「ミナコの思考回廊」

第1章 Act.3


「始まる予感は甘い香り」3

やがて私はカナに夢中になった。

十八年間すごした福岡を飛び出して、広島の田舎の大学に進学した私は、冷え冷えとした日々をくりかえしていた。
あのころ、私は青白い顔をくもらせて、黒い犬のようにギリギリとした空気を纏いながら黒髪を腰までたらし、仏頂面で歩いていた。

しかしカナに魅入られてから、それは早朝のカーテンを開けたような煌きを、私に与えた。

「カナ!」 せかいの外から私が呼ぶ。

「奈美ちゃん、おはよ」 せかいのむこうからカナが呼ぶ。

それだけで、たったそれだけで。私はカナの住む、むこうのせかいに存在することができた。
カナの声は、一日が始まる合図であり、どんな安定剤よりも私を安心させてくれる力があった。



少しずつ、ほんの少しずつ。
私たちは不思議な糸に絡めとられるように、ひとつの存在へ近づいていった。

「奈美ちゃんとカナちゃんって仲いいね」
「寮、同じとこだっけ?」
「なんか兄弟みたいだね、いつもふたりでいるよね」

皆が口々に言ってくるなか、私だけが口角をつりあげていたのを誰も知らない。周囲に知られないよう、カナにすら気づかれないよう、うっそりと。

私だけのものにしたかった。私はカナを、私だけのカナにしたかった。

今は馴染んだ友人から、カナを紹介された瞬間、ビリビリと感じ取ったのだ。
私はこの人間を必要としている。このひとだ。このひとが私の十八年間、探し続けていた人間だ。その人が今、目の前に座っている。




思えば、私とカナには小さな共通点があまりにも多かった。
一見すると、私は消極的で引っ込みじあんの目立たない子。カナは、お調子者で、いつも周りを笑いで包むムードメーカー。
正反対もいいところだ。

しかし、私とカナは確かに繋がっていた。根っこの深い深いところで、つながっていた。

だって私は知っていたから。
カナは本当は、『お調子者のムードメーカー』では決してないことを。
カナは一歩自室に入ると豹変する。そのことを、私だけが知っていた。
少なくとも私が知る「カナ」は、無口で無愛想。そのうえ極度の人見知りだった。
本当は人が多いところが苦手で、暗い場所や、狭くて独り閉じこもることが大好きだった。
そして、これを言うと他の誰もが信じてくれなかったが、カナはとても「根暗」な少女だった。

対して、私は基本的に無口で無愛想。そして激しい人見知り。独りが大好きで、友人との集まりが大の苦手であった。
そしてカナと同じく、私の根っこも暗かった。

今まで遠く離れていた、半身を見つけたように思った。
だから、私はカナにだけ、本当の自分を曝け出した。不思議と戸惑いはなく、きっと、いや必ずカナなら受け入れてくれると、どこかで確信していた。

そして思惑どおり、カナは私を許した。
今まで決して入れてくれなかった、カナの内側に入ることを、私は赦されたのだった。


それでも、現実は厳しかった。
そんなこと、当たり前のことだと知っていたけれど。


ねえ、カナ。本当はつらかったんでしょう?ずっとずっと、苦しかったんでしょう?
あのころの私たちには、現実はあまりにも厳しかったね。


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