2005年09月10日
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カテゴリ: Essay


 ああ、秋刀魚の美味しい季節なのだなぁ。

 折しも。
 その界隈は、野球観戦へ急ぐ人、ひと、ヒトで溢れ返っていた。
 わたしはといえば、駅舎の壁に背中をあずけて長女をじっと待っていた。

 「母さん。ごめん、遅くなっちゃった」
 早足で長身の長女が手を振りながら近づいて来た。
 「待ったぁ?」

 「じゃぁ行こうか?」
 わたし達は久しぶりに、街へと繰り出した。

 ここ数ヶ月間は、いろんなことが山ほどあった。
 一年半の闘病生活の末、それが最初から決まっていたことのように、元夫は永遠の眠りについた。
 命の継続が途絶えた瞬間、涙が両目からこれでもか、とあふれ出た。
 人の一生の凄絶さに、儚さに……。
 そして何より、取り残された悔しさに……。

 そんな佇む雑踏で、わたしは久々に人々の営みを強く感じた。
 死に急ぐ人が居る中、その他方では逞しく生きている人。
 どんな人生も受け止めて、ひたすら前向きに生きる人。

 わたしは逞しい部類に属するのだろうか?

 「ねぇ。どこにする?」
 「例のあそこはどう?」
 「そうね。安くて居心地が良いものね」
 わたし達は、お袋軍団が立ち働く居酒屋へ向かった。

 「わたしは秋刀魚の塩焼き」
 「あたしは冷奴」
 さりげない惣菜がメニューに並ぶ中、雑踏で嗅いだ懐かしい匂いに、迷わず秋刀魚をオーダーした。
 「魚を食べるのが、父さんは上手かったよね」
 「うん。そうだったね」
 「もうすぐ四十九日だね。母さんどうする?」
 「それなんだけど。今回は遠慮しようかな?」
 「そう?もう、好きにして良いよ。十分やってくれたと思うから」

 長女と言葉を交わしながら、手元の秋刀魚を見た。
 彼は本当に魚の身をほぐすのが上手かった。
 わたし達は、いつもほぐれるのをじっと待っていた。
 完全に骨から離れた身を、彼は「さぁ」とよこしてくれる人だった。
 でも、秋刀魚の身をほぐしてくれる人は、もうこの世の人ではない。
 「父さんは死んだんだねぇ」
 ようやくそれを実感した気がした。


 家に帰ったら、一枚のはがきが届いていた。
 法事の日程が書いてあった。






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最終更新日  2005年09月10日 14時33分15秒
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