぐ隣にある季節か

そう考えながら目を瞑ると 春風の音に包まれた闇の中に 

自分の体が ぽんっ と放り出された気がした

まるで 闇に浮いているような感覚

目を開くと 濡れるように暗い闇を穿つ金色の月を見上げる

こんな夜は 自分が月になったかのような錯覚を覚える

・・・冬の寒い中 大きなお腹を抱えていた俺の母は 

徐々に春めいてくる季節の中で 何を思っていたのだろうか

まだ肌寒いからと 夫に毛布を追加されたりしたのだろうか

あと何日かで生まれるという夜

こうやって 春風の音を聞きながら月を見て 

いつ わが子は生まれるのだろう 

すこやかであるだろうか どんな子に育つだろうかと 

不安と期待を込めながら 丸いお腹を撫でたりしたのだろうか

そんなことを考えたら 月が潤んだ

涙が 目に溜まっていた



「4月10日の家族」

そわそわと落ち着かないまま眠ったせいか、やけにぼんやりする目覚め。

「春眠暁を覚えず」とは良く言ったものだなあ なんて、大昔の歌人に拍手を贈る。

いやまてまて。今日は4月10日で、拍手を贈るべき人は大昔の歌人なんかではない。

家族の誕生日とは、実に不思議なものだと思う。

喜ばしい日であるはずなのに、なぜだか嬉しいというよりも、気恥ずかしくなってしまう。

家に流れる空気が、ザワザワと忙しないものへと変化するのも不思議だ。

それに、自分が生まれた日なんかよりも、ずっと優しい気持ちになれるのはなぜだろうか。

さて、そろそろ今日の主役に、拍手と 『おめでとう』 を贈りに行こう。

ベッドを離れ、のんびり着替えていたら、ふと 想いが頭をかすめた。

(あの可愛らしい鞠のような少女は、楽しい一日を過ごせたろうか)

(かっこつけで、それでも一途なあの少年は、顔を上げることを覚えたろうか)

(前に進むことを恐れなかったあの青年は、もう独りぽっちでなくなったろうか)

(優しい記憶に想いを馳せたあのおとこは、春風の祝福を受けたろうか)

・・・・・・・・・ ああ、 そうか ・・・・・・・・ 自分の幸せは大事だけれど。

きっと、人の幸せを祝福してあげることのほうが、ずっと幸せなのだ。

そしてそれに気付いたことは、自分の幸せより、ずっとずっと大事なことなのだ。

何より、今日はとても価値のある日だから。

大切な人がこの世に生まれてきたという、とても特別な日。

「お誕生日おめでとう!」

4月10日の誕生日に、私の幸せごと あの人に贈ろう。




おしまい。


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